となりで - 3/6

三…未知

夏侯惇がかなり酔ってきた頃には、日付が既に変わっていた。于禁はそろそろ帰りたいのだが、夏侯惇の愚痴が止まらないので帰れないでいる。ずっと仕事の鬱憤を溜めていたのか。
だがそれを聞く限り、夏侯惇は愚痴を話せる相手が普段は居ないと察してきた于禁は、そのまま愚痴を聞き続けた。夏侯惇は職場では、頼れる上司だと他の社員から認識されているとしか思えないでいながら。
「……そういえば、お前の担当編集の蔡文姫だがな」
ずっと愚痴に対して適当に相槌を打っていた于禁は、蔡文姫の名を聞いた途端に元から良かった姿勢を更に正す。反射的にそうしてしまったが、夏侯惇はそれに気付かないまま話を続ける。
「新人賞の公募の審査員が何人か居て、たまたま蔡文姫が選ばれたが、あの娘の目はあまりにも正しくて驚いたな。孟徳が違う畑の人間なのに推薦していたが」
「違う畑?」
于禁の問いに対して夏侯惇が頷くと、グラスを空にしたが瞬く間に酒で満たした。于禁はそろそろ止めた方がいいのではないかと一声掛けるが、夏侯惇は「もう一杯」と拒むので溜息をつく。
「知らないのか? あの娘は、うちに入社当初から、その……いわゆるBLレーベル所属を希望していたらしいぞ。そこの所属が決まったときは、入社前からの念願が叶ったとか喜んでいたとか聞いたな。孟徳から」
先程の空のグラスに満たしたばかりの酒を一気に煽ってから、再びグラスに酒を注ごうとしたが于禁はそこで頑なに止めた。夏侯惇から短い舌打ちが聞こえた後に、話を続ける。
「だが今回の新人賞の審査員に選ばれて、新人賞の受賞者が決まった途端に、一般小説の方に転所属したいと俺に相談してきたのはかなり驚いた。理由はお前の名前を見つけたかららしいぞ。あの娘と知り合いか? それとも、やましい関係なのか?」
酒がかなり回っているのかからかうように言うと、于禁はかなり怒った様子で強い否定をした。眼鏡のレンズの奥の瞳の鋭さが更に増す。なのでか夏侯惇の酔いが少し醒めたかのように、ほんの一瞬だけ顔の赤さを引かせた。
「違います! 蔡文姫殿は前に親戚方に覚えの無い罪を着せられようとした事件の、その重要な証言者だったのです! 私は親戚方の弁護を担当しておりましたが、裁判が始まる前に蔡文姫殿がもしかしたら気のせいかもしれない、と怯えていたので私が必死に説得しました。そして裁判が始まり、蔡文姫殿が証言をきちんと話したおかげで、親戚方の無罪が証明されたのです! 蔡文姫殿の言葉により、親戚方が、罪の無い人が救われたのです!」
夏侯惇は于禁の発言内容にひたすら圧倒されていた。途中でやはり空のグラスに酒を注ごうとしていたが、その手を止めてしまう程に。蔡文姫との過去を言い終えた于禁は、そこでハッとしてから夏侯惇に謝罪をした。
強い言い方をしてしまったことと、態度が悪かったことを。だがすっかりと酔いが醒めてしまった夏侯惇は、気にするなと首を横に振る。
「……別にいい。俺が悪かった、すまん。それならば、あの娘の期待にきちんと応えてやれ。入社前からの念願の部署に所属していた者が、わざわざこっちに来たのだからな」
「はい」
空のグラスと酒瓶を見るなり、久しぶりにここまで呑んだと夏侯惇が言うが、何かを思い出したらしく于禁に話しかける。そのときに度数の高い酒を呑んでから時間が経っていたが、于禁はキッチンを借りて蛇口から出る水をグラスで満たし、それを飲んでいたところである。
「そういえば、あの娘で思い出したのだが、男同士のセックスってそこまで気持ちいいのか?」
于禁は口に含んでいた水を床に向けて盛大に吹き出した。床に小さな水たまりができると同時に、于禁は夏侯惇に何を言っているのかと言いたいらしいが、咳こんでしまって上手く言葉が出せないでいる。吐いた水の代わりに、怒りを含ませながら。自身の問題発言そっちのけで、心配になった夏侯惇が于禁の方に近寄る。だが于禁は片手で大丈夫だというジェスチャーを見せた。
「いや、大丈夫じゃないだろ! おい、大丈夫か!?」
「それはこちらの台詞です! 突然何を仰っているのですか! 貴方の頭が大丈夫ですか!?」
数秒程、黙った夏侯惇は自身の発言を振り返った後に、ただ口をポカーンと開ける。あの問題発言は、何故だか無意識に言ってしまったらしい。
「ち、違う! 何で俺はあんなことを言ってしまったんだ……!?」
「知りません! それより、何か拭くものは無いですか!」
夏侯惇は小さな水たまりを見た後に箱ティッシュを于禁に渡す。于禁が床を拭いている間に、夏侯惇は頭を抱えて自身のしてしまった発言を、酷く後悔していた。すると床を拭き終えた于禁は、それを見て溜息をついてから話しかける。
「酔っていたことにしますから、私は聞かなかったことにします」
「……そうしてくれ」
二人の間に暗い空気が漂うと、すぐにそれに耐えられなくなった夏侯惇は、次は于禁の持ってきた酒瓶を開封してからラッパ飲みをした。于禁が気付いた頃には、半分も無くなっているが。
「どうしてですか……!」
于禁は夏侯惇と酒瓶を、無理矢理に引き剥がす。だが既に夏侯惇には酒が再び回っていた。
「俺だって、たまには、ここまで呑みたいときもあるということを分かってくれ……たまにある飲み会があっても、酔った部下の介抱ばかりし続けるのはもう嫌なんだ……」
先程の酔い方とは違い、夏侯惇は暗い口調で于禁にそう訴えかける。愚痴を聞き続けていた限り、それは本当のこととしか思えない。なので于禁は夏侯惇の言葉に同情すると共に、立ち上がってキッチンに向かう。空になったグラスに水を並々と注ぐと、それを夏侯惇に渡す。
「また、貴方との呑みに付き合いますから、今回はこれくらいにして下さい」
「……分かった」
少しだけ拗ねたような口ぶりで夏侯惇は返事をすると、于禁は「約束ですよ、私も約束しますから」と付け加えた。グラスに入った水を半分程、喉に流した夏侯惇に睡魔が襲ってきたらしい。
于禁はそれを察するとリビングのソファに寝かせようとした。しかし成人男性であるので、やはり夏侯惇はとても重い。なのでぐっすりと眠ってしまった夏侯惇に一言謝罪を入れると、やや床の上を引き摺りながら何とかソファの上に乗せることができた。
そこで于禁はとある重要な事柄に気付く。今の状態では、家に帰ることができないのだ。ここは夏侯惇の家であって、于禁の家は隣だ。当然のことながら夏侯惇の家の鍵など持っていないし、夏侯惇が着ている服を勝手に漁って取る訳にもいかない。なので于禁は、仕方なく夏侯惇が寝ているソファの背もたれに縋るように座り、眼鏡をかけてそのまま夜を明かしたのであった。

夜が明けてしばらく時間が経ってから、于禁は目を覚ました。ふと周囲を見ると自身の部屋ではないのでかなり驚くも、昨夜のことを瞬時に思い出すと納得する。
すると夏侯惇の様子が気になったのか、立ち上がってソファを見るとまだ眠っている。なので于禁は夏侯惇が目を覚ますまで、どうしようか考えているとどこからかアラーム音が鳴り響く。発生源はどこなのかと于禁が視界を様々な場所に巡らせていると、すぐに特定できた。夏侯惇の皺だらけになっているスーツのスラックスの尻ポケットである。于禁はそれを止めるべきか悩んでいると、夏侯惇が飛び起きた。
「はっ!? 今何時だ!?」
そう言いながら急いでスマートフォンを取り出し、時刻を確認してからアラームを止めた瞬間に充電が切れたらしい。夏侯惇は真っ暗になった画面を見て慌てると、于禁の存在に気付く。
「え……于禁……? 何故、俺の部屋に……?」
「覚えていらっしゃらないのですか? 昨夜、貴方と二人で、ここで酒を呑んでいたでしょう」
于禁の溜息混じりの言葉で夏侯惇はようやく事態を把握できたらしい。そして呑み過ぎて迷惑をかけたことを謝罪するが、于禁は気にしていないと返す。
「すまんな、家に帰してやれなくて。では約束通り、また俺と酒に付き合ってくれ」
「はい、私で良ければ。ですが、次はあまり呑み過ぎないで頂けますか」
「それはどうだか」
夏侯惇が軽く笑うと、于禁も笑った。それを見た夏侯惇は、物珍し気に見てから指摘をする。
「なんだ、お前も笑うことがあるのだな」
「それは悪口ですか?」
「さあな」
片手をひらりと振る夏侯惇を見て、于禁は溜息をついてから「それでは、お邪魔しました」と言って帰宅したのであった。

于禁のデビュー本が発売してからしばらく経過した。于禁の書いた本は、いわゆる「じわ売れ」をしている。なんでも、硬派な内容と専門家が完全に監修したかのような内容に、世間に好評の口コミが少しずつ広がっていた。

「……二作目?」
于禁は蔡文姫に呼ばれて昼間に出版社に来ていた。書いた本の売れ行きが良いことと、構想があれば二作目の執筆を始めてみないかというものだ。于禁はその内容に、まるで夢物語を聞いているかのような顔をしている。
なので蔡文姫は数日前の時点の、紙本と電子書籍の合算のおおよその売上のデータを見せた。そして于禁の元に入る印税の金額も。
それを見た于禁は、ようやく蔡文姫の話を信じる。
「はい。なので先程言った通り、于禁殿に是非とも二作目を執筆して頂きたいのですが、今の時点で何か構想はありますか? もしもあって、私に手伝えることがあれば、何でも言って下さい」
「構想……か……」
于禁は数秒考えを巡らせるが、何も思い付かないでいる。それを見た蔡文姫は助言をした。
「例えば、一作目の話は、どのようにして思い付いた話ですか?」
どう考えても勝てる裁判であったのに負けたのでむしゃくしゃして書いた、と言いたかったが于禁はそれを言おうか悩んでいた。蔡文姫には、まだ弁護士を辞めた理由を言っていないからだ。というより、今まで言う機会が無かった。出す本についての打ち合わせや、校正の話をする暇しか無かったから。
だが今はそれについてひたすら話す必要が無いので、于禁は蔡文姫に弁護士を辞めた経緯を話すことにした。
「……私が、弁護士を辞めた理由をまずは話そう」
真剣な口調で于禁が話し始めたので、蔡文姫は何も言わずに頷いて話を聞く姿勢を見せる。于禁はそれを見て内心で安堵すると、話を始めた。
そして全て話し終えた結果、蔡文姫は特に負の表情や言葉を出すこともなく、穏やかな態度で感想を述べる。
「于禁殿の今が良ければ、それで良いのではないのですか? それに、次は私が于禁殿を助ける立場に立つことができて、とても嬉しいですし、楽しいです」
「だが……」
于禁はまだ芯に迷いがあったが、夏侯惇の「今が楽しい」や「蔡文姫の期待に応えてやれ」という言葉たちを思い出すと、于禁は深く深呼吸してから蔡文姫に二作目のことについて話し始めた。
「申し訳ないが、今はこれといった構想は無い。……だが小説を書くことは止めるつもりはない。これまでは『事実』の文章としか向き合えない仕事であったが、それとは逆である『空想』の文章に向き合って作り出すのは楽しいと思えた。だから、来週中に次の話の構想を考えておこう。少し、思い付いたことをメモして纏めていたからな」
蔡文姫の表情が沈んでいたが、于禁の話が進んでいくにつれてどんどん明るくなっていた。まるで大雨の後の晴れやかな空みたいだ、と于禁は思いながらそれを見る。
「はい、お待ちしています!」
「あぁ」
少しの会話を二人で交わした後、于禁は出版社から出ると帰宅した。ちょうど、夕方に差し掛かる前の時間である。だが書斎に直行すると、思い付いていたものを纏めていたファイルを開く。
そこには、言葉の数々の断片がペンでひたすら羅列されて書かれていた。メモ用紙を取り出し、それらをある程度分類していく。例えば行動についての言葉や、心理描写についての言葉、それに直近のニュースや新聞を見てのメモ。
そうしていくうちに于禁は構想の輪郭を頭の中で描けたので、そこから浮かんだものをひたすら新しいメモ用紙に書き連ねていったのであった。数時間その作業をしていたので、いつの間にか外は暗くなっていることと、夕食を取っていないことに于禁はようやく気付く。
作業がひと段落ついたので、于禁は夕食を作るか考えたが面倒であることと、疲れていたので止めた。代わりにどこかで買おうと思い、帰宅後に初めてスマートフォンを触る。すると三〇分前に夏侯惇からメッセージが入っていた。于禁は慌ててそのメッセージを確認すると『今日空いているなら俺の家で呑まないか?』とある。
数秒考え、于禁は了承の返事をすると共に『夕食を取っていないのでピザの宅配を頼んでいいか』と聞くと、すぐに『良い』という返事が来た。夏侯惇は既に帰宅していることが伺えると、すぐにピザの宅配の注文をしたのであった。

「酒を呑みながら食う、ピザも美味いな」
ピザの宅配先は夏侯惇の家で代金は于禁が支払おうとしたのだが、夏侯惇が代金を払った。宅配されたピザを見るなり夏侯惇も食べると言い出したからだ。代金はいらないと言ったのだがこの前の詫びも兼ねているからと言うと、于禁は渋々と言った顔で引き下がったが。
二人でキッチンのテーブルでピザを食べていく。
「そういえば、お前の二作目の企画書を提出するかもしれないという話を蔡文姫から聞いたぞ」
「はい」
「……次のネタはあるのか?」
ピザを食べ終えた夏侯惇は、飲み込んでから于禁にそう質問する。なので于禁は今の進捗について話した。
「大まかな構想を、先程考えておりました」
「ほう。それなら、大丈夫だな」
夏侯惇があっさりとした返事をした後、何かを思い出したのか立ち上がる。そしてリビングの棚から何かを取り出すと、于禁に手渡した。それは夏侯惇の家の合鍵であった。だがキーホルダーも何も無く、そのままの状態であるが。
「そうだ、お前にこれを渡しておく。この前のようにならないようにな」
「えっ……!?」
「また酒に付き合うと言っただろ?」
笑いながらそう言うと、上機嫌でキッチンに向かう。それを見た于禁は「はい」と言ってから、夏侯惇の部屋の合鍵を服のポケットに入れた。他人の家の合鍵を持つのは初めてなので、不思議な物を見るかのような目で見ながら。
すると次に夏侯惇は二つのグラスを食器棚から取り出そうとしていたので、于禁は準備を手伝うためにキッチンへと向かう。
「手伝います」
「すまんな」
グラスを取り、近くの棚から酒を取り出すが于禁の要望通りの度数の酒しか無かった。この前までのように、あまり喉に流せないような度数ではないので于禁は少し驚いたような表情を出す。
わざわざ気を使ってくれたのか、とも思ったがやはり夏侯惇が次々と呑み進める。そして次第に酔っていくと仕事の愚痴を于禁に長々と話し始めた。だが于禁も酒をかなり呑んでいたので、また愚痴が始まったとは思わず、寧ろ愚痴に対して色々と根掘り葉掘り聞き続ける。対して夏侯惇は于禁の質問にきちんと答えていたが。
「……なぁ、今度やってみないか?」
「何をでしょうか?」
一通りの愚痴を吐き終えた夏侯惇は、于禁の空になったグラスに酒を注ぐ。軽い礼を言いながら于禁がグラスに入った酒を喉に通すと、夏侯惇は話を続ける。
「男同士のセックスに決まっているだろ」
于禁は口に含み続けていた酒を吹き出した。だが酔っていたのでその勢いは弱かったものの、またもや夏侯惇の部屋の床を濡らしてしまう事態が起きる。
「どうしてですか!」
驚いた様子で于禁は激しくむせる。しかし夏侯惇は何か考えるような仕草をしていた。
「貴方は酔い過ぎです!」
「お前もだろ」
互いに赤い顔をしながら、酔っていると言い合う。その馬鹿馬鹿しい会話により、于禁は小さな声を出して笑った。釣られて夏侯惇も笑い始めたが。
「何がおかしいんだ」
「貴方こそ」
二人は一通り笑うと、数秒の静けさが現れた。それでも、酔いが引かない状態で于禁は何か考えた後に夏侯惇にとある提案をする。
「……では、それでは、口付けだけなら」
そう言いながら、于禁はかけている眼鏡を外して床に乱雑に置いてから、夏侯惇にぐっと近付く。今の于禁には、躊躇という言葉が無いのか。
何かの聞き間違いかとも思った夏侯惇だが、少し恥ずかしげにして、目を伏せている于禁の顔がどんどん近付いてきた。だが于禁から唇を合わせられるのは、何故だか癪に思えたので夏侯惇から食い付くように唇を合わせる。
「んんっ!? んぅ……」
互いの口腔内は熱いが、それを粘膜で感じ取り合うのは嫌ではなかった。なので夏侯惇が舌を入れると、于禁の体が小刻みに震える。
すると于禁までも舌を出すと、二人で舌を絡め合った。そして気持ちが良くなってきたのか、夏侯惇は于禁の体をゆっくりと押し倒す。その間に夏侯惇の舌を絡める深さが弱くなったのか、代わりに于禁が絡める深さを強くした。くちゅりくちゅり、と唾液が交わる水音が鳴っていきながら。
于禁を床に押し倒し終えてから、夏侯惇は唇を離す。しかし二人は酸欠により荒い息を吐き続けたと思うと、そのまま床で二人で同時に眠りに就いてしまったのであった。

翌朝、先に夏侯惇が目を覚ますと同時に、昨夜の于禁との深い口付けをすぐに思い出してしまったらしい。まだ眠っている于禁の顔を見て、叫び声を上げる。
「うわあああああ!?」
その叫び声のせいで眠っている于禁がゆっくりと目を覚ましてから、乱雑に床に置いていた眼鏡を探すとかける。だが、于禁も昨夜の深い口付けを思い出してしまったらしい。顔をまだ酔っているかのように赤く染めながら、目をただ見開く。
「そうだった……そういえば……」
静かにそう言うと、夏侯惇と目を合わせられなくなったのか視線を逸らす。なので夏侯惇は怒り気味にそれを指摘した。
「おい、目を逸らすな。俺が傷つくだろ」
夏侯惇はぐっと近付くと、于禁は「来ないで頂きたい!」と相変わらず赤い顔のままそれを拒むが、そこで夏侯惇は気付く。もしかすると、于禁は昨夜の口付けにより自身のことを意識してしまったのではないかと。自身のことを、同性であっても恋愛対象として見てしまったのではないかと。
すると夏侯惇も突然に于禁を意識し始めてしまう。その赤い顔が、何故だが目が離せないと思っていて。なのでそれを、于禁に率直に言った。
「……よく分からないが、お前のことが好きになってしまったのかもしれない」
「な、何を仰っているのですか! 貴方も私も、男です!」
遂には耳まで顔を赤くしながら、于禁は口先では夏侯惇の言葉を突っぱねる。その様子が、夏侯惇にとっては可愛らしいと思い始めるが。
「お前も、俺のことが好きになってしまったのだろう?」
まるでからかうように言うと、于禁はまたしても否定をする。しかし于禁の目は泳いでいたので夏侯惇は互いに好きになってしまったことを確信した。なので自身ありげに、于禁にシャワーを浴びようと誘う。
「一緒にシャワー浴びるか?」
「浴びません! 私は帰ります! お邪魔しました!」
于禁はそう勢いよく言うと、立ち上がって夏侯惇の家から急いで出たのであった。未だに顔だけではなく耳まで赤くさせながらも。