無自覚の嵐

無自覚の嵐

架川が組織犯罪対策課に戻ることができてから、数ヶ月が経過した。
とある組が秘密裏に何かをしようとしていることを、小耳に挟んでいたらしい。なので課で朝から捜査会議をした後に、数名の者たちでそれを探ることにした。架川はそれに近いが、グレーとは言えない人々の名前を頭の中で巡らせる。
その中で、一番口を割りやすいだろうと推測する人物を絞っていった。結果二人が絞り出されると、架川は聞き込みの為に早速向かって行く。まずは小さな情報を得た後にそこから見える証拠となる紐を、確実に引っ張る為に。
一人目は、組のいわゆる下っ端が頻繁に来る商店街の小さな青果店である。この店はごく普通の雰囲気をしているが、架川は警戒しながら聞き込みをしていった。
よく利用しているので容姿や特徴、それに買い物の内容を詳しく把握できる。一見は捜査に役に立たないであろうものだが、架川は店主から真面目に話を聞いていったのであった。
次に二人目だが、同じく商店街で店を構えている。架川は青果店を出る前に買った、食べ歩きに適している外見のフルーツサンドを食べながら移動した。そこまでの距離からして歩いて一〇分くらいだろう。架川はもぐもぐと美味しそうに食べながら、目的地へと向かって行った。
到着する直前には食べ終えていたので、袋などをビニール袋に入れてからコートのポケットに入れる。そして看板を見上げると、文房具屋と書いてあった。架川はそこに入る。
一人目と同様の調子で質問をしてから、用が済んだので店内をキョロキョロとした。すると架川があるものを見つけたのか、とある文房具を手に取る。当然のように売り物であるので、架川が「ちょうど切らしたところでな」と言うとそれを買ってから店を出た。今回の聞き込みの収穫は、大きなものは無かったが小さなものはあった。
警視庁に戻ってから聞き込みの内容を纏めていく。まずは組が行おうとしている計画の、輪郭がぼんやりとだが見えてきていた。それは架川の聞き込み内容と、他の課の者の調査で発覚したことである。
すると聞き込みの対象が大きく広がったが、人数はかなり多い。現在の時刻は夕方であり、今からそれを整理するのは無理があるという判断を上司がした。なので今日のところは他の仕事をするようにと指示が下る。しかし架川は半分自由になったので、用事があると言って警視庁を出たのであった。

架川の用事の行き先というのは、桜町中央署だ。出入口に立っている制服姿の警察官と目が合うが、架川のことをしっかりと覚えているらしい。「お疲れ様です!」と敬礼をされたので、架川は「ご苦労さん」と返してから署に入る。だがかつて在籍していた刑事課ではなく、架川は鑑識部屋に真っ直ぐ歩いていった。
そして扉を開けると、制服姿の部屋の主は大層驚いた顔をしている。口をあんぐりと開け、架川の方を凝視しているからだ。
「……!? なんでここに!?」
「よぉ仁科、久しぶりだな」
このときの仁科は少しの暇を持て余していたのか、机に向かってパソコンの画面に幾つも並ぶ電車の写真を見ていた。その最中に突然に扉が開き、架川が姿を現して呑気に片手を振っていた。仁科としては因縁の深い相手なので、すぐに嫌そうな顔をする。
「お前、相変わらずだな」
架川はサプライズが成功したように、部屋の中を楽しそうに勝手に歩く。それを見て椅子から立ち上がった仁科は、嫌そうな顔を消さないまま架川の動きを止めようとした。
「ちょ、何しに来たの!?」
「別にいいだろ。俺も警察官だから、ここに来ようが何も問題ないだろ?」
返ってきた言葉は正論でしかなかった。仁科が悔しそうにしていると、架川が部屋の大きな棚にある物に触れようとする。なので仁科が「前にも言ったじゃない! それは触ったら駄目!」と注意をした。
するとつまらなさそうな表情に変えた架川は、何かを思い出したらしくコートのポケットをまさぐる。元から空であったので、今日文房具で買った物をすぐに取り出した。それを笑顔で仁科に見せる。
「そういえば聞き込み中にこれを見つけたんだ。やるよ。電車、好きなんだろ?」
それはノック式のボールペンであった。ノック部分がチープな電車の形をしており、白色の外軸には電車のイラストが描かれている。更にグリップは黄色で、全体的に可愛らしいものだ。
仁科は眉間に皺を寄せながら、ボールペンを無言で睨む。なので架川が「いらねぇのか?」と、ボールペンを仁科に差し出しながら聞いた。ノック部分を向けているので、仁科は更に強く睨んでいく。
「……仕方ないから、受取っておきますよ! 仕方ないわね!」
仁科がボールペンを仕方なく受け取ると、架川が「よかったよかった」と呑気に呟いてから扉へと向かって行く。
そこで入った時には見えなかった、壁に掛けられた白いコートを見る。それは前に架川が仁科に贈ったものだ。長野で拉致されて助けに来てくれた際に、当時着ていたコートに穴が空けてしまったという詫びで。
「まだこれ着てんのか? 一時的にって、俺はやったけどな」
「はぁ!? いいじゃない! 買い替えるのも捨てるのも勿体無いから着てるだけです!」
「お、おぅ……」
仁科の言葉がとても必死なものになっており、心なしか頬が赤い。だが架川は怒っていると思って小さく謝る。次に「無理すんなよ」と言ってから、鑑識部屋を出て行ったのであった。
その後に一人残された仁科は両手で顔を覆い、耳や首まで酷く赤面していたことを誰も知らない。それに、次の日から使い始めたボールペンのことさえも。

2023年12月9日