他人から見た関係
ある平日の昼時だった。夏侯惇は夏侯淵と会社の食堂で昼食を取っていた。周りには他にも多くの社員が昼食を取っている。
会社の食堂は六人用のテーブルが幾つも並べられており、それぞれ向かい合って椅子が三つずつある。その中の一つのテーブルに二人は夏侯惇が真ん中の椅子で、その横に夏侯淵は並んで座ったが偶然にも同じテーブルには他に誰もいない。なので二人は快適そうに食堂で注文した料理の載った盆を置く。夏侯惇は醤油ラーメンとチャーハンを、夏侯淵はハンバーグ定食を注文していた。
だが二人が食べ始めてから数分後に夏侯惇のスマートフォンに何かメッセージが入ったので、昼食を取りながら返信をする。
「淵、少し痩せた方がいいのではないか?」
返信を終えた夏侯惇は、スマートフォンをテーブルの上の盆の近くに画面を伏せるように置くと、横に居る夏侯淵の特に腹のあたりを見る。夏侯淵は前から腹回りがふくよかな体型をしているので、夏侯惇は定期的にそれについて言及していた。だが夏侯淵はそれを言われることを慣れているのか、軽く受け流す。
「んー……まだ大丈夫だろ」
自分の腹を見て呑気にそう言った夏侯淵は、ハンバーグを美味しそうに食べる。テーブルの上に置いたスマートフォンをチラリと見た夏侯惇は「そうか……?」と呟き、その話題は終わった。
「隣よろしいですか?」
すると夏侯惇の横から誰かの声が聞こえる。なので夏侯惇と夏侯淵はその方向を見ると、そこにはラーメン鉢の載った盆を持つ于禁が居た。
「あぁ、いいぞ」
夏侯惇は麺を啜ってる最中に言うと、それを見た于禁の眉間に皺が寄る。
「ありがとうございます。あの、夏侯惇殿、口に食べ物を入れた状態で喋らないで頂けますか。返事ができなかったら頷くだけでも構いませんので」
「すまん」
于禁は盆を置きながら夏侯惇にそう注意をすると、席に着いた。
「珍しいですねぇ于禁殿」
夏侯淵は夏侯惇と同じくハンバーグを咀嚼しながら言うと、于禁はそれを見ながら「貴殿もか……」と呆れ気味になる。
「たまたまだ」
注意をする気が無くなった于禁は、夏侯淵にそう返事をした。
「おい于禁、そのラーメンを少しくれ」
夏侯惇は突然、于禁のラーメンを見るなりそう言う。夏侯惇が今食べているラーメンは醤油で、于禁のラーメンは塩。異なるスープのラーメンを見て、夏侯惇は食べたくなったらしい。
「はい?」
すると夏侯惇は于禁の返事も聞かず、ラーメン鉢に箸を伸ばして麺を少し取った。そして急いで口に入れると、かなり熱いのか口元を抑えて于禁の方を見る。何とかしてくれと。
「私の分の水を飲んで下さい。まだ口を付けていないので。まだ熱いのにどうしてですか……」
于禁は冷えた水が半分以上入っているグラスを夏侯惇に手渡すと、一気に煽った。
「できたてなのを忘れていた……」
「惇兄、舌をやけどしてないか?」
「大丈夫だ、してない」
「していないと仰るなら大丈夫でしょう」
「何だその言い方は」
空のグラスをわざわざ于禁に渡した夏侯惇は、自分の食事に再び手を付ける。それを受け取った于禁は、テーブルの上に置いてある夏侯惇のスマートフォンが視界に入ったようで、更に眉間に皺が寄る。
「夏侯惇殿、ここにスマートフォンを置かれていては、壊れてしまう可能性があります。ポケットかどこかにしまって下さい」
「しまうのが面倒だ。持っててくれ」
「分かりました」
于禁は食事を中断し、溜息をつきながら夏侯惇のスマートフォンを手に取り、自分のスーツのポケットにしまうと食事を再開した。
すると夏侯淵は夏侯惇と于禁の様子をこう思った。何だか二人の物理的ではない距離がおかしいと。
それがとても気になるが今、夏侯惇と二人なら躊躇なくそれについて聞ける。しかし于禁も居るので聞こうにもなぜだか聞けなかった。なので夏侯淵はそこからいまいち通らなくなった昼食を、必死に胃に入れていたという。