紅茶の味

「ライトニング・バロン、今回も良い働きをした」
 執務室にゼクスが入って来た。作戦の報告に来ており、未だ自身に敬礼したままである。
 自身は机に向かっているが、立ち上がってからゼクスの元に向かう。ヒールを鳴らしながら近付く度に、ゼクスの唇が少しずつ歪んでいく。それが面白く、仮面の下の未だ見たことのない素顔を想像しながら小さく笑った。ゼクスが敬礼を弱める。
「……か、閣下……いかがなされたのですか。私の報告は、終わりましたが……」
 ゼクスが動揺しながらそう言うのに対し、自身は表情一つ変えていない。やはりこの男は面白いと思った。随分と前から思っていたのだが、ゼクスは自身に気があるのかもしれない。仮面で視線の乱れは分からないものの、口元だけでも顔の様子は分かる。
 それにこの動揺ぶり、相当なものだと窺えた。
「ゼクス、少し私と話をしよう。敬礼を解け」
「は。しかし、話、とは……?」
 敬礼を止めて口を半開きにしているゼクスが可愛らしい。あちらが気があるようなのであれば、こちらもそう努めようではないか。そう考え、話の合間に飲む紅茶を淹れようとした。その前にゼクスに問う。
「三十分でいい。私に君の時間をくれないか」
「それは構いません」
 了承を得ると、紅茶を淹れる準備を始めた。普通ならば使いの者に淹れさせるのだが、人により茶の味は違う。なので自身で淹れることもある。初めは使いの者に驚かれたが、理由を説明していくうちに聞き入れて貰えた。そのことには、感謝していた。
「使いの者には……?」
 そういえばゼクスには初めて紅茶を振る舞う。当然のように茶を淹れようとしている自身の動きを見て驚くものの、同じように説明すると少しは納得してくれた。ゼクスはあまり茶を嗜まないのだろうか。
 茶葉をセットしたティーポットに湯を注ぐ。そして蒸らし等の手順を加えた後にティーカップに注ぐ。今日も、良い色と香りがしていた。
「さて、君の椅子が無かったな……私も立って飲もう」
「いえ、閣下はお座りになられてください!」
 ゼクスが椅子の方に視線を向けているような気がするのだが、それに首を横に振った。
「茶を飲む時くらいは、少しは君と対等に居たい」
 そう言ってゼクスを黙らせると、ゼクスにティーカップを渡す。その後に淹れたての紅茶を啜った。味も良いが、ゼクスが居るおかげでより良く感じた。一方でティーカップを渡されたままのゼクスはこちらを見ている。遠慮をしているのだろうか。
「どうした? 紅茶は嫌いか?」
「いえ、とんでもありません! いただきます!」
 ゼクスは早く飲み切るようにと、急いで飲もうとした。しかし熱かったらしく、口を半開きにして舌を出している。その姿に少しぞくりと来たのだが、それくらいに自身の心が動かされた証拠だ。
 ティーカップを机に置いてから、ゼクスに近寄る。ゼクスは数歩後退るものの、これが自身に失礼な態度だと気付いたらしい。脚を止めてからこちらを見る。
「ゼクス、火傷はしていないか?」
「しておりません!」
「ふむ、では確かめてみよう」
 そう言って、顔を近付けてから柔らかく唇を重ねる。ゼクスから拒否の反応は無いし、それに紅茶の味がして美味かった。いや、自身が先程飲んだものよりも美味いのかもしれない。そう思うと、もっと唇を重ねたくなった。欲は止まらない。もう一度、唇を合わせてから離す。互いの顔は、至近距離にあった。
「んっ……ん……か、閣下……!」
「火傷はしていないようだ。だが、淹れたての茶を飲む時は気を付けてくれたまえ」
「は……は!」
 そこでようやく顔を離していくと、ティーカップをゼクスの手が震えていた。ソーサーと当たってカタカタと小刻みに音が鳴っている。そこまで、嬉しかったのだろうか。顔を見ると、仮面で隠しきれていない頬がほんのりと赤く染まっている。可愛らしい男だと思った。
 するとまたしてもゼクスが勢いよく紅茶を飲み、飲み切るとティーカップを机に置く。そして礼を述べてから素早く逃げるように執務室を出た。自身の言っていた三十分も経っていない。
「……少し、過剰過ぎたか。しかし、私も君のことが気になってきたよ、ゼクス」
 そう呟いて自身のティーカップを持ち、紅茶を啜る。だが先程の味はしない。するとあの味が、もっと欲しくなっていった。自身の手では、再現などできないのだから。