誘惑の九月
出版社との校正や校閲が終わった頃には、九月の半分が過ぎていた。全てを終わらせたので、あとは印刷と最終的な確認を待つだけだ。しかししばらくかかるので、その間に于禁は他の事をこなす。
相変わらず暑さが残っており、基本的に家に居る于禁までも疲れが続いている。だがオーディションが先月には終わりドラマの撮影が少しずつ始まったので、時折にテレビ局のスタジオ等を見学していた。役者は若手からベテランまで様々である。撮影はかなり順調と聞く。
そしてドラマ化をされるので原作である小説に、前よりかはある程度の注目を浴びたらしい。それはキャスティングが要因であるが、部数を伸ばしている。同時に他の著作もだ。傾向からすれば、ドラマの放送開始からはもっと伸びるだろうと蔡文姫からの説明を受けていた。于禁はぽかんとしながら、それを聞いていたが。
しかし重要な場面の撮影は見学しておきたいと、三日連続で現場を訪ねるとさすがに于禁はあまり動けなくなっていた。
ある金曜日の夕方になり帰宅した頃には、最低限のことしかできていない。だがもうじき夏侯惇が帰って来るので、夕食の支度をしなければならなかった。于禁はどうにか耐えながら済ませる。
「ただいま……って、大丈夫か?」
夏侯惇が帰宅をしたが、于禁の様子を見て心配をする。恐らく顔色が悪いのか、単純に疲れているように見えるからだろう。
「おかえりなさいませ。それは、貴方も私のことを言えないのでは?」
見ると夏侯惇の顔が、やつれているようだった。最近は多忙らしく、たまに帰ることができない日もあった程に。
なので「確かに……」と夏侯惇が何も言えなくなり、それ以上は何も言わなくなる。代わりに「今日も夕飯ありがとう」と礼を述べてくれていた。
嬉しくなった于禁は、少しは疲れが吹き飛ぶ。なので早く食べる為に、夏侯惇の手を引いていく、そして夕食が終わり、夏侯惇が先に入浴をする。その間に于禁は食器を洗いながら考えた。
明日は土曜日であり、夏侯惇は休みだ。そうとなれば、と食器を洗う手が早まる。
于禁が考えているのは、夏侯惇の疲労のことであった。どうすれば土曜日の夜までに癒せるかと。脳内で様々な意見が飛び交った結果、とある答えを導き出した。なので食器を洗う手を更に早めると、夏侯惇が入浴を済ませる。その頃に片付けが終わった。
ちょうど良いタイミングなので、于禁はすぐに入浴をする準備をする為に自室に素早く入った。洗面室の近くですれ違った瞬間の夏侯惇は、特に何も思わなかったらしい。怪しんでいる様子はない。
棚から何かを取り出すと、着替えを持ち脱衣所に移動した。
服を全て脱いで近くの洗濯機に放り込むと、自室から持って来た物を取り出す。于禁が持っているのは、風呂場の排水溝に流しても問題ないローションだ。そのボトルは未開封なので、開封してから浴室に持って入った。
髪や体を洗うと、ボトルから手の平にローションを垂らす。それをなじませてから、冷たい壁に片手をつけてから尻に触れた。一週間以上は御無沙汰であったので、性器のようにはなっていない。なのでそこを、もはや戻すと言って良いのか。
自身で慣らすことは何度もしている。だが回数は少なく、ほとんどが夏侯惇が解してくれていた。なので躊躇もなく指を入れていく。だが入ってくる異物感により呼吸がしづらくなることは、まだ慣れていないので浅い呼吸を繰り返し始めた。まだ、指の一本全てが埋まっていないというのに。
「ッう! は……はぁ……」
壁に額がぴったりとくっつきながらも、于禁はかなり苦しげに指を動かす。冷たい壁に、灼熱のような吐息を塗る。疲労があるので、苦しさはいつもより多い。
シャワーの温水で体を流した直後であるのに、顔には脂汗が滲んでいるような気がした。于禁はその脂汗を壁に擦りつけるように、苦しみながり指を動かし、そして増やしていく。
額だけではなく肩や膝も壁に縋らせると、四本の指が埋まっていた。ようやくだと、于禁は指を抜く。瞬間にタイルに膝が着き、そのまましばらく座り込んだ。肩で息をしている。
もう一度体をシャワーで流すと、少しのぼせたと思いながら浴室を出る。鏡を見ると、顔が真っ赤である。部屋から持って来た着替えは下着一枚のみ。体を雑に拭いてからそれを履くと、フェイスタオルを二枚取り脱衣所を出る。
夏侯惇はリビングではなく自室に居た。それは自室のドアが開いたままになっているので確認できる。于禁はふらついた足取りで向かい「夏侯惇殿……」と小さな声で呼び、夏侯惇の自室に入った。
「どうした?」
「……少し、よろしいでしょうか」
夏侯惇は半袖と下着姿でベッドの上に仰向けに寝ていた。酷く疲れているので、ただ天井を見ていたのだろうか。足の裏は床に着いており、中途半端な体勢である。
名を呼ばれて上半身を起こした夏侯惇は、于禁の姿を見るなり心配をした。
「于禁、顔が赤いが、大丈夫か? のぼせたのか? 具合が悪いのか?」
「恐らく」
そう言った于禁はベッドにフラフラと歩み寄る。夏侯惇が「大丈夫か?」と再び心配の声を掛けてくるが、于禁はそれを聞かずに押し倒した。于禁の視界には、夏侯惇とベッドのシーツの色のみが見える。
「于禁……?」
驚いた顔をしている夏侯惇の目を、持っていたフェイスタオル一枚でシャットアウトした。突然に目隠しをされたので、それを解こうとしたが于禁は夏侯惇の両手首を抑える。もう一枚のフェイスタオルで、手首も拘束した。
「……たまには、このような状況も良いかと思いまして」
一時的な独占に興奮した于禁は、動揺している夏侯惇に口付けをして塞いだ。
「っん、ふ……ぅん……」
声と吐息が漏れると、于禁はそれを逃さないように徹底的に唇で閉じていく。舌を出し歯列をなぞると、反応したかのように半開きになった。その隙間に捩じ込むと、夏侯惇の舌を探して捕らえる。今の夏侯惇の状態からして、それは容易いことであった。
通常の呼吸ができない代わりに鼻で酸素を取り入れていた夏侯惇は、足をじたばたとさせる。しかし途中で軽く蹴られたので、于禁は口付けを中断した。
「もう少し待っ……」
「待てませぬ」
最後まで言い切る前に于禁が断るが、仕方なしに口付けは止めておくことした。夏侯惇の体に触れると、下着の方へと向かっていき萎えているものを揉んでいく。夏侯惇の腰がびくびくと揺れると、面白いように膨らんできた。
下着をずらすと、ぶるんと逸物が飛び出す。于禁は舌なめずりをしながら、それを口に一杯に含んだ。視界を遮られているので、夏侯惇は一瞬だけ何をされているのか分からなかったらしい。そしていつもより敏感になっているのか、とても小さな声を吐いた。
「っ、ァ……! あ……」
自身の体は解してある。後は滑りをよくする為に、たっぷりと唾液で濡らしていった。なるべく唾液を出し、逸物にまんべんなく。
「ふ、んッ、ふぅ、んぶ」
次第に唾液に包まれると、于禁は頭を動かして刺激を強めていった。そこで夏侯惇の逸物が膨れる感覚を拾ったので、口淫をすぐに中断した。解放してから、身動きができない夏侯惇が射精できずに悶えている様子を観察する。
「于禁……! 今、出そうだったのに……!」
「いえ、ここに……出して貰わなければ」
夏侯惇からは全く見えない。そうであるのに首を振った于禁は、夏侯惇の腰の辺りに跨った。直立している逸物に目掛けて、柔らかくなった縁を合わせる。
「ぁ、は……かこう、とんどの……! すいて、おります、ぁ、は、うっ……!」
簡単に縁にめり込むと、逸物はどんどん腹の中に入っていった。慣らしておいたおかげなので、しっかりと勃起している逸物が刺さり于禁の体が沈んでいく。
夏侯惇の逸物に限界が来る、その前に于禁は全てを飲み込んだ。コンドームをつけていないので、夏侯惇の熱さそのものが直接伝わっている。ぴったりと、粘膜が密着しているからだ。
だが夏侯惇の肌でさえも熱いので、于禁はそれの悦びに浸った。自身のへその下を軽く擦りながら「入った……」と嬉しげに呟く。
控えめに腰を揺らすと、結合部からはぬちゅぬちゅと音が鳴った。夏侯惇が歯をぎりぎりと食いしばっている。射精に耐えているのか、この状況に不満があるのか。
どちらとも取れるが、于禁は次第に閉まらなくなる口から唾液を垂らした。夏侯惇の腹や胸に、雨粒のように落ちていく。
「ぁ……はっ、きもちいい! あ、イく! ッや、ア」
一人で善がると、夏侯惇の重い吐息が微かに聞こえた。なので腰の動きを止める。すると腹の奥に精液が強く射出され、于禁はあまりの熱さに仰け反りながら恍惚の悲鳴を上げた。于禁も射精をする。
「ひゃ、あ!? ぁ……あっ!」
「ぐ、ぁ……! 于禁……!」
我慢を抑えられなくなったのか夏侯惇はタオルでの拘束を無理矢理に解き、目隠しとしてのタオルを取り払った。見えた瞳からは、とてもない強い意志を感じる。
それに射抜かれた于禁は、腹の中を更にぎゅうぎゅうと締め付けた。直後に夏侯惇に鋭く睨まれる。
「お前一人だけで、楽しむつもりか?」
声には怒りが孕んでおり、于禁の腰を強く掴む。そして合図も何も無く、下から于禁の腹の奥を連続で突き上げた。「ぐぽ」と粘膜より先の臓器を抉られる音が鳴る。より奥へと入ったのだろう。
「……ッお!? ぉ、あ、ゃあ! ぁ、ひゃ、アぁ!」
あまりの衝撃に于禁の全身の筋肉が軋み、強張る。背中が反り、尻をすぼませてしまう。長い髪は揺れ、肌に刺さるように当たる。それくらいに于禁の体が、弾んでしまっていた。
遂には唾液だけではなく、涙も溢れさせる。夏侯惇の腹や胸をびっしょりと濡らしたが、互いにそのとは気にしていない。
「は、っは! ぁ、あ、うぁ……はぁ、は……ここまで奥に入れば、もう……抜けなくなりそうだな。そう、思わないか?」
表情を歪ませて夏侯惇が何度も精液を吐きながら笑うと、于禁はその些細な冗談を真に受けてしまう。興奮しながら「もう、ぬけなくて、いい……」と返した。
すると夏侯惇の火に油を注いだのか、于禁の体がより跳ねていく。
「ぁ! あ、すき! もっと、ほしい……ひ、アっ、お、ぉ! ぁ、っや、あ!」
顔を自身の出す体液でぐちゃぐちゃにしながら、于禁は絶頂を迎える。それは弱々しいものだが、于禁の体も脳も蕩けておりどうでもよくなっていた。射精の強さなどお構いなしに、夏侯惇を言葉で煽っていく。最早、普段の于禁の険しい表情の面影などない。
「は、んぁ……まだ、はらんでないから、げんじょう……もっと、たねづけして……」
膨らんだ腹を弱く押すと、ごぽごぽと溜まった精液が動く音が聞こえた。同時に夏侯惇が何かを言うが、正常な意識を保てないので聞き取ることができない。なので何を言ったのか分からないまま、夏侯惇に再び貫かれる。
大きく目を見開き、甲高い悲鳴を喉から絞り出した。瞳からは、涙を流した尽くしたのか何も出てこない。
「……はっ、ぃ、ひゃァ! ぁ、お……ッあ……!」
夏侯惇から精液が送られてくる。于禁は腹が苦しくなったので、夏侯惇の上に覆い被さるように倒れた。いつの間にか汗をかいており、夏侯惇の体の上で若干だが滑ってしまう。
于禁の長い髪を、夏侯惇が纏める。本人は乱暴に引っ張らないようにしているが、その手付きでさえも荒い。
「まだ、終わっていないぞ」
整っていない呼吸をしながら、夏侯惇は于禁の体を固定した。
そして膨らんでいる腹の奥に目一杯、逸物を打ち付ける。ぱんぱんと肌同士から痛々しい音が鳴りながら衝突した。于禁は半分以上の意識を失ってしまいながら、夏侯惇にただ激しく犯される。
「っハ、ぁ、あ……」
もはや息を吐くことしかできなくなリつつあるので、于禁は唯一来る快楽をひたすら受けた。
「まだ、足りないのか?」
そう言いながら夏侯惇は于禁の腹の奥に、漏れてくる程の精液を注いでいた。尻を触ると、結合部から精液が垂れていることが確認できたからだ。
「ん、あぁ……は。あ……」
于禁が浅い呼吸を繰り返しながら声ではない音をを放つ。夏侯惇がまた何かを話し掛けてくる。しかしまともに聞き取れないまま、がくりと失神してしまったのであった。
恐らくは深夜だろうか。于禁が目を覚ます。
記憶が朧げになっていたので、急いで起き上がるが全身の痛みに暗闇でのた打ち回りかけた。すると、隣で寝ていたであろう夏侯惇を起こしてしまったらしい。
だが夏侯惇の手がするりと伸びると、于禁を包むように抱きしめた。そのまま、于禁は再び横になる。
「どうした、大丈夫か?」
完全に冷静になっているので、夏侯惇の労る言動が于禁の心の底に落ちていく。掠れた小さな声で「……もうしわけ、ありませぬ」という音の息を出して謝ると、夏侯惇の手が于禁の後頭部を優しく撫でる。
「俺が謝っても……意味は無いが、俺が悪い」
人の高い熱ではなく暖かい熱が、于禁に伝わった。
「明日は休みだから、詫びになるかは分からんが、わがままを全て聞いてやる。だから許してくれ」
精一杯に声を出そうとしても、吐息が多く混じったものしか出ない。なので悔しくなり、強く息を吐いた。
「疲れただろう? だから、もう寝よう。眠れるか?」
于禁は返事の代わりに、短い呼吸音を鳴らす。返事は「はい」というつもりで。
眠気はないが、これほど疲れているので眠れるだろう。そう考えると、夏侯惇の手が緩んだ。これが、眠って欲しいと合図なのか。