花言葉の通りに

 ガウマンが連邦軍の兵士を辞めて就こうと思ったのは、整備士であった。周囲からは反対をされた。そして軍人を辞めた理由は、単に嫌になったからだ。それに戦う相手が存在せず暇であり、上層部には不満がある。なので辞めた。
 しかし整備士とは資格が無いとなることはできないので、日雇いの仕事をしながら取得の勉強をしようとした次第。そして退職金が出たので、ある程度には生活に余裕があった。困らなかった。因みに整備士に就こうと思った理由は、自身の年齢と経験からして選択肢が少なかったからだ。仕方がない。テキストを買い、勉強する日々が続いていった。
 とある日雇いの仕事の帰りに、見慣れた街を歩きながら帰路についていた。すると、道端に花が一本落ちているのに気付く。白い薔薇だ。誰かが落としたのかと思いながら拾えば、後ろから声がした。穏やかな声である。
「すみません、それ、僕のです」
「ん……?」
 振り返れば、アジア人の青年が居た。中肉中背で、温厚そうな顔つきをしている。他人どあれど、素直に拾った薔薇を青年に渡した。
 そこで気が付いたのだが、青年はワイシャツとスラックスの上に黒いエプロンをしていた。花を扱う仕事をしているのだろうか。
「落としちまったのか? 他には?」
「ありません。ありがとうございます」
 察しがついた。この青年は、花屋を営んでいるのだろうか。そう思ったので尋ねた。
「花屋をしているのか?」
「はい」
 気付けば花とは無縁の生活をしていたし、これからも花と縁のあることはないだろう。
 だが花というのは悪くない。綺麗であるし、自身としては異性を口説くときのアイテムにもなる。古臭いかもしれないが、やはり異性は花が好きなのだ。なので目の前の青年に、異性に花を渡す際のアドバイス聞いていきたいと思えた。それで、花屋に少しでも通えたらと思えた。質問の中心となるのは、花言葉のことなのだが。
 それらを考えた後に、青年に話し掛けた。この白い薔薇を、買いたいと思ったからだ。漠然と、何かの縁に繋がるかもしれないからと。
「……じゃあ、これを、買わせてくれないか?」
「え? いいんですか?」
 手を差し出して白い薔薇を受け取った。これの花言葉は何なのだろうか。そう思いながら青年を見れば、不思議そうな顔をしている。
 尻ポケットから財布を出せば、青年が金額を言う。花をあまり買ったことはないのだが、思ったよりも安い。酒よりも遥かに安い。
「鑑賞用ですか? それなら、葉を少し取った方が長持ちするので、僕の店に来て下さい。お代はそれから」
「あぁ、分かった」
 青年に白い薔薇を返してから、二人は歩き出した。先のところを指しており、そこに店を構えているのだろう。青年の細い背中に着いて行く。
 人々と少しすれ違えば、辿り浮いた。小さな店なのだが、綺麗だ。まだできたばかりなのだろうか。花がたくさんあるのだろうと思ったのだが、まばらにある程度。殆ど売れたのだろうか。
 いつの間にか店内に一人で入った青年が、薔薇の葉を少し取っていく。棘が刺さらないように、丁寧に取ってから紙に綺麗に包んで渡してきた。持っている財布から、硬貨数枚を青年に渡す。
「ありがとうございます。あの、それの花言葉は知っていますか?」
「ん? 花言葉? あぁ、そういえば気になっていたな。何なんだ?」
 白い薔薇を見ながら問うた。
「一本でしたら一目惚れです。一目惚れした方がいらっしゃれば、渡してみてはどうでしょうか。白い薔薇だけの花言葉もありますが……」
「そうか、一目惚れ、ねぇ……今は思い当たらないが、見つけたら渡すことにするか」
「そうしてください。では、ありがとうございました」
 青年が体を曲げて頭を下げてくれたのだが、どうにもむず痒い。ここまで丁寧な接客をしてくれるのは久しぶりだからだ。それに、出自故に。
「あぁ、分かったから。こっちこそ、ありがとな。また来るわ」
「はい、お待ちしています」
 エプロンに名札が付いているのが見えた。そこには「ハサウェイ・ノア」と書かれてるが、どこかで見たような名前だ。しかし今は日雇いの仕事の帰りの為に、疲れている。後にすることにした。
「あぁ、ハサウェイ」
 そう言ってから、ハサウェイという青年が営む花屋から出た。
 帰宅をする。そこで花屋を営んでいたのが、連邦軍の間では有名なブライト・ノアの息子だと気付いた。紙に丁寧に包まれた白い薔薇を見るのだが、驚きでしかない。確か、子どもだというのにモビルスーツに乗って敵を撃墜したという話がある。あまりの有名人との遭遇に、今になって手が震えた。
 自身は量産型モビルスーツの搭乗はしていたし、実戦の経験もある。しかし訓練を積まなければ、敵のモビルスーツを撃墜することができない。自身がそうである。ハサウェイ・ノアには、ニュータイプの素質があると思っていた。しかし今は花屋を経営しており、それが少し勿体ないのではないか。だがどうしようが人の勝手である。ブライト・ノアと近い人間でもないので、包装された白い薔薇を取り出して見た。道端に一度落ちたものではあるが、奇跡的に傷などの痛みはない。美しい。花瓶などは無いので、使っていないカップに入れて飾っていた。

 次の日も、日雇いの仕事をしていた。基本的には体力勝負となる仕事が多いのだが、自身は元軍人だ。力を使う仕事など慣れている。主に工事現場での仕事となるが、周囲には重宝された。正式に働かないかとラブレターを貰うこともあるが、それを丁重に断る。自身は整備士になるのだ。整備士ならば、手に職を持つことができるだろう。それにモビルスーツを操縦した経験があるので、ある程度は有利だ。
 そう考えながら、この日も工事現場での力仕事をする。今は路肩で道に空いてしまった穴を埋める為のセメントを練っているが、機械では難しい具合の練り方をしていた。共に練っている上司曰く、配分からしてら機械ではできないらしいと。なのでその者と共に、スコップで固まらないように練っていく。やはりその者に腕の動かし方が上手いと褒められた。
 だがやはり体を動かす仕事というのは、楽で良い。だが世間ではこのような仕事は下に見られやすい。ほんのたまにだが、親子のうちの親が子が自身のような者たちを反面教師にしようと耳打ちをすることもあった。それは、仕事中であれど聞こえている。本当はそれに反論をしたいのだが、仕事は仕事だ。真面目にやらなければならないとスコップを握り、練っているセメントを穴の空いた道に流していく。
 そこで乾燥を待つ間にふと周囲を見れば、見覚えのある人影が見える。あれは、ハサウェイだ。ただ道を通っているだけなのだが、昨日と同じような格好をしているので分かった。しかし今は仕事中なので視線を寄越しているだけでいれば、目が合う。
「あれ? 昨日の……」
「あ、あぁ……ハサウェイか。昨日はありがとな」
「あれ、僕の名前……そうか、名札……いえ、こちらこそ」
 気付いたハサウェイがエプロンの胸元を見て納得をしたのだが、こちらの名前を述べた方がいいのか。そう思い、自己紹介をした。また会うとは思いながら。
「俺はガウマン・ノビルだ」
「僕はハサウェイ・ノア。それで……」
 知っている。名前はハサウェイ・ノアであり、父親はブライト・ノアで母親はミライ・ヤシマだ。共に一年戦争をくぐり抜けた者たちだ。ハサウェイの両親の名前や出自は、自身としては当然の知識としてある。
「あぁ、知っている。親父さんやお袋さんが、大層な有名人なんだろ? 俺は元連邦の軍人だったんだ。分かるよ」
「……そうなんですか、あなたは軍人だったんですね」
 そこでハサウェイから敬語で話されていることに、どうしても違和感を覚えた。明らかにこちらよりも年下なのは分かるのだが、社会的地位では同等の筈だ。なので短い返事をしてからその旨を伝える。
「別に、俺に敬語じゃなくてもいいぞ」
「そうですか? じゃあ、ガウマン………」
「それでいい。で、どうしたんだ?」
 昨日のようなエプロン姿で、手ぶらである。そのエプロンのポケットが少し膨らんでいることが分かるが、店を放り出すには適していない格好だ。なのでその疑問を口にする。
「少ししたところで、花を届けていただけなんだ。それで、ガウマンは? 元軍人って言ってたけど、今は工事現場の仕事してるの?」
「いや、日雇いだ。軍人辞めた後は定職に就いてねぇ」
 定職に就いていないのは情けないと思った。だが事実なのだ。嘘をつくわけにはいかないし、ハサウェイ相手に虚勢を張ってどうするのか。そう考えていれば、ハサウェイが少しの笑みを作った。
「あぁ……この道を、直してくれてるんだね。ガウマンは凄いよ」
「凄い……?」
 初めて聞く言葉に疑問を抱えていれば、ハサウェイが言葉を続ける。
「だって、こういうのって、人の為の仕事じゃないか。その為に働いてくれているから、凄いんだ。定職じゃなくても、誰かの為に働いてるから偉いよ」
 そこまで言われると照れてしまう。視線を少し外してしまっていれば、遠くから上司が呼ぶ声がした。次の穴を埋める作業をしたいらしい。ここで別れるのが惜しいと思えば、勝手に口が開いてしまう。ハサウェイとの縁を繋げる言葉を。
「……ハサウェイ、仕事が終わったら、来てもいいか?」
「うん。分かった。待ってるね」
 ハサウェイがそう言い、すんなりと道を通り過ぎて行った。それを見送ったので、自身は呼ばれた先に向かってからまたセメントをスコップで練り続けていた。
 仕事が終われば、空は橙色に染まっていた。本日の給料を受け取るのだが、昨日よりかは一枚くらいは紙幣が多い。口元が緩む。
 一日がもう終わるのかと思いながら、ハサウェイが営む花屋へと歩いていく。そこで気付いた。自身の性格であれば、この金は酒か女につぎ込むのだろう。だというのに、一回りくらい離れた青年の営む花屋に向かっている。どうしてなのだろう。
 昨日の礼は述べたし、ハサウェイが返してくれた。もう用事などないのに、向かう理由はあるのか。そう考えていれば、花屋に辿り着いてしまった。店先で作業していたハサウェイと目が合う。店にある花の数は、昨日と同様に少なかった。やはり売れたのだろう。
「ガウマン、待ってたよ」
「あぁ、ハサウェイ……それで……」
「はい、これ。規格外のものだからあげるよ」
 そう言って差し出してくれたのは、綺麗なピンクの薔薇であった。目を丸くしながら、ハサウェイを見てしまう。
「いや、ガウマンは、花が好きだと思ったんだ。それで、ちょっと折れてしまったけど、これをあげたくて」
 よく見ればほんの僅かに折れてる程度で、正規のものと変わりがなかった。素人にはそう見える。
「……俺に?」
 やはり花とは無縁の人生を過ごしてきた。しかし家にある、カップに飾られた白い薔薇の存在を思い出す。一本だけでは寂しいだろうし、ハサウェイの好意を受け取ることにした。手を差し出せば、やはり昨日と同様に丁寧に包装をしてから渡される。ピンク色が、綺麗であった。
「ありがとうな……」
「昨日買ってくれた白い薔薇は、ガウマンなりに、大事にしてくれていると思ったんだ。だから、あげたくなったんだ。因みに花言葉は、感謝という意味があるよ。今のガウマンにぴったりじゃないか」
「そうなのか」
 やはり薔薇といえば、異性を口説く時にしか渡さないもののイメージが強い。なので初めて聞いたと思える花言葉に頷いていれば、ハサウェイがこちらを見上げてくる。
「ねぇ、お客さんとしてじゃなくてもいいから、また来てよ」
 黒い瞳と、アジア人特有の顔がこちらを見る。人種については特に意識をしたことがなかったのだが、そういえばアジア人はやけに幼く見えてしまう。どうしてなのか、心臓が鳴った。
「え? でもな……」
「もう営業時間が終わる前なんだ。一杯、お茶でも……いや、ガウマンとしては、お酒がいい?」
 ハサウェイについてはまだ知らないことばかりであるし、嫌ってもいない。それに、少しだけなら話が合うと思った。例えば、モビルスーツの話等。
 なので頷けば、そこでハサウェイが営業時間が終了した札を店先に貼り付ける。現在の時刻は、まだ夜の七時にもなっていない。
「僕、あまりお酒は飲めないけど、家にたくさんあるんだ。父さんの知り合いから、よくもらうんだ。だから、飲んでくれないかな?」
 理由としてはかなり納得できるものである。本当にいいのかと思っていれば、ハサウェイが早くと手を引く。
「わ、分かった。じゃあ、ありがたく……」
「ありがとう。こっちだよ。来てよ」
 片手で器用に店の照明を落とせば、入り口の扉を閉めて施錠をする。そして指差したのは、隣の小さなアパートである。ハサウェイは、この店の隣に住んでいるらしい。
 酒を飲ませてもらう、そう頷いた筈だというのにハサウェイが手を離さないままアパートの一室に入る。こじんまりとした部屋が見えた。
 そこで、どうしてなのか心臓がばくばくと鳴っていたのを感じていた。手に持ったピンクの薔薇を、しっかりと握りながら。

「どれがいいかな?」
 ハサウェイがそう言って、入ってすぐにある小さなキッチンの戸棚を開けて見せる。そこには五本程度の酒瓶があり、どれも高級そうなパッケージだ。やはり父親がブライト・ノア故のおかげが。自身であれば、すぐに開けていたことだろう。酒は、やはり好きだからだ。
「どれ、か……」
 ラベルを見るが、どれも見たことがないものである。どのような言語かすら分からないのものすらあるのだ。外国のものなのだろう。なので迷っていれば、ハサウェイが「ごめんね」と謝ってきた。
 中には高級ワインがあり、さすがにそれは馳走になれないと思った。こちら側が一方的に、価値が分かる故に。
「僕は疎いから、こういうのよく分からないんだ」
「いや、いいんだ、じゃあ……」
 そう言ってから適当な酒瓶を指差せば、ハサウェイがそれを取り出す。だがグラスも必要だと思い、酒瓶は自身が持った。色は緑色の瓶で、ラベルは白だ。何か書いてあるのだが読めない。
 ハサウェイからの礼を受け取った後に、食器棚からシンプルなグラスを二つ取り出す。一人暮らしのようにしか見えないが、グラスは四つくらい見えた。たまに両親が来るのか、友人か或いは恋人か。
 そんなことを考えてしまえば、ハサウェイが「どうしたの?」と首を傾げてくる。だめだ、相手はただの青年なのだ。恋人が居るか否かなどどうでもよいのだ。同性同士であって、今から単に酒を飲むだけなのだ。考えを切り替えたかった。
「……あ、ありかとうな! しかし、それも高そうな酒じゃねぇか! いいのか?」
 父親の知り合いから貰うと言っていたが、もしや下心があってからなのか。やはり考えがあらぬ方向へと向いてしまっていれば、ハサウェイがグラス二つを持って歩き出した。
「どうしたの? そんな神妙な顔して。大丈夫だよ。僕はあまりお酒が飲めないだけだから。でも、君となら飲める気がして」
 クスクスと笑うハサウェイに着いて行けば、部屋はあと一つしか無かった。まずはベッドが見えた後に、ノートパソコンの置いてある机と椅子、それに本棚が見える。こじんまりとしており、綺麗に掃除してある部屋であった。それでも、大きな空間があり寂しく見える。
「神妙な顔……?」
 そこまで顔に出ていたのだろうかと思えば、ハサウェイがベッドに座ってから隣をポンポンと叩く。他に座る場所が無いからなのだろう。そこで、ハサウェイに恋人は居ないという考えに行き着いた。恋人が居るならば、二人掛けのソファがあってもいいからだ。この部屋にはまだ家具を置く余裕がある故に。
 ハサウェイが「どうしたの?」と聞いてきたので、先程の考えを捨てたところで気付く。自身は工事現場で働いた後であり、汚れている。ベッドの上に座るのはよくないと思ったのだ。なのでそれを伝えた。
「いや、俺は今服が汚れてるから、床でいい」
 そう言ってから床に座れば、ハサウェイが溜め息をつく。ハサウェイとて、花屋で仕事していたエプロンを未だに身に付けているのだ。だがハサウェイとは汚れ具合があまりにも違いすぎる。
「そんなこと気にしなくていいのに。うーん、じゃあ、一緒に床に座ろうか」
 靴は脱いでいない。思えばハサウェイはアジア人の血が流れていそうだ。いいのだろうかと思ったが、ハサウェイは構わず座っている。驚きながらも共に座れば、ハサウェイがグラスを渡してくれた。透明で、綺麗なガラス製だ。普段の掃除まできちんとしているらしい。自身ならば、グラスは一回洗わなければならないくらいに綺麗な部屋ではない。
 そんなことを考えていれば、ハサウェイが酒瓶を開けた。コルクを抜くだけであるのだが、素手ですんなりと抜いている。見た目とはかけ離れた力強さに、少し感心してしまう。
「どうしたの?」
「いや……飲もうぜ」
「うん」
 もう一つ、考えていたことがある。ただ花を買っただけだというのに、どうして家に上がらせてくれているのだろうか。関係といえば、ハサウェイは花屋の店主で自身は客だ。それだけの関係だ。
 手元に置いたピンクの薔薇を見てしまえば、ハサウェイが心を読んだかのように話し掛けてくる。二度目だ。
「ガウマンとは……あまり接したことのないタイプだけど、仲良くなれると思ったんだ。だって、道に落としてしまった白い薔薇を、拾ってくれたうえに買ってくれたんだろ? それに、きちんと飾ってるって言うし。ガウマンはいい人だよ」
 いい人など、言われたのは初めてだ。異性には「一夜だけの関係ならば」と言われるし、同性からは「適度に酒と女に溺れている男」などと言われている。いい人などとは無縁だ。なのでハサウェイの言葉を否定した。
「いや、俺は悪い奴だ」
「いや、いい人だね……お酒、注ぐよ」
 酒瓶を傾けるので急いでグラスを持って来れば、ハサウェイがクスクスと笑う。まるでからかわれているように思えるが、微塵も怒りがない。
 酒が注がれるのだが、色は透明であった。何の酒なのだろうかと嗅いでみれば、ほんのりと甘い香りがする。恐らくは飲んだことがない酒であるが、美味いのだろうか。
「それくらいで……大丈夫だ。次は俺が注ごう」
「頼むよ」
 注ぎ終え、なみなみと入ったグラスを床に置いてから酒瓶を受け取る。ずっしりとした重さがあるが、自身としては軽いものだ。なので片手で持っていれば、ハサウェイがそれを見る。
「ガウマンって、すごい筋肉だね」
「ん? あぁ、連邦軍を辞めて、まだそんなに経ってないからな。でも、すぐに中年太りの体になるさ」
「ガウマン、整備士目指してるんだろ? そんなことは無いと思うな」
 返す言葉が無くなったまま酒を注いだ。透明な液体を見たハサウェイが「これ、日本酒だね」と言った。だが自身はハサウェイが言っている物など知らない。なので首を傾げていれば、ハサウェイが説明をしてくれる。
「これはニホンのお酒でね、これは……米からできてるんだ。母方の先祖がニホンだから、これは知っていたのを思い出したよ」
「米……!?」
 米、即ちライスの存在は知っている。リゾットにもなるし、蒸したものを食べたこともある。しかしそれが酒になるとは思いもしなかった。驚きながら注ぎ終えれば、ハサウェイがグラスを持ち上げる。乾杯をしようということなのだろう。
 酒瓶をゆっくりと床の上に置いてから、自身もグラスを持ち上げた。そしてグラス同士を軽くぶつけ、乾杯をする。
「乾杯」
 ハサウェイが少し嬉しげに言えば、ほんの少しだけ喉に酒を流していた。酒に疎いとはつまりあまり飲めないということは分かる。これの度数が分からないのだが、一杯で止めさせようと思いながら自身も酒を飲んでいく。匂いの通りに、甘さがある。感じたことのない味なのだが、美味い。
「美味いなこれ、えーと……」
「日本酒、美味しいね」
 するとハサウェイが次々と喉に流していくのを見た。水のように飲んでいっているのだ。次第に顔は赤くなっており、それに気分は高揚してきているようだ。つまりは、心の枷が外れたかのように見える。
 ハサウェイが空になったグラスを床に置けば、幾つかの質問をしてきた。
「ガウマンって、モテるの?」
「ん? んーまぁな……って、聞いてどうするんだ」
「えー、だって、聞いてみたいじゃん。僕、彼女は居た事があるけど、キスでやめちゃったんだ。それ以上のことをしたことがないから、どんなものかって、聞きたくなっちゃって。ほら僕、友達は居てもそういうの聞きづらいんだけど、ガウマンなら聞けるなって」
 長く喋った後に疲れたのか体を縋らせてくる。程よい重さが掛かるのだが、体幹からして崩れる訳がなかった。そこでハサウェイの顔を見れば、顔は真っ赤である。酔っているのだろう。
 そこで自然と顔が近付いたが、ハッとした。今はただ酒を飲んでいるだけなのだ。
「……ハサウェイ、もう水飲んで寝ろ。これは……ラップで塞いで、どこかにしまっとけ。料理にでも使えるだろ」
 水を飲ませたらもう帰ろう。そう思っていたのだが、ハサウェイがそれを拒む。作業着の裾を引っ張ったハサウェイが言う。
「えー待ってよ、ガウマン。ねぇ、キス以上のこと、僕にしてみてよ……どんなものか、体験してみたい」
「遊びじゃねぇんだぞ。それにお前は酔ってるんだ。水でも飲んでろ」
 言ってることはかなり滅茶苦茶なのだが、所詮は酔っ払いの言うことだ。勿論、本気にするはずがなく適当に流した。
「ねぇ、ガウマン」
「だめだ、水を飲め。俺はそろそろ帰るぞ」
 そもそも男相手に勃起などする訳がない。今はハサウェイに謎の感情を抱えているのだが、単に緊張しているのだと思えてくる。なのでハサウェイが床に置いたグラスを手に持ち、キッチンを借りようと思った。水を汲みに行くのだ。立ち上がった。
「待ってよ。どこに行くの」
「キッチンだよ。借りるぞ」
「僕も行く」
 ハサウェイまで立ち上がるのだが、足元が覚束ない。このまま座らせようとしたのだが、今はグラスを持っている。万が一割ってしまったら危ないだろう。そう思い、溜め息をつきながらハサウェイに肩を貸した。しかし身長差がそれなりにあるので、ハサウェイ肩がかなり上がっている。体勢からして、少ししんどそうだ。だが仕方あるまい。
 部屋を出てキッチンに入れば、すぐに水を汲んだ。そしてそれをハサウェイに渡すのだが、飲む気配はない。まだ、酔っていたいのだろうか。
「どうした?」
「……ガウマン、ちょっと向こう向いてて」
「ん? あぁ」
 よく分からないのだが、ハサウェイの言う通りに背中を向けた。そうしていれば水を飲む音が聞こえる。しばらく背中を向けていれば、グラスを流しに置く音が聞こえた。そこで振り返ろうとしたのだが、何とハサウェイが抱きついてくる。背中に伝わる衝撃と、どくどくとした心臓の音が伝わっていく。ハサウェイはやはり酔っている。
「……もう一杯、水を飲んどけ」
「僕はもう酔ってないよ。だから、ねぇ」
 背中を抱き締めていた手がずるずると動いていく。腹のあたりから胸へと動いていった。心音を確かめているのだろうが、現在の自身の鼓動は通常だ。
「ゲイなのか?」
「ううん、違うよ」
「ならお前は酔っているんだ。俺はもう帰るぞ。酒、ありがとな」
 やはりハサウェイは酔っているだけ、そう思いながら手を振り払おうとするのだが、抱き着いている力が思ったよりも強い。しかし自身の力であれば何とでも振り払うことができる。力づくで振り払い、ハサウェイの方を向いた。寂しげな表情をしている。
「……ねぇ、僕が、君に白い薔薇を渡せてよかったのかもしれない。君は買ってくれたけども」
「白い薔薇? ん、あぁ、たしか花言葉は……」
「一目惚れだよ」
 そこでハサウェイの顔をまじまじと見るが、顔は紅潮したままだ。酔っ払いの言う事なのだろうと思い、適当に返事をした。
「そうだな」
「だから、ねぇ……」
「だめだ。寝ろ。また来るからな」
 そう言って玄関に大股で向かえば、ハサウェイが小走りで着いて来る。欲しくなさそうだ。
「待ってよ。だったら、帰る前に、キスしてよ」
「あんたは酔うと誰に対してもそうなるのか?」
 自身だって、ハサウェイを意識しているのかもしれない。この家に入る前から、鼓動が大きかったのだ。そう思いながら聞いているが、そ!は変わらない。
 ハサウェイは首を横に振る。もしやこの鼓動が聞こえているのだろうと考えるが、今は距離が離れている。聞こえる訳があるまい。
「まさか、君だけだよ」
「……あんたは酔っているんだ。水、ちゃんと飲んどけよ。俺は帰るからな。あと、鍵ちゃんと閉めろよ」
「うん……」
 玄関のドアノブに手を掛けたところでハサウェイが手を伸ばすが、ガチャリと開ければその手はぶらりと下がっていった。そして表情を見れば目が潤んでおり、やはり顔は赤い。扇情的、という言葉が過ぎるが相手は男だ。それに知り合ってから日も浅い。ただの一時的な感情が酔いによって妙な方向に変換されただけなのだろう。そう思い、外に出てから扉を閉めた。直後に、ガチャリと施錠音が聞こえる。
 これでいいのだ、そう思いながら歩もうとすれば買った花をハサウェイの家に忘れたことに気付く。だがまた買えばいいだろう。そう思いながら帰路に就いた。
 家に帰れば、服などが散っている部屋に入る。そこでハサウェイの顔を思い出すのだが、やはり酔っているのだろう。帰宅後に一杯水を飲んでから、使い込まれたソファに座る。そしてテーブルの上に置かれている、カップに入った一輪の白い薔薇を見た。
「一目惚れ……」
 白い薔薇の花言葉を改めて呟くのだが、やはりハサウェイは男だ。自身もまた酔っているのだろうと思いながら、ソファに座ったまま眠ってしまっていた。

 翌日もまた日雇いの仕事であった。内容は同じで、上司からは日雇いではなくバイトとしてでも来て欲しいと言われている。嬉しいのだが、整備士になるための勉強をしなければならない。勉強は少し苦手ではあるが、仕方がない。断っていた。
 そうしながら仕事をしていったが、終わってからハサウェイの花屋に行くか考えていた。昨日、酔ったハサウェイにとんでもないことを言われたからだ。酔っていたのは分かっている。だからこそ自身でもかつては若い頃に、思いもよらないことを言ってしまうのは経験があった。なので気持ちは分かる。だがそれでも、行くか否か迷っていた。ハサウェイが覚えていたら、気まずいだろう。
 そこでピンクの薔薇をハサウェイの家に忘れたことを思い出す。取りに行かなければならない理由ができた。なのでハサウェイの花屋を目指して歩いて行くが、仕事場から近い。運が良いのだろうか。かつてハサウェイに対して鳴らしていた心音を思い出す。
 花屋の近くを歩いていれば、ちらほらと花を持つ人を見かける。やはり花とは持つだけで人を幸せにするものだ。見ている者まで幸せにするものだ。素晴らしい存在だと思った。家に一輪だけだが飾っているので分かる。
 ちらりと見ながらも、ハサウェイの花屋に到着した。ハサウェイは売り場にある花の手入れをしている。レジから遠い、フラワーキーパーという花用の冷蔵庫の近くに居た。それに入れる花を管理している最中である。
「……ハサウェイ」
「ん? ガウマン! やっぱり今日も来てくれたんだね! あぁ……ごめんね、昨日は酔って何かしてなかったかい? 僕、何も覚えてなくて……それと、僕の家にピンクの薔薇、忘れてたよ」
 次々と言葉を述べた後に、ハサウェイがピンクの薔薇を渡してくれた。昨日のままで、相変わらず綺麗にラッピングされている。
 しかし昨日のことを覚えていないとはどういうことなのだろうか。ハサウェイは、酔うと次の日に記憶を無くすタイプだというのか。そう思いながら、ピンクの薔薇を受け取った。
「覚えてない?」
「えっ……? やっぱり僕、何かしていたのかい?」
 するとハサウェイが不安がっていたので、何もしていないと誤魔化した。すぐに信じたのか安堵をすると、ハサウェイ自身が酒の弱さについて説明を始めた。
「僕、酒に弱いからすぐに酔っちゃって……昨日のは、度数がかなり高いものだったのかもしれないね」
 確か貰い物だと言っていたのだが、たくさんあった。余程飲めないのかと思っていたのだが、これは相当である。
「大丈夫だ……あぁ、じゃあ今日は、黄色い薔薇を一本貰おうか」
 知っている花といえば薔薇しかない。やはり渡す相手が居ないのだが、それでも花を買ってしまう。ハサウェイの花屋など、本当は寄らなくても良いのに。
「黄色い薔薇? 嬉しいチョイスだね。花言葉は、友情だね。ガウマンなら、すぐに渡せちゃうかもしれないね」
 渡す相手、白い薔薇もピンクの薔薇も未だに渡す相手が居ないのだが、黄色い薔薇はどうだろうか。考えれば、すぐにハサウェイを見てしまう。昨日は酔いのせいで衝撃的な言葉を受けたが、それでもこの黄色い薔薇が相応しいのではないのかと思えた。
 自身とハサウェイではあまりにもステータスも年齢も違う。だがそれでも、良い友人になれるのかと思えた。昨日は会ったばかりだというのに酒を飲み、そして酔ったハサウェイを目の前で見ていたとしても。
「……なぁ、ハサウェイ」
「ん、何?」
 ポケットから財布を取り出す前に、ハサウェイに話し掛ける。そうだ、やはりこの黄色い薔薇はハサウェイに相応しいのかもしれない。薔薇一本の金額は覚えているので、硬貨をハサウェイに手渡しした。コイントレーではなく手渡しなので、ハサウェイは首を傾げている。
「この黄色い薔薇は、ハサウェイが受け取ってくれ。俺としては、あんたに相応しいと思うんだ」
「僕……?」
 作業の手を止めたハサウェイが驚いていた。だがそれに構わず、硬貨を握りしめさせながら、言葉を続けていく。
「あんたとは、いい友人になれると思ったんだ、ハサウェイ・ノア」
 ハサウェイが硬貨を握ったことが分かれば、そこで手を離す。次はハサウェイが硬貨を握りながら、こちらを見ていた。その表情は、とても嬉しそうである。
「ありがとう……じゃあ、この黄色い薔薇は……」
 作業場の近くには、売り物の花が並んでいる。一輪一輪取れるのだが、その中でハサウェイが黄色い薔薇を取り出した。
「ふふ、僕のものか。嬉しいな」
 そのハサウェイの顔は、今までに見たことがないくらいの笑顔であった。この薔薇のように、綺麗に笑顔を咲かせているのだ。だが友人にここまでするのは初めてだと思っていれば、ハサウェイが手を握ってくる。握手ということなのだろう。
「ねぇガウマン、僕たちがもう友達なら、どこかに少しでも遊びに行こうよ。そうだ、この後は予定あるかな?」
「いや、ねぇな」
 気付けば仕事の帰りに友人と遊ぶことなど初めてである。今までは軍人、そして今は一人で日雇いの仕事をしている故に縁が無かった。そして友人というものもあまり居らず、改めてハサウェイと友人になれたことが嬉しくなる。すぐに頷いてから、ハサウェイとどこに行くか考えた。
「バーは止めておこうか。僕が酒が弱いから。ごめんね」
「いや、いいんだ。じゃあ……どこかのカフェに行こう。それなら、いいだろ?」
「うん、いいね。じゃあもう閉店作業するけど、ちょっと手伝ってくれないかな? ……あ、その前にガウマンからもらった薔薇を包まないと」
 思い出したように手に持っていた薔薇を見るのだが、そこでハサウェイが顔をしかめた。何だと思っていれば、棘が手に刺さったらしい。血が出ている。
「おい、血が出てんじゃねぇか」
「参ったな……僕、こんなので怪我するのが本当に久しぶりなんだよ……えっと……」
 どうすればいいのか分からないらしい。ハサウェイは、それくらいに友人ができたことが嬉しいのか。
 しかしまずは止血や傷口の処置をしなければならない。なので作業机に薔薇を置かせた後に、ハサウェイに手を洗わせた。怪我をしたのは手のひららしいが、傷は小さい。
 あらかたの処置は終え、血は止まった。あとは傷口の保護であるが、ハサウェイが困った顔をしていた。
「後でお金は払うから、絆創膏を買ってきてくれないかな? それの類のものを持っていないんだ」
「いいぜ」
 どうやらハサウェイはそもそも救急セット自体を持っていないらしい。それはいけないと思いつつも、まずは絆創膏が先だ。それにもう店は閉めるので、救急セットの設置のことは後でいいだろう。
「分かった。すぐに買ってくる」
 この辺りの地理は分かっている。ここから徒歩で約五分のところに、ドラッグストアがあるのだ。そこに行くと伝えてからドラッグストアに向かった。それも、小走りで。
 絆創膏とそれに年の為に消毒液を無事に買えてからハサウェイの花屋に戻れば、すぐに絆創膏のパッケージを開封して傷口を保護した。これで安心である。溜め息をついていれば、ハサウェイが尻ポケットから財布を取り出していた。絆創膏代を払おうとしているのだろう。だがそれを断った。
「いや、後でカフェ行くんだろ? じゃあ代わりに奢ってくれよ」
「うん、いいよ」
 そしてハサウェイの花屋の閉店の手伝いをすれば、花屋から出る。ハサウェイはワイシャツの上にジャケットを着ており、ちょっとしたサラリーマンのようだった。ネクタイは締めていないのだが。それに花の包みを持っていて、似合っていると思えた。どうしてなのだろうか。
「この辺りでおすすめのカフェって無いか?」
「ん? あるよ。じゃあ、そこに行こうか」
 ハサウェイがスマートフォンを取り出せば、何度か操作していった。そして画面を見せてくれるのだが、そこは有名なチェーン店だ。自身でも馴染みがある。
「行こうか、ガウマン!」
 とても楽しみにしているのか、ハサウェイが手をぐいぐいと手を引いていく。それに引っ張られながら、二人はカフェに入って行った。周囲は学生や会社員が多い。作業着なので少し浮いてしまっていると思いながら、空いている席に座ってメニューを見た。やはり見慣れたものばかりである。
「俺はコーヒーでいい」
「じゃあ僕もそれにしようかな」
 すると少ししてから店員が注文を聞き、そしてすぐに提供してくれた。ブラックのコーヒーを、二つである。
 コーヒーを飲みながら話すことは、まずは互いの自己紹介である。自己紹介もあまりしていないことに気付いたからだ。自身は、ハサウェイのことを一方的に知っているのだが。
「まずは俺からだな……俺はガウマン・ノビル。元連邦軍に所属していて、かつてはモビルスーツに搭乗したりしていた」
 このカフェとしては浮いている言葉を連ねていく。なので声を控えめにしていた。だがハサウェイもどうしてなのか声を抑えながら反応をする。
「モビルスーツ? へぇ」
 確かハサウェイはシャアの反乱の時にモビルスーツに搭乗したことがあると聞いたことがある。訓練などしていないというのに乗りこなし、そして敵機を撃墜していた。自身としては、ニュータイプの素質があるのではないのかと思っている。かの有名なアムロ・レイなどのように。
「俺は訓練を受けて、モビルスーツに乗れるようになったんだが、ハサウェイは……」
「あれは……僕が子ども過ぎたんだよ。それだけだよ」
 少し頬を膨らませたハサウェイが、次にと自己紹介をしていく。それは知っていることばかりであったのだが、どうして花屋を開くことになったのかは知らない。なので質問をした。
「なぁ、ハサウェイはどうして花屋に?」
「僕は……植物について勉強していたけど、平和な仕事がしたかったんだ。父さんみたいに、軍人にはなりたくないから。それで、花屋がいいと思って、頑張って開店資金を集めて花屋を開いた。僕は今は幸せだよ」
 平和な仕事とは、分かる気がした。軍人を経験したのだが、やはり良い仕事ではない。死体を何度も見ることがあれば、人の醜い部分に直面することがある。それも嫌だということがあって、軍人を辞めたのだ。
 頷きながらコーヒーを啜っていれば、次はハサウェイが質問をしていく。
「ガウマンはどうして整備士を目指してるの?」
「俺? 俺は、もう中年だし、選択肢もないからな。整備士なら、軍に居た頃の経験を生かせると思ったんだ」
「へぇ」
 興味深そうに聞いてくれるハサウェイの顔を見れば、嬉しくなっていた。
 すると自然とスマートフォンを取り出した。連絡先を聞きたいと思ったのだ。
「なぁ、連絡先を交換しないか? そうだ、ハサウェイ……救急セットが仕事場にねぇのは駄目だと思うんだよな。今度、買いに行こうぜ」
「やっぱりそう? うん分かった」
 ハサウェイもスマートフォンを取り出すのだが、そういえば携帯電話かメッセージアプリのどちらを交換するか悩んでいた。メッセージアプリを、皆が利用しているとは限らないからだ。
「……で、このアプリは使っているのか?」
 メッセージアプリを見せたのだが、ハサウェイは首を横に振った。なので携帯電話を互いに交換をした後に、スマートフォンで時刻を確認する。そろそろ休みたい時間になっていた。なのでそれを伝える。
「すまねぇが、俺はそろそろ休みたいから帰らせてもらう。連絡はまた後でするが、メッセージか電話のどっちがいい?」
「うーん、電話がいいかな」
「分かった。帰って落ち着いたらまた電話する」
 そう述べてからハサウェイに伝票を渡す。そして立ち上がってから「じゃあな。ご馳走さん」と言い、カフェから出た。勿論、包まれたピンクの薔薇渡されたので、それをを持ちながら。

 帰宅をしてからシャワーを浴び、持ち帰った薔薇を飾った。現在、カップには白い薔薇とピンク色の薔薇がある。それを見て、ハサウェイと出会ってから部屋が華やかになったと思った。今までは、空き瓶や空き缶がばかりがあり、汚いという言葉が似合う部屋故に。だがこの花と部屋の組み合わせは少し不自然に思ったので、汚れた部屋を片付けることにした。とはいえ、床に転がっている空き瓶や空き缶を拾ってからゴミ袋に入れるだけだ。自身としては、珍しい行動に思える。
 掃除をしていれば、寝る前の時間になった。少しは綺麗になったスマートフォンを取り出し、電話帳を眺める。ハサウェイの名前を見つければ、すぐに通話をしていく。スピーカーに耳を当てた。
 数コールの後に、ハサウェイが通話に出る。
「もしもし?」
『……もしもし、ガウマン』
「あぁ、ハサウェイ、出てくれて良かった。それで、空いている日はあるか? 俺は明日以外ならいつでもいい。今は日雇いだからな」
 スケジュール帳など必要ない。なので少しは綺麗になった床を見てから、あまり使っていないカレンダーを見た。当然のように真っ白である。
『休みは、明後日だね』
「明後日か、分かった。えーと……」
 どこかに書くものがあった筈だ。なので探していれば、先程コップに入れたピンク色の薔薇が目に入る。思えば、ハサウェイとの出会いには感謝しかない。軍人を辞めての初めての友人であるし、花という存在が身近になったからだ。
『ガウマン……?』
「あ、いや……明後日か、分かった。じゃあ昼過ぎにハサウェイの家に来るぜ」
『分かった。じゃあ明後日はよろしくね。じゃあね』
 通話を終えてから書くものを探せば、ようやく見つかった。ボールペンである。それでカレンダーにハサウェイの名と昼過ぎというワードを書いた後に、ベッドの上に転がった。ハサウェイと会う明後日が楽しみだと思うが、明日も会えるかと思った。花屋など、毎日通って良い店なのだ。なので真っ白ではなくなったカレンダーを見ながら、そう考えていた。

 朝起きて仕事の支度をするのだが、コップに生けている白とピンク色の薔薇が目に入った。やはり自身の部屋に花があるということは、未だに不思議に思える。しかし一人の青年、ハサウェイとの縁ができたことによってこの光景が生まれたのだ。
 しかしこの薔薇をいつ誰に渡すか考えていない。花とは不朽の物ではなく、いつか枯れるものだ。故に内心で焦りが生じる。これが枯れる前に、誰かに渡したいと。
 そう考えていれば、どうしてだかハサウェイの顔が過った。ハッとする。ピンクの薔薇で感謝を表すものならまだしも、白い薔薇で一目惚れを表すものなど渡してはいけない。自身は、ハサウェイには惚れている訳ではない。だが友人ではない謎の感情を抱えているのだ。正体は分からない。
 更に考えてみるが、まずはハサウェイに対して心音を高めたことがある。それに、酔ったときの言葉を直接に受けたことがある。不快感はない。どうしてなのだろうか。まさか、これが恋とは言わないのだろうか。ハサウェイと自身は同性同士なのだが。
 そんなことなど、ありえない。ありえる訳がないのだ。なので考えを切り替えてから、今日も日雇いの仕事に向かった。そういえば整備士になる為の勉強は、おろそかにしていると思いながら。

 この日も仕事を終えてハサウェイの花屋に行こうか考えていた。だがそこで気付く。このままではハサウェイと毎日のように会っていることになるのだが、やはりこれは。いや、ハサウェイとはただの友人同士だ。友人同士だからこそ毎日会ってもいいのではないか。そう考えながら足はハサウェイの花屋へと動き出していた。しかし、来てから何を言おうかは思いつかない。
 花屋に着いた。ハサウェイは接客をしており、穏やかな笑みで客と話している。だがそこで気付く。自身にも、その笑みを向けて欲しい。そう思えば花屋から離れて考えた。これは、友人ではない。恋なのだ。恋をしているのだ。そう気付いたときには家へと体が勝手に走っていた。コップに飾っている、白い薔薇を取りに行く為だ。そうだ、ハサウェイへは一目惚れに近いものなのかもしれない。
 家へと辿り着けば、すぐに白い薔薇を取り出した。コップから水が跳ねるが構うことではない。すぐに外に出て鍵を閉めてから花屋へと走り出した。営業時間の終了は、そういえば聞いていない。焦りが生じながら、とにかく走っていく。
 ようやく花屋に着いた頃には、ハサウェイが店を閉める準備をしているところであった。入り口には「CLOSED」という看板があったが、構いはしない。腹から入り口からハサウェイの名を呼ぶ。息切れが激しい。
「ハサウェイ!」
「ん? ガウマン、どうしたの? 息切れしてるよ?」
「その……」
 ここへ来て、言葉や意思を詰まらせてしまっている。駄目だ。そのようなことでは駄目だと、まずは白い薔薇を渡した。裸で渡す羽目になっているのだが、そのようなこと気にしていられない。
「う……受け取ってくれ……!」
「え? 白い薔薇、え……?」
 ハサウェイは状況が分からないようだ。そうだ、説明をしなければならないと白い薔薇を向けたまま言う。
「俺は、あんたのことが、好きなんだ……! 改めて一目惚れしたから、受け取ってくれ!」
「好き……?」
 目が丸くなれば、そのままハサウェイの体が硬直する。やはり自身のような人間は好かないのだろうか。今考えれば、やはりハサウェイと自身では人間として違いすぎる。まずは出自からだ。ハサウェイはいわゆるお坊っちゃんの一方で、自身は普通過ぎる家に生まれて普通に生きてきた。それにモビルスーツを扱っていた、いわゆるセンスまで違いすぎた。
 すると向けていた白い薔薇とそれに頭を俯かせ、そして絶望をしてしまう。これは、ハサウェイとしては友人ではなくもはや嫌われたのだろう。友人相手に、好きなどとあり得ないのだから。
「いや、やっぱり……」
 情けないが取り下げようとしたところで、薔薇ではなく腕を掴まれた。驚きながら顔を上げれば、ハサウェイが感動したような表情をしている。これは、好感触として捉えて良いのだろうか。
「……ガウマン、そうなの?」
 確認をするようにそう聞いてくる。だが油断してはならないと、口を半開きにしながら頷いた。そうしていれば、ハサウェイが白い薔薇を受け取ってくれる。答えは、イエスなのだろうか。
「あの、僕……嬉しいよ……僕、理由があって心をずっと病ませていたけど、そこでガウマンと出会った。僕はガウマンと話してて、心が楽になるって思ってたんだ。なのに好きって言ってくれて、僕は嬉しいよ。でも、まずは友達以上から始めたいな。よろしくね」
 やはりイエスらしい。すると嬉しい感情が込み上げるし、どうにかして表現したい。結果的にハサウェイの体を抱き締めれば、礼を述べる。
「ありがとな、ハサウェイ……!」
「うん、いいんだよガウマン……ちょっと、苦しいかな……」
 ハッとしながらハサウェイと体を離した。そういえばハサウェイの体は思ったよりも細かった。体質故なのかもしれない。だが抱き心地が良いと思える。その感触を覚えていれば、ハサウェイが話し掛けてきた。
「あの……僕の、どこが好きだったの?」
「え、あぁ、えーと……」
 どう言えばいいのか分からない。心地と言うべきか、ふと人に向けた笑顔で好きになったと言うべきか。そう考えていれば、ハサウェイは答えをいらないようだ。首を横に振った。
「うん、やっぱり、人を好きになるのに理由はいらないと思う。かつての僕が、そうだったから。だから、そんなガウマンを僕は受け入れるよ」
「ありがとな……」
 そのような言葉しか出ない。自身の頭の回らなさに溜め息をついていれば、ハサウェイが着ているエプロンのポケットから手帳を取り出した。
「ねぇ、明日は約束を昼前からにしない? 僕たちは仮にも付き合うことになったんだから、デートをしようよ。昼ごはんとか、食べようよ」
「あぁ、それはいいな。じゃあ、明日ハサウェイの家に昼前に来る」
 ハサウェイのように手帳などは持ち歩いていない。なので頭の中の記憶を書き換えていれば、手帳に書き込みを終わったらしいハサウェイがそれをしまう。そして言った。
「……ねぇ、ガウマン……キス、してみたいな……僕が、友達以上って言ったけども……」
「え、え……!?」
 予想外の言葉に動揺をしていれば、ハサウェイが首を傾げながら「だめ?」と言う。駄目という訳ではないのだが、付き合って間もなくキスをするというのは、どうにも緊張してしまう。いや、一夜限りの相手であれば会って間もなくのキスなど些細なものだと思っていたのだが。
「いや、その……いいのか?」
「いいに決まってるじゃないか。僕はもう子どもじゃないし」
 ハサウェイは子どもではない。確かにそうだ。外見からして若く見えるが、実際に若い。そのせいで学生にどうにも見えてしまうのだ。
 考えを振り切ってから、ハサウェイの両肩に手を置いた。キスなど、できるならしたいのだ。なので唇を見るが、何とも小さい。可愛いなどと思いながら、顔を近付けた。よく見れば、ハサウェイの肌は滑らかである。触れたくなったが、今はやはりキスをしたい。
 ゆっくりと顔を近付ければ、二人の唇が一瞬だけ重なった。キスをすることができたのだが、あまりの興奮に肩に乗せていた手を頬へと移動させてしまう。やはり見た目通りに滑らかであった。それにハサウェイからはどうしてなのか花の香りがする。花を扱う仕事をしているせいなのか。
 唇を離せば、ハサウェイが嬉しそうな顔をしていた。
「……ガウマン、ありがとう」
「いや、こちらこそだ……それで……」
 気付けば今のような純愛の経験などない。やはりまずは体の関係から始めることが多かったので、この後どうすればいいのか分からない。そうしていれば、ハサウェイが手を重ねてくる。
「ねぇ、昨日のカフェかどこかに、行かない? それに、僕はお腹が減ったよ」
「あ、あぁ、そうだな、どこかに……」
「ガウマン、どうしたの? 緊張してるの?」
 言い当てられた気がする。そうなのだ。突然にハサウェイに対して緊張をし始めたのだ。友人のような関係から、恋人になったからだ。しかしハサウェイからは、まずは友達以上からと言われたがキスをした。
 そう思えば何を話せばいいのか分からなくなる。
「ち、ちげーよ! そ、その……」
「大丈夫だよ。僕は逃げないよ」
「それくらいは知ってるよ! その……」
 照れを感じ頭を動かしていれば、ハサウェイがずっと当てている手を掴んだ。急のことであったので油断をしており、すんなりと手が離れた。今見ればハサウェイの手は、銃を握り慣れていない手をしている。平和な手だ。
「んーでも僕、お腹減ったなぁ。ダイニングバーでも行こうよ。ほら、ガウマン」
「あ、あぁ……」
 そういえば閉店の準備はいいのだろうか。聞こうと思えば、先にハサウェイが思い出したらしい。手を離し、おずおずと話し掛ける。
「あ、ごめん、閉店の準備、手伝ってくれないかな……?」
 ハサウェイが上目遣いになったが、ずるいと思った。ここでさり気なく自分の武器で相手を圧倒するなどと。いやハサウェイはそう考えていないだろうが、自身がそう思ってしまったのだ。本当は特に何も無くとも手伝うつもりであったのだが、上目遣いに負けてしまい即答してしまった。
 クスクスとハサウェイが笑った後に、店の閉店準備をする。とはいえ作業場の点検やフラワーキーパーの電源がきちんと入っているかの確認だけらしい。すぐに済めば、ハサウェイはエプロンを外して畳んでからトートバッグに入れた。それを持ち、ジャケットを羽織ってから言う。
「ガウマン、ごめんね。行こうか」
 一瞬で仕事着ではなくなるのが残念である。そう思っていれば、ハサウェイの方はかなり積極的らしく抱き着いてきた。そのときの顔は眉を下げており、可愛らしい。心臓を貫かれるかと思った。
「……どうしよう、僕が友達以上からって言ったのに、何だかガウマンのことが好きになってきた」
「ど、どういうことだよ!?」
 言葉に驚いていれば、ハサウェイの手が自身の作業着を弄る。そして顔の輪郭に辿り着くのだが、手からもやはり花の匂いがする。するとこれが、ハサウェイの匂いだと脳が記憶していった。周りは花に囲まれている故に、心拍数が上がっていく。どうしようと思える。
「だから、ガウマン……もう一回、キスして?」
 その要求には勿論イエスとしか返事ができなかった。なのですぐに応じ、顔を近付けた。ハサウェイの皮膚は、やはり綺麗だと思いながら。
 唇が重なったのだが、興奮は最高潮であった。それに今までのようにハサウェイとも体の関係から始めていれば、心臓が動きすぎて止まるかとも思えてしまう。恐ろしい。
「ガウマン……ドキドキしてくれてるんだね」
「あ、当たり前だろ……! それより、飯、食いにいこうぜ」
「うん」
 ハサウェイとは慎重に付き合いたいと思った。体の関係から始まる恋は、常に冷めるのが早かったからだ。しかしハサウェイとの恋はすぐに冷めて欲しくないと思うが、冷めてしまうことは必ずあるだろう。それならばずっと何年も先がいい。その頃には、恋が愛に変わっている筈だ。
 そう考えながら行き先を考える。スマートフォンを取り出して周辺の地図を表示させてから、適当なダイニングバーを探した。ここは都市であるので幾つもある。そこから一番近い店を決めてから、画面をハサウェイに見せた。ハサウェイは頷いてくれる。
 示した店は、様々な年齢層が利用している店らしい。ドレスコードなど当然なく、作業着のままでもいいと思えた。なのでそこに行くことに決め、二人で歩いていく。手を繋ぎたかったが、ハサウェイは恥ずかしがるのだろうか。そう思っていればハサウェイがこちらを見る。
「ん? どうしたの?」
「あ、いや……手を、繋いでも、いいか……? いや、その……」
 自身らしくない、情けない。自身としては険しい表情をしてしまう。ハサウェイの前では良くないというのに。
「ふふ、ガウマンって見た目によらず奥手なんだね」
「見た目によらずって何だよ」
 小さく笑いながらもハサウェイが繋いでくれた。そこで体温が急上昇するような気がする。こんな経験などない。好きな異性と手を繋いでも、こんなことにはならなかったというのに。
 開こうとしている口がどうしても閉じているが、ハサウェイの言葉には否定をした。しかしハサウェイは「そうかな?」と信じてくれない。
「まぁ、それは、店に着いた時にでも聞こうかな」
 ハサウェイがそう言えばぎくりとするが、だらしない恋愛の仕方を説明するのも何だか憂鬱だ。何か言い訳を考えようとしたが、店に着いてしまった。よく見かけるような、お洒落な外観の店だ。立て掛けてある看板があり上に大きく「OPEN」と書いてある。その下にメニューがずらりと書かれていた。食事から飲酒まで幅広く行うことができる。
「じゃあ、詳しいことは店で聞こうか」
 有無を言わせないように、ハサウェイが繋いでる手を引いてくる。店の入り口の扉を開けようとしたところで、唐突に頬を赤らめながら述べた。それは、先程の憂鬱が吹き飛ぶようなものである。
「だって……僕にそれくらいに奥手なら、ガウマンにとって僕が一番だって言って欲しいからね」
 それからは、ハサウェイと共に夕食にしていたのだが記憶がない。あまりの嬉しさもあるのかもしれない。

 ハサウェイとの夕食の記憶が無いまま別れ、そして家に帰った。すぐに目につくのがピンクの薔薇で、ハサウェイとの小さな記憶が詰まっている。大切なものであり、これもハサウェイの手に渡るのだろうか。
 整備士の資格のテキストを開き、適当なページを眺めて勉強を終える。最近は本当に適当になりがちである。よくないのだが、まだ日雇いでも食っていけた。だが長期的には厳しくなるので、それに悩み始めていく。
 そう考えながら寝て、次の日を迎えた。本日は日雇いの仕事はしないので、作業着ではなく私服を着ていく。昼食を共に取り、ハサウェイの店用の救急セットを買いに行くだけである。デートはそれだけだというのに、緊張をしてしまう。
「お、落ち着け……」
 時刻を見れば昼前には少し時間がある。少しだけ外を歩こうか、そう思ったのだが心が落ち着かない。かつての恋人には積極的に接していた自身だが、ハサウェイ相手にはかなりの奥手になってしまう。それくらいに好きなのだ。
 なので昼食中に何を話すのか、どのような顔をすればいいのか分からなくなる。好きなのは、ハサウェイも同様であるのだが。
 ふと部屋にあるピンクの薔薇を見れば、花言葉を思い出す。確か「感謝」だった筈だ。しかし他の花言葉もあるだろうと、スマートフォンを取り出してから調べ始める。検索した結果は、愛の誓いという意味も含まれているらしい。確かに感情には愛が混じっているのだが、まだ早いのではないのかと思える。だがそれでもピンクの薔薇から目が離れない。
 これもハサウェイに渡してしまおうか、と思えてしまう。かつて買った薔薇たちは、一輪だけであるがハサウェイに贈ったのだ。だがそれらはハサウェイから買ったものだというのに。今考えればおかしな話だと思った。ハサウェイの手元に戻ってしまうなどと。
 そう考えながらスマートフォンでニュースを見ていく。暇潰しも兼ねて天気予報を見れば時々雨とある。このあたりは街中なので雨が降ろうとも雨宿りできるカフェは幾らでもあるだろう。傘は持っていかなくても良いと思いながら、約束の時間まで時間を潰していった。

 約束の時間になりそうであったので、家から出てハサウェイの家に向かった。そういえば、自身の家からハサウェイの家までは歩いてでも行ける距離にあった。それなりに、近いということだ。
 これは運が良いと思いながらハサウェイの家の扉の前に辿り着く。インターフォンを鳴らそうとしたのだが、そこで自身の情けない部分が出てしまう。このインターフォンが、押せないのだ。
 押したらハサウェイが出てしまう、即ちまたしても昨日のように挙動不審になってしまうのではないのかと思えた。やはり良くない、そう思いながらもインターフォンが押せないでいれば、扉が開いた。驚きながら、それをただ見る。
「どうしたの?」
「あ、いや……今、インターフォンを押そうとしてて……」
「うん、そうなんだね」
 もしかしてハサウェイには気付かれていたのだろうか。インターフォンを押すことを迷っていたことを。もしも気付かれていたならば、恥ずかしいことこの上ない。
 ハサウェイを見れば、仕事のときの変わらない格好をしている。ワイシャツにスラックスの姿だ。私服と仕事着は同じタイプなのだろう。少し残念だとも思いながら「準備ができたら行こうぜ」と促す。それにハサウェイはすぐに頷いた。どうやら支度は終えているらしい。一旦部屋に戻ってから昨日も見たトートバックを手に持ち、戻って来た。
「行こうか」
「あぁ」
 そういえば昼食を取る場所を考えていないことに気付く。なのでスマートフォンを取り出そうとすれば、ハサウェイもスマートフォンを出していた。
「僕に決めさせてよ」
「分かった」
 しかしそこで、ハサウェイがスマートフォンを取り出していることは手を繋げないことに気付く。なのでスマートフォンをしまって欲しいと言えば、すんなりと聞いてくれる。ハサウェイは文句の一つもなくスマートフォンをしまった。
「どうしたの?」
「いや、その……手、繋ぎたくてよ……」
「ガウマンってかわいいね」
 ハサウェイの感想は予想外のものであった。可愛いとは、この人生の中で言われたことがない。いや、人に対してこのような態度を取ったことが初めてなのかもしれない。
 手を差し出していれば、その手をハサウェイが取ってくれる。そして手を握るのだが、やはりハサウェイの手は細い。自身のようなごつごつとした手とは大違いであり、それが良いと思えた。この手を、この体をこれからは守りたいのだから。同じ男としては、ハサウェイとしては不本意かもしれないのだが。
「……じゃあ、適当な店を探そうか」
 ハサウェイがそう提案した後に、周囲で店を探して行く。多くの人が行き交う道を歩くが、幾つかレストランなどが見つかった。なので視界に入ったこじんまりとしたレストランに入れば、店内はまだ空いているらしい。二人はちょうど、窓際の席に案内された。落ち着いた店内から、街中の景色がよく見える。
「僕、朝食は食べてないんだ。がっつりコースでもいいかな?」
「あぁ、いいぞ。腹減ったから、俺も同じコースにするぜ」
 そう言って二人で食事を堪能すれば、満腹になってしまった。座っている椅子から動けない。二人とも綺麗に平らげたのだが、特にハサウェイはとても綺麗に食べていた。さすがお坊っちゃんだと思う。
「少し、食べすぎたみたいだね」
 食べている最中に思ったことがある。どうにも、食事とは即ち性行為と思ってしまっている節があるようだ。なので興奮して仕方がなくなり、とある提案をする。それはかなり遠回しにだが、大人同士でのデートならば少し鉄板だと思えたからだ。
 それに外を見れば小雨が振っていた。雨宿りも兼ねてだが、この雨は続いてくれるのだろうか。
「なぁ、帰る前に、どこかで休憩、しねぇか……?」
「どこかで休憩? ここで食後の休憩させてもらえばいいじゃないか。僕はこの店の雰囲気は平気だけども」
 ハサウェイは分かっていないようだ。首を傾げている。休憩の意味が何なのかと。
 自身としては決死の覚悟で提案したのが無事に撃沈し、小さく「そうだな……」と言いながら頷く。もう、手を繋ぐ勇気が全く無いのかもしれない。
「そういえば、ガウマンは日雇いの仕事はいつ辞めるの?」
「ん? あぁ……整備士の資格を取れたらなんだが、いつなんだろうな……一年くらいは掛かりそうだ。化学の勉強までさせられるからな、そこが分からなくてな……」
「化学? 僕、大学生のときに専攻してたから分かるよ。教えようか?」
 まさかの助け舟を出されて驚いた。独学で頑張ろうとしたのだが、そこで救われた気がする。勿論と、お願いをした。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうしたいが、俺からは何も出せねぇ」
「ガウマンから? ガウマンは僕に甘えてくれたらいいよ。僕は、ガウマンのことが好きだからね」
 まさかここで好きだという言葉を出されるとは思わなかった。顔をかっと赤くしたのだが、誤魔化すようにグラスにある冷水を飲む。しかし顔色など、変わる筈がない。変わらず、顔が熱い。
 ふと外を見れば、雨は止んでしまっていた。空が明るい。
「……じゃあ、次はガウマンの家に行きたいな……だめ?」
「いや、今は散らかってるから、また今度で!」
 空瓶や空缶をまとめただけで、まだ資源ゴミとして出してはいない。それにまだ部屋が散らかっており、それどころではない。人、ましてやハサウェイを呼べる訳がない状態である。
 それだけははっきりと返事をしてしまい、項垂れそうになる。
「そうなんだ、残念。じゃあ僕の家に来てよ」
「あぁ、そうさせてもらう。すまねぇな」
 そう話していれば、ハサウェイの満腹感が落ち着いてきたようだ。それを言ってきたので、次の行き先を述べた。ドラッグストアで救急セットを揃えるのだ。
「ふふ、ガウマンと次はドラッグストアでデートか」
「今度、もっと楽しいところに連れて行ってやるからな」
 そう言いながら伝票を持つが、ハサウェイが手を伸ばした。支払うのは自分だと言いたいらしい。
「いや、俺が払う。資格の勉強代としてだ」
「でも……分かったよ。じゃあ、よろしくね」
 会計を自身がするのは、年上としての特権でもある。なので立ち上がれば、ハサウェイも続けて立ち上がった。会計をしてからレストランを出れば、ドラッグストアを目指す。先日行ったところだ。
「絆創膏と消毒液は買ってくれたから……」
 ドラッグストアで何を買うか話し合えば到着した。なので二人で話していたものを買い物カゴに入れていくのだが、途中でコンドームが売っているコーナーに二人で直面してしまう。自身はハサウェイを意識し過ぎて、見慣れている筈のものを直視できない。一方でハサウェイはそうでもないようだ。見ながら言う。
「ガウマンってどれ使ってるの?」
「え? え、いや、その……」
「もしかして、使ってないの?」
 訝しまれたので、よく使っているものを一瞬だけ指差してから引っ込める。恥ずかしいのだ。自身はそこまで純潔でもあるまいし。
「へぇ、そうなんだ。じゃあそれ買おうよ。僕の家にも置いておくね」
「い、いや、それは……」
 セックスについては、ハサウェイは積極的であった。だが酔ったときにはキス以上のことはしたことがないと言っていたのを覚えている。本当は嘘なのか。本当は経験があるのか。
 どうしてなのか少し残念になっていれば、買い物カゴにハサウェイがコンドームを入れる。
「じゃあ、会計してくるね」
「あ、あぁ……」
 堂々とハサウェイが会計をしている間、どうしてなのか逃げるようにドラッグストアから出る。挙動不審そのものであるが、それを気にしている余裕がない。変な汗が出てきた。そうしていれば、買い物袋を提げたハサウェイこちらに来る。足は少し浮いているように見えた。
「……ねぇ、したいんでしょ? 僕と休憩が、さっき分かったんだよ。だから僕……ガウマンとしてみたいな」
 ハサウェイが自身の手を取って言う。その姿は可愛らしくもあり、誘惑をしてくる小さな悪魔のように見える。しかしここは外だ。大慌てでハサウェイの口を塞ぐ。
 どうして、ハサウェイ相手にこのような態度を取ってしまうのだろうか。やはり、あまりにも好き故にである。好きだからこそ、心も体も大事にしたいのだ。
 心臓が早まっていく。息が荒くなっていく。男とは初めてになるが、やはりハサウェイを抱きたいと思った。手を出すにはあまりにも時が早いと迷うのだが、ハサウェイが求めているのだ。応じるべきか、いや応じたい。なのでハサウェイの顔を見る。
「僕の家でいい? 帰るのめんどくさいから」
「そ、その……」
 このままではハサウェイに「情けない人間」だというレッテルを貼られてしまう。そもそも、それに誘ったのは自身であるというのに。
「ふふ、行くよガウマン」
 そう言って手を引かれた。ここからハサウェイの家までの距離は当然のように知っている。なので一歩歩く毎に心臓が高鳴っていた。対してハサウェイの足は、更に浮いていた。余程、自身と交わることが楽しみなのだろうか。いや、コンドームは自身が使っている物を聞いてきた。抱かれるのは、ハサウェイの方だ。いいのだろうか。
「ハサウェイ……俺とで、いいのか?」
「僕はいいよ。ガウマンとならね」
 余程に信用してくれているらしい。相手は定職に就いていない、中年の男だというのに。そんな自分を下に少し見ていれば、ハサウェイの家に到着した。到着してしまった。
 家に入れば、買い物袋をベッドに置いてからハサウェイが抱き着いてくる。ハサウェイの心音が分かるのだが、どくどくと鳴っていた。期待をしてくれているらしい。
 見上げてくるが、その瞳が潤んでいるように見える。それと目が合ってしまえば、頭はセックスのことしか考えられなくなった。ハサウェイの抱き心地はどうなのか、ハサウェイはどのような顔をするのか。妄想が止まらなくなり、息が上がっていく。それを見たハサウェイが微笑むのだが、どのような美人な女の顔よりも興奮した。
「ねぇ、だからセックスしようよ。まずはシャワーだね。浴びてくるよ」
 自身の手をひらりと離した後に、脱衣所に向かう。その背中を見送ってから、落ち着かずに綺麗な床に座った。これからハサウェイとセックスをするのだ。男とのやり方は勿論知っている。軍人時代にそのような関係の者、そのような趣味の上官が居たのだ。それらづてに、やり方は教えてもらったようなものだ。
 そこで気付くが解す為のローションの類がない。それが無ければ、あとは体液で解すしかない。脱衣所からは、シャワーの水音が聞こえてくる。それを悩み、頭を抱えていく。
「ガウマン、次いいよ」
 数分が経った頃に、ハサウェイがシャワーを終えたらしい。姿を見れば、腰にタオルを巻いているのみである。それを見て、下半身が反応してしまった。ハサウェイに欲情している。ただ、肌を見ただけだというのに。
「あ、あぁ……じゃあ、借りるぜ」
 ハサウェイの姿をなるべく見ないように、脱衣所へと向かって行く。その時には、下半身はしっかりと膨らんでいた。

 シャワーを浴び終えた。下半身はしっかりと勃起している。脱衣所に出たのだが、腰に巻くタオルを借りても良いのか分からない。
 以前は風呂上がりは全裸でそのまま異性を抱いていたのだが、相手はハサウェイだ。男だ。興奮を視覚ですぐに捉えられるくらいに見せていいのか。そのようなことを考えた結果、タオルは借りないことにした。代わりに、前を手で隠しながらハサウェイの前に出る。ハサウェイはベッドの縁に座っていた。
「……ハサウェイ」
「ガウマン……って、何その格好。タオルくらい使ってもよかったのに」
 ハサウェイが一笑いした後に、空いている隣をポンポンと叩いた。座って欲しいらしい。なので股間を隠しながらも座れば、そこでハサウェイに腕を掴まれた後に肘を上げられる。勃起しているものが丸見えになってしまった。
「うわ、でか……」
「い、いや、これは、その……!」
 好きな者に勃起するのは当然である。しかし相手はハサウェイで、もっと慎重にいきたいと思っていた。それなのにすぐにそこを見られてしまい、頭を垂れそうになってしまう。少し、ショックなのだ。
 しかしハサウェイは自身のものを見て、興味深そうにしている。恥ずかしいと思いながらも再び隠したいと思えたのだが、ハサウェイのこの手を振り払うべきではないと思えた。
「嬉しいよ。僕とセックスする気満々なんだね」
 ニッコリと笑った後に手を解放してくれた。なので咄嗟に再び股間を隠していく。だが一度見られたので、意味はないと思えてしまう。
「あ、あぁ……そうだが、その……」
「どうしたの?」
「俺としては、もっと雰囲気が欲しかったんだ」
 雰囲気、それは例えばこの体の状態を後で見せたかったということである。まずは見つめ合い、そして共にベッドに倒れてキスをしてからこれを知って欲しかったのだ。
 しかしハサウェイが首を横に振る。
「雰囲気なんて必要ないよ。こういうのは自然さが大事なんだ。僕は童貞だけども……」
「あぁ、知って……」
「えっ、知ってるの?」
 口がつい滑ってしまった。その時には遅かった。ハサウェイがこちらを凝視し、驚いた顔をしている。
 ハサウェイが童貞だということは、ピンクの薔薇を買った日に酒を飲み酔ったときに聞いていた。だがそういえば、本人は記憶が無いと言っている。なので次第に冷や汗が垂れてくれば、ハサウェイが自身の逞しい肩をがしりと掴む。
「やっぱり僕、酔ったときに何か言った? ……何かした?」
「いやその……」
「ガウマン」
「はい」
 正直に答えるしかない。なので酔ったときの発言を覚えている限りで述べていけば、ハサウェイが黙る。様子を窺うが、酔ったときの発言を明かすのは良くなかったのだろうか。本人がそれを望んでいたが、やはり。
 そう思っていれば、ハサウェイが吹き出していた。本人にとっては笑えるようなことらしい。
「僕、そんなことを言っていたんだね。それにしてもガウマンに、そんなことを……僕、その頃からガウマンを意識し過ぎたのかも」
「意識し過ぎた?」
 思い出してみるが、ハサウェイが自身のことを気になる素振りを見せていなかった。いや、鈍感だからなのかもしれない。
「僕、ガウマンに白い薔薇を拾ってくれたときから、ちょっと気になっていたんだ」
「……は!?」
 初耳なのだが、ハサウェイはそのような素振りを見せなかった。それにしても白い薔薇を拾い買い取ると言っていたのだが、店側としては当然の対応だった気がする。花を買うならば包装し、手渡すことが。
「ごめんね、僕は、ガウマンに出会った時から好きになっていたんだ。でも、その素振りを見せないように必死だったんだ。でも花言葉を教えたのは、少しでも気付いて欲しかったから。でもガウマンは気付いてくれてなさそうで、ショックだったよ。それもあって、まずは友達以上から始めたかったんだけど……」
「す、すまねぇ……」
「いやいいんだ。これは単なる僕の勝手だから」
 そう言いながらハサウェイが顔を近付けた。唇が少しだけ重なると、ハサウェイが目を細くしながら告白をする。
「だからガウマン、僕は君のことが好きだよ」
「お、俺もハサウェイのことが好きだ……!」
 慌てて告白を返せば、次は自身からキスをしていく。やはりハサウェイの唇は、薄く柔らかい。
「ん、んぅ……ねぇ、僕も勃起してるんだ……見る?」
「そんなの、見てぇに決まってるだろ!」
 相変わらず自身のものは再び隠しているのだが、我慢汁が手のひらに付着して少し気持ち悪い。そう思いながらハサウェイの下半身に注目した。今はタオルによって隠されているが、その下はどうなっているのだろうか。
 するとハサウェイがタオルを剥がしたのだが、しっかりと勃起していた。童貞と聞いていたので、ものは肌色に近く皮を被っている。しかしそれが可愛らしい。
「可愛いじゃねぇか」
「そうかな……? ガウマンのものと比べたら、ね……」
「人と比べるんじゃねぇよそんなの」
 言いながらハサウェイをベッドの上に押し倒した。これからすることは分かっている。だがハサウェイは何もかもが始めてであるのだ。なのでまずは手を繋いでいく。ハサウェイの手はやはり自身のものと比べたら小さい。
「可愛いじゃねぇか……」
 思わず勃起しているものを押し付けそうになった。興奮の証として、ハサウェイに感じてもらいたいからだ。しかしキスもまだしていないので、我慢をしながら顔を近づける。肌は男にしては、とても滑らかだ。美しい。
「ねぇ、キスして……」
「いいぜ……」
 唇を合わせることは何度かした。なので唇を舐めてから、もう一度キスをする。ハサウェイは気持ち良さそうだ。
「ん、んっ……ガウマン、もっと……」
「はぁはぁ……ハサウェイ、好きだ……」
 キスだけでも可愛らしい。このまま体を交わらせば、ハサウェイはどうなってしまうのか。楽しみで仕方がない。もう一度キスをしていくのだが、そこでハサウェイの指が絡まった。
「ねぇ、ガウマン、僕、ディープキスを、してみたい……」
「分かった」
 唇を合わせた。そしてそのまま舌で半開きになっている唇をこじ開ければ、ハサウェイが驚いたような息を吐く。
「ん、んぅ……!」
 もっと反応を見てみたい。その一心で舌を更にねじ込み、ハサウェイの口腔内をぬるりと移動していく。中はとても熱く、ハサウェイの舌に当たった。そこもやはり小振りなのですぐに包み込めてしまった。
 そこでハサウェイの腰が揺れるのだが、興奮したものが腹によく当たる。余程気持ちがいいのかと思った。しかしこのまま続けてもハサウェイの頭は処理しきれないと考え、舌を引いてから唇を離す。その際に唾液がだらりと垂れたがじゅるりと吸えば、とても甘かった。
「ん、は……はぁ……ガウマン……きもちいい……」
「そうか、気持ちがいいか」
 ハサウェイの顔は深い口付けでよく垂れており、その頬に軽いキスをした。ひたすらに、息を吐きながらこちらを見る。
「ガウマン、僕、もうペニスが限界だよ……」
「ん? じゃあ一回抜くか?」
 またしてもハサウェイの腰が揺れるのだが、返事はノーであった。ハサウェイが口でそのように返事をしたからだ。ではどうすればいいのかと思えば、ハサウェイが恥じらいを込めながら言う。
「……男とは、尻でするんだろ? だ、だから……僕の中に……ガウマンのペニスが欲しいな」
 ハサウェイにここまで求められているのか。普段は性に淡白そうな様子であるが、そのような者の誘惑の効果は凄まじい。何度か経験があるのだが、ハサウェイ誘惑が一番強力だと思えた。肩で何度か息をしてしまう。
 だがローションがないので、指をハサウェイの口に突っ込んだ。ベロベロと舐めさせた後に引かせれば、ハサウェイの体が硬直したかのように閉ざされていく。今になって、どうしたというのか。
「やっぱり……は、恥ずかしい」
 顔を真っ赤にしながらそう言うのだが、こちらとしては煽っているようにしか見えない。素早く唇を奪い、その間にハサウェイの膝をこじ開けた。その間に自身の逞しい体を挟ませれば、もう閉じることはできまい。笑みを浮かべながら、ハサウェイを見下ろす。
 若干睨まれたものの、これは本音でも何でもないだろう。そう思いながら、唾液で濡れた指で尻の入り口を撫でた。ハサウェイの細い体が震える。
「あ、ぁ……! ガウマン、僕、こわい……」
「大丈夫だ。俺にしがみついてろ」
「うん……」
 次は怯えているのだが、その顔はそそられる。そしてハサウェイは言う通りに自身の体に手足を絡めるのだが、体がよく密着した。肌の温もりを感じることができ、唇を歪める動作が止まらない。
 怯えるのは仕方ない。そこは医療行為ですらを触れられないというのだ。ハサウェイの立場になれば、少しは分かる気がする。なので空いた手でハサウェイの柔らかい髪を撫でる。体の震えが、僅かに小さくなった気がした。
 まずは指先を突き立てるが、そこはやはり排泄器官だ。性器のように、すぐに柔軟になってくれるのではない。分かってはいるのだが、早く中に収めたい。自身のペニスもまた、限界を迎えてきているからだ。ハサウェイの皮膚に、大きく膨らんだペニスが掠めてしまう。
「ッふ、ぁ……ガウマン……! ペニス、おっきい……!」
 感覚だけでも、恍惚の表情を浮かべている。体が密着するごとに、ハサウェイは少しずつ堕ちてきているらしい。怯えなど、無くしてしまっているらしい。
「はぁはぁ……ハサウェイ、少し、待ってくれ、今……ぐっ……! きついな……!」
 どうやったら拡がるのだろうか。そう考えていれば、ハサウェイの意識はどこにあるのかと考える。今は、尻に意識が集中しているのだろうか。それならばと、唇を奪い深く舌を挿入していく。ハサウェイの目が見開くと同時に、次第に尻が緩まっていくのが分かった。その隙を突けば、指が大きく入っていく。
「ん、んんぅ……!」
 未だに舌を挿入しているので、ハサウェイは上手く喋ることすらできない。故に息を漏らす音しか聞こえないのだが、かなり驚いていた。そのまま指で弄っていけば、そこはかなりの締め付けがある。まるで、追い出されるかのような締め付けだ。挿入したときが楽しみだと思いながら、縁を拡げていく。
 ぐにぐにと指を動かすと同時に、唇を離した。唾液の細い線が描かれたがすぐに消えてしまう。
「ッあ、あ! ガウマン、苦しい……!」
 口を自由にさせれば、ハサウェイは苦しさを訴えていた。しかし耐えて欲しいと唇を舐めた後に、つるつるとした顎へと移動する。そのまま首に辿り着けば、喉仏を舐めた。そこですら好いらしく、ハサウェイが小さく喘いだ。
「ひゃ、ぁ……! ガウマン、そこ、だめ……!」
「だめかよ、坊やちゃん」
 いつの間にかそう口走りながら、更に指で尻の中を弄っていく。どこも熱いと思えば、妙な箇所に突き当たる。そこだけ、しこりがあるのだ。だがそこでハサウェイの体が何度か揺れたので見れば、あり得ないというような表情をしている。どうしたのだろうか。
「そ、そこ……だめ、ほんとうに、だめ……!」
「あ? ここがそんなにか?」
 聞きながらしこりを押してみた。するとハサウェイの体が何度も痙攣した後に、射精をする。精液が散った。
「ぁ、ァあ!? らめ! ガウマン、そこ、だめぇ!」
「気持ちがいいのか……可愛いぜハサウェイ」
 褒めてやれば、中の締め付けが良くなる。相当に嬉しいらしい。何度もしこりを押せば、ハサウェイは快楽に善がる。涙が溢れそうなくらいに、顔をくしゃくしゃにしていた、
「ひゃあァ! ガウマン、ぼく、もう……!」
「あぁ、何回もイっちまえよ! ほら、気持ちいいんだろ?」
 肯定をすることはないのだが、代わりにとハサウェイのものから何度も精液を撒き散らす。それが嬉しいのだが、もうじきもう数本の指がはいるかと思った。なので指を増やしてみれば、容易く入る。ここはもう、排泄器官ではなく性器となったのだ。
「うぁ、あ……!」
「ハサウェイ、可愛いぜ……!」
 軽いキスをしながら体が何度も密着をするのだが、自身の体にハサウェイの精液が付着した。だがそのようなことはどうでもいい。それよりも、ハサウェイを気持ちよくしたいのだ。こうして啼いている姿が、好きすぎる。
「だめ、ゆび、増やさないでぇ! ぁ、あ……!」
 指は三本くらいは入っただろう。自身の指さえも太いのだが、それくらい入れば充分かと思った。なので引き抜けば、尻の入り口がひくひくと痙攣している。いやらしい。
「あ……はぁ……はぁ……ガウマン……」
「待ってろよ、すぐにやるからな」
 ハサウェイがベッドに投げていた買い物袋からコンドームを取り出せば、パッケージを開封してから個包装のビニールまで破る。一個のコンドームが出てくれば、それを装着しようとした。しかしサイズが合わない。どうにも、小さいのだ。
 舌打ちをした後に、コンドームを床に投げ捨てる。
「ハサウェイ、生でヤるぞ」
「ん、ん……?」
 声が上手く聞き取れないらしい。それくらいに、体を震わせて求めているのが分かる。あまりコンドーム無しではセックスしたくないのだが、仕方がない。なのでハサウェイの膝裏を持ち上げてから、勃起して止まないペニスを入り口にあてがった。ぬちゅりと、卑猥な音が鳴る。
「ハサウェイ、いれるぞ……ハサウェイ……!」
「っは、はぁはぁ、ガウマン、きて……!」
 ハサウェイが震えている手を伸ばした。なので膝裏から手を離した後に手を繋いでから絡める。そして簡単には解けないようにしてから、腰を少しずつ進めていった。ペニスのカリが、縁に密着した後にめり込んでいく。
「は、はぁ……! ガウマンのペニス、あつい……!」
 顔は大きく蕩けている。それくらいに、カリだけでも好いのだろうか。だがまだ一番括れている箇所までは入っていないし、竿も通っていない。
「もっと、奥だ……!」
 そう言いながら腰を進めていけば、カリがあっという間に入った。狭いはずのそこがすぐに受け入れたのだ。後は竿までも入っていけばハサウェイの腹の中にペニスがおさまる。
 中は、女のものとは比べものにならないくらいに熱く狭かった。まるで、今からここで狂わされるのかと思えてしまう。
「ッ……! ぐ、きつ……! ぅ……! ハサウェイ、動くぞ……!」
「あ、あ、まって……ガウマン! ペニスが、大きすぎて、苦しい!」
「褒めてるのか?」
 軽口で返した後に腰を揺らしていく。すると中の粘膜が蠢き、悦んでいるかのようにペニスを包んでいった。気持ちがいい。なのでどんどん腰の動きが大きくなった後に、ピストンへと変わっていく。
 たんたんと、乾いた音が連続して鳴っていった。ハサウェイの体が大きく揺さぶられ、その度にシーツに埋もれていく。
「ぁ、ァあ、あ! あ、あっ、あ、ぅあ、あ! ぁ、ん、ん! ガウマン、ガウマン!」
「っうぁ……! はぁ、は……なんだ……! ハサウェイ、気持ちいいか?」
 気持ち良すぎて、自身はどうにかなりそうであった。しかし自分ばかりが気持ち良くなってはいけない。それはセックスではないのだから。なのでハサウェイに問うが、嬌声を出すばかりで返事が来ない。肯定と見るべきか。
 なのでピストンを更に大きくしていけば、ハサウェイの喘ぎ声は次第に叫び声へと変わっていく。高い声であった。
「ぁ、あ! ひゃ、ぁあ! ぁ、あ、ぁん、ん! だめ! イく!」
 最高潮のつもりが、腹の中がどんどん締め付けていった。このままでは抜けなくなるのではないのかと思うくらいに、きっちりと固定されている。そして自身も達しそうであった。コンドームは入らなかったし、仕方がない。
 なので射精感が込み上げると共に腰の動きを止めれば、そのままハサウェイの腹の中に精液を注いでいった。低い呻き声が、喉の奥から出てしまう。これは種付けをできる喜びなのだ。
「っひ、ぁ、あぁッ……! っあ、ぁ……ん、ん……はッ、はぁ、ガウマン……!」
 酷い疲労がハサウェイに急激に見えた。それでも注ぎ切った後に唇を重ねれば、幸せだと思える。体を繋げ、心を繋げたのだから。唇を離せば、ペニスが萎えたことが分かった。引き抜くのだが、ハサウェイの尻から精液が漏れてくる。官能的な光景であった。
 そして見ればハサウェイも達していた。薄い体に、精液を更に撒き散らして白くなっている。美しいとも思えたのだが、よく見ればハサウェイがぐったりとしていた。なので急いで抱き寄せる。
「ハサウェイ、大丈夫か!?」
「ん……ガウマン、僕は、大丈夫だから……それよりも、ガウマン、好きだよ……」
 ハサウェイの顔が近付いてから唇同士が軽く掠めた。しかしそこで再びぐったりとするので、早く休ませなければと思う。同時にやりすぎたと反省しながら、ハサウェイの体を抱えて浴室に向かった。清潔にしていく。
 ようやく落ち着けば、ハサウェイと共にベッドに横になる。互いに何も着ていないが、少し寒いと思えた。体を抱き寄せれば、そこでハサウェイが口を開く。
「ねぇ、ガウマン……ガウマンとのセックス、気持ちよかったよ……ガウマン、大好き……」
「嬉しいことを言ってくれるな、坊やちゃん……俺も好きだ」
 軽いキスを何度かしていれば、ハサウェイの目が細くなっていく。疲労で眠たくなったらしい。なので頭を優しく撫でていけば、ハサウェイが眠っていく。寝顔はまるで子どものように見え、瞼に唇を落とした。よく眠って欲しいと。
 時刻はまだ夕方を過ぎた頃なので眠たくはない。なのでハサウェイの寝顔や少しは見慣れた部屋の天井を見ては時間を潰していった。

 ハサウェイが起きたのは、夜の九時頃であった。ようやくハサウェイの瞳を見ることができたのだが、目が合った瞬間に顔を赤らめた。恥ずかしいらしい。しかし可愛らしい。
「坊やちゃん、起きたか」
「その、坊やちゃんって呼び方、止めてよ……うん……ちょっと水が飲みたいかな……」
 そう言いながらハサウェイが自身の手を解き、起き上がろうとした。しかし疲労や目眩により体のバランスを崩してしまっている。それを見逃さなかったので、自身も起き上がってから体を支えた。やはりこの体は細く、皮膚が滑らかなと思いながら。
「あぁ、ごめんガウマン……水、持ってきてくれないかな。冷蔵庫、勝手に開けていいから」
「分かった」
 ハサウェイの顔を一度見てから立ち上がれば、言う通りに冷蔵庫を開けた。中には野菜や果物が中心に入っており、その中にミネラルウォーターのペットボトルが何本かある。その中から一本取り出してから冷蔵庫を閉めた。ハサウェイの元に向かっていく。途中でキャップを開けてから、緩く閉めた。
「水だ。一人で飲めるか?」
「それくらい……ちょっと、背を向けてくれないかな」
「ん? 分かった」
 言っていることが分からないのだが、とにかく返事をしてから言う通りにした。二度目だ。背中を向けているが、すぐに咽る音がした。振り返れば、ハサウェイが驚いた顔をする。
「ガ、ガウマン……! げっほ、げっほ!」
「おい、大丈夫か? しゃーねぇな」
 ハサウェイからペットボトルを取り上げれば、水を口に含んでから顔を近付ける。口移しで飲ませようとしているのだ。
「ん、んぅ……」
 唇を合わせてから開けば、ハサウェイの口腔内に水が流れて喉に通る音がした。飲んでくれていることに安心してから唇を離す。そうしていれば、ハサウェイのものが勃起しているのが分かる。やはり若いと思いながら訊ねた。
「俺が、抜いてやろうか?」
「ん……でも……」
「いいから、任せておけ」
 自身の言う「抜く」とは、フェラチオをすることなのだ。男のものは咥えたことはないのだが、ハサウェイのものならば咥えられる気がした。何よりも、色が肌色に近いのが大きい。失礼になるのだが、肌を舐めていることと変わりないと思った。
 ハサウェイをベッドの縁に座らせてから、その前に跪いた。そして下半身に顔を近付けた後に、天井を向いているものにそっとキスをしてみる。仄かに甘い香りがした。下半身にぶら下がっているのは、同じようなものだというのに。
「んっ……はぁ……」
「エロい声を出すなよ。また勃っちまったらどうするんだ」
 見上げれば、ハサウェイの童顔が見下ろしてくる。その唇から漏らす声は、未だに先程の行為の雰囲気が残っているように思えた。自身がハサウェイと同じ年齢ならば、大いに盛っていただろう。すぐにハサウェイを襲い、抱き潰していただろう。
 年齢差に悔しくなりながらも、下半身まで幼いハサウェイのものを咥えた。口腔内に余裕で入れば我慢汁を味わうが、やはり甘い。そう思えた。
「ッは……はぁ……ぁ、あ!」
 舌で裏筋を舐めていけば、ハサウェイが頭を掴んでくる。そして身を悶えさせていれば、達したらしい。熱い粘液が喉の奥に注がれるのだが、これも甘い。ハサウェイはどこもかしこも、甘かった。
 するとハサウェイのものが萎えていく。ようやく、勃起が収まったらしい。
「ぁ……! ぁ、あ……はぁ、はぁ……ガウマン、お腹減った……」
「んぐ……っは……おい、雰囲気がねぇな。何か食いたいものはあるか? 買ってきてやる」
 勿論、熱い粘液は飲み込んだ。甘いものは悪くはないと思いながら喉を通ったのだが、薄いのですんなりと胃に入った。
「果物……」
「果物? そんなもんでいいのか? じゃあ……」
 立ち上がると同時に服を落とした場所を思い出していれば、ハサウェイが手を掴んだ。次はハサウェイが見上げてくるのだが、瞳は少し潤んでいる。
「待ってガウマン、僕を一人にしないで……果物は、冷蔵庫にあるから……」
 ハサウェイが甘える姿は、まずは可愛らしいと思えた。なので掴まれた手を握った後に頷く。
 次に考えるのは、やはり寝た人間が傍に居ないのは、寂しいのだろうか。過去に寝たのは女しか居ないが、やはり寂しがっていた。自身は抱く側なので分からないし、射精後は正気に戻ってしまう。なので寂しさなど全く無かったので放っておいていた。所詮は、一夜だけ寝る相手なのだから。
 しかしハサウェイに恋をしてから抱けば、その考えは無くなっていく。そして同情をすると共に、頷いた。
「分かった。だがまずは、シャワーを浴びよう。食うのはそれからにするぞ。立てるか?」
「ん……分かんない……それよりガウマン、抱っこして」
「まったく、子どもみたいだな」
 まさに両手を伸ばすハサウェイの姿は、子どものように見えた。それを笑っていれば頬を膨らませるので、軽く謝ってからハサウェイの体を持ち上げた。軍人の出の自身としては、ハサウェイの体は軽い。容易く横抱きして見せるが、ハサウェイは恥ずかしがる。今は二人きりだというのに。
「ガウマン!」
「いいじゃねぇか坊やちゃん。ほら、シャワー浴びようぜ」
 不満げなハサウェイを見て再び笑いながら脱衣所に到着するが、そういえば自身の服は床に投げ散らかしていた。あまりの興奮に、何も考えられなかったことを思い出す。
「その……すまねぇな」
「いいよ。ガウマンの服は洗濯すればいいよ」
 ハサウェイの足を床にゆっくりと着地させれば、服をてきぱきと洗濯機に入れてくれる。ハサウェイの服もだ。そして洗剤を入れるのだが、洗濯機を回すのは明日になるのだろう。そのまま放置してからハサウェイが手を引っ張ってきた。早くシャワーを浴びようと言いたいらしい。
 なので共に浴室に入ってからシャワーを浴びるのだが、ハサウェイの肌に触れてもやはり感触が良い。何度も手のひらや指で触っていれば「どうしたの?」と、首を傾げながら聞いてくる。何でもないと返事した後に、体を清潔にしていった。
 浴室から出れば、タオルで体を拭くのだが、自身は着るものがない。気付いたのだがどうにもできず、腰にタオルを巻くことにした。一方のハサウェイは下着のみを身に着けている。夜は冷えるが、着るのが面倒なのだろうか。
 そしてキッチンに行き冷蔵庫を開ければ、ハサウェイの言う通りに果物があることに気付いた。桃の缶詰だ。手に取るが、金属性なので冷え切っていた。
「果物、好きなのか?」
「うん、だって美味しいじゃないか。特に母方の先祖のニホンの果物が好きでね」
 果物といえばあまり美味しくないイメージがあるが、ハサウェイの言う通りに日本という国の果物はそこまで美味いのだろうか。
「本当に、美味しいよ。今度食べさせてあげるね」
「いや……通販で探してみるが、桃が美味いのか?」
「うーん、桃もだけど、りんごもかな?」
 やはりイメージがつかないのだが、ハサウェイが言うなら相当なのだろう。
 しかしさすがお坊ちゃんだと思った。自身の出自としては、美味い果物など食べたことがない。大抵は味気が無いし、そもそも果物を食うくらいなら酒を飲む方が好きであったからだ。
 桃の缶詰を開けたのだが、ハサウェイが「皿とフォーク」と言う。ハサウェイはわざわざ皿に移し替えて食べるらしい。なので従う為に皿とフォークがある場所を聞いた。近くの棚にあると言うので出してから移し替える。よく見れば缶詰などの容器より、皿にある方が美味そうに見えた。さらに桃にフォークを差しておけば、何らかの高級料理にも見える。だが自身としては似つかわしくない。
 ハサウェイに渡した後にベッドに向かう。二人で並んで座った後にすぐにハサウェイが桃が刺さっているフォークを持つが、それを自身に向けた。
「はい、あーん」
「今度じゃなかったのか?」
 先程の会話を忘れたのかと聞くのだが、ハサウェイはただ頷くのみ。まともな返事を期待しても無茶だと考え、向けられた桃を口に含んだ。甘い。
「それ、ニホンの桃の缶詰なんだよね。どう?」
 味には覚えがあった。これは、先程ハサウェイのものをフェラチオしたときに感じていた味だ。まさか、果物を好んで食べているからそうだというのか。
「甘い。ハサウェイの味がする」
「僕、甘いの?」
「ああ」
 甘いのか否か聞かれたのだが、頷く。しかし思い当たりがないらしく「そうなんだ」と、クスクスと笑いながら残りの桃をフォークで差してかは食べていく。思わずその口元を見るのだが、小さな唇で甘い桃を食べている様子はどうと言うべきか。多少、官能的だと言うべきか。いや、今は食事しているハサウェイには失礼だと思い、その言葉を飲み込んだ。まだ桃の甘い味がした。
 ハサウェイが食べ終えれば、皿を持ってキッチンに行った。丁寧に水で流した後に、水切り用の籠に入れてからベッドに戻る。ハサウェイがこちらを見ていた。
「ガウマン、早く隣に来てよ」
「はいはい坊やちゃん」
 隣に座れば、すぐに唇を合わせる。自身の口腔内同様に甘い味がした。
 舌を少し伸ばしてから歯を舐めるのだが、ハサウェイが胸を軽く叩いてくる。今は止めて欲しいらしい。すぐに舌を引かせてから、唇を離す。
「今日はもうだめ」
 ハサウェイが眉間に皺を寄せていた。これは本当にそうなのだろう。あっさりと心を引かせていけば、時計を見る。夜の十時を回るところであった。
「分かったよ坊やちゃん。あぁ、寝れるか? まだ、夜の十時ぎなんだが」
「ガウマンと一緒になら、寝れるよ。だって明日までは、ガウマンは僕のものだから」
「明日まで? いや、ずっとだろ」
 額を小突くのだが、またしてもハサウェイが眉間に皺を寄せる。桃よりも甘い言葉を吐かれ、そうするしか無くなっているのだろう。内心では照れているのかもしれない。
「だからガウマン、今日は僕と一緒に寝てよ」
「あぁいいが、また襲っちまうかもしれないぜ?」
「構わないよ」
 ほう、と返事をしていればハサウェイが横になる。そして何かのリモコンを手に持てば、ボタンを押す。部屋が薄暗くなった。
「はいはい」
 ハサウェイの隣に横になれば、ハサウェイが部屋を完全に真っ暗にしていく。ハサウェイの肌は近くにあり、皮膚からも甘い香りがするように感じた。桃の香りが、鼻腔に留まっているからかもしれない。
「今日はいい夢が見られそうだよ」
 手を手繰り寄せてハサウェイの体を抱き締めた。肌は冷たく、やはり寒いのだろうかと思えた。そうしていればハサウェイから小さな寝息が聞こえる。寝てしまったらしい。
「……あぁ、そうだな」
 眠ってしまったハサウェイにそう返事してから目を閉じる。暗闇の更に暗闇が見えれば、次第に意識が失われていく。眠たくないというのに、眠ってしまいそうであった。なのでそれに意識を委ねながら、眠っていった。

 ※

 目を開ければ、朝になっていた。しかし隣にはハサウェイの姿はない。夢であったのだろうかと思ったが、未だに鼻腔に桃の香りがある。夢ではない。なので起き上がってから周囲を見渡していれば、服を着たハサウェイが玄関から入る。自身が眠っている間に、外に出ていたらしい。
「ハサウェイ!」
「ごめんね、ちょっとね……」
 言葉を濁すハサウェイの手には、何かがあった。それは花束のようだが分からない。なので目を凝らしていれば、ハサウェイがそれを渡してくる。やはり花束なのだが、まず見えたのが赤色であった。そして次に捉えたのが、それが赤い薔薇であることだ。本数は五本ある。
「これが僕からガウマンへの気持ちだよ。五本だから、出会えて嬉しいって意味かな」
 少しだけ視界が涙で滲んだ。思えばこうして求愛されたことはないからだ。女でなくても、このようなことは嬉しい。そう思いながら受け取った。花とはこれほど重いのかと驚いたが、ハサウェイを見れば嬉しそうな顔をしている。こちらまで、嬉しくなっていく。
「だからガウマン、これからもよろしくね」
「あぁ、ハサウェイ……」
 薔薇の赤みを見ながら、ハサウェイを抱き締めた。花々に囲まれていたのか、様々な良い香りがする。やはりハサウェイは良い香りがすると思いながら、体を離せば頭を撫でてくれた。
「今から洗濯するから、まだ帰らないでね」
「あぁ、勿論だ」
 花束を見ながらそう言った後に、ハサウェイからの花言葉の通りの気持ちを噛み締めた。出会えて嬉しいのは、こちらもだと思いながら。