峯と共に商談に行った日の昼間のことである。運転は部下がしており、後部座席には大吾と峯が座っていた。車窓からは、都内の景色が次々と流れていく。
この日は朝早くから商談の準備があったうえに、峯は徹夜をしていたらしい。それを聞かされたのは、運転をしている部下からだった。峯が居ない間にそれを聞かされた大吾は、峯を休ませたいと思う。なので、大吾は峯の肩をぽんと叩く。
「疲れてはいないか? 本部に着くまでは時間があるから、この間まででも少し休んでおけ」
そう言った瞬間に、峯が目を見開いていた。これは疲れていることを見通されたからなのか、或いはあまりの疲れにそのような反応をしたのか。どちらなのかは分からないが、そのような反応を見て大吾は心配をした。
しかし峯は頑なに首を横に振る。
「疲れてはいません。私は大丈夫です。貴方こそ、お疲れではないですか?」
目元を擦ってからこちらを見るが、よく見れば目の下に隈ができている。このままでは整った顔が台無しであるが、それを口にしても否定をしてくるだろう。
内心で肩をすくめた大吾は、峯の肩を再び軽く叩く。鍛え上げられている体のラインを拾うことができるが、激務であってもトレーニングを欠かしていないのだろうか。大吾は峯のあまりの努力に、壊れてしまいそうだと不安になった。このまま続けていれば、いつかは峯の体が大きく崩れるだろう。大吾にとって峯は大切な存在だ。困る。
「お前が倒れてしまっては、俺が困るんだ。商談のときに、お前がついていてくれないと困るんだ。だからお願いだ。少しでもいいから休んでくれ」
峯は自身が頼りにしていると伝えれば、何でも言うことを聞く。本当だ。なのでそれを利用して峯に休むように言えば、返答を詰まらせていた。断ると言う選択肢を断たれたからなのだろうか。
「……わ、分かりました。それでは……少しだけ、失礼します」
仕方なさそうにそう言った峯は、ゆっくりと目を閉じる。顔が整っているので、やはり目を閉じていてもなお美しい。同じ男の大吾でさえ惚れ惚れとしていると、車が赤信号に捕まった。エアコンとエンジン音のみが聞こえると、峯の頭がかくかくと垂れていく。これはどうやらすぐに眠ってしまったらしい。
大吾は隣でそれを見ていると、信号が青になった。車がゆっくりと発進すれば峯の頭が動き、車が曲がると同じ方向に頭が揺れる。それを繰り返していくうちに、峯の頭が大吾の肩に乗り上げた。
驚いた大吾だが、このまま寝かせてやりたい。そう思ったので起こすこともなく、髪を撫でるように触れた後に「おやすみ」と囁く。すると峯が「ん……」と寝言を言うので、大吾は思わず微笑んでしまった。峯のこのような無防備な姿が、まるで子どもみたいだと。
本部の建物が見えた頃に、峯の腕を揺すって起こす。まだこのような時間が続いていて欲しかったが、致し方ない。すると大吾の肩から頭を離してから目を覚ました峯は、あまりの驚きにこちらを凝視していた。目覚めたばかりなので、どうしてなのか分からないのか。
「……ん?」
「少しは休めたか? もうすぐ着くぞ」
「は、はい……!」
どうやら自身の肩を枕にしていて眠っていたことは分からないらしい。大吾がそのような少し抜けた峯が可愛らしいと思った。しかしもしもそれを指摘してしまえば、今後は枕にしてくれなくなるだろう。そう考えた大吾は、峯に秘密にしたまま停車した車のドアを開け、大勢の部下が迎える本部へと歩き出して行った。