めくる月 - 1/12

祝言の一月

二人で今のマンションに住み始めてから、一年以上が経過した。
夏侯惇は相変わらず出版社の編集長としての仕事に追われ、一方で于禁は不動産収入があるので小説家としての活動は控えめにしている。理由はマンション経営の仕事が入ったので、業者に委託する余裕がない。このマンション建設費用等に充ててしまい、貯金に余裕が無いからだ。そこで于禁が住居者からの対応などを受けることになる。
現に住居者が入ってすぐに、住居者からのクレームが数件入っていた。しかしそこで初めて于禁の姿を見た者が多いので、殆どは萎縮してしまってクレームは自然と消えてしまったが。
于禁はそれが面倒だと思いながらも、不動産収入と印税をコツコツと貯めていた。
そして少し前に話していた、二人だけで住む一軒家については大まかに決めていっていた。例えば広さは二人だけなのであまり広くなくても良い。間取りや建てる場所は今と同じようなもの、等の事柄を。
前に約束していた家を建てるということを、二人で話し合いを始める。しかし全てを決定するという段階にまではたどり着けないので、少しずつ順調に話し合いを重ねて決めていくしかない、ということになったのだが。

于禁の髪が肩甲骨を過ぎた頃。ある年の一月だ。一月なので、新しくした手帳をパラパラと捲ってから閉じる。
夏侯惇が勤務している出版社が毎年発行している、月めくりカレンダーがある。それを于禁はリビングの壁に掛けた。縦にA4サイズで上半分には様々な観光地の写真があり、下半分はカレンダーの部分。とてもシンプルなものだ。表紙を剥がして一月のページを出すと、于禁は降ろしている髪を揺らしながらカレンダーに背を向ける。少しずれた眼鏡を上げながら。
于禁はこの髪の長さを気に入っており、定期的に切ってはその長さをキープしていた。今は一月だということもあり、寒いからと目立つ言い訳をしている。夏侯惇は于禁のそれが本心だと見抜いていながらも、本人が良いならと相変わらず褒めていたが。
数ヵ月前に、マンション経営をしている間に少しずつ書いていた小説が発売された。それがかなりの好評だったおかげか、テレビ局が実写ドラマでのメディア化の企画を出版社に持ち込んで来る。于禁はそれを聞かされて驚きながら、担当編集の蔡文姫からの話を聞く。ただし、本当にメディア化すると決めるのはテレビ局側である。そして、于禁個人の考えとしては「出版社側が良ければ是非」と。
だが于禁の心境は怖さ半分で、嬉しさ半分である。前からよく聞くのはどちらも極端であるが「メディア化されたものがかなり酷い改変をされていた」あるいは「原作の小説をかなり大事に研究してメディア化をしてくれた」だ。どちらの評価を、于禁自身が個人的に下したことがある。それでも、メディア化するということは小説家としてはかなりの名誉だと思っていた。なのでメディア化をすることに賛成している。
このまま企画が順調に通れば半年後の七月に制作を開始し、それから三ヵ月後の十月から十二月に週に一話ずつ放送する予定だ。放送の時間帯は深夜なので、一話毎の放送時間は短い。一話あたり、おおよそ三十分だ。
しかし于禁が企画が通ることを願っていると、僅か数日後に制作が決定したことを蔡文姫から朝早くに知らされた。急遽打ち合わせがしたいと告げられ、それも出版社に呼ばれてである。この日の午前中に、于禁はすぐに出版社に向かった。到着するなり、いつもの小さな会議室に入る。
だがその際に、蔡文姫の隣にテレビ局のプロデューサーと名乗る男性が既に着席していた。于禁が入室してすぐに立ち上がり、丁寧な挨拶と共に名刺を渡してきたのでそれが分かった。
男性曰く、原作者である于禁に脚本やキャスティングにある程度は関わって欲しいらしい。于禁はすぐに、このメディア化は少なくとも于禁の書いた小説を大事にしてくれるだろうと思った。そして出会って数秒なのにも関わらず、この男性は信用できると。なので于禁はそれに、すぐに快諾の返事を返す。男性は返事に対して深く感謝していた。
三人で予定などを確認する。男性から大まかなコンセプトや原作のどこを改変するのか、等の説明を受けてからこの日の打ち合わせが終わった。だが、制作が始まるまでは細かな打ち合わせが何度も入る。マンション経営に支障は無いものの、小説家としての活動は一時的に休むことにした。それが残念に思いながらも、于禁は気持ちを切り替えることにする。
だが出版社から出る前に、スマートフォンに通知が入った。蔡文姫からの連絡かと思い、すぐに通知を確認したが違ったようだ。夏侯惇からのメッセージである。内容はかなりシンプルで「メディア化おめでとう」である。忙しい故に、今はその文章しか送ることができないのだろうと察する。夏侯惇も勿論、企画を持ち込まれたことを知っていたが、正式に決まるまでは何も言っていなかった。于禁はそれも含めて嬉しいと思いながら、礼のメッセージを送信してから帰宅をしてマンション経営についての細かな対応をしていく。
この日の夕方に、夏侯惇から「夕食は外で食おう」と連絡が入る。これも昼間同様に短いものであるが、于禁は一人で表情を緩めながら返事を送った。
夏侯惇からこの後に、祝福の言葉を直接貰うことができると思ったからだ。于禁は掛けている眼鏡のブリッジを上げ、どのような場面でも問題のない服装に着替えていく。そして上にコートを着て防寒対策もしながら、最後に長い髪をゴムで綺麗に纏めていった。

そして帰宅ラッシュのピークの時間帯になる。
二人で簡単に家の最寄り駅構内で待ち合わせの約束をしたが、于禁がまず最初に到着した。白い息を吐きながら壁に縋り、人で埋め尽くされている周囲を見回して夏侯惇の姿を探す。駅の外は更に人が居り、相変わらずの人の多さに于禁は溜息をついた。
だがまだ来ていないことが分かると、眉を下げながらスマートフォンで何か連絡が無いか確認する。しかしまだ来ていないので再び周囲を見回すことを繰り返し、遂にはスマートフォンのメッセージアプリのメッセージ入力欄に思わず「寂しい」という文字を入力してしまっていた。于禁の本心が、文章に出てしまったのだ。
そこでハッとなり首を振るとその文字を削除しようとしたところで、真横から声がした。夏侯惇の声である。
「……俺もだ」
于禁の姿を見つけるなり、隣にぴったりと身を寄せた夏侯惇がついその画面を見てしまっていた。覗く気などなかったので、夏侯惇はスマートフォンから視線を外して申し訳無さそうな表情をしている。反射的に呟いてしまったらしい。于禁がそれに驚いていると夏侯惇が「すまん、見えてしまってな」と軽い詫びを入れた。
恥ずかしいと思った于禁だが、夏侯惇から改めて祝いの言葉を期待し始めたのでその思いは消えていく。
「私を、素敵な店に連れて行って下さるなら……」
最後までは言えなかったうえに、于禁は夏侯惇と視線を合わせられなくなる。このようなわがままを言うことは初めてではないが、何だか自身で違和感を覚えていた。だがそれでも、夏侯惇と柔らかな会話をしたい。夏侯惇とは、恋人同士なのだから。なるべく包み隠さず、そう言った。
すると夏侯惇にその意志など、何にも通る雨粒のように通じたらしい。口角を上げてからこくりと頷くと于禁の手を握り、人混みの中を歩いて行く。改札へと向かっていた。それも、あまり行かない路線へと。
二人で並んで人の波を掻き分けてホームに着くと、ちょうど電車が到着したようだ。すると夏侯惇が于禁の手を強く引いてから、電車に急いで乗り込む。ドアの付近に、二人は吊り革に掴まって立つ。
この後に、二分以内にまた電車が来るというのに、どうして突然に急いだのか。ここは比較的に、乗客が少ない路線だというのに。于禁はそれを質問しようとしたが、電車内も人だらけでそのようなことを聞く余裕が無かった。于禁は一旦諦めてから、他の内容を夏侯惇に問いかけてみる。
「あの、どこに向かっているのでしょうか」
「それは秘密だ」
少し得意げな顔をした夏侯惇を見て、于禁はこれ以上は聞かないようにした。どこでいつなのかは全くの不明だが、サプライズを用意してくれているのだろうと思ったからだ。
なので「はい」と納得がいき短く頷くと、未だに握っている夏侯惇の手を離さないでいた。
何駅か通過したとある駅の到着前のアナウンスが流れると、夏侯惇が「次で降りるぞ」と于禁に小声で言う。電車内は乗った直後と比べると、格段に人が少ない。それに車窓から見える景色は、ビルよりも住宅が多い地域であった。夜らしく暗く見える夜なので音が一つも聞こえないように錯覚してしまったが、それはただの于禁の気のせいである。
于禁は見てポカンと口を開いてから、夏侯惇の方を見た。夏侯惇は苦笑いをする。
「……まぁ、俺に着いて来い」
「はい」
電車の速度がゆっくりになっていくと、吊り革を掴む手を緩めた。そして完全に止まり、車両のドアが開くと吊り革を掴んでいる手を離して降りる。同様に降りていく人々がいるものの、やはり音が少なくとても静かな場所だと于禁は思えた。
「ほら、行くぞ」
夏侯惇にそう促されると、于禁は頷いてから共に改札を抜けて駅から出る。そして夏侯惇を先頭にして、二人は歩いていった。
駅周辺には飲食店や様々な店が見えており、思ったよりも二人の住んでいる場所と同様に思える。しかし駅から少しでも離れていくと住宅街に入ったのか、足音ですら目立つと思うほどに静かになった。街灯のみが外を照らしており、電車内から見るよりも暗く感じる。
「あの……」
于禁はなるべく声を抑え、夏侯惇に話しかける。その時に眉間の皺がいつもに増して、かなり寄っているのが自覚できた。だが夏侯惇は苦笑いをすると首を振ってから、次は于禁の手を掴む。
「いいから、着いて来い」
そしてぐいぐいと引っ張って行くと、とある住宅の前で夏侯惇が足を止めた。掴んでいた于禁の手を離し「ここだ」と言いながら。
どう見ても、どこかの家族が住んでいる住宅にしか見えない。于禁が首を傾げていると、住宅の扉に小さなプレートが掛けてあるのが見えた。それを凝視すると「OPEN」と書かれている。
そこで、于禁の中で腑に落ちた。ここはいわゆる「隠れ家レストラン」であり、今は開店時間である。于禁の眉間の皺がすんなりと、緩んでいく。
「入るぞ。住宅街の中で、騒がしくする訳にはいかん」
「……はい」
夏侯惇に言われるままに、于禁は着いて行く。夏侯惇が扉を開けると、店内の様子がよく見えた。床も壁も木製であり、照明は暖色系のものだ。それらのおかげで、とても柔らかい雰囲気だと思えた。
入ってまず見えたのが、カウンター席三つとキッチンである。キッチンの奥にシェフが二人、何やら作業をしているのが見えた。
そしてホールの広さは十人分くらいの椅子が左右の壁際にあり、丸いテーブルが四つある。正方形になるように並んでいた。テーブルには全て、清潔な白い布が綺麗に掛けられている。
椅子は客のグループの人数によって、配置するのだろう。見ただけでそう理解していると、レストランの男性のウエイターが歩み寄って来る。他に客が居ないので、少し足取りが軽やかであった。
すぐに二人の元に辿り着くと、丁寧な接客とともに本日の要件を聞く。夏侯惇はすぐにそれに返事をした。
「今日の昼間に予約したのだが……」
夏侯惇がそう言うと、男性のウエイターは胸ポケットから小さなメモ帳を取り出すと素早くページを捲っていく。ちらりと見えたが、一ページ毎に、文字が等間隔に記入してあるのが見える。そして辿り着いたページを見るなり「夏侯惇様、ですね?」と、ウエイターが確認をした。
名を呼ばれた夏侯惇は頷くと、男性は穏やかな表情で手でテーブルを示して案内をする。しかし椅子が無いので「少々お待ち下さい」と言うと、壁際からシンプルなデザインと色合いの木製の椅子を持ち上げて運んで行った。
椅子を二つ向かい合うように設置すると、男性のウエイターが涼しい顔で「どうぞ」と着席を促す。二人はそれを見ながら、椅子に静かに座った。その直後にウエイターが足早に離れるが、すぐに戻って紙一枚だけのメニューを片手に二部を手に持っている。もう片方に銀の盆とその上に乗った水の入ったグラスだ。それらを二人にそれぞれ渡した。
「すぐに決めるから、少し待ってくれないか?」
ウエイターが離れようとしたが、夏侯惇がそれを止めると「かしこまりました」と返事した。なのでウエイターは注文を待つために、テーブルの傍らに立つ。ちなみにテーブルの大きさは二人が手を伸ばしても、届かないくらいの広さはある。なのでウエイターが傍らに立っていても、不快とは思わなかった。
そして于禁はすぐにメニューを見るが、本日のおすすめのコース料理とディナーコースの二種類しかない。それに加えて、ワインは赤のみ。
メニューを見た于禁は、料理だけはどちらにするか分からないまま夏侯惇の方へと視線を移す。しかしどうやら、夏侯惇は既に決まっていたらしい。「本日のおすすめ」を二人分とワインを注文するが、ウエイターは注文は伝票等に記入をしないらしい。二つ返事で頷くと、丁寧な言葉と共にテーブルから離れて行った。ここから良く見えるキッチンに注文内容を伝えている。このレストランのシェフは二人しか居ないが、このテーブルの数からすれば充分だろう。恐らく中年の男性と、若い男性の二人が居る。
「ここのおすすめが、いつでもかなり美味いらしい」
声量を抑えながら、夏侯惇がそう言う。于禁は初めて知るレストランなのでよく分からないが、雰囲気はとても良さそうだ。なので「楽しみにしております」と返すと、グラスに入った水を少し喉に流す。
すると他の客も入店したのか、先程のウエイターが予約の有無を確認してから二人の隣のテーブルに案内していた。二人の時と同様に人数分の椅子を綺麗に設置すると、人数分のグラスを銀の盆に乗せて持って来る。片手には紙一枚のメニューを。だが隣のテーブルの客は、少なくとも一回以上は訪れたことがあるらしい。
なのでウエイターがメニューを渡す前に「本日のおすすめ」を人数分注文すると、ウエイターがこれまた同じく二つ返事で承っていた。そして水の入ったグラスをテーブルに置き、キッチンに向かって行く。
「ワインです」
するとウエイターはキッチンに注文を伝え終えたのか、ワインボトルとワイングラスをすぐに二人の元に持って来る。ワイングラスにワインを零すことなく丁寧に注ぐと、ボトルをテーブルに置いてから「ごゆっくり」と言ってキッチンに入って行った。
「乾杯するか」
「はい」
夏侯惇がワイングラスを持ち上げると、于禁も続けて持ち上げた。そして軽くワイングラス同士をぶつけると、二人はワインを一口飲んだ。良い品質のものなので、二人は何も言わずにもう一口だけ喉に流し込んだ。
「とても味が良いです」
「……このまま一本、すぐに開けてしまいそうだな」
于禁はとりあえずとワイングラスをテーブルの上に置く一方で、夏侯惇はワイングラスを未だに手に持っている。離したがらない、相当、このワインが気に入っている様子だ。証拠として、とても上機嫌である。
それを見た于禁はワインのラベルを確認するが、それなりに値が張るものであった。つまり、このレストランは価格帯が于禁の知り得る平均よりかは高いところだと予想できる。
なので于禁は、少しの怯えを持ちながら夏侯惇に問う。
「メディア化が決まっただけですが、これほど高いものを、良いのでしょうか……」
すると夏侯惇の機嫌が斜めになったので、于禁は小さく謝った。声が小さくなっていく。しかし夏侯惇の機嫌が戻らない。
「これが俺の祝いたい気持ちだ。金なんぞ関係ないという綺麗事を、今の俺には言えない。だがな……」
夏侯惇が言葉を言い終える前に、ウエイターが料理を持ってきた。皿に綺麗に盛り付けをされた、前菜である。夏侯惇は口をつぐみ、目の前に出されるのを待つ。そしてウエイターが二人の前に置くと、丁寧な言葉と共に去って行った。
「……まずは食うぞ」
「はい」
控えめに于禁が返事をすると、二人はナイフとフォークを持って前菜を食べ始めた。出されたワイン同様に、味がとても良い。それに、ワインとても合う。なので二人は先程の会話など忘れたように、頬を緩めながら口に運んでいったのであった。
コースの最後のデザートまであっという間に完食をするが、ワインは一本開ける直前であった。しかし今の二人のワイングラスは、もうじき空になるのでこれを注ぐとちょうど無くなってしまう。なので夏侯惇はワインボトルを持ち、于禁のグラスにまずは注いでいった。食後に、最後にと飲もうとしているのだ。
「ありがとうございます」
そう礼を告げてから、于禁は夏侯惇のグラスにもワインを注ごうとした。だが夏侯惇はそれを断ると、残りのワインを自身のグラスに注ぐ。
「一本開いたな」
嬉しそうに夏侯惇がそう口を開く。だがその直後に于禁は、夏侯惇が先程に言いかけていた言葉が気になってきていた。
これを聞くべきかと思ったが、この穏やかな空気を少しでも壊すことはあってはならない。于禁は無意識に眉間の皺を深く寄せると、夏侯惇がそれに気付いた後にワインを一口だけ喉に流した。そしてグラスをテーブルの上にそっと置く。
「ここを選んだ理由はな、ただ美味いという評判を聞いて、お前と美味い料理が食いたかっただけだ。だが何も無い日に連れて行っても、面白くないと思った。だから今日、祝いも兼ねてここに連れて来た」
「夏侯惇殿……」
于禁はあまりの嬉しさに、瞳が潤む。しかしここで泣いても、まずは場所として相応しくないだろう。涙を必死に堪えながら、途切れ途切れに礼を述べた。
「本当に、ありがとう、ございます……」
「いや、俺の方こそ礼を言いたい。出版社側の人間としても、ここまで成長してくれて嬉しい。小説家デビューをしたものの、ほとんどの者は脱落していくからな……」
小説家の狭き門について、もっと語ろうとした夏侯惇だ。しかし今は于禁を祝う為の場に居るので、口を無理矢理に閉じてから首を小さく横に振る。
「……そろそろ家に帰ろう。すまんが、かなり酔いが回ってきているようでな」
そう言うと夏侯惇は、ちょうどキッチンから出てきたウエイターと目を合わせた。ウエイターはすぐにテーブルに向かい、用件を尋ねる。夏侯惇が支払いをしたいと言い、ウエイターはテーブルでてきぱきと会計を済ませていった。
「大丈夫ですか?」
会計が終わった夏侯惇がふらふらと立ち上がると、于禁は少し遅れて立ち上がる。そして夏侯惇の元に駆け寄ると、体を支えた。気が付くと夏侯惇の顔が真っ赤になっている。于禁の心配が更に大きくなった。
するとウエイターも二人の元に来てから「お客様、大丈夫でしょうか?」と夏侯惇と視線を合わせてから声を掛ける。
「大丈夫だ。連れの者に介抱してもらう。迷惑をかけてすまんな」
夏侯惇が申し訳無さそうにそう言いながら、于禁の方を見やった。于禁はウエイターの方を見て頷くと、ウエイターは了解の返事をした後にタクシーを呼ぶか尋ねる。二人はそれに頷くと、ウエイターはタクシーをすぐに呼んだ。ものの三分で店の前に来ると、二人とウエイターは外に出る。
ウエイターが「ありがとうございました。どうかお気を付けて」と言いながら丁寧なお辞儀をした。夏侯惇は反応が遅く頭が回らなくなってきたのか、曖昧に返事をする。一方で于禁は「とても美味しかったです。こちらこそありがとうございました」と言うと、ウエイターは笑みを浮かべた。
タクシーに乗り込んだ二人は、ウエイターに見送られながら帰路についたのであった。自宅マンションに着くまで、夏侯惇は于禁の肩に頭を乗せてぐっすりと寝てしまったのだが。