独りより二人
夕方を過ぎた頃だろうか。リビングで夏侯惇は休日だというのにスーツを着ていたが、あとはジャケットを羽織るだけだった。だがなぜ休日にスーツ姿なのだろうか。その理由は大学時代の友人に昨日、突然にディナーに誘われたからだという。人数は夏侯惇と合わせて男女五人で。于禁はそれを聞いて眉間の皺を深くする。
「まぁ、学生時代に連絡先を交換しているくらいで、卒業してからはほぼ連絡を取っていない相手しかいないがな……お前、一瞬だけ険しい顔をしたな?」
「そんな訳……」
于禁は図星なのか焦っている。
「安心しろ。別にお前から心変わりはしない」
そう言って背伸びして于禁に口付けをすると、夏侯惇は穏やかに笑った。部屋着姿の于禁は、唇に手を添えながら顔を赤くする。
「相変わらず可愛らしい反応だな」
「……突然でしたので」
ジャケットを羽織った夏侯惇は「それはすまんな」と平謝りをした。
すると少し時間に余裕があるようだ。夏侯惇は腕時計をチラリと見た後、于禁の方を見るがどこか遠くを見ていた。
「学生時代の友人、それも男女でですか……」
「どうした?」
「いえ、学生時代は前と同じと言ったら良いのでしょうか、友人が一人も居なかったもので」
「そ、そうか……」
夏侯惇はリアクションに困っていると、于禁は夏侯惇をそっと抱き締めた。
「なので、私はあなたを失ったら、私は一人きり……」
「おい、いきなりどうした?」
于禁は泣きそうな声音でそう言うので、夏侯惇は背中をポンポンと叩く。幼子をあやすように。ふと夏侯惇は前のことを少し思い出した。
「……先程言っただろう? 俺を信用していないのか?」
スーツに少し皺が入ったが、二人はそれを気にせず会話を続けた。
「あなたを信用しているのは当たり前です」
「だったらそのようなことを言うな」
「はい……」
ようやく二人の体が離れる。于禁の表情は沈んでいたが、そろそろ時間のようなので「行ってらっしゃいませ、お気を付けて」と夏侯惇に見送りの言葉をかける。だが夏侯惇は首を横に振った。
「よし、今日の約束はキャンセルする。だから于禁、今から俺と二人で外に食いに行くぞ」
「……それはよろしくないのでは?」
「気にするな。昨日急に声をかけられたから、直前でキャンセルしても問題ないだろう」
夏侯惇はスマートフォンを取り出すと、何やら文章を入力し始める。そしてその文章を送信してから数秒後に返信が来たらしい。その返信の内容とは、夏侯惇の直前のキャンセルに対してのものだった。詳細は『突然声をかけたので直前のキャンセルは気にしていない』と。
だがそれを聞いても于禁は申し訳無さそうな顔をする。
「私があなたに気を使わせてしまったようで……」
「俺が決めたことだ。ほら、支度ができたら行くぞ」
「はい、分かりました」
于禁からの返事が返ってくると、夏侯惇は再び背伸びをして于禁に口付けをしたのであった。