祝福を最後に灯せよ

「ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデーディア大吾ー!」
 とある夜の銀座の高級クラブで、大吾の誕生日パーティーが開かれていた。店はシンプルながらも豪華な内装をしている。白い壁によく磨かれた白や黒色石の床、天井には大きく煌びやかなシャンデリアが吊ってある。故に天井を見れば、眩しいと思えた。灯りがよく目に刺さる気がする。
 今宵は貸し切りであるので他の客は居らず、大吾の周りには美しい女たちが群がっている。世の男たちが見れば、羨む光景だ。
 ホールケーキやシャンパンの入ったグラスを渡しており、プレゼントを渡す者だって居た。中身は店が用意でもして、中身はネクタイなど様々なものなのだろう。峯はあまりこのような場は慣れてはいるが、遠くから見ていた。
 天井を見るのは眩しいうえに、床にもそれが反射している。なので祝福をされている大吾の姿を遠くから見る。峯は目を少し細めたが、眩しいという理由の他にも大吾の姿をよく捉えてしまう。何故だろうか。
 峯は大吾とは五分の杯を交わした兄弟である。なので表面上では平等と呼んでも良い関係性にあるのだが、やはり大吾は東城会六代目会長である。気安い態度など、取れる筈がない。なので峯は、常に上の者として大吾と接していた。
 それなのに、どうして大吾をここまで見てしまうのだろうか。祝福をされている姿が羨ましいからなのか。いや、違う筈だ。
「おいくつになられましたか?」
「プレゼントはこれでもよろしかったですか?」
 クラブの女たちがそのような言葉を大吾に掛けてくるが、本人は鼻の下を伸ばしていた。峯は遠くからそれを座って見ていたが、どうにもそれがむかむかとしてしまう。どうしてなのだろうか。これは恐らくは嫉妬であるが、ここまで大吾に執着でもしているのだろうか。やはり護る対象だからか。しかし自分の中での理由が見当たらない。
 自身の目の前に酒が運ばれてきたが、どうにも飲む気にはなれない。今宵は、せっかくの祝いの場だというのに。
 内心で舌打ちをした峯は、大吾から目を逸らそうとした。だがやはり自然と大吾の方へと視線を向けてしまう。どうしてなのだろうか。
 そしてこの後は大吾はどうするのだろうか、一人女を選んでホテルへと赴くのだろうか。それとも数人なのだろうか。
 そう考えると、峯は胸がどうにも苦しくなっていく。行って欲しくない。このパーティーが終われば大吾を自宅マンションに送る、それだけがしたい。峯はそう思いながら拳を小さく作る。
「峯ー! お前も飲まないか?」
 峯が一人で座っている姿を見た大吾が、少し離れた場所からそう誘ってくれる。存在に気付いたからなのか。
 しかしそれに乗る気にはならない。どうせ大吾が見ているのは、囲っている美しい女たちに違いないからだ。
 それに対して静かに首を横に振ると、大吾が一瞬だけ表情を沈めた。だがすぐに女たちを見て鼻の下を伸ばすと、峯は溜め息をつきながら立ち上がって外に出た。銀座の夜は、穏やかな喧噪に包まれている。土地柄、妙な酔っ払いが少ないので快適だ。
 このまま煙草を吸って待っていようか。そう思えたが、人目が気になるので止めた。そうとなると手持ち無沙汰なのだが、パーティーが終わるまでどうしようか考える。
 すると、店の入り口が何やら騒がしい。
「六代目! バースデーパーティーはまだ終わっていませんが!?」
「もう疲れたから帰りたい。おい峯、家まで送ってくれ」
 部下が引き留めようとしたが、こちらの存在を見る大吾がそう言う。念願の送迎だが峯は頷くしかなく、ポケットを探って車の鍵を取り出す。
 大吾を乗せることは珍しくないのだが、あれほど女たちを見て喜んでいた大吾がどうしたのだろうか。峯は不思議に思うが、大吾が送れと言うならば送らなければならない。峯は従った。近くにある駐車場に向かってから車を出そうとするが、大吾が着いて来た。峯は驚く。
「待っていて頂ければ……」
「んー……何だか、悪酔いしちまってな……今すぐにでも座りてぇんだ」
 曰く悪酔いしたと言うが、顔色に異常はない。それに足元はしっかりとしていることから、あのパーティーから抜け出したかったのではないのかと推測してしまう。本当は、女の前で向けていた顔は演技だったのだろうか。だがこれはただの峯の予想でしかないし、聞くのは憚られた。
 黙って車の鍵を解錠すると、後部座席のドアを開けてから大吾の方を見た。
「ん、ありがと」
 そう言って大吾が後部座席に座ると、ドアを閉めてから運転席に向かう。部下の姿は無いが、自身が居るから安心と思われているのか。しかし甘い。大吾は東城会の会長であるが、いつ命を狙われてもおかしくなない存在だ。もしかして物陰からでも見張ってくれているのだろう。そう願いながら車のエンジンを掛ける。
「今日は楽しかったですか?」
 振り向いてからそう訊ねるが、大吾は少し考えている様子であった。楽しかったか否か答えるだけだというのに、どうして考える必要があるのだろうか。
 だがそれについて質問をする訳にはいかないので、黙って答えを待つ。
「んー……分かんねぇな」
「分からない、とは……?」
 流石に予想外の回答が来たので復唱をしてしまうと、大吾がそれを聞いて笑った。何かおかしいことを言ったのだろうか。
「確かに楽しかったが、何かが物足りねぇんだ。何だろうな……分からねぇ……」
 大吾が頭を掻くと「はぁ……そうですか……」としか答えられなくなり、ハンドルを握ってしまう。
「……なぁ、峯、そういえばお前の誕生日っていつなんだ?」
 誕生日、そうと聞いて峯は肩が大きく跳ねた。
 誕生日といえば、何も思い出がない。おじさんでさえも、祝ってくれる余裕は無かったからだ。そしておじさんが亡くなってからも、誰にも祝福されないままだった。いわば、誕生日に誰もケーキに刺してある蝋燭に火を灯してくれたことなど無いのだ。故に何も思い入れがないが、子どもの頃は悔しくて仕方がなかった。
 そのような思い出が過りながら、峯は誕生日を答える。大吾は嬉しそうに聞いてくれた。
「へぇ……もうすぐじゃねぇか。俺と近いんだな」
 言われてみればそうだ。大吾と誕生日が近い。今になってそれに気付くと、ハンドルを握り直してからアクセルペダルを踏む。車が発進した。
「峯、お前が欲しいものはあるか?」
 今の自身に欲しい物はあるのだろうか。金は手に入れ、大吾と絆のようなものも手に入れた。後は女だろうか。しかし最近はずっと女と居る気にはなれない。何だかしっくりこないのだ。身を固めようにも、そのような気分にはなれない。
 運転をしながら悩んでいると、大吾がとある提案をしてくる。
「なぁ……じゃあ、俺を一日自由にしていい権利をやるよ。何も思いつかねぇならそうしようぜ。あと、面白そうだしな」
 何とふざけた内容である。大吾を自由にするなど、峯にとってはあり得ないことである。反論の為に口を開こうとするが、横から車が割り込んできた。舌打ちをしながらブレーキペダルを強く踏む。
「それは……無いでしょう……」
 呆れた口調で言ってしまうが、峯は運転を続けていく。大吾の家まであと数分は掛かるだろうが、この酔っ払っているであろう大吾と予想外れな会話を続けていくのだろうか。正直辛い。回答に困る。
 だがそこで赤信号に捕まった。ブレーキペダルを緩やかに踏んでから、ゆっくりと停車をする。
「なぁ、俺は……最近どうにもむかむかするんだ。だが、それが何か分からねぇ。さっきだってそうだ。妙にむかむかした。お前も、そんな時はないか?」
「むかむか……」
 言われてみればそういう時もある。峯は同意したところで考えるが、つい先程むかむかしたばかりだ。それは女に囲まれている大吾を見てそう思っていた。
 これはやはり嫉妬、いや、大吾のことは兄弟だ。それ以外に何も感情はない。そう思うのだが、やはり先程のむかむかの感情を忘れることはできない。
「そのむかむかが、俺は嫉妬だと思うんだが、どうしてだろうな……」
「嫉妬とは……もしかして好きな女を取られかけているのですか?」
 当たり障りのない会話が分からない。峯は地雷を踏んでしまってもいいと思いながら、返事をしていく。
「いや、女じゃねぇ……」
 そこで信号が青になった。アクセルペダルを踏んで、徐々にスピードを上げていく。
「貴方に分からないのであれば、私にも分かりません。きっと疲れていらっしゃるのでしょう。今日は早くお休みになられた方がいいです」
「あぁ……」
 どうにも納得いかない雰囲気の大吾だが、峯はどうすることもできない。なので無難だと思う言葉を返しながらハンドルを切った。左に曲がった先に大吾の住んでいるマンションがあるのだが、その瞬間に大吾は何か思いついたらしい。叫ぶ。
「あ! 分かった!」
「……ッ、うわあ!? 驚かさないで下さいよ、大吾さん……それで、何が分かったのですか?」
 ハンドルをニュートラル状態に戻してから、車を直進させていく。大吾の家までは道なりに進めば良いのだが、そこで峯は急ブレーキをしかける羽目になる。
「……お前が、さっき話してくれないからだ!」
「俺!?」
 まさか自分のせいになるとは思うまい。ブレーキペダルを強く踏むが、幸いにも後ろに車は居ない。安心をすると共に、心臓がドクドクと大きく鳴った。ひたすらに、驚いていた。
 すぐにアクセルペダルを踏もうとするが、どうにも大吾のことが分からなくなる。自身と話していないからとはどういうことなのか。ペダルを踏めずにいると、後部座席から大吾が手を差し出してきた。そして小指を出す。
「今度、お前とゆっくり話す時間が欲しい。だから、もうすぐ来るお前の誕生日は、俺だけが祝ってやる。だから、約束を……してくれるか?」
 指切りげんまん、という子どもらしい約束の仕方である。だが自身は幼少期に同じ世代の子どもと遊ぶことをしなかった。それに、生まれたことを祝福されるべきなのか。様々な理由で躊躇をしていると、後部からクラクションが聞こえた。どうやら、他の車が来てしまったらしい。
 慌てながら峯がアクセルペダルを踏むと、大吾の手が儚げに引いていっていた。それを視界の端で見ていた峯は、眉を大きく下げながら車を走らせた。
 バックミラーを確認すれば、表情を沈ませている大吾の姿が写る。それを見て、小指を結ぶべきだと思えた。しかし自身は、大吾に祝福されてもいいのだろうか。このような人間など、祝福される権利などあるのだろうか。
 そのような悩みを抱えながら運転していれば、大吾の住むマンションに到着してしまった。エントランスの前に車を着け、そして停車する。この間に小指を切る暇などあるが、やはり決心が湧かない峯は運転席から出る。後部座席のドアを開ければ、大吾がゆっくりと出た。そしてこちらを見てくる。期待を、してくれているのだろうか。
「……今日は、お疲れ様でした」
「あぁ」
 大吾の期待などに添える訳がない。金のことならばまだしも、このようなことは自分には無理だ。ましてや心から祝福されることなど。
 祝福を否定する言葉を掛けた後に、大吾の何かを待つような雰囲気は消える。そしてエントランスに向けて歩き出すと、それを見送ってから運転席に乗った。自身が馬鹿だと思った。

 翌日から、突然にアメリカへの出張が入った。秘書が申し訳なさそうな顔をしながら伝えてきたが、仕事が発生したのならば仕方がない。昨日までに予定していた事柄を全てキャンセルし、荷物を纏めた後に急いで空港に向かった。峯に、休む暇などない。
 空港に着き、搭乗手続きを済ませた。もうすぐ飛行機が離陸するところだったが、滑り込みで席に座ることができる。今日は休日でもないので、割と空いていて快適であった。これが連休前となると席は取りづらいし、満席の可能性もある。峯はそれは幸運だと思った。
 すぐに飛行機が離陸したが、しばらくは大吾とは会えない。電話をすることはできるのだが、直接会って話すことはできない。勿論、小指を結ぶことも。
 だがあの時に小指を結べば、自身の考えはどう変わっていたのだろうか。暗いままの自身に、大吾が火を灯してくれるのだろうか。窓から雲が見える程の高度に達してところを見ながら、峯はそう考える。
 アメリカに到着するまで、峯はずっと大吾のことを考えてしまっていた。
 しかしアメリカと日本には約十四時間の時差がある。滞在中に自身の誕生日を迎えることになるのかもしれない。まだ、アメリカの会社と商談することしか決まっておらず、日数を要するのかは不明だ。あちらや内容次第なのだから。
 やはりあの時に大吾と小指を結べば良かった。やはりあの時に祝福を望めば良かった。懐にしまっていた携帯端末を取り出すが、今は機内だ。圏外であるので繋がる訳もないので、電源を切ってあり握りしめるのみ。
 悔しさに襲われた峯は、瞼をぎゅっと閉じた。瞼の裏に過るのは、大吾の顔だ。笑っている顔、緊張をしている顔、悲しげな顔と表情は様々。それらは実際に見たものであり、峯の中で後悔が更に滲み出す。
 そうしながら、飛行機はどんどん進んでいったのであった。

 アメリカから帰り空港に着いた頃には、自身の誕生日がもうじき終わる頃であった。時刻は二十三時過ぎで、日付がもうじき変わる。今年も誰からも心から祝福されないまま終わるのか、そう思いながら携帯端末の電源をつける。
 着信やメールを確認すれば、日本を発った直後に大吾から着信が来ていた。アメリカに行くことなど止めた方がいいと思いながら、大吾に折り返し電話を掛けた。着信は数日前となるが、掛けてもいいのだろうかと少し不安になる。
 何度かコール音が聞こえたが、現在は出られないのだろう。留守番電話サービスに接続される前に切ると、携帯端末をポケットにしまってから帰路に就く。
 耳の中に先程のコール音が残りながら。

 翌日に、白峯会のビルでの打ち合わせがあった。それは昼間であるが、どうにもやる気が起きない。欠席でもしたい気分だが、自身は会長であるのでそうする訳にはいかない。気分が乗らないままミーティングルームに向かう。そして入った瞬間に、秘書が走り出し、峯の肩をぐいと掴んだ。秘書の表情は青ざめており、尋常ではないことが分かった。秘書にまずは冷静に「どうした?」と声を掛ける。
「堂島会長が……襲撃に遭われたようです……!」
 襲撃に遭った、その言葉を聞いてすぐに飛び出そうとした。だが僅かに残っていた冷静さが制止してくれる。まずは襲撃に遭った場所や搬送先の病院を聞かなければならない。
 冷や汗をだらだらと垂らしながら、峯は秘書にそれらを聞いた。
「場所は神室町の近く、搬送先はまだ不明です」
「分かった。今日のミーティングに私は欠席すると伝えておいてくれ」
「はい」
 すぐにビルを出ると、車に乗り込んで現場に向かう。ここから現場までは、おおよそ十数分。早く駆けつけるには越したことがないので、裏道を回りに回って車を走らせ続ける。
 時折に他の車のクラクションが聞こえるが、今はそのようなことを気にしている場合ではない。しかし警察の世話になる訳にはいかないので、アクセルをある程度は控えめに踏む。
「早く……! 早く……!」 
 一人でそう呟きながら、流れゆく車窓の景色を睨んだ。早く、まずは現場に辿り着かなければ。早く大吾の状態を確認しなければ。現場は近くなのですぐに辿り着いた。
 まずは野次馬が居ると思ったのだが案外居ない。ここは大都会の一角であるというのに、人の気配が無いのだ。それほどに激しい襲撃であったというのか。
 車から降りると、野次馬らしき者をようやく見つける。しかしどうにも様子がおかしい。現場を好奇心で見ているのは確かであるのだが、怯えているようだった。なので現場を早速視界に入れてみれば、それは峯でさえも悲惨に思える。
 まず見えるのが大吾の部下の死体だ。それは見るからに死体であり、首と体が繋がっていないものが多く散見される。これはよほど大きな刃物で切り落としたのだろう。どこの組がこのようなことを仕掛けてきたのだろうか。思えば鉄の匂いがよくする気がするが、ここに来た時点で鼻が慣れてしまったのだろうか。
 すると数少ない野次馬がこの場の恐ろしさに逃げると、人の数が更に減った。峯はこの状況をよく観察してみる。
 一目で分かる死体は三体あり、あとの七体は死体なのだろうか。いや、それよりも肝心の大吾が居ない。生き残った部下に助けられて生き延びたのだろうか。そう信じていると、ようやくサイレン音が聞こえる。救急車が駆けつけるが、現場を見た瞬間に救急隊員が顔を青ざめさせた。峯は現場を見て小さく合掌をすると、立ち去った。
 次は大吾の行方である。車に乗ってから携帯電話を取り出すと、そこで秘書からメールが入った。内容によれば、大吾は一命をとりとめており都内の総合病院に搬送されたらしい。峯は急いで車を出して運転をする。ハンドルを強く握り、ペダルを強く踏んだ。
 焦りが募る毎に、心音が早まり汗が噴き出す。整えた髪が乱れるかと思うくらいに、汗が出る。峯は息を切らしながらも運転を続け、ようやく都内の総合病院に到着した。駐車場に素早く停めると、車から降りてから病院に急いで入る。
 時刻はまだ昼間であるので、患者や見舞いの者が多い。それらを避けながら走っていると、秘書からメールが入った。大吾の病室を教えてくれる。返信はできないものの、しっかりと確認してから空のエレベーターに乗った。
 他にも乗る者が数人入るが、峯の雰囲気からして話しかけられないようだ。なので他の者がどこの階に行くか訊ねた後に、エレベーターのドアが閉まってから動き出す。僅かな浮遊感を感じた。
 他の者の目的の階で止まる度に、峯の焦りは強くなっていく。このままでは暴れてしまいそうになる。
 ようやく峯の目的の階に辿り着けば、走ってエレベーターから出る。するとそこには、車椅子に座った大吾が居た。部下が車椅子を押している。
「六代目……!」
「峯……俺は無事だ」
 大吾の声の調子は低い。きっと襲撃で多大なダメージを受けてしまったのだろう。
 姿は患者服を着ているが、早速検査をされたのだろうか。体には血液の一つも付着していないことから、やはり検査は終わったのだろう。峯は大きく安堵をした後に、その場に崩れ落ちた。近くを通りかかった患者や看護士が、驚いた様子をしている。
「俺は大丈夫だから……詳しいことは、病室で話そう」
「はい……」
 大吾が合図をして部下が車椅子を押すので、峯は立ち上がってから着いて行った。病室は奥にあり、とても静かな場所だ。病室に入ると、部下がそこで退室した。大吾と二人きりになる。
「……まずは、すまねぇ峯。お前の誕生日を、祝ってやれなかった」
 大吾が頭を下げてくれるが、そのような光景など見たくはない。なので慌てて掛けよってから肩を持ち上げるが、微かに包帯の感触があった。どこか怪我をしているのだろうと思うと、触れるのを止める。
「大吾さん、顔を上げて下さい。こちらこそ、仕事が……いえ、これは言い訳ですね……」
 思わず峯も頭を垂らしてしまうと、大吾に後頭部を触れられた。汗などで乱れている髪を整えるように、丁寧に撫でられていく。峯は思わず赤面した。
「だ、大吾さん……!」
 その顔を見て大吾がクスクスと笑うと、柔らかく口を開く。
「いつもそんな顔をしていれば、もっと女が寄って来るんじゃねぇのか?」
 まるで当たり前かのように言われるが、その言葉を聞いて峯はどうしてか傷ついてしまった。何故だろうか。大吾にそう言われると、胸が詰まるのだ。
 自身の胸を鷲づかみにして、そのような訳がないと言い聞かせたい。しかし大吾の様子は微塵にも変わらない。何も意識をされないまま言ってくれたのだ。
「いえ、私は、女など興味がありません。今は金と、それに貴方のことが大事なのです。女など……」
 今大事なのは金とそれにだ。女など眼中にはないのだ。峯はそう思っていると、次は体を硬直させるような言葉を大吾が放った。それに顔の赤面の範囲が大きくなる。
「……じゃあ、俺のことが好きなのか?」

「分かりません……」
 峯は回答に困った。そう答えるしかなかった。大吾のことは嫌いではないが、好きではないのだ。そう考える根拠は唯一の兄弟として杯を交わしたこと、それに敬うべき相手だという認識しかしていない。本当に、大吾のことは決して嫌いではないのだ。
「そうか……」
 大吾が小さく笑いながら手を引かせると、車椅子から立ち上がった。立ち上がれる状態なのかと疑問を口にしようとすれば、大吾が先回りするかのように回答する。
「実は足の骨に小さなひびが入ったんだ。だが医者は心配ないと言ったんだが、下の奴らが車椅子だと聞かなくて……」
 頭を掻いてからベッドの縁に座ると、そこで峯はハッとした。先程の回答は失礼過ぎるのではないのかと。だが時既に遅しで、大吾に伝えきった後である。もう何を弁明しようが無駄だ。
 峯は時よ止まれ、このまま先に進んで欲しくないと思える。
「あぁ、そういえば、すまねぇなさっきは……変なことを聞いちまって。忘れてくれ。それで、俺の怪我の具合は大したことはないが、下の奴らがやられちまってな……」
 大吾のおかげで自身の気はどうにか切り替えることができた。どうやら大吾が襲撃された際の説明をしてくれるようだ。峯は真剣に聞いていく。
「襲撃してきた奴らの正体は分からねぇ。でけぇ刃物を持っていて、それに銃を持っていた。俺はどうにか逃げ切れたものの、他の奴らは……むごいう殺され方をされたらしいが……」
「えぇ、現場を見ました。貴方の無事が確認できてよかったですが、それもありますが……あまりにもむごい」
 思い出せば鉄の匂いが蘇るような気がした。それくらいに強烈過ぎる光景なのだ。ただこれは警察や新聞社は取り沙汰にするのかと考える。やられたのはヤクザだけで、カタギには何も被害は無かった。襲撃された現場には、都会の一角なのだから一般人が少しでも居たのだろう。
 しかし相手が分からないうえに凶悪な武器を持っているからとはいえ、無視はできない。まずは大吾の命が関わることであるし、殺された者が報われないだろう。これは仕返しをしなければ気が済まない。大吾にそう伝えた。
「……やり返しましょう大吾さん」
「やり返す? だが、カタギを巻き込んじまったら、立場がな……」
 どうやら大吾は弱気のようだ。少しでも怪我をしたからか。或いは下っ端でも仲間は仲間だ。その者らが複数人亡くなってしまったからなのか。
 峯はそのような大吾に無理をさせる訳にはいかない。では、自身が復讐をすれば良いのではないのかと思えた。金を使ってでも。
「では俺がやります。異存はないですね、大吾さん」
「いや。お前がやる必要は……」
「あります。トップが狙われて。俺らは面目が潰れそうになってるんですよ。なので俺がしっかりと復讐してやります」
 峯の復讐という言葉には様々な意味が含まれていた。復讐、目の前で痛めつけるでは足らない。屈辱を与え、死なせてくれと懇願されても死なせてやらないくらいに痛い目を見せるのだ。そうでもしなければ気が済まない。
 今の峯には怒りが籠もり始めていた。それは火の種が大きく、そして勢いは燃えさかるくらいだ。峯の心に、怒りの火が灯ったのだ。
「……分かった。峯……では頼む。だが、最後のやり方はお前に任せるが、始末するかどうかは俺に決めさせてくれ」
「はい、分かりました……では俺はこれで失礼します。お大事になさって下さい。貴方の代わりは、誰にも務まらないので」
「あぁ」
 頭を下げてから病室を出れば、峯は拳を握りしめる。そうしていると看護士と医者が大吾の病室に近付いてくる。だが今の峯を見て怯えてはいるが、ぺこぺこと頭を下げながら大吾の病室に入っていった。何か検査でもあるのだろうか。
 そういえば大吾は足の骨に僅かにヒビが入っていると言っていた。その検査や診察を改めてするのだろうか。
 もしも医者などが偽物だとしたら、そう考えてしまうがよくない。ここは病院であって、東城会とも繋がりのある。疑ってはいけないと、峯は病院から出た。
 腕時計で時間を確認すれば、夕方が迫っている頃である。大吾との面会に時間をかなり掛けてしまったようだ。ふと空を見ていたが、そういえば秘書に現在の報告をしなければならない。携帯端末を取り出して電話をした後に、ゆっくりとした歩調で車に向かう。
 まずは白峯会のミーティングの報告を受けなければならない。会社のビルに戻るが、その前に電話帳でとある名前を探した。それは峯が信頼している始末屋の名前だ。大吾を襲撃した組の者たちを探して貰ってから、捕まえていたぶってもらうのだ。
 興奮のあまりに胸がドキドキと鳴りながら始末屋に電話を掛けた。数コール続いた後に通話をしていく。
「……もしもし、俺だ。今日起きた件は分かっているな?」
 そう話したところで、始末屋は全て理解してくれたようだ。二つ返事で受けてくれたので通話を終えてから、車を走らせる。
 先程話した始末屋は、この世界に入ってから神田に教えて貰った。しかし神田からの紹介にしてはやけに仕事っぷりがいいのだ。それに秘密を守るので信頼を寄せている。一時期神田と繋がりがあるのではないのかと疑いもしたが、どうやら相手は金が欲しいのと、純粋に人を殺したいだけのようだった。峯からしたら安心材料でしかない。
 ふと後部座席に大吾が居れば、そう思ってしまったがそのような妄想を抱くのは良くない。
 そう思いながら、峯は運転をしていった。

 翌日、峯は白峯会の会長室の椅子で考えていた。それは大吾への思いについて。
 晴れた空を見ながら、大吾の顔を思い出す。
 まずは大吾のことは本当に嫌いではないことだ。やはり好きという感情はなく、ただひたすらに大吾の下の立場から慕っていた。自身の出自、経歴など構わない様子で。
 次に大吾との関係だ。杯を交わした兄弟ということには変わりはなく、東城会という巨大な組織のトップと金庫番という間柄でもある。それ以外はないし、関係に不満などない。寧ろ今でも五分の杯でもよかったのかと思える。こちらが少ない方が妥当なのではないのか。
 それらを考えてから、大吾への思いを整理する。やはり嫌ではないのだが、どうしてあの時に大吾に「好きなのか」と聞かれて顔が熱くなってしまったのか。自身ではあり得ない状況であった。
 今までまともな人生など歩んではいないし、まともに人と恋愛もしたことがない。しかし顔を赤らめるということは、すなわち好きなのではないのかと考えてしまう。いや、もう好きという感情が分からない。
 考え終えた峯は溜め息をつくと、自身に暖かな火を灯す人物など存在するのかと思ってしまう。このままヤクザをしていれば、そのような相手など現れないだろう。しかしだからと言って、表社会に戻る気などない。
 眉間を揉んでから二度目の溜め息をつくと、大吾の沈んだ声がふと脳内再生される。返事の後の「そうか……」が。
 立ち上がってから晴れた空を無視すると共に、携帯電話に着信が入る。見れば例の始末屋からだが、収穫があったから電話を掛けてきたのか。着信に出れば、始末屋が簡潔に「捕まえた。倉庫に居る」と報告を入れてくる。峯は「分かった」と頷くと着信を終えた。どうやら大吾に襲撃をかけてきた人物たちを捕まえたようだ。峯は安堵をしながら、始末屋の元に向かおうとする。そこでちょうどドアのノック音が聞こえた。
 共に声が聞こえたが、それは秘書のものだ。中に入れると、明日のスケジュールの確認に来る。峯は静かに聞いた後に、了解と返事をした。
 秘書は何か言いたげであるが、峯の雰囲気からして話し掛けられるものではないと察したのだろう。案外、この秘書は黙ってくれている場面もある。
「この後は急遽堂島会長との面会があります。先方が希望しているようです」
「分かった」
 上辺では冷静さを取り繕っているが、本当はかなり動揺をしている。これは大吾に呼び出されたということになるが、どういうことなのだろうか。
 今は襲撃をかけてきた者たちへの報復よりも、大吾との面会を優先にしなければならない。病院やそれに大吾に、血の匂いを漂わせる訳にはいかないのだから。
 すぐに会社ビルから出ると、都内の総合病院へと向かってから大吾の居る病室に行く。ノックの後に扉を開ければ、患者姿の大吾がベッドの縁に座って出迎えてくれた。安静にしなくとも良いのかと思えたが、足にひびが入っただけだ。すぐに退院もできるだろう。
「大吾さん、足のお加減は?」
「あぁ、別に問題ねぇが、退屈だな……話し相手が欲しくて、お前を呼んだんだ」
「それは光栄です」
 見れば大吾は怪我をしている足をぶらぶらとさせている。余程退屈なのか。
 テーブルには新聞が幾つか束になって置いてあるが、読んだ形跡がある。朝にもう全て読み切ってしまったうえで、退屈だと述べている。これは余程なのだろう。
「……まぁ、それは置いておいて、聞いたぞ。お前、俺を襲撃した奴らを早速追ってくれているってな? それも、始末屋に頼んで」
 大吾には知られたくなかったが、バレてしまったらしい。唇を歪めた後に、峯は観念したように「はい」と頷く。どこで漏れたのだろうかと考えるが、見当もつかない。少し悔しいが、大吾に正直に話していく。
「貴方を襲撃した奴らに、仕返しをしたいんです。貴方を、病院送りにしたんですよ? 俺としては……」
「気持ちはありがてぇ。だがな……俺には俺の仕返しの仕方がある。だから始末屋に頼んでまで勝手に動いてもらっては、困るんだがな」
 こちらを見る大吾の目には、仄かに熱さが感じられた。これが裏社会を束ねる者の目、峯は久しぶりに怯えを感じ、足を少し引かせてしまう。
 ここまで人に恐怖したのは、本当に何年ぶりなのだろうか。
「……まぁ、そんなことで、もうやってしまったのなら仕方ねぇ。後の始末はお前に任せる。だが、今度の始末は俺のやり方に従ってもらうからな」
 すぐに大吾の先程の目は見えなくなった。いつものように、穏やかで目尻の垂れた瞳がこちらを向く。
 峯はその目に見つめられて、一瞬だけ胸が疼いた。これは安堵から来るものなのだろうか、或いは。
「今日は急に呼び出してすまなかったな。あぁ、俺の怪我は日常生活でも問題ないようだ。だが部下がまだ安静にしていろとうるさくてな。もう少ししたら退院できる」
「それは安心しました。ですが、ひびと言っても油断なさらないように」
「あぁ、ありがとう」
 これ以上は大吾に用事はない。なので今日はここで見舞いを終えようとした。そこで、大吾の声が耳に留まっていたらしい。それは「俺のことが好きなのか?」という言葉だ。思い出すと急激に恥ずかしくなり、顔を赤らめる。
「お、おい! どうした? 峯、大丈夫か? 体調が悪いのか?」
「いえ、お構いなく……! では、私はここで失礼します」
 振り返ることもなく病室を出てから扉を閉めると、そこで峯は座り込んでしまった。廊下には患者や看護士が歩いている。しかし峯のことなど見向きもしない。まるで、自身の存在など居なかったかのようだ。
 だが峯はそのようなことなど気にしないまま、ぼそりと呟く。
「俺は何てことを……」
 顔を沈ませてから扉に縋ると、ゴンと音がした。すると室内から大吾の声が聞こえる。まだ、ここから離れていないことをすぐに知られてしまったのか。何とも恥ずかしいことだ。
 病室の扉が、ゆっくりと開いた。
「峯……どうしたんだ。とりあえず立て」
「はい……」
 大吾の顔を直視できないまま返事をしてから立ち上がる。そうしていると、大吾が手を差し出してくれたことに今気付いた。失態を繰り返し過ぎていて、峯はどうにかなりそうだ。
「俺の部屋でもいいから、少し落ち着いてからここを出た方がいいかもな……」
 そう言いながら更に手を差し出してくれる。これはこの手を掴んでもいいのだろうか。いや、差し出されたからには掴むべきだ。意を決して掴むと、ぐいと引っ張られる。病室に再び入った。
 扉が閉まると、大吾がベッドの縁に座りながら言う。
「……そういえば、もう仕掛けてきた奴らの足取りは掴んだのか?」
 まるで世間話をするかのような雰囲気でそれを聞いてきた。驚いた峯は汗が噴き出すが、拭き取る暇もなく回答をする。
「……はい、実は先程に掴めてました。始末屋に頼んでいまして、今は捕らえてくれている最中です」
「なるほどな……」
 顎に手を添えた大吾だが、何か考えているようだ。これはまたしても峯の行動に反対をするのだろうか。
「だったら、俺を襲った理由について聞いて欲しい。それだけだ。襲撃の仕方が、他の奴らとは違うからなぁ」
「違う……たしかに、わざわざ組員の首を切るなんて派手なことは初めてですからね……」
 言う通りに、今までの襲撃の仕方とは違い過ぎる。いつもなら銃や刀などを携えている者が多いのだが、首を切るまで派手な得物は見たことがない。
 なので首を傾げた後に、大吾の言葉に頷いた。
「分かりました。必ず吐き出させてみせます」
「頼んだ」
 ようやく病室から出ると、次はまたしてもその場で座り込むことなど無かった。そのまま病室から離れて病院から出ると、車に乗ってからようやく無意識に入れていたらしい力を抜く。思ったよりも力を入れていたようで、かなり体が楽になった。
 これは大吾を恐れているからなのだろうか。会長として叱られたこともあるが、やはり先日の言葉が峯の中にずっと残っている。それがどうにも耳の中から抜けないのだ。
 もしかしたら、大吾のことが好きなのかもしれない。ここまで意識をしているから、大吾の前では情けないのかもしれない。心に恋という火が灯ったのかもしれない。
 そう思えると、峯は勢いよく車のエンジンをつけてから発進した。そして荒い運転で始末屋の待つ倉庫に向かうと、到着するなり気合いが入る。今は、大吾の声に応えなければならないと。
 車から降りてから、倉庫に向かった。ここは大きな倉庫であり、今は使われていない場所だ。尋問なり、拷問をするにはもってこいだろう。
 入り口には部下たちが待ってくれていた。頭を下げられながら入ればすぐに、鉄の匂いが充満していた。まるで、襲撃の現場に居るかのように錯覚してしまう。
「……こいつが、六代目を襲撃した奴、一人か?」
「すいません、残りの奴らは殺してしまいました」
 見れば一人の中年男性が柱にくくりつけられており、全身が血に塗れている。顔には何度も殴られた痕があるのだが、始末屋にやられたのだろう。
 その周りには三体の死体がある。どれも同じく血に塗れており、打撲の痕が何カ所もあった。始末屋に殴り殺されたのだろう。
 残りの者たちが殺されたのは惜しいが、始末屋の本来の仕事は捕らえることではない。なので峯は一人で納得をしてから、始末屋に封筒を渡した。この中には、札束が入っている。
「ご苦労だったな」
「はい」
 短い言葉を交わした後に、始末屋は倉庫から出て行く。残りは峯とその部下と、くくりつけられている人間のみだ。部下たちは皆逞しい外見をしており、全員で殴るだけでもこの者はすぐにでも死ぬだろう。
「……で、なぜ襲撃をした?」
 早速本題に入る。峯は声を低くしながら問うが、男は答える気は無いようだ。目線など合わせる気はなく、そっぽを向いている。そのような態度を取ったせいか、部下たちが野次を飛ばす。
「おい! 早く答えろ!」
「死にたいのか!?」
「お前の命をここまでにするか」
 だが峯はそれを止める気などなく、襲撃した者を凝視している。いや、睨んでいるというべきか。
「ふん、そんなの、堂島って奴が間抜けだったからに決まってるだろ……俺はここで死んでもいいんだ。だから殺せ」
「ほう」
 舐めた口を聞く者だと、峯の中で怒りが湧いてきた。さすがに大吾のことを罵倒されたら、峯は黙ることなどできない。拳を握りしめた後に、襲撃した者の腹部に一発殴りを入れ込む。空気が抜ける音が聞こえたと共に、何かが折れる音がした。どこかの骨が折れたのだろうか。
 声を低くした後に、襲撃した者を冷たく鋭く睨む。痛みでこちらを見る余裕はなく顔を伏せているので、髪を掴んでから無理矢理にこちらに向かせた。唇の端からは、血が垂れている。
「もう一度言ってみろ……」
 周りの部下たちは、峯の雰囲気に圧倒されている。強力な殴りを決めたうえに、睨みをよく効かせているからだ。中には青ざめている者の姿もある。
「はな……すかよ……」
 しかし襲撃した者は頑なに他のことも話そうとしない。なのでもう一発食らわそうと拳を再度作ったところで、そこで根を上げた。襲撃した者の口から「分かった! 分かった!」という言葉が吐かれる。峯は拳を下げた。
「単純に、頼まれただけだ。金を積まれて……」
 聞けば東城会ではない他の組に、襲撃を頼まれたという。それも、かなりの額だ。
 峯はまずは組の名前を聞いてから眉を上げると、襲撃した者の腹を思いっきり蹴った。血を吐くと同時に、息絶えたらしい。がくりと手足がたわむ。吐き出された血が頬に付着した。それを指で強く拭う。血が綺麗に拭き取れた。
 怒りが込み上げていた。どうしようもない怒りがだ。峯はその怒りを発散すべく、襲撃した者に八つ当たりをしたのだ。ここまで短気だったのかと思ってしまう。
「……よろしいのですか?」
「このまま抗争までには持ちかけれん。六代目に意見を窺おう。理由があまりにも小さ過ぎる」
 頭に上っていた血が少しは引いた気がする。ここで殺すことなど自分らしくないが、殺してしまったのは仕方がない。溜め息をついた後に、部下に死体の処分を依頼する。それに既にあった死体もだ。
 慣れた様子の部下はすぐに返事をしてから、先程死んだ男の拘束を解く。ぐったりと人形のように手足をぶらつかせている。皮の下には臓器と骨が詰まっている。軽い訳などない。それに襲撃を頼まれた者であれば、筋肉で更に重い。部下一人で抱えて行くのには苦労した。
 結局は二人ががりで物のように横にさせる。それを見た峯は用が済んだので倉庫を出た。鉄臭い匂いは一気に晴れたが、鼻の奥に匂いが停滞している気がする。微かに鉄の匂いがしていた。
 そういえば大吾は携帯電話を所持しているのだろうか。スーツのポケットにしまった携帯端末を取り出そうとしたが、このようなことは直接にでも伝えた方がいいだろう。そう思った峯は、病院へ再び赴こうとする。
 しかしスーツや髪には血や死の匂いがこびりついている筈だ。併せて時刻を見れば、もうじき日が暮れる。面会時間に余裕などないだろう。日を改めようと、峯は車に乗る。このまま、帰ろうかと思った。
「ん?」
 懐から電子音が聞こえる。携帯電話が鳴っているのだが、誰なのだろうか。画面を見れば知らない番号だが、出た方がいいのだろうか。峯はそれでも警戒心を強く持ちながら着信に出る。「もしもし」となるべく冷静に言った。
『俺だ、大吾だ。部下の携帯を借りている』
「大吾さんでしたか……」
 安堵と共に、峯はその場でぐったりと座るところだった。だが車に歩み寄ってから、そこに縋りながら通話を続けていく。
「例の、襲撃の件ですが……」
「どうだった?」
 大吾の声には真剣さがのし掛かっている。あれほど派手に構成員を殺されたのであれば、やはり気になるのは無理もない。峯は簡潔に話していく。幾度もの大吾の相づちが聞こえる。
『殺してしまったのは残念だが……他の組の単なる悪戯、そうだな?』
「悪戯とは……いえ、貴方が仰るのなら……ですが死んだ奴らに報いを受けさせなければなりません。俺はそう思います」
『報いか……お前なら、どのような手段を取る?』
「私ですか? 私は……組の頭にまずは誠意を見せてもらうところからですかね」
『誠意、ねぇ……』
 そこで携帯のスピーカーから、大吾の溜め息のようなものが聞こえてきたのが分かる。どうしたのだろうか、そう聞くべきなのだが今はその気にはなれなかった。殺してしまって残念だという言葉が耳から離れないからだ。
 おかげで返事をするのにいつもよりも更に頭を動かさなければならない。僅かな厳しさがある。
『組員としてはお前のようにしたいと思うのは分かる。だが、それが大きな抗争の火種になっちゃあ困る……だから、俺は静観することにした。すまんが、俺の意向に従ってくれ』
「貴方の言うことならば」
『すまねぇな……』
 峯は即答をした。大吾の言うことならば、と峯は心を焼かせていた火を少しずつ消火していく。これは今日のうちに鎮火するだろう。そう思いながら大吾との通話を終える。
 携帯電話を懐にしまってから、峯は車を発進させた。

 大吾への思いが分からないまま数日が経過した。その間に見舞いをする暇がなかった。アメリカへの出張が効いたのか様々な契約が結ばれていくのと同時に、峯の時間がどんどんそれに割かれていく。寝る暇もないので空いた時間は休息を取っていくうちに、一週間が経過する。
 そこで東城会本部に大吾が居るという話を聞いた。いつの間にか退院していたらしいが、峯は何も聞いていない。白峯会のビルから東城会本部へと車で移動する。
 自分で運転をしていたが、焦りがあった。そもそも、兄弟である自身にどうして退院を伝えてくれないのか。兄弟ならば、いち早く退院を伝えるべきだろう。気を遣ってくれたのだろうか。いや、気を遣ってくれたにしろ、やはり不服である。しかし苦情を言う立場にはない。このまま退院祝いの言葉を捧げるべきか。そう考えていれば、東城会本部に到着した。
 車のエンジンを切った途端に、体が重くなるのを感じる。大吾に会いたくないと、本能が告げているのだろうか。
「良くない……俺は、大吾さんに……」
 大吾の顔を思い浮かべてから勇気を出そうとするが、そこで気付く。大吾の顔を思い浮かべると、妙に胸が疼く。このような感覚は二度目だ。やはり大吾のことを想ってしまっているのだろうか。
 ハンドルから手を離してから手をぶらりと落としていると、窓ガラスをコンコンとノックする音がした。見れば組員が心配そうにこちらを見ている。
「……今行く」
 観念したかのような口ぶりでそう言うと、組員に頷いた。窓ガラスから離れるので、そこでドアを開ける。
「峯会長、大丈夫ですか……?」
「大丈夫だ。すまないな」
 鍵など閉めずに車から離れる。この中に自身の車を盗る不届き者などいない。本部へと歩いていくが、一歩一歩が重い気がした。それに喉が乾いてくる。緊張をしているのだろうか。
 本部の建物に入れば、峯の存在に気が付いた組員が次々と礼儀正しく挨拶をしてくれる。このままでは会長室に居るであろう大吾に、自身が来たことが気付かれるのではないのかと思った。
 赤い絨毯が敷かれている上を歩く。靴の底でも柔らかい感触を受け取る。
 細かく手入れがされている為に、絨毯にはどこにも埃の一つも落ちていない。寧ろ落ちている埃を探す方が大変だ。それくらいに綺麗な絨毯を踏みしめてから階段を上る。やはり足が重いような気がしてならない。このまま引き返したくなったが、目的の会長室に近付くにつれてそれはどんどん大きくなる。
「まずい……もうすぐだ……」
 そう呟いた時には、既に会長室の扉が目の前にあった。仕方ないと言うように、扉を二回ノックする。返事があった。
「いいぞ」
「失礼します」
 扉を開けば、大吾と目が合う。その瞬間に大吾が立ち上がった。驚いた顔をしているが、やはり忙しいので来れないと思われていたのだろう。しかし大吾は嬉しそうな顔をしている。
「峯……!」
「大吾さん……どうして俺に退院することを伝えてくれなかったんですか?」
 聞くなり、大吾は気まずそうに視線を逸らす。やはり伝えなかったことを後ろめたいのだろうか。そう思っていれば、予想通りの返事が返ってくる。
「お前が、忙しいと思ってな……」
 誤魔化したい様子ではあるが、やはり峯は嘘だということを分かっている。ではなぜ退院したことを伝えてくれなかったのだろうか。いつもの大吾であれば、自身が忙しくとも関係なく伝えてくれた筈だ。大吾にとって自身は、大事な兄弟分だと思ってくれていただろうと。
 しかし今それが崩されると、何とも言えない気持ちになった。これはなんだろうか。大吾への失望なのだろうか。だがそれでも、大吾のことを見下せる気がしない。本能が、そう語りかけているのだ。自身にとって大吾は、絶対的な王なのだ。
「あぁ、それより、先日の俺への襲撃だがな、警告だけで済ませた。これからは襲撃などは無ぇと思うが、それでも用心をしてくれ」
「警告、ですか……」
 大吾がそのような意向ならば仕方が無い。なので従うように頷くと、拳を握りしめる。何故だろうか、悔しくて堪らない。
「峯、それより俺に用事があったんじゃねぇのか? 忙しいなら、電話で……」
 そこで峯の感情が爆発した。もう我慢ならないのだ。大吾が自身としては絶対的な王ということは、一旦頭から外す。そして大吾にずいと近付いた後に、峯は思ったことを言い放った。
「大吾さん、それでいいんですか? そんなんじゃ、俺たちは舐められ……」
 しかし言い終える前に、大吾の目がすうと細くなった。この目は、峯にとっては服従せざるおえないような、王に相応しいカリスマ性のある目だ。まっすぐで、どこか冷たいような目。峯はその目を見て竦んでしまう。膝が、がくりと曲がったのだ。両膝が床に落ちる。
 あの目を見て鳥肌が立つ。峯は弱い怯えに包まれながらそう感じていた。
 ふと見上げた時には、大吾の目はいつもと変わらない目になっている。峯は先程のが幻覚かと思えてしまっていた。だが両膝を着いたのは事実なのだ。しっかりと力を入れてからどうにか立ち上がると、大吾に向けて謝った。
「申し訳ありません……」
 頭を下げるが、頭上からは大吾の「あぁ」という素っ気ない返事が聞こえる。いや、冷たいと思っているのは自身の勘違いかもしれない。それくらいに、峯の恐怖はまだ消えなかった。
「頭を上げてくれ……すまねぇが、俺はもう少ししたら会食の予定なんだ。そろそろここから出ねぇと」
「はい……あっ、六代目、退院おめでとうございます」
 重要なことを言い忘れていた。峯は気が付いてからそう言うが、言うのが遅すぎた。普通ならば指でも詰められるのではないのかと思えるが、大吾はそのような対応は取らなかった。見慣れた柔らかい笑みを浮かべてから「ありがとう」と返してくれる。
「だがもう少し時間がある。峯……そういえば、俺がこの前言ったことを、気にしてるんじゃねぇのか?」
 何かを返事したい。しかし峯は黙ってしまっていると、大吾が再び笑う。
「そこまで深刻そうな顔をするな。眉間に皺が深く刻まれてるじゃねぇか。これじゃ男前が台無しだ……」
 指摘をされてハッとした。確かに眉間にはいつの間にかかなりの力を込めており、力を緩めれば顔が楽になる。
 溜め息をついてしまいながら、謝ることしかできない。そうしていると、扉からノック音が聞こえる。部下が入ってきた。
 ナイスタイミングだが、これは会食の時間になるから呼んだのだろう。思わず内心で胸を撫で下ろしてしまっていると、大吾が肩にぽんと手を置いた。
「俺は、お前のことが好きだぜ。じゃあな」
「え……」
 大吾がそう意味深な発言をしてから、部下と共に会長室を出る。峯はぽかんと口を開け、そして閉まった扉を見つめる。
 一人きりになるが、峯は呼吸の仕方を忘れていた。すぐに息が苦しくなり、深呼吸をするが、大吾の先程の発言を忘れることなどできない。今、何と言ったか、好きと言ったか。峯の頭の中で、大吾の声がよく響いた。心の中で灯っている火が、勢いを増しているかのようだ。
 何度も何度も深呼吸をした後に、呼吸の仕方を思い出す。なので目を閉じてぐるぐると考えていく。まずは大吾からの好意の言葉である。
 大吾は自身のことを、嫌いではない。これは何度も考えていた。しかし好きだと断言されると、峯は大吾の姿を思い出しては意識をしてしまう。このようなことは初めてであるが、これが人を好きになるということなのだろうか。
 出自からしてあまり人を好きになる経験がない峯としては、混乱する一方であった。このままでは大吾の顔を直視できなくなる。しかしそれほどに、大吾のことが気になっているのだろう。これは、世間一般では好きということなのだろうか。そう考えると顔が熱くなっていく。酔っている訳でもないのに、どんどん熱が帯びていく。これでは、人前に出られない。このまま大吾の気配が残る会長室に居残るのだろうか。だがこのままでは一生出られそうにない。
 大吾とは今でも特別な関係だ。絆より深い関係を求めてこの世界に入ったのだが、兄弟という仲だ。普通では得られないもので、それはまだ手中にある。それが更に芽を開き、恋にまで発展をしていた。
 前の自身の考えを振り返る。すると大吾が異性に囲まれるとどうにも落ち着かない場面が、何度もあった気がする。バースデーパーティでもそうだった。もしや、大吾のことが前から好きだったのかもしれない。意識をすればする程に、心臓の動きが早くなる。まずい、本当にこの部屋から出られなくなるのかもしれない。
 遂には顔を覆っていると、懐にしまっている携帯端末が鳴った。着信を知らせるものであり、画面を見ればそこには大吾の名前がある。心臓が今まで聞いたことのない音を慣らした。鼓動がどくどくと早まり、死ぬのではないのかと思える。
 だがこのまま無視をすることはできないので、通話を始めていく。
『もしもし、峯?』
「はい、どうかされましたか?」
 大吾はそういえば会食に出た筈だ。しかしこのまま自身と通話をしているとなると、中止になったのだろうか。
『会食の予定があったんだがな、先方が体調が悪いって言うから中止になったんだ』
 予想通りであった。峯は予想が当たってしまった自身の勘に、喜んでいいのか恨んでいいのか分からなくなる。
『それでな、今暇なら、俺と食事に行かねぇか?』
 大吾から食事の誘いを受けた。峯は一瞬だけ怯んでしまうが「勿論」と、快諾をした。顔の熱さはまだ残っている。
『そうか、ありがとな峯。もう少ししたら本部に着くが、今はどこに居る?』
「まだ本部に居ます」
『そうか良かった。着いたら連絡をするから待っていてくれ』
 早くこの部屋から出なければ、と思った。その後に礼を述べると通話を終える。顔の赤みを残したまま、ようやく会長室から出る。護衛の部下が自身の顔を見て驚くも、普段の様子に戻った。異変に気付いたらしいが、きちんと床に足を着けていることから何も思わなかったのか。するといつの間にか顔の熱さは引いていた。
 だが構ってくれないだけでありがたいと、会長室から出てから廊下を歩いて階段を降りる。そこで組員の声が幾つか聞こえた後に入り口の大きな扉が開いた。目の前には、大吾が乗っている車が着けてある。
「峯会長」
「あぁ」
 部下がこちらを見るので頷くと、車に向かって歩いて行った。周囲に居る組員たちは、皆頭を下げていく。自身の出発を見送っている。
 先を歩いている部下が先に車に辿り着けば、車の後部座席のドアを開く。中には、大吾が乗っていた。
「失礼します六代目」
「すまねぇな、急に」
 大吾が詫びを入れてくれるが、首を横に振ってから車に乗る。すぐにドアが閉まった。
「どこがいい? あぁ、そういえば、腹は減っているか?」
「はい、そうですね……」
 どちらの質問を先に返事しようか迷っていると、運転席にいつの間にか座った部下がレバーを握っている。それを見た峯は早めに返事をした方がいいだろうと、行き先を述べる。
「私おすすめのレストランがあります。ホテルのレストランで、今からでは貸し切りにはできないと思いますが、宜しければ。私はそれなりに空腹ですので」
「いいな。大丈夫だ、そこにしよう。場所は?」
 運転手に聞こえるように場所を言うと、レバーを握っている部下が返事をしながら手を滑らかに動かす。そして車をゆっくりと走らせると、車窓から次々と景色が移り変わった。やがては街中に入り幾つもの交差点を越えたところだが、峯は気まずいと思えた。何か話した方がいいのだが、先程に大吾にかなり意味深な告白をされたばかりだ。思い出すだけで顔が赤くなりそうだ。体の動きだって、大吾に監視されている気がしてどうにも動かせない。体が硬直した。
 やがてはあまりの硬直に体が微かに震えてしまっていると、大吾が口を開く。助け船が来た気分だ。
「そういえば、さっきの俺の言葉は、考えてくれたか?」
 助け船ではなかった。それでも硬直が解けていくが、氷のように素直にはいかない。じわじわと解けてくれない。
 そして唐突にそうのようなことを言うので、峯は驚いた。引いていた顔の熱さが再び戻ってくると、大吾がけらけらと笑う。
「お前がそこまで動揺している顔は初めて見たな……面白いな」
「わ、私をからかわないで下さい……!」
 顔を伏せることは大吾に失礼であるし、かと言って顔を直視することなどもうできない。視線を様々な方向へ泳がせていく。
「……俺は、お前をからかったつもりは無いんだがな」
 何も言えなくなってきた峯は、そのまま顔を伏せてしまう。もう降参だと言わんばかりに。
「どうした? って……もうそろそろ着くな」
 見れば大吾の言う通りにもうじき目的地に着く。目的の店はホテルのレストランであるが、エントランスが小さく見えた。
 ホテルは都心にしてはかなり大きく、そして最上階は高い。峯は何度か来たことがあるが、そういえば大吾はどうなのだろうか。質問をしてみれば、部屋にしか泊まったことがないと言う。それは女と泊まったのだろうか。じわじわと嫉妬心が湧いてくる。
「そんな怖い顔をしてどうした? 俺は一人で宿泊していだけだが」
 まるで大吾に意識をされているように、言葉を加えてきた。峯はそれを聞いて安堵をすると共に、エントランスに近付いた。車が停まると、そこで峯がいち早く車から出て大吾が座っている側のドアを開ける。大吾が出るとドアをゆっくりと閉めた。
 小さく礼を述べられた後に。二人で一階の奥にあるレストランに向かう。運転手は駐車場に停めるらしく。再びハンドルを握っていた。
 ある程度柔らかな絨毯を何度も踏んだ後にレストランに辿り着く。受付の従業員がすぐに来てくれると、空きを確認してくれた。どうやら空きがあるうえに、幸運と言っていいのか窓際の席に通されることになった。峯は心の中でガッツポーズをしてしまうが、代わりに大吾が狙われやすくなるのは事実だ。なるべく平静を纏わなければならない。聞こえないように深呼吸をした。
 席へ座るが、それなりに客は居る。だが自分らがヤクザだとは思ってもいないのだろう。景色かのように扱われる。
「おすすめは?」
「コース料理ですね、オーダーを聞きに来るのを……来ました」
 従業員にオーダーを伝え終えた後に、ワインボトルが出される。グラスに注がれてから二人で乾杯をした。これは過去に何度もしてきたが、今回が特別のように感じる。まるで、互いに想い合っている者同士での乾杯のように思えたからだ。峯の思い込みではない。
 いつ告白するか、大吾からさりげなく告白を受けたが返事を全くしていない。これは告白をわざわざしてくれた大吾に失礼であるだろう。しかしタイミングが全く分からない。二人きりの時にすればいいのは分かるのだが。
「しかしいい景色だな」
「えぇ、そうですね」
 何気ない会話ではあるが、これも特別なように思えた。このような会話などい、大吾といつでもできるというのに。
「……あぁ、そうだ。峯、これを、お前の誕生日祝いにしよう。貸し切りじゃねぇが、また来年まで耐えてくれ」
「そんな……宜しいのですか?」
 大吾からの祝いなど、何でも嬉しいに決まっている。いつの間にか顔を緩ませてしまえば、大吾に「良い笑顔だ」と褒められる。余計に嬉しくなってしまっていた。
 気分が乗ったまま、グラスに入ったワインを口に含む。この世で一番美味い酒だと思えた。更にワインを飲んでいってしまう。大吾のペースなど、置き去りにして。
「そのまま飲め。過ぎてはいるが、お前の誕生祝いだ」
 偽りの無い誕生祝いなど、もしかしたら人生で初めてかもしれない。
 誕生日など関係ない、こうして祝福されていれば良いのだ。心に、初めて暖かな火を灯された気がした。心に、初めて祝福を灯された気がした。
「はい、大吾さん、ありがとうございます。俺は……嬉しいです。本当に」
 次第に酔ってきていた。すると心の枷が次々と外れていくのか、口が緩んでいく。情けないが、酔った今ではそのようなことは思わない。いや、思えないのだ。
「大吾さん、今日、言ってくれましたよね」
 そういえば好きだと言われた返事をしなければならないと、頭の中で言葉を組み立てていく。そうしていると前菜がきたので、残ったワインを飲み干す。
「注ぎましょうか」
「あぁ」
 スタッフが注いでくれると言うので、峯が頷いた。しかしそこで大吾が「待ってくれ」と制止した後に、言葉を続ける。
「俺が注ごう」
「大吾さん……? すまない、この方の言う通りにしよう」
 言葉に甘えることをすぐに決断した。スタッフにそう告げると引き下がる。そして大吾がワインボトルを持った。峯は遠慮無くワイングラスを掲げる。
「ありがとうございます」
「気にするな。あぁ……そういえば、今日俺が言ったことってなんだ?」
「そうですね……」
 答えようとして、峯は気が付いた。このままでは、直後に大吾と結ばれてしまう。心の準備などできていないが、どうして今になって躊躇が生まれるのだろうか。
 そのような自身を責めた後に、ワイングラスをあおる。喉にワインがどんどん通っていくと、体に一気に酔いが回った。まともに座れなくなり、顔にゆっくりと伏せてしまう。
「大吾!?」
「お客様」
 微かに大吾の驚く声と、それにスタッフの冷静な声が聞こえた。もう情けないや、責める気持ちなど無い。今はこうして酔っているので、陽気な気分になってしまっている。峯はそのまま、ゆっくりと眠りについていく。

 気が付けば、背中に柔らかい感覚がある。これは椅子ではない。そう思った瞬間に目を開ける。見知らぬ天井がまずは見えた後に、自身がベッドの上に横になっていることを把握した。すぐに起き上がる。
「だ、大吾さん!?」 
 どうやらここはホテルの客室らしい。しかしここは一般的な価格の部屋だとすぐに分かる。ベッドは一つしかなく、そして見回せばスイートルームのような設備がない。部屋はとてもシンプルなもので、インテリアに高級感は皆無である。一般人が必死に手を伸ばして、ようやく辿り着けるくらいの部屋なのだろう。
 だがこのようなことを考えている場合ではないと、大吾の姿を探した。するとすぐに見つかる。部屋の隅にある椅子に、座ってこちらを見ていたのだ。
「大吾さん……!」
「大丈夫か? すげぇ酔ってたみてぇだが……あぁ、ここまではホテルマンが運んでくれた。そういえば……料理はサービスで後で運んでくれるらしい。だからここで改めて食おう」
「申し訳ありません、六代目」
 聞いた途端に酔いが引き、そして顔が青ざめていくのを感じた。これは相当なことをやらかしてしまったかもしれない。
 峯はどうけじめをつけようか考えていると、大吾が立ち上がりこちらに近付いてきた。なので慌てて立ち上がる。
「峯」
「はい……!」
 背筋を伸ばしながらそう返事をすれば、大吾がくすくすと笑う。もういい。今は幾らでも笑ってくれたらいい。後でけじめについて聞けばいいのだから。
 そう思っていれば、大吾が更に近付いてくる。そして抱き締められると、そこで囁いてきた。ここには二人きりだというのに、声はかなりひっそりとしている。
「だ、大吾さん……! お、俺は、貴方が好きです!」
 先を越されると思った。なので目を見ていなくともそう告白をした。確実に両想いだろうと、峯としては一世一代のものである。心臓が早まり、もしかしたら大吾に聞かれているのかもしれない。そうだろうと構わない。峯はそう思った。
「峯……」
 するとうっとりするような、甘えたような大吾の声が聞こえる。それは、聞いたことのないような声であった。
 そして大吾が顔を上げれば、垂れた目をこちらに向けている。ひどく惹かれた。
「俺も、お前が好きだよ、峯……だから、キスをしてくれ……お前の、唇が欲しい……」
 大吾に求められるのであれば、与えたい。いや、捧げたい。そのような気持ちで、大吾の顎を掬う。今や見慣れた大吾の顔が、どこか淫らに思える。なので食うように大吾の唇を奪えば、柔らかい感触やそれに髭のちくちくとした痛みが襲ってくる。快感でしかない。
「っふ……ぅ、ん……ん」
「っ……! はぁ、はぁ、はぁ……大吾さん、好きです。心から好きです……」
 そう告白すれば、二人は自然とベッドの上に倒れていった。

 ベッドの上で、二人は互いの体をまさぐっていく。唇をぬるぬると合わせたまま、手で体のラインを拾う。やはり鍛えられており、峯は大吾の体を夢中で触れていた。
 見たことはあるが触ったことのない体。それを服越しに触れていたが、すぐに肌が見えることだろう。
「ッ、ふ、んぅ……ん、んん、ん……」
 唇の隙間から大吾が甘い吐息を吐く毎に、峯の下半身がどんどん反応していく。これほど、作業感のないセックスは初めてなのかもしれない。そう思いながら、峯は大吾の服を脱がせていく。
 まずはダブルスーツのジャケットだが、東城会の象徴であるピンズがついている。それを指で一撫でした後に、ジャケットのボタンを外していった。数は少ないので全て外し終えると、次は大吾が自身のジャケットのボタンを外してくれる。
 そこで二人は一旦唇を離した。長いキスをしていたので、互いの唇には唾液がよく垂れている。峯はそのまま垂らしていたが、一方の大吾はいやらしく舐め取っていく。その仕草があまりにも官能的で、つい凝視してしまっていた。
「峯、なぁ……俺は、お前に抱いて欲しいんだが……」
 そこで口を開いた大吾だが、内容は峯にとっては衝撃的なものであった。自身が、大吾の体の上に乗る形になるらしい。良いのだろうかと、峯は考える。
「ですが……」
「早くしろ、峯……ほら、俺はもう勃っちまってるんだ……」
 誘惑をするかのように大吾が股間を押しつけてきた。確かにそこは膨らんでおり、男の象徴が反応していることが分かる。
 しかし良いのだろうか。自身は大吾の下に居るべき人間であるが、それで良いのだろうか。迷いを生じさせていれば、大吾に体を掴まれた。そして自身が上になるように転がされると、真下に大吾の体が来る。峯は熱い息を吐きながら大吾の顔、そしていつの間にか乱れている髪を見た。
 このような姿を見て、男の本能が反応しない訳がない。峯は遂には先走りを漏らしてしまえば、膨らみが更に大きくなる。スラックスの中に閉じ込められて正直痛い。すぐにベルトを外し、下着から魔羅を外気に触れさせる。
「っはぁ……おっきい……」
 大吾が法悦の笑みを浮かべながら、自身の魔羅に柔らかく触れる。あまりの硬度に大吾は一瞬だけ驚いたものの、すぐに優しく握る。峯はそれだけでも、気持ちがよかった。
「ッう! あ……はぁ、はぁ……!」
「峯、気持ちいいか? だが、もっと気持ちよくさせてやるからな……そうだ、シャワーを浴びよう。忘れていた」
 今の大吾の手のひらは先走りに塗れているのだろう。そう思いながら頷いていると、大吾がその手のひらをぺろりと舐めていた。驚いた峯は止めようとしたが、どいて欲しい雰囲気を醸し出している。なので体を退けた後に、手を引かれた。シャワールームへと。
「行くぞ」
「はい」
 立ち上がってから二人でふらふらと脱衣所に入る。そこは洗面所も兼ねているが、大きな鏡があるせいで二人の姿をはっきりと写し出していた。勿論、自身の勃起した魔羅は丸出しだ。途端に恥ずかしくなった峯だが、大吾はそれを放って服を脱ぎ始めていく。ジャケットのボタンを外しただけであるので、それを脱いでいった。
 すぐにワイシャツの白が目に飛び込むが、その下はもう大吾の肌である。固唾を飲み込むと、自身もジャケットを脱いでいく。
「……なぁ、お前の背中の彫り物を、早く間近で見たい」
 つまりは早く脱いで欲しいということなのだろうか。たかが上半身ならば良いと、すぐに黒いシャツを脱いでいく。肌を露出させ、背中を大吾に見せた。
「あぁ……お前の麒麟は好きだ……お前らしく気高く、そして美しい。あぁ……峯……」
 彫り物までも惚れてくれているのか、指で背中をそっと触れられる。その後に布が擦れる音がした。鏡を見れば、大吾もシャツを脱いでいくのが分かる。
 半裸姿など造作もない。そう思いたいが、大吾の肌までも色が白いので、つい鏡越しに見てしまう。それは絹のように美しかった。
「峯……」
 後ろからぎゅうと抱き締められるが、二人に身長差などない。大吾の甘い吐息が頬に掛かると、それだけで露出させている魔羅がどうにかなりそうであった。
「大吾さん、俺、そんなことされたら我慢できませんよ……」
「まだだ、我慢してくれ。俺の中に入るまではな……」
 大吾の中に入る、それはつまりやはり自身が抱く側になるのだろうか。自身のような者が良いのだろうかとやはり思えるが、ここでずっと迷っていれば男が廃れてしまう。ましてや、惚れた相手になど。
「はい……」
 返事をした後に大吾の顔が離れていく。次に向かった先は、彫り物の麒麟である。麒麟の至る箇所にキスを落としていけば、背中がゾクゾクと震えた。これは歓喜によるものであった。
 遂には腹まで震えてくれば、我慢ができなくなる。踵を返した大吾の体を抱き締めると、顎を掬ってキスをした。もう、立場も何も関係がない。あるのは生身の体と体である。
 急いでスラックスと下着を取り払うと、大吾にそれを見せつける。そして大吾のスラックスや下着を半ば強引に脱がせた。互いに裸になったが、大吾の股間も大きくなっていた。しかし大吾の股間がまともな用途で射精する機会というのは、もう無いのかもしれない。これからは、自身が抱き、そして射精をさせるのだから。
「大吾さん、シャワーを浴びましょう」
 そう言ってから、返事も聞かずに大吾と共にシャワールームへと入った。大吾と抱き合いながらシャワーコックを捻れば、まずは冷水が出る。寒さに体を震わせていると、すぐに温水へと変わっていった。二人でシャワーを浴びながら、キスをしていく。
「ん、っふ、ふぅ……ん……んんっ……」
 唇の隙間から、大吾が色っぽい息を吐く。それが堪らない峯は、思わず自身の魔羅を扱こうと手を伸ばした。だがそこで、大吾の手が伸びて手首を捕らえられる。我慢しろという意識が伝わってきた。
 なので峯は髪をどんどん濡らしていきながら、大吾の体を抱き締める。鍛えられているので、体が女のように細い訳がない。それだというのに、体のラインをはっきりと皮膚に馴染ませると興奮が止まらなかった。
「はぁ、ぁ……峯……好きだ……」
 濡れた髪を顔に纏わせる大吾が、いちいち淫らで仕方が無い。これは大吾のどこを見ても、男の本能に訴えられるのだろう。そう思った峯は堪らないと、大吾の背中の不動明王に触れた。艶めかしい触り心地に、ずっと触れていたくなる。
「俺も、貴方が好きです……はぁ、はぁ、もうそろそろ、出ましょう……」
 シャワーコックを捻り湯を止めれば、そこにはびしょ濡れの大吾が居る。しかも全裸であり、今すぐにでも襲いたい気持ちになった。しかしセックスはベッドの上でしたい気持ちがあり、それを抑える。
「ベッドに、行きましょう」
「あぁ」
 体をタオルで雑に拭いてから、二人はすぐにベッドへと向かう。そして大吾を押し倒すと、その上にのし掛かった。ベッドからはぎしりと軋む音が聞こえる。
「俺は、男とヤるのは初めてなんだ。だが……乱暴にしてくれてもいいから、早く抱いてくれ。俺はもう、我慢ならないんだ……早く、お前のでイきたい……」
 喉から手が出るくらいに大吾が求めてきた。なので峯はそれに応えたいが、まずは前戯もしていたい。唇を大吾の首に寄せれば、べろべろと舐めていった。大吾は擽ったそうにしている。
「ぁ、ッう、う……はぁ、は……峯ぇ……!」
 しかし峯は返事もせず、ただ鼻息を荒くしながら首の至る箇所を舐めていく。そうしていくうちに喉仏に触れると、そこを肉食動物のように弱く噛む。大吾からは、悲鳴混じりの声が吐き出された。
「ひゃ!? ぁ、あ……峯、そこは」
 そう言いながらも、大吾が濡れた後頭部を撫でてくれる。言葉とは反対に、そこは気持ちが良いようだ。なのでもう一度噛んだ後に、鎖骨へと下がっていく。浮いている骨の上の皮膚に歯を立て、そして下を滑らせた。
 これもまた、大吾が擽ったそうにしている。
「ァ、あ……そこ、すき……」
「そうですか、では、これはどうですか?」
 鎖骨の下の皮膚に、思いっきり歯を立てる。痛みがあるのか、大吾は悲鳴のみを吐き出す。顔と喉は近いので、大吾の声がよく響いた。
「あッ! はぁ、はぁ……ん、峯……」
 だが気持ちが良いと思ってくれたのだろう。柔らかな笑みを浮かべながら頭を緩やかに抱き締めてくれると、必然的に大吾の胸が頬に当たる。
 そういえば、ここは男でも感じるのだろうか。峯はそう思いながら、鍛えられていても豊かな大吾の胸を揉んだ。
 見た目よりも柔らかく、つい夢中になりながら揉む。
「ぁ、あ、ん……峯、俺……そこ気持ちいいかも……お前に触られると、心地がいいんだ……」
「貴方は本当に俺が好きのようですね……嬉しいです」
 礼の代わりに胸の尖りに触れた。すると、大吾の体に電流が走ったかのようにびくりと跳ねた。どうやらここは反応をするらしい。
「あっ! はぁ、ァ! 峯、そこ、きもちいい……もっといじって……?」
 顔を見れば赤くなっており、よく興奮しているのが分かる。そして尖りも良いのかと思うと、女のように弄りたくなった。遂には口に含むと、赤子のようにちゅうちゅうと吸い上げていく。
「ひゃぁ!? やら、みね! おっぱいは、だめぇ!」
「ここのこと、おっぱいって言うんですか? いやらしい……」
 まさかすぐに大吾が卑猥な言葉を言うとは思わず、峯はかなり嬉しくなった。しかしそれをネタに煽れば、大吾がぶんぶんと横に振って否定をしてくる。
「ちが、これは……ゃ、あァ! だめ、つよく吸っちゃらめぇ! ぁ、あん、ん……おっぱい、きもちいい……」
 更に強く吸えば、大吾は胸までも性感帯になってしまったようだ。堕ちるように体を揺らし、そして胸の尖りをぴんと晴らせる。舌の上でよく転がり、まるで砂糖でよく固まった飴のようだと思えた。
「乳は、出さないのですか? 気持ち良いのでしょう?」
「ん、んぅ……出ないから……おれ、男だし……」
「では、出るまで吸いましょうか」
 そう答えると、大吾が驚いた顔をこちらに向ける。何か反論が来る気配があったので、口に含んだままの尖りに歯を立てた。大吾の体が小さく反り、快楽をきちんと受けていることが窺える。
「ァ、あ……! 峯、そこ、いいから……! まだ、出ないから……! イくから、ぅ、うぁ……!」
 執拗に尖りを舐めていけば、ぷっくりと膨れていくのが分かる。これでは尖りではなく、何かの玉だろう。そう思いながら唇を離してみれば、赤く腫れていた。卑猥な姿をしており、峯は唇の端を僅かに上げる。何と、大吾は可愛らしいのだろうかと。
「おれの、おっぱい……赤い……」
「乳はまだ出ませんか。では、また今度に……ん? もう出してしまったのですか?」
 大吾の腹が更に白くなっているのを見て、何だと思っていたらいつの間にか射精をしていた。気が付かなかったのだが、もしや体を反らせた時に出したのだろうか。
 胸を弄るだけで射精するとは思わなかったが、これは仕置きをしなければならないと思った。赤くなっている方の胸を揉んだ後に、尖りをつねる。大吾は目を見開いた後に、恍惚の表情で唾液を垂らしていた。もはやここは気持ちいいとしか感じないらしい。
「ここだけで射精しきるつもりですか?」
「っは、ち、ちがう……峯、俺の中に……」
 足が腰に巻き付くと、勃起し続けているものを腹に擦りつけらていく。
 だがそこで大吾が気持ち良さそうにしているが、自身の体にものを擦りつけているせいなのだろう。溜め息をついた峯は、大吾の太ももを強く掴んでから体から離した。ものは膨れており、射精する直前だったということがすぐに分かる。
「大吾さん、俺のでイって下さいよ。俺のが、欲しいのでしょう?」
「ん……峯の、ちんぽが、欲しい……」
 笑顔でいやらしくそう誘ってくるが、男同士でのやり方は知っている。女と行為をするように、簡単にはいかない。
 そこで大吾は想像しただけで興奮したらしい。精液を噴き上げたと共に萎えてしまう。これではセックスが成り立つのか心配になったが、自身がまた一度も射精をしていない。まだ成り立つのだろうと、大吾に自身の魔羅を見せる。大きく太く、そして脈打っている。グロテスクな見た目をしているが、大吾はそれを見て再び唾液を垂らした。餌を待っている犬のように。
「ではまずは解します。足を開いて下さい」
「ん……」
 素直に足を開いてくれたが、股間のものはやはり萎えている。それでも淫猥な光景にしか見えず。峯は吐息を荒くしていくばかりである。
 手を伸ばして入り口となる部分に触れるが、そこはやはり閉じきっている。男同士で本当にできるのかと疑問が湧いたが、今の峯は興奮していて止めるという選択肢はない。それに大吾がそれを許してくれないだろう。
 入り口を指先で慎重に触るが、そこはやはり無反応である。峯は考えた。
「潤滑油が、必要のようですね……ここにはローションがねぇし……」
「俺の……だしたせいえきを、代わりにしてくれ」
 腹を見れば大吾の腹に精液が溜まっていることが分かる。ナイスアイデアだと早速指で掬い、それを尻に持っていく。しかし塗りたくった後に指で突いてもやはり反応がない。峯は首を傾げた。
「大吾さん、これは……?」
 手を離してから大吾の顔を見る。すると大吾が起き上がってから、自分の腹に触れる。自らの精液を指で取ったのだ。
「おれが、する……」
 そう言ってから大吾が四つん這いになった。尻をこちらに向けるが、形の良い尻をしていた。この膨らみ具合も、筋肉でできているのか。手を伸ばして揉んでみれば、大吾の体が崩れる。尻をこちらの突き出す形になった。
「みね、見ていてくれ……」
 大吾が自らの尻に指を這わせると、精液が付着する。その光景があまりにも良く、凝視していった。
 尻の間に手が入ると、穴にあたる部分に指を差し込む。そしてゆっくりと指を突き刺していけば、少しずつ沈んでいった。その様を見るしかできないのだが、それだえでもやはり卑猥である。思わずそれを自慰のネタにしかけるくらいに。
「ここを、慎重に、開くんだ……っは、はぁ、ん……んッ、はぁ、はぁ……」
 ずぶずぶと指が入れば、穴が広がっていくように見えた。それを観察しているが、女の膣よりも気持ち良さそうに見える。そこはピンク色をしており、誰のものも通っていないので余計にだろう。
「っぐ……! はぁ、はぁ、苦しい……峯、あとはやってくれ……」
「は、はい」
 大吾の指が抜ければ、そこには小さな穴がぽっかりと空いている。部屋の照明の具合で中が見えるのだが、そこもやはり綺麗なピンク色をしている。大吾の処女を奪うのだと、改めて思わされる。
「いれますよ……」
 尻に触れた後に指を這わせ、小さな穴に触れる。精液が塗り込んであるので滑りは良い。
 大吾から返事は無いのだが、良いのだろう。指をずぶりと入れていけば、中はとても狭いのが分かる。これに自身の魔羅を入れたら、堪らないのだろう。そう思えると期待に胸が膨らみ、そして指をどんどん動かしていく。
 切羽詰まる声が聞こえたが、それでも指をどんどん飲み込んでいくのが分かる。遂には第二関節まで入ると、指でかき回していく。まるで手淫のように。
「ア、あ……ん、ん! はぁ、は……みね、そこ、いい……」
「気持ちいいですか? 指を増やしますよ」
 返事など待たずに、峯は入れる指の本数を増やした。穴が更に拡がっていくのを見ると、舌なめずりを自然としていた。
 大吾はシーツをぎゅっと握りしめており、背中を震わせている。もしかして次第に怖くなってきたのだろうか。その背中に乗ってから、耳に顔を近付けた。
「大吾さん、大丈夫ですよ」
 囁けば、大吾の体がびくりと跳ねた。驚いているのか、或いは。
「みね……おれのなか、もっと……」
 途中で大吾が振り向けば、眉を下げて瞳を潤ませているのが見えた。怯えていたらしい。
 峯は自身の無知さやそれに多少でも強引であったことを反省すると、指を一旦引き抜いてから大吾の体を仰向けにさせた。そして体を抱き締める。
「大吾さん……申し訳ありません。もっと、優しくするべきでした」
「そんな、おれは……」
 大吾がそう言いかけたところで唇を重ね、そして腰を持ち上げてから再び尻を解す為に指を差し込んだ。
「ん、んぅ! ん、ふ……!」
 大吾が吐息を吐く間に指の本数を増やし、そしてぐちゅぐちゅと音を立てながら穴を拡げていく。
 穴はやはり狭いのだが、どんどん解れていくのが分かった。指の本数を更に増やしたところで、中で何かしこりのようなものに触れる。何だろうと不思議に思いながら突いていけば、大吾の様子が急変した。唇を無理矢理に離してから喘ぎ始めたのだ。
「ッあ! そこ、やめ! ぁ……あ! きもちいいから、ァ、あん……ん!」
「ここ、気持ちいいのですか」
 悪知恵が働いたかのように、指を激しく動かし始めた。それぞれの指を中で違う動きをして、しこりに掠めたりわざとぶつけたりする。そのときの大吾は大いに乱れていた。もう、手が止まらない。
「ァ! やだ、もう、おれ、でる……! なにか、でるから! ッは、あ! ぁあ!」
 そこで大吾のものは勃起していないというのに、どうしてか無色透明の液体を少量吐き出した。驚いた峯は、これは潮なのかと思った。しかし祝福をするかのように、大吾の顔の至る所に唇を落としていく。
「大吾さん、大吾さん……! 俺、貴方が好きです……!」
 改めて告白をした峯は、そのまま指を引き抜いてから魔羅を尻にあてがった。ゴムなど用意していないが、良いだろう。どうせ次また体を重ねるときにでもすればいい。そう思いながら、魔羅の先端をぴたりと当てる。
「大吾さん、いれますよ……!」
「あぁ、あ……みねの、ちんぽ……ほしい!」
 互いに求め合いながら、峯は魔羅を突き刺していく。まだ狭いと思ってしまったのだが、どうやら中が蠢いて拡がってくれているように思える。どんどん、狭かった筈の箇所が緩まってきているからだ。
 そもそも生でするのは久しぶりだと思いながら。魔羅を進めていく。入っていった。
「あ、あ! あつい……峯のちんぽ、あつい……!」
「大吾さんの、まんこも熱いです……!」
 ずるずると入っていけば、魔羅の姿が見えなくなっていく。そして魔羅のくびれを越えたところで、後は貫くように入ってしまった。大吾の喉から、悲鳴のような声が上がる。
「ひゃぁ!? みねの、ちんぽが、ぜんぶはいった……!」
 大吾の中は気持ちいい。峯は悦に浸りながらぴたりと止まると、そこで口を開いた。
「大吾さん、俺たち、ようやく繋がれましたね……大吾さん、俺は大吾さんから一生離れません。約束します。貴方が、俺に火を灯してくれたんですから。なので大吾さんも……約束して下さい。俺と、二人で生きて下さい」
「ん……峯、分かってる……お前と、ふたりで、いきたい……みね、みね……」
 最後はうわごとのように大吾が言葉を吐くので、もうじき限界が来ることを理解した。なので腰を揺さぶれば、蚊が鳴くような大きさの嬌声が大吾から吐き出される。顔はぐしゃぐしゃになっており、涙が零れていた。
 涙を舐め取りながら、腰を更に揺さぶっていった。中には、自身の魔羅で一杯になっていることだろう。そう思いながら、必死に腰を揺さぶっていく。
「ぁ、あ! みね、きもちいい! みね、すき! みね!」
「っぐ……! 大吾さん……! 俺も、好きです! 大吾さん!」
 互いに名前を呼び合えば、射精感がこみ上げた。なので本能のままに粘膜を擦りつけると、中がぎゅうぎゅうと締まるのが分かる。これは経験をしたことのないような狭さだ。そこで射精をした。大吾の腹の中に、しっかりと精液を注いでいく。
「っあ……! ぁ、ア……! みねの、せーえきが、はいってくる……!」
「っう……! 大吾さん……! 大吾さん……!」
 精液を出し切れば、そこで引き抜く。だがまだ勃起をしているが、これ以上は大吾に無理をさせる訳にはいかない。なので自身の魔羅を握ってから、しこしこと扱いていく。そして射精感がこみ上げると、魔羅の先端を、大吾の腹に向けた。祝福の代わりのものとして。
「はぁ、はぁ……! ぐっ……! は、はぁ……はぁ……大吾さん……」
 見れば大吾の体は精液に塗れていた。しかしこれが、自身としての祝いの品のように見える。大事に抱き締めると、何度も口にした好意の言葉を放つ。思い出したように、小指同士を結びながら。
「大吾さん、好きです……」

 数日後、峯義孝は病院の屋上から飛び降り、この世から去った。