夕餉
ある夜、于禁は夏侯惇の隠れ処に呼び出されていた。だが詳細を伝えられてはいないので、平服姿の于禁は恐る恐る隠れ処に向かう。
そして扉をノックすると、夏侯惇から入るように促す返事が来た。于禁はまたしても恐る恐る扉を開く。外は暗いが、室内からは明るい光が差し込んできた。
入ってすぐそこにある大きな木製の机には、器に盛られた料理がたくさん並べられている。
それを見た于禁は、ただ口を半開きにしていて。
「……お前に、夕餉を作ってみたから、よかったら食ってくれないか?」
平服の羽織を脱いだだけの姿の夏侯惇がそう言うと、ようやく于禁の口が閉じる。直後に首を振ってから肯定の返事をすると、夏侯惇は椅子に座って欲しいと促す。既に準備はできており、後は食べるだけだからか。
続いて夏侯惇も座ると、早速作った料理を食べようとした。だがまずは于禁の反応を見たいので、先に食べてみて欲しいと言う。
しかし少しの躊躇をしてから、于禁は夏侯惇の言う通りに箸で料理を口に運んだ。その瞬間、于禁の頬の内側から何やら『ゴリッ』という音が聞こえた。
夏侯惇は一瞬だけ驚いてから、そこまでの音が鳴る食材など使っていないことを脳内で巡らせる。だが相変わらず于禁は奇妙な音を立てながら咀嚼していた。なのでしばらく見ているとようやく于禁は言葉を発する。
「鉄の味がしてとても……」
「お前絶対に口の中噛んだだろ」
于禁が言い終える前に夏侯惇がそう言うと、于禁は黙りこくった。明らかな図星だからなのか。
「嘘をつくな! 今、水を持ってくるから……」
「嘘など……! 私は、緊張していただけであって!」
「緊張!?」
于禁は口を開いた途端に、唇の端から血を流していた。つまり夏侯惇の発言が当たっていたので、椅子から立ち上がり急いで水を持って来ようとする。だが夏侯惇は机の脚に、自身の片足の小指の部分をぶつけ数秒の間だけ痛みに悶絶していた。
それを見た于禁は慌てて夏侯惇に駆け寄る。しかし夏侯惇が頭を上げた瞬間、于禁が顔を近づけ過ぎたのか互いの頭がぶつかった。鈍く大きな音が、室内に響く。それ程に思い切りぶつかったのだろう。二人は、特に夏侯惇は痛みに声が出ないでいる。
若干、痛みが引いたところで夏侯惇は頭を抱えながら于禁に対して怒った。
「お前はじっとしていろ!」
「ですが、あなたが!」
「言い訳をするな!」
短い言い争いをした後、二人はすぐに冷静になったらしい。互いに律儀に謝ると、食事を再開した。于禁は一旦、椀一杯分の水を胃に入れてから。
夏侯惇は味はどうかと改めて聞くと「とても美味しい」という答えが来る。なので夏侯惇がまた今度も作ると言うと、于禁は嬉しそうな顔をしていたのであった。