獣は一頭でいい
肩甲骨のあたりまで髪を伸ばしていた夏侯惇はある夜、髪を切ることにした。
理由は単純で、日常生活で何かと邪魔になるからだ。かと言って結うのも面倒。なので夏侯惇の私室にて夏侯淵に耳に少しかかるくらいまで切ってもらうように頼んだ。ただし髪を整えるための道具ではなく、戦に使用する刀で。思い立ってからすぐにであったので、わざわざ夏侯惇が用意するのが面倒だったらしい。
夏侯淵に大雑把に切ってもらった後に小さな刃で適当に整えてもらうと、髪をかき上げて香油を薄く塗ると更に整えた。夏侯惇は鏡も見ずに満足そうな顔をする。
「これで不便は解消されたな」
夏侯惇は夏侯淵に礼を言うと、二人で切った髪を片付けた。その後に夏侯淵は部屋を出る。
夏侯惇は一人になったので軽く伸びをしていると扉からノック音が聞こえた。なので夏侯惇は入室を促す返事をすると、于禁の「失礼致します」という声が聞こえて扉が開く。
「……髪を、切られたようですな」
「そうだが?」
「先程、夏侯淵殿とすれ違ったところで聞きました。よくお似合いで」
「お前に言われると照れるな……」
夏侯惇は頭を少し掻いていると、ずいずいと于禁は壁に向かい合って詰め寄る。夏侯惇は突然何だと困惑していると、于禁は耳元に唇を寄せて囁く。
「……ここまで首を出されると、どこの誰かも分からない獣に襲われてしまいますが、どうされるおつもりでしょうか」
「そんな訳無い……っあ……」
于禁は耳に軽く息を吹きかけると、夏侯惇は声を漏らしながら肩をビクッと跳ねさせる。更に、夏侯惇の首へとわざと大きなリップ音を立てながら唇をつけた。
「それが獣を欲情をさせてしまうと言うのに……」
すると夏侯惇は背伸びをして両腕を于禁の肩に回した。それを見た于禁は中腰になり、夏侯惇を抱き寄せる。夏侯惇は于禁の体にすっぽりとはまった。
「獣など、お前だけで充分だ……」
次は夏侯惇が于禁の耳元に唇を寄せると、そう囁いてひどく誘惑したのであった。