互いに喫煙者であるなら、誰もが憧れるシガーキス。峯はそれがやりたいと思っていた。
街中を歩けば、見かける本などにたまにそのような描写がある。喫煙の表現は最近は減っているので、見かける度に峯は珍しいなどと思っていた。
だが何度も見かけていくうちに、大吾とシガーキスをしてみたいと思ったのだ。思い立ったが吉日、そのような諺の存在も同時に浮かんでくる。そうなのだ。何かを始めるには、思い付いた瞬間にやってみるといいのだ。
先人の言葉に感謝をしながら、峯は夜に大吾の家に向かう。口実として「何か忘れ物をしたかもしれない」と。
大吾のマンションに行き、エレベーターに乗って部屋の前に立つ。現在、大吾は帰宅しているらしい。だがそこで、峯はシガーキスなどしたことがないと気付く。どうすればいいのだろうかと考えるが、互いに煙草をくっつければいい話なのだろう。自身にそう言い聞かせた峯は、インターフォンを押す。すぐに大吾が、扉を開けてくれた。
「み、峯……! 待っていた……!」
忘れ物をしたかもしれない、そう伝えた筈だ。しかし大吾はまるで自身が遊びに来たかのように迎えてくれる。その時に満面の笑みを浮かべてくれたが、何と可愛らしいと思えた。今すぐ手を伸ばして抱き締めたいが、このまま扉を開けたままでは何かと危ない。なので「お邪魔します」と言うと、大吾が家に入れてくれる。扉が閉まると同時に、施錠音が聞こえた。
「わ……忘れ物は、俺は見かけてないぞ……? だから、峯……」
大吾が誘うように体を寄せて来たが、今はシガーキスのことで頭が一杯である。なので「そうですかね……?」ととぼけながら、懐から煙草とライターを出す。大吾はライターを見るなり体を少し離す。
煙草を咥えてから、ライターで火を点けようとする。そこで大吾の存在を思い出したふりをするが、ライターを持つ手が震えていた。このままではシガーキスを自然な流れでできないのではないのか。
すると大吾がこちらを凝視してきた。遂には「峯……? 今日は様子がおかしいぞ……?」と首を傾げる始末である。
「ろ……ろく……大吾さんも、吸います……?」
「あ、あぁ、じゃ、じゃあ、火を貰おうかな……」
恐らく大吾は、この流れは何なのだろうかと思っているのだろう。峯は自身の至らなさに頭を抱えたくなったが、喫煙を促す発言をしてしまっている。なので煙草を取り出した大吾に、いつものように自然とライターを差し出そうとした。そこで、それではシガーキスをできないとライターを引っ込めた。大吾は転びかけてから「峯……!?」と驚いている。
「お、お待ちを……! 俺が、点けますので……!」
「え、えぇ……!? どういうこと……!?」
目の前の大吾は煙草を持つ手を下ろし、困惑の目を向けている。峯は本当に申し訳ないと思いながら、未だに震える手で煙草を自身の口に持っていった。大吾に見られながら口に咥えると、ライターで火を点ける。
「な、なので、あの……お持ちになっているものを、咥えて下さい……」
大吾に咥えるように促すが、頭の中は疑問で一杯になっているのだろう。そのような中で大吾が言う通りにしてくれる。なので峯は、点火している煙草の先端を、ゆっくりと大吾が咥えている煙草に近付けた。
火が点いている煙草を外しては駄目だ。相手は体までを許す関係以前に、東城会の六代目会長である。そのような不始末は許されない。すると峯は緊張してきた。体が微かに震えるが、このような事態になるとは思いもしなかった。シガーキスを思い付いた当初は、あんなに心を浮かせていたというのに。
自身の過去の行動や思考に後悔しながら、深呼吸をしてしまう。煙草の煙が若干、大吾の顔に掛かる。峯は顔を真っ青にしたが、このままではシガーキスどころか何もできなくなる。なので後で大吾に謝ろうと決心しながら、顔を近付けた。一方の大吾は、視線にも動揺が見られる。こちらの目や煙草を何度も往復させているのだ。当たり前の反応だと思った。
改めて顔を近づけると、互いの煙草の先端を密着させることができた。なので峯は喜ぼうとするが、大吾の煙草には火が点いていないようだ。なので首を傾げた大吾だが、このまま終わる訳にはいかない。一度離してから、もう一度くっつけた。それでも大吾の煙草には火が点かない。
なので峯は何度も何度も煙草の先端をつけていると、ようやく大吾の煙草に火が点いたらしい。赤く灯る。
しかしその瞬間に、二人は顔を大きく歪めた。
「ど、どうです……うっ……! まずい……」
「まずい……」
一時的に峯が憧れていた、恋人とのシガーキス。どうにかできたものの、煙草の味が不味くなってしまったのであった。