明かさない夜
まだ薄暗い早朝前の時間帯に、深い眠りについていた于禁は肌寒さにふと目を覚ます。
昨夜は夏侯惇との性行為が終わると、体を清めた後にそのまま二人で毛布に包まって眠りについていた。それも二人は、律儀に並んで仰向けに。
隣の夏侯惇を見るとぐっすりと眠っていた。于禁はいつもの鋭い眼光を緩めると、夏侯惇の頭部へと手を伸ばしかけたが手を止める。このまま、手違いで起こしてしまっては駄目だと思って。なので于禁はもう一度寝ようと思ったが、肌寒さが残っていて目が冴えてきたようだ。
どうしようか悩んでいるとふと夏侯惇が寝返りを打ち、于禁の方へと向く。すると毛布がめくれて昨夜の性行為の際、夏侯惇の胸を中心に散々つけた所有の印である幾つもの赤い痕が視界の隅に映った。それを見て顔を真っ赤にした于禁は目を逸らすと、毛布をかけ直した。
「私自身がつけたものなのに……」
とても小さな独り言を呟いた于禁は、肌寒さを凌ぐように毛布を深く被った。先程までは肩まで覆われるくらいだったが、今は顎まで。
「ん……」
すると夏侯惇は于禁にぴったりと、抱きまくらを抱くように寄り添った。上半身は于禁の腕へと着け、手は于禁の腹のあたりに乗せ、脚は于禁の脚へと絡ませた。于禁は咄嗟のことに驚いてしまった。しかし体を大きく動かす訳にはいかないので、代わりに夏侯惇がいる反対側の手を反射的にかなり大きく動かす。
だが人肌というのはやはり暖かかった。夏侯惇の滑らかな素肌が于禁の半身を包んだ瞬間、肌寒さが一気に緩和されたからだ。
于禁はそこから心地のよい温もりに包まれていると、夏侯惇が目を覚ました。大きく体を動かさず、夏侯惇からの人肌の暖かさを微動だにせずに受け止めていたのに。
「まだ、夜か……」
だが于禁が目を覚ましているのに気付かない夏侯惇は、寄り添わせている体を無意識に更に密着させた。額を于禁の上腕へと擦りつけ、とても小さな声で聞こえない言葉を出した後に何かを思い付いたらしい。于禁に触れている手や脚を引かせて、もぞもぞと動く。
そこで于禁は上げていた瞼を降ろして、再び眠りにつこうとしていた。同じく目を覚ましてしまった夏侯惇も、すぐに再び眠りにつくだろうとぼんやりと考えたからか。それに肌寒さはすっかりと無くなっているし、少しずつ眠気が襲ってきたからだ。
「せっかくだし、于禁の寝顔でも見るか……」
すると夏侯惇は悪戯でも思い付いたような、少し浮ついた小さな声でそう言うと膝を立たせ、于禁の顔の横に両手を沈めて顔を近付けた。だが于禁の耳にその小さな言葉は聞こえている。なのでどうしようか一瞬のうちに考え、狸寝入りでもしようかと思ったがそれは一蹴された。夏侯惇は本当に悪戯を思い付いていたようだ。于禁へとぐっと顔を近付けたと思うと、一瞬だけ唇を合わせた。その瞬間に于禁は手を伸ばして夏侯惇の頭を固定し、唇を合わせたまま舌を出す。
「……んぅ! んんっ!?」
夏侯惇は不意をつかれた様子である。しかし于禁はそれにお構いなしに、夏侯惇の唇を割って舌を捩じ込んだ。だが夏侯惇は舌が絡んでくるのは避けたかったらしいのか必死に舌を引かせるが、于禁はそれを容易に舌で捕まえると数回絡ませて唇を離した。顔の距離は近いままで。
「寝込みを襲って来られるなど、感心しませんな」
「お前……起きていたのか……!」
夏侯惇は顔を赤くし、そして悔しげな表情をした。それも于禁を睨み付けながら。
「もう一度、されたいですか?」
それを于禁は見て何かと抑えられなくなってきたらしい。夏侯惇の表情は于禁からしたら、煽っているようにしか見えないからか。それに于禁が先程言った通りに、寝込みを襲ってきたからか。
どうにか、紙きれ一枚を隔てて平常心を保つ于禁がそう聞いた。それに対して夏侯惇は睨み付けるのを止めて視線を逸らす。すると夏侯惇は顔の赤みが引かないまま、于禁が保っていた平常心を安易に壊すような返事をしたのであった。
「お前の勝手にしろ……」