青い月『立待月』
于禁は自分の隠れ処で夏侯惇と碁を打った夜から悩んでいた。あのときの寝ている夏侯惇へ向けてしまった、とてもおかしな感情を。
しばらく考えた結果、一つの答えを導き出した。于禁は夏侯惇を恋愛対象として見てしまったのではないかと。肯定など、とてもしたくはないが。
あのときは翌朝、夏侯惇は何か用事があったのか于禁が目を覚ました頃には、既に隠れ処から居なくなっていた。それに一頭のみ繋がれている馬はそのままだった。ここから城からまではそれなりに離れているが、夏侯惇は馬無しでどうやって城へと戻ったのだろうか、と考えるが見当もつかない。
なのでそのことを早くても今日、会ったら謝罪しなければと思いながら椅子から立ち上がり、昨夜の状態を保ったままの碁盤を見る。あれから何か手をつけられている痕跡は無い。なので一瞬、于禁はそれを片付けようと手を出したがピタリと止めた。このままの状態を保っておけば謝罪をしたうえ、次は自分から夏侯惇との私的な約束を作れるのではないかと。
「なっ……!? 私は……何を!?」
自然とそう考えてしまった于禁は、自分の頬を思いっきりつねると痛かったらしい。すぐに手を離すと寝台で寝ている夏侯惇の顔をふと思い出し、昨夜のように心臓が高鳴った。
「違う、私は違う……! 気を緩めるな!」
于禁は口元を両手で抑えて一人でそう狼狽した。発する言葉では夏侯惇への感情を否定するも、脳では否定できないようだ。すると于禁の体の一部が違和感を持ち始めた。自分の股間がむくむくと勃起しているのだ。軽い悲鳴を上げるが、于禁でも人間の三大欲求での一つである性欲にはどうしても勝てないらしい。そしてこのままのみっともない状態では外に出られないので、于禁は朝から自慰をすることにした。
しかし椅子に座っては机上の物が汚れる恐れがあるため、夏侯惇が横になっていた寝台へと向かった。そして縁に座ると既に先走りを微かに垂らしている、グロテスクとも思える程の大きな雄を取り出す。
于禁にとっては、朝からこのようなことをするのは人生では数回目で、数えるならば一桁という数字だろう。元々は性欲が薄く、異性を厭らしい目でほぼ見たことが無かったからだ。それに今の于禁は若いとはあまり言えない年齢である。
だがこのような感情は女に対してなら分かるが、夏侯惇とは男同士だ。
しかしそれでもやはり、と曖昧な言い訳をしつつ自分の雄に手を伸ばすと掴む。その瞬間に脳内に再び夏侯惇の寝顔が過る。もう後には引けなかった。そこから先走りを潤滑油にして、上から下へと竿を手の平で繰り返し擦った。
「ふっ、ふっ、ふ、ぅ……ふっ、ふぅ……」
息を切らせ自慰をしながら于禁はいつの間にか想像していた。夏侯惇をまだそこまで脳内で描けないが、抱く様子を。それも男同士のそれではなく、異性間でするように。
于禁は夏侯惇を組み敷いて女のように愛撫をした後、自分の雄を体を繋げるために夏侯惇の尻穴へと挿入するところを。そのときには自慰により一度射精したが、それでも未だに勃起しているので続けた。
ありえない話かもしれないが、夏侯惇と寝るとしたら立場上抱かれるのは自分かもしれない。それでもだ。想像の中なら、抱くことくらいは許してくれるだろう。
ひたすら抱く想像を脳内で浮かべながら次は濃い精液に塗れた先端を、ぐちゅぐちゅと手のひらでねじる。自分の下で乱れる、夏侯惇の中はさそがし気持ちが良いだろうと。そして、中を貫かれている夏侯惇も気持ちが良いだろうと。
「ふっ、ふ、ぁ……ぐっ……!」
于禁は二度目の射精を手のひらの内側に向けてすると、ようやく勃起が鎮まる。萎えた自身の雄は先程の面影はもう無かったが、代わりに于禁の心や手の中で罪悪感のみが大きく残った。先程の行為が、あまりにも久しぶりなのか余計に。
それから于禁は表情を重くしてから処理と身支度を済ませてから隠れ処を出ると、罪悪感を未だに背負いながら馬で駆けて城内へと入った。
もしもだが夏侯惇を城内で見かけても、朝のことを思い出してしまうので避けようとした。だがそれはすぐに断念させられた。
「于禁、昨夜は色々とすまなかったな」
時刻は昼頃だろうか。その時于禁は人気のない書物庫にいた。
そこで竹簡の積んである棚から、一人で竹簡を取り出していた。左手に幾つも抱えており、右手で棚から取り出すという形で。
するといきなり入ってきた夏侯惇に背後からそう話しかけられる。
しかし今居る書物庫は出入り口の大きさに合わせて布が掛かっていて、それに向けて于禁は背中を合わせていたところだ。扉など無く、入室した際の音などほぼ皆無だ。入室者の足音を拾うしかないのだが、夏侯惇は普段から大きな足音などを立てていない。
しかも室内は陽の光があまり当たらないので薄暗く、影がぼんやりとできる程。ここに誰かが入室してくるという手がかりは、相手から何かリアクションをくれないと分からなかった。
なので于禁は声が聞こえた瞬間に驚きのあまり肩をびくりと跳ねさせる。いつもはそのようなリアクションなど全くしないのに。
「だが次の局は俺が勝つからな」
「はい。……その、申し訳ありませぬ。手が離せないもので……」
「気にするな」
夏侯惇はいつもの声音だった。それに作業で忙しいと思い「そのままでいい」と言葉をかけてくる。拱手をしなくとも、苦言も何も言うような気配もない。于禁自身、夏侯惇に対してそのような無礼なことをしたのは初めてだった。
だがそれでも于禁はそのまま振り返らず、今までよりも素っ気無い返事をした。少しでも早く会話を終わらせ、一人きりになりたかった。声を聞いただけでもう、心臓が駄目になりそうだからだ。
幸いにも股間は何も反応しなかったものの、心臓は高鳴っていてとてもうるさかった。それに加えて頬も熱いが、顔を見られていないのが幸いである。
「大変そうだな。俺も手伝おうか?」
「いえ、お気遣いなく」
于禁は既に目的であった複数の竹簡を取り終えているが、まだ目的の全て竹簡を見つけていないふりをした。
適当な棚を指差すと、それを積んである竹簡へと下ろしていき、どこにあるのかと探すような動作をする。それを見た夏侯惇は「邪魔して悪かった。ではまた今度な」と言って書物庫を出た。その瞬間に于禁の力が抜けた。
顔は見ていないが、声は聞いてしまった。それだけで心臓が高鳴っていた。まるで年頃の女子のようだと于禁は自分で思ってしまう。
「どうしたら良いものか……」
目的の竹簡が全て揃った于禁は、心臓の高鳴りは何とかごまかせられた。一方の、ごまかしのきかない顔の熱さをどうしようか悩まされたのであった。
※
それから数週間経った。
于禁は数日おきに寝起きや就寝前になると、一人で夏侯惇を想像しながら慰み物にしていた。若い頃でもこれほどの回数をしてしまう経験など全く無かったので、于禁は内心戸惑いを隠せないようだ。自分にここまで性欲があるとは。
それでも周囲には何も言わず、何食わぬという顔をする。勿論、夏侯惇も居合わせた軍務の際にも。
するとその日の晩に一人になると必ず、そのときの夏侯惇を慰み物にしたが、よく捗っていたようだ。最中の于禁は元々の男としての本能に従えて嬉しいのか、苦しいのか分からなくなったまま。
そしてある戦が起きたが于禁の率いる軍が勝利した。なので立待月が鈍く光る夜、宴は開かれた。
その宴が始まると于禁はすぐに抜けるが、あの狭い庭園へと行く気分にはならなかった。あの場所に居たら、夏侯惇と二人きりになってしまう可能性が少なくともあると考えて。
そして二人きりになったら酒のせいでまた饒舌になってしまい、惚れてしまったことが知られてしまうかもしれない。慰み物にしているのを察知されてしまうかもしれない。
于禁はおかしな感情のせいで夏侯惇とは距離を置きたかったし、会話などしたくなくなっていた。嫌いになった訳ではないが、もう上官である夏侯惇を慰み物にはしたくなかったからだ。
夏侯惇だって、同じ男から恋愛対象として好きだと思われるのはかなり嫌だろう。なので于禁は場所を変えることにしたが、いまいち良さそうな場所が思い浮かばないらしい。なので自分の寝室へと静かに向かい、そこで一人で酒を呑むことにした。
于禁の寝室も、隠れ処同様にほぼ何も無かった。寝室自体の広さはあるが寝台が一つ部屋の真ん中にあり、窓が一つと棚が二つ、それに竹簡が幾つか乗っている机とそれに椅子や、護身用の刀があるだけだ。なのであるものも隠れ処とほぼ同じだ。
于禁はゆっくりと広い寝台の縁に座る。
酒壺は二つほど持ってきていた。それのうちの一つを開封し、盃に液体注ぐと一気に煽る。
だが酒を胃に流しているときに考えていたのは、夏侯惇のことばかりだった。これ以上は考えてはならないとと、頭を切り替えようとしても夏侯惇のことを考えてしまう。なので于禁はひたすら酒を流し込んだ。普段よりかなり多くの量をハイペースで。
しばらく呑み続けていた于禁の顔は真っ赤だった。そのうえ、着ている着物はかなりはだけている。さらに頭はぼーっとしていて、足元は覚束ない。薄々と自覚はしていたが、于禁は酔っていると思った。かなり久しぶりの感覚である。
なのでそのまま自分にしては珍しく、何もしないまま腰掛けに脱力しながら座る。時間が流れる感覚など、もう分からなかった。外はかなり暗いので、今は深くなってしまった夜だということが唯一分かるくらいで。
于禁はこのまま寝てしまって朝を迎えてしまうのも悪くない、と堕落気味に思っていると寝室の木製の扉からドンドンと叩く音が聞こえてくる。
だが于禁は立ち上がる気力が無く、出るつもりはない。応答するのが面倒だからだ。そのまま堕落気味に椅子に座り、じっとしようとしていたがそういう訳にもいかなくなる。
「于禁、いるか? 于禁」
それは夏侯惇の声がしたからだ。
于禁は肩をびくりと跳ねさせた後に、このまま出なくてもよいのかと考えた。
夏侯惇は知らないだろうが、于禁は顔を合わせるのがかなり気まずい。軍務以外で顔を合わせることになるのが。
軍務で顔を合わせるということなら、平然とした顔を貫けるが、今は軍務ではない。プライベートだ。どういう顔をしていいのか分からない。
それにまた慰み物としての解像度が上がってしまいそうで恐ろしかった。今でも、声を聞いただけで慰み物としての解像度が上がってしまいそうだというのに。
そう悩んでいると夏侯惇の「……邪魔したな」と少し落ち込んだような声が聞こえたので、于禁は慌てて立ち上がると扉へと、フラフラとした足取りで向かって扉を解錠した。
そのときの夏侯惇は夜着姿だった。そして夜よりも暗い様子の背中を向けていたが、室内の明かりが暗い背中を照らされる。なのでそれに驚き、夏侯惇は于禁の方へと振り向い向いた。
「も、申し訳ありませぬ……!」
于禁は必死にそう言ったが、そのときの謝罪の言葉には色々な意味を含んでいた。夏侯惇はそれを分かる筈がないが。
「ふふっ、どうした。お前にしては珍しいな。そこまで着崩しているうえ、そこまで酔っているとは。風邪引くぞ」
夏侯惇はそう言って笑うと、于禁の着物を丁寧に直した。
幸いにも酒により顔は既に真っ赤であったし、心拍数も上がっていた。なので夏侯惇に対して少しでも欲情している、というのは表面的には見えないようだ。
「そこまで呑んでいるなら早く休め」
「いえ、その……夏侯惇殿も、呑まれますか?」
「俺か? お前が既に出来上がってるからな……。まぁいい。ほら呑むぞ」
夏侯惇はずかずかと于禁の寝室へと入ったので于禁も入り、そして施錠をする。
「そういえば、今日はなぜ寝室に? いつもの場所に居ないから探したぞ。お前の使いの者に聞いたら、ここに居ると案内してくれたが」
夏侯惇の疑問に、于禁はギクリとした。正直に答えたかったが、答えたら答えたで、世話焼きの夏侯惇が何か言ってくるに違いない、と思い嘘をついた。
「時には、気分を変えてみようと思って……」
声は震えていた。だが夏侯惇はそれに怪しむこともなく、納得したような返事をする。
「確かにそういうときもあるな。だが、俺も誘ってくれたらよかったのに……」
夏侯惇の眉が下がると、于禁はショックを受けた。夏侯惇をこんなつまらないことで傷つけてしまったのではないかと。
「その……」
「あぁ、すまんな……。とりあえず呑むぞ!」
夏侯惇は持ってきた酒壺を見せると、重くしてしまっていた雰囲気を変えるように、于禁の背中をバンバンと叩いた。寝室に乾いた音が響く。
「まだいけるだろ?」
「はい、何とか」
すると于禁は椅子に夏侯惇に座ってもらうよう促すが、椅子は一つしかない。なので夏侯惇は寝台の縁に座る。
「お前と俺で座る場所がないから、ここでいいだろう?」
于禁はその光景だけでも興奮したが、それを抑えながら頷くと隣に座った。そして率先して盃に酒を注ぐと、夏侯惇はその酒を煽る。
だが于禁は酒を呑む際の、夏侯惇が喉を鳴らすところをまじまじと見てしまったらしい。夏侯惇は煽っている最中にそれを横目で見た後、盃を空にするとどうしたのかと問いかける。
「俺に何かついてるか?」
「い、いえ、酔いのせいかと」
于禁は慌てながら、適当に酔いのせいにした。夏侯惇はそれに納得すると、于禁の盃に酒を注ぐ。
「ならばお前を完全に酔い潰してみよう」
ニヤリと笑いながら夏侯惇はそう言うと、于禁はどうにでもなれと思い始めながら注がれた酒を煽った。興奮を誤魔化せるかは不明だが。
それを繰り返していくうちに、于禁は先程よりも酔いが回っていた。一方の夏侯惇はほんのりの酔いが回っていたが。
それを見て夏侯惇は「呑ませ過ぎた」と謝り、心配をする。于禁は少し前に夏侯惇に丁寧に直された着物を再びはだけさせた。
「だが、お前のそのような姿は初めて見たな」
夏侯惇は笑うと、冷えるからとはだけた着物を再び直す。その時は于禁と体を密着させ、着物に手を掛けていた。時折、于禁の素肌に夏侯惇の手が当たりながらも。
その瞬間に于禁の中で何かが切れたようだ。于禁の中の本能が疼いたのか、それは勢いよく。
「……なっ!? どうした于禁!」
于禁は何も言わず夏侯惇を寝台の上に押し倒し、そして組み敷いていた。それも夏侯惇が逃げられないよう、両手首を掴み、脚を絡ませながら。
そのときの于禁の目はギラギラとしていて、夏侯惇は初めて見る目つきに恐怖を感じていた。
「んっ、う……やめろ、おい……!」
夏侯惇は酔いが一気に覚めると、抵抗の言葉をかけた。だが于禁は聞いていない様子で、獣のような吐息を夏侯惇の首にかける。
「おい、聞いて……ぁ、あっ、ん……ふっ、んっ……」
于禁は厚い舌を出すと、夏侯惇の唇へとぬらぬらと這わせる。その舌は熱く、夏侯惇は抵抗をしようと必死に体をもがく。そして怒った表情へと変えるが、力の差なのか于禁はびくともしなかった。
すると于禁は、それを見て性的な加虐心に火がついてその上に油を注がれて止まらなくなっていた。
そこから夏侯惇へと口付けをすると、そのまま舌を口腔内へとぬらりと滑り込ませて舌を絡める。夏侯惇の舌も熱く、于禁は余計に興奮していた。
熱い舌同士をぬるぬると絡ませる。夏侯惇の口腔内で唾液が溜まるが、于禁はそれを掬うように舌を動かす。
「んぅ、ん……! ふ、んんっ……」
すると夏侯惇は次第に腰が砕けてきたのか、抵抗する力が抜けてきていたようだ。目をとろんとさせ、ひたすら口腔内で于禁の舌が動くのを認識するだけの状態になっている。
それからどれくらい時間が経っただろうか。舌を絡ませてからようやく于禁が唇を離すと、互いの口からもはやどちらのものか分からない唾液をだらだらと垂らす。
于禁は未だに目をギラギラさせている。なので初めて見る、女を抱くときのような雄の顔を見て夏侯惇は一瞬だけ体を震わせた。なぜ体を震わせたのかも分からずに。
「お、おまえ、あたって……!」
すると于禁の膨らんだ股間が、夏侯惇の太腿に押し付けられた。それは思ったよりも、自身のよりも大きく夏侯惇は動揺した。だがその時の夏侯惇は、顔を蕩けさせたうえに足りなくなった酸素を求めるために息を切らせ、顔を赤く赤く染めている。
于禁はそれを見て欲情したのか更に股間を押し付けると、時折腰を軽く振りながら短い口付けをした。
「はっ、は、はぁ、は、う……うきん……」
二人の顔は、熱い息がかかるくらいに近かった。その中で夏侯惇は于禁の顔を見ながら、名を呼ぶことしかできないらしい。それくらいに、唐突のことで頭と体が追い付いていないのか。
それを見た于禁はかなり興奮した。更に襲ってしまおうかと思っていた。無防備である獲物を目の前にして。
今襲ってしまえば、想像の中で夏侯惇を抱き続けていたが、遂に現実での夏侯惇を抱けることになる。それならば、どれほど于禁にとって良いことか。どれほどそそられることか。
今の于禁に理性などもう無かったのか、それを中断するという考えはもうない。滅多に出ない男の本能によって理性をたった一口で食われてしまっているからか。あまりの空腹により荒い息を吐きながら獲物を食う獣とは、このような気分なのだろうかと思いながら。
「夏侯惇……殿……」
于禁は喉を鳴らすと、夏侯惇の夜着に手を伸ばす。鎖骨のあたりから、夜着に隠れている胸へと手を突っ込むと、夏侯惇は熱い息と声を漏らす。
そこで再び夏侯惇に口付けをしようとしたその瞬間、于禁は気を失ったように眠ってしまった。夏侯惇の顔の横で于禁の頭は沈み、そして静かな寝息を立てる。
夏侯惇はまた口付けをされるのかとついドキドキしてしまっていたが、于禁が眠ってしまい何とも言えない気持ちになった。
「……相当、酔っていたのだな」
だが夏侯惇ふとは気付く。自身の股間が膨らんでいることを。
まずいと思った。たかがと言っていいのか、部下のそれも男に口付けをされただけでこうなるとは。
「酒だ、酒のせいだこれは……」
夏侯惇はそう見苦しい言い方をするが、口付けをされている最中はとても気持ちがよかったのは確かだ。あれほど気持ちの良く、そして長い口付けは初めてでもある。性行為の際の口付けは勿論、口付け自体の経験は幾らでもあるが、そこまでの濃密な口付けは経験がない。
「明日から、于禁とどういう顔で接すればいいのか……」
腰が砕けてるうえ、于禁がのしかかっているため起き上がれない夏侯惇は溜息をつく。
だが股間の膨らみをどうにかするため、于禁を退かさなければならない。夏侯惇は力の入らない腕を必死にもがくと、何とか于禁を退けられたようだ。その間に于禁が起きる気配が無かったが。
次に于禁との濃い口付けによって砕けてしまった腰がある。まずは寝台から膝を床へと落とすと、上半身を寝台へもたれかかる。そして何とか腕に力を入れるとようやく立ち上がれたようだ。そこからは足のふらつきは無い。
そのまま于禁の部屋を出ようとしたが、ふと普段は見たくもない鏡が机にあったのでそれが視界に入る。そこには、顔を真っ赤にして、片方しかない瞳を蕩けさせている自分が映っていた。
夏侯惇は思わず鏡を割りそうになったが、さすがに人の物を無断で壊す訳にはいかないと、その衝動を抑えて于禁の部屋を出た。そして自分の寝室へと辿り着くとすぐに扉を施錠し、未だに顔を赤く染めながら自身の雄を慰めたのであった。
それも、先程の于禁からの口付けを忘れてしまいたいのに、忘れられないのかそれを思い出しながら。