体を重ねた後の二人はベッドの上で抱き合っていた。互いの体には、様々な痕がある。
まずは大吾は腰のあたりに手で強く掴まれた痕がある。そして胸や腹や太ももには噛み跡があり、峯に全身を満遍なく触れてくれたことが分かった。
一方の峯は背中に爪で引っかかれたような長い痕がある。これは大吾を愛しているときにつけられたものだ。
「疲れましたか?」
体中の肌に触れながら峯がそう言うが、大吾は首を横に振ってから抱き着いてくる。峯の手の動きがぴたりと止まった。これは大吾に体の自由を少しでも奪われたからではない。ふと、幼少期のおじさんと共に眠ることを思い出してしまった。このような時に、と峯は内心で舌打ちをする。
「俺は、疲れていないが……少し寒くてな……体力が今は無いからかもしれねぇ。だから、暖めてくれないか?」
「勿論です」
大吾の体に触れれば、確かに体が僅かに触れているのが分かる。やはり体を重ねたので、体力を消耗してしまったのだろう。峯はなるべく大吾の体を包み込むと、シーツを被った。人の肌の温もりというのは、不思議と消えづらいという長所がある。それにすぐに接している物に拡がりやすい傾向があるので、シーツが暖かくなっていく。大吾との熱によって。
だがそれでも体の芯が寒いと身を寄せ合っていると、そこでまた幼少期におじさんと共に眠るときを思い出す。あのときも同じく、人の肌の温もりを利用して寒さを消そうとしていた。隙間風が容赦なく入ってくるボロ家の中でも、峯は必死におじさんと寒さに耐えていた。一秒でも早く、人の温もりが体を制するように。
「しかし今夜は冷えるな」
「ええ、そうですね。お体を悪くされない為に、もう一度シャワーを浴びられますか?」
「もう一回シャワーはなぁ……疲れるから止めておく」
そう言った大吾はぎゅうと更に峯の体に抱き着いた。少し苦しいと思ったが、やはりおじさんとの思い出が重なっていく。すると懐かしいという感覚が沸いて来た後に、峯も大吾をぎゅうと抱きしめた。やはり人同士が密着すると温かい。
次第に芯の冷えが無くなっていた。大吾と熱を共有しあい、暖かさを得ることができたのだ。なのであとはこのまま眠るだけだと思っていると、
「あとは、つま先がちょっとつめてぇが……峯、触ってみるか?」
「貴方のお体がまだ冷えているのならば」
有無を言わせない答えを述べた後に、脚を動かしてから大吾のつま先とふくらはぎをぴたりとくっつける。言う通りに冷たいが、皮膚は人の体温で満ちているのでどうということはない。脚を絡めてから、大吾のつま先を膝下の皮膚で集中的に暖めていく。
「うお!? あったけぇな……!」
驚いた様子で大吾が更にぎゅうと体を密着させる。その際の摩擦がかなり大きく、肌を引っ張られかけた。峯は片眉を釣り上げてしまうが、大吾はそれに気付いていない。
「……あぁ、俺は、このときが一番幸せなのかもしれないな」
「このときが?」
突然大吾が言ってきたことに、すぐに理解するのは難しい。なので峯が首を傾げていると、大吾が顔をずいと近寄らせた。鼻の先同士がぶつかり、そして唇が合わさる寸前で大吾の顔の動きが止まる。
「こうして、好きな奴と熱を分け合って拡げていく、これが正に想い合っている奴同士がすることなんじゃねぇの? 性欲なんて必要がねぇし、それに何とも無い奴とはやりたくねぇしな。だから、ただ生きる為にお前とこうすることが、一番幸せかもしれねぇんだよ。お前と、絆か愛なのか分からねぇが、深めているような気がするんだよ」
大吾の声は、まるでこの世界で誰にも聞こえないようにと小声で話していた。堅牢なセキュリティに守られている部屋に、誰が聞くものかと思ってしまうのだが。
「お前は、そういう経験はあるのか?」
「俺は……恐らくはあります」
出した回答はおじさんとの思い出のことである。しかし大吾とのように、体を交えたうえでなどでは決してない。想い合ってではない。ひたすらに、互いを支える為に。
なのでおじさんとはまずは心から繋げた後に、体をひたすらに暖めて凍死しないようにしていたのだ。それを話すべきか迷っていると、大吾が少し残念そうな顔をする。
「そうなのか……」
「いえ、ですが、俺と貴方との関係のようなものではありません。何と言えばいいか……そうだ、血は繋がらなくとも、家族としてですかね」
「家族、ねぇ……」
何かを考えた大吾だが、すぐに何か浮かんだらしい。二人の顔の距離は相変わらず至近距離のまま、提案のような言葉を言う。
「だったら、俺と、恋人としてもあるが、家族にならねぇか? 大丈夫だ、養子として迎えたらいい。お袋も、お前なら良いと言ってくれるだろう。な?」
つい言葉に甘えたくなった。しかし峯にとっての家族は、死んだおじさんという認識しかできないでいる。ここまで生きていられるのは、おじさんのおかげなのだから。ここで大吾の提案を受け入れてしまえば、死んだおじさんに申し訳なくなる。唯一無二の家族として、接してくれたのだから。
「申し訳ありません、それは、お断りさせて頂きます……」
謝罪と共に顔を引かせると、少しは大吾との顔の距離が離れた。そのおかげなのか、大吾の顔がよく見える。とても、悲しそうな顔をしていた。提案を受け入れないからなのだろうか。
「峯……」
「大吾さん……ですが大吾さん、俺にとって愛している人間は、貴方だけです。それだけは譲れませんが、これで赦して頂けないでしょうか」
顔を近付けてから軽いキスをすると、大吾の顔が微かに笑う。
「……分かった。お前の根底にあるものだけは、触れないようにするから、ありがとう」
いつの間にか大吾のつま先の冷えは無くなっていた。これで寒さに悩まされる夜にならない。なので峯が「もう眠りましょう」と言った後に大吾の体に抱き着く。心臓の音が規則的に聞こえるが、眠ってしまえば聞こえなくなるだろう。大吾だって自身の心臓の音を聞いていることだ。
「あぁ、おやすみ」
そう考えていると、大吾の方が先に眠ってしまった。体を重ねたせいで余程疲れていたのか、すぐにゆったりとした寝息を吐く。峯はそのような大吾を瞼の裏に焼き付けてから、ゆっくりと閉じていった。すると意識を手放すのは思ったよりも早く、眠りの底にすぐに落ちてしまっていた。