となりで - 5/6

五…目覚める

「ここは……?」
于禁が目を覚ますと、まずはどこか見覚えのある天井がぼやける視界に入った。次にカーテンの隙間から眩しい光が見える。今の時間帯は、昼に近い頃だろうか。
ここは自宅、そう思いながら起きようと体を動かしたが鈍い痛みに動けない。そこまでは寝ぼけていたのだが、眼鏡を探してから掛けて、そして主に腰の鈍い痛みにより脳が急激に覚める。
「う……あ……!? うわああああ!?」
于禁は何も着ていないこと、昨夜の夏侯惇との性行為、それに隣には自身と同じく全裸でぐっすり眠っている夏侯惇が居た。だが于禁の叫び声により目を覚ましたらしく、機嫌が悪そうに口を開く。
「静かにしろ……」
半開きの目で于禁にそう言ったので、于禁は「申し訳ありません……」と反射的に謝るが、今の状況では相応しくないと思い訂正をした。目が覚めた夏侯惇はまだ眠たいのか二度寝をしようとしていたところを、于禁は無理矢理起こす。その時の夏侯惇は、先程と比べると機嫌の悪さがより強くなっていたが。
「違います! か、夏侯惇殿! 私は!」
「うるさい! 後にしろ!」
夏侯惇は怒った口調で返すと、目が覚めてしまったらしい。舌打ちをしながら于禁を睨む。
「お前のせいで目が覚めた」
「知りません」
二人は眉間に大きく皺を寄せて睨み合うが、夏侯惇は溜息をつきながらゆっくりとベッドの縁に座る。于禁は体を動かせないので、夏侯惇をそのままの視線で追うのみであったが。
「お前は可愛げがないな」
天井を見ながら夏侯惇はそう言うが、唇の端が釣り上がっている。何かを、思い出しているのだろうか。
なので于禁がそれを指摘すると、夏侯惇は獲物が罠に引っ掛かったように于禁の方を見る。だが夏侯惇の心理など知らない于禁は、見上げている瞳を鋭くさせた。
「昨夜は、あんなに可愛い声で喘ぎながら、俺のことを好きって言っていたのにな」
于禁は盛大に顔を赤く染めると、遂には肌の全てが赤らんだ。夏侯惇の発言により、昨夜の自身の言動をとても鮮明に思い出してしまい、頭の中は羞恥で染まり切る。それを見て夏侯惇は于禁の頭を撫でたが、于禁はその手を素早く振り払った。
体を丸くして、首から下を覆っていた掛け布団を被ると于禁は一人で狼狽する。それを見て夏侯惇は起き上がって「やはり可愛らしいな」と呟くが、于禁本人の耳にそれが届いている筈が無く。
五分が経過した。掛け布団から夏侯惇の香りがしているのに気付いた于禁は、観念したのか掛け布団を剥いだ。視界にはいつの間にか夏侯惇が居ないので、先程までの出来事がまるで夢かと錯覚してしまう。眉間の皺を薄くさせていると、寝室のドアが開いて服を着た夏侯惇が入ってくる。どうやら、于禁が人の掛け布団を被って狼狽している間に夏侯惇は服を着ていたらしい。
于禁が悔しくも謎の安堵の息を漏らしていると、夏侯惇は手に持っている畳まれた衣服を渡す。
「俺のですまんが、着替えだ。お前のは今洗濯してる。家の鍵とスマートフォンはサイドチェストにあるだろ?」
「貴方がそこまでされなくても……」
「それで、目覚めのキスはまだか?」
ベッドの上に乗り、夏侯惇は当たり前のようにそう求めるが于禁はそれをすぐに突っぱねる。内心では、嫌ではないと思いつつも。
「私は帰りますので、昨日と今日は世話になりました」
若干頬を膨らませながらそう言った後に、立ち上がって渡された衣服を着ようとした。しかし体に鈍い痛みが走るのを忘れてしまっていたようで、顔を大きく歪めながら腰を擦る。それを見た夏侯惇は本気で心配しているのか、于禁に近付くと腰にそっと触れた。
「……痛いのか?」
「痛くありません」
「嘘をつくな」
于禁が痛くないと言ったがそのときの視線は大きく泳いでいたので、夏侯惇は嘘だと確信する。二度目の溜息をついた夏侯惇は、于禁を無理矢理に仰向けに寝かせた。
「俺は今日は休みだから、今日はここで安静にしていろ……次は昨夜のように体に負担が掛からない体位が良いな」
「次!?」
「は? 俺と付き合っているから当たり前だろう?」
于禁は耳を疑ったが、昨夜は確かに夏侯惇に親愛の意味で「好き」と言っていた。それも、何度も何度も。
加えて夏侯惇を恋愛対象として、酒に酔って試しに口付けをした翌日から意識していた。夏侯惇のことを、好きであるのは確定的だ。
正解である肯定も、不正解である否定もできない于禁は黙って視線を逸らす。対して夏侯惇はそれを微笑みながら見ていて。
「そういえば、まだ企画は通っていないが、二作目の執筆はしているのか?」
昨日、蔡文姫から渡された企画書のことを思い出すと夏侯惇はそう訊ねた。于禁の本心など分かっているのと、会話を終わらせない為に話題を変えたのだ。再び、ベッドの縁に座って于禁の方に顔を向けながら。
「そうだった……一応、原稿が……」
「体が痛いなら無理はするな。だが、弁護士に戻るのではなく、小説家としての道を選択したのだな」
幼子を褒めるように于禁の頭を撫でる。先程の思考など忘れたように于禁は照れくさそうに「はい」と返事をしたが、それの理由である自分の本心を語った。
「……私は、文字で、言葉で人の人生を動かすような仕事をしていましたが、弁護士を辞めて勢いのままに訳の分からないまま小説を書いて、新人賞を受賞して本が世間に出ました。結果はまだまだ未熟ではあるものの、僅かな数の人の、人生ではなく心を動かすことができて、何とも言えない感動が押し寄せるのです。裁判で弁護して勝訴したときとは違う、何と言ったら良いのでしょうか……」
夏侯惇はただ相槌を打ち、言葉を止めることもなくただ聞いていた。于禁が言葉を詰まらせ、そして何も出て来なくなったところでようやく話し掛ける。
「やりがいを見つけたのなら、それでいい。寧ろ編集長としての立場の俺からしても、そのように思ってくれて嬉しい限りだ。お前が書いた本を読んだ読者も、勿論嬉しい筈だ。だからこれからも、それを忘れずに頑張れよ。今のお前はまだ、駆け出しの新人の立場だが、めげるなよ」
于禁の頭をひたすら撫でながら、夏侯惇がそう言う。于禁は先程までのような態度の悪い様子ではなく、どこか安心したような顔をしていた。励ましの夏侯惇の言葉が、于禁の心の奥底まで真っ直ぐ通って留まったのか。
「……あの、鍵を渡しますので、書斎からノートパソコンとそれの近くにあるファイルを、ここに持って来て頂けますか? 書斎は貴方の部屋でいうと、寝室の隣です」
「俺が?」
「私が動けない状態にさせたのは、貴方でしょう」
小さな舌打ちをすると、夏侯惇は「分かった」と言ってサイドチェストに置いていた鍵を取り、隣の于禁の家へと向かったのであった。そしてすぐに于禁から頼まれた物を持って来ると、それを渡す。
于禁は礼を言って、夏侯惇のベッドの上でノートパソコンを開いて電源を入れる。だがうつ伏せのままでは体勢からしてかなり辛いので、胸の辺りにクッションを敷いて全体的な進捗的には、まだ執筆し始めたばかりの原稿データを開いた。だがキーボードに両手の指を乗せたところで、夏侯惇が于禁の隣へと無理矢理に来てから同じ体勢と目線になる。
「そういえば、朝飯はいいのか?」
「あっ……」
キーボードで文章を素早く文章を打ち込み始めたところで、夏侯惇がそう言ってきたので于禁はその手を止める。今日の目覚めの何もかもが衝撃的であったので、忘れていたようだった。途端に于禁の腹の虫が鳴る。夏侯惇はやれやれと言うような顔で起き上がり、于禁の隣から離れた。
確かに隣に居た夏侯惇が離れて行ったので、于禁は寂しいと思ってハッとしてから顔を横に振る。素直ではないのは充分に自覚しているので、それを恥ずかしいと思ってしまっていた。
「朝飯くらい用意してやるから少し待っていろ……もう昼に近いが」
「ですが……」
于禁はノートパソコンの画面から完全に視線を外し、夏侯惇の方へと申し訳なさそうに見る。
その于禁の様子をとても愛しそうに見た夏侯惇は、この部屋から出たくないと思った。しかし自身も于禁も共に空腹であるので、人間の三大欲求の一つである食欲を満たさなければならない。なので仕方なく、寝室を出てキッチンへと向かったのであった。
夏侯惇が寝室へと戻ったのは約二〇分後である。于禁はあまり集中できない様子であるのか、キーボードを打つ手が完全に止まっていた。証拠として、夏侯惇が先程于禁の隣に来た際の文章が、未だに画面に表示されていたのだ。それ以降の文章は三行程度しか追加されていない。
脳に糖分が行き渡っていないからだと言いながら、夏侯惇は朝食として焼いた食パンとウインナーが乗った皿と、市販の未開封のヨーグルトの容器を見せた。それにフォークとスプーンも。きちんと二人分ある。それらをサイドチェストに一旦置くと、寝ている体勢の于禁を何とか起き上がらせる為に介助する。
ベッドは壁際にあるので上半身を壁に縋らせると、夏侯惇は先程の一人分の朝食を渡した。受け取ったことを確認した夏侯惇は自身の分の朝食を持ち、于禁の隣に、壁に縋って座ると朝食を取り始めた。
「……こんな簡単なものでも、誰かと一緒に食うと不思議といつもより美味く感じるのだな」
焼いた食パンやウインナーを、夏侯惇は次々と口に入れていく。隣でそれを見ていた于禁は、小さく頷くとようやく朝食を口にした。すると于禁も夏侯惇と同じ感想を持ったが、それをなかなか言えずにいて。誤魔化すように、口に食べ物を喉に通していく。
それに気付いていない夏侯惇は最後にヨーグルトまで平らげると、いつもと変わらない天井を見る。天井は朝食のヨーグルトのように、淀みがない白色。夏侯惇はそれを見ながら、ぽつりと呟く。
「今までで、こんなに充実した朝は初めてなのかもしれない」
聞こえた于禁は、白とは正反対の赤へと顔色を変える。夏侯惇はわざと言っておらず、自然と出た言葉であるので、于禁のその様子と自身に対しても笑った。それはとても楽しそうに。
「だが、お前もそうなのだろう?」
ようやく未開封であったヨーグルトを、于禁は開封しようとしていたのだが思考を完全に言い当てられた動揺から、容器の蓋が全く開けられない。于禁は手を震わせると何もかも観念したのか、或いは夏侯惇には敵わないと思ったのか、とても恥ずかしそうに答える。だが小さな声でボソリと、顔を俯かせて。
「……はい」
「貸せ」と夏侯惇が柔らかく言うと、于禁のヨーグルトの蓋をきちんと開けてやってからそれを手渡す。受け取った于禁の顔は、未だに赤い。
夏侯惇はこの時間が、ずっと続けばいいのにと思った。いつもは休日が一日しかないことを気にしていなかったが、今はそれをとても悔しく感じる。明日も明後日もずっと、于禁と居られればいいのにと思いながら。
「今日は隣に居てくれ」
ヨーグルトを口に運んでいる最中であった于禁だが、夏侯惇はそう言って壁とそれに于禁にも縋る。主に腕に縋っているせいなのか、于禁はヨーグルトを溢しかけた。密着してきている夏侯惇はそれを全く気に留めていないが。
夏侯惇が他人にここまで甘えてくるのは、普段から部下などの世話を焼いているのもあり、それを人前で見せるということができないのだろう。察した于禁はヨーグルトの容器を空にすると、夏侯惇が縋っている腕を上げた。何だと言いたげな顔を夏侯惇が見せるが、于禁は何も言わずにその腕を夏侯惇の首の後ろに回してから、自身の体に寄せる。
「……今日は、今日だけは、素直にします」
だが于禁のその一連の動作がかなりぎこちないものであったが、夏侯惇は嬉しそうに短い返事を出す。そして于禁から、夏侯惇へ軽く触れる程度に唇を合わせたのであった。

その日の于禁は夏侯惇の家のベッドでうつ伏せになり、ノートパソコンでの原稿作業をしていた。今までと同じ、決まったルーティンをこなす。その間に夏侯惇は寝足りなかったのか于禁の隣で二度寝していて、目を覚ましたのは于禁の執筆のルーティンが既に終わった頃である。時刻は夕方を過ぎていて、于禁は脳を休めていた。
「夕飯はどうする? 腰の具合はどうだ?」
于禁が腰はまだ痛いと返事をすると、夏侯惇は少し考えた後にデリバリーで何か頼むかと提案した。それに賛成した于禁は何を食べるか二人で話す。
「何がいい?」
「嫌いな物は特に無いので、何でもいいです」
「その答えが一番困るのだがな」
頭を軽く掻いた夏侯惇は、少し考える。それを見た于禁も考えた結果、二人は同時に発言をした。
「では、ピザで……」
「ピザでいいか」
発言するタイミングも、内容も同じであった。二人はその偶然に笑うと、夏侯惇が「この前のと同じでいいよな?」と聞くと、于禁はそれにすぐに良いと返事をする。
スマートフォンで少し操作して注文と決済を終えた夏侯惇は、壁に縋ってベッドの上に座っている于禁の隣に座った。
だがヨーグルトを食べ終えた後にお返しなのか夏侯惇は于禁の顎を強引に捕まえると、そのまま口付けを行う。于禁はそれを、当たり前のように受け止めていたが。
唇を離し、また唇を合わせる。二人は無言でかつ見つめ合いながらそうしていると、インターフォンが鳴った。ピザの配達が来たのだろう。それにより二人は現実に引き戻されると、夏侯惇が急いで受け取りに行く。先程の熱を全て、寝室に置いて行き。
夏侯惇は飲み物も注文していたらしい。冷えた清涼飲料のペットボトル二本と、熱いピザが入っている箱を持って寝室に入る。
「代金は後で……」
「いらん。それより早く食うぞ」
ピザの入った箱を夏侯惇がベッドの上で開け始めていたので、于禁は代金よりもベッドに落とさないかという心配の方に考えが寄ってしまっていた。実際に、ピザとシーツを交互に睨んでいるからだ。
すると円形の形のピザに幾つかの切れ目が入っているのを見た夏侯惇は、早速一切れを取ると于禁の口に近付けた。パリパリに焼かれた生地の上にはチーズやサラミが乗っていて、それが重力により傾く。
しかし頭の上に疑問符が乗っているのが見えるくらいに、于禁は心配により首を傾げた。
「落とさないように、食わせてやろうか?」
夏侯惇はからかうようにそう言うと、于禁は思考が読まれていたことに気付き、酷く赤面させていく。
「私は、自分で食べますので」
夏侯惇が取った一切れのピザを、于禁は慎重に受け取る。夏侯惇はやれやれと言いながら箱からピザを新たに一切れ取った。
そして二人で大きなピザを全て平らげたところで、夏侯惇は何かを思い出したらしい。温くなってしまった清涼飲料のペットボトルを空にした後に、于禁に話し掛ける。
「一緒に風呂に入るか?」
同時に于禁も温くなった清涼飲料のペットボトルを空にしたところで、盛大にむせた。口からペットボトルの飲み口を離して数秒経過しても、未だに咳き込んでいる。それを夏侯惇は笑いながら、背中を擦ってやった。そうしていくうちに、次第に落ち着きを取り戻したが。
「い、いえ……!」
「どっちか分からない答えを出すな……そもそも、一人で入れるのか?」
于禁が加えて何かを言い掛けたが、夏侯惇の言葉により喉から出ることは無かった。視線を逸らし、少し悔し気な顔をする。
分かりやすい、と思った夏侯惇は于禁の腰に手を触れた。
「ほら、入るぞ」
「……襲わないで頂きたいのですが」
途端に警戒して睨みながら于禁はそう言うが、腰に触れていた手を離した夏侯惇は「お前の行動次第だ」ととても曖昧な答えを出した。于禁はそれに大きな溜息をついたが。
于禁の体を支えながら脱衣所へと連れて行くと、夏侯惇は服を脱がせ始める。
「風呂は沸かしていないからシャワーで我慢してくれ」
纏っているのは半袖シャツとスウェットのみ。簡単に服を脱がせられた于禁は、昨夜のことを思い出したのか恥ずかしながら夏侯惇に背を向ける。それをニヤニヤと見ながら、夏侯惇も服を脱ぐと近くにある洗濯機に服を放り込んだ。
早く済ませたいのか、于禁はその間に先に浴室に入る。だが洗濯機に服を放り込む時間など、ほんの一瞬なので直後に夏侯惇も浴室に入った。
背を向けて于禁がシャワーヘッドを手に持つと、夏侯惇が後ろから抱き着いて密着する。そして代わりに、と于禁からシャワーヘッドを取り上げた。
于禁は頬を膨らませるような表情をする。夏侯惇はそれを見て笑うと、于禁の腰を労りながら体を流したのであった。

浴室から出ると二人は先程と同じように、脱衣所に元から準備してあった半袖シャツとスウェットを纏った。髪を乾かしてからベッドの上に乗る。結局、夏侯惇は于禁に手を出すことはなかった。于禁は内心で少し残念と思ってしまっていたが、それは心の中にしまっておくことにする。
「明日は何時に起床されますか?」
「そうだな……六時過ぎだな」
「では、貴方が出勤される時間に、私は帰りますので」
寝室にはまだ照明が点いている。二人はまだ白い天井を見ながら、その会話を交わす。しかし夏侯惇は「帰ってしまうのか?」と、少し寂しげに于禁の方へと顔を向けた。なので于禁はそれに応じるように、同じく夏侯惇の方へと顔を向ける。
「家は隣なので、いつでも会えるでしょう?」
静かに唇の端を上げた于禁は、そう言うと夏侯惇と唇を合わせた。夏侯惇の体へと寄り添いながら。
短い口付けを終えると、夏侯惇は于禁の体に手を回す。
「……それと、また今度、私の家の合鍵をお渡ししますので」
「分かった」
まだ早い時間ではあるが、二人はあまりの心地良さに睡魔が襲ってきたらしい。夏侯惇は一旦ベッドから離れて寝室の照明を落とすと、ベッドへと戻る。
于禁の隣へと再び横になった夏侯惇は、于禁の腰に手を回した。その際に于禁は夏侯惇を迎え入れるよう、夏侯惇の背中に手を回す。
「おやすみ。好きだ」
「おやすみなさいませ……私も、好きです」
二人はそう言い合うと、同時に眠りの世界へと入っていったのであった。

翌朝、夏侯惇が先に起床するなり于禁も目を覚ます。腰の具合はほぼよくなったらしい。二人で支度を済ませると、于禁は夏侯惇の家に着ていった服に着替える。一方の夏侯惇は出社の為にスーツに着替えた。
「お世話になりました」
夏侯惇がそろそろ家を出なければならない時間であるので、于禁は隣ではあるが帰宅することに。二人で玄関へと向かい夏侯惇が扉のドアノブに手を掛けると、于禁はそう律儀に挨拶をした。
「そこまで畏まるな。じゃあ、行って来る」
二人で玄関の扉を開けると、今まであった甘い時間はすぐに溶けて無くなる。互いにそれを惜しむが、家が隣であるのでいつでも会えることを思い出すと、二人で静かに「また今度」と言い合う。
そして于禁は隣である家に戻り、夏侯惇は勤務先である出版社へと向かったのであった。