砂糖菓子
「あっ架川さん、お疲れ様です〜」
とある事件の聞き込みから、水木は署に戻っていた。現在は時刻は夕方であるので、とても疲れた顔をしている。そこで刑事課のフロアの廊下の長いソファに、架川が座っていたので水木は近寄ってからそう話し掛けた。因みに架川はサングラスを掛けているので、疲労の色を伺うことはできない。
しかし軽い会釈と同時であったので、顔を上げるなり声を張り上げる。
「架川さん! ここは全面禁煙ですよ!」
驚いた架川は肩をびくりと上げてから、自身が咥えている細い棒を指で摘む。次にスーツのジャケットのポケットから、小さな箱を取り出した。
「ちげぇよ! これは菓子だ! お前も、見たことあるだろ?」
箱には確かに煙草という表記ではなく、菓子であるという記載があった。これは煙草に似せた、とても有名な砂糖菓子である。
そして水木は箱のパッケージに既視感を覚えた後に、煙草ではないことを理解したらしい。勢いよく頭を下げて謝罪する。
それを見た架川は慌てながら、顔を上げるように促した。すぐに言う通りにした水木は、小さな溜息をつく。
「……お前もこれ、いるか?」
「えっ!? いいんですか!? ありがとうございます!」
水木はきらきらと目を輝かせながら、箱を凝視する。たかが一本でそこまで喜ぶのかと、架川は眉をひそめたが口には出さない。そして箱を差し出す前に、隣に座るように言った。それもまた水木は従うと、架川は砂糖菓子の箱を差し出す。
「水木、一日一本だぞ」
まるで煙草を分けてやってるような発言をすると、架川は再び砂糖菓子を咥えた。その後に何かを思い出した架川は、短い話を勝手に始める。
「俺は前から、刑事ドラマで煙草を吸ってる刑事を観て憧れてた。だが俺は煙草を吸えなくて、これをたまに買って喫煙者の真似をしている……」
だが水木はどう返せば良いのか分からなかった。水木としては『煙草』や『喫煙者』という単語を、悪い意味として捉えている傾向にあるからだ。なので迷った挙げ句に「そうですか〜」と軽い返事をしてから、砂糖菓子を一本取る。
返事を反芻させた架川は少し落ち込んだが、水木が砂糖菓子を咥えている様子を見て調子を元に戻す。
「この菓子美味いよな」
「はい」
こうして二人がそれぞれ砂糖菓子を咥えて溶かし続けていると、階段の方から大きな注意の声が聞こえてくる。二人は何事かとその方向を見ると、声の発生源は蓮見であることが分かった。
「ここは全面禁煙です! 何をしているんですか!」
喫煙しているのかと思い、蓮見の口調がきついものになっていく。しかし二人は咥えていた細い棒を摘んで取り、そして架川が先程の砂糖菓子の箱を蓮見に見せた。二人の表情はとてもニヤニヤとしている。
するとそれを視界に入れて理解した蓮見は目を見開いてから一気に力が抜けると、顔色を悪くしながら「休憩が終わったら聞き込みの内容を纏めますよ……」と言って、刑事課のフロアに向かおうと背中を向ける。だが架川がそれを口頭で止めると、蓮見が振り向いた。
「待て! 蓮見もこれ、いるか?」
「いえ、いりません……」
「遠慮すんなって」
架川は水木とは反対側の、ソファの空いている座面をポンポンと楽しそうに叩いた。蓮見は次第に機嫌を悪くしていきながら「はいはい」と言い、指定された場所に仕方なしに座る。
それを見て口角を上げた架川は、砂糖菓子の箱を笑いながら差し出した。
「蓮見、一日一本な」
「それ以上は、んぐんぐ……体に、悪いですよ」
「何なの、それ……」
架川は器用に咥えながら言うが、一方の水木は砂糖菓子をつい噛み砕いてしまっていた。なので折れた砂糖菓子が口の中に全て入り切ると、悔しげに咀嚼をし始める。小さな頬が膨らんでいた。
仕方なしに一本取った蓮見は、小さな礼をした後にそれを咥える。すると蓮見は小さい頃にこの菓子を食べたことがあるのか、覚えのある味を感じて懐かしげな顔をした。つい、自然と顔が綻んでいく。
「……お前も、そんな顔をするんだな」
サングラスの奥の目を笑わせながら、架川は蓮見の顔をじっと見る。
そこで蓮見は恥ずかしくなったのか、顔を逸らしてから砂糖菓子を荒く噛み砕いていく。目が激しく泳いでいるので「どうした?」と架川が首を傾げると、砂糖菓子を既に喉に通していた水木が小声で指摘をする。それも、蓮見に少し聞こえるように。
「蓮見さんは照れているんですよ。架川さん、もっと優しい言葉を掛けてあげて下さい。では、私はお二人の邪魔にならないように、退散するので……」
「僕は照れてない!」
顔を真っ赤にしながら、蓮見が叫ぶとソファから跳ねるように立ち上がる。そして見るからに怒っているという歩き方で、刑事課へと戻っていく。水木はとても残念そうに、蓮見のその背中を見た。
「架川さん、もっと蓮見さんに気を使ってあげて下さい。お二人は互いに深いところで、信頼し合っているんですから」
「お、おう……?」
架川が返事と疑問を混ぜると、口の中にある砂糖菓子がいつの間にか短くなっていることに気付いた。なので心の中で諦めたのか、全てを口の中に入れる。
「そろそろ捜査状況について纏めるか。刑事課に戻るぞ」
「は〜い」
気の抜けた返事をした水木に、架川が「かっるいなー……」と呟きながらソファから立ち上がる。続けて水木も立ち上がると、二人は刑事課のフロアへと入っていったのであった。