午後一時
午後の一時になるまでには、あと二〇分はあるだろう。
昨日とそして今まで、刑事課が動くくらいの事件がほとんど起きていない。デスクで昼食を既に食べ終えていた架川は、暇そうに机上の色紙を見てはにんまりと笑う。そしてしまいにはスーツのポケットからスマートフォンを三つ取り出すと、ホーム画面と同じものになっているロック画面を見てから口角を上げた。
すると『プ』という文字が、手書きで書かれているシールが背面に貼ってあるスマートフォンを持つ。ロックを解除してから、今まで撮影した写真が並ぶ画面をスクロールしながら眺めた。そこで気が付いたのだが、桜町中央署に来てからはここのマスコットキャラクターを被写体にしているもので占められている。その中の一つに視線を特に向けていると、架川はとあることを思ったらしい。椅子から立ち上がってからフロアから出ようとする。
デスクに向かい、過去に起きた事件の資料たちを眺めていた水木がそれに気付く。なので架川は「何かあったら連絡してくれ」と水木に言った。水木が顔を上げてから、現在の時刻を確認する。架川が色紙を見てから、五分が経過していた。
「分かりました〜。でも、あまり席を空けないで下さいね」
言葉と共に、水木は今は不在の蓮見のデスクを見やる。蓮見は朝から、コンビニ強盗事件の為に聞き込みに行っていた。この時間になってもまだ戻って来ない。
蓮見のことを考えた後に架川が頷くとフロアから出たが、目的はちぇりポくんである。刑事課のフロアを出てすぐにある、ちぇりポくんグッズと大きなパネルの元へと向かった。
だが架川はグッズではなく、パネルの方に注目する。ちぇりポくんから出ている吹き出しには『刑事課だポー』と書いてあった。そして架川が背面に『プ』と書いてあるスマートフォンを取り出すと、先程眺めていた写真を見る。
先程思ったことというのは、このちぇりポくんのパネルの吹き出しの文章が、部署毎に違うのではないかということだ。
午後の一時になるまでにはまだ時間があり、全ての部署のこのパネルを確認することは余裕でできるだろう。そう考えた架川は、まずは階段を上って行ったのであった。
しかし各部署のフロアの扉を開かなければ、一般人が自由に歩くことができる。なので架川の姿を見た数人だけの一般人が、次々に目を逸らしていく。架川はそのようなことに慣れており、その原因などすぐに分かっていた。この服装が、原因なのだ。
架川にとって、この服装は警察手帳と同様と言っていい存在である。だがたまに上司から『状況に相応しい格好をしろ』と言われ、渋々それに従っているのだが。
次々と外される視線の中、架川は目的の物を見つけるとすぐにそこに向かって行った。だがこのちぇりポくんのパネルには一つの吹き出しに、複数の課の名前が書かれている。そうだ、この階層は複数の部署のフロアがあるのだ。
忘れていたことに落胆した架川だが、すぐにスマートフォンを取り出すと背面のレンズをパネル向けた。そして連写機能を利用して撮影すると、すぐに他の部署のパネルの元に行く。
もう一つ階段を上がると、ここは組織犯罪対策課のみのフロアであった。一般市民は居ないが、周囲を確認した架川はすぐにスマートフォンでちぇりポくんのパネルを撮影する。そうしていると、組織犯罪対策課のフロアからたまたま出てきた人間に話し掛けられた。相手曰く、架川の顔と名前だけは知っているらしい。
軽い挨拶を終えた架川は、すぐに階段に走って行った。気が付けば、午後一時になるまで五分を切っていたからだ。
次々と階段を降りていき、刑事課を通り過ぎる。ちぇりポくんのパネルを見つけるなり、すぐに撮影した。ここも複数の課が同じ階層にあるので、ちぇりポくんのパネルは一つしかない。ここもかと、架川が肩を落とすと次は一階部分へと降りていく。あと一つ出入り口に、ちぇりポくんのパネルがあるのだ。これは刑事課と同様に毎日しっかりと見ているので、書かれている文章は分かってはいる。『桜町中央署だポー』と。
急いでそこに向かい、無事にパネルを撮影し終えた。安堵した架川は金色の腕時計を確認する。午後一時になるまで、あと一分だ。
眉間を大きく寄せた架川は、刑事課の階層へと走って向かって行く。そして刑事課のフロアのドアを開いたところで、いつの間にか聞き込みから戻って来ていた蓮見とぶつかった。そして蓮見を壁と自身の体で挟んでいる形になる。
架川はまずは上の階層から下に降りていたので、恐らく架川が席を離れてからすぐに蓮見が戻ったのだろう。しかしそれよりも架川が驚きの声を大きく上げると、蓮見は「どいて下さい!」と怒り気味に言う。何が起きたのかと水木が椅子から立ち上がった。
架川は全力で階段を駆け上ったので、息を激しく荒らげながら「少し待ってくれ」と必死に呼吸を整え始める。そして蓮見は架川の大きな体をぐいぐいと押して退けようとするが、どうにも動かない。その光景を見た水木は、自身の口元に手を添えた。嬉しげに口を開く。
「やっぱり……!」
それが聞こえた二人は、同時に「えっ?」と聞くと水木の方を見た。だが水木は「続きをどうぞ!」とはっきり言うと、自身の席へと戻っていく。
直後にようやく架川が体を動かす。そこでようやく体が自由になった蓮見が「僕はお手洗いに行きたかったのですが」と、怒りを維持しながら呟いた。架川は「すまん」と平謝りすると、自身の席に戻って行く。
時間を確認すると、午後の一時になっていた。