地球連合軍が敗北宣言を行ってから数年、マリーメイア・クシュリナーダの反乱から数年。
自身はとある病院に来ていた。だがここに呼び出した者は不明で、特徴のある長い金色の髪を揺らしながら目的の部屋へ向かう。その足には、不機嫌の色が見えた。どこの誰かは分からないし、一体何の用があるのか。
ここは最上階で、いわゆるVIP専用フロアであった。お偉い方と仲良くなった覚えはない。なので更に不機嫌になりながら、人気のない廊下を歩く。しかし看護師や患者の姿を全く見ないので、不気味に思った。ここに、自身一人しか居ないと思えた。そうしていると、目的の部屋に辿り着く。当然のように、扉の前には名前が無い。まずはノックをしたが、返事が無いので「開けるぞ」と言って開ける。
「ミ……リ、アル……ド……」
まずは、ベッドの上で起き上がっている包帯に塗れた頭が見えた。そして聞き覚えのある声がしたと思えば、その者の名前を呟く。
「トレーズ……!?」
包帯は頷いた。戦死した筈のトレーズは生きていたらしい。あのような状況で生きているなど、奇跡に近い。思わず駆け寄ってから、トレーズにもう一度話し掛ける。
「トレーズ! 生きていたのか!」
再び包帯は頷いたのだが、モビルスーツの爆発に巻き込まれたので上手く喋られないのかもしれない。そう思い、目を伏せる。すると首から下も包帯に塗れていた。患者服を着ているが、全身が包帯に包まれていることだろう。
すると包帯が、とてもたどたどしく言葉を続けていく。
「私は……もう、何も、でき、ない……目は、殆ど……見え、なくなり、視界が、ひたすらに……ぼやける……それ、に、手足、は上手く、動かす、ことが、でき……ない……喋る、の、も……やっとだ……」
つまり今のトレーズはぼ失明した状態であり、手足は脳の神経を痛めた影響で動かすことが、困難になったのだろうか。なんという様だ。顔を歪めるが、この表情を包帯ははっきりと見ることはできないだろう。
レディ・アンにはこのことを伝えていないのだろうか。彼女にも生存していることを伝えたら良いものの、とは思うが戦争の象徴として祀り上げられるに違いない。本人には、悪意は無さそうなのだが。
一度溜め息をついてから、近くにある椅子に座る。そして包帯にもう一度話し掛けた。
「……トレーズ、治らないのか?」
そう問うたのだが、包帯は首を横に振る。一生、付き纏う障害らしい。思わず顔を険しくするのだが、トールギスⅡを撃破したのは自身でもないし、当時決闘をしていた張五飛を責めることはできない。なので顔を伏せてから、何か言葉を探す。しかし見つからない。
実は自身とトレーズは、かつては体の関係があった。主にトレーズに呼び出されては体を暴かれていたが、それが懐かしく思える。そしていつの間にかトレーズのことを想ってしまう。今でも、目の前の包帯に淡い期待を抱いてしまう。また、抱かれる日が来てほしいと。
「……覚えているか?」
そのことを話そう。また、そのような気を起こして見せよう。あの頃のように戻れたら、自身はまた満たされるのかもしれない。そう思い、包帯に話し掛ける。
「貴様と夜を共にした時は、私だって、人並みの幸せを得ていた」
そう言ってみるものの、包帯は無反応であった。覚えていないとは言わせないし、あの頃のトレーズとて自身に肉体的にも興味があった筈だ。当時は、自身の外見を見ては宝石のようだ等と褒めてくれたというのに。
「トレーズ」
「もう、やめ、よう……」
「どうしてだ?」
包帯の言い分を聞きたいものの、今の状態では無理がありそうだ。なので引き下がってから、椅子から立ち上がる。包帯がこちらを見上げた。耳はよく聞こえているらしい。
トレーズは「一度」死んでから変わってしまったらしい。そう思い、後ずさってしまう。これは絶望だ。絶望をしているのだ。戦死と聞くよりも、その絶望は大きい。
「……分かった。出直してくる」
だが人の絶望とは、再起をさせるようなトリガーともなり得る。自身に、そのトリガーが引かれたのだ。なので包帯を見据えてから、病室を出た。また、ここに来ようと思った。もう、誰が自身を呼んだのかなどどうでもよくなりながら。
次の日にまた病院に来た。VIP専用のフロアに上がり、トレーズの病室に向かう。来る前に見舞いの品を持って来ようと思った。しかし手足も動かず目があまり見えないのならば、何を渡しても意味が無いだろう。そう考えて手ぶらで来た。
病室に入ると、相変わらず耳だけは良いのか包帯がこちらを向く。不気味に思ってしまう。
「今日も来たのか」
「……あぁ」
昨日のように近くの椅子に座り、そして包帯にまずは質問をした。そういえば、現在の体の状態など分からないのだ。
「トレーズ、患部の具合は? いつから意識があった?」
「意識、少し……前、だ……一年、前……」
娘を名乗る者が反乱を起こしたが、それよりも後に意識を取り戻したらしい。つまりは、それまでは意識をずっと失っていたのか。
「患部……私は、片腕と、片足が、それぞれ、ない……」
「な……!?」
包帯の五体は不満足らしい。椅子から勢いよく立ち上がり、包帯の患者服を手に掛けた。捲ったり少し脱がせてみると、確かに片方の腕の肘から下が無く、片方の足は太ももから下が存在しない。目を見開き、それを凝視する。
「……醜い、かね?」
「醜いなど、思っていない! そのようなことを、私は言っていない!」
喉から思ったよりも声が出た。室内に自身の声が響き渡ると、怒りが湧く。どうしてなのだろうか。
だが包帯の言い分も分かる。この包帯の現在の体を見て、目を瞑りたくなった。自由に手足を動かすことができないうえに、手足が片方ずつ消失しているとは。人間としては不気味である。それに目は殆ど見えない様だ。何かの天罰かのように思える。神は、かつてのトレーズを許してはくれないのか。
「これで、私が、生き……て、いること、が……見苦しい、かね?」
「そのようなことはない! ……そうだ、顔を……顔を見せてはくれないか? 貴様の顔を、久しぶりに見たい!」
どれだけ体が負傷しているのかは分からない。だがそれでも、今のトレーズを見たいのだ。かつて体を重ねた者同士こそ尚更。
「君は……随分と、物好き、だな……包帯を、解いて、くれ……」
包帯には見えないのだが頷くと、近寄ってからゆっくりと解いていく。まずはぼさぼさのプラチナブロンドが見えると、ひとまずは安堵をする。ここまでは、いつも見ていたトレーズのものだ。しかし顔はどうだろうか。顔も、もしかしたら負傷をしているのかもしれない。そう思うと怖くなる。
一つ呼吸を置いてから、包帯を解くことを再開していく。額が見えたのだが、綺麗な肌をしている。そして目が見えたところで、アイスブルーの瞳を見た。当時のように澄んだ空のような色をしているかと思い、覗き込んでみる。すると驚いた。トレーズの瞳の輝きが、失われているのだ。これはほぼ失明していることも関係しているのかもしれない。だが耳は聞こえているので、自身の視線がどこにあるかくらいは分かるのだろう。濁った瞳のみが、こちらを見る。
「この、様だ……」
「では、体はどうなのだ! 体は……!」
「縫い目、だらけ、だ……かつて、君が……見た私、の体は、もう、ない」
トレーズの言葉を無視して患者服を剥いた。
まずは包帯が見えるのだが、顔と体は別々の包帯で巻かれているらしい。なので次々と解いていくと、反射的に目を閉じてしまう。それはトレーズの体が、痩せこけており傷や縫い目だらけだったからだ。勝手にショックを受けてしまい、愕然とする。
「言った、だろう……」
「だが、貴様の魂は、まだ残っているではないか! 私は、貴様が貴様であり続けていないなど、私が許さんぞ!」
そう怒鳴った。だがトレーズは何もリアクションを起こそうとはしない。心に響かないのだろうか。肩を落としてしまう。
「私を、これ以上は絶望させるな……!」
懇願するように呟くものの、トレーズには全く響いていない様子である。それが悲しくなり、包帯を直さないまま椅子に座る。淀んだ二つのアイスブルーがこちらを見た。眩しいくらいに見ていたあの輝きは、もう戻らないのか。
「トレーズ……では、このまま生きて、貴様はどうするつもりだ? もしも、もしもだ……何も無いならば、私と来い」
トレーズを匿って、これから生きて行こうと思った。待ち受けているであろう困難などどうでもいい。トレーズの、目の光りを取り戻すことができるならば、どうでもいいのだ。
「私は、もう、死ねば、よいのだ……だが、皮肉にも、死ぬことが、できない……こんな身に。なって……怖いの、かも、しれない……」
怖いという言葉は初めて聞いた。トレーズの口からそのような言葉が出るとは思わず、怯えてしまう。そして目の前に居る者は本当にトレーズなのかと疑ってしまう。影武者の疑惑も掛けてみるが、本心が偽物ではないと言っている。
トレーズは余程に、体だけではなく心も再起不能になっているのだろう。そう思うと、拳を握り締めていく。だがそのようなことをしても、意味がない。もう、為す術は無いのか。
「だが、死ぬ前に、君と、話すこと……が、できて……よかった」
「まだ、死なないでくれ。貴様との未練はたくさんある。だから、死なないでくれ」
頭を下げてもあまり意味がない。それでも下げていると、トレーズが幾つか唸り声を上げる。自身は顔を上げた。
「うぅ、う……わ、か、った……」
そろそろ喋ることが限界なのかもしれない。今日はここで面会を終わろうと思った。
「……トレーズ、また明日来る」
トレーズは何も言わなかった。だがアイスブルーが、僅かに動いた気がする。今のトレーズの心境が分からないのだが、良い方向に向かっているのだろうか。そう考えると「また明日、会おう」と言ってから病室を出た。そして病院から出て、最上階にあるVIP専用フロアの窓を見た。幾つもあるが、トレーズの部屋はあの辺りだと大まかに予想する。そしてそこを一度見てから、病院の敷地内を出た。
空を見上げると、かつてのトレーズの瞳のように澄んでいた。
次の日、またしてもトレーズの元に向かった。病室に入ると、顔部分だけは包帯を解いているのが見える。皮膚は所々が爛れており、淀んだアイスブルーが二つきちんとあった。
「トレーズ、顔に包帯を巻かなくていいのか?」
トレーズは一つ頷いた。
「君が、来ると、思って……」
どうやら待っていてくれていたらしい。嬉しいのだが、様子は昨日とは変わらなかった。しかしこれにはもう慣れてしまったのか、何も思わなくなってしまう。
目から下は久しぶりに見たのだが、唇は機能としての役目をきちんと果たしているようだ。だがそこから食料を摂取していなさそうである。顔色は悪い。点滴は刺してないので、どうやってここまで生き延びてきたのか分からなかった。
近くには水差しとプラスチック製のコップがあったので、水を注いで飲ませてみる。しかし水を拒絶しているようで、唇を頑なに閉じていた。
「水や食料はどうしている」
「薬……で、薬を、飲んで、いる、だけだ」
「だが貴様は顔色が悪い」
容易く言うならば、今にも死にそうな顔をしている。その顔を見ては、どうにかしたいと思えた。しかし水や食料を拒絶しているようでは、先は長くないと考える。それに、薬にずっと頼っていると予測ができた。
「飲め」
命令するようにそう言うのだが、トレーズは聞いてくれない。ならば無理矢理にと、水を口に含んでから口移しで飲ませようとした。唇を重ねてみるのだが、トレーズの唇は相変わらず閉じたままだ。故にベッドのシーツにだらだらと水が落ちてしまった。真っ白なシーツが濡れる。
「何故だ! 何故!」
トレーズは黙ったままである。どうして水すら受け付けないのか分からない。MSの破壊及び爆発によりPTSDを患ったのかと考えてはみたのだが、有り得そうだ。今のトレーズは希死願望が薄らとあり、口に入れる物をほぼ拒絶している状態だ。なので接し方を変えようと思ったのだが、何も思いつかなかった。
「まだ、死なせん……! 死にたいと言っても、私はまだ死なせんからな……!」
もう一度水を口に含んで口移しを試みるも、やはりシーツの上に流れ落ちるだけであった。悔しい。どうして、拒むのか。
「勘の、いい君は、思った、ことだろ……う……もう、私は、長く、ないと……」
「だが! そうだとしても……!」
図星である。何も言い返せなくなり、思考が混乱していく。何も思いつかない。
「もう、来ないで、くれ……やめて、くれ……私を、苦しませ、ないで、くれ……」
唇の感触を再び覚えてしまったのだが、ひどく冷たかった。そして冷水を浴びせられた気分になると、まだ水が入っているコップを残して病室から逃げるように出た。その後のことは、覚えていない。どうやって再び絶望に沈んだのかもさえも。
しかしこの日の夜、夢を見ていた。かつてのトレーズの姿がある。共に紅茶を飲んでおり、楽しく話しているところであった。いつかの記憶と記憶が、繋がってできた夢である。この夢に、いつまでも居たかった。しかし夢は幻覚でしかないので、虚ろな気分になる。
だが病院で気分に浴びせられた冷水が、蒸発するくらいに一時的に温かかった。本当は、トレーズは優しい人間なのだ。きっと、来るなというのは何かあるに違いない。例えば、自身の足を引っ張りたくないという思いもあるのかもしれない。
夢はすぐに終わった。目を覚ますと朝だった。飛び起きて身支度をする。行き先はトレーズの居る病院だ。やはり、トレーズのことが諦め切れないのだ。夢に出てくるくらいなのだから。
病室に入ると、微かに溜め息をついたトレーズがこちらを見る。
「私、は……」
「私は諦めない。貴様がいつか心を再び開いてくれるまで、私は貴様の元に来る。覚えておけ」
そう言ってから、トレーズと唇を合わせた。薬特有の苦さがあるが、顔を顰めている余裕はない。とにかく、トレーズに自身との時間を思い出して欲しいのだ。そしていつか求め合う関係に戻りたいのだ。
「トレーズ、私は貴様のことが好きだ。分かったか」
叱るように言うのだが、トレーズの瞳の濁りは変わらない。
「貴様だって、私のことを好きだと言ってくれただろう……!」
「昔の、ことだ……」
やはりトレーズは冷たいのだが、諦めなかった。どのような姿になっても、トレーズのことが忘れられないからだ。
なのでもう一度唇を合わせてみるのだが、トレーズの様子は変わらない。
「トレーズ……!」
名を呼ぶのだが、トレーズは返事をしない。今日はここで引き上げるしかないだろう。だがまた振り向いてくれると信じて。それからも毎日病室に通い詰めては唇を合わていく。一日にそれを何度もしたこともあった。薬の苦い味には慣れていった。
接吻の瞬間に、トレーズの瞳が細くなった時もある。嫌なのだろうか。自身との接吻が、そこまで嫌なのだろうか。だがそれを気にしては、トレーズへの想いが潰えると思った。それが怖くなってきて、堪らなくなっていった。
トレーズの病室に通い始めてから数日が経過した。
相変わらず死が近いような顔をしているし、水の口移しは拒んでいる。そして零してシーツを濡らす日々を続けていっていた。
ある日のことである。この日は雨が降っていた。病室に通い始めてから初めて降る雨である。少し髪や服を濡らしながら病室に入るのだが、トレーズの様子がおかしい。何やら存在している手で、もう片方の失った腕に巻いてある包帯を、ゆっくりと外しているようだったからだ。
巻き直しているのだろうかと思ったのだが、どうやら違うようだ。顔を見れば、眉を微かに顰めているからだ。
「トレーズ……?」
「あぁ、見て、くれない、か……指が、痛い、んだ……本当は、あるはず、なのに……」
失った手があるという幻覚でも見ているというのか。それに肘から下は無いので、当然のように指など存在しない。そうだというのに、痛いとはどういうことなのだろうか。初めて見る様子である。
「幻肢痛か……?」
そう呟いてみるものの、トレーズは全く反応しない。包帯を解くのに、精一杯だからだ。
「……ァ、痛い……痛い……痛い……」
すると「痛い」と繰り返しながら、包帯を解き終える。切断した断面は無く、新しい皮膚によって覆われていた。だが骨が内側から少し突き出ているので、不気味な見た目をしていた。思わず目を逸らしてしまう。
「トレーズ……残念だが、貴様の手はもう無い」
そう言って存在している方の腕を掴む。当時は鍛えられていた腕が、今は骨と皮しか無かった。あまりにも無惨だ。
ようやく自身の存在に気付いたのか、トレーズがこちらを向く。淀んだアイスブルーがこちらを見ていた。
「ぁ、あ……ミリ、アルド……」
怪訝そうな顔もせず、ただ無表情であった。それがどうにも恐ろしい。
「トレーズ……しかし、怪我もしていないのに、包帯を巻いているとはどういうことだ」
そう聞くのだが、トレーズは黙っていた。そこで推測したのだが、僅かに残った理性が、手足が欠損したという事実に目を背けたかったのだろうか。しかしそうならば、何故今になって痛いという理由で包帯を解いたのか。
「私、は……怪我など、して、いない……!」
自らの現在を、認めたくないのだろう。
自身も同じ立場になってみれば少しは分かるのだが、実際に四肢のどれかが切断されたことがない。なので次の言葉が出ないでいると、トレーズが言葉を途切れ途切れにさせながらも続ける。
「だが、どうして、腕が、無い……! これは、夢、夢……!」
正解がようやく分かった。今までのトレーズは、ショックのあまりに正気を失っていたように思える。しかし今日になり、ようやく正気を取り戻したと見た。だがきっかけは分からない。
「残念ながら、ここは現実だ。私が見えるか?」
「ミ、リアルド……!」
淀んだ瞳がこちらを睨んでくる。そこまで回復したのか。そう思っていると、片方の手足が無い状態でトレーズがじたばたと動く。
「違う、私は……!」
「落ち着け、トレーズ」
力強く肩を掴んでしまえば、折れそうなくらいに骨が細い。それに同時に軋んだ音が聞こえた。気のせいだろうか。
「ッあ、あ……ミリ、アルド……」
そこで淀んだ瞳から滴が垂れた。トレーズは泣いているのだ。初めて見る光景だった。それがどうにも綺麗だと思う。人の静かな涙が、こうも美しいとは。
「っ……! すまない、トレーズ……とりあえず、落ち着け。手足は片側が無いが、それでも貴様は生きている。また、貴様と会えて私は嬉しい」
そう言ってトレーズの細くなった体を抱き締める。薔薇の香りではなく、消毒液や薬の匂いがした。それでもいい。かつて愛し合った者と、こうして再会ができたのだから。
しかし最初は、今のトレーズの姿を見て絶望をしていたものの。
すると自然と唇が近付く。まともな接吻をしようとしたが、トレーズがそれを拒否した。
「私は、本当の……敗者に、なったのだ……」
「だからこそだ。もう貴様は普通の人間だ。もう特別な存在ではない。私と共に生きよう、トレーズ……今度は、二人で本当の幸せを掴もう」
自身から唇を合わせるのだが、トレーズに反応は無い。なのですぐに唇を離してから顔を見た。トレーズは未だに泣いている。
だが暫くの沈黙の後に、トレーズが小さく唇を開く。
「……駄目だ、私は、こんな、姿に、なったの……だ……君の、足でまといに、なって、しまう……」
前から思っていた予想は当たっていた。それでもいい。それでも、トレーズの傍に居たかった。
再び唇を重ねると、トレーズの涙が止まる。それを指で掬うと、まだ温かかった。まだ、トレーズは人間として生きているのだ。
「私のことはいい……だから……」
だから、共に生きようと言うつもりであった。するとまたトレーズが表情を険しくする。視線の先には、無くなった腕の先の虚空があった。また、幻肢痛が起きたのだろうか。
「医者を呼ぼう!」
「いや、いい……これは、私が、敗者になった、代償、なのだ……償い、なのだ……戦争で、死んで、いった……者たちへ、の……」
そこで喋り疲れたのか、トレーズの体が糸が切れたようにぐったりと力が抜ける。その体を抱き締めたまま、トレーズを見つめた。
贖罪など、誰も求めてはいない。贖罪などしていれば、また争いが起きてから戦争が起きる。トレーズのその信念は、残酷なことなのだが無駄だと思った。
「トレーズ、貴様は、もう……」
何を言いたいのか分からなくなった。なのでそこでトレーズの体を寝かせると、腕を包帯で巻き直す。皮膚はざらついていた。まともな栄養を摂っていないせいだろう。
悔しさが溢れてきた。このようなトレーズの体はもう治せないが、心はまだ治るのかもしれない。粉々に割れたガラスのように、破片が小さく細かくともいい。それを全て繋ぎ直したら良い話なのだから。
次の日にまた病室に来た。今日も雨が降っており、トレーズは昨日と同様に幻肢痛に悩まされている。次は存在する筈の足が痛いらしい。なので太ももを優しく撫でるのだが、効果は無いようだ。苦痛に顔を歪め、薄らと汗をかいている。
「トレーズ……また包帯を解くな」
傷塗れの細い太ももを晒しており、やはり見ているだけで痛々しい。それを睨んでから、トレーズの瞳を見た。今日は大きく歪んでおり、昨日と比べて幻肢痛が酷いようだが、痛み止めの薬は無いのだろうか。机やチェストの中などを探してみるのだが無い。
トレーズの贖罪はいつ見ても無駄としか思えない。なのでナースコールをしようとしたところで、トレーズが微かに呟く。
「この、哀れ……な、私に……接吻、を、してく、れ……」
「分かった」
理由は分からない。どうしてトレーズにその気が起きたのかは分からない。それでも、求められたということが嬉しかった。
なので顔を近付けてから、青白い皮膚にまずはキスをする。そして唇同士を合わせると、トレーズの舌が侵入してきた。それを受け入れると、互いの唇が絡み合う。久しぶりの感覚であった。
「ん、ふ、ふぅ……」
唾液の音が立ち、唇の隙間から息が漏れる。その間に、自身は幸せだと思える。トレーズと、こうしていられることが嬉しいのだ。
だが暫くしてから、動かすことのできる腕でトレーズが顔を押す。もうキスは止めて欲しいということなのだろうか。なので唇を離すと、短い唾液の糸ができていた。
「まだ、痛いか?」
「いや……痛くは、ない……」
トレーズは少しだけ驚きながら、切断された足を見る。
自身との接吻が、鎮痛剤代わりとなったというのか。或いは精神に何かしらの作用が起きたのか。幻肢痛の痛み止めといえば、神経や精神に効果をもたらすものが代表的だ。トレーズは自身と接吻をして幻肢痛を止めたということになる。つまりは、トレーズは未だ自身のことを思っているのかもしれない。
痩せこけた頬を撫でながら、トレーズの目を見る。少しだけ、淀みが減ったような気がする。
「トレーズ、贖罪はもう止めろ」
「だが……」
「誰も貴様からの贖罪など求めていない」
言い切ったところで、トレーズがこれで黙るかと思った。贖罪を全て断つかと思った。しかし違うようで、トレーズが言い返す。
「君は、死者の、言葉、を……聞いたの、かね?」
「聞ける訳がないだろう」
変に頭が回る。そう思いながら、もう一度接吻をした。トレーズはもはや抵抗をしない。
「……トレーズ、貴様は何がしたい。この状況に絶望をしているだけではないのか? 本当はあの時、死ぬつもりだったのではないのか? だが、私がそうはさせん。分かったか」
まだトレーズには生きていて欲しい。前から愛を誓い合っていた筈だ。それが拗れて戦いになったのだが、今の自身は落ち着いている。年を取り、和解という道の歩き方を知ったのだ。それをトレーズに見せたかった。
以前までの自身は、トレーズにとっては未熟だったのかもしれない。いや、今もそうなのかもしれない。
「ところで、貴様は私を愛しているのか?」
そこでふと聞いてみたかったことを質問してみる。
「分から、な、い……だが、君と……居て、悪い気は、しない」
「そうか、ありがとう。それならば良い」
今まで黒い雨雲が出ていた自身の心の空に、日差しが差し込み始める。嫌よりも随分と遠い答えだからだ。
それにここに通っていくうちに、トレーズの様子が落ち着いてきた気がする。しかし今までほぼ一人で、孤独でこの部屋で寝ていたのか。そう思うと、悲しさの波が押し寄せてきた。
「トレーズ、私は貴様の傍に居る。だから妙なことは考えるな。私が監視しているからな」
するとトレーズの口角が僅かに上がったことを見逃さなかった。笑ったのだ。トレーズが笑ったのだ。表情筋が死んでしまったかと思ったのだが、生きていたのだ。
「君に、触れ、たい……」
「あぁ」
ベッドの上に乗ると、軋む音が聞こえた。だがこのベッドはかなり頑丈らしく、それ以来は何も音が聞こえない。まずはトレーズを抱き締めると、やはり体の細さがある。そして何度が接吻を重ねていくうちに、互いの熱が上がっていくように思える。前から思っていたのだが、余程のことがない限り、ここに看護士は来ないらしい。なのでそれを利用し、服を脱いでいく。
ワイシャツとスラックス姿になったところで、トレーズの手を掴んで触れさせる。
「私の心臓の音が、聞こえるか?」
「あぁ……」
撫でるようにトレーズが手を動かすのだが、その動きはあまりにも遅かった。しかしそれでいい。トレーズの考えはそれで分かったのだ。まだ、自身と繋がる気はあるらしい。
「トレーズ、今は、キスだけしていたい。してくれるか?」
そう問うとトレーズが微かに頷き、自ら唇を寄せてくれる。唇には張りがないものの、そのようなことはどうでもよかった。
二人で何度か唇を合わせる。そして次第にトレーズの体の上に覆い被さるのだが、そこで苦しげな息が聞こえた。つい、体重を掛けすぎたのだ。なので気持ちだけでも体を起こすと、接吻を続けていった。
幾度も互いの舌が絡み合うと、口腔内がかなり熱くなっていく。気持ちが良いのだ。
トレーズはどうだろうか、気持ちが良いのだろうか。そう思いながら唇を重ね続ける。自身の体までも熱くなっていき、遂に怪我人に欲情までしてしまう。最低なのだが、体の本能を抑えられる筈もない。割れたガラスを丁寧に繋ぎ合わせる気など、起きなくなっていた。
「分かるか、トレーズ……私のここが、分かるか?」
すると狂ったようにトレーズに聞き、股間をトレーズの体に押しつけ始める。愉快な気分だった。このまま、発散させたい気まである。
「ミリア、ルド……まだ……」
そこでトレーズの拒否の言葉が出てきたのだが、構いやしない。服を脱ぎ全裸になると、トレーズの患者服までも脱がせていく。その手つきは乱暴であった。まるで今から強姦をする男のような気分になる。これから、病院で行うには最悪の行為をしようとしていたからだ。
「トレーズ……また、抱いてくれ」
そう言って膨らんだ下半身を患者服で擦り始める。トレーズはかつてのように薔薇の香りはしない。ひたすらに薬の匂いがするだけだ。それでも興奮してしまっていた。トレーズがいけないのだ。こうやって無防備であるから、或いは誘ってくるから。
息を何度か吐いた後に、すぐに射精感が込み上げた。その際にトレーズの存在する筈の怒張を触れてみるものの、反応はしない。ならば体をずりずりと後退させてから、同様に薬の匂いがする萎えた怒張を口に咥える。トレーズが苦しげな息を漏らす。
「や、やめ、て……くれ……許して、くれ……」
またもやトレーズから拒否の言葉が出た。それを無視しながら、フェラチオをしていく。怒張に傷はないし、器官としての役割を果たし始めていた。次第に硬度が増していき、遂には勃起をしたのだ。口腔内でそれを堪能しながら、自らの下半身を慰めていく。
気持ちよかった。またあの時に戻ったような気さえしてくる。するとそのまま怒張が膨らみ始めたと思うと、口腔内に苦い味が広がる。トレーズが射精をしたのだ。
精を飲み込むと同時に、自身も達した。手の平で精を包み込むと、それを尻に持っていく。排泄器官となった今だが、また性器のような役割を与えたいと思った。なので指で秘部を精液で潤滑油にしながら解していく。すると体が昔を覚えてくれたのか、すんなりと柔らかくなっていった。それが嬉しい。すぐにトレーズの体の上に跨がる。
「トレーズ、入るぞ……」
興奮気味に言いながら、怒張に向けてゆっくりと腰を下ろしていく。まずは怒張が秘部に当たると、それだけで全身に電撃が走ったかのようだった。
「あ、ぁあ……! トレーズ……!」
更に求めるように名を呼ぶのだが、トレーズはもう何も喋らなかった。顔だけは、嫌悪感で溢れさせている。今から行う行為がとても嫌らしい。一方で自身はトレーズとまた体を重ねる気でいる。少しでもいい。
「う、ぁ、あ、入る、入る……!」
怒張が簡単に秘部を突き抜けた。熱い感覚に、背中が反れる。そしてもっと深く挿入させると、怒張が全て入った。嬉しさに、トレーズと唇を合わせながら腰を動かした。
「ぁ、あ、ァ、あ! トレーズ、トレーズ、気持ちが良いか?」
言うものの、やはりトレーズは何も言わない。代わりに何度か荒い息を吐いていた。嫌がっていても、トレーズでもやはり本能には抗えないようだった。しかし体力は大丈夫なのかと心配していたが、互いの二度目の射精でトレーズが気を失ってしまう。思ったよりも遅いと思った。
「ッは、はぁ……トレーズ、どうだ?」
自身はまだ満足をしていない。だが目を閉じてしまっているトレーズにそう話し掛けた。当然のように返事は無い。トレーズの胸が規則正しく上下していることから、眠ってしまったことが分かる。
それを見て、後悔はしていない。寧ろ満足していた。すると明日も明後日も、明明後日も、トレーズと致したいと考えてしまう。前にあった本能が、急激に戻ってきたのだ。
「トレーズ、私は貴様のことが好きだ」
そう呟くと、トレーズに何度も何度も口付けをしていた。勿論、燃えるような愛しさを込めながら。
次の日、病室に来てみればトレーズは顔のみに包帯を巻いていた。どうしたのだろうか。
「トレーズ」
「君、は……」
トレーズの声は、前よりも震えていた。
昨日は無理矢理にトレーズと体を繋げている。後悔は無いし、無抵抗の者を半ば襲うという行為に対して罪悪感などない。寧ろトレーズへの好意が深まるばかりである。
「トレーズ、私は貴様が好きだ。ずっと、傍に居て欲しいのだ。貴様も、かつてはそう言ってくれていただろう。それを私は、実現しに来た」
感情など、トレーズによって歪められたものだ。二十にも満たない頃にトレーズに体を教えられ、それが当たり前になってしまっていた。もう、女が抱けないのだ。
その責任も取って貰わなければならない。他責することになるが、それくらいに自身の精神は拗れてしまっている。目の前の包帯に向けて、名を呼ぶ。
「トレーズ、好きだ」
「ぁ、あ……やめて、くれ、私は……」
存在している手で頭を掻きむしり、そして肘から下が無い腕をも上げる。頭を抱えているポーズを取りたいのだろうか。
トレーズが自身に対して拒んでいる訳ではなさそうだ。ではどうしてそのような行動を取るのだろうか。首を傾げながら、トレーズの顔に巻かれている包帯を解いていく。途中でトレーズが抵抗したものの、そのようなものを容易く避けることができる。
包帯を解ききった。トレーズの顔が見えるのだが、淀んだ瞳からは涙が流れている。どうして、泣いているのか。
「やめて、くれ……私の、ことが、そこまで、嫌いなの、か……」
「違う。好きなのだ」
そう言って唇を重ねる。今日もかなりの薬の味がした。相当に薬を飲ませられたのだろうか。
「トレーズ、どうしてだ? 前は、あれほど私を好きと言ってくれたではないか……永遠を、誓い合ったではないか」
そこで自身は、あの時の言葉を頼りにしていたと気付く。今更ながらに気付いた。そしてあの時のトレーズの言葉を全てを、今でも依り代にしているのだ。ずっと前から、士官時代から繋がっていたのもある。
だが目の前のトレーズは、どうしてか自身を拒絶するばかりだ。ならばもう一度分からせてやるしかないだろうと思い、ベッドの上に乗る。
「トレーズ」
言いながら、患者服に手を掛けた。今の状態のトレーズの患者服を脱がせるのは二回目。手つきも意志も慣れたものであり、抵抗はあったもののあっさりと脱がせることができた。
「トレーズ、昨日は良かったか?」
「よく、は……ない……」
眉が若干吊り上がったような気がする。反対意見でも、述べたいのだろうか。
「あれか、ら……私は、死に、たい……」
死にたい、そのような言葉を聞いて目を見開く。まさかそのような言葉が、トレーズから出てくるとは思わなかったからだ。本当にトレーズは嫌がっているのか。しかし、昨日はあんなに喜んでくれたというのに。
「嘘だ……! それは嘘だ!」
認めたくはない。なのでそう否定をして、トレーズと再び唇を重ねる。薬の味が濃く、顔を歪めてしまった。だがこれはトレーズとの接吻なのだ。我慢することはできた。
唇を離すと、すぐに自身も服を脱ぎ始める。瞬く間に全裸になると、何も反応していないトレーズの体の上に乗る。トレーズは、かなり痛そうな顔をしていた。また幻肢痛が起きたのかと思ったが、違うらしい。
「重い……」
「少しは我慢しろ。トレーズ……」
トレーズの萎えた怒張を掴み、しこしこと扱いていく。途中で我慢汁が出てくると、やはりまだ衰えていないということが分かる。一気に膨らんでいき、そしてその上に腰を下ろしていった。秘部に怒張が入ると、その後は夢中で腰を振る。
「あ、ぁ、ッは、はぁ……」
中に怒張が埋まり、そして粘膜を押されていく感覚が気持ちいい。これだから、トレーズとの性行為は止められないのだ。もはや中毒かもしれない。
そのような中で、自身は唯一残っているトレーズの手を握った。普段は見れない素手なのだが、銃や剣を握った為にできたたこができている。これは前から確認できたものだ。それさえも愛しく、指で優しく撫でた。
「は、は……ミリア、ルド……やめて、くれ……」
「どうしてだ! どうして貴様は、私を拒む! 私は、こんなに求めているというのに!」
言い放つと怒りが湧いてくる。このような感情は、初めてであった。すると涙が零れてくる。目の前が霞むと、急激に怒りが鎮まっていく。
「ミリアルド……」
慰めてくれるのか、トレーズが存在している手で胸を撫でてくれる。このような強姦に近いことをしても尚、トレーズは自身に優しくしてくれる。だがその優しさが嫌いになっていく。この優しさのせいで、自身は期待してしまうのだ。
「トレーズ……! 私のことを、今でも好きなのか嫌いなのか、どちらなのだ……!」
「分から、ない……もう、私には、何も、分からない……許して、くれ……私は、何も、分からない……君への、気持ち、も、私、自身の、気持ちも……」
そう言って、トレーズの瞳から涙が流れる。
「どうしてだ……どうしてだ……!」
するとトレーズへの気持ちが揺らいでくる。そのようなことではいけない。自身はトレーズのことが好きなのだ。好きだからこうして、体を捧げているのだ。
ふと、頭が痛くなった。
「もう、嫌って、くれ……私、のことは……嫌って、くれ……私からの、最後、の……願い、だ……」
「最後だと!? そのようなことなどさせるか!」
心やトレーズへの抵抗の為に、再び腰を振った。中で粘膜が擦れ合う淫らな音が響き、それが自身の淫猥な心を増幅させていった。そうだ。自身はトレーズでなければならないのだ。
「ぅ、は、はぁ……ぁ、はぁ、トレーズ、もう、出る……!」
自身の下半身が反応し、すぐに射精感が込み上げる。なので自らの胸に精液を散らせた。腹の中も胸も熱い。
「ぁ、はぁ、は……トレーズ、貴様も出せ……! 私の中に、出せ……!」
搾り取るように、腰をぐねらせていく。するとトレーズがくぐもった声を出すものの、それからなかなか怒張が更に膨らむことはない。どうしてなのか分からないが、悔しいと思った。トレーズをその気にさせることは、得意だと思っていたからだ。
「っぐ、ぅ……ぁ……あ」
トレーズが唇を半開きにする。そして息を何度か吐いている姿を見て、体を大きく曲げた。顔同士が近付くと、すぐに唇を合わせる。
「ん、ふ、ふぅ……ぅ、ん……」
舌を突き出し、容易くトレーズの舌を絡めることができた。なのでそのまま吸っていくと、そこでようやくトレーズの怒張に変化が見られた。膨らみ、脈打っているのだ。
今度こそ精を搾り取るべく、意識して腹の中を強く締める。するとトレーズから苦悶の表情が読み取れた。相当に苦しいのだろうか。
そしてトレーズが精を吐くと、そこで怒張が萎えてしまった。残念に思いながら、唇を離す。トレーズはかなりの息切れをしているらしく、全身が震えていた。今にも死にそうなのだが、死なせるならこうがいいと思った。性行為を最後に、逝かせてやりたいのだ。自身を、死んでも忘れないようにと。
「トレーズ、今なら、貴様は死んでもいい。それなら、私は満足だ」
もはや笑いが込み上げる。そうなのだ。トレーズに振り向いてもらえなくなるならば、こうして死なせてやればいいのだ。
「どうだ、トレーズ、死なないのか? 死にたいのだろう?」
「まだ……まだ、だ……」
「何だと?」
怒張が元気ならば、もう一度果てさせてやろうかと思った。だができないので、睨みながら腹の中から萎えた怒張を引きずり出す。真っ白なシーツに、精液が滲んでいく。
「もう、私、とは……会うな……」
「何故だ?」
理由を聞くのだが、トレーズは答えてくれない。なので細くなった肩を掴み、そして後頭部を支えて体を起こした。トレーズは、力を入れられないのか腕や頭をだらりと垂らす。
「トレーズ!」
「ミリアルド……もう、お別れ、だ……私の、ことは、忘れて、くれ……」
それでも拒絶する理由が分からない。自身も、何も分からなくなった。細いトレーズの体をゆっくりとベッドに寝かせてから、淀んだ瞳を見つめる。
「私は……!」
ならばトレーズからの、依り代にしている過去の言葉を思い出すことにした。好きであり、愛しており、離さないと言ってくれていたのだ。その言葉を刻みつけなければならない。そう思い、服を来て行為の処理をした。トレーズに患者服を着せる。
「明日も、また来る。まだ、生きていてくれ」
願うようにそう言うと、トレーズにもう一度キスをしてから病室を出た。
次の日、この日は雨が降っていた。いつものように病室に入ったものの、トレーズの姿はない。ベッドの上に居る筈の、トレーズが居ない。どうしたのかと思い焦り、そして辺りを見回す。点滴などは刺していなかったので、居場所が分からない。どこに行ったのかと、病室から出ようとした。
そこでこのフロアの上である、屋上からガコンという異音がした。何の音なのだろうかと思い、窓辺に来た途端に何かが落ちてくる気配がした。嫌な予感をしながら窓を開けると、そこで見覚えのある色の残像が見える。確か、あれは患者服の色だったような気がした。次の瞬間、どさりと音がした。下の方からである。なので覗いてみると、トレーズが死んでいた。飛び降りて、自殺をしたらしい。辺りには肉片のようなものが飛び散っており、雨で血が広がっていく。頭から突っ込むように飛び降りたらしく、頭がもげていた。何と残酷な光景だろうか。
自身は、それを見て何も考えられなくなった。これが幻覚だったらいい。そう思いながら、トレーズの死体を見る。すると気が付いた者が居たらしく、救急車のサイレン音が聞こえる。近いので、かなりうるさい。
「トレーズ……!」
そこでようやく現実だと分かった。これで、トレーズ・クシュリナーダは完全に死んだのだ。嘘ではない。本当だ。そう思うと、窓からトレーズの死体と流れる血を見ていた。