盤上の戦い
ある休日の昼間のことだった。家で昼食を終えた二人は暇だからと、久しぶりに碁を打つことになった。それは于禁からの唐突な提案だったが、碁盤などどちらも持っていなかった。そもそも碁など打つ機会が無いのか。
なのでその前に二人で生活雑貨店に行き、碁盤が折り畳めるタイプのものを買うと、家に帰り早速碁を打とうとしていた。リビングのダイニングテーブルに碁盤を置き、それを挟むように向かい合ってダイニングチェアに座る。ちなみに碁石の色は、夏侯惇は白で于禁は黒だ。
すると夏侯惇はスマートフォンを操作し始め、二〇秒くらい経つと目的の画面にたどり着いたらしい。その画面を表示させたまま、于禁に自分のスマートフォンを渡す。
「打つのはいいが、俺にはハンデでこれを使わせてもらおう」
画面に表示されていたのは、初心者向けの囲碁アプリだった。それも定石を丁寧に表示してくれるものを。
それを見た于禁は溜息をつきながら、夏侯惇にスマートフォンを返した。
「あなたは初心者ではないはずでは?なぜそれを?」
「……ええい! うるさい! ほら、お前から言ってきたのだから、つべこべ言わず打つぞ!」
夏侯惇はスマートフォン片手に、于禁は自分の色の碁石を片手でカチャカチャと弄りながら対局を始めた。
その数十分後、夏侯惇は于禁にどう見ても確実に負ける状況になっていた。スマートフォンのアプリに従って打っていたのにも関わらず。
なので夏侯惇はスマートフォンを無言でテーブルの上に置くと、碁盤の手前側を両手で掴んだ。すると于禁は何かを察したらしく碁盤の両サイドをそれぞれ力強く掴む。
「……おい! 何をする!」
「いえ、何も!」
「離せ!」
「あなたが離したらいかがですか!」
夏侯惇は碁盤の手前側をひっくり返そうとしていたようで、于禁はそれを止めようとしている。両者とも睨み合いながら碁盤を掴んでいるので、テーブルはガタガタと揺れ、碁盤は何やらミシミシと音がしていた。
だが力の加わり具合では于禁の方が明らかに大きいようだ。夏侯惇は下から上へと持ち上げようとしているのに対し、于禁は上から下へと抑えつけている。于禁の方が優勢だった。それでも夏侯惇は諦めない様子だが。
先程からずっと碁盤を掴んでいる二人だが、夏侯惇は于禁にある提案をする。
「決着が着かないのであれば、この石を取り払って、この上で腕相撲で勝負しようではないか!」
「決着はもう着きました! それに、それは碁と関係ないのですが!」
「碁盤を使うから関係あるだろ!」
「な、何と滅茶苦茶な……」
于禁はそうあ然とした、その瞬間に碁盤を抑えつける少し力が抜けたらしく、その隙を狙って夏侯惇は下から上に上げる力をより強める。すると見事に碁盤がテーブルの上でひっくり返り、碁石はバラバラと散らばった。
「俺の勝ちだな」
そう言った夏侯惇はとても誇らしげな顔をした一方、ひっくり返った碁盤と散らばった碁石を于禁は「どうして……」と言いながら見つめていたのであった。