センチメートル熱

センチメートル熱

ある平日の午後のことだった。夏侯惇は于禁に渡さなければならない書類があるらしい。なので夏侯惇は法務部のフロアに来ていた。その渡す物とは三つ折りの紙が数枚入った、郵便でよく使われるサイズの封筒であるが。
すぐに夏侯惇は于禁のデスクへと辿り着く。
しかし于禁は無言で椅子に座り、プラスチック製の一般的なメジャーを持ち上げていた。そしてメジャーの目盛りの、八〇センチメートルのところを真剣な眼差しで見ている。夏侯惇が来たことには気が付かずに。
その様子から何か仕事のことだろうか、と思い話し掛けるのを躊躇した。しかし夏侯惇は手渡した後に急ぎの用事があるので、相変わらずメジャーを真剣な眼差しで見ている于禁へと話し掛ける。
「仕事中だが于禁、ちょっといいか」
「……はっ!? 夏侯惇殿、これは失礼致した」
于禁はハッとなってメジャーを机に置くと慌てて立ち上がり、夏侯惇の方を見た。夏侯惇はそれを見て「別に大丈夫だ」と言った後に言葉を続け、封筒を手渡す。
「ほら、これ」
「はい。ありがとうございます」
夏侯惇は用事を済ませると、急いでいる用事があるためにデスクから離れようとしたが、その前に于禁が真剣な眼差しで見ていたメジャーを見やる。
「……そういえば、そのメジャーは何を測るために持っているのだ?」
夏侯惇はそう聞くと、于禁は首を横に振った。
「い、いえ、恐らく……何も……」
「は……?」
夏侯惇は首を傾げる。于禁は何やら目を泳がせているし、返事も曖昧だ。何か怪しいと思った夏侯惇は、詳細を聞こうとした。
しかし法務部のフロアの壁にかけてあるアナログ時計を見ると、急ぎの用事をこなさなければならない時間に迫っていた。なので夏侯惇は于禁の返事に対しての疑問を引き摺ったまま、法務部のフロアから急いで出たのであった。

そしてその日の夜、帰宅した二人は支度を終えると、寝室で性行為に及んだ。
その途中で于禁は夏侯惇を前からや後ろから、やけに抱きしめていた。だがそれに対して夏侯惇は、幸せそうな顔で抱きしめ返したりしていたが。
しかし今回の性行為はいつもより激しかったのか、夏侯惇が気を失うまで続けた。夏侯惇に抱きしめ返されたのもあって興奮してか。
「……失礼」
それの事後、于禁は気を失っている夏侯惇の体を清めた後に、昼間と同様に何やら真剣な眼差しになる。そして夏侯惇の体をごそごそとし始めたのであった。

それから数日後、于禁は朝起床したときからかなりの熱が出ていたために会社を休んだ。本人はどうということはない、と言って無理矢理出社しようとして、夏侯惇が無理矢理それを止めたが。
ちなみに于禁の発熱の原因は分からないらしい。そのときの于禁はなぜか、片手に先日のメジャーを握りしめていた。
それから体調の悪い于禁のことを心配しつつも夏侯惇は出社したが、定時などとっくの間に過ぎてしまった頃にようやく退社した。
夏侯惇はすぐに帰宅した。幸いにも病人向けの、胃に優しい食事や薬などは于禁が普段からストックを置いていたので、寄り道をせずに真っ直ぐと。
ようやく帰宅すると、夏侯惇はすぐに寝込んでいる于禁の元へと駆け付ける。
「于禁! 大丈夫か!?」
「はい……」
夏侯惇は焦りながらそう聞くが、寝間着姿の于禁の顔は真っ赤で、眉間に皺は無く目は虚ろだ。どう見ても大丈夫な様子ではない。
「飯は食ったか!? 薬は飲んだか!?」
「はい……」
于禁は目を合わせ、先程からそう返事するのが限界だったらしい。他にも何か言いたげだったが、夏侯惇は「大人しく寝てろ」と言って寝室を出ようとした。だがそこでスーツのジャケットの袖を于禁に引かれる。
「夏侯惇殿……」
「どうした?」
「これを……」
于禁はよろよろと上体を起こし、朝の時点ではサイドチェストの下に置かれていなかった、封のしてある大きめの茶色い紙袋を取ろうとする。だが夏侯惇はそれを止めて代わりに取って持ち上げた。
「これを、あなたに……」
「俺に?」
「今からお召しになって頂きたく……」
「あぁ。よく分からないが、少し待ってろ」
夏侯惇は紙袋を持ち、寝室を出るとリビングに移動する。そして紙袋をソファーの上に置いて開けると、丁寧に畳まれている薄桃色の布のような物が目に入った。
「これは何だ……?」
そう言いながら夏侯惇は、布のような物を手に取って開く。するとあ然とした表情になり、すぐに寝室へと戻ってきた。その布を抱えながら。
「于禁……! お前……!」
「サイズが合わなかったのですか……」
「違う! 何だこれは! なぜ俺にナース服を渡した!? これを俺にどうしろと言う!」
「似合うと思って……」
夏侯惇が渡されたのは、実際に女性の看護師が着用するような、いわゆる薄桃色のスカートスタイルのナース服であった。それも、サイズは明らかに男性用だが、スカート丈は膝下のあたりまであるもので。
さらにあ然とした夏侯惇だが、于禁はボソボソと喋る。
「サイズは、どうですか。あなたにちょうどよいサイズになっておりまして」
「サイズ!?」
「ネット通販で注文した、オーダーメイドのものですので……」
「ネット通販……オーダーメイド……」
夏侯惇は于禁の言葉を復唱した時点で、何かに気付いたらしい。
「もしや……メジャーを持っていたのは……この前の夜、いつもよりやけに俺に抱き着いてきたのは……」
「はい、スリーサイズを確認するためで……それにあなた寝ている間にも正確に測っていまして……元からスリーサイズは把握していましたが……」
「お前は何をしてるんだ……」
「それを着て頂きたいために」
夏侯惇は呆れるが、于禁は「着て欲しい」としつこく言ってくる。なのでもう夏侯惇は、仕方なくそれを着ることにした。
だがここで着替えるのはかなり恥ずかしい、と夏侯惇は再びリビングへと移動すると、それに着替え始めた。
だがナース服を着たところで、紙袋の底に他にも布の物が入っていたので、それを取り出す。
入っていたのは二つあり、一つは白い靴下だった。それもつま先から太腿まである、長さの長いものだ。そしてもう一つは、女性用のショーツだった。色は靴下同様の白だが、全体的に透けているうえに細かいレースがあしらわれている。
夏侯惇はそれを見て顔を真っ赤にすると、もうどうにでもなれと一人で言いながら、それらを身に着けたのであった。
そして夏侯惇はナース服姿でズカズカと大股で寝室へと入ると、ベッドで横になっている于禁に怒り気味で話し掛けた。
「入っていた下着まで着たぞ!どうだ、于禁!」
だが于禁からの返事がない。数秒ほど、沈黙が夏侯惇を包む。なのでおかしいと思った夏侯惇はよくよく于禁を見ると、薬のせいなのか熟睡していた。それも気持ち良さそうに。
それを確認すると、夏侯惇は自分は何をしているのだろうとふと思い、頭を抱え込んだのであった。