王様ゲーム

王様ゲーム

戦が落ち着いてきたある日の昼下がりのことだった。
この日の外はよく晴れていたが、劉備は一人で執務室の椅子に座り、大量の竹簡が山のように積んである机に向かっていた。それも前から、やりたくないと放置して溜めていたものばかりを。なので諸葛亮にかなり怒られ、劉備は仕方なくそれを何とかすることにした。
かなり嫌々ながらも朝早くから執務をしていると諸葛亮が入室するが、その度に竹簡を机の僅かに空いたスペースに置いて「これもお願いします」と、淡々と言って退室していた。劉備は苦い顔をしているが、諸葛亮は態度を変えない。机に空きスペースなど作らせないと言わんばかりに。約一時間に一回のペースで竹簡を持って来るので、劉備は今日中に終わる気がしないと一旦筆の動きを止める。
一向に減らない竹簡を見た。もはや劉備は重い溜息しか出ないようだ。かなり憂鬱そうな目で、窓から見える晴れた空を見る。
「仕事を放っていた私が悪いのだがな……」
疲れた顔をした劉備は机の僅かな空いたスペースに肘をつく。少し休憩するだけだと、誰もいないのに呟きながら。
そうしていると諸葛亮が入室した。だが竹簡は持っておらず、羽扇をゆらゆらと揺らしている。
「諸葛亮!? ……つ、つい先程、休憩し始めたばかりでな!」
「……分かりました。お疲れのようなので少し、気分転換をしましょうか」
諸葛亮はまだ何も言っていない。それだというのに劉備は焦りながら言うと、諸葛亮は少し呆れ気味になりながらそう提案した。劉備からは気の抜けた返事が出る。
「気分転換……?」
「はい」
「どのような……?」
すると諸葛亮は、袖から箸くらいの長さと細さをしている木の棒を五本取り出した。何も変哲も無い木の棒だが、その中で一本だけ先端が赤く塗られている。劉備はそれを指摘すると、諸葛亮は説明を始めた。
「ここに五本の棒がありますが、先程殿が指摘それていた通り、一本だけ赤いものが。残りの四本には赤いものと同じ場所に、よく見ると一から四まで番号が振られていますが、見えますか?」
「ん……? 本当ではないか。近くで見たら数字があるな」
劉備は棒の先端に顔をかなり近付けると、番号が墨で記してあるのを確認して頷いた。
「この先端の赤や番号が隠れるように私が持ち、どれがどの棒か分からない状態で他の者が一斉に引きます。そのとき、番号が振ってある棒だった場合は、他の者には伝えてはなりません。そして先端が赤い棒をいた者が棒を見せ、どれかの番号を指名して命令を下す、という遊戯をしましょうか」
劉備は目を輝かせた。何時間も竹簡と睨み合っこをしていて、精神的にも身体的にも限界だったからだ。その中で気分転換の遊戯となれば、やらない訳がない。なので劉備はその遊戯をすることにした。理由は聞いたことがない遊戯ではあるが、何だか楽しそうだと。
だが劉備には一つ疑問があった。
「棒は五本あるということは、つまりは五人で遊戯をすることになるが、私と諸葛亮しか居ないぞ?残りの三人ははどうするのだ?」
「ご心配はありません。既に残りの三人は招集済みです」
諸葛亮がそう言うと、タイミングよくその残りの三人が入室した。その三人というのは、関羽と張飛と趙雲だ。三人とも少し前に鍛錬を終えて休憩していたところ、諸葛亮に呼び出されていたらしい。何も説明も無しに。
「兄者、お疲れの様子で……!」
「大丈夫だ。雲長」
関羽は疲れた顔の劉備を見るなり、そう労りの言葉をかけると、劉備は大丈夫だと返した。
「ったく、無理するんじゃねぇぞ大兄者」
「分かっている。ありがとう翼徳」
張飛は一瞬、諸葛亮の後に机に積んである大量の竹簡を睨み付ける。
「私もお手伝い致しま……」
趙雲は何か言いかけたとき、諸葛亮が言葉を遮る。羽扇で口元を隠しながら。
「いつまで経っても始められないので、さっさと始めますよ」
諸葛亮はそう言うと関羽と張飛と趙雲の三人に、劉備と同じ説明をする。三人はその説明を理解すると、劉備のためだと言うとその遊戯を始めることにした。
劉備の執務室はある程度の広さがある。なので執務机から離れた場所に椅子を五個を、おおよそ円の形になるように並べた。四人はそれにそれぞれ座ると遊戯が始まる。
だが諸葛亮のみは座らずに立っており、赤や数字を見えないように木の棒を持つ。そしてそれを四人一斉に棒引かせると、諸葛亮は余った棒を確認した。
「赤はどなたでしょうか?」
趙雲は数字の記してある棒を確認した後、周囲にそう言うと諸葛亮が赤の棒を見せつける。
「私です」
「何か命令を下されよ、諸葛亮殿」
関羽は長い髭を撫でながらそう促すと、諸葛亮は数秒考えた後に命令をした。
「……それでは二番の方、ファミリー○ートで期間限定のカップのバニラアイスを五人分買ってきて下さい」
「分かった、行って来よう。あのアイスは私もちょうど食べたかったのでな」
劉備はそう言いながら立ち上がった。そして懐から財布を出そうとすると、趙雲がガタリと勢いよく立ち上がる。そして真剣な顔で言った。
「趙子龍! いざ、セ○ンイレブンへ参る!」
すると趙雲は素早く部屋を出て行った。目的地を完全に間違えた状態で。
それに素早すぎて、あまりの驚きで関羽と張飛は全く止められないようだった。今まで見たことのないような勢いと素早さだったからか。
「趙雲殿!? ど、どうするのだ軍師殿……」
関羽はあ然とした表情でそう尋ねる。それに劉備も張飛も、同じ表情をしているが、諸葛亮だけは冷静だ。
「趙雲殿は放っておいて四人で続けましょう、誰にも止められないですし。それにセ○ンは孫呉の領地の境界線にあります。孫呉にとって、いい軍事的脅威になるでしょう……恐らくですが……」
「もう知らねぇよ俺……」
張飛は助けに行くことを諦めたようで、そう匙を投げると諸葛亮は四と記してある棒を外した。いきなり一人脱落しても、遊戯を続けるつもりだ。
「さて、それでは次で最後にしましょうか。そろそろ殿に仕事を再開して頂かなければ」
「趙雲とアイスは……」
「いずれ来るでしょう」
諸葛亮は相変わらず冷静に、そう答えた。劉備は納得しないようだが、四人は諸葛亮の持っている四本の棒からそれぞれ選ぶと一斉に引き抜く。
「誰が赤なんだ?」
張飛は数字の記してある棒を引いたらしい。なので周囲にそう尋ねると、劉備が赤い棒を上げる。とても嬉しそうな表情を浮かべているが、他の三人は凝視した。
「わた……」
だがその瞬間、他の三人はほぼ同時に劉備へとほぼ同じ言葉をかけた。
「兄者、ご命令を!」
「大兄者! 命令は何だ?」
「殿、命令をお願いします」
それを聞いた劉備は、溜息をつくと顔に両手を覆う。
「何だこの既視感……いつも通りではないか……」
そうボソッと呟いたが、三人は命令をするよう促すばかりだったという。