となりで - 6/6

六…となりで

それからは夏侯惇は多忙の為に二人は会えていない。互いに隣同士ゆえの特権である、ベランダ越しであっても。于禁は寂しいと思ったが、今は二作目を執筆できる可能性があるからか、それの準備に集中することにした。
すると企画会議にて二作目の企画書は無事に採用されたという報告を、于禁は蔡文姫からメールで受ける。だが内容が硬いとのことで、本文は前回よりももう少し柔らかくした方がいいとのこと。それに出版社側で準備できる資料を、打ち合わせの際に渡すとのこと。次もまた、前の新聞の切り抜きなのだが。
于禁はそれらを素直に受け入れると、二作目のプロットやメモを書いているノートにそれを書き込む。本気で、小説家を続けていくという決意も込めて。

数日後に于禁は出版社に赴き、二作目の打ち合わせを蔡文姫と行うことになった。時間は午後からなので、于禁はとある場所に寄って重要な用事を済ませてから出版社に行く。
おおよそのことは前回から学んだので、二作目のデザインなどの案は打ち合わせまでのところで考えていた。蔡文姫から意見を聞きながら、順調に打ち合わせをこなしていく。
「于禁殿のおかげで、とてもスムーズに打ち合わせが終わりました。ありがとうございました。本のデザインはまだ仮の段階ですが、デザイナーさんにできる限り再現して頂くようにしますので。不明な点があれば、メールからお願いします」
「うむ、こちらこそ感謝する。それでは頼むぞ」
打ち合わせが終わったが、蔡文姫はまだ仕事があるらしく急いで編集部へと戻っていく。
于禁は出版社の玄関へと向かいながら時間や通知をスマートフォンで確認しようとした。すると蔡文姫から資料を受け取ることを忘れていたが、それが必要になるのはまだ先である。なのでまた今度でいいと思い、スマートフォンを確認した。
夏侯惇から五分前にメッセージが入っている。于禁は思わず嬉しさの表情を出しかけたがぐっと抑えた。周囲に人は居るものの、仕事の忙しさに于禁の存在など気にする暇が無いのか。
于禁は溜息をつきながら内容を確認した。そこには『まだ居るか?』という短いものである。于禁はそれに対し『まだ出版社に居ます。今から帰宅するところです』と返した数秒後、夏侯惇から着信が入った。すぐにそれに出る。
『今どこだ!?』
『今は……一階の出入口の近くです』
『俺は今外に居るから、出たところで待っていろ!』
何やら急いでいる様子であるらしい。外の喧騒に加え、夏侯惇の息切れと短い間隔の靴の踵の音が聞こえる。なので于禁はどうしたのか聞こうとしたところで、夏侯惇からの通話が切れた。
スマートフォンの通話が終了した画面を見ると、夏侯惇の言う通りに玄関を出て出版社の入口にあたる場所に出る。空は、橙色が広がっていて綺麗であった。今まで空をのんびり見上げる暇などほとんど無かったので、于禁はただその橙色を見る。
待つこと数分、于禁はスマートフォンではなく夕空を見上げていると夏侯惇が走ってこちらへ来た。
「于禁! 待たせてすまん!」
「私は大丈夫ですが、いかがなさいましたか?」
呼吸を少しだけ整えた夏侯惇の表情は、どこか嬉しそうである。于禁は首を傾げていると、夏侯惇からどうして急いでこちらへ来たのか理由をとても簡単に話した。
「お前に会いたかっただけだ」
何日も会えなかったが、出版社に行けばいつか夏侯惇に会えるだろう。于禁はそう思って打ち合わせの前に自身の家の合鍵を作りに行っていた。そして会えたら夏侯惇に合鍵を渡す為に。
于禁は夏侯惇からの回答を聞くと、静かに同意したがそのときの顔は赤い。だが夕空のおかげか気付かれなかった。于禁の同意の言葉で、夏侯惇が「疲れが吹き飛んだ」と言うと、まだ仕事があるからと出版社に戻ろうとする。そこで于禁は引き止めてから自身の合鍵を、裸のままで申し訳ないと言いながら夏侯惇に渡した。
すると夏侯惇の顔が赤らんだ。于禁にとっては珍しい光景であった。
「ありがとう……今日、使ってもいいか?」
「勿論です。お待ちしています」
夏侯惇は于禁から渡された合鍵を大事そうにジャケットの胸ポケットにしまうと、二人は別れた。
上にある夕空は、徐々に夕闇に染まってきていた。
夏侯惇は宣言通りに、夜遅くに于禁から渡されていた合鍵を使った。事前に仕事が終わったことを連絡していたので、于禁は夏侯惇が来るのをかなりドキドキしながら待っている。弁護士時代に、勝てるか分からない裁判を前にしている時よりも。
「お帰りなさいま……いえ、お仕事お疲れ様です」
緊張からか于禁がそのような言い間違いをすると、夏侯惇は笑う。焦った于禁は掛けている眼鏡のブリッジを小さく上げ、咳払いをすると家の奥へと入って行く。夏侯惇は施錠した後に于禁に着いて行くが、一回于禁の家に入ったことがあるし、自身と部屋の構造が同じなので過度に物珍し気な反応は示さない。
「明日も仕事だから、お前を可愛がれないのが残念だ」
リビングには夏侯惇の家のようにソファが無いので、于禁はダイニングチェアに座って貰うように促す。その際に夏侯惇はスーツのジャケットを脱いで椅子の背もたれに掛けて座ろうとした。そこで于禁が夏侯惇を後ろから抱き締める。
「今夜は、隣に居て下さるだけで充分ですので……」
消え入りそうな声でそう言うと、夏侯惇が顔を振り返らせてから一瞬だけ口付けをする。少しだけ久しぶりの軽い口付けであるが、それは麻薬のような依存性が一気に現れた。もう一度だけ、もう一度だけと二人で思いながら何回も軽い口付けをしていくうちに熱が高まってしまったらしい。
本能をどうにも止められないのか二人は本当に最後に、と深い口付けをすると、我慢の限界が来たのかその後に存分に肌を重ねたのであった。
翌日の于禁の腰には、鈍い痛みに襲われていたが。

約三か月間、暑い時期が既に終わる頃まで、于禁の二作目の執筆をする。
その間に蔡文姫から受け取り損ねた資料を受け取るついでに、本の装丁のデザイン見本が早くも完成したと言うので出版社で確認する。于禁はそれでいいと返事をすると、蔡文姫はそれに了承したのであった。
用事を済ませた于禁は帰宅しようとしたが、蔡文姫に引き止められる。いつもは打ち合わせの後の蔡文姫は別の仕事もあるのですぐに別れているので、于禁は珍し気にどうしたのかと帰宅しようとしていた足を止めた。
「編集長のことですが……」
「あ、あぁ……」
編集長、という言葉を聞いて于禁はどきりとした。確実に夏侯惇のことだろう。咄嗟のことであるのではっきりとした相槌を打てないでいると、蔡文姫は笑顔で話を続ける。
「いつもは立場上お疲れの様子であるので、ミスをしてしまうととても申し訳ない気持ちが出てきまして……。ですが最近は編集長にそういった様子が無いので、貴方のおかげです。ありがとうございます!」
「何故、私が……?」
于禁は恐る恐る質問すると、蔡文姫は答えを全て知っているのか即答した。
「編集長と、お付き合いされているのでしょう?」
「えっ」
「私、遠くからですが見てしまったのです。企画が通ったから本のデザイン等を打ち合わせした後に、資料を渡しそびれたので于禁殿を慌てて追いかけたら、編集長に鍵のような物を渡していらっしゃいましたよね?」
顔を青くすると、于禁は頭を抱えた。あの時、周囲には人が居たが相変わらずの多忙なのか二人を気に留める者は居なかった筈だ。しかし蔡文姫は于禁を探していたので充分に二人でのやりとりは見れている。
「このことは……」
まるで犯罪の瞬間を見られた犯罪者のような口ぶりで、蔡文姫に口外しないで欲しいと懇願しようとした。だが蔡文姫は首を縦にしっかりと振る。
「大丈夫です。私はどなたかに言うつもりは無いので。しかし、ふふふ……」
とても嬉し気な笑みを浮かべた蔡文姫は、そのまま呆然とし始めた于禁を置いて、編集部へと戻って行ったのであった。それから数分、于禁はどういう態度で蔡文姫とやりとりをすれば良いのか分からなくなっていたが。

そのような少しの苦悩を抱えながらも、于禁は二作目の執筆を何とか終わらせた。大詰めであったので、夜から朝にかけて一気に。今まで自分なりに推敲しながらであったので、大詰めの部分を一通り読んで僅かな修正をする。
編集部に執筆した原稿データを無事に送信すると、数十分後に蔡文姫からデータの受信を確認したという連絡が入る。しかし次は出版社側の校正が待っているので、于禁はそれを大人しく待つことになるが。于禁は脱稿できたので一安心するが、それはほんの一瞬であった。次は校正を待つことの不安よりも、前作を読んでくれた読者、または世間は二作目の内容を受け入れてくれるかどうかである。
二作目の内容というのは、前作と似てはいるが細かい箇所が違う。例えば、前作は普通の民事裁判の弁護を担当する弁護士の話であり、そして二作目も主人公が弁護士ではあるが、国際犯罪を題材にしたもの。今の情勢では扱い辛い面もあるが、于禁はそれを上手くフィクションを混じえて話を作ることができていた。いわゆる元ネタというのは、実際に過去に起きた国家犯罪を基にしているが。そして過去に起きた国際犯罪を基に二作目を書いた理由は、今は小説を書くことにより自身の考えを世間へ、少なくとも表現することができる。訴えかけることができる。それがいかに重大な罪であるか、そして人間としての道徳を問い掛ける為に。
深く深く考えていたので、脳の体力が尽きる寸前まで来ていた。気を抜いた瞬間に強い眠気が唐突に来たらしい。なので于禁はその悩みを一旦置いてベッドに倒れるように横になると、その日は夕方まで寝ていた。
目を覚ますと于禁は気だるげに体を起こすが、リビングに人の気配があるような気がした。静かに寝室を出るが、リビングのドアは開いている。施錠はした筈だが空き巣かと思い、まずはこっそりとリビングを覗いた。こちらの気配を悟られないように神経を使いながら。
だが于禁は気配の正体を見た瞬間に脱力した。リビングに居るのは、夏侯惇であったからだ。ダイニングチェアに座り、何やら資料を見ていた。それにダイニングテーブルには大きなコンビニの袋があるのを確認する。
「夏侯惇殿……」
まだ寝起きであるので、フラフラとしながら夏侯惇に話し掛ける。だが夏侯惇を見て眠る前の不安を多少は払拭できていた。完全に、とはいかないものの。
于禁の声が聞こえた夏侯惇は、見ていた資料から于禁へと視線の方向を変える。
「脱稿お疲れ。一応、昼頃に来ると連絡をしたのだが、返事が来ないものだから勝手に入らせて貰った。悪い」
「連絡……? 申し訳ありません、先程起きたばかりですので」
于禁はそう言うと。スマートフォンを取りに寝室へと戻る。確かに、夏侯惇から昼の時間帯にそのようなメッセージを受信していた。スマートフォンを片手に持ち、夏侯惇の居るリビングへと戻ると、メッセージを確認していないことを謝罪する。それに対して夏侯惇は原稿をしていたのなら仕方ない、と宥めていたが。
そこで夏侯惇は少し考えると、何かを思い付いたのかコンビニの大きなビニール袋を持って立ち上がった。そこでようやくビニール袋の中身が確認できたが、缶ビールが何本も入っていたので于禁は驚く。
「明日も仕事だから少しの間だけだが、今日はせっかくだし外で呑むか。本当は、家で呑もうかと思っていたのだがな」
于禁の家の冷蔵庫の前に行き無断で開けた夏侯惇は、ビニール袋に入ったままの状態で缶ビールを全て空いているスペースに入れる。于禁はそれを止めようとしたが、夏侯惇はひとまずの脱稿祝いだと言って于禁の行動を阻止した。于禁は溜息をつきながらそれに渋々礼を言うと、夏侯惇はどこに行きたいか意見を聞く。
そこで于禁は不安から夏侯惇に甘えたい、という欲が出てきたのが初めてであった。なので夏侯惇の提案を無視する形で返事をする。
「……に行きたいです」
途端に視線を逸らした于禁はとても恥ずかし気にとても小さな声で答えるが、夏侯惇には全く聞こえない様子であった。なので夏侯惇が聞き返すと、次は于禁は夏侯惇の目をしっかりと見る。しかし顔は酔ったかのように赤らめていて。
「酒を呑むより、貴方の家に……行きたいです。そして、貴方の香りに包まれながら、抱かれたいです……」
夏侯惇の首に手を回すと、ぐっと顔を近付けた。于禁は夏侯惇を誘うように頬に吐息が掛かる程に更に顔を近付けると、それに容易く応じるかのように腰を抱く。
だが夏侯惇は近付いて来る吐息を躱すと、于禁の耳元に口を寄せて「行くぞ」と短く言う。そのまま聴覚を溶かされると思うくらい、于禁は芯まで心を震わせた。そして何も言えなくなったのかこくり、と頷くのが精一杯であったが。

夏侯惇の家にて存分に肌を重ね、そして体を清めた後に二人はベッドの上に横になった。しかし照明は点いておらず真っ暗である。それでも二人は手探りで体を触れ合って見つけると、肌同士を密着させた。
「お前が、そこまで誘って来るのが珍しいな。俺は、とても嬉しいのだが」
不安を根底から消せていないのか于禁は曖昧な言葉を返すと、夏侯惇は何も言わずに于禁を抱き寄せた。人の体温はやはり温かい、と思いながら。
「どうした?」
于禁の体を指でゆっくりとなぞり、そして顔へと到達する。于禁の体が強張ったが、両手で顔を包むと強張りは部屋の暗闇へ消えて行った。
「……企画会議で、二作目の内容が通り、ようやく執筆はできましたが、あれでいいのか分からなくなってしまって……」
強張りだけではなく声さえも暗闇へと消えて行きそうである。なので夏侯惇は于禁の声が消えて行く前にしっかりと引き戻していく。
「俺がこれでいいと言ったから、お前が気にすることはない。恐らく、疲れているからそのようなことを思ったのだろう。校正が全て入るまで、それまではしっかりと休め。ほら、もう寝るぞ。明日も俺は早いのだからな」
すると夏侯惇は于禁を抱き枕にするように抱き着くと、そのまま眠りに就いた。抱き枕にされた于禁は溜息を軽くつくと、夏侯惇の頭を優しく撫でた後に瞼を閉じる。
眠れるか分からなかったが、先程の夏侯惇との性行為の疲労により睡魔が順調に襲ってきたらしい。それに抵抗などすることなく、于禁も眠りにゆっくりと就いたのであった。

それからようやく出版社側の校正が入ったが、結果は時代考証が少し甘い部分があるので、そこを修正して欲しいとのこと。文章は前よりも硬くなく、読みやすいという評価を得た。なのでそれの修正はしなくてもいいとのこと。
ホッとしたが于禁は修正をする為に図書館へ行き、資料を読んで該当箇所の修正を数日掛けて行い、出版社側からもう修正するところは無いと言われる。残りはようやく世間に渡る用の本の発行をする段階まで来た。

約二週間後。于禁は二作目の見本を受け取る為に出版社へと来ていたが、季節外れの大雨により蔡文姫と約束していた昼過ぎの時間を大幅に過ぎていた。原因は于禁いつもは公共交通機関を利用して出版社に来ているが、この日は朝から続いている大雨の為にトラブルが起きたかららしい。于禁は遅刻する旨を蔡文姫に連絡をして、到着するなり謝罪をしていたが。
一通りの私語を終えると、早速于禁は二作目の見本を蔡文姫から受け取る。これも、自身の書いた文章が世に出るのかと感動しながら。
蔡文姫はニコニコとすると、次にと話をした。内容は既に客から書店へ、幾つか二作目の予約が入っていることである。于禁は嬉しさが込み上げ、普段が深い皺を寄せている眉間が緩くなっていく。
それを見た蔡文姫だが、于禁にとある質問をした。
「おめでとうございます。ところで于禁殿、別のジャンルの小説にも、チャレンジされてみませんか?」
「……別のジャンル、とは?」
于禁には別のジャンルを書くという脳が無かったので、まるで授業を理解全く理解できない学生のように、大きな疑問を返す。眉間に深い皺が再び形成されていきながら。
「そうですね……ファンタジーや恋愛物でしょうか」
「それは私には難しいが……」
難色を示した于禁は、首を横に振る。蔡文姫がせっかく例として他のジャンルを挙げてくれたが、于禁自身はそれらのジャンルの作品をほぼ読んだことが無いので、頭に何も浮かばなかった。
「いえ、今は無理とは言えませんが……これからもご自身で執筆された話を、うちから出したいのであれば、別のジャンルも書いてみることをされないと、続かないかと……」
蔡文姫は沈んだ顔と表情で、とても現実的なことを言う。于禁は蔡文姫の言っていることが、そこで正論であり編集者として正しい助言をしていたことに気付くと、謝罪をした後に心を入れ替えた。やはり、見本を渡される瞬間が楽しいと思えるからか。
「……分かった。別のジャンルの小説も、何か構想だけでも考えてみる」
「はい! お待ちしています!」
蔡文姫の様子は一転し、とても明るいものになった。于禁はそれを見て二作目を執筆する前にしていた決意が、まだきちんとできていなかったと反省する。そして前へ一歩、踏み出す為に蔡文姫に力を借りることにした。
「その……蔡文姫殿が忙しいのは承知ではあるが、私とは縁が無さそうな本で、何かすすめられるものがあれば教えて欲しい。時間がある時で構わ……」
于禁が言い終える前に、蔡文姫は何か閃いたらしくスマートフォンを取り出すと、高速でフリック入力をした。画面など見えないし、見るということはしていないので何をしているのかは不明だが。
スマートフォンで何かをし終えた蔡文姫は、途端にニヤニヤとし始める。どうしたのかと于禁が聞こうとした瞬間、誰かの声がした。
「大丈夫か! 于禁!」
声の主というのは、夏侯惇であった。それも帰宅する寸前であったらしい。鞄を持っているが中身を乱雑に詰められているのか、少しだけはみ出ている。相当、焦りながらこちらへ来たのだろう。
「編集長、お疲れ様です。お時間があるようでしたら、于禁殿の気分転換に付き合ってみてはいかがでしょうか。勿論、二人で。それでは、私はまだ仕事があるので」
そそくさとそう言った蔡文姫は、編集部へと戻って行った。「二人で」という部分を強調して。
残された二人は、ほぼ同時に互いに疑問を投げ掛ける。
「俺はお前の体調が悪かったと聞いたのだが?」
「あの……どうして貴方がここに?」
溜息をついた二人は発言のタイミングが被ったので笑うと、互いの疑問などどうでもよくなったらしい。
「……まぁいい。で、お前は気分転換にどこに行きたい?」
「……貴方とであれば、どこへでも」
夏侯惇は少し恥ずかし気にしている于禁の回答に笑うと、行き先を思い付いたらしくそれをすぐに提案した。
「今話題になっている映画が公開されているらしいから、今から観に行かないか? 人気の作品だから、一日の上映回数が多いだろう。それに、お前とデートなどしたことが無かったからな」
于禁は「はい、喜んで」とすぐに頷くと夏侯惇の隣を歩き始め、共に出版社を出たのであった。このときには既に、朝から降っていた大雨は止んでいて。