新撰組が解散したのは、夏の頃である。遂に浅葱色の羽織を、土方は脱いだのだ。
それまでに土方が近藤勇や藤堂平助の葬送があったが勿論、他の者の葬送も行う。生前に世話になっていない訳などなく。恨む節もあったが、今は死人である。そのような感情を、自ら消していった。
その数ヶ月後に江戸幕府第十五代将軍である、徳川慶喜が大政奉還を行った。場所は京の二条城とかなり近い。
土方は二条城に足を運んだ訳ではなかったが、徳川慶喜の顔を遠くからちらりと確認していた。徳川慶喜の人となりにはあまり興味がなかったが、それでも遠くから視界に入れてみたいと思えたのだ。印象は惹きつけられる目をしていると思えた。これが、人の上に立つ者の目つきをしているのだと。だがそれ以外はないので、視線を外す。
解体後の屯所や土地は売りに出す。京の街に近いことや、屯所が立派だったので高値で売れた。
そこで土方がようやく一息をつけたのは、年が明けてもなお雪がどんどん降るであった。銭がない訳ではないが、身に着ける着物は薄い。百姓の出であり、贅沢をするのはどうにも性に合わないせいなのか。
京の雪空を見上げるのは何度目なのか分からない。そう思いながら、傘も持たずに歩いていく。京の街は相変わらず華やかである。昼間であるのにも関わらず、酒に酔っている人を散見できた。
新撰組という組織が無くなった今、奉行所が代わりに京の治安を維持してくれるのだろう。新撰組という存在する理由が無くなり、京の人々はどう思っているのだろうか。壬生狼と恐れられ、常に返り血を浴びていると思われてきた。そして土方自身は鬼の副長などと呼ばれてきた。それらが無くなるのだが、これからの京の街などは興味がない。極力、隊の者以外とは深い関わりをしていなかったせいだからなのか。
なので土方は京から離れることにしたのだが、これからどうすべきか考える。新撰組の土地や屯所を売却した金は、沖田と永倉と自身で三分割をしたのでかなり懐が温かい。当分の間ならば遊べるだろう。しかし土方には遊ぶ能などない。近藤などのように、女遊びをしてこなかったからだ。
そこで考えたのだが、土方は京から出たいと考えた。目的地は江戸と考えたものの、しかし江戸までは遠い。なので周辺の地域にしようと思い脳内で地図を広げる。出雲や呉をまずは頭の中で描いていくが、そこまでもやはり遠い。なので別の場所を想像すると、伊賀などが思いついた。それらの場所であれば、自身だけで旅に出られる。
思い立ったが吉日と、土方は決心をする。手持ちを確認したが、伊賀まで到達するのに最低でも笠は欲しいと思えた。なのでそれを買い求めた後に、伊賀のある方向を見る。自身の体力があれば、数週間で辿り着けるだろう。この足で、向かうことができるだろう。
しっかりと頷いた土方は、京の街に背を向けて歩いて行った。勿論、身の危険もあり得るので刀は離さなかった。
道中までに、雪や雨などの困難は当然のようにある。笠を被っていたので凌ぐことはできたものの、流石に一晩中浴びると体力が削がれていった。それに何か引っ掛かるような気がしたが、何なのだろうか。足を進めながらも考えるが、何も出てこない。
すると何度が陽が昇る空を見たところで、途中で宿屋を見つける。現在居る場所は、宇治であった。京からはあまり離れていないらしく、土方は大きく肩を落とす。
宿屋を見ればしっかりとした造りの建物で、どこか洋風の面影がある。西洋を若干ながらも意識したらしく、最近できたものであった。京ではあまり見ない風情が見える。二階建てで、柱や壁はしっかりとした木製だ。
宿の主は中年の男で、体型は小太りだ。曰く商売が上手くいっているらしく、入った際に自身に景気の良い言葉を何度も発していた。
土方は偽名を利用して、ここで休憩することにする。名は適当に、喜三郎と名乗る。今の時代では、ありふれた名前だ。宿屋の主の男は、名前や土方の様子に不審の目を向けなかった。
手持ちの金からしてあまり高くない部屋を取ったが、それでも新撰組の屯所よりかは上等だった。部屋に入るなり、思わず室内を見回す。宿屋の主に案内をされたが、部屋毎に風呂があると言っていた。つまりは土方が取った部屋にも風呂があるのだろうが、金持ちの家にでも居るような気分になってしまう。思わず萎縮さえしてしまっていたが、内心で首を横に振る。そうしていると、宿屋の主が他の説明をしていく。だが案内を終えたとどこかへ行ってしまった。入り口の襖を閉め、泊まる部屋を見る。
まずは壮麗な絵が描かれている襖に見入る。宿の主から先程聞いたところによると、宇治では有名な絵師が描いたらしい。だが土方は絵師などの芸術事には疎いところもある。よく分からないまま話に頷いてしまっていたのだ。
まだ綺麗な畳の上で正座をすると、使い込んでいる刀を置いた。そして大きく息を吐く。ひとまずは落ち着くと、出ていなかった疲れが大きく出た。体はいつの間にか重くなっており、視界が次第に重くなる。もうじき、体や脳が動かなくなっていくのが感じた。もうじき、眠ってしまうのだろうか。
「いかん……眠っては……もう少し……」
そう呟いた土方だが、勝手に体が横たわってしまう。今まで、そんなことなかったというのに。しかし体が言うことを聞いてくれないまま、土方は静かに眠っていったのであった。
甘い匂いがする気がした。あまり嗅いだことはないが、これは知っている匂いだ。確かこれは甘味の匂いだったような気がする。上品な砂糖の香りを嗅ぐと、それを口に入れたくなった。幼い頃は貧乏だった故に、それとは縁がなかったからだ。
手を伸ばせば、口に入れることはできるのだろうか。そう思った土方は、どこにあるのか分からない手を伸ばす。すると布に触れた後に、さらりとしたものに触れる。これは皮膚だったのだろうか。疑問に思うと同時に、意識が浮いていくように感じた。
目を覚ませば、まずは宿の天井が見えた。しかし薄暗く、陽が沈んでいるのであろうことが分かる。なので体を起こそうとすると、人の気配があることに気付く。置いた刀を探そうと手を伸ばすと、先程の触れた感覚を拾ってしまう。皮膚に触れたのだ。なのでその場所を睨もうとすると、土方が声を出した。
「……っ!?」
見れば見慣れない男が居るが、顔を伏せて胡座をかいて寝ていた。すやすやと呑気に寝息を立てている。髪は短いが無で上げており、髭を生やしていた。髷を最近になってを止めたことが窺える。服装は土方と同様に着物である。模様は無く、庶民が着るような色合いをしていた。見たところによると、ごく普通の男に見える。
この男はどうやって入って来たのだろうか。そもそも、この男は誰で、何の為に男である自身の部屋に入って来たのか。それとも、部屋に入り間違えてしまったのか。
何をどうすべきなのだろうか。しかし刀で殺す訳にはいかず、悩んでいると男が顔を上げた。どうやら目を覚ましたらしい。
「ん……朝か?」
男が頭を軽く掻くと、こちらを見る、知り合いかと思ったが、見たことはない顔だ。なのでいつでも組み敷くことができるように手を構えた。武道はそれなりには嗜んでおり、刀を携えていなくとも人を制圧できるように鍛錬はしていたのだ。
「お前は誰だ」
「ん……あぁ、土方、邪魔しているぞ」
自身の名前を知っているということは、知り合いなのだろうか。頭の中で思い出そうとするが、何も思い出せない。それに、邪魔をしているとは何なのだろうか。自身としては、この男は勝手に部屋に入ってきたというのに。
なのでもう一度「お前は誰だ」と声音を低くして言った。土方としてはかなり威圧を与えられたと思うが、男は怯みもしない。なかなか肝が据わっている。
「ん? 俺のことが分からないのか。そうだな……一つ手がかりを教えよう。俺とは、一度も会ったことがない」
「それは……手がかりじゃないだろう」
そろそろはらわたが煮えそうになっていた。それくらいに、土方の中で怒りが満ちていく。だが目の前の男は、まともな言いそうにない。
それに、部屋に勝手に入って来ている。今すぐに追い出したいが、騒ぎになるのは避けたい。自身は、元新撰組の副局長だ。それが知られては何かと目立つだろう。
「そうだな……二条城だ」
「二条城……?」
眉をひそめる。二条城で会ったというならば、男の声で見当をつけようとした。二条城にまつわる人物を洗い出そうとするが、大政奉還の後に行った覚えはない。
遂に堪忍袋の緒が切れた。素早く男の体をうつ伏せに倒し、その上に乗り上げる。腕を背中に回して押さえつけた。男は無抵抗であったので容易く拘束され、身動きを取れなくさせる。どすんと音がした。
顔を近付けてから怒り気味に訊ねるが、男は動じることなどなく冷静である。
「名乗れ……さもなくば……」
「……徳川、慶喜だ」
男が有り得ない名を出してくるが、土方は目を見開いた。
「将軍だと……? 妙な嘘をつくな。このような所に……」
そこで男がこちらを凝視してくるが、どうにも抵抗の意思は見られない。まるで、土方が危害を加えないと信じているかのようだ。
目が合ううちに動揺をしてしまっていると、形勢が一気に逆転した。気を抜いてしまったのか、寧ろ体を畳の上に叩き付けられる。驚きのあまりに、肺から一つ息を吐いてしまった。今度は土方が畳の上に伏せてしまう。しかし腕は拘束をしておらず、いつでもこの体勢を崩すことはできるだろう。
男が「土方」と短く呼ぶが、特に様子を変えることはない。それを見た土方は、この男はただ者ではないと思えた。いや、この男の言う通りに本当に徳川慶喜なのだろうか。
新撰組を解体した後に大政奉還があり、京に徳川慶喜が来たので顔はちらりと見ていた。思い出してみれば、どことなく面影があるような雰囲気があった。特に目元が、以前に見たようにどうにも惹きつけられてしまう。
そこで土方は確信をしてしまう。目の前に居るのは、本物の徳川慶喜ではないのかと。なので黙っていると、男の体が離れていった。
「貴方は本当に、慶喜公ですか……?」
口調はいつの間にか目上の者に対するものに変わっていた。自然とそうなったのだ。男と目が合うと、舌が脳で発しようとした言葉とは異なる動きをしてしまうのだ。そうしていると土方の中で確信に変わっていく。
「あぁ」
簡単にそう言われただけで、土方は納得してしまう。なので素早く起き上がってから正座をすると、額を畳に密着させる。
「これは、ご無礼をお許し下さい、慶喜公……! そうだ、詫びをしなければ……」
土方の心臓は今まで経験したことがないくらいに、どくどくと鳴っていた。それくらいに、命などの危機を感じる。慶喜の近くには、数人の近衛でも居るのだろうか。刀だけではなく、銃を携行しているに違いない。そうとなると、自身はとてつもないことをしてしまったと思える。だがもう遅い。
「どうか、私の命で、お許し下され……」
喉から声を振り絞ってそう言う。慶喜から見れば無様にでも見えるのだろうが、それでもいい。とにかく、大政奉還した身であっても、慶喜は自身などの人間よりも身分が上だと思えたからだ。
「ふむ……ならば……」
少し考える慶喜の声が聞こえるが、土方は頭を上げる気はない。
すると畳の上を引きずるような、ずるずるという音がした。慶喜がこちらに近付いて来るのが分かるが、それでも頭を動かさない。そうしていると、頭上から声がした。
「土方、お前は旅をしていると聞いた。俺も同行させて貰えないか?」
「……えっ?」
思わず頭を上げてしまうが、慶喜は笑みを浮かべていた。恐れおののいているこちらのことなど、気にしていない様子だ。
「いいだろ? 俺は女や子どもではあるまいし、足手まといにはならないだろ。大丈夫だ、俺はもう、隠居の身だ。時間など幾らでもある。暇を持て余していてな」
慶喜には悪いが、言う通りだと思った。斉藤一、いや坂本龍馬から聞いたところによると、徳川慶喜と刀を交えたがかなりの強者だったという。沖田のように冗談などを言うような者ではないので、土方は信じていた。
それに暇を持て余しているとは本当なのだろうか。隠居の身分になったことは、分かるのだが。
「ですが……」
だがどうして自身の旅に着いて行こうと思ったのか。そもそも、どうして自身がここに居ることを知っているのか。それらを訊ねようとしたが、先に慶喜が教えてくれる。心を読まれているかのようで、少し怖くなった。
「大政奉還の後に、江戸に戻っていた。しかし、京の街に興味を持ったから、最近来たんだ。そうしたら新撰組解散の話を聞いたのだが、他の者たちはすぐにどこかに行ってしまった。だが、お前は後処理のことでよく名を聞いていたから、少しの間、尾けさせてもらった。忍びを利用してな」
慶喜の言葉が理解できたが、まさか尾けられていたとは思わなかった。流石に元新撰組の副局長とは言えど、忍びの者の隠密には勝てる筈がない。
肩をすくめた土方は、観念をしたように頷く。慶喜と共に行動するのは、失礼ながらも悪くはないと思えたからだ。すると次第に高鳴っていた心臓が落ち着いていく。
「慶喜公が宜しければ、お供して頂きたく……」
再び頭を下げようとしたが、そこで慶喜が懐から何かを取り出した。それは紙に包まれたものではあるが、先程土方が畳の上に押さえつけたせいで潰れていた。皺だらけである。土方はつい目線を逸らしてしまう。謝りたいのだが、気付くのに遅すぎたのだと頭を抱えそうになった。
「潰れてしまったが……大福を土産に持ってきた。食うか? だが、甘味が苦手だったら、すまない」
慶喜の手によって紙が開かれるが、そこには平らになってしまった大福が二つある。
「甘味……」
そこで目を覚ます前の甘い匂いを思い出す。あれの正体は、これだったのだ。
だが甘味とは、贅沢品の一種だと未だに思える。百姓の出ではあるが、後に新撰組という組織の副局長に就いていた。自慢ではないがそれなりに待遇良かったので、甘味を買う余裕があったのだ。
しかしそれでも、貧乏性など抜ける筈もなく、今まで甘味には触れて来なかったのだ。
すると常に皺が寄っている眉間が、大きく崩れる。それくらいに、甘味が魅力的に見えるのだ。
「ふふ、鬼の副長と言えど、甘味には勝てないか。潰れてはいるが、食うぞ。ほら」
包みをこちらに向けてくれるが、先に取っても良いということなのだろう。恐る恐る手を伸ばしていくと、大福を一つ手に取る。とても柔らかく、もう少し手に力を入れてしまえば潰れそうだ。持っている手に力を入れないようにしていると、手が震えてくる。
「では、頂戴致します……」
頭を下げる。すると慶喜が頭を掻きながら「そこまで改まるなよ」と言った後に、残りの大福をい手に取る。そして頬張って見せた後に、大福のように柔らかい笑みを浮かべていた。
「美味いぞ。土方も、どうだ? 早く食え」
「は、はい……では……」
大福にゆっくりと囓れば、すぐに小豆の甘さが口の中に広がる。思わず目を見開くと、大福を落としそうになった。慌ててしまう。
「はは、美味いのか、良かった」
慶喜は穏やかに笑うと、残りの大福をあっという間に平らげていった。それを見て、土方は急いで大福を食おうとするが、慶喜が「慌てずに食え」と言ってくれる。
大福を食っている様を、慶喜に見られながらも完食していった。頬はいつの間にか熱く、鼻息が少し荒いように思える。人前で食うだけだというのに、ここまでの状態になってしまったのは初めてだ。
「とても、美味な大福でした」
「それはよかった……さぁ、食った後は風呂に入って酒でも飲もう。土方、お前が新撰組に居た頃の話を少しでもいいから聞きたい」
「男ばかりのむさ苦しい話しかありませんが……」
控えめにそう言うが、慶喜が聞きたいと言うのだ。それならば、話すしかない。だがその前に風呂にしたいと思えたが、生憎にも着替えなど持っていなかった。
「あの、私は着替えを……」
「ん? 着替え? 大丈夫だ。すぐに用意させよう」
「用意、とは……?」
首を傾げていると、慶喜が立ち上がった。そして襖を開ければ、近衛の者が一人立っている。手には布のようなものがあるが、これが慶喜の言う着替えなのだろうか。
「俺の予備で悪いのだが、これを使ってくれ。あと、今からお前に警護なりしてもらいたい。旅の間だけになるが、頼めるか?」
「私がですか……!?」
驚きのあまりに大きな声が出てしまったが、改めて考えてみる。
一人で旅をするつもりであったが、どこか寂しさを覚えていたのかもしれない。雨や雪が降ろうが、京の街から宇治まで一人で来ていた。そこで苦や喜びを共にできる者が居れば、と考えようとした時があったのかもしれない。
「ほら、風呂に行くぞ。日は長くなった方だが、それでも外が暗くなるのは早い」
「えっ、は、はい……」
すると慶喜が風呂のある方向を見る。どうやら室内の間取りを把握していたらしく、指まで差す始末だ。
風呂は木製の扉の向こうにあり、慶喜が早速に開けると檜の匂いがこちらに来る。贅沢にも、露天風呂になっていた。
浴槽は檜の板が組み合わさってできたものだ。大きさはかなりあった。ここからは宇治の自然やこの宿屋の小さな庭まで見える。周囲には綺麗に選定された松の木などがあり、きちんと管理されているのが分かった。床は大きな石を切り出し、丁寧に磨かれたものである。
土方はここまで豪華だとは思わず、驚きながらそれを見た。一方で慶喜はこのようなものには慣れているらしい。短い感嘆として「おぉ」と声を上げていた。
そして見れば既に、湯が湧いているらしい。微かに湯気のようなものが見えるが、そうしている頃には慶喜は着物を脱いでいた。着物は一枚しか身に着けておらず、着物が剥がれると、すぐに肌が見えた。それは女のように、雪のような白さが見える。思わず土方はそれを凝視してしまうが、白い肌の次は鍛えられている体が目に入った。相手は男であることがすぐに分かるので頭を左右に振る。
「どうした?」
「い、いえ……」
目を擦ろうとしたところで、慶喜に「土方も入らないのか?」と言われる。これは頷くしかなくなり、すぐに返事をすると着物に手を掛けた。
着物を脱ぐが、自身のようなむさい男と共に入浴をしてもいいのだろうかと考える。だが慶喜は全裸になっており、入る準備がもうすぐで整う。
「湯を少し浴びてから、俺はもう入るぞ」
そう言った慶喜は石の床の上をペタペタと音を鳴らして歩き、近くの桶を取った。浴槽から湯を掬おうとしたが、その直前で手を止める。
「おお、これは……椿の花が浮いているぞ。この宿屋は趣味が良いな」
「椿の花、ですか……」
そう言いながら着物を脱ぐが、股間を隠すか否か悩んだ。しかし慶喜は何も隠さずにいるので、土方もそうすることにした。新撰組に居た頃は、このような所謂裸の付き合いはほとんどしたことがない。あるとしたら、近藤と数回程度だろう。少しの恥がこみ上げた。
慶喜が椿の花びらを見てから、桶の湯を肩から流していく。適度な温かさがあり、心地が良いらしい。目を細めていた。
控えめに前屈みになった土方も、続けて桶を取る。浴槽には大量の椿の花びらが浮いてるが、それを一瞬だけ目に入れた。そして慶喜のように湯を掬ってから体に掛け流した。熱い湯が体を濡らしていき、気持ちが良い。
「ほら、入るぞ」
土方の一連の動作を見ながら、どうやら待ってくれていたらしい。
「はい……」
畏れが多いと思いながらも頷いた。慶喜がまずはつま先を湯の表面につけると、一面にある赤色に穴が空く。そして膝や腰まで入った後に、湯に浸かる。慶喜の白い肌が、椿の赤色によりよく映えていた。思わず、固唾を飲んでしまう。
「どうした?」
「いえ、何でも」
特に何も無いような振りをしながら、浴槽に入る。男二人でも問題なく入ることができることを、腰まで浸かった瞬間に把握した。だがそれでも男二人が入ってしまえば、浴槽の広さに余裕が無くなる。足を少ししか伸ばせないでいた。だが土方にとっては、この時点でかなりの贅沢だと思える。
湯に浸かれば心地が良いが、思えばこのようにゆっくりと湯に浸かるのは初めてなのかもしれない。なので途端に緊張をしてくるが、慶喜の目もある。力が入ってしまう肩を無理矢理に湯に沈めた。温かい。
「しかし……」
そこで慶喜が話を始めようとしたので、土方はその方を見る。こうして見ると、本当に江戸幕府の将軍ではないように見えた。やはり髷が無いうえに、髭を生やしているからなのか。
すると慶喜が大きな笑みを浮かべるが、どうにも親近感が湧いてしまう。しかし相手は仮にも、今は政府にとっては重要人物だ。そう思うと、気を引き締める。
「やはり湯はいいな。こうして、お前と共に正面で話すこともできるからな。さて、新撰組に居た頃の話を聞かせてくれないか?」
「はぁ……」
土方はそう返事をすると、慶喜が喜ぶような話の内容を頭の中で探す。すると見つけたので、慶喜に話していったのであった。
ある程度話し終えた頃には、外はすっかりと暗くなっていた。周囲には灯籠があるので、足元の確保は容易である。だが足元が覚束ないことは確かであるので、そろそろ湯から出るようにと慶喜を促した。
「あぁ……」
そこで土方は慶喜の異変に気付く。どこか呆けているような返事や顔色をしており、もしかしたらのぼせているのではないのかと思った。なので急いで慶喜の元に向かうと、肩を貸しながら湯から出す。
慶喜を見れば、目が虚ろになっている。これは相当にまずいと思った土方は、裸で体が濡れたまま室内に入る。畳が濡れたが、今はそれどころではない。
「慶喜公、大丈夫ですか」
寝かせてから肩を軽く揺すると、慶喜が朧気に返事をしているのは聞こえた。意識はまだあるらしい。
「あぁ……すまない……少し、はしゃぎすぎたようだ……」
「いえ、これは私が悪いのです。貴方の様子を、こちらがよく見ていれば……」
湯の外は少し寒いような気がする。そう思いながら清潔な手ぬぐいを探し、それで慶喜の濡れた体を拭く。これで少しは体が冷えずに済むだろう。
「お体が冷えます」
押し入れから布団を取り出すと、それを慶喜の体に掛ける。そこで一安心した土方は、寒いことに気が付いた。慶喜を拭いた手ぬぐいしかないが、それで自身の体を拭いた。少しは寒さを防ぐことができると、すぐに慶喜が貸してくれた着物を着ていく。
「慶喜公、具合は?」
「あぁ、大分良くなった。すまないな、土方」
「いえ、私のことはお気になさらず」
部屋の空いた部分に布団を敷くと、次に慶喜の着替えを用意する。そこで慶喜の体調が戻ってきたらしい。ゆっくりと起き上がる。
「ここまで長湯をしたのは初めてだった……いつも、誰かに見張られながら、広い浴槽で湯に浸かっていたからな……」
そこで土方はふと思った。慶喜は、今まで出自のせいで寂しい思いをしていたのだろうか。
対して自身は百姓の生まれで、狭い家に家族全員で住んでいた。そして新撰組に入ってからは個室があったものの、広い訳がない。それに風呂だって、百姓の頃と同様に滅多に入れなかった。川で体を洗うか、ごく希に銭湯に行くときは数えられる程度。なので当然のように、慶喜の気持ちなど分からなかった。
「……今はとにかく召し物を。さぁ」
「あぁ、すまないな」
慶喜が着物を着ると、土方はようやく落ち着けた気がした。ふうと一息つくと、そこで露天風呂へと繋がる木製の扉を閉める。檜の匂いが和らいだ。
部屋に火鉢がないか探していると、床の間の手前にあった。炭は新しいものらしく、よく角張っている。中には他によく燃えるものがあった。鉢の中には火打ち石が置いてあるので、早速に火をつける。小さく散った火花が炭に掛かると、火が点きだす。
「慶喜公、火鉢の前へ」
「あぁ、ありがとう……土方、お前も当たれ」
「ですが……」
遠慮をしていると、慶喜にぐいと引っ張られた。そして二人で密着をしながら火にあたる。慶喜から伝わる体温や火の暖かさがあり、すぐに寒さが引いていった。思わず、睡魔に完全に隙を与えてしまう。急激に眠気がやってきた。やはり疲れがあったのだろうか。
「まだ……」
そう言うが、瞼はゆるゆると下りていく一方だ。すると慶喜の肩に頭を乗せてしまうが、眠気により自身がしていることにさえ気が付かないでいる。
「ふふ。余程、疲れていたのだな。今は眠れ」
「まだ……」
うわごとのように土方がそう繰り返したが、遂に瞼が下りきってしまう。視界は暗くなった。
すると心地よい暖かさと、それに声が聞こえる。それは眠っていく子どもをあやすような「いい子だ……」という言葉が聞こえてきた。
実は自身は子どもだったのではないのかと思いながら、土方は眠っていった。
いつの間にか眠っていたようだ。土方が目を開けると、畳の上に横になっていた。だがそこで慶喜や火鉢の存在を思い出すと、急いで起き上がる。
見れば慶喜が自身の隣で畳の上に横になっており、部屋は外からの光で明るい。朝を迎えていたようだ。火鉢に火はなく、すっかりと消えている。
そこで慶喜が風邪を引いてしまうと危惧をして、布団を取り出そうとした。しかしそこで間抜けに転んでしまうと、慶喜を起こしてしまったようだ。何度か声を上げながら起き上がる。
「よ、慶喜公……!」
まずいと思い布団を素早く掛けようとしたが、慶喜が抱きついてきた。寝ぼけているのだろうか。
「慶喜公!」
再度名を呼んでから慶喜の体を引き剥がそうとしたが、そこで小さく囁いていた。思わず、聞いてしまう。
「……今宵、俺のところに来い」
目を見開きながら慶喜の顔を見るが、相変わらず眠っている。これは夢の中で女を誘っているのだろうか。寝言なのだろうか。
返事をしないでいると、慶喜が「早く」と言う。これは答えた方が良いのかと考えていると、慶喜が目を覚ました。惹きつけられる瞳が、こちらを見る。
「ん……あぁ、おはよう。よく眠れたか?」
慶喜の髪はぼさぼさになっており、まるで浮浪者かのように見えてしまう。なので目を擦っていると、慶喜が立ち上がった。着物ははだけており、白い肌がよく見える。
するとその白い肌までも、目を惹きつけられるように思えた。何故だろうか。若く美人な女の肌を目の前にしている訳でもないのに。
「慶喜公、着物が……!」
「ん? あぁ、すまない。見苦しいものを見せてしまったな」
「いえ、私は見苦しい訳では……」
どう言えばいいのか悩んでいると、慶喜が着物を正した。外行き用の着物は無いらしく、そのまま部屋を出ようとした。土方も同じ状態だが、慶喜に着いて行くしかない。
慶喜が襖を開けると、宿屋の廊下は出入りする者が多く居た。今から労働をする為に朝の支度をする者、自身のように旅の続きとして出る者などが居る。
そこで新撰組にはない朝の日常を感じられて、土方は不思議な気分になる。遠巻きに人々を見ていると、慶喜が口を開いた。
「俺たちはどうする? 少しだけ宇治でゆっくりするか?」
「慶喜公は、お体は大丈夫でしょうか。私は……」
するとふらりと視界が揺らいだ。平衡感覚が失われ、床に体をぶつけるかと思った。しかし視界は一向に床に近付かず、遂には遠ざかっていく。
「あぁ、大丈夫だ。ん……? 土方、顔色が悪いぞ」
「私ですか? いえ、そのようなことは……」
返事をしてから気付いたが、どうやら慶喜に体を抱えられていた。まるで、転びそうな女を助けているように抱え方が柔らかい。
かあっと頬を熱くした土方はそれが分かるなり、すぐに慶喜から離れようとする。しかし慶喜の手は解放してくれない。寧ろ固くなっているような気さえした。
「慶喜公……!」
「ん? あぁ、すまない。それよりも、怪我はないか? まだ顔色が悪いな……布団の中で寝なかったせいだが、俺のせいでもあるだろう。しかし、このまま旅を続けても危ない。今日だけはここで休んでいろ」
慶喜の言葉には正確性しかなかった。それくらいに、土方は反論できないでいる。だがここまで、立つことができなくなるまで疲れたのは久しぶりなのかもしれない。最近は鍛錬を怠っているせいだ。
「わ、分かりました。でしたら、慶喜公とは、一旦ここでここで別れ……」
「何を言っているんだ。俺も居るぞ」
「えっ?」
自分でも分かるくらいに間抜けな声が出ると同時に、慶喜が驚いていた。どうやら、互いに予想外であったらしい。
すると慶喜の手がぷるぷると震え始める。さすがに土方のような筋肉に包まれた重い男を、ここまで抱えているのは辛いらしい。一度畳の上にゆっくりと降ろされると、そこでようやくと慶喜が一つ息を吐く。
「申し訳、ありません……」
「俺は大丈夫だ。それより何か食った方がいいな。主人に何か用意させよう」
そこで体をもう一度持ち上げられると、慶喜の顔が若干歪んだ。腕が限界に近いのかもしれないが、ここで暴れてしまっては更に慶喜に負担が掛かる。なので大人しくしながら、布団の上に寝かされた。
布団の上に横になると、何と気持ちがいいと思えた。そしてまだ隠れていた疲労がじわじわと湧いてくる。土方は、自身の不甲斐なさに呆れかけた。
「では、行ってくる。大人しくしていろ」
慶喜がそう言って部屋を出るが、一人きりになった。ここは京の街のように騒がしくはない。なので外から聞こえる音は殆どなかった。
閉ざされた襖を見てから手を伸ばそうとしたところで、土方はあることを思ってしまう。もしかして、自身は慶喜が居なくて寂しいのだろうか。部屋で一人きりで慶喜を待つことが、辛いのだろうか。早く、会いたいのだろうか。
だが違うと否定をしたところで、大きく襖が開いた。慶喜は何かを乗せた盆と大きな急須を持って持っている。
「主人に握り飯と茶を貰った。俺もここで食う。米は炊きたてらしい。美味そうだ」
近くであぐらをかいた慶喜は、畳の上に盆を置く。続けて土方は起き上がってから正座をしようとした。そこで慶喜が「楽にしていい」と言うが、崩す気はない。なので諦めたらしい慶喜は、肩をすくめていた。
言う通りに盆に乗っている皿に塩の握り飯があるが、十個以上はある。どう見ても、ありすぎて食べきれないだろう。隣には湯飲みが二つあった。
しかし昨夜は大福しか口にしていなかったような気がする。酒はそういえば飲んでいないので、胃は空っぽだ。すると腹から空腹を知らせる音が鳴った。土方は恥ずかしさに、背を丸めてしまう。
「腹が空いているなら、遠慮なく食え」
笑いながら先に食っている慶喜がそう言ってくれるので、土方は一つの握り飯に手を伸ばした。仄かに暖かく、炊きたての米で握られていたことが分かる。自然と、頬が緩んだ。
「いい顔をするようになったじゃないか」
「……っ! こ、これは……はい……」
そこで土方はようやく硬くあることを諦め、強張っていたらしい肩が落ちていくような気がした。目の前に居る男は、今は江戸幕府の将軍ではない。かつては幕府に居た、隠居の身の男なのであると。
「ほら、早くしないと残りも俺が食ってしまうぞ?」
一つ目の握り飯を完食した慶喜は、二つ目の握り飯へと手を伸ばしていた。まるで悪戯を仕掛ける幼子のようである。
一方で土方は一つ目の握り飯を食ったばかりである。取られてはならないと急いで食い始めたが、喉に米が詰まりかけた。小さく咳き込んでしまうと、湯飲みに茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます」
茶が入ると同時に湯飲みを掴み、土方は一気に茶を喉に通していく。口腔内が熱いが、致し方ない。
「おいおい、そこまで一気に飲むのか?」
「急いでいたもので……」
喉への違和感がなくなると、安堵の為に土方は胸を撫で下ろす。
「急かしてしまったな。ゆっくり食おう」
二人が握り飯を食い終えた頃には、外からの音が少しは賑やかになった。飛脚の者、商売の者や宇治に住んでいる者の音で溢れる。それらの音は、心地がよかった。生まれたところは宇治のようには発展していないが、それでも心が落ち着く。
「慶喜公、宇治は初めてですか?」
茶を飲んで一息ついた土方がそう質問すると、慶喜が頷く。
「あぁ、この辺りは京しか行ったことがないな。いや、江戸城から殆ど出たことがない。ふふっ、まるで、囚われの身のような人生で終わるかと思っていたが……いや、何でもない」
そう聞くと、少し考えてしまう。土方は幼少期の頃は貧乏で、上の身分の者を恨んでいた時期もあった。時にはあまりの怒りに、上の者に歯向かおうとした。
しかし家族という縄でどうにか心を縛って制御できていたのだ。なので慶喜のその言葉を聞き、上の身分でも人生に悩んでいるのだと思った。
しかしこれは、どの人間も一生抱える悩みなのだろう。人は皆、平等に強欲なのだから。
「ですがこれからは、貴方が思う人生を歩めばよろしいかと思います。私も、そうしようと思いまして」
「あぁ。だから、俺はお前と短い間になるが、まずは旅を共にしたい。城の外からの、景色や人々を見たい」
慶喜がそう言って窓の外を見た。外は晴れており、日差しがよく差し込んだ。それのせいなのかは分からないが、昨夜に風呂で見たような、白い肌がより一層引き立つような気がした。小さく目を逸らしてしまうが、慶喜にこれは気付かれていないのだろう。
油断していてはまたしても白い肌を見てしまうと、気を引き締めた。だが白い肌が視界の片隅に居るので、どう足掻いても魅惑的だと思える白色が少しでも見えてしまう。
「この宿には、庭もあるらしい。宿の中であれば安全だから、少し落ち着いたら庭を見に行かないか? 昨夜風呂に浮かべられていた、椿が見頃を迎えていると主人から聞いた。花びらだけでも良かったが、咲いている姿はさぞかし美しいだろうな」
「ほう、椿ですか、それは楽しみです」
そういえば庭の花を楽しむ習慣もなかった。土方は木や花についての知識には疎いわけではないが、育ち故にあまり親しみが湧かなかった。だが、今からでも自然を観察して知ることは遅くはないだろう。
しかし慶喜を改めて見ても、やはり白い肌に動揺してしまう。これは何なのだろうか。敵を前にするように、心臓が高鳴っていく。何も分からない土方は、あらゆる方向に視線を動かした。
「どうした? まだ、具合が悪いか?」
「いえ、そうではありません。何でもありません」
慶喜の問いかけに首を横に振ると、土方は慶喜の目を見ようと思った。目ならば、白い肌があまり見えないからだ。なので慶喜と目を合わせると、次は惹きつけられる目を見て動揺した。どこを見ても、土方の中で心臓が騒がしくなる。
これは緊張しているのではないのかという予測もあったが、やはりこれは緊張とは種類が違う気がした。
「まぁいい。また倒れそうになったら、お前を抱えてやるが……これを見た女は俺に嫉妬でもしそうだ。お前は、二枚目だからな」
「いえ、滅相もない」
周囲の人々に「二枚目」だとは頻繁に言われていた。だが土方の心に波風は立たなかったが、今は違う。褒められた時の嬉しさのようなものがあったのだ。
再び慶喜の前で頬が熱くなると、慶喜がけらけらと笑う。
「……ふぅ、そろそろ行こうか。盆や皿などを台所に返さなければならない」
「はい」
落ち着いた慶喜が立ち上がるが、土方の頬の熱は引かない。ここまで他人にみっともない顔を見せたのは久しぶりである。最後にこのようなみっともない顔をしたのは、幼少期だっただろうか。
二人は部屋から出てから、入り口付近にある台所で盆などを返す。すると台所に立っていた女に「二枚目が二人も」などと騒いでいた。土方は硬く否定をしようとしたが、慶喜は嬉しいのか頭を掻いていた。
それを見て、土方はどうにも心が細い糸により絡まったきがする。それはぐちゃぐちゃで、よく見ても解けるかどうかは分からない。
「い、行きますよ……!」
なので自身らしくない言動をしてしまう。女の前で照れている慶喜の手を引き、ずんずんと廊下を歩いていく。数歩歩いたところで、どうして自身はこのような大人げないことをしたのか。反省をすると共に情けなくなってしまった。
「どうした、土方。そうだな……まるで、嫉妬している女みたいだったが……」
嫉妬。その言葉を聞いた土方は足を止める。そうだ、先程の感情は嫉妬だったのだ。
土方の中で腑に落ちると共に、どうしてこのような感情が湧いたのか考えようとした。嫉妬とはつまり、土方は慶喜に気があるということになる。そう考えると、頬にあった熱が、顔中に広がっていった。
「土方? 熱でもあるのか?」
「い、いえ……」
そこで慶喜と未だに手を繋いでいることに気付いた。慌てて手を離したが、土方は失礼なことをしてしまったと詫びようとした。後頭部を見せようとしたところで、慶喜が言う。
「無いのなら……そうだな……俺に恋しているのか? 冗談だ……が……?」
慶喜が言い終える前に、土方はこのまま逃げたくなっていた。まるで恋する女子のように視線を逸らし、肯定も否定もせずに黙っているからだ。
そうしていると慶喜も黙ると、土方はちらりと様子を窺う。見れば慶喜の顔が、朱に染まっているように思えるからだ。いや、これは思うのではない。確かにそう見えるのだと。
「慶喜……公?」
「いやその……」
二人の間に更なる沈黙が訪れるが、慶喜はすぐにそれに耐えられなくなったらしい。なので次は慶喜が土方の手を引くと、部屋へと戻っていった。
廊下の途中ですれ違う者は皆、二人を見る。しかし男二人がどうしていようが、何も思わないらしい。すぐにその者たちからの記憶から消えていくように見えた。
部屋に戻り、慶喜が襖をぴしゃりと閉める。流石にこのような様子を見たことはなく、土方はただ驚いていた。慶喜の顔はまだ朱い。それが白い肌によく映え、まるで昨夜見た椿の花びらに少し似ていると思った。厳密には、違うのだが。
「……わ、分からないんだ」
すると慶喜が口を開くが、次第に顔を手で隠していく。
「俺は……お前のことを、好いているのかもしれない」
「えっ」
土方はあまりの驚きに、そのような音しか出せなかった。頭が全く働かなくなる。そして首をひねるが、慶喜の朱色は変わらない。
「だから、俺は……って、二度も言わせるな」
「ですが、好いておられるのは、人間としてではないのですか? まさか、私のような者に色恋の意味でなど……」
「そうだ」
再び首を捻っていると、しびれを切らしたらしい。慶喜がぐいとこちらに近付いてくる。惹きつけられる目が間近にあるので、心臓が跳ねた。おかしい。
「それは、ご冗談なのでは?」
「俺が冗談を言うとでも思うか?」
女には好かれたことはあるが、男には好かれなかった。いわゆる男色など、その辺の者が嗜む程度に一般的だ。土方も理解があるものの、まさかそれが自身に向けられるとは思わなかったのだ。
慶喜からの想いを伝えられ、大きく動揺をしてしまう。それは、今までで一番にだろう。
「ですが、私は男色など、何も知識がありません。確かに、貴方は魅力的だと思えますが……」
そういえば慶喜に答え、或いは自信の奥底の気持ちを返していない。だが言葉通りに、自身でいいのだろうか。
ひたすらに内心で首を横に振っていると、慶喜にそっと抱き締められた。菓子のような甘い匂いがする。これは土方にとっては、好きな匂いである。昨日、甘味とはかなり美味いものだと脳に刻まれたからだ。なので大きく反応した後に、慶喜の匂いを嗅ぐ。やはり、甘い匂いがする。
「……上手いことは何も言えませんが、私にとって貴方は、甘味のようなものかもしれません」
「ほう?」
返事を待っている慶喜は、機嫌が良さそうに片方の眉を上げる。相当に、放った言葉が気に入ったらしく。
「なので、その……」
だが途中で恥がこみ上げてきた。ここまで、人を口説いたことなどないからだ。なので顔中に血が集まっていくような感覚を受けると、ひりひりと熱くなる。
「分かった。お前程の色男にそこまで言われたら、俺は充分だ。だから、口吸いをしてもいいか?」
「口吸いですか? は、はい……」
緊張のあまりに慶喜とは目を合わせられなくなる。なので目を閉じていると、慶喜から軽い笑い声が聞こえた。
「初々しい反応をしてくれるとは」
「いえ、これは……」
再度口ごもったところで、慶喜が手を伸ばしてきた。まずは肩に触れられると、甘い匂いが更に強くなる。このままでは、慶喜が懐にまた甘味を隠しているかのように思えてしまう。しかし実際には違うのだろう。慶喜自身から、甘い匂いを発しているのだろう。
土方にとって、やはり甘味とは味わいたいものだ。なのでゆっくりと目を開けると、慶喜が穏やかな笑みを浮かべていた。
「私たちは、若い女子ではありません。口吸いをするならば、はや……んんっ!」
言葉の途中で、慶喜に唇を塞がれた。唇は柔らかく、まるでできたての大福のようだった。
それならば、慶喜の体をもっと味わえば、もっと甘いのだろうか。そう考えた土方は、離れていきそうになった慶喜の唇を舌で追いかける。
「ん、ん!?」
まさか舌を伸ばしてくるとは思わなかったらしい。慶喜が肩に乗せてくれていた手が、ずるりと落ちていく。だが土方がそれを咄嗟に拾うと、指を探るように絡めていった。慶喜の熱が、手のひらに伝わってくる。
舌で慶喜の唇の上を這わせていくと、くぐもった声が聞こえる。気持ちいいのか、瞳が垂れてきていた。
それを視界に捉えると、もっと慶喜が蕩けている姿を見たいと思えた。なので下半身がゆるゆると反応をしていくと、すぐに勃起をしてしまう。まだ、自身の体はここまで若いのかと。
「っん、ぅ、ん……!? ん、ん……!」
見事に盛り上がった下半身を慶喜の腰の辺りに押しつければ、驚いた瞳を向けられる。だが残念なことに、一方の慶喜は勃起をしていない。それには、肩を落としてしまう。
やがてはぴちゃぴちゃと水音が鳴るち、どうやら大吾の口から唾液が垂れてきたようだ。土方はそれを吸い上げて飲み込むと、絡めていた手を話す。
慶喜の手を解放すると同時に、土方は体をまさぐる。目指すは。慶喜の股間である。未だに勃起をしていないので正確に当てることは難しい。なので何度も何度も袴を擦っていくと、ようやく慶喜の股間を見つけた。
その頃には、慶喜は緩やかに股間を膨らませていた。
密着していた唇同士が遠ざかると、二人は大きく息を吐いた。互いに口の端から唾液を垂らしており、今すぐこの股間をどうにかしたいという気持ちで一杯であった。
袴を履いているままでは、さぞかし苦しいだろう。そう思った土方は、慶喜の袴の紐を手際よく外していった。
しゅるりと袴が畳の上に落ちるが、褌はしていない。すぐに勃起しているものが露わになった。
「ほら、慶喜様……」
慶喜のものを手のひらで包む。それは天井近くを向いており、何度も男として使っていることが分かる。
先端がらは我慢汁が垂れているので、指先でそれを撫でた。慶喜は苦しげな息を上げる。
「うっ……! はぁ、は……」
どうやら触られただけで気持ちがいいらしい。膝が内側へと向いていくが、今更何を恥ずかしがっているのか。そう思った土方は、慶喜の足首を柔道のように払う。見事に慶喜が体を崩しかけたときに、腰の辺りを手で支えながら畳の上に寝かせた。すぐに覆い被さってから、手足で慶喜の体を縫い付ける。
「っ!? 土方、お前……」
突然の衝撃により、咄嗟に慶喜の体が弾む。しかしそれに構っている暇などないと、再び股間のものを握る。
手のひらには少量だが、我慢汁が付着していた。これならば、潤滑油として機能してくれるだろう。土方は扱くように手を上下に動かす。
「っは、は、ぁ! は、ん……あっ、あ! 土方! 俺、もうすぐ、出る!」
「出して下さいよ、ほら! 俺の手の中で!」
促すと、慶喜が即座に射精をしてしまっていた。股間のものが膨らんだ直後に、びゅるびゅると白濁液を吐き出す。
だが慶喜のものは未だに膨らんでいた。
「あぁっ! ぅ、あ……はぁ、土方、気持ちいい……」
「それは、光栄です」
口調が強くなってしまったが、それは自然にである。普段の土方であれば、そのような態度を足らないのだが、今は違う。目の前には、極上の甘味があるのだ。それを逃す訳にはいかない。慶喜から見れば、きっと獣のようだと思われているのだろう。
「はぁ、は……土方も、出せよ」
「勿論です」
慶喜が果てた姿を見て、興奮が止まらない。これは女にしていた、義務的な性欲処理ではない。立派な、想い合う者同士の性交なのだ。
袴の紐を解いて勃起している魔羅を取り出せば、慶喜に見せつける。慶喜が「でか……」と呟く。
「立派なものじゃねぇか……それで、何人の女を泣かせてきたんだ?」
「数えられない程に」
普段の冷静さなど、もはや纏うことができない。今の土方は、情欲や愛に支配された一人の男である。なので興奮気味に言うと、我慢汁がだらだらと垂れた。
魔羅を慶喜のものと合わせる。いわゆる兜合わせをしているのだが、ぬるついておりとても気持ちがいい。これは癖になりそうだと思いながら、ぬるぬると擦り合わせる。
慶喜からは、何とも色っぽい吐息が吐き出される。
「ぅあ、は……土方、気持ちいい……もっと、擦ってくれ」
「ぐっ、ぁ、はぁ、はぁ……勿論です」
やがては土方の腰が揺れていけば、それに応じて二人の股間がよく擦れる。自慰や女との交わりでは、得られない感覚である。夢中っで擦り続けた。
「っは、はぁ、土方! 俺、また……!」
「お待ちください。俺も、出そうです!」
見れば慶喜の着物は大層に乱れていた。袴は無いのは勿論だが、着物はよくはだけており、白い肌がよく見える。慶喜の顔はやはり火照っており、今までにない視覚的な興奮を覚えてしまう。
そして白い肌であるが、これを舐めたらどうなるのだろうか。匂い同様に甘いのだろうか。そう思うと止まらなくなり、首元に顔を近付けた。匂いは変わらず甘い。
「ひっ!?」
舌を出してから肌に滑らせると、予想通りに甘い。だが慶喜の喉から悲鳴が聞こえたので、顎を上げてみる。慶喜はここまでされるとは思ってもいなかったのだろう。しかし股間のものはよく反応をしている。若干膨れていた。
「慶喜様、貴方は甘い味がする……」
土方がうっとりとしながらそう褒めると、慶喜は少し嬉しそうだ。口角を上げてくれる。
「俺の体で、喜んでくれて嬉しい……だが……」
慶喜が何か言いかけたところで、再び股間同士を擦らせる。当然のように、慶喜からは艶やかな声が出た。
「あ! ぁ、は……ぁ」
「俺の手で、もっと気持ちよくなってください」
裏筋にまで指を伸ばせば、そこを快楽に思わない男など存在しない。慶喜の体が跳ねた。気持ちがいいと表現している。
「ぁ、あ、気持ちいい! 土方! 俺、もう、どうにかなってしまいそうだ!」
「俺の前だけ、おかしくなってくださいよ。慶喜様、ほら、どんどん俺の前で、子種を吐いてくださいよ」
言い続けていくうちに慶喜の腰が揺れるが、土方にとっては予想できない動きであった。何度か息を上げると、次第に魔羅が大きく膨らんでいく。もうじき、果ててしまうのだろうか。だが果てるならば、慶喜の白い肌を、更に白く染めたいと思えた。
「っふ、ふ、は、はぁ……慶喜様!」
すると射精感がこみ上げたので、慶喜の胸に魔羅の先端を向けた。直後に精液を吐き出すが、思い通りに更に白く染めることができた。
見れば慶喜の体は、精液が散っておりとても卑猥である。このような姿など、どのような男が見ても欲情してしまうだろう。
「あつい……土方の、熱い……」
慶喜は満足そうな顔をしながら、遅れてから精を放つ。先端は上をよく向いているので、精は股間の周りに掛かり、卑猥さに拍車が掛かる。
「はぁ、はぁ……土方、気持ちよかった」
「俺もです」
二人で息を上げながらそう言うと、土方は倦怠感を覚える。射精後のこの独特な感覚は、何度経験しても慣れない。なので仰向けに寝てから、慶喜と共に部屋の天井を見る。
「俺で、いいのですか?」
「あぁ、勿論だ。それに、俺と性交まがいのことをして、今更じゃねぇか」
一つ笑った慶喜は、ゆっくりと起き上がる。そして体に降ってきた白濁液はどうすべきなのか考えるが、今の土方にとってはそれどころではなかった。倦怠感に勝てないでいるのだ。体を動かし、慶喜の体を綺麗にしたいのは山々であるのだが。
「……土方、これからも、俺と旅をしよう」
「宜しいのですか?」
「何度も言わせるな」
溜め息をついた慶喜は、そのまま立ち上がる。どうやら土方よりも体力があるのが分かった。自身は、事の後でここまで動けないでいるのだから。
「分かりました。では、これからも、慶喜様と旅に」
キリスト教では何と言っていただろうか。確か、誓うなどという言葉があった筈だ。これは約束よりも上の存在であり、長きに渡るものであるだろう。
それを意識した土方は、目を閉じてから慶喜の姿を脳裏に一瞬のうちに刻んでいく。一生、忘れまいと。
「あぁ、よろしくな」
髪を掻き上げた慶喜は、土方の元に座る。そして肩を貸すと、立ち上がる為の補助をしてくれた。どうにか座ることができたので、正座をした後に深々と礼を述べる。
「それより、体を洗ったら飯を食おうぜ。また腹が減っちまった」
すると慶喜の腹から空腹を知らせる音が鳴った。先程の甘い雰囲気はどこへ行ったのか。土方は慶喜のそのような様子を見ながら、くすくすと笑ったのであった。
次の日にようやく宿屋から出ることができた。入った時には一人だったが、出る時には慶喜と二人になっている。宿屋に入るまでは、このようなことなど予想ができなかった。いや、誰が予想できたか。
空は晴れており、足でしっかりと地面を踏む。土方は久しぶりに外に出られたので、表情が明るい。二人の着ている着物は、宿屋でしっかりと糊付けしてくれた。普段よりも着付けに気合いが入る。そのおかげもあっってか、とてもなりの良い者に見えるだろう。
宿屋を出る際に持たされた握り飯を風呂敷で包んでから体に結びつける。再び伊賀へと向かう準備は万端だ。
二人はあれから、ずっと寝て過ごしていた。朝から盛っていたこともあるが、やはり旅の疲れもあったのだろう。慶喜も同様らしく、体を交えた後の後処理を終えると布団に入ってずっと眠っていた。
そして慶喜曰く、この宿まで近衛の者と共に歩いて来たらしい。慶喜ほどの身分の者でも、体を鍛えようとも流石に疲れてしまっていたと言う。
新撰組を解散する前ならば、違っていただろうか。そう思いながら、まずは宇治の街並みを見る。京よりかは人は少ないが、その分自然をゆっくりと堪能できると思った。それにここには、書物でしか見たことがない平等院がある。実物を見たい気持ちがあるのだが。
しかし今は伊賀を目指している。その為に、わざわざ旅に出たのだ。なので伊賀のある方向を見ようとすると、慶喜が肘で突いてきた。
「どうした? ここが、気になるか?」
「いえ、そのような……気には、なります」
慶喜に嘘をつくようなことはよくないと思えた。なので一旦閉ざした口を開くと、慶喜が小さく笑いながら「素直だ」と褒めてくれる。その言葉に土方の心がどうにも舞ってしまうが、それだけは表に出さないようにした。変な意地を張ってしまっているのだ。
「ここは……平等院があるな。それを拝観しよう」
「は、はい!」
まるで心を読まれているかと思った。土方はそう考えてしまうが、宇治といえば平等院を連想できるのは一般的なことなのだろう。なので気のせいだと思った。
平等院までの道のりは、ここからは割と近い。勿論、一日も要さないのは分かってはいるが、今まで平等院は遠いところにあるという想像ばかりしていたのだ。なので驚いていると、更には平等院までの案内看板まで見かけた。
「平等院を、俺は見たことがないんだ。土方は行ったことがあるか?」
「いえ、ありません。今まで、新撰組のことで忙しかったもので。ですが、書物では何度か見たことがあります。さぞかし、煌びやかでしょうね」
思えば行こうとするならば、平等院に行けたのかもしれない。しかし近藤との企てで何かと行く隙などなかったことが考えられる。いや、企てのことばかりを考えていて、余裕がなかったのかもしれない。
平等院までの道のりは、平坦な道を歩くだけだ。街から離れることになるが、佇んでいる民家が途切れることはない。足並みを慶喜と合わせながら、土方はひたすらに前を見る。
「慶喜公は……」
「慶喜公じゃなくて、慶喜でいい」
何か話を切り出そうと名を呼ぶが、そこで呼び方について注意をされた。思い出せば、互いに慰みをしあっている最中に「慶喜様」と呼んで呼んでいたのかもしれない。これは距離が近付いたからと安易に思ったからではない。どうにも、自然とそう呼んでしまっていたのだ。
土方にとっては、様と呼ぶということは親しみを込めているのかもしれない。そのような考えがあるので、公と呼んでいた次第。
それに、互いに好きだと伝え合っていた。つまりは二人は想い合っている関係となるので、少しは気安くは呼んでもいいのだろうか。だが土方は自身と慶喜との身分や出自を気にしてしまう。
「土方、分かったか?」
「……はい、慶喜様」
結果、せめて様はつけるということになった。慶喜は少し不服そうな顔をしているものの、土方の呼び方が一つ崩れたと見なしてくれたらしい。仕方なさそうに、数回頷いた。
人と何度もすれ違ったところで、平等院に到着した。既に拝観している者が居り、人の話し声がよく聞こえる。
到着するなり、二人は平等院の姿にひたすらに圧倒される。実物を見たことがないので、まずは水面に写し出される平等院を見て感嘆の声を漏らす。やはり書物の通りに、平等院は素晴らしい寺である。水に浮いているような幻想感に、土方は感動した。
屋根には雪が積もっているがその姿は洗練された美しさがある。それに太陽の光が雪に反射して眩しい。目を細めてしまう。
思わず合掌をしかけると。隣の慶喜はそれを見て噴き出していた。土方の唇がへの字になっていく。
「分かるぞ、気持ちは」
肩を叩いた後に、平等院のまずは庭園を見ようとした。ここにある真っ直ぐな橋を渡ってから建物内に入るのだが、水面には蓮などが咲いていない。やはり今は寒い時期だからなのか。
「また春に行こう。次は桜を見に行きたい」
見かねたらしい慶喜が、次に肩に手を置いてきれる。慰めも兼ねて、自身をこうして誘ってくれるのが嬉しかった。口角が上がっていく。
「楽しみにしております」
「あぁ」
橋を渡り終えると、周囲に参拝客が数人居た。紙に熱心に筆で景観を書き留めている者、純粋に参拝に来た者、何かを念仏のように唱えている者など、様々である。それらを見ながら、二人は大きな仏像を見た。毎朝坊主が丹念に磨いているのか、鈍く金色に輝いている。
慶喜とほぼ同時に手を合わせた後に、目を閉じる。周囲の声が聞こえなくなるくらいに、二人は合掌に集中した。
途中で大仏に向けて、今回の旅が上手くいくように願う。これは人生で初めての旅となるうえに、慶喜も共にしてくれている。安全祈願をしない訳にはいかなかった。
「仏さんに、何か願ったことはあるのか?」
合掌を終えた後に慶喜がそう聞いてくるが、このようなことは言わない方が良いと思える。なので「秘密です」と返すと、慶喜は頬を膨らませた。幼子ではあるまいし、と土方は笑う。
「じゃあ、俺は教えてやる。俺は、この旅の安全を祈願した」
偶然にも慶喜と同じことを思っていたようだ。だがそれでも土方は言わないと決める。
「そうですか、祈願してくださって、ありがとうございます」
小さく礼をした後に、土方は仏像を改めて見る。このような大きな仏像は、京でも見かけた。しかし共に目にしている人物が違うだけで、ありがたさが増す。今までは、隊士と共に血に塗れながら仏像を見ていた時もあったのだから。
壁や扉の全面には壮麗な絵画があるが、今の時代では色あせている。当時であれば、更に華やかであっただろうと想像できる。
「……そろそろ、行こうか。拝観が終わったところだし」
「そうですね」
続けて天井を見れば金色の細工だらけの天蓋があるが、二人は目を細めながらそのような会話をした。そして眩しさに耐えられなくなると、絵画を見た後に仏像を視界に入れる。何と落ち着くのだろうかと思う。
「まだ、京を出発したばかりですが、まだ歩きますよ」
「俺は大丈夫だ。そう言うお前はどうだ?」
「私は……己の歩調が掴めてきたので心配はいりません」
二人はそう話しながら建物を出ると、そのまま橋を渡った。
この冬が明ければ、再び慶喜とここに来ることができる。そう考えると胸が躍った。
「なぁ……この旅が終わったら、お前はどうする?」
「ん? そうですね……まずは、少しだけ外国の情勢を様子見したいですね。私は、政治には関係ありませんが」
「俺も、関係ないがな……」
すると慶喜が空を見上げるので、土方も同様の事をする。京で人を斬っていた頃と、この空は変わらない。先程見た仏像のように、澄んでいて美しい。
「この国は、他の奴が何とかしてくれると思うんだ。だって、外国に影響された奴まで居るんだが、そいつらは日本人だ。日本人にとっていい国作りをしてくれるだろう」
「ですが、貴方の存在も重要です。かつては、人々の上に居られたので」
「それはもう過去の話だ」
慶喜が小さく笑うと、橋を渡り終えた。振り返れば平等院は遠くなり、すっかりと書物の上での存在に見える。
しかしまた春に来ると慶喜と約束をした。なので平等院に背を向けてから、歩き出した。
宇治の周りは山に囲まれている。旅路は容易いものではないので、わらじの状態を確認する。替えたばかりなので良好だ。そして笠を見れば、これも買ったばかりなので良い状態である。後は自身の体力とどう向き合うかどうかであるが、歩行速度は気持ち遅めに歩いていれば問題ないだろう。
だがそこで、重要なことを思った。慶喜は、野宿などできるのだろうか。聞いてみるべきではあるが、どう聞いたらいいのか分からない。きっと慶喜にそれを聞くということは即ち、どこか失礼に当たる部分があるのかもしれない。例えば、出自からして下に見ているのではないのかと。
足を止めた土方が考えていると、慶喜が首を傾げながら訊ねてくる。
「どうした? 何か忘れ物か? それなら、ここで揃えるといい。替えのわらじか?」
「いえ……その……」
言い淀んだ土方だが、やはりこれは聞いておくべきだと思えた。もしも野宿ができないのであれば、繁栄している土地を回りながらゆっくりと伊賀に行けばいいのだ。それに約束の春までは、冬が明けるのにまだ日数が掛かるうえに。
「……慶喜様は、野宿はできますか?」
「野宿? したことはないが……まぁ、できるだろ」
適当過ぎる回答に、土方は愕然としかけた。そして慶喜の身に何かあれば、腹を切らなければならないと思えてくる。腹切りなど恐ろしいに決まっている。身を恐怖で震わせていると、慶喜が呑気に笑った。
「どうした? 行くぞ伊賀に。今見えるこの山を抜ければ、辿り着くのか?」
「えぇ、そうなりますが……」
頭を抱えたが、かと言って慶喜との旅を止めたくはなかった。慶喜のことが好きだから、それだけの理由で。
山に入れば、舗装された道は殆どない。平たくはない地面を踏みしめていき、慶喜と共に歩いていく。だが他の者たちがよく通っていることもあるので、地面は踏みならされていた。程よい道ならば、できている。
周囲は木々に囲まれており、民家など今はない。視界が寂しく思えるが、田舎には慣れている。なので前ばかりを見ていると、慶喜の足が止まった。
息を少し切らせ始めた土方は、慶喜の方を見る。肩がかなり上下に動いていた。
「……少し、休憩をしないか?」
見れば冬だというのに、慶喜の額には汗が浮いていた。これは相当に疲れているのだろう。頷いてから適当な石に座ると、慶喜が息を吐く。
「思うより、疲れるな……土方、お前は涼しい顔をしているが、凄いな」
「いえ、私も相当疲れております」
決して嘘ではないのだが、慶喜が疑いの目を向けてくる。
「本当か?」
「本当です」
会話を続ける気すら起きないのか、土方の答えを聞くなり黙る。そして慶喜が空を見上げてから、宿屋で持たされた握り飯を取り出した。腹が減ったらしい。
「貴重な食料になりますので……」
握り飯は全部で四個で、竹皮に包まれていた。土方も同じ数を持たされたと思うが、今は食う気にはなれない。なので慶喜が食うところを見ることにした。
目を輝かせながら慶喜が握り飯を見ている。中に何か具が入っているのか、或いは塩のみの味付けかは分からない。そのような握り飯でも、美味そうに見えるらしい。
「いただきます」
慶喜の口に合うのだろうか、土方は心配をしながら食う様子を見守る。
一口食べるなり、慶喜の目が大きく垂れる。どうやら、口に合うらしい。
「美味い!」
味がそこまで良いらしく、二口目、三口目と次々と頬張っていく。遂には握り飯一つがすぐに無くなった。だが土方の忠告をどうやら聞いてたらしく、二個目の握り飯を見たところで動きが止まる。
「後に……大事に取っておこう……」
「そうされた方が賢明かと」
頷くと共に安堵をすると、慶喜は握り飯を再び竹皮で包んでから風呂敷に包む。膝の上に置くと、一つ息を吐いた。
「旅は、大変だな。京から宇治へは楽だったが、宇治から伊賀までは、山があって……」
「ですが、旅の基礎にはいいと思いますが。京から伊賀は近いですし」
「確かに、そうだな」
本来伊賀を目指そうと思ったのは、そのような理由もある。しかし土方も焦っている。旅とは、ここまで大変なのかと。人気のない山に行くにつれて、食料の問題や身の危険もある。土方はそこまで考えてはいなかった。なので反省をする。
飛脚の者や、以前から見かける旅の者は相当な体力があると思い知らされると、一度立ち上がる。先程までは感じなかった体の重さが現れた。
「もう少し、休もうか」
どうやら慶喜は、自身の状態を悟ったらしい。見上げてからそう言ってくれると、土方は石の上に再び座る。
「……はい」
二人はそれから少し話した後に、立ち上がってから歩みを再開したのであった。
夜になれば、どこかで野宿しなければならない。まずはたき火ができるような、開けた場所を探す。しかしそこは、歩いてきた道から離れることになる。辺りには川があるが、目印として風呂敷を木に巻き付けた。こちらが、明日も歩いていく道になるのだと。
周りは低木に囲まれているので、風はある程度は凌くことができる。本当ならば野宿はしたくないのだが、辺りに宿屋がない。それに民家があったとしても男二人で押しかけるのは流石に気が引ける。なので野宿だ。
火を起こすと、たき火に当たった。とても暖かい。地面の上で、正座をするのではなく胡座をかいた。慶喜もそれに続くが、隣に座ってくる。
腹が減っていたのでそれぞれが握り飯を食うと、胃が満たされていく。たき火で暖かいうえに、飯を食った。後は睡魔が襲ってくるだけだ。瞼が閉じかけてしまう。
それを見た慶喜が、体を更に寄せてくる。暖を取りたいのかと思っていると、体の様々な部位を触れてくる。しかし股間を避け、肩や腕などを中心的に手で撫でられる。その触り方がどうにもいやらしく見え、土方は性的興奮をしていいのか迷ってしまう。
「……なぁ土方、一緒に寝よう。外は寒いこともあるし、こうして二人で寝た方が安全だ。そうだろ?」
誘い方が上手いと、土方はそう思いながらも頷いた。興奮してはならないと戒めるが、どうにも枷が外れてしまいそうだった。
「はい……でしたら、慶喜様、私のところへ」
体勢を崩し、着物を脱いでから再び羽織る。そして横になると、隣に誘うように手招きをした。
「あぁ」
隣で寝てくれるが、慶喜をたき火側に寄せる。この方が暖かいと思うし、慶喜の背中を抱き締めれば寒さなど平気だろう。すぐに抱き締めてから、羽織を体の上に掛ける。
空を見れば、星々がとても輝いていた。
「土方、もっと俺に寄ってくれ」
「これが精一杯です」
背中に一杯一杯に体を密着させている。これ以上は無理なのだが、どうしろというのか。そう思っていると、慶喜の体がもぞもぞと動いた。二人で向き合う形になる。
「旅とは……楽しいな。お前とこうしていられるからな」
微かに笑った慶喜が、顔を近付けてくる。これは口吸いをしたいというのか。それならばと、土方は慶喜の唇を受け止めた。やはり柔らかく、そして暖かい。
何度か唇を吸われた後に、酸素を求めるように慶喜が口吸いを止めた。何度か呼吸を繰り返してから、再び口吸いをしてくる。
かなりの積極性だが、土方は嬉しいと思えた。こうして慶喜と体を密着させていると落ち着くからだ。慶喜の白い肌から、甘い匂いがしてくることが大きい。
「ん、んっ、ふ……ぅう、ん、ん」
やがては慶喜の息が匂い同様に甘くなっていく。それを聞いていると土方の脳が完全に興奮に包まれた。なので勃起したものを慶喜に押しつけ、存在をまずは認識させる。慶喜はすぐに気付いたらしい。手でそれを触れてくる。一瞬だけ以前の自身の、返り血の匂いを思い出す。しかしこれは過去のもので、土方が漂わせていたものではない。考えを捨てる。
口吸いを続けながらも、慶喜が勃起した魔羅を袴越しに触ってくる。しかしこのままでは袴が汚れてしまうと、紐をどんどん解いていく。寒さなどは既に忘れてしまっているので、躊躇などない。
「ふぅ……は、はぁ……土方ぁ……」
途中で唇が離れてしまうと、慶喜が愛しげに名を呼んでくれる。
「慶喜、様……はぁ、は……っは」
袴をようやく脱ぐことができると、魔羅からは先走りが垂れていた。慶喜はそれも含めてにちゃにちゃと魔羅を擦っていく。慶喜の手のひらは、案外ごつごつとしていて気持ちがいい。
「気持ちがいいか?」
「はい……っ!」
頷くことしかできないまま、魔羅が熱くなっていく。どんどんと膨れ上がると、今すぐにでも慶喜の体を貫きたくなる衝動に駆られる。
すると口吸いで興奮したおかげで、体中が温まっていた。体の所々で、血管がばくばくと鳴り始める。
「ふふ……お前のは、相変わらず大きいな。早く、俺を楽しませてくれ」
慶喜はそう言いながら、着物を脱ぎ始める。同じく体には冷えがないのか、鳥肌などは一切立っていない。肌が見えてくる途中で、土方は顔を近付けた。まずは、自身の好きな甘い匂いを嗅ぎたいからだ。胸元に鼻を近付ける。
「おい、土方、擽ったい……」
「お待ちを、すぐに終わりますので」
次第に鼻先が胸に当たるが、意外と硬くはないということに気付く。決して慶喜が太っているからという意味ではない。筋肉はあるのは分かっているが、ここまで柔らかいのかと。
なので手で胸を触れてみれば、柔らかな皮膚が感覚に訴えてくる。指先で何度が突っつくと、胸に少しだけ埋まった。
「はぁ、はぁ、貴方の胸は、触り心地が良い……!」
つい鼻息荒くしながらそう言ってしまうと、慶喜は恥ずかしいのか顔を赤らめていた。その様子がまた可愛らしいと、土方は笑みを浮かべる。
「俺の胸が、そんなに気持ちがいいのか……? っん、ぁ……お前に触れられると、何だか胸が気持ち良くなってきたような……」
慶喜のその言葉を聞き、土方は顔を上げた。見ているのは慶喜の顔で、凝視をする。まさか聞き間違いかと思ったが、夢ではない。紛れもない現実なのだ。聞き間違いではなかった。本当に慶喜の口から、そのような言葉が出たのだ。
「どうした……?」
「いえ、その……貴方の胸が、気持ち良いのです……」
何だか照れてしまうのだが、それでも土方は正直に述べた。
「嬉しい……お前に、気持ち良いと言ってくれて、嬉しい……」
こちらを慈しむかのような顔で、慶喜がそう言ってくれた。思わず、土方は胸に顔を埋めたくなる。なので我慢をしていると、慶喜が後頭部を掴んでからぐいと胸に引き寄せてくる。柔らかい胸が顔の全面に当たり、土方は顔から火を吹きかけた。あまりに、刺激が強い柔らかさだからだ。
埋めると甘い匂いが強くなる。土方は夢中になって嗅いでしまっていた。
「っう……!」
すると魔羅がよく反応してしまった。ぱんぱんに膨らませた後に、精を勢いよく吐き出す。慶喜の手のひらに、よく付着した。だが魔羅は未だに芯を保っているので、慶喜の手は離れない。
「たくさん出したな……俺の胸だけで、こんなに興奮してくれたのか?」
「はい……」
射精後の気怠さでぐったりとしているが、そういえば慶喜のものは一つも触っていないことに気付く。なので土方は股間を触ると、しっかりと勃起していた。膨らみを触りながら、鼻息を荒くする。
そこで胸から顔を離すが、甘い匂いが恋しくなる。しかし自身だけが、快楽を得てはよくないと思った。すると膨らんでいる慶喜の胸を見るが、これをしゃぶったらどうなるのだろうか。慶喜は気持ちよくなってくれるのだろうか。土方はまずは舌を伸ばしていく。
胸の皮膚に舌先で触れると、慶喜が艶やかな声を上げる。それは自身の聴覚をよく刺激してくれるものであった。魔羅が再び脈打つと、これだけでも射精をしそうになる。もう、慶喜の粘膜ではなく、皮膚だけでも充分に射精をできるのかと思った。
「ぁ、あ……ぁ、ん、んぅ、あっ、ぁ……」
慶喜の反応は、とても官能的である。これを見ながら、自慰をすることなど容易いだろう。それくらいに、慶喜の体に欲情していた。
「慶喜様……! 俺が、もっと気持ちよくしますよ」
「んん、ぅ、はぁ……土方ぁ」
そこで慶喜の袴も脱がせるべきだと思った。なので舌で器用に肌を舐めながら、袴を解いていく。するすると脱がせていくと、すぐに勃ち上がったものが露出した。先走りが垂れており、我慢してくれていたことに気付く。
「慶喜様も、出してください。ほら、ここも、好いのでしょう?」
片方の胸の尖りに強く吸い付くと、慶喜の体が強張った。相当な快感なのだろうか。
「っあ! あ、ぁ……! ひじかた、そこは、だめ……!」
いやいやと首を横に振る慶喜だが、本心は喜んでいるに違いない。証拠として、まだ弄っていない胸の尖りが、ぴんと張ったからだ。何といやらしい光景なのだろうかと、土方は思う。
尖りを舌で何度も揺らしていくと、慶喜の体ががくがくと揺れ始める。もうじき、達するのだろうか。
「はぁ、あ、ぅあ、あ……ぁん、ん!」
慶喜のものに触れる。そうすると瞬時に膨らんでいき、そしてすぐに精を吐いてしまう。急いで手のひらで受け止めるが、とても熱い。唇を離し、慶喜のものを見ると、萎えているのが分かった。
「慶喜様、気持ち良かったですか?」
「はぁ、は……きもち、よかった、ひじかた……」
「それは良かった」
後処理は近くの川でしよう、それを考えながら慶喜と顔を近付ける。すると二人の唇が自然に近付いたかと思うと、互いに口吸いをしていく。ちゅうちゅうと音が鳴り、卑猥な音が二人を包む。
「んっ、んん、ぅ、ん……!」
唇を慶喜が吸ってくるが、舌を突き出してからそれを拒む。なので慶喜の勢いが引いていくが、その隙に舌を捻じ込んだ。慶喜からくぐもった声が上がると、更に深く舌を入れていく。限界まで入れるが、慶喜の口腔内は熱い。吸っている土方まで、脳が蕩けていくようだった。
そこで慶喜の中はこれくらいに熱いのか、気持ち良いのかと思う。男同士であれば尻を使うことは知っているのだが、慶喜の腹の中はどれくらいに気持ちが良いのだろうか。自身の魔羅に吸い付き、そして離してはくれないのだろうかと考える。
慶喜の口腔内の中を、ずるずると何度も何度も様々なところを舌で触れる。当然のように唾液が出るのだが、それをじゅるじゅると吸ってやる。唇が塞がっている慶喜だが、そうでなければ盛大な喘ぎ声を発していたに違いない。それを聞きたい気持ちもあるが、ここは外だ。他の者に見られてしまうのかもしれない可能性がある。今更ながらに、それを思ってしまう。
唾液を吸い尽くしてから唇を離すと、慶喜hが少しの涙を垂らしていた。その顔がどうにも可愛いようにしか見えず、胸や魔羅が疼く。
「よ、慶喜様……!」
慶喜のものはもう萎えている。このまま慶喜の体を弄ることはできないと、自身の元気な魔羅を握った。そして慶喜の顔を見ながら自慰をするが、やはり捗る。
「ふ、うっ! う……ぅん! は、はぁ……!」
すぐに射精をすることができると、そこで萎えた。なので慶喜の方を見れば、かなり疲れているように見える。
そこで気が付いた。早く、後処理をしなければならないと。そしてここで寒さが襲いかかってくると、土方は慶喜の体に着物を一枚被せる。
「……お寒いでしょう」
「いや、大丈夫だ」
そう言う慶喜だが、肌にはいつの間にか鳥肌が立っている。早く暖めなければ、と川の冷たい水で体を軽く洗ってからたき火の前に戻る。二人共、体を寒さでがくがくと体を震わせながらたき火に当たった。当然、袴などは履き直している。
「今度は、どこかの宿で続きをしよう」
「えっ……ですが……分かりました。貴方の体を、また味わいたいです」
「何だよ、その言い方」
二人で小さく当たりながら、たき火に当たる。そしてじんわりと暖かさが湧いてくると、すぐに眠っていったのであった。
陽が昇ってから目が覚めた。目によく眩しい光が突き刺さる。思わず眉間の皺が深くなったが、隣で未だにすやすやと眠っている慶喜を見た。皺がすぐに薄くなっていく。
寝顔を見れば、こんなに幸せだったことはあるのだろうかと考える。この時が一番幸せなのかもしれない、いや、慶喜とこれから過ごしていけば幸福の瞬間は何度も訪れるだろう。頬を緩ませながら、慶喜の寝顔を凝視する。
「ん……ん? 朝か……?」
そこで慶喜が目を覚ましたが、瞼は完全には上がっていない。まるで子どものようだと思っていると、慶喜がこちらに抱きついてきた。そして上目遣いで、話しかけてくる。まるで、機嫌を損ねた子どものように。
「土方……お前、俺の寝顔を見ていただろ?」
「いえ、見ていません」
「いや、絶対に見てた! 視線を感じたのを俺は知っているんだからな!」
二人はそのような会話をしながら、朗らかに笑っていたのであった。
しばらく歩いていると、陽が沈み始めたところで小さな村を見つけた。山の中なのにも関わらず、かなり栄えているようだ。村の者に聞けば、ここは伊賀に近いのだと言う。だが昨夜寝た場所からここまでは、徒歩のみで移動していた。
朝から今までかなり歩いたと思うが、まだ伊賀付近には到着しないと思っていた。
「……そうとなると、もうすぐ伊賀に到着になりますね」
「あぁ。意外と、早く着くもんだな」
陽が沈む中で山の中を歩くのは危険だ。それも、土地勘のない二人なら尚更である。なのでこの村にあるという宿に泊まることにしたのだが、村の栄え具合同様に良い造りをした建物が見えた。
あれが宿屋かと思いながら入ると、一人の若者が出迎えてくれる。この宿屋の主人は見たところは、二人よりも若い。
玄関には受付があり、そこに主人が立っている。法被のようなものを着ており、性格が活発だということを何となく把握した。
受付の向かい側には椅子があるので慶喜をそこに座らせてから、土方一人で受付に向かう。主人に宿代などを払おうとしたところで、主人がこっそりと土方に耳打ちする。それは一瞬睨もうとする程に、過激な内容であった。
「……張形、貸しましょうか?」
「なっ……!?」
張形の存在を知ってはいるが、土方は使ったことがない。男性器を模した物だとは分かってはいる。しかしそのようなものに興味はなかった。
なので「断る」と怒り気味に返そうとしたが、そこで妄想をしてしまう。慶喜に使ったらどうだろうか。ふとそう思ったところで首を横に振ってから断るが、主人はにやにやとしている。慶喜との関係が、どのようなものか分かるらしい。いや、お見通しらしい。
「……奥の部屋、使って下さい。襖に城が描かれている部屋です」
「……分かった」
宿代の釣りと、それに断ったのにも関わらず張形を差し出された。主人曰く通常の男性のものよりかは小さく、とても入門的なものらしい。余計な世話だと口を開こうとすると、慶喜が「どうした?」と椅子から立ち上がる音が聞こえた。
この張形を、慶喜には見られてはいけないと思った。なので主人から素早く張形を取り上げた後に、懐に隠してから振り向く。
「い、いえ、何でもありません……行きましょう。奥の部屋らしいです」
主人を睨もうとしたが、表情は変わらない。もしもこの場に慶喜が居なかったら、携えている刀で脅そうとしたところだろう。剣幕が鋭いのは、鬼の副長と呼ばれていたのでお手のものだろうに。
主人に言われた部屋の前に立つが、やはり奥の部屋はここしかないだろう。ここだけ唯一、襖に城の絵が描かれている。確認した後に、襖を開ける。入ってすぐのところに布団が敷いてあったが、どう見ても一つしかないが枕は二つある。それにかなりの大きさがあった。
これは土方でも、京の街で見たものである。つまりは、二人で寝る布団なのだ。
「これは……土方……」
慶喜が肩を震わせながら、土方の体を揺らす。これは怒っているのだろうか。いや、怒るに違いない。いくら少しでも心を通じ合ったとしても、これは有り得ないだろうと。
土方はいつでも土下座の姿勢を取れるようにしていると、途端に慶喜の口から笑い声が出る。どうやら怒ってはいないらしい。寧ろおかしそうに笑っている。
「土方、これは、いいな!」
「あの……慶喜様、いいとは?」
予想外の反応が来たので驚いていると、慶喜が襖をしっかりと閉めた。そして部屋を見渡すが、布団の横に障子があった。庭園でもあるのかと、土方が自らそれを開ける。しかしそこにあるのは、庭園ではなく木の板を組み合わせてできた風呂であった。しかも露天風呂である。途端に外の冷気が体を襲う。
だが風呂とはいえ、見たところはかなりの大きさである。ちょうど、男が二人くらいは入ることができるだろう。
湯は入っていないが、清潔にされているのは分かる。それを見た慶喜が、土方の着物の裾を引く。
「早速入るぞ」
「いえ、まだ湯が……!」
首を振ったところで、体までも揺れた。つまりは、懐に入れていた張形が飛び出る。慶喜がすぐにそれを見つけると、主人同様ににやにやと笑いながらそれを掴む。
「……これ、主人に渡されたのか? だったら、俺に使ってみたくはないか?」
否定などできなかった。これも使えば慶喜が気持ち良くなってくれるだろうが、土方の中でもやができる。どうしてなのかと張形を見つめていると、とある考えが浮かんだ。その張形よりも、自身の魔羅で慶喜を快楽に沈めたい。
そのような不敬なことをしていいのかと考えを止めようとするが、張形を面白そうに握っていた慶喜がこちらの様子を伺う。そして顔を見るなり、肩を叩いてきた。
「……本当は、これじゃなくて、お前の魔羅が欲しいが」
「っ……!?」
予想もしていなかった慶喜の言葉に、土方は顔を真っ赤に染めた。その土方の反応が面白いのか、慶喜が着物などををその場でするすると脱ぎ出す。
すぐに裸になるが、ものはきちんと芯を持っていた。白い肌だというのに、使い込まれたそのものだけが赤黒い。それが際立ち、卑猥な姿に見える。
「ほら、土方……」
慶喜のその声は、かつては人の上に立っていた者の声ではない。一人の男としての、甘えるような誘う声をしている。
このようなものを見て、土方は興奮しない訳がない。なのですぐさま勃起をすると共に、慶喜同様に着物などを脱いでいった。全て脱ぎ終えれば、我慢汁を垂らしていたことが分かる。袴の股間に当たる部分には、濃い染みができていた。
「土方……」
すると慶喜が近付いてきて、口吸いをされていく。それは激しいもので、すぐに唾液が絡む音が鳴った。
「んん、ん……ぅ、ん……」
慶喜の舌が伸びてくる。それを受け入れると、次は自身の口腔内を蹂躙されていく。至る歯を舌が這っていき、そして上顎や舌をぬるりと動いていった。気持ちがいい。
声を漏らしていると、慶喜の手が背中に回る。手先は冷たいので、一瞬だけ体を震わせてしまう。そして鳥肌が立つと、慶喜の口吸いが終わる。少し、残念だと思ってしまった。
慶喜を見れば、張形を凝視していた。何かを、思っているのだろうか。
「風呂に入ろう。続きはそこで」
「はい……」
気がかりではあるが、慶喜に押されるように風呂場へと向かっていく。しかし湯はまだ出ていない。口吸いに夢中になり過ぎて、すっかりと忘れてしまっていたようだ。
なのでそれを慶喜に訴えようとしていると、浴槽の近くにある管から突然に透明の湯が出た。浴槽に、どんどん湯が貯まっていく。主人が頃合いを見計らって、湯を出したのだろうと思える。なので僅かに心の中で主人に感謝をすると、近くにある桶で湯を掬った。人でも入れるくらいのちょうど良さの温度であることを確認すると、それを慶喜の足に掛ける。つま先が冷えていたらしく、慶喜は心地良さそうな顔をした。
「土方、お前も」
そこで慶喜が他の空の桶を取り出すと、湯を入れてから土方の膝下に湯を浴びせる。あまりの温かさに、思わず声が出かけた。
「ほら、入るぞ……これは、土方、ちょっと持っていてくれ」
「はい」
慶喜から張形を渡されるが、主人の「通常の男のものよりも小さい」ということを思い出した。次に自身のものと見比べてしまうと、慶喜が「へぇ」と言う。
「張形よりも、お前のものの方が大きいのか。楽しみにしているぜ」
嬉しいのか、恥ずかしいのか分からなくなってきた。なので返事に困っていると、慶喜に手を引かれてから浴槽に入る。だが満杯までは入っていないらしく、尻までにも至らない。
「……ふぅ、温泉は、一日ぶりか」
そう言いながら、慶喜が土方の上に覆い被さってきた。明らかに寒いというのに、どうしてなのかと思う。
「なぁ……俺の、胸が好きなんだろ? ほら、好きにしていいぞ」
「胸を……俺の……好きに……!」
慶喜の言葉によく反応した土方は、食いつくように胸を両手で触る。やはりしっとりしていて柔らかい。その際に持っていた張形までも当たるが、運が良いのか悪いのか分からない。ちょうど、胸の尖りに僅かに当たっていた。慶喜が、艶めかしい声を漏らす。
「っふ、ん……土方……」
ここまで小さく当たっただけでも、慶喜はこれほど官能的な反応を示してくれる。なので土方の頭は興奮で満ちると、手が止まらなくなった。
張形を持っている手を動かし、張形の先端で慶喜の胸をぐいぐいと押した。当然、尖りにも当てると、慶喜の体が何度も揺れる。気持ちが良いらしい。
「ぁ、あ……そこ、いい……! はぁ、ぁ、ん……土方……そこ、すき……」
「貴方の胸は、ここまで厭らしくなったのですか?」
そこで意地悪を言ってみれば、慶喜の腰がよく動く。言葉で責めてでも、興奮を覚えてしまうということを確認する。
「だって……土方が、触ってくれるから……」
「……では、貴方が、ご自身で触ってみてはいかがでしょうか」
土方の手が引くと、慶喜がその手を追うような動きを見せる。しかしすぐに止めた後に、こちらの言葉を何度も咀嚼していたらしい。そして「俺が……」と呟くと、頷いてから膝立ちをした。土方の体の上から、慶喜は引いていく。
「じゃあ……見ていてくれ……俺が、胸を触っているところを……」
恥じらいが垣間見える。だがそれが良いと思いながら、慶喜の体を凝視する。見れば胸の尖りはぴんと立っており、指で弄ったならばさぞかし硬いだろうと思えた。
慶喜が自分の胸に手を持っていくと、少しずつ胸を揉んでいく。豊かな胸が揺れ、そして尖りが上下に動く。慶喜は少しずつ息を上げていった。
「っふ、ふ……土方……俺のこの姿が、いいか……?」
「ええ、勿論です」
土方としては、本当に良い姿なのだ。これを見ながら自慰をしたいが、達してしまえば、魔羅を慶喜の腹の中に収めることはできない。なので我慢をしていると、湯が腰のあたりまできた。温かさが広がっていく。
「ぁ、あ、はぁ、は……はぁ、だめだ、俺がやっても、気持ちいい……!」
膝が内側に寄っていくのが見えた。どうやら慶喜は、かなり興奮に耐えているらしい。次第に膝同士が密着すると、もじもじと動かしていた。
本当は早く慶喜と密に繋がりたいが、尻を慣らすことから始めなければならない。ここは男同士での不便なところだと思った。だが土方は、男同士での経験など、一回も無いのだが。
「それで充分です。慶喜様」
持っている張形を取り上げてから水面に浮かせると、慶喜の腰や背中を抱える。そしてゆっくりと座らせた後に、慶喜の体の上に覆い被さった。慶喜は上目遣いでこちらを見ているが、その光景が何とも可愛らしいと思える。
「土方……」
高い熱を含む声で名を呼んでくれる。嬉しくなった土方は「はい」と答えた後に、柔らかい口吸いをした。ほんの、唇同士が触れるものだ。
間近で慶喜を見つめれば、遂に繋がることができるのだと意識する。魔羅がとても疼くが、まだ慶喜の体を貫く訳にはいかない。まずは慶喜の体を溶かすかのように、じっくりと全身を可愛がらなければならないからだ。
「慶喜様、俺は、貴方を好いております」
自然と笑みをこぼすと、慶喜が「あぁ」と言ってこちらの背中に手を回す。次は仄かな冷たさがあった。湯に浸かり始めたのだが、体が暖まってきているので心地が良い。
もう一度慶喜と口吸いをしたが、次は簡単なものではない。唇同士が触れ合うと、慶喜の唇を吸う。すると慶喜が舌を出してくれるので、土方はそれを舌で絡めた。二人は吐息を互いに吐く。
「ん……ぅん、っ、んん、ん……!」
舌を絡めた後に弱く吸う。そうすると、慶喜の肩が大きく上下に動いた。この口吸いだけで、かなりの快楽を得てくれているのだろう。
この調子で何度も何度も舌同士を擦っていくと、慶喜の手が離れていく。そして股間の辺りを押さえるが、射精を必死に我慢しているのだろう。
土方はその姿をよく観察したい気持ちもあったが、慶喜を快感の底に沈めたいという気持ちもある。なのでここは我慢をして、口吸いを続けていく。
湯は遂には、あばらの辺りまできた。浴槽の高さは首元なので、満杯になるまであと少しだ。
「……っふ、んん! ん、っん、う……んん、ん」
このままでは唇がふやけてしまうのではないかと、それくらいに口吸いを続けていく。二人の顎には唾液の玉ができており、頻繁に湯の中に落ちる。ぽとりぽとりと音が鳴った。そこで口吸いを止めるが、鼻先がぶつかるくらいの距離に慶喜の顔がある。
「っは、はぁ……土方ぁ……俺、早く土方に抱いて欲しい……」
互いに酸素を求めている。そのような中で慶喜がそう誘ってくれたがまだ早いと、土方は慶喜の顎をぺろりと舐めた。髭でちくちくとするが、そのまま首へと降りていく。湯に浸かってもなお甘い匂いはあるが、やはりこの匂いは慶喜そのものの匂いなのだろう。夢中で甘い匂いを嗅いでいく。
「ぁ、はぁ、ん……んっ、擽ったいだろ、土方」
「ですが、こうされるのもお好きなのでしょう?」
「ん……そうかも、しれねぇ……」
慶喜の返事が曖昧になるが、体は正直である。湯の中で盛大に勃起しているものが見え、それを早く弄びたいとも思った。だが今は、甘い匂いを嗅ぎながら慶喜の肌や胸を楽しむことが先である。舌を突き出し、首の皮膚をちろちろと舐めた。
「あっ、あ……は、ぁ、あぁ、ん……」
「良いお声です」
外ではあるが、気付けば辺りは薄暗い。ここから見えるものは山しかないが、隣に民家はあったのだろうか。この村を散策していないので分からない。
そこで慶喜に限界がきていた。体を何度も震わせながら、射精を我慢している。このままでは、慶喜が苦しいだけだ。なので首から顔を離した後に、少し考える。慶喜の下半身のものを、口淫するのはどうなのだろうかと。土方の中に、不快感などは無かった。
思い付けば実行しない訳にもいかず、慶喜の体を軽く持ち上げる。そして浴槽の縁に座らせると、下半身のものを押さえている手をどけた。慶喜は驚いているが、何かを考えるという思考すら今は失っているのだろう。こちらをただ見下ろしているのを確認した後に、慶喜の下半身のものに顔を近付けた。
「土方……」
何をするのか察したらしく、慶喜は足を開いてよく見えるようにしてくれた。なので土方は軽い礼を述べた後に、下半身のものをまずは凝視する。水滴があるので我慢汁の有無は分からないが、きっと垂らしていたのだろう。そして血管はどくどくと浮いている。
そして以前までは女の穴に突っ込んでいた証でもある、赤黒い色合いを見た。これで何度女を啼かせてきたのだろうかと考えたが、今後はそのようなことはさせないと思った。これからは、自身が慶喜を悦ばせるのだから。
「貴方の魔羅……とても美味しそうですね」
「ん……土方、早く、俺の魔羅を、食ってくれ……」
頷くと、下半身のものをぱくりと咥える。大きさはあるものの、順調に飲み込んでいった。先端が奥歯のあたりまで来ると、そこで排出する小さな穴を舌で弄る。慶喜は白い喉を少し見せるが、気持ちがいいらしい。
「ぁ、あっ、そこ、土方……!」
すると慶喜の手が伸び、土方の頭を軽く掴んだ。しかし撫でられている感覚が強く、土方はついうっとりとしそうになった。
「は、はっ、土方、そこ、きもちいい……! ぅあ、はぁ! はぁ! ……っぐ! 出る! 土方! 出るから!」
口腔内で慶喜のものが膨らんできた。もうじき射精をしようというのだろう。だが土方は口淫を止める気はない。寧ろ、吐き出される精を飲み込むつもりなのだ。慶喜から出る体液も、きっと甘い味がするのだろうと微かに思いながら。
「ぅあ……! 土方! もう出るっ……!」
慶喜の腰がかくかくと動いた後に、土方の舌の上に熱い精が乗り上げる。まずは苦さがあるが、思っていた通りに、どこか甘い気がした。
そこで口淫を止めると、慶喜のものから口を離した。唾液がたっぷりと絡まっており、とても淫猥な光景である。
「慶喜様……」
土方の舌の上には、未だに吐き出された精液がある。なので舌を出してから、慶喜に見せつける。慶喜は見てはいけないものを見たかのように、自分の手で目隠しをしていた。
「ぁ……! 土方……! 吐いてく……おい!」
どうやら吐いて欲しいと慶喜が言いかけていたが、土方はそれを無視してごくりと飲み込んだ。精液が喉を通るがやはり熱い。そしてこれが慶喜の熱かと思うと、飲み込むのが勿体ないのではないのか。しかし口腔内にあるものは全て飲み込んでしまっている。残念だと思った。
「貴方の精液が、とても美味しかったです。また、飲ませて下さい」
「い、いや……! だが……」
慶喜は返事に迷っているが、何を言いたかったのだろうか。それを促すように、太腿の内側を舐める。ここも胸のように柔らかい。舌を何度も動かしていった。
「っは、は……土方、もう、俺……!」
「いかがなさいましたか? 気持ち良く、ないのですか?」
「違う……! そうじゃなくて、俺……早く、土方の魔羅が、欲しい……!」
自身の魔羅を欲している、それは何とも光栄な言葉である。だがやはりまずは慶喜の体をじっくりと堪能したい。なので舌先で滑らかな肌を滑らせながら「少しお待ちを」と、見上げながら返す。
「今……今欲しい! 土方、俺、もう……我慢できねぇよ……!」
見れば慶喜の撫で上げている髪がはらはらと落ち、そして顔が大きく歪んでいた。これは相当に快楽に耐えているのか、口はだらしなく開いている。唾液を垂らしているが、今すぐにでも啜りたい気分だ。
なので仕方ないと唇を離すと、湯が止まった。最終的には、胸の辺りにまで来ている。土方が膝立ちするが、どうにも慶喜の体を可愛がることができないのだ。これは湯から出た方がいいと思ったので、慶喜に「湯から出ますよ」と言う。慶喜は頷いた。
勿体ないが、慶喜と繋がることができるならば後回しにしてもいいと思った。どのみち、致した後に再び湯に浸かるのだから。
湯から出れば、冷えが襲う。びしょ濡れのまま部屋に入るが、その際に張形を忘れまいと握った。
「何か拭くものは……手拭いはこれか」
畳の上に清潔な手拭が畳んで置いてあった。それを広げるなり、すぐに慶喜の体を拭く。しかしよく勃起している股間のものに到達すると、ついそこを弄りたくなった。しかしこのままでは慶喜が体調を崩してしまうと、欲を精一杯抑える。
「っは……ぁ……だめだ、お前に、触れられただけで、気持ちがいい」
「……今は、我慢をして下さい」
そう言うしかなかったので、土方はそれからは口を噤んで慶喜の体を拭いていく。よく水気を拭き取ることができると、自身の体は雑に拭いてから慶喜を布団の上に連れて行く。すぐに、柔らかい布団の上に押し倒した。
「土方……」
愛しげに慶喜が手を伸ばしてくれると、土方は勢いよく覆い被さる。そして口吸いをしながらも、互いの体を弄った。それぞれ目指す部位は異なり、慶喜は土方の背中。そして土方は慶喜の股間である。
「ふっ、う! ぅ、ん……んん、んっ……」
熱い吐息を掛けながら、土方は慶喜の股間をしこしこと扱く。未だに唾液に塗れているので、よく滑った。途中からにちゃにちゃという卑猥な音が立っていくと、土方の中で興奮が高まる。早く、自身の魔羅で慶喜を犯したいと。
上下に擦っていくと、またもや慶喜のものが膨らんでいくのが分かった。なのでわざと手の動きを止めてやれば、慶喜の唇が離れる。そして空気を求めて呼吸をした。
「っはぁ、はぁ……!」
「まだ、尻まで触れてはいませんが?」
「あのな……! お前の手淫が気持ち良すぎるんだよ! また出したら、俺は……」
ため息をついた慶喜は、土方に「少しどけ」と言った。土方は素直に応じると、体が自由になった慶喜が起き上がる。何をするのかと思いきや、膝を着けた後に四つん這いになった。そして尻を向ける。
「早く……お前のが、欲しい……」
振り向きながら慶喜が言うと、そこで土方の中で何かが切れたような気がした。研いだばかりの鋏で紐を切ったかのように、綺麗に理性の音が切れたのだ。すると慶喜の背中に乗り上げたあとに、唾液に塗れた股間を再び触る。
「だから、ここじゃ……ひ、ぅあ!?」
手に土方自身の唾液を絡ませれば、それを尻に持っていく。そして尻たぶを指で開いたところで、慶喜が短い悲鳴を上げた。
「おや? 慶喜様、ここを使うのですよ。ご存じなかったのですか?」
「知ってるって! それより、お前、擽ったい!」
「しばし耐えて下さい」
慶喜の口を閉ざすように、尻の穴を探った。すぐに見つかると、そこに唾液に塗れた指で触れる。今は、頑なに閉じている肉の蕾だ。聞いたところによれば、ここは辛抱強く解していけば魔羅が入るらしい。
「……ここか」
「っひ! 土方、ちょっと待っ……うわ!?」
肉の蕾に指を突き立てるが、開くわけがない。分かってはいるのだが、解すことができるまでがもどかしかった。
「大人しく、していて下さい」
軽く言いつけてから、指先に小さく力を込める。まずは指先のみが入るまでできたならばいいと、そう思いながら土方は蕾に指先を引っ掛けた。指先のみであったら、単純に入る。しかしこの先がなかなか入らないうえに、慶喜が次第に苦悶の声を上げていた。これではよくないと、指先に入れていた力を抜く。
見れば慶喜の肌には汗をかいていた。白い肌に、液体がさらりと伝う。先程のは相当に苦しかったらしい。それならば謝りたいので慶喜の顔を見たいが、体勢からして容易には見れない。なので断念をした。
「ぁ、はぁ、はぁ……土方、もっと、激しく、していいから……」
「ですが……」
さすがに慶喜のその言葉には困惑してしまった。言う通りにしたならば、さらなる苦痛の声が聞こえることだろう。土方は慶喜を苦しめたい訳ではない。今まで燃やしていた欲の炎が、徐々に小さくなっていく。
やがては手が引いていったところで、慶喜の体がこちらに向いた。顔には熱が帯びているが、どこか真剣さがある。
「土方、俺は大丈夫だから。俺を信じて欲しい」
眉を僅かに吊り上げた慶喜がしっかりとそう言うと、言葉が自身の胸に深く突き刺さったような気がした。先端は鋭利ではあるが、逆さ刃があるので抜くことが困難になるくらいに、慶喜の表情や声を忘れることなどできなくなるだろう。いや、故意に抜くつもりなど無いのだが。
「ほら」
すると慶喜が抱き締めてくれるが、湯の熱がまだ残っているので暖かい。土方はその暖かさで暖を取るように抱き締め返した。肌からの甘い匂いは薄れているような気がする。
「はい……」
突然に自信などを無くした土方だが、慶喜が足を開いてから恥部を見せてくれる。
「土方……好きだ」
「俺もです、慶喜様……!」
すると好意を伝えられると、土方の中で再び情欲が燃え始める。それは新たに点いた火のように、燃え方が大きくなっていった。
荒い息を吐きながら、慶喜の首元に顔を埋める。やはり甘い匂いは変わらず、土方の中の火が急激に激しくなった。この匂いが好きで、そして慶喜が好きだからこそ抱きたい。それを思うと、土方の心がしっかりと根を張った。
「慶喜様……」
唇を胸に持っていきながら、先程扱いていた股間のものを見る。次第に乾いてきているが、それでもまだ濡れていた。それを再び握り、素早く擦っていく。
順調に刺激を与えると、慶喜の体が淫らに震えた。顔は悦に浸ってきているのか、目を細めて口からはだらだらと唾液を垂らしている。何とそそられる顔なのだろうか。土方はそう思いながら、手淫を続けた。
すると慶喜が達しかけたのだが、そこで股間のものを強く握って阻止をする。慶喜からはやはり苦しそうな息を吐いたものの、こちらの目を見て「大丈夫だ」などと言わんばかりに頷いてくれた。土方はそれを信じることにして、手淫を続ける。
我慢汁がだらだらと垂れ、土方の指に塗れたところで手淫を止める。慶喜はもうじき限界なのか、大きな息を何度も吐いている。胸がよく動いていた。
「……慶喜様、そろそろ慣らしますが」
「あぁ、やってくれ」
声を掛けるとすぐに返事が来た。慶喜は既に心の準備ができているらしい。人形のような白い肌を見ながら、土方は指に我慢汁を絡ませた。よく湿り、これならば潤滑油となるだろう。
すぐに肉の蕾に指をあてがうと、慶喜が何度か声を出す。指が侵入してくるということは、未経験故に先程と同じような様子になるだろう。しかし肉の蕾を指先でなぞるのみの場合は違う。胸を触られたかのように、可愛らしく啼いたのだ。
「っあ、はぁ、あ……ん、はっ、はぁ……」
「触るのみならば、良いのですか?」
「あぁ、今はな……」
息が途切れているが、それが啼いている証拠となりうる。このまま、垂らしている唾液を吸いながら、慶喜と唇を合わせたいと思った。しかし魔羅を早く尻に挿入したいので、後回しにするしかない。指を動かしていく。
「んぁ……ぁ、はぁ……きもちいい……土方ぁ……」
「少し、慣れて頂かなければ」
土方は言葉の通りの行動を起こす。指先にぐいと力を入れると、肉の蕾が少し割れた気がした。その隙間に、指をどんどん侵入させていく。入り口はきつく閉ざされており、指先しか通してくれない。しかし何度も指先を動かしていれば、いずれかは解れてくるだろうと信じた。入り口に唯一入っている指先を小さく動かす。
「っは、は……土方、もっと、動かしてくれ」
「はい」
指の侵入が、慶喜の体にとっては悦ぶべきことなのだろう。体が跳ね、そして眉間に皺が寄りながらも目がよく垂れていた。
「んっ! は、はぁ、その調子だ、土方……もっと……ぅあ!」
指を小刻みに動かすと、根元までずるりと入った。驚きのあまりに土方は目を見開くものの、すぐに感じる粘膜の熱で溶かされるかと思った。なので愛しさのあまりに目を細めると、慶喜の頬に唇を寄せた。音を立てながら、弱く皮膚を吸う。
そうしていると、何かしこりのようなものに当たった気がした。これは何なのだろうかと、興味本位でもっと触れてみる。慶喜の体が大きく跳ねた。どうやら、ここはとても感じるところらしい。胸よりも、遙かに。
「ん、ぅう……! ひゃ! ぁ、は、あぁ、ん……!」
「ここが、気持ちいいですか? ……貴方の中が、きつく締めてくるようになってきました」
熱の次は狭さが来る。まるで指を異物と認識して、拒んでいるかのように思えた。
感じたことのない感覚だが、これが慶喜がよく反応してくれている証となる。嬉しさに、肉の蕾の反発など手の力で押し返した。慶喜は大きな空気を喉から吐き出す。
「はっ……ぁ、あ……」
「ほら、もう少しで……拡がりますよ」
次に指を大きく動かせば、慶喜の腰がびくびくと痺れるように動く。思わず覆い被さっている土方が振り落とされそうになったが、必死に慶喜の体にしがみつく。
そうしていると、入っている指の角度が何度か変わったようだ。同じ粘膜と言えど、違う箇所を指先が突く。
「ひゃ、ぁあ!? は、ぁ!」
慶喜の嬌声に、悲鳴が混じる。これは相当に好いということなのだろう。口角を上げるしかない土方は、慶喜が降りていった髪を振りながら悦んでいる様子を凝視する。白い肌に赤みが帯び、淫靡な姿だ。
「貴方がこうして乱れる姿は、堪らない……!」
笑いかけながらそう言えば、慶喜がぴくりと反応をした。どうやらこちらが愉しんでおり、慶喜は嬉しいようだ。白い肌に浮く朱が更に増していく。
「はぁ、はぁ、土方ぁ! 俺、俺……っあぁ!」
慶喜が何か言いかけたが、肉の蕾が少しは柔らかくなったことに気付き、挿入する指の本数を増やした。慶喜の言葉が中断されてしまったが、土方に余裕が無くなってきている。乱れた姿が、あまりにも魅惑的過ぎるからだ。魔羅に限界が来ている。
ぱんぱんに張り詰めた魔羅の、脈打つ感覚を何度も感じる。ここまで魔羅が我慢できなくなったのは初めてだ。耐える為に呼吸を幾度もしていくが、そうすることなどもはや不可能である。しかし慶喜の肉の蕾は、魔羅が入るくらいに柔らかくはなっていない。なので土方は、大きく顔をしかめてしまう。
「もう、いれて、いいからぁ!」
「ですが……」
まだ躊躇の心が土方にあった。意外だと思いながらも、指を引き抜く。だが頭では分かっていても、体はそうもいかなくなっていた。魔羅はもう耐えられる気配はない。
指の代わりに魔羅をあてがえば、肉の蕾が収縮をしているのが分かった。慶喜が自身の魔羅をかなり欲しているのだ。早く、魔羅を食わせてやりたい。
「んぅ……! はやくぅ!」
慶喜が甘えるように声を出すと、肉の蕾に魔羅の先端で押した。ぬちゅり、と音が鳴ると同時に少しずつ入っていく。慶喜は「ぁ、はあ……」と声を上げた。
初めての経験になるので、様々な感覚が押し寄せているのだろう。慶喜としては嬉しいのか、或いは未知の事柄であるので恐怖も織り混ざっているのか。
慶喜を見れば、歓喜の表情を出していることが分かる。瞳を大きく垂らし、口角を大きく上げているからだ。なので前者の感情のみを抱いているのかもしれない。
「あ、あ……土方の、すごい、おっきい……!」
「っは、はぁ、はぁ! 慶喜様の中、まだ狭いので……!」
肉の蕾は開く気配はなく、ただ魔羅の先端で触れているだけだ。それだけでも魔羅はびくびくと悦んでいる。
だがやはりまだ早いのかと思っていると、慶喜が緩やかに腰を振る。表情は変わらない。どうやら挿入の補助をしたいように見えるが、肉の蕾が硬ければ意味はない。
なのでやはり指で解すことを再開しようと思っていると、慶喜が背中に手を絡めてくる。
「土方、口吸い……! 口吸いを、して!」
「はい」
すぐに唇を合わせると、慶喜の吐息が喜んでいるように聞こえる。
「ん、ぅん……! んっ、ん……!」
すると不思議なことに、肉の蕾が開いていくように思えた。まるで花が綺麗に開花でもするかのように、ゆっくりと柔らかくなる。魔羅がどんどん沈んできていた。
その衝撃もあってか、慶喜の唇と離れてしまう。
「ゃ……!? あ、ぁ! 入る! 土方の、おっきい魔羅が、入る!」
慶喜は驚いてはいるが、不快感などは示す訳がない。
先端を肉の蕾がゆっくりと飲み込んでいくが、括れの部分ですぐに引っ掛かってしまった。土方の腰が止まるが、そこで慶喜の体を揺さぶるように動かした。
「うぁ……! は、はぁ、もっと、きてぇ!」
「そうしたい、ところですが……」
物理的に止まってしまっているので、どうしようもない。ここで一時中断しようとしたが、慶喜が再度口吸いを求めてくる。相当に自身との口吸いが好きなのかと思いながら、土方はそれに応じる。
すると唇が合わさった直後に、肉の蕾が再び開いてくれたように感じる。それに気付いた土方は、腰を強く押し進めた。慶喜の太い喉からは、苦しげな音が聞こえる。
「ぅ……! う、ぅ……!」
次第に犬の唸り声のようなものに変わっていく。しかし魔羅が蕾の中にどんどん入っていくので、それはどんどん溶けてなくなっていった。すっかりと服従でもするかのような、媚びた音が出てくる。
「ん、ん……! ん、んぅ!」
魔羅の括れがすっぽりと埋まった。すると後は竿が入っていくだけだ。これはすぐに入っていくので、心に余裕が生まれた。慶喜の舌をまるで吸い取るかのように捕らえながら、腰を振っていく。竿がずるずると押し込まれ、慶喜の体は快楽に浸っている雌のように蠢いた。
そして慶喜の中はやはり狭いが、これが良かった。魔羅をかなり締め付けてくるが、かなり気持ちがいい。今すぐにでも果ててしまいそうであり、もう他の者と体を重ねることなどできないだろう。この時点で、癖になってしまったのだ。
「ぅう、ん……! ぅ、う、ん! んん、ん」
舌同士が絡み合う中で、遂に肉の蕾が魔羅を全て飲み込んだ。慶喜の体の中は熱く、締め付けは一層強くなる。
土方としては残念なことに、ここで射精をしてしまうが、まだ萎えてはならない。粘膜を擦り、慶喜が散々に乱れる姿を見ながら致したいのだ。
精液を放った直後に律動を始めていくが、ここで慶喜との口吸いを止めた。慶喜の嬌声を聞き、そして自身に犯されている姿をこの目に焼き付けたいのだ。これが、初めて慶喜と繋がったことと確実に認識するようにと。
「……んんっ!? あ、ぁあ! 土方、きもちい、きもちいいからぁ! はぁ、ん、ん!」
肌がぶつかり合うと、その衝撃で慶喜の髪が揺れ、そして汗が垂れる。布団を手で強く握りしめており、雪のような肌をしている体が火照っていた。官能的な光景である。
その姿が堪らないと思った土方は獣のような呼吸音を吐きながら、夢中で慶喜を快楽の底へどんどん堕としていく。
次第に慶喜の嬌声が掠れてくると共に、魔羅が膨らんだ。精がこみ上げてくると、慶喜の体をきちんと固定してから吐き出した。しっかりと、慶喜の中に注いでいく。
「っひゃ、あ、ぁ! あつい! 土方の、子種が熱い!」
「ぐっ……! はぁ、はぁ、慶喜様の体、最高でした……!」
魔羅が萎えていくのを感じるが、慶喜はまだ達していないようだ。悔しいがここは張形に頼るしかない。枕元に放っておいていたので取り出すと、魔羅を抜いた。慶喜の肉の蕾からは白濁液がごぽごぽと流れ出る。慶喜が勿体ないと言うような顔をするが、これは致し方ない。
張形を見せると、慶喜はそれを見てから首を横に振った。
「やだ! 俺は……土方の魔羅が、欲しい!」
「俺はもう勃起していません。なのでこれ、挿入しますよ」
嫌がっている幼子のように、慶喜が手足を振って抵抗を見せる。しかし力が入らないのか、土方がその抵抗を容易く崩した。
強引に足を開くと、何だか強姦でもしているような気分になる。だがその様子もまた好いと思えた。まだ魔羅に体力があるならば、盛大に勃起をしていたところだろう。再び慶喜の体を犯していたところだろう。
「ほら、入りますよ」
「嫌だ! 土方のが……やぁあ! あ、ぁ!」
張形が肉の蕾に入っていく。どんどん飲み込んでいくその光景が、卑猥過ぎた。土方は自然と息を荒げながら、それを凝視する。
どうやら予想以上に慶喜に快楽を与えているらしい。慶喜が口を塞いで声を殺し、そして開かされていた足を閉じようとしていた。
しかし抵抗の意思などすぐに潰えてから、善がり始める。口を塞いでいた手と、閉じようとしていた手が布団の上にぼとりと落ちたのだ。
「ん、ぁ、あ、そこ、気持ちいい……! っは、ぁ、あん、ん……!」
「慶喜様、可愛らしい……」
土方は思ったことを呟くと、張形をどんどん侵入させた。みるみるうちに全てを飲み込んでしまうと、出しては入れるの動作を繰り返す。慶喜の体が細かく揺れるが、そこで足が土方の腰に絡みついた。
「あぁ、あ、土方、好き、好き! 俺、もう、どうなっても、いい!」
「慶喜様……」
言われた言葉が嬉しくなり、土方は一瞬だけ口吸いをした。その瞬間に、慶喜の股間のものから精液が噴出した。絶頂を迎えたのだが、直後に萎えてしまう。残念だと思ったが、そこで張形を抜く。
肉の蕾はひくひくと収縮を繰り返しており、その様子もまたよく観察してしまう。
「ぁ、あぁ、ん……はぁ、土方、来てくれ……」
慶喜が手を伸ばしてくれた。なので土方は慶喜を抱き締めると、肌が汗でしっとりとしていた。不快感は無く、寧ろ触り心地が良いと思える。
鼻の先端同士がぶつかるまで顔を近付けると、慶喜が小さく笑う。
「土方、好きだ……」
「俺もです、慶喜様……」
熱い吐息を吐きながら好意を改めて伝え合う。それは何度目か分からないのだが、心に大きく響いてくる。これが、心と体が通じ合うということなのかと。
「……慶喜様、俺は、幸せです。貴方と、こうして愛に溺れられたことを」
目の前には慶喜の顔があり、汗が更にたらたらと垂れてきているのが分かった。土方はそれを舌でぺろりと舐め上げるが、やはりこれも甘い。慶喜の存在そのものが、甘い味でもするかのように思える。
「俺もだ、土方」
疲れているのか、声には張りが無くなってきている。それならば早く休ませるべきなのだと思うが、どうしてもこの時が幸せで仕方がないのだ。慶喜の顔に、唇を何度も落としていってしまう。
もう何度唇を落として愛を伝えたのか分からない。もうじき唾液で慶喜の顔がふやけてしまうかと思うところで、ようやく慶喜が「疲れた」と口にする。土方は動きを止めると、ゆっくりと起き上がってから慶喜の体を起こす。
「体を洗ってくれ」
「勿論です」
まるでわがままな子のようだ。そう思いながら、土方は慶喜を風呂に連れて行く。
そして体に湯を流してから浴槽に共に浸かった。男二人では少し狭いが、それでも向かい合って浸かる。気付けば近くには椿が植えられており、見事に咲いていた。
最初に入ったときは、互いの体に夢中になっており気付かなかった。宇治の宿屋でも椿を見たが、やはり何度見ても美しい。
「……なぁ、土方」
湯に浸かってから顔を緩めさせていた土方だが、慶喜に呼ばれるなり顔を引き締める。それを見た慶喜がくすくすと笑った後に、こちらにもたれ掛かってくる。まるで、抱きつくように。
「次はどこに旅に行きたい? そうだな……少し遠いが、出雲か?」
「出雲ですか、いいですね」
早くも慶喜は次の旅の予定を考えているらしい。だがこの旅はまだ終わっていない。伊賀に辿り着いていないのだ。
「あっ、慶喜様、平等院の桜はどうしますか」
「それは、春が来るまで余裕がある……冬は、もうじき明けるな」
空を見上げた慶喜がそう呟くと、納得したのかこちらを見ている。
「そうだな、平等院には桜を見に行こう。甘味を持って、桜を見よう。土方、お前も、甘味が好きだろ?」
「……はい」
甘味が好きだということを否定ができなかった。あのような美味いものを、嫌いなどと答えるのはあり得ないと思ったのだ。
「よし、決まりだな。じゃあ、桜を見てから、出雲に行こう」
「はい」
楽しみだと、土方は慶喜の体を手で包む。そうすると慶喜が柔らかく笑うが、直後に疲れの果てに睡魔が襲ってきたらしい。目が細くなっているが、無理もない。土方は慶喜の背中を軽く叩く。
「慶喜様、そろそろ布団に入りましょうか」
「ん……」
言葉さえ曖昧になってきたのか、慶喜はそう返事をするのみ。土方は慶喜の体を抱えると浴槽から出るが寒い。慶喜が目を覚ましてしまうのではないのかと肝を冷やしたが、目の開き具合は変わらない。
安堵をしながら手拭いで体を拭いてから、裸のまま布団に入る。布団は二人が入っても狭くはない。それ用の布団なのだろうと土方は察するが、この大きさがありがたいと思えた。この時期は、布団に入っていなければ寒いのだから。
「土方……寝よう」
「慶喜様、ゆっくり休んでください。俺も、寝るので」
次第に意識が薄れてきているらしい。慶喜の口数が減っていくと、そのまま眠っていった。それを見た後に、土方は部屋の灯りを落とす。
照明の火を消すと真っ暗になってしまい、布団の位置がどこなのか分からなくなった。しかし手探りで探すと見つけることができ、布団に静かに入る。隣からは穏やかな寝息が聞こえた。
「慶喜様……」
眠る前に愛しくて堪らない者の名を呼んだ後に、土方は目を閉じた。
※
朝になれば、障子からは光が目一杯差し込んできた。どうやら遅い時間まで眠っていたらしい。しかしまずは慶喜の存在を感じようとしたが、隣には居ない。そして、隣には温もりがない。
大きく動揺した土方は素早く起きると、目の前には既に着替えている慶喜の姿があった。髪は撫で上げてあり、昨夜の姿が信じられないように見える。
「おはよう、土方。寝坊したな」
「こ、これは……! 慶喜様、とんだ失礼を!」
「いいって。それより、着替えて飯食って、早く行こうぜ」
掛け布団を捲られるが、全裸なので寒い。体を震わせると、慶喜がけらけらと笑う。
「わ、分かりました……」
ゆっくりと布団から出るが、寒い。体をがたがたと震わせていると、慶喜が着物を差し出してくれた。見れば洗ってから糊付けをしてあるようだ、この宿の者がしてくれたのだろうか。
「何か、起きたらこうなってたな」
「こうなっていた……?」
土方は説明を聞いても分からずに首を傾げた。そうしていると、慶喜が「まぁいいだろ」と言う。すると考えることが面倒になったので、土方は着物を受け取ってから着替えた。糊付けを丁寧にされているので、着心地が良い。
着替え終えると、慶喜が手を引いてくる。どうやら、外で朝餉を食べようとしているらしい。
「ほら、朝飯食いに行くぞ」
「はい、分かりましたから」
二人は宿屋を出ると、外はよく晴れていた。慶喜曰く村には飯屋があるらしい。一箇所しかないが、この村の規模では充分だと思う。どこでその情報を仕入れたのかと思ったが、宿屋の主人にでも聞いたのだろう。しかし出る際には宿屋の主人は姿を現さなかった。何かしていたのだろうか。
二人は飯屋に入る。既に行商の者が数人居り、朝餉の途中であった。広くはないが、現在の客はそれだけで、空き具合も程よい。二人は空いている席に座り、注文をした。ごく普通のもので、白米と味噌汁である。
いつの間にか腹が減っていたので、すぐに食べ終えると二人は飯屋を出た。
「伊賀までは、もうすぐだな」
「はい。ですが、最後まで引き締めて行きましょう」
伊賀のある方向を見ると、遂に到着することができるのだ。何か月も要してではないものの、ようやくである。人生初の旅であったが、あっという間だと思った。
すると待ちきれない慶喜が手を引いてから「行くぞ」と言う。手を引かれた土方は「はい」と慌てながら返事をして歩み始める。山道だがここもやはり整備されている。通る者が多いからなのか。
歩みを進めていき、振り向けば先程の村が見えなくなったところで、慶喜が足を止める。
「どうしましたか?」
「見ろ。もうすぐ、伊賀だ」
看板を指差すので、見れば伊賀と書いてある。目を見開いた土方は、喜びのあまりに慶喜の手を取った。そして抱きつこうとしたところで、ここは外であることを思い出す。顔が熱くなっていくのを感じながら、慶喜の手を解いた。
「……いえ、その」
「何だよ、素直じゃないな」
おかしそうに笑った慶喜が、手を繋いでくる。土方は「ここは人前」と言う直前に、慶喜が言う。
「土方、お前が素直になっているところが、俺は好きだ」
好きだ。そう言われると、心臓が跳ねる。
「だから、素直になれ」
「う……はい……」
控えめに手を握り返していると、周囲には飛脚や行商の者が近くを通る。だが皆二人など眼中になく、それぞれの目的地を見ているように思えた。それを見ていると、もっと慶喜に近付いてもいいのかと考え、じりじりと足を寄らせていく。
「慶喜様……」
そう呼んでから慶喜の手を引いて行く。伊賀まではあと何歩か分からないのだが、木々が少なくなってきているように感じた。
一歩一歩踏みしめていくと、木の姿が無くなる代わりに民家がまばらに見え始めた。ようやく、伊賀へと入ったらしい。
手に汗が滲んできたが、今はそれどころではない。伊賀の景色を慶喜と共に見たいと思ったから、早く街並みを見たいのだ。民家が多くなっていったと同時に、ようやく街の中に入る。伊賀に、着いたのだ。
「慶喜様……!」
「土方……!」
感動のあまりに慶喜に抱きついてしまった。しかしやはり周囲の者たちは二人の様子など気にすることはない。
ふと甘い匂いがしたが、これは慶喜のものと甘味処が近いことを示しているのだろう。ひくひくと鼻を鳴らすと、慶喜が指を差してくれる。少し離れた場所に、甘味処があるのではないのかと言う。
「この街の奴に聞けばいいんじゃねぇのか? あっ、すいません!」
すると慶喜がすれ違った者に話しかけ、近くに甘味処はないのかと聞いてくる。聞かれた者は運良く親切であったので、快く答えてくれた。やはりここから少し歩いたところに、甘味処があるらしい。ある方向に指を差した。
「ほら、行こうぜ! お前は何が食いたい?」
「そうですね……」
少し考えると、慶喜に初めて会ったことを思い出す。そういえばあの時、慶喜は自身への手土産に大福をくれた。なので自然と「大福……」と呟いた。慶喜は嬉しそうな顔をしている。
「おっ! いいな! 俺も大福が食いたい!」
慶喜が足を浮かせながら甘味処へと先に行こうとしていた。一人にしては危ないと、慌てて土方は着いて行く。
そうしていると、甘味処に着いた。甘い匂いがここで一層強まり、またしても嗅いでしまう。良い匂いだと思った。まるで、慶喜のように柔らかな甘い匂いがすると。
長椅子に二人で座った後に、甘味処の主人に大福を二つ頼んだ。その後に二人は空を見上げる。以前まで居たところとは違う景色で、何とも新鮮だと思った。
「なぁ、これで、伊賀への旅は終わったな。少し、寂しいな……」
「慶喜様、旅とは帰るまでが旅です。なので私たちの旅は、ここから京に帰るまでです」
「そうだったな。そうだ……俺は、本当の外に出たことがないから、分からなかった……」
慶喜が悲しげな顔をするが、やはりずっと城に居なければならなかった立場故のものだろう。だが今は城に居る理由など無い。それを言い聞かせるように土方は呟く。
「貴方は、もう自由の身です」
「あぁ」
そこで大福が運ばれて来た。できたてなのか、湯気が出ている。淹れたての緑茶もあり、土方は頬を緩ませた。体が冷えてきた頃なので、丁度よい。
「ほら、食おうぜ」
「はい」
二人は美味そうに大福を頬張り、そして緑茶を飲む。その時の慶喜の顔を見れば、白い肌に程よく朱が差していて、とても綺麗であった。
京に帰ったのは、伊賀を出てから何日も経過した頃であった。蓄積していた疲労はあるものの、一度通った道なのであまり頭を使わなくてもいい。なのでか、行きよりも円滑に進められていた。
太陽は真上にある。あとは沈むだけだが、それまでにはまだ時間がある。
「やっと京かぁ」
歩きながらも慶喜はだらしなく体を伸ばす。疲れたのは分かるが、その格好を人に見せるのはよくないと思えた。着物の襟は若干崩れており、その隙間からは白い肌がちらちらと見える。土方の気のせいだと思いたいが、その様子がどうにも色っぽいのだ。
つい凝視してしまっていると、慶喜が「ん?」とこちらを見る。土方は咄嗟に視線を外した。
「……どこかの宿屋で、休みましょう」
「お、いいな!」
休憩の提案をすると、慶喜が辺りを見回し始める。そういえば慶喜は京の街をこうして歩くことも初めてであった気がした。なのでそれを訊ねてみる。
「慶喜様は、ここは初めて歩かれますか?」
「あぁ、そうだな。初めてだ」
予想が合っていたが、それならば京を案内したいと思えた。しかし土方は遊びの為にここを歩き回ったことはない。今更ながらに、どう案内すればいいのか分からなくなる。
どこから案内をしようか、女遊びの類は自身が嫉妬をしてしまう為に止めておいた方がいいのかもしれない。そのようなことを考えていると、慶喜が足を止めた。なので土方も足を止める。
「いかがなさいましたか?」
首を傾げながら聞けば、慶喜がこちらを向いて返事をしてくれる。
「ここで休もう」
見れば目の前にはいつの間にかできていたらしい宿屋がある。二階建てで、この国らしい造りをしている。京の街がそうであるので、合わせるしかないのだが。
ちょうど良い。ここは綺麗であるので、慶喜に相応しいだろう。そう思った土方は、慶喜と共に宿屋に入った。するとすぐにこの宿の主人と女将である壮年の男女が威勢よく「いらっしゃい!」と言って、二人を出迎えてくれる。
宿を利用する手続きをすると、女将が部屋を案内してくれる。場所は二階で、またしても奥の部屋であった。これは神がもたらしてくれたのか、或いは偶然なのか分からない。だが土方は、今晩にでも慶喜を抱こうと思った。あの体が、忘れられないのだ。癖になっているのだ。
すると案内を終えた女将がすぐに階段を下りるので、土方は急いで襖を閉めてから慶喜の体を抱きしめた。
「おい、まだ、昼間だ」
「そうですが、今は、これだけでも」
そして慶喜の甘い匂いを吸い込んでいく。心地よい匂いに、土方はつい慶喜の肌に歯を立てそうになった。まるで、甘味を食うかのように。しかし慶喜の言う通りにまだ昼間であり、疲れているのだろう。早く休ませたいと思った。なので名残惜し気に慶喜の体を離していく。
「……休みましょう」
「あぁ、そうだな。俺は何だか……眠たくなってきたな」
慶喜が欠伸をすると、土方はそれにつられて同じく欠伸をしてしまう。すると先程までは無かった眠気が襲い掛かってくる。
「寝ようぜ」
「はい、ですが布団が……」
「お前にくっついて寝るからいいよ」
笑いながら慶喜が畳の上に座る。そして横になった後に、手招きをした。
「ほら、土方。来てくれ」
「はい……」
遠慮気味に慶喜の元に来れば、すぐに向かい合わせで抱きしめられる。布団など無くとも暖かい。そう思いながら、慶喜と一瞬だけ口吸いをした。
「お前といると、心地がいい」
「ありがたき幸せ」
褒められたので、土方は控え目に笑った。すると慶喜の目が急激に閉じていく。今まで、体力の限界だったのだろうか。そう思うと、今まで気が付かなかったことを恥じる。一方で土方は、もう少し体力に余裕があったからだ。
「ゆっくり、お休みください」
そう言った後に、土方も眠る為に目を閉じた。
温かいうえに、甘い匂いがする。それらに包まれながら、土方は眠っていった。
※
目を覚ませば、外は真っ暗であった。だが幸いにも外からの、京の街の灯りがある。なので物や慶喜の体の輪郭は分かる。
どうやら慶喜はまだ眠っているようだが、土方は一度体を伸ばしたいと思った。慶喜から離れてから胡座をかいてから体を伸ばすと、背後から急に抱きしめられた。慶喜しか居ないので、土方はその手の甲の上に手を重ねる。
「慶喜様」
「どうしたんだ土方。お前が居なくなったから、起きてしまったじゃねぇか」
「これは悪いことをしました」
振り向けば、頬を膨らませている慶喜が居た。その顔が何とも可愛らしく、つい頭を撫でてしまう。
「何だよ、俺のことを子どもだって思っているのか?」
「いえ、そうではありません。ただ、貴方が可愛らしいだけで」
慶喜の頬はまだ元に戻らない。それを見ていると、襖を軽く叩く音がした。次に女将の声が聞こえるが、夕餉の時間らしい。慶喜は仕方なく手を離すと、二人は立ち上がってから襖を開けた。女将が、盆に乗せた二人分の飯を持って来てくれている。
「夕飯ですえ」
「ありがとうございます」
土方が受け取るが、そこで女将が部屋が暗いと指摘してくる。なので手早く行灯を明るくした。室内がよく見えるようになる。
女将が立ち去ると、二人は早速に夕餉を済ませる。内容は白米と味噌汁と漬物と焼き魚だ。どれも美味いので、二人はすぐに完食してしまった。
椀などを女将の元に返すと、二人は再び並んで畳の上に寝転がった。共に天井を見る。
「まだ、冬が明けるには早いな。どうする?」
「確かに、春まではやはり早いですね……慶喜様、どうしましょうか」
「質問に質問で返すなよ」
軽く笑った慶喜が、肘で小突いてくる。
「……だったら、宇治に行って、少しのんびりしないか。平等院が近いから、桜の見頃はすぐに知ることができる」
「宇治ですか? 私はいいですが、慶喜様には少し退屈かと思いますが」
「俺は退屈じゃねぇよ。土方、お前が居るからな」
天井ではなくこちらを見ると、土方も慶喜の方を見る。そして頷くが、途端に慶喜が大きな欠伸をした。まだ眠り足りないらしい。
「寝ましょう。布団、敷きますから」
「いや、俺も手伝うよ」
立ち上がりながらそう言うと、慶喜も立ち上がった。しかしその動きは鈍く、相当に眠たいことが窺える。
押し入れを開けてから素早く布団を一組敷くと、掛け布団を捲ってからぽんぽんと叩く。慶喜に寝るように促す。
「俺はまだ……」
まだ眠たくないと、慶喜が弱く睨もうとしたようだ。だがすぐに欠伸により打ち消されると、ため息をついてから観念をした。
「……分かった。寝るよ」
渋々と布団に入った後に、土方は自身の分も布団を敷く。そして布団に入ろうとすると、またしても襖を軽く叩く音がした。女将の声がする。
立ち上がった土方が襖を開けると、酒を持った女将の姿がある。酒を持って来てくれたのだろう。だが酒など頼んだ覚えはない。
「お二人とも、お酒はいかが?」
「いや……」
「女将さん、もらう」
背後から慶喜がふらふらとしながら立ち上がり、そして酒を受け取った。女将が言うには、追加の金はいらないらしい。しかしどうして酒を二人に渡したのか聞くと、答えは簡単なものだった。他の客が頼んだものの、朝まで帰らないと行って出たからだ。そうすると酒が勿体なく、二人のところに持って来たという。
納得をした土方は、礼を述べながら受け取った。女将が静かに襖を閉めると、二人は布団の上に座った。酒は徳利に入ってる分のみだが、ありがたいと思った。だが慶喜に飲ませていいのかと考えながら、猪口に酒を注いでから渡す。すると慶喜はそれを一気にあおった。
「美味いなぁ」
笑顔でそう言ってくれるので、嬉しくなった土方はもう一杯注ぐ。しかし慶喜が「お前も飲め」と言うので、渋々飲んだ。味は美味く、口元が緩んだ。
徳利にはあと猪口一杯分しかないが、土方は慶喜に譲った。「いいのか?」と慶喜が言うが、土方は「満腹なので」と返す。なので慶喜は猪口に注がれた最後の酒を飲んだ。とても美味そうに飲む。
「はぁ、酒を飲んだし、俺はそろそろ寝るわ。すまねぇな」
慶喜が布団の上に横になるが、その際に着物が大きくはだけた。しかし少し酔っているのか、それを気にしない様子だ。掛け布団に包まる。
「いえ、お気になさらず」
「お前は眠たくないのか?」
掛け布団から顔を覗かせた慶喜がそう聞くが、土方は首を横に振る。なので慶喜は、唇を尖らせた。どうやら、一緒に寝たいらしい。
「なぁ、一緒に寝ようぜ。同じ布団で」
「いえ、さすがに、二人で入るには狭い気がしますが……」
土方の言う通りに、布団は二人が入るには狭い。伊賀の目の前で泊まったあの宿は、布団が大きかったのだ。その感覚が残っているらしく、慶喜は疑問の声を上げた。
「だってよぉ……」
そして手足を広げたらしく、慶喜は布団の大きさを把握していく。どうやら、分かったらしい。発覚するなり、眉を大きく下げた。
「布団、もっと近付けておきますから」
慶喜のその顔がおかしくなり、笑ってしまいながら布団を動かす。慶喜の唇が更に尖っていくが、それはどうしようもない。布団を動かし終えると、行灯の火を弱めてから布団に入る。
布団の中は体温で温かくなった。酒の力もあるだろうが、土方に急に睡魔が襲ってくる。しかしそうとなると、行灯の火を消さなければならない。なので体を動かそうとするが、あまりの眠たさに体が動かなかった。これはまずい。
「……じかた? 土方?」
慶喜の名を呼ぶ声がするが、土方はそれに応えられないまま眠ってしまった。
いつの間にか朝を迎えていた。がばりと起きた瞬間に、行灯の火はどうだったか確認する。だが見たところでは、火は消えていた。女将が消してくれたのだろうか。
安心をして体を大きく崩した後に、隣の布団で慶喜が寝ている姿を見る。酒のせいなのか寝相が悪く、掛けられている布団が大きく捲れていた。そして着ている着物がさらに乱れていた。この姿をずっと見ていては、土方の中で興奮が湧き起こるのではないのかと危惧をして、視線を逸らした。
遮るように布団を掛けてやれば、乱れている姿は見えなくなる。
「ん……んぅ……ひじかた……」
そこで慶喜の寝言が聞こえた瞬間に、先程抑えていた興奮が起こりそうになった。舌を強く噛んで妨げるが、口の中が微かに血の味がすることが分かる。あまりに噛む力が強く、血が出てしまったらしい。
このまま慶喜と二人きりになっては、どうにかなりそうだ。そう思った土方は、部屋を出る。女将が何やら忙しそうにしているが、他の客のもてなしでもしているのだろうか。部屋から出ては、女将を更に忙しくさせそうだと部屋に戻った。
「土方……」
寝言かと思っていたが、見れば慶喜が起きたようだ。
「おはようございます、慶喜様」
すぐさま挨拶をするが、どうやら慶喜は機嫌が悪いらしい。眉が吊り上がっているが、寝つきが悪かったのだろうか。
「朝餉までには時間があります。もう少し、ゆっく……うわ!」
朝餉について話しているところで、慶喜が土方の手を引いてきた。体勢を崩した土方は、布団の上に倒れ込んでしまう。その下には、慶喜の体があるが、甘い匂いがする。心臓が、一呼吸遅れてとくんと鳴った。
「慶喜様……」
自らの内にある獣が、牙を剥き始める。これはまずい。このままでは、慶喜を襲ってしまいそうだ。だが今は慶喜と共に朝餉を済ませなければならない。なので舌を更に噛んで必死に耐えるが、痛みと共に血が流れるだけだ。
なのでこのままでは自制が利かなくなると思っていると、慶喜が頬を膨らませてそっぽを向く。
「慶喜様……?」
「俺はお前としばらく話さない。話しかけるな」
子どものように拗ねているが、どうしたのだろうか。腹が減っているのだろうか。そう考えた土方は「慶喜様、朝餉にしましょう」と言うが、慶喜は無視をしている。
しかし土方にはそのような態度など効かない。寧ろ可愛らしいと、慶喜にずいと近寄る。
「慶喜様、今朝餉をお持ちしますので」
「…………」
またしても口を聞かないが、土方には相変わらず効果がない。
部屋を出た土方は、一階に下りて女将の姿を探す。どうやら今は猫の手を借りたいくらいに忙しくはないようで、ぼーっと立っていた。そのような様子の女将に話しかけるのは、少し申し訳ない気がするが致し方ない。女将に朝餉を準備してもらうように伝えた。女将はしゃきりとしながら返事した後に、奥の方へと入っていく。台所に行くのだろうか。
二階に再び上がった土方は部屋に戻る。そこで障子を開ければ、太陽の光がよく差し込んだ。眩しい。
慶喜は相変わらず無言だが、言っておいた方がいいと思った。なので口を開こうとした。
「土方」
そこでようやく慶喜が呼んでくれたが、やはり声でも不機嫌さが伝わってくる。そこまで腹が減っていたのだろうかと思ったので「朝餉はもうすぐです」と言うが、慶喜はそれを聞くなり少し考えた後に「やっぱいい」と返す。どうしたのかと首を傾げるが、何も分からない。なので慶喜の近くに座るが、ずるずると体を動かして避けられた。
「慶喜様……?」
やはり分からない。土方は再び首をひねっていると、襖を軽く叩く音がした。女将の声がする。朝餉を持って来てくれたらしい。
女将が朝餉が乗っている盆を渡してくれると、そこで部屋を出た。またしても忙しくなってきたらしい。だが土方はそのような態度でも仕方ないと思え、盆を慶喜の前に置いた。
「慶喜様、朝餉ですよ」
「…………」
またしても慶喜は喋らない。どうしたのかと思いながら、先に朝餉に手をつけた。どれも美味く、土方はどんどん食べ進めていった。一方の慶喜は、少し遅れてからようやく朝餉を食べ始める。表情はむすっとしており、機嫌を損ねた子どものようでやはり可愛らしい。
それを眺めながら朝餉を終えると、遅れてから慶喜も終えた。盆を女将の元に返した後に、慶喜に話しかける。
「慶喜様、何かご不満でもありますか? 私に、何か至らぬところがあったのでしょうか」
朝餉を終えたが、それでも慶喜の機嫌が悪い。これは他に理由があるが、どうにも分からないので直接尋ねた。しかし、慶喜の態度は変わらない。
「慶喜様……」
困ってはいるものの、そのような慶喜を何度見ても可愛らしい。思わず笑みを浮かべてしまうと、遂に慶喜が口を開いてくれた。その口調は普段よりも強めだ。
「起きても、お前が居なかったから……!」
どうやら慶喜の機嫌が悪い理由はそれだったらしい。確かに、自身に至らないところがあった。なので素直に謝るが、それでも慶喜の機嫌は直らない。
「慶喜様」
ずいずいと近寄れば「なんだよ……!」と吠えている犬のようにそう言う。それを無視してずいと顔を近付けると、慶喜の顔がどんどん赤くなった。
「慶喜様、本日は私を、好きにしてください。簡単な詫びになりますが」
「お前を、好きに……?」
大きく反応をした慶喜が、手を伸ばしてくる。どうやら土方の言葉に、何か強く引っ掛かったらしく。
「……だったら」
すると慶喜が唇を寄せてきた。そして口吸いをするが、それは一瞬のものではない。唇を捕らえられるなり、何度も唇が合わさった。慶喜の唇は柔らかく、このまま吸ってしまいたいと思える。
「ん……ふっ、んん、ぅ、ん……」
そして慶喜に襟を掴まれ、畳の上に寝かされた。慶喜が覆い被さってくると、襟を開かれた。土方の胸元が晒される。次に唇が離れていくが、慶喜自身も着物の襟を開く。白い胸が見えると、土方は勃起をしてしまった。
「慶喜様、突然は……!」
「何だ? 突然で何か悪いことでもあるのか?」
挑発でもするかのように、慶喜が胸を見せつけてくる。土方の好きな胸で相変わらず大きく、そしてなだらかな膨らみがあった。
土方はひたすらに勃起をして、そしてその魅惑的な胸を見るしかない。先程、自身の体を好きにしてもいいと言った。なので手を出すわけにはいかない。
「ほら、お前の好きな胸だぞ? ほら」
胸を近付けるなり、鼻の辺りに押し付けてきた。甘い匂いと、それに柔らかい感覚でどうにかなりそうだ。
「ふーっ、ふーっ!」
興奮のあまりに息を荒げていると、慶喜が胸を寄せる。少しの谷間ができると、更に柔らかくなった。このままでは揉みしだいてしまうだろう。だが理性をどうにか保った。
「ほら、っう……! お前、鼻息で……は、はぁ……」
そこで慶喜が胸を離すが、まだ触れていたいと思った。しかしその前に、慶喜に手首を掴まれたがすぐに解放される。
「まずは、俺を満足させてくれ」
慶喜は土方の着物を捲った。勃起している魔羅をすぐに取り出すと、すぐにそれを口に含む。こうされるのは初めてであるが、気持ちがいい。いや、狭く熱い慶喜の口腔内など、気持ちよくない筈がない。
吐息を吐いていると、慶喜の舌が魔羅を刺激していった。鈴口から先端の括れ、そして裏筋を満遍なく。土方はあまりの気持ち良さに、そこで達してしまいそうだった。何度も噛んでいた舌を、またしても噛もうとする。だがそこで、慶喜の目が笑った。
「ぅ、うあ!」
慶喜の舌が、鈴口を強く突いたのだ。これには射精感に抗えなかった。慶喜の口腔内に射精をすると、喉からごくりと音がする。飲み込んだらしい。
「はぁ、は……美味かったぞ。お前の、子種が……本当は、俺の尻に入れたかったが、やってみたかったんだ」
艷やかな笑みを浮かべながら、慶喜が相変わらず見下ろしてくる。この光景は堪らなく良い。土方はこのまま抱き潰したいと思ったが、自身の発言を忘れてはならないと思った。我慢する。
そうしていると、慶喜が着物を取り払った。裸になるなり、すぐに土方の腰に跨る。すぐに、魔羅が欲しいらしい。
「土方……早く、気持ちよくなりたい……!」
「慶喜様」
しかしまたしても体に触れてはならないと、土方は動きかけた手を畳に軽く叩きつける。多少の痛みがあったが、それが自制として大きく働いてくれた。手が動くことを阻止できた。
慶喜が勃起しているものを見せつけながら、体を沈めていく。勿論、魔羅が肉壺に入るように。肉壺に魔羅が触れた途端に、慶喜の体が揺れた。先端が少しでも触れたところで、気持ちが良いらしい。
「あ、あぁ! はぁ、は……あん……」
ぬちゅりと音が鳴った。これは肉壺に魔羅が入っていくところだ。初めて繋がった日はまだ浅く、肉壺は柔らかい。なので順調に沈んでいくと、慶喜は善がっていった。
「ぁ、あ……! はぁ、あ……土方の、魔羅が、くる、俺のなかに、来る……!」
そして先端の括れをすんなりと過ぎたところで、竿までも飲み込んでいった。あまりの早さに、土方は腰を揺らしてしまう。もっと早く、肉壺が魔羅を食って欲しいからだ。
すると慶喜自身が股間のものをしこしこと扱き始めるが、それにより肉壺が狭くなった。きゅうきゅうと食われる感覚に、土方は声を上げるものの慶喜は手を止める気配はない。なのでそのまま、根元まで全て入ってしまった。瞬間的に射精をしようとしたが、まだしてはならないと耐える。
「っふ、はぁ……! 入った、土方の、魔羅が入った……!」
慶喜が嬉しそうに言うと、扱く手を更に激しくしていく。すると達しようとしているのか、顔を大きく歪めた後に精をこちらの胸に向けて放った。熱いものが、胸に掛かる。
「っあ! はぁ、は……! まだだ、動くなよ……!」
言う通りに、土方は動かなかった。しかし腰を揺らしたくて仕方がない。腰を揺らし、慶喜の中を抉りたくて仕方がない。
土方はそれらの考えで一杯であったが、男である故に情欲には勝てなかった。腰を揺らしてしまえば、自らにつけていた枷が外れてしまう。腰を大きく揺らした。
「ひゃ!? ぁ、あ! うごかないでぇ!」
体を揺らされると共に、慶喜の体が崩れていく。土方の体の上に乗り上げると、胸に掛かっている精液を塗りたくるように震えていた。相当に気持ちが良いのだろう。
慶喜の体の甘い匂いが強くなった。
「んっ、うぅ! はぁ……おれ、もう頭おかしくなっちゃうぅ!」
「慶喜、様! はぁ、はぁ、そこまで、良いのですか?」
訊ねながら腰を大きく振り始める。慶喜の体がゆらゆらと動く中で、肉壺にできた結合部がぬちゃぬちゃと音が鳴った。
「ぁ! あ! おれぇ、まらがすき!」
慶喜に理性など欠片も残っていない。性交のことしか頭になく、自身のことは魔羅のことしか認識をしていないのだろう。土方は少し苛立ちを起こしたものの、慶喜の口からは淫らな嬌声が吐き出されていた。それを聞いていると、ついうっとりとしてしまう。
「っは……では、貴方の好きな、俺の魔羅で、存分に愉しんでくださいよ」
腰を突き上げれば、慶喜の様々な皮膚が張った。そして骨が軋む音がするが、あまりの快楽に身をよじっているからなのだろう。しかしそれが土方にとっては逃げていると見えた。なので腰を強く掴んだ後に、慶喜の体を思いっきり貫く。
「っうぁ!? ぁ……!? なに……!?」
すると慶喜の腹からごぽりと音がした。これhが聞いたことがない音であるが何なのだろうか。
土方は首を傾げたが、分かる筈がない。その代わりに、魔羅がいつもよりも気持ちがいいことが分かる。これは先程の箇所よりも蠢く力が強く、何よりも燃えさかる火のように熱い。この感覚が堪らないと思った土方は、腰を揺さぶる。異音が大きくなっていく。
「ひゃ、あ、っあ、あ! あっ、ぉ……!? お、ゃ! あ、ぁん、ん!」
「はぁ、っは、はぁ……ぐっ! 慶喜様の中は、気持ちがいい!」
腹の中というよりも、淫道と呼ぶ方が相応しいだろう。それくらいに、土方は夢中になっていた。
何度もごぽごぽと音を鳴らしていると、慶喜が果てた。だが情けなく勢いのない射精をしたが、もはや雄としての役割を止めているかのように見える。それもまたいやらしい様だと思い、腰をより一層強く掴む。慶喜の喉からは、時折苦しげな声がした。
「んぐ! ぅあ、はぁ、あっ……ぁ!」
そして見れば、慶喜の瞳からは涙が垂れてくる。どうして泣いているのだろうか。本当に、自身の魔羅でおかしくなってくれたのだろうか。
そう思うと土方は嬉しくなり、何度も何度も粘膜を擦り上げた。比例して、慶喜の声が掠れていく。喉は限界に近いのだろう。しかし淫道はまだ魔羅を求めている。
「ぁ、あ!? やだ、なにか、くる、はらに、なにかくるぅ!」
涙をだらだらと流しながら慶喜がそう言えば、土方の中で最高潮を迎えようとしていた。もうじき、精を放とうというのだ。
「……っ、俺も、もうすぐ、出しますよっ!」
恐らくは手を離せば、腰にはくっきりと朱い痕が残っているだろう。それくらいに腰を掴む力を強めれば、慶喜の体が小刻みに震える。あまりの喜びに、体の制御ができなくなったのだろうか。
「や、もう、おれ、ひゃ、ぁ、あぁっ!」
そこで慶喜の股間から淫らな水が噴き出す。水のように透明で、色などはない。遂には潮吹きまでしたのかと、土方は嬉しくなる。なので慶喜の体を少し持ち上げてから、思いっきり落とした。
慶喜はもはや、声にならないくらいに快楽にひたっていた。舌をちろりと出し、呼吸を必死に行っている。
「っふ、ふぅ、俺も、そろそろ、出しますよ!」
「あ、ぁ、だして……ひじかたの、こだね……!」
まるで喉から手が出るくらいに欲しいようだ。自身の魔羅から吐き出そうとしている精が。なので精一杯魔羅を膨らませた後に、大量の白濁液を吐き出す。慶喜はもはや、淫道に注がれた感覚だけでも快感らしい。少量の淫らな水を再び、ちょろちょろと尿のように出す。
そこで土方の魔羅が萎えるが、まだ引き抜く気はない。
「はぁ、慶喜様……俺の魔羅、どうでしたか?」
「ん、ん……すきぃ……」
「そうですか」
返事を聞いた後に慶喜の体を持ち上げようとするが、嫌がっているようだ。まだ、このまま繋がっていたいらしい。
「ですが……」
「まだ、ひじかたと……ぅあ、あ……」
自身と居たいからと言いたかったのかもしれないが、そう言いかけたところで慶喜が意識を失った。
そこで土方は冷静になるが、やり過ぎたと感じる。明らかに慶喜の体に負担をかけ過ぎたうえに、このように体をめちゃくちゃに汚してしまった。これはどう謝罪をすれば良いのか。
土方は何も分からなくなったまま、慶喜の体から芯を失った魔羅を抜く。慶喜の淫道からは、精液がだらだらと溢れ出てくる。
「処理をしなければ……」
そしてこれを女将にどう説明すれば良いのか、遂には頭が痛くなりながら、土方は後処理をしていった。
※
時は過ぎ、春になった。この地域では桜が見頃になっているらしい。土方は青い空の下で、慶喜に手を引かれる。場所は勿論、宇治の平等院前で敷地内にある桜は満開になっていた。とても綺麗である。
「土方、桜を見るぞ」
「はい」
土方は持っている大福を落としそうになった。その後に慶喜に笑顔を向けると、二人で平等院の桜を見たのであった。並んで、甘い大福を食いながら。その時の慶喜の顔には、満足の意味で白い頬を朱く染めていて。