聞こえなくとも(于惇)

聞こえなくとも

木の葉の色がもうじき、新緑から枯れた色へと変わる時期である。この日は政務が少ないのか、執務室で机に向かって平服姿の夏侯惇はすぐにそれを終わらせると、窓から外の景色を見た。遥か遠くまで広がる空の青色と、葉が枯れる前である橙色という組み合わせが、とても美しいと内心で呟く。
「……あの、連絡も無しに申し訳ありませぬ、夏侯惇殿」
すると執務室に、鍛錬を終えたばかりの様子である于禁が入室してきた。重く厚い実戦用の鎧ではなく、比較的重量が軽く体を覆う部分の少ない訓練用の鎧の格好で。
落ち着いたものではない格好でこのような場所に来るのが珍しいので、夏侯惇はどうしたのかと思い椅子からすぐに立ち上がった。
「……この後、お時間があれば……その……」
于禁は視線を泳がせ、歯切れを悪そうにしている。
「時間があれば、どうした?」
夏侯惇は于禁の言葉の途中である『お時間があれば』のところで、誘いの言葉を出そうとしているとすぐに分かったらしい。しかしわざと分からない素振りを見せた。首を傾げ、最後に疑問符を加えて。
「……ッ! その、夏侯惇殿……夕刻にお時間があれば、私の隠れ処に、来て頂けませぬか……」
終いには顔を紅葉のように赤く染めながらも、于禁は何とかそう言い切る。その後はとても恥ずかしそうにしながら、執務室から逃げるように走って退室した。夏侯惇の返事など、一切聞かずに。
夏侯惇はその様子を愛しげに見ると、体を伸ばしてから夕刻までのところで休憩を取ることにしたのであった。同時にとある準備を始める為に、個人的で確実な用が無ければ誰も来ない寝室へと向かう。于禁との約束を、とても楽しみにしながら。

約束の時間になり、夏侯惇は機嫌を良くしながら于禁の隠れ処へと向かった。そして、ある種の期待に胸を躍らせながら。
出入口の前に立ち、于禁の名を呼ぶとすぐに平服姿の于禁が出迎える。促されるまま室内に入ると、夏侯惇は于禁に抱き着こうとした。だが于禁はそれを避けると、棚から当たり前のように碁盤と碁石を取り出し始める。
「……于禁」
「はい?」
于禁はそれらを慎重に絨毯の上に置こうとしたが、夏侯惇はそれを阻止した。于禁と二人きりで、ここでやりたいことはそれではないと。
「今からお前とここで二人きりですることは、それではないだろうが」
もはや直球と言っていいような言葉を出すが、于禁は全く理解していないらしい。首を傾げた後に碁盤と碁石を絨毯の上に慎重に置いた。
「ですが、あなたは、お好きでしょう? 碁が」
「知るか! 今からお前とやりたいのは、お前とのまぐわいだ! 分かるか!?」
夏侯惇は于禁の胸倉を掴んでそう叫ぶ。すると于禁は外にある夕空に負けないくらいに顔を赤くさせた。夏侯惇はそれを見て内心で舌打ちをしたが。
「ですが……」
「俺はお前に抱かれにわざわざ来たのが、分からないのか? お前も、そのつもりで誘ったのだろう?」
掴んだ胸倉を離し、夏侯惇は深い溜息を吐く。胸倉を掴まれたことによりきっちりと着ていた平服が乱れてしまった。なので于禁は未だに顔を赤くさせながらそれを直すと、否定がしたいのか首を横に振った。
「いえ、私はあなたと碁を打ちたかったので誘いました」
「どうしてだ!」
夏侯惇は頭を抱えると、何か思い付いたらしい。一か八かと言いたげに、于禁にとある提案を持ちかける。とても重い決意をしたような、真剣な表情で。
「……では、今からお前と碁を打ってやる。ただし、俺が勝ったら今日のうちは何でも言うことを聞け。だが、お前が勝ったとしたら、何もない」
かなり理不尽な条件だが、于禁はそれに承諾した。夏侯惇と対局しても、今まで全て于禁が勝っているからだ。それも結果は全て于禁の圧勝である。だからと言って、決して夏侯惇を下に見ているつもりはないのだが。
早速二人はそれぞれ向かい合って座り、碁盤の前に座った。夏侯惇はかなり真剣な表情をしているが、于禁はそれを見て心配そうな顔をしている。
「あの……」
「ほら、始めるぞ! 早くしろ!」
夏侯惇は少し怒り気味になりながら碁石をパチリと打つ。于禁は碁盤を見てから溜息をつくと、それからの二人はただ黙々と碁石を打っていった。

結果、何故だか夏侯惇が勝っていた。途中までは于禁が優勢であったのに。于禁はかなり気を緩め過ぎたかと反省をしていると、夏侯惇は早速指示を出す。それも、かなり口角を上げながら。
「脱げ」
「……はい?」
于禁は夏侯惇の指示を聞き間違いかと思い聞き直す。しかし苛立ちを覚えた夏侯惇は指示をもう一度言う。
「俺が勝ったから命令を聞け。早く脱げ」
于禁はそうだった、と思い出すと言われるがままに着物を脱ぎ始めた。しかし恥ずかしいのか、夏侯惇の前で素肌を見せるのを渋る。
「恥ずかしがる立場になるのは、本来は俺の方だろう。早くしろ」
腕を組んでそのようなことを言うと、于禁は負けたのだから仕方ないと思い着物を全て取り払う。だが恥ずかしさにより、于禁は怒張を既に盛り上げさせていた。夏侯惇はそれを見ると更に口角を上げる。
「寝台に座れ」
大人しく指示の通りに寝台の縁に座ると、夏侯惇は懐から幾つもの布を紡いだだけの縄を一本取り出す。その縄は、指よりも細いものである。強度は夏侯惇や于禁が力一杯引っ張れば、簡単に千切れてしまう程度だろう。夏侯惇はその縄を持ったまま于禁に近付くと、両腕を後ろに回してから縄で拘束した。
「今から俺がすることは、分かっているか?」
両腕を拘束した于禁に向かい合うように寝台の上に乗り、膝立ちをする。そして夏侯惇はそう質問するが、于禁は顔を赤くさせながら無言で顔を横に振った。曝け出されている怒張からは、先走りを垂らしながら。
それを見てくすりと一笑いした夏侯惇は、于禁の目の前で着物を脱ぎ始めていく。いつも着けている眼帯も。
于禁は目を見開かせてから視線を逸らしたが、夏侯惇も同様に全裸の状態になる。夏侯惇も于禁のように、下半身が盛り上がっていた。
夏侯惇の手により、顎を掴まれて視線を体と同じ向きへと戻される。
「……あなたとの、まぐわいです」
「そうだ」
質問にきちんと答えられた褒美と言わんばかりに、夏侯惇は于禁の太腿の上に軽く跨ると軽い口付けをした。
「だから、大人しくしていろ」
限界が見え始めている于禁の怒張を掴むと、腰を浮かせてから尻へと近付ける。しかし今から怒張が入る狭い場所をまだ慣らしていないからと、于禁はじたばたと脚を暴れさせたが夏侯惇は鋭く睨んで見下ろした。
「大人しくしていろ」
命令するようにそう言うが、于禁は納得がいかないらしい。なので夏侯惇は、于禁の怒張の先端を自身の尻の入口にくちゅりという音を鳴らしながら密着させた。怒張の先端が、入口に入っていく。とても柔らかいと、于禁は驚いた表情を見せる。
「これは……」
「お前のところに来るまでに、慣らしておいた。だが、やはりそこらの張形では全く満足しないな……お前のでなければ」
夏侯惇はそう言いながら唇を于禁の耳へと近付いていくと、最後の言葉のみは耳元で小さく熱っぽく囁いた。于禁は両腕を拘束されていながらも、興奮により体を大きく震わせる。
「ほら、俺をまんぞ……ん、ん、ぁっ……!」
怒張が夏侯惇の尻の入口にどんどん入っていく。侵入している深さは浅いというのに、既に夏侯惇は微かに喘いだ。
そして早く、奥まで腹の中まで于禁の怒張を受け入れたいのか、腰を振りながら下ろしていく。それが、于禁にとってはとても卑猥な光景であった。
「はっ、は……夏侯惇殿、少し、待って頂けませぬか……!」
予想よりも熱い夏侯惇の中に包まれたのか、于禁はあまりの気持ち良さに射精しようとしている。だが夏侯惇はそれにおかまいなしに、より深く貫かせようと腰を下ろしていく。やはり于禁の怒張は張形より大きいのか、手こずっているらしいが。
そうしていくうちに于禁は夏侯惇の最奥でない箇所で射精をしてしまった。しかしそれが潤滑油になったのか、そこから一気に奥へと怒張が入り込む。するとぐぽり、と何かを抉るような音が鳴った。
「ッぁあ! はぁ、ひぁあっ!」
夏侯惇は喜びの嬌声と笑みを出す。どうやら腹の中の奥を、于禁の怒張の先端が突いたらしい。結合部からは于禁の精液が漏れてきているが、しっかりと繋がったことにより夏侯惇の腹の中にある程度は留まる。
「ん、ゃあ……あ……」
力が入らなくなったのか、于禁の肩を掴んでから体にしがみつく。体を動かしたので、中で于禁の怒張の位置が変わった。更に腹の奥の方へと当たったらしく、夏侯惇は腰を震わせながら精液を吐き出した。
「あ、あっ……!」
既に腹までそり返っているので、夏侯惇自身の腹に向かって精液が掛かる。腹の表面も内側も、精液に塗れた。夏侯惇はその姿を体を震わせながらも、于禁にわざと見せつける。
「とても、様になるお姿で……」
喉仏を大きく上下させ、ゆっくりと于禁が呟く。その様を、舐めるように見ながら。
「ぶんそく……」
夏侯惇は舌を出し、唾液を垂らした。余りの快楽に、舌や垂れる唾液をどうにもできないのか。そして、于禁にその姿を見られていることにより、腹の中を貫かれることとは違う快感を覚えていた。
なのでか、更に夏侯惇は淫らに腰を振る。
「ぁあ、あっ、ぁ、あ、ん、ひぁ、あっ!」
二人の太腿が激しくぶつかる乾いた音と、夏侯惇の腹の中で掻き混ぜられる于禁の精液の水音が交じる。それらの音はどちらかにかき消されることもなく、ただ強調しあっていた。更に夏侯惇の喘ぎ声も加わるので、于禁は限界を迎えた後に次は腹の奥に精液を注ぐ。
「は、はっ、はぁ……」
「……っや! あァ! ぁ、ん……」
二人は同時に絶頂を迎えると、夏侯惇は于禁と唇を合わせて舌を絡めた。確実に深く求めるように、舌を入念に触れ合う。
酸素を求めなければならない程に、舌を絡め終えると夏侯惇は唇を離した。二人は、ただ無言で息を切らしながら見つめ合う。互いに瞳の中に、自身の姿が映り込んでいるのを見た。
数分経ち、二人はおおよその呼吸を整え終えた。すると夏侯惇が舌をもつれさせながらも、于禁に話し掛ける。
「……拘束を、解くぞ」
「はい」
夏侯惇は于禁の拘束を解く為に紐をゆっくりと緩めた。とても覚束無い手で。それが于禁にとってはとても焦れったいのか、先程整えた呼吸を再び荒くする。そのつもりが、夏侯惇には無いのだが。
拘束を解き終えると、すぐに于禁は夏侯惇を寝台の上に仰向けに寝かせ、その上に覆い被さる。まだ夏侯惇を抱き足りないのか、瞳は獲物を捕らえた猛獣のようになっていた。
「元譲……」
字を呼ぶと同時に、于禁は夏侯惇の両膝の裏を掴んで開いた。入口が、于禁によって完全に曝される。と同時に、吐き出した精液が流れ出ていく。
未だに精液が流れ出ている入口は、物欲しそうに収縮を繰り返している。于禁はそれを見て舌舐めずりをした。一方の夏侯惇は、于禁を誘惑するように口角を上げていて。
「文則……」
于禁に向けて腕を伸ばしながら、夏侯惇がそう言う。その腕は震えながらも于禁の肩を触れ、そして首の後ろへと回していく。力の入らない指をただ立てるが、手を離さない為なのか。
その感覚を首の後ろで拾った于禁は、猛獣のような目から一転して、とても柔らかく笑った。
「……挿れますよ」
夏侯惇は最早何も言うことも、頭を動かすという意識を向けられないらしい。腕を落とさないようにしているからか。なのでただ残っている眼を、于禁に向けた。
察した于禁は柔らかく笑っていた表情を消したと思うと、夏侯惇の入口に怒張を一気に打ち込んだ。夏侯惇は悦びの悲鳴を上げながら、体を大きく跳ねさせる。
すると膝裏を持ち上げていた于禁は手を慎重に離し、脚を寝台の上に置いてから夏侯惇の腰を掴む。
「ゃ、ア、ん、ぁあっ!」
于禁が小さく腰を揺らすと、夏侯惇は喘ぎながら腹の中を締め付ける。視界が定まらなくなってきているのか、于禁の方へと必死に一つしかない眼をどうにか動かす。于禁の方へと視線を向けたいのか。
その様子がとても愛しいと感じながらも于禁は腰を大きく揺らし、そして揺らす速度を上げた。寝台からは、大きく軋むが聞こえる。
すると夏侯惇から漏れる嬌声は精悍なものではなく、それとは段違いの高いものへと変わっていく。そろそろ限界が近いのだと、于禁は思うも腰を振る速度をどんどん上げた。夏侯惇の腹の中は、より締まっていく。
「あ、あぁ! ぉ、あ、ッあん、ひゃ、アぁっ!」
「ぐ、ぁ、はっ……!」
二人は再び同時に絶頂を迎えた。
薄く少ない射精をしたところで、夏侯惇は気を失う。一方の于禁はその状態の夏侯惇の腹の中に、精液を吐き出すと引き抜いた。入口から、ごぽごぽと精液が溢れてくる。
于禁は瞼を下ろしている夏侯惇の身を丁寧に清めると、普段は眼帯を着けている方と着けていない方の両方の瞼に、唇を軽く落とした。
「ずっと、あなたを好いております……」
今まで飽きる程に言っている言葉を、気を失ってしまっている夏侯惇に向けて、于禁は小さく呟く。
聞いていなくとも、返事が今は返って来なくとも、夏侯惇は分かっていると確信しているからか。