鮮やかな紫色のツツジの花
鮮やかであった色のツツジの花が枯れ始めて間もない頃。
二人は街中の歩道の道路沿いに丁寧に植えられ、そして剪定されているツツジをゆっくりと歩きながら何気なく眺めていた。だが時は既に、夕空に闇色が割り込むように差し込んできている時間帯である。
「……ここのは他の場所よりも、見頃が短いですね」
この日は公休日だが夏侯惇は休日出勤をしていて、于禁は予定通りに公休日であった。なのでか夏侯惇はスーツ姿で、一方の于禁は軽装姿である。
二人で外を歩いている理由は、夏侯惇が休日出勤でしかもこの時間帯に帰宅することは事前に連絡をしていた。しかしようやく仕事を終えてから会社のエントランスまで出るなり、夏侯惇は『近くまで迎えに来て欲しい』と突然に連絡する。于禁はそれに、理由も聞かずに返事一つで快諾していて。
そして今に至る訳だが二人は行先も決めないまま、歩行者が多く居る街中をただ歩いていた。
しばらくは互いの間に心地よい沈黙を持たせていたが、そこで視界に枯れかけのツツジが視界に入ったので、二人は自然と揃って足を止める。しかし薄暗い中でそれをよくよく見ると、既に地面に落ちてしまっているものが幾つかあった。
「あぁ、本当だな。……この辺りは、他の場所よりも日当たりがかなり良いせいだろう」
ここは会社から近いが、家とは反対方向である。しかしたまにこの歩道を歩くことがあるのか、夏侯惇はそう言いながらこの場の昼間の様子を思い出していた。
そうしていると、風が一瞬だけ強く吹いた。そのせいで地面に落ちた幾つものツツジの花がふわりと巻き上げられ、そのうちの一つは夏侯惇が後ろへ撫で付けている髪に着地する。
「髪につきましたよ」
それを見た于禁は夏侯惇へとぐっと近付いて片手を伸ばす。そして髪へと着地したツツジの花を、軽く指で摘まんで取るが、その色は鮮やかな紫色。
于禁は花に向け、ほんの僅かに微笑んだ。その後に花と夏侯惇を交互に見る。
「……やはり、お美しい」
「そうだな」
摘まみ上げたツツジの花を、于禁はどうにもしようとしない。それを夏侯惇は見ながら、于禁の言葉にただ頷くのみ。なので于禁は少しだけ不機嫌そうな顔へと変えた。
すると再び風が吹いた。于禁はそこで指を離すと、紫のツツジの花が風に乗ってどこかへと飛んで行った。ほんの数秒だけ目でそれを追った後に、夏侯惇へと視線を向ける。
「……あれは花言葉、なのだろう?」
同時に夏侯惇も于禁の方へと、少しだけ頭を上げる。周囲の喧騒により声が通りにくいのか、于禁にぐっと顔を近付けながら。そして、大層つまらなさそうな顔をしながら。
だがその時には、夕空は闇色に完全に支配されていた。周囲の等間隔にある外灯が、明るさを人々に与えていく。だがそもそも、視界に入っている大量の建物の灯りだけでも充分に明るいのだが。
「………………」
何か言おうとしていた于禁は黙りこくった。夏侯惇の顔が近付いてきたからか、先程の夕空が移ってしまったかのように顔をとても赤くしていて。
すると夏侯惇の表情が変わり、急激に頬を緩ませながら近付けていた顔を離していく。
「ほら、言葉が足りないぞ?」
恐らく、改めてもう一度と夏侯惇は言いたいのだろう。それを察した于禁は少しだけ低い場所から見上げてきているだけの、夏侯惇の対になっている瞳を直視できないでいた。
「あなたは、お美しい……」
しかし于禁が辛うじて出せた言葉は、周囲の喧騒によりほとんど掻き消されてしまう。風によりどこかへと飛んで行ってしまった、鮮やかな紫色のツツジの花のように。