蜜の月 - 3/3

同じ景色で

旅行から帰った次の日、二人は撮った写真を入れる為のアルバムとそれにコーヒーミルなどを買いに行った。ただ、昨日はいつもより睡眠時間を取り過ぎたのか、二人は体を怠そうにしながら外を歩く。
「今日で休日が終わるから、今日のうちに買いに行かないとな……」
夏侯惇はそう言い聞かせながら、二人はまずは写真を入れるアルバムを買う為に大型の雑貨店に来ていた。家から歩いて二〇分程の距離にある。
底にまだある疲労を残しての外出なので、いつもの人の多さが余計に体の怠さが増していたらしい。求めている物を買ったら、すぐに出ようと二人で話し合いながらアルバムが陳列してあるコーナーへと向かう。
ここへは近いということもあるが、取り扱っている商品の種類が豊富という理由で来ていた。なので二人で余裕で見渡せる程の棚は、全てアルバムが陳列されている。
「……とりあえず、たくさん入るものでいいだろう。多分だが」
「……そうですね」
二人はあまりの種類の多さに、どれが良いのか分からない。なので背が厚くシンプルなデザインの表紙のアルバムを手に取ると、夏侯惇がレジに持って行って会計した。
店からすぐに出ると、人混みから解放されたので二人はホッとした表情を浮かべる。次はコーヒーミルを買いに行くのだが、どうやらこの近くにコーヒー豆専門店が前からあるということを今更知ったので、二人はそこへと向かう。
于禁がスマートフォンの地図アプリを見ながら歩いて行くと、二人は目的の店に着いた。すぐに店に入ると、コーヒーの良い香りが漂ってくる。
この店には多くの種類のコーヒー豆を取り扱っており、それと同時に淹れる器具も豊富に取り扱っていた。コーヒーミルは勿論、コーヒーサーバーやドリッパーなど。だがそれが寧ろ于禁を迷わせていた。どれを買えばいいのか、素人にはどれが適しているか。
なので于禁は店員に訊ねた結果、おすすめの器具をメーカー一式で教えて貰った。今まで淹れる習慣がないと店員に話したので、初心者向けでなおかつ値段が手頃な物を。
于禁は店員からのおすすめに納得したのでそれの一式を購入すると、二人は寄り道などをせずに真っ直ぐ帰宅していく。

帰ると夏侯惇はリビングのソファに座ってぐったりとしていた。しかし于禁はコーヒーを入れる器具を買ってからの帰路は、どことなく弾んだ足取りである。それを帰宅してからも無くしていないのか、早速器具のパッケージを開けて説明書を読む。それを横目で見た夏侯惇は、疲れた顔から笑みへと変えていたが。
説明書を読み終えた于禁は、器具を洗ってから水気を切る。
「コーヒーを、淹れてくれないか?」
于禁の方へと体を向ける気力が無い夏侯惇は、天井を見ながらそういい放つ。于禁はそれに、喜んで快諾の返事をしてから準備を始めた。
説明書やスマホを傍らに見ながら、何とかコーヒーを淹れられると于禁は二つのマグカップに均等に注ぐ。それも、かなり機嫌良さそうに。
鮮やかな黒色のコーヒーが注がれたマグカップ二つを持って夏侯惇の隣に座ると、一つのマグカップを渡した。因みにマグカップは同じ色と大きさとデザインなので、于禁は夏侯惇が居る側の手に持っているマグカップを渡している。
「ん、ありがとう」
「初めてなので、上手く淹れられているかは分かりませんが……」
言葉は謙虚そのものであるが、様子はやはり嬉しそうであって変わらない。渡された夏侯惇はすぐに一口含むと「美味いぞ」と感想を述べた。なので于禁は驚いた様子も交えつつも、あまりの嬉しさに夏侯惇に抱き着こうとする。だが夏侯惇から「コーヒーが零れる」という指摘を受けると、動きがぴたりと止まった後に表情を沈ませるた。その様子がまるで飼い主から叱られた大型犬のように見えたらしい。夏侯惇はテーブルにマグカップを一旦置いた後に、于禁の頭をゆっくりと撫でた。
「良かったら明日も、淹れてくれないか?」
「はい、喜んで……!」
于禁は目を輝かせながら、夏侯惇に頷く。于禁の背後に大きな尻尾が千切れんばかりに揺れているように錯覚させてしまった。一方で于禁は自身が淹れたコーヒーの味を感じ、とても感動していたが。
それから少し休憩した後に、二人はカメラから小さな記録メディアを取り出す。フォトプリンターの電源を入れるとにそれを挿し込み、何枚か選んでから印刷をしていく。
まずは最初に撮った指輪の写真である。初めてこの機器を使ったので印刷具合はどうなのか気になっていたが、かなり綺麗に印刷されていた。やはり、据え置きのものだからか。二人はそれを見て、安堵すると共に残りの選んだ写真を印刷していく。
「これは、写真立てに入れる写真だったな」
最初に撮り、印刷した写真を夏侯惇は指を差す。美術館で買っていた写真立ては、リビングの棚の中に大事にしまっているので于禁がソファから立ち上がり取り出す。色が二種類あり、どちらも買っている。しかし于禁はどちらが良いか分からないので、両方とも取ってから夏侯惇に見せた。
「どちらが、良いのでしょうか?」
「では、こっちで」
夏侯惇が選んだのは、焦げ茶色の写真立てである。最初に視界に入ったからという、ごく単純な理由により。その写真立てに于禁が写真を入れると、貴い物のように扱う。それを見て、夏侯惇は大袈裟だと笑っていたが。
「後で玄関に飾るか。毎日、見ておきたい写真だからな」
「はい」
写真立てを于禁が丁寧にテーブルに置く。その後に二人は他の写真をアルバムに入れては、その写真を撮ってから日が浅いというのに思い出話が途切れなかった。
「あなたとの写真やアルバムを、もっと増やしていきたいです……」
印刷した写真を眺めながら于禁がそう言うと、夏侯惇は静かに頷く。そして于禁へぴったりと、寄り添ったのであった。

長期休暇が明けた日の夜、帰宅するなり于禁は明るい表情で、先に帰宅していた夏侯惇に報告をした。曹操に渡した土産を、とても喜んでいたと。因みにだが、夏侯惇が曹操の自宅宛に送った土産は今日届く予定である。なのでまだ土産についての感想は聞いていない。
「良かったな」
夏侯惇は于禁の頭を、髪を乱れさせるようにぐしゃぐしゃと撫でた。一瞬だけ于禁は恥ずかしさにムッとしていたが、夏侯惇に頭を撫でられていくうちにどうでもよくなったらしい。夏侯惇からの褒める動作を、于禁は素直に受け入れていく。
何度か撫でると夏侯惇は、于禁の頭から夏侯惇の手を引かせた。それに少し残念そうな表情を出したが、ハッとしたのか顔を僅かに振る。
「……そういえば、新居の話は、いかがなさいますか?」
咳払いの後に于禁はその話題を持ち掛けた。しかし、言い出した方の夏侯惇は忘れていたらしい。于禁からその話題を出されるとすぐに思い出していたが。
「そうだったな……何か、間取りに関して希望はあるか? 例えば、俺は広い浴槽のある部屋が良いと思うのだが。それと、この部屋は元々、二人ではギリギリの広さだから、もう少し広さに余裕が欲しい」
「広さとそれに……よ、浴槽……」
旅行先のホテルで、その案を言っていたのは把握していた。だが改めて提案されると、于禁はほんのり頬を赤く染める。
「マンションで広い浴槽ですか……」
「まぁ、あるだろう……で、お前は?」
分かってはいたが、于禁は何も考えていなかったらしい。なので夏侯惇に生活する家について、セキュリティやアクセスの面以外ではあまりこだわりは特に無いと述べた。
夏侯惇はそれに対し、溜息をつく。
「何かあるだろう」
「そう言われましても……」
于禁はどうにか捻り出そうとするが、何も出てこなかった。だが夏侯惇は無理に于禁自身の希望を出させる訳にはいかない。なので于禁に「ゆっくり考えてくれ」と言って話題を打ち切る。
それからは帰宅してから夕食をまだ取っていないので、二人は夕食の支度をのんびりと始めたのであった。

翌朝この日も平日であるので、二人はスーツ姿。夏侯惇は簡単な朝食を作り、于禁はコーヒーを淹れた。二人で食事を取っていく。その間に、于禁は新居について少し触れる。
「新居についてですが、もう少しお待ち頂けますか?」
「俺は構わんぞ」
二人が短い会話を済ませると、朝食が終わった。そして夏侯惇が、もう少しで家を出なければならない時間である。
朝食の片付けは于禁に任せ、夏侯惇は出社していったのであった。玄関に飾ったばかりの、写真立ての写真に笑みを注ぎながら。対して于禁は片付けをしながら、新居についてひたすら考えていたのであった。

それから二人は少しずつ新居はどのような間取りのマンションにするか、話し合いを重ね続けていく。一月が終わる頃までかかったが、互いに要望を出しては意見を言い合った。結果、今とはほとんど変わらない間取りではあるものの、夏侯惇の希望である浴槽が広いこと。
そして于禁の希望だが、毎日考えた末に浮かんだのは二人それぞれの書斎である。だが夏侯惇は基本的には仕事を家に持ち帰ってはいけない立場だ。なので于禁はその希望を撤回しようとしたが、夏侯惇はそれを意見として聞き入れた。
要望を纏めると二人は、不動産会社のウェブサイトで部屋を探し始めていく。そして不動産会社に赴き、二週に分けて実際に数件だけ内見をした。
すると丁度、二人の条件に合う物件を見つけた。そこは今の部屋から会社までの距離は少し遠くなる。しかし周辺地域は治安が良く、公共インフラが充実しているので二人はすぐにその物件の契約をしようとした。
そして次の週は入居審査だ。二人は異性間での公的な手続きを踏んだ間柄ではない。間柄を親戚と言っても、不動産会社側は首を横に振る。もしもどちらかが支払い能力が無くなった場合、親戚同士であっても家賃が支払えないトラブルが起きる可能性があるからと言う。
しかし二人の勤務している会社や年収により、何とか入居審査を通過したのであった。不動産会社の建物から出た瞬間の二人は、どっと疲れが出たのか深く項垂れていた。長時間居たためか。しかし現在住んでいる部屋の様々な手続きが残っているのでそれを少しずつ済ませていく。
引っ越しは四月を過ぎた頃という、少し遅めの予定になっていた。理由は二人が現在住んでいる物件のこともあるが、今からでは多くの新社会人や学生が引っ越し業者を利用するのでなかなか空きがないと判断していたからだ。それに二人は特に急いでいないので、それらの立場の人々に譲るという意味でも。

その頃には既にバレンタインデーが過ぎていた。二人は何か準備をする余裕が無かったらしく、特に夏侯惇は同じ部署の社員から義理の物をそれなりに持って帰ったのみ。なので深く溜息をついた。互いに、とても楽しみにしていたイベントだというのに。新居の手続きに追われていたので、仕方がないのだが。
それでも贈る物については于禁は決まっていなかったが、夏侯惇は既に決まっていたらしい。菓子ではなく物なので、バレンタインデーの期間ではなくても買える物だ。于禁に知られないようにこっそり買いに行くと、すぐにそれを渡した。
「ありがとうございます。デザインも機能性もとても良い物です、大事に使います」
渡した物はキーケースである。夏侯惇は新居へと引っ越すので、新しいキーケースに新しい鍵をつけて欲しいという思いで贈ったと話す。于禁はそれを聞いてあまりの愛しさに、悶絶していたが。
すると夏侯惇が以前から持っているキーケースを、于禁はふと思い出していて。

幾つか日が過ぎ、ホワイトデーを迎えた。この日は二人はもう何かに追われていなかったので、当日の夜に于禁が夏侯惇にプレゼントを贈る。基本的には菓子類なのだが、今年は違うものであった。
「お返しとしてキーケースか、ありがとう。とても嬉しいぞ」
「申し訳ありません……贈る物といったら、あなたの真似になりますが、これしか無いと思いまして」
夏侯惇は「気にするな。新居の鍵を貰ったら付ける」と言うと、嬉しそうな表情でそれを大事そうに受け取ったのであった。

それからも少しずつ荷物を纏めていくと、いつの間にか退去の日の前夜。なのでそれまでのところで少しずつ荷物を纏め、家具は既に引っ越し業者が運べるように中身を全て出していた。それに、引っ越し先の大まかなレイアウトも引っ越し業者に伝えておく。
幾つかの不要な物は処分しながらだが、ベッドは買い直すことにした。ベッドももう少し広い方がいいと夏侯惇が言い出したからだ。于禁は一瞬聞き間違いかと思ったが、同じことを二度も言われ「好きにして下さい……」と返した次第。なので新居に入る日の当日指定で、ネット通販で新しいベッドを買った。言った通り、今のものよりも大きなものを。
明日は土曜日で、明後日は日曜日である。その二日間のうちに、新居で大抵の荷物の荷解きをしなければならない。
夏侯惇にとっては何年も住んでいた部屋なので、がらんとした部屋を見て少し寂しそうである。しかし于禁は住んでいた年数が浅い。それでも夏侯惇との様々な思い出があるので、夏侯惇と同様の様子であった。
「明日の為に、今日は早く寝ましょうか」
帰宅したばかりの于禁は、疲れている表情の夏侯惇を見て労る。片手にはスーパーのビニール袋を持ちながら。珍しく疲労に正直な様子の夏侯惇は無言で頷いた。食器類も既に纏めているので、二人はインスタントの食品で夕食を済ます。そして入浴を済ませて寝る支度すると、二人はいつもより早い時間に眠りに就いたのであった。

翌日、朝から引っ越し業者が来るといそいそと纏めていた荷物を運んでいく。たった二人分の荷物であるので、トラックへと運び出す作業がすぐに終わった。その後は新居へと引っ越し業者が運んで行き、事前に伝えたレイアウト通りに家具を置いていく。
引っ越し業者がやるべきことが全て終わってしばらく経過し、次は注文したベッドを配送業者が持って来てから、ようやく新居に二人きりになった。
新居の全てを見て回った後に何か思いついたらしい夏侯惇は、荷物の中から三脚と一眼レフカメラを取り出した。三脚の上に、一眼レフカメラを固定する。
于禁を招いて玄関を出て、共に玄関の扉の外側に立つように指示をした。そして一眼レフカメラでセルフタイマーを数秒設定すると、ツーショット写真を撮る。二人とも、明るい表情であった。
部屋に戻りすぐにプリントアウトした。二人とも、口角をとても上に向かせている。特に于禁は咄嗟のことであったというのに、しかめっ面ではないので夏侯惇は嬉しそうにしていたが。
旅行先の美術館で買った、もう一つの写真立てに入れてから玄関に飾った。指輪の写真が入っている写真立ても、それの隣に。
時間は夕方前。だが二人は新居の鍵を見るなり、新しいキーケースへと付けた。
「これからも、よろしくな于禁」
「こちらこそ、よろしくお願い致します夏侯惇殿」
二人はほとんど荷解きをしていない荷物と、まだ殺風景な部屋の中に居る。それを視界から外すと、触れる程度のキスをしたのであった。とても、柔らかいキスを。