自由の外
囚人の男が塀の中に入り、一年が経過した。刑期は残り二年となったが、囚人の男は落ち着いている。調子に乗り、刑期を延びてしまうことを避ける為だろう。
とある日の夕方、サングラスの男とそれに女が面会に来た。女はいつものように囚人の男の父からの手紙を持って来ると、その場で開封した後にアクリル板に文面を貼り付けて読ませる。
今回も全て読み終えると、女はそっと手紙を封筒にしまった。サングラスの男にそれを渡す。
二人は手紙の内容について尋ねないし、囚人の男は口に出そうとはしない。しかし今回はふと二人に、手紙の内容の一部を話していく。
「僕の父と僕自身のことで、ですが……」
二人はびくりと震えた。囚人の男が、何やら悩みながら口を開いたからだ。
二人は囚人の男の力になりたい。だがそれは専門分野ではないので、かえって傷を深めてしまう可能性がある。役に立たない可能性がある。それを恐れて、二人はそれについての話題を一切出さなかった。囚人の男は、それを分かっているのだろう。
しかしつい先程、囚人の男自らそれに触れた。二人は険しい表情を作ってしまったが、それをどうにか壊していく。それでも壊せたのは、半分くらいであるが。
「今回の手紙は、父の近況についてでした。父は長野で琢己兄ちゃんが密かに守ってくれていた実家に戻り、近所に住んでいる方の農作業を手伝っています。その近所の方は、父が刑務所に入ったことに疑問を持っていたらしいです。そして、他の近隣住民もらしく。ですが冤罪が晴れた今、その方と農作業をしていくちに、農業について興味を持ったと……」
「よかったじゃねぇか、親父さん」
サングラスの男は深く頷くと、女も同様のリアクションであった。それに様子が柔らかくなっている。
一方で囚人の男は、首を傾げながら話を続けていく。
「……ここを出たら、僕も父のように農業に関わりたいと思いますが、僕には父のように向いているのでしょうか」
面会室にしばらくの沈黙が漂った。囚人の男はこれ以上は付け加える言葉が無いのか、ただ黙っている。女が腕を組み始めて答えに悩んでいると、パイプ椅子にどかりと座っているサングラスの男が静寂を勢いよく割った。凛々しい眉を、ぐいと上げながら。
「お前はお前のやりたいことをやれ。ここに入ってくさっちまったのか? そんなもん、ここから出てから考えろ。時間なんて幾らでもある」
その通りだと囚人の男は思い、サングラスの男の言葉にただ納得している。するとサングラスの男は少し考えた後に話を続けた。
「……だがまずは、お前は普通の人間らしい感情でしばらく生きていなかっただろ」
「あっ! たしかにそうですね。梶間さん、自由になったら私たちと、どこかに遊びに遊びに行きませんか?」
女がそう言うと、今時の娯楽施設を次々と挙げていった。そのようなものに疎い囚人の男とサングラスの男は、口をぽかんと開ける。何個も挙げていくうちに、女は二人の様子にようやく気付いたらしい。「どれも楽しそうで選べませんよね?」とにこやかに言った。迷っていると思い、疎いということを分かっていないらしい。
二人はそれを否定すると、そのうちのサングラスの男は首を振る。
「いや、その前に梶間は寝る場所が無いのが問題だ」
「えっ? だったら、架川さんの家はどうですか? ……二人は愛し合っているので」
ニヤニヤと笑った女は、二人を交互に見る。囚人の男は溜息をついて「何でそうなるの……」と呟く。しかし女は諦めないのか、囚人の男に「私は知っているんですよ」と食いついて離さない。そしてサングラスの驚いては女の言う事について行けないのか、ひたすら「えっ?」と疑問を放っていた。
囚人の男はそれも否定しようとしていると、サングラスの男は何かを思い付いたらしい。二人のとても細やかな攻防戦を打ち切り話す。それも、とてもはっきりとした口調で。
「梶間、俺の家に泊まりに来い」
「いえ、迷惑を掛ける訳には……」
女は「えっ!? やっぱり!?」と目を輝かせた。サングラスの男は、囚人の男に楽しそうに提案したからだ。
きっぱりと断ろうとした囚人の男は自然と嬉しくなり、心が揺らいでいく。サングラスの男のことを、決して嫌いではないからだ。勿論、女が期待するような感情を抱いていない。
そこでもう少しで囚人の男が完全に傾きかけるということを、勘の良いサングラスの男は察した。なのでもう一押しと、サングラスの男はドヤ顔を見せた。熱気に溢れた雰囲気を出しながら。
「俺の家で純情派のDVD全部観ようぜ! 徹夜でな!」
「あっ僕、野宿でいいです」
囚人の男の心は完全に冷めた。次に女が頭を抱え、サングラスの男は何が起きたのか分からないという顔をする。瞬時に、現実に引き戻されて表情が沈んでいたが。
そうしていると、面会をそろそろ終えなければならない時間になっていた。女は渋々といった様子で立ち上がると、サングラスの男に「そろそろ時間ですよ」と溜息混じりに促す。
サングラスの男はショックを引き摺りながら立ち上がると、囚人の男に「また今度な」とぼそりと呟いて面会室を出る。相当にショックだったのだろう。一気に小さくなような背中を見せる。
囚人の男は少し悪いことをしたと思いながら、面会室の扉が閉まるのを待っていた。