別れの先にて
人の本心というものは、分からないことが常である。いや、分かることがかなり貴重なことだ。
仕事帰りなのでまだスーツ姿の夏侯惇はそう思いながら、月に二回程度会っている、いわゆる「遊び相手」との待ち合わせの為にラブホテルの一部屋に居た。その相手も仕事帰りにここに来るが、どうやら仕事が立て込んでいるらしい。その際にとても丁寧な謝罪文が、スマートフォンのメッセージアプリに送信されていた。相手の職業柄、そのような文章を相手に送るのは日常茶飯事らしい。最初こそは「堅苦しい」と苦言を呈したものの、直す気配がない。なので時折に取っている連絡を繰り返していくうちに、夏侯惇は慣れてしまっていたのだが。
ホテルの部屋はとても落ち着いた雰囲気である。全体的な色合いは白で、ごく普通のホテルと見間違う程に清潔感があった。だが部屋の真ん中にはキングサイズのベッドがあり、枕元にはアメニティであるゴムや有料でだが玩具が小さな自販機で販売されている。それらを無視すれば、やはり自身は旅行先のホテルにでも居ると錯覚してしまいそうだった。
夏侯惇はベッドの縁に座り、相手を待っている。するとしばらくしてから、相手から「会社を出たので、今からすぐに向かいます。恐らく二〇分後には到着します」とメッセージが。しかし夏侯惇はそれには返事をせずに、顔をしかめながらスマートフォンをベッドの上に投げた。
相手のことは「遊び相手」である。それ以上の関係はない。
だがこのような場所で会う回数を重ねていくうちに、相手が理由も分からず事後に目を合わせてくれなくなったのだ。数か月が経過した頃である。初めのうちは、機嫌を伺うように目を合わせてくれたというのに。
それは最近気付いたことであり、夏侯惇はとても腑に落ちないことだと考えていた。恐らく、正体の分からない何かにかなり苛立っているのだと自覚しながら。
原因は全く分からない。もしかしたら自分に飽きたのか、あるいは他の遊び相手に夢中になってしまったのか。夏侯惇がそのことについて言及する資格など無いが、小さな悩みとして頭の片隅に住み着いてしまっていた。
そもそも相手と出会うきっかけとなったのは、同性の遊び相手を探す出会い系のアプリである。夏侯惇は最初は酒に酔って面白半分でそれに登録してしまっていた。同性愛者ではないが、何となく同性との性行為とはどんなものなのかふと気になったのだ。そこで出会ったのが今から会う相手だった。それもアプリを登録してから初めて会った相手であり、その相手以外の者とは全くコンタクトを取っていない。
相手との相性は良かった。夏侯惇が抱く側だが、相手は男性の体に女性器を持つという稀な存在である。だが女性のような機能は無いらしく、ただの遺伝子の突然変異でしかない。会うまではそれを隠されていたので、いざ行為を始めるとなりそれを見て夏侯惇は驚いていた。
しかしそれが良かった。相手は女性器の方を自分で何度か慰めている程度であっても、可愛らしい反応を示したのだ。性器の方は異性と変わらないうえに、抱き心地は案外悪くない。それに同様に尻の方も、両者とも満足できていた。
一方で夏侯惇の相手はどのような動機でアプリに登録したのか、それ以前に同性愛者なのか分からない。所詮は遊び相手であるので、聞いたところで相手が不快に思ってしまうだろう。夏侯惇はそのような、悶々とした考えを巡らせながら相手を待った。
相手の言う通りに、メッセージが来てから二〇分後にはホテルの中に入ったらしい。その連絡を受け取ってから約一分後に、相手がようやく部屋に入って来た。走って急いで来たのか、勤務時間中は整っている髪やスーツが乱れている。ベッドの縁に座っている夏侯惇の前に、姿勢よく立ってから大きな体を折った。
「夏侯惇殿! 遅れてしまい、申し訳……」
相手から、遅刻したことについての謝罪の言葉を言い切る前に、夏侯惇はふと思った。相手はこうして申し訳ないと思っているので、根本的な性格からして多少の混乱が頭に生じている筈。先程考えていたことを聞いてみてもいいだろう。
なので夏侯惇が怒り混じりに切り出してきた質問により、相手の謝罪を完全に遮ってしまった。
「于禁、最近は素っ気ないのだが、もしかしてお前は、俺以外で他に会っている者は居るのか?」
「……はい?」
その相手、改めて于禁は気の抜けた声で言う。そのような質問が、今のタイミングで来るとは思いもしなかったのだろう。ぽかんと口を開けながら頭を上げる。
「聞いているのか?」
顔を覗き込むように夏侯惇がそう聞くと、于禁は慌てながら何かを答えようとしていた。しかし本当に言ってもいいのか、というような表情で夏侯惇の顔をただ見るのみ。それに苛立ちを覚えた夏侯惇は、立ち上がってから于禁と顔を合わせた。表情にはやはり怒りが垣間見えている。夏侯惇の方が数センチだけ身長が小さいが、于禁はただ圧倒されてしまっていた。
数回分の呼吸だけ、于禁は沈黙する。しかし夏侯惇の雰囲気に負けたので、口を重々しく開く。
「……貴方以外とは、会っていませぬ。時間が無いので」
話した後の于禁には、不安で一杯になっていた。その様子を見た夏侯惇は嘘ではないと察したのか、自身のことについても話し始める。
「俺も、お前としか会っていない。だが……しかしな、もしも飽きたのならもう止めると一言くらい言ってくれ。俺たちは付き合ってもいないのだから、この関係をすっぱりと終わらせるのは簡単だろう? ずるずると引き摺るのは、どうかと思ってな」
最後は呆れていた。しかしそれとは正反対に夏侯惇の怒りが于禁に乗り移ったかのように、今にも爆発しそうな表情をしている。夏侯惇は何だと身構えた。于禁は首を大きく横に振り、夏侯惇の言い分を大きく否定していく。そのときの口調は、常識でも語るようにとても確かなものであって。
「違います! 私は、貴方に飽きてなどいませぬ! 寧ろ、貴方が飽きているのではないのでしょうか! 私は……私は……」
爆発は最初の結論がピークだった。その後は次第に温度が下がっていき、言葉が消える頃には于禁の目からは涙が浮かんでいる。夏侯惇はすかさず于禁にぐっと近寄ると、手を背中に回した。于禁の背中を柔らかく擦ると、頭上から「貴方が嫌であれば……」と微かに聞こえてくる。
それを耳で拾った夏侯惇の中で、何かが切れた音がした。自身でもそれが分からないまま、于禁の体を押してベッドの上に倒す。呆然としている于禁の上に乗り上げると、乱暴にキスをした。じたばたとした于禁だったが、腰が砕けてきたのか大人しくなっていく。
唇を離すと、于禁の瞳が既に溶けていた。それを見下ろした夏侯惇は于禁の先程の主張と自分の考えを照らし合わせた後に、にやりと笑う。それは嘲笑うものではなく、とても嬉しそうなものである。思考が追いつかない于禁は「何故」という、疑問を小さく表に出していた。
「だったら、俺たちのこの関係はもう終わりだ」
夏侯惇が切り出す別れの言葉に、さすがに于禁は反射的に反応できていた。夏侯惇のワイシャツの襟をぐいと、息が詰まってしまう程に掴む。
「どうしてですか!? どうして!?」
舌打ちをした夏侯惇は于禁を睨みつけると、反論の声が止んだ。于禁はまだ何か言いたげである。しかし無視した夏侯惇は、次は軽い溜息をついてから于禁を黙らせる発言をした。それはとても効果的であり、于禁はしばたく口をパクパクとしている始末である。
「この遊びの関係が終わりだ。だから今から、俺と付き合え」
「な……な……」
于禁の顔が真っ赤に染まり、襟を掴んでいる手がわなわなと震えた後に緩んだ。その赤色は怒りではなく、興奮によるものだと夏侯惇は分かっていた。何度も何度も、瞼に焼き付くまで見てきたのだから。
返って来る答えなど明白だ。なので夏侯惇はかなり余裕そうに于禁の反応を待ったが、それが来たのは数分後。遅いなどと思いながら、夏侯惇は于禁の返事を聞いた。
「……私は、私などで、宜しいのでしょうか?」
遅刻時の謝罪よりも、極度に混乱しいる。目が泳いできたが、あまりにもそれの動きが大きい。またしても溜息をついた夏侯惇は、返事を待つことが面倒になってきた。なので于禁を起き上がらせてから、肩を貸して立ち上がる。于禁の足がふらふらとしており、歩くことは少し難しい。
二人分の足元を見ながら、夏侯惇が于禁に言う。
「それより後のことは、落ち着いてから聞いてやる」
そして于禁を支えてから、引き摺るように浴室に向かうとシャワーを浴びていった。
于禁の服をするりと脱がせてから、自身の服も脱いでいった。互いに勃起しており、夏侯惇はくすりと笑う。一方で于禁は今更になって恥ずかしくなったのか、股間の部分を手で隠した。夏侯惇はそれを無理矢理に払うと簡単にシャワーを浴び、ベッドに戻っていく。
「どうした? 緊張しているのか?」
どちらも何も身に着けないままベッドに乗り上げ、夏侯惇が于禁を押し倒す。すると于禁が夏侯惇の方を見てから白い天井へと目を向けているので、夏侯惇がそう話しかけたのだ。于禁は曖昧に否定をするが、夏侯惇からしたら嘘でしかない。手首を掴んでから指へと移動していき、強く離れないように絡めてから質問を付け足す。
「今まで何度も、こうしてきただろう?」
「……いえ。夏侯惇殿、今からの関係では、初めてですので」
于禁の耳にまで赤色に食われており、視線は相変わらず天井に向いたままだ。だが夏侯惇にとってはそれがえぐい不意打ちだったのか、同じように顔の色が血のような鮮やかな赤になっていく。このような気持ちは、初めてだとふと思いながら。
「言って……くれるな……」
発言が上手くできないのか、途切れてしまった。夏侯惇はそれでも言いたいことを言い終えた後に、于禁と唇を合わせた。そして仕返しをするように口腔内に舌を入れて上顎をなぞると、于禁からは甘いくぐもった息や声が漏れる。于禁が愛しいとしか思えなくなった夏侯惇は、上顎から舌に移動し、指と同様に絡めては吸い上げていく。
じゅるじゅると水音が数回聞こえた後に、キスを中断させた。二人の口からは唾液が垂れており、白く清潔なシーツにだらだらと垂れる。口付けの激しさの証拠となるように。
「ん、んぅ、はぁ……ん、ぅ……」
于禁の全てにあった、威厳さなど全て流れてしまったようだ。髪は濡れて乱れており、顔からは朱色が引く気配などない。それに瞳はふやけるように垂れており、ただ夏侯惇からされることをねだるのみ。この変わりようは、夏侯惇は今まで見たこともなかった。しかしそれを楽し気に見下ろすと、于禁の体に手を伸ばしていく。
まずは白い胸である。ここも案外弱いのか、多少膨らんだ部位を揉んでやると小さな嬌声を上げるのだ。元からそうなのかは分からないが、ここを随分と弄ってきた気がする。そう思いながら、見た目よりも柔らかい皮膚を可愛がっていった。
「っ、あ、あ! だめ、そこは、は、ぁア、あ!」
于禁が体が小刻みに震えた後に股から透明な液体を垂らし、前の部分からは白濁液が吹き出る。それらが綺麗なシーツを汚していくが、夏侯惇はちらりと見た後に必死に視線を于禁に向けた。
「……すまん。そういえば、大事なことを言い忘れていたな。于禁、好きだ」
告白を聞いてはいたのだが于禁は沈黙すると、おかしそうに微かに笑みを浮かべる。目が閉じているかのように細くしていき、夏侯惇の言葉を何度か反芻させていたようだ。「私を、好き……」と何度か繰り返すと、ゆっくりと返事をし始める。
だがまずは、夏侯惇への非難からだ。
「仰るのが遅い……ですよ……」
下がった目には涙が張っており、今にも溢れてしまいそうだった。だが夏侯惇はそれを止めずに、寧ろわざと流すようにした。指で于禁の目元を掬ったのだ。
すると涙が流れていき、夏侯惇は涙までも掬っていく。指には当然のように涙が付着すると、それを自身の舌に持って行った。涙は不思議と甘さだけがあったが自然と消えてしまうので、名残惜し気に舌でも拾おうとする。しかし涙は少量流れた程度であり、もう出ない。なので夏侯惇は諦めの表情を出しながら、于禁から顔を離していった。
「ですが私も遅い、ですな……私は、何か月も前から貴方のことが好きでした」
ふと于禁が呟くと、夏侯惇の中に存在していた点がくっきりとした線となって繋がっていく。事後に于禁が目を合わせてくれなくなった時期と、それがほぼ重なっているのだ。すると夏侯惇の心が高揚していき、湧き上がる感情が抑えられなくなった。
結果、于禁の首に軽く噛み付いてから、強く歯を閉じる。所有の証を施すように歯型をつけると、すぐに下半身に手を伸ばした。
そして互いの反り立った竿を合わせると、夏侯惇の先走りを潤滑油にして擦り合わせる。ぬるぬると音が鳴り、二人は荒い息を吐きながら摩擦の良さを感じていった。
二人が同時に達すると、夏侯惇は于禁の狭くなっている膣に手を伸ばす。そこは熱い粘液でぐずぐずになっており、指先一つで触れただけで纏わりついていく。その指が全て濡れることも構わず、夏侯惇が埋めるとじゅぶじゅぶと粘液が吐き出された。対して于禁からの口からも唾液を垂らし、余計にあられもない姿になっていく。
「ぁ、きもちいい、あっ、ん、かこうとんどの……」
すると于禁のつま先が揺れ、ぴんと張った。相当な快楽によることが原因であることは明らかである。しかし夏侯惇は目の前の于禁の体にしか意識が向けられないのか、指で挿入を繰り返す。
指である程度は中を触ると、もうそろそろいいのではないかと思ったらしい。夏侯惇が指を抜くと、自身の竿の先端を膣に向ける。その時の夏侯惇の目は血走っており、もはや感情の全てが生理現象に支配されていた。
その様子を見た于禁はぞくりと体を震わせたが、夏侯惇を淫らに誘う。
「私は、貴方のものですので、存分に抱いて下され……」
于禁がゆるゆると腰に手を回すと、夏侯惇は目だけを合わせてから竿を膣に挿す。最初は于禁の体が大きく仰け反り、異物が入る苦しさに息を重く吐くことしかできない。だが膣の中に侵入していくうちに、それが治まっていった。重い呼吸から悦びの声へと変わっていき、夏侯惇の本能を更にくすぶっていく。
違う熱さを感じながら、夏侯惇は奥まで入れるとピストンを始めた。しかしいきなり激しいものだったので、于禁に混乱がありつつも貫かれる快楽に流される。
「っひ、ぁ、ア! ゃ……イく、あ、イぐ、ぁ、あ!」
再び体が反ると、膣から潮を噴きながら于禁は絶頂を迎える。そして竿からは、少量の精液が垂れていた。
反動で大きな締め付けが起きたのか、夏侯惇も絶頂を迎えて射精をする。子宮などないがそれがあるであろう箇所に目掛けて放つと、大きな達成感がじわじわと感じてきた。夏侯惇は深呼吸を一つすると、二度目の射精の為に再び腰を強く揺さぶる。
大きなベッドが軋み、真っ平らであったシーツが皺だらけになっていく。
「ぁ、やだ、まだ、イったばかりだから、ゃ、ア! んぅ……ァあ、ん、イく! イく、ぁ、やら」
于禁は首を横に振り、休憩を求めた。しかし夏侯惇はそれを拒否してから、ふやける程に濡れている膣を容赦なく責める。そうしていると于禁は同様の乱れた反応をした後に、潮を噴きながら精液を漏らす。
息を激しく切らしながら、于禁は「かこうとんどの……」と名を呼んだ。意識が、朦朧としてきたのだろう。夏侯惇は最後にと、于禁を無理矢理にそのままの状態で四つん這いにさせた。
中で竿がぐるりと回転すると、于禁は腰を揺らしながら甘い痺れに体を震わせる。二人の結合部からは、夏侯惇の精液の粒が漏れてきていた。夏侯惇は膣を改めて突いていくが、その際に于禁の竿に手を伸ばす。そこが、先程から雄の性別としての役目を果たしていないからだ。
垂れている精液を手の平に馴染ませると、竿を扱きながら叩きつけるようなピストンをする。体位からしてより密着しているので肌と肌がぶつかり合い、痛々しい音が響く。
「い……ひゃあ!? ぁ、あ! どっちもは、らめ、そんなことされたら、あたまが、ぅ、あぁ! ぁ! イぐぅ、イぐ、ッぁ、らめ、ア!」
于禁の喉から甲高い悲鳴が出ると、夏侯惇は「お前はまだ気持ちよくなってないだろう」と言いながら三度目の射精をした。于禁の体が大きく痙攣し、潮と精液が勢い良く射出する。そして体に力が抜けていくと、四つん這いになったまま白いシーツの上に、仄かに赤くなった体をゆるりと伏せていった。
ふと夏侯惇が于禁の腹に触れると、精液により若干の膨らみが生じている。その不自然な起伏を拾ってから、夏侯惇は于禁の背中に伸し掛かった。于禁の背中まで熱く、汗が吹き出ていた。夏侯惇は上を這っていく。
次第に夏侯惇の中の熱は冷めたのか、于禁を心配そうに見た。しかし体調に問題が無いので、安堵の溜息を吐く。
「于禁、好きだ……」
すると于禁の呼吸が薄くなっていき、今にも睡眠へと辿り着きそうだった。
なので夏侯惇がそっと囁くと、于禁の唇が薄く開いた。吸っては吐く吐息が小さいが、言葉だけははっきりと出したかったらしい。吐く息のみをなるべく大きくしながら、告白を返す。
「わたしも、好きです……なのでずっと、そばにいてくだされ……」
言い切ると、于禁はこくりと眠ってしまう。とても規則的な寝息が聞こえてきた。
それを確認した夏侯惇は穏やかに笑うと、于禁の額にそっと唇を寄せたのであった。目が覚めてから、于禁と恋人として話をゆっくりとしたいと思いながら。