黒に白を重ねても、灰になるのみで
ある晩のことだ。
軽い睦事の後に二人は体を清め終えたが、独特の倦怠感などにより服を着るのが面倒になったらしい。なので互いに何も着ずにベッドへと入って横になるが、睡魔はまだ来ていなかった。微かに光を灯すサイドランプを点けながら、夏侯惇は胸の下に枕を敷いてうつ伏せになる。一方の于禁は夏侯惇の方へと向く。二人はそれぞれ布団を腰のあたりまで掛けていて肌寒いが、上まで掛けるのが面倒らしくそのままである。だがその際、負担を掛けた夏侯惇の体を労るように腰を抱いていた。
「……もっと、酷くしてくれても良いのだがな」
夏侯惇は静かに笑いながらそう言うと、于禁の方へと視線を向ける。その視線には睦事の最中にあった色欲が未だに残っていたようだ。于禁はそれに気付いていたが、気付かぬふりをしている。
最近の于禁は、何だかおかしかった。普段は物理的な接触を最低限に抑え、先程のような睦事の最中では夏侯惇に何か遠慮しているような様子であるからだ。
以前ならば、二人きりの時は何かと夏侯惇にくっついてきていた。それに睦事の最中では、夏侯惇を気を失うまで抱き潰す夜を何度も迎えている。それにより夏侯惇は目が覚める度に腰の痛みなどに苦しまれていたが、于禁との睦事により湧いてくる多幸感が毎回相殺してくれていた。
「俺のことが、好きなのだろう?」
于禁の顔へと手を伸ばした夏侯惇は、そのまま顎を軽い力で捕らえて目を向けさせる。于禁は夏侯惇の目を見ると視線を逸らしてから、自信無さげに小さく頷く。
「はい」
「ではなぜだ?」
そのときの腰を抱く于禁の眉が大きく動いた。それに腰を抱いていた手もピクリと動いたので、夏侯惇は感覚を腰に集中させる。そこからは何だか、強烈な昏い意志が感じられるのが分かったらしい。
「何を仰っているのですか、私は、普段通りでしょう」
「お前自身でも分からないのか? 最近おかしいぞ?」
一瞬だけ于禁の手や指に、一層力が入った。鈍く重い痛みにより夏侯惇は伸ばしていた手を離してしまい、瞬間的に腰の骨を折られる程に圧迫される。なので顔を歪めると、于禁は焦った様子で腰を抱いている手を引いた。そうしてしまった自分の手を、とても忌々しげに見ながら。
「図星か……」
圧迫された痛みが尾を引いているらしく、夏侯惇は若干の苦しげな息を吐きながらそう指摘した。
于禁はまず痛みを加えてしまったことを謝罪しようとしたが、なぜだかそのような気分にもなれないし、そのような言葉が上手く出なかった。いつもの于禁は、謝罪すべき状況にあるときは率先して謝罪するのだが。
それを見た夏侯惇は、呼吸を整えかけているところでうつ伏せの体勢を止めると、横向きになって于禁と向かい合う。その際に体の下敷きになっている側の腕で枕を作り、反対側の腕は于禁の方へと伸ばすとそれを背中に回した。しかし于禁はそれを拒もうとしたが、夏侯惇は無理矢理にそうする。
「俺は、お前の傍に居る」
何も聞かずにただそう言うと、額を于禁の厚い左胸へと当てた。そこは外気に晒されていてひんやりとしているが、熱めの額にとっては丁度良いらしい。ひんやりとした感覚を吸収するように額を押し付けると、于禁がとても深い呼吸を行った。その後に于禁は情けない声と言葉を出す。
「……戯言かもしれませんが、これが、この世界が全て夢幻であったら私はもう、一生一人きりになってしまう。これ以上あなたに依存してしまったら、後が怖くて……」
それに対して夏侯惇は嘲笑などもせず、いつもの調子で答え始めた。
「何があったかは知らんが、お前と俺はここに居るから、夢や幻などあり得ん。そんなもの忘れてしまえ。それに俺もお前に依存しているから、怖いも何も無いだろう?」
顔を上げた夏侯惇は、于禁の顔を見る。色欲の残った視線は無くなっており、代わりに慈しむような視線が宿っていた。だが于禁にはそれがとても眩しいものと感じたらしい。刹那的に合わせていた視線を別の方へと向かせた。
すると夏侯惇は背中に回していた手をゆっくりと引くと、それを于禁の首の後ろに回す。夏侯惇は于禁の顔へとかなり近付けたが、少し避けられてしまう。それでも無理矢理に近付き、静かに囁いた。
「俺は、お前のことを愛している」