④
それから、とある大規模な戦闘が勃発し始めた頃のことである。
二人の国も兵も血を流しながらも、相手から何度も勝利を掴み取ることができていた。だが戦況は悪化するばかりである。
かなりの数の兵が動員されていたので、それと比例して死傷者が過去で一番多い。その中で、大佐へと階級を上げていた夏侯惇は軽傷を負っていた。
前線に立って戦うような階級とは言えないが、夏侯惇が率いる部隊が窮地に追い込まれていたのだ。結局は、味方からの援護により命拾いをしているが。
だがその際に怪我をしているが、奇跡的に肋骨の骨が一本だけヒビが入っていまっている程度。診察した軍医曰く、安静にしていれば約一か月で全治するとのこと。なので軍医から、そして軍から安静にするように命令されていた。その代わりに執務がいつもの倍になってしまい、夏侯惇は溜息をついていたが。
中佐へと階級を上げている于禁はある夜、夏侯惇の私室へと来ていた。以前の階級の頃よりも部屋は広く、そして静かである。于禁の訪問の目的は書類の確認であるが、それを終えた夏侯惇は退出しようとしていた于禁を呼び止めた。
「于禁中佐、まだ、俺への用は終わっていないが?」
机に向かっている夏侯惇は、机を一本の指先で小さく突く。階級が上がったことによる、軍服のジャケットについているバッジと、それに于禁の方を見ながら。だが于禁は夏侯惇の方へ視線を向けていない。若干だが、逃げられないと思いながら。
「……夏侯惇大佐への用は、終わった筈ですが」
呆れた表情を見せた夏侯惇は、立ち上がって歩いて行くが于禁の方を通り過ぎていく。于禁が驚いた顔をしながら夏侯惇の方を振り返ると、背後にある私室の扉の鍵を掛けていた。それを見た于禁はようやく観念したのか、整えられた髪を弱い力で掻く。そして、髪型が僅かに崩れていた。
「俺はまだ怪我人の立場だからな、優しくしろよ、于禁」
夏侯惇は静かに笑いながら于禁へと近付くと、手を取ってベッドルームへと引いていく。于禁はそれを拒むことなく、引かれるままに着いて行っていた。
「……それは、貴方次第ですが」
今からの『役割』を把握した于禁は、途端に夏侯惇を舐めるように見る。今まで夏侯惇とは、どちらの『役割』でもこなしていた。大抵は夏侯惇がどちらかを決めているのだが、時には于禁が決める時もあった。どちらの提案に、二人は拒否をすることなく。
ベッドルームに入ると、二人はすぐにベッドのシーツに溺れていく。熱い視線と、熱い息を濃密に絡め合いながら。
※
情勢は、止められない程に悪化していた。大国であるので沈む可能性は無いとは言えないが、それでも周辺の小国が纏まらない限りは負ける筈が無い。しかし最近結束した連合軍が、同規模の国からの軍事支援を受けていた。その為に、この悪い戦況を覆すことが難しくなっていく。
二人はまだ戦場に赴いていないが、二日後の朝に戦場へと派遣されることになった。夏侯惇は于禁に表面上では適当な理由をつけ、ある雨がよく降る夜に私室へと呼び出す。
机に向かっている夏侯惇の前に、于禁はいつもと変わらず姿勢良く立つ。しかし二人の表情はどこか暗かった。窓の外の景色のように。
「……お前と二人きりで会うことが、今日で最後になるかもしれない」
「夏侯惇大佐! 弱気になっては……!」
「お前も……お前も……今の状況を分かっているだろう!」
夏侯惇はあまり声が出なかったものの、精一杯怒鳴った。直後に小さな声で「すまん……」と謝っていた。于禁から視線を大きく逸しながら。だが怒鳴りに対して反応を示さなかった于禁は冷静である。机に両手をつけて夏侯惇にぐっと近付く。
「少し、落ち着いて下され。失礼……」
そして夏侯惇の頬に片手を添えると優しく撫でた。強張っていた夏侯惇の肌が、于禁の手により不思議と普通の肌へと戻っていく。同時に、最初からあった表情の暗さも。
そうすることが精一杯である于禁は、夏侯惇のその様子を見て安堵の表情が混じってきていた。
「……今夜は、私で遊びたいのですか? それとも、私に遊ばれたいのですか?」
珍しく于禁からそのような言葉を掛けられた夏侯惇は、椅子から立ち上がる。于禁の名を呼びながら。その声が、于禁にとってはとても妖艶に聞こえたらしい。体をぞくりと震わせる。
于禁の目の前に夏侯惇が立つと、すぐに返事をした。
「……両方だ」
そう言うと、私室の鍵を閉めてからベッドルームへと向かう。
ベッドに押し倒された于禁は、そこでようやく夏侯惇に疑問を投げ掛けた。「両方」とはどういう意味なのかを。
「後で説明する。だからまずは俺を慣らせ」
「でしたら、体勢を変えなければ」
「そうだったな」
二人は形勢を逆転させる。于禁が夏侯惇を押し倒すと、二人は軍服を脱ぎ始めた。胴の少しの肌の色が見え始めたところで、夏侯惇はすかさず于禁の左胸に唇をつける。そして、濃い痕を残した。
一瞬だけ顔を歪めた于禁は、やり返すように夏侯惇の左胸に痕をつける。
「いつもより積極的だな」
「あなたの所為です」
于禁はそう言いながら、スラックスと下着も降ろして自身の盛り上がった部分を夏侯惇に押し付けた。于禁よりも少し遅めにスラックスと下着を降ろした夏侯惇は、于禁のものと合わせるように密着させる。先端部分を粘液に塗れさせながら、二人は腰を振り始めた。
相当な快感が走ったのか二人は息が荒くなっていくと、夢中で下半身同士をぬるぬると擦っていく。
だが達する寸前で、夏侯惇は腰を振ることを止めて于禁の下半身と離れていく。それに驚いた于禁は夏侯惇を睨むが、寧ろ夏侯惇はどうしたのかという顔をしていた。
「ほら、俺を慣らせ」
淫らに両脚を開くと、達する寸前であった下半身と入口を于禁に大きく見せる。
「……はい」
于禁は不満げではあるが頷くとすぐに夏侯惇の下半身にある粘液を指先で掬い、入口へと持っていく。入口が疼いて仕方がないのか、まだ狭いのにも関わらずひくひくと縁が微かに震えている。于禁はそれを見て、先程の表情を忘れてしまったのか思わず舌なめずりをしていた。
このようなことをするのは何週間ぶりかは分からないが、入口はやはり狭い。それでもその先の快楽を求める為に夏侯惇は必死に受け入れようとして、于禁は粘膜に傷がつかないように慎重に指で解していく。
「ぁ、ん……はっ、あ、あっ……」
苦しい感覚の中に、夏侯惇はすぐに僅かな快楽を見出していた。于禁に中を抉られることが嬉しいのか、目尻を下げて唇の端を上げている。その様がとても麗しいと思ったのか、于禁は慣らしている指を動かしながら本日最初の口付けをした。
しかし一瞬だけ唇を触れた後に離そうとしたが、夏侯惇はそれを捕らえるように舌で于禁の唇を舐める。その瞬間に于禁は夏侯惇と再び唇を合わせるが、次はとても激しく唇を密着させた。そして互いに舌の暖かさを感じ合うように、深く絡ませていく。
そうしていくうちに、夏侯惇は再び下半身に限界を迎える直前である。于禁の胸を弱い力で叩くと、于禁は唇を離して指も引き抜いた。
「お前と、一緒にイきたいからな……」
腰を痙攣させながらも、入口が解れていることを感覚で確認したらしい。次に、と于禁を弱い力で押し倒す。
「だから、お前も我慢していろ。できるか?」
「はい」
于禁は確実に頷くと、先程の夏侯惇のように足を開く。だが于禁の『役割』としては夏侯惇に抱かれる回数が多い。なので入口は待ち侘びているかのように、少しの隙間ができていた。于禁自身の、興奮のせいだろう。それを夏侯惇が見た後に、ベッドの近くの棚にあるローションボトルを取り出した。蓋を開け手の平に少しの量を落とすと、体温程に暖めていく。
隙間に、指先を挿し込んでいく。于禁は喘ぎ声を出すも、達することを我慢する為に苦しいような表情になっている。それを気にしながらも、夏侯惇は念入りに中を解した。
「はっ、あ……ん、んぅ……!」
何度も腰を浮かせながらも、下半身の限界を抑える。ぐちぐちと夏侯惇が指を動かし、縁を拡げた。その度に于禁は何度も何度も快楽を我慢していて。
その苦しい時間が、ようやく終わったのか夏侯惇は指を引き抜いた。だが今回はどちらが上になるのかを、于禁は把握していないまま足を開いた状態にする。そうしていると、夏侯惇は再びベッドの近くの棚から何かを取り出した。
それはいわゆる玩具という物ということは確かだが、普通のものよりも長さや太さがあるほぼ真っ直ぐであるもの。左右の先端のどちらにも、男性器を象ったものがついていた。色は本物のように赤黒く、血管までも再現されている。とてもリアルなものだ。
夏侯惇はそれにローションを塗りたくっていく。だがその仕草が、于禁にとってはまるで他の男のものを扱いているように見えたらしい。開いていた足を閉じて夏侯惇に迫ろうとしたが、夏侯惇により足が再び開かされる。
「挿れるぞ」
解された隙間に玩具の先端をぴたりとくっつけた。于禁は玩具を受け入れたことがないので、思わず首を横に振った。しかし夏侯惇が「俺も挿れるから」と言うと、少しずつ玩具を埋めていく。
「あ、はぁ、んっ……あ、あっ」
玩具にも関わらず、于禁は快楽を拾っていることに悔しい様子だ。本当は、夏侯惇のものを腹の中に収めたいのか。夏侯惇はそのようなことを、知っていたことではない。
半分程埋まったところで夏侯惇が正面に座り、もう一方の先端に入口を近付ける。于禁が一瞬だけ疑問に思っていると、入口にその先端を埋めていった。
「んぁ、あ、っあ、きもち、いいか……?」
腰を振り、奥まで先端が届くようにしていた。その途中で夏侯惇は于禁に問い掛けるが、振動が于禁にまで伝わってくるらしい。于禁は快楽により喘ぐことを再開してしまっていく。
「ひゃ、ぁ! あっ、あなたのが、ほしい、あっ、んぁ、あ、あっ!」
「ッ! あとで、くれて、やるから!」
腰を振る度に互いに快感を得ることができると学習した夏侯惇は、淫らに激しく振っていった。二人で同じ感覚を味わえる喜びに、深く浸りながら。
何度も快楽を共有していくうちに、先端が二人の最奥に届いたらしい。同時に果てたと思うと、同じリズムで腰を震えさせる。それに、荒々しい呼吸も同じであって。
夏侯惇はもっと腰を振るべく、于禁の横腹をがっちりと掴んだ。しかし于禁は嫌々と言いながら上半身をバタつかせた。その意図を理解した夏侯惇は、浅い溜息をつきながら掴んだ手を離していく。
「玩具ではなく、貴方の摩羅で満たされたい……」
膝を胸に着くほどに脚を開いた于禁はそう誘う。隙間に玩具を挿し込まれている結合部を見て、夏侯惇は更なる興奮を覚えた。
「だが、お前は先程イったではないか?」
「そのようなものでは、満足致しませぬ……貴方の摩羅で、激しく犯して下され……!」
普段ならば恥ずかしがっているねだりを、今日の于禁は容易く放つ。理性が無くなる寸前だからか、隙間を指で広げて結合部をより大きく夏侯惇に見せつけた。その様子により、夏侯惇の情欲を酷くそそらせていく。
「……仕方が、ないな」
夏侯惇は乱れた髪をかき上げながら、まずは自身の中に埋まっている玩具を引き抜いた。敏感になっている中を満遍なく擦られたので、夏侯惇は肩を震わせながら射精をする。次に于禁の隙間に入っている玩具を抜き始めた。ただし確実にわざとなのか少しずつ、ゆらゆらと揺らしながら。
「ぁ……! んっ……はぁ、ぁっ、あ、はやく……かこうとんどの……」
「分かっている」
にやにやと口角を上がっている夏侯惇は、于禁の体全体がビクビクと震えている姿を焼き付けるように凝視する。それに、結合部から手を離し、シーツを握って薄い皺を形成させていた。玩具の快楽から抜け出せず、そして夏侯惇のものを早く貫いて欲しいとせがむその様を。
玩具の先端を前立腺へと当てると、于禁の背中が大きく反れた。先程よりも勢いの良い射精だったので、自身の胸を白く染めていく。
「ぁあ、ゃ、っあ、はっ……ひ、ぁ、あ……!」
ようやく玩具が于禁の胎内から出ていくと、隙間には玩具と同じ大きさの穴がぽっかりと空いていた。隙間の周囲も胎内も、厭らしく蠢いている。
「俺も、後で満足させてもらうからな」
于禁の射精した直後の下半身に軽く口付けをすると、膝裏を持ち上げて自身の肩に乗せた。そしてひくついている隙間に、玩具よりも大きく太い凶暴な怒張を押し付ける。玩具により拡がってはいるが、スムーズには入らないだろう。そう思った夏侯惇だが、怒張の先端を隙間にぴたりとくっつけた。
怒張を挿れていくと、難なく于禁の腹の中に埋まった。于禁は嬉しさと気持ちよさが混じり合い、目に涙を浮かべる。興奮による、熱い呼吸を吐きながら。
「ここは緩いが、奥は緩くはないだろう」
どんどん奥へと進めていくと、于禁は玩具を挿入されたときよりも艶めいた喘ぎ声を出す。次第に言葉が拙くなっていくが、于禁本人はそのようなことはどうでもいいのだろう。それよりも恍惚とした表情で、夏侯惇からの快楽を目一杯受け入れていく。
「ひぁッ!? ぁ、はぁ……あつい、きもちいい! おくまで、きて、イきたい!」
「ぐぅ……あ……! お前は、可愛い……な!」
夏侯惇は険しい表情で、于禁の望み通りに根元まで一気に打ち付けた。ぐぽりというまるで内臓にでも届いたような音が、腹の内部から聞こえる。思った通りに、奥はぎゅうぎゅうと締め付けていた。
目を見開いて悲鳴のような声を上げた于禁だが、すぐに夏侯惇を媚びるような表情へと戻っていく。肩に乗せられている于禁の脚全体が強張った。
「ゃあ! あ、っあ! かこうとんどの、すき、すき、ずっと、こうしていたい!」
「俺も、そうに決まっている!」
何も言わずに夏侯惇が腰を振り始めると、于禁は売女よりも官能的に嬌声を上げる。だがシーツをまともに掴めなくなってきたのか、ただ指を曲げて手を乗せるのみとなっていた。それを見た夏侯惇は、于禁と手を合わせてから指を絡ませていく。
一生離さないという、叶わない願いと共に。
「っあ! ぁ、ん! お、あ、ひ、ァあ、あ! イく、かこうとんどのの、まらが、きもちよすぎて、イく! ぁ、あ、ッあァ!」
于禁までも腰を振っているので、肌と肌がぶつかり合う。ぱんぱんという乾いた音が鳴るが、それはすぐに外の雨音によりかき消されていて。
すると熱く狭い胎内に、夏侯惇は精液をこれでもかと思う程に流し込む。その際の夏侯惇の腰の動きは止まっていて、ただ于禁の腹の奥に精液を送ることに集中していた。精液が腹の中で満たされる毎に、于禁は悦びの声を漏らす。
「はぁ……ぁ、ん……」
蕩けた顔で于禁は自身の腹を擦った。中に夏侯惇の怒張とそれに、精液があるからか。だが于禁の竿は萎えており、夏侯惇の怒張も萎えてきている。夏侯惇は舌打ちをしてから、挿入している状態で于禁と顔を近付けた。
二人は声は出さず、ただ息を切らしているのみ。その中で雨音が聞こえるので、人々が血を流している世界なのか疑わしくなっていた。
「好きだ……于禁……」
夏侯惇はそう言うと于禁と口付けをした後に、顔を離す。于禁は離れたことにより悲しげな顔をしているが、夏侯惇はそれを軽く宥めた。そして于禁の左胸へと顔を近付ける。
精液が飛び散っているのでそれを舌で舐めてから、より心臓に近い場所に唇を当てた。すると夏侯惇は赤い痕を強く刻みつける。自身にとっては、一日でも遅く消えるようにと。
嬉しそうにその痕を見た于禁は、慣習のように夏侯惇にも同じ場所につけていく。ただ口に入れられる力が弱くなっているのか、薄い痕を何度もつけていた。夏侯惇はそれを、愛しげに見ていたが。
「于禁、好きだ……」
「わたしも、好きです、かこうとんどの……」
二人はこれで最後なのか定かではない睦言を言い合いながら、あまりにも熱くなっている肌を密着させる。
この熱を体に、そして脳に焼き付ける程に覚えていく。忘れないように、記憶していく。そして粘膜の熱も同じように、再び口付けをしてから舌を絡めていった。
そうして二人は、互いの外と内側の熱を何もかもに刻みつけていった。微かにこれが、最後になるのだと思いながら。