罪は消えねど
囚人の男の懲役は三年である。重い罪である『公文書偽造・同行使罪』に大きく該当するからだ。
しかし刑の内容を決める裁判が行われる数週間前。サングラスの男とそれに女が、弁護士を早期につけた方がいいと強く提案していた。だが囚人の男はそれを頑なに断り、二人はその態度が気に食わないと思えたらしい。囚人の男は燃え尽きてしまったような顔をしていたからだ。自首した後は、全てがどうでもいいと思い始めていたのか。
なので二人はその囚人の男に怒りをぶつけたが、直後に冷静になったサングラスの男が必死に説得する。そして囚人の男は生気を取り戻して弁護士をつけたのであった。そのサングラスの男の説得とは、とてもシンプルなものである。父と塀の外で、一秒でも早く会いたくないのかと。
囚人の男はその言葉に強く心を動かされ、自身の裁判に向けて弁護士をつけた。その弁護士になぜそのような動機に至ったのかと、内心を細かく説明する。
結果、行われた裁判では懲役を大幅に短縮できたのであった。
囚人の男が自首をしており、尚且つ反省をしている様子。それに闇に隠された一つの大きな秘密を暴き、一人の無罪である人間を塀の外へと出したこと。裁判所側はそれらの点から、情状酌量の余地があったと説明している。
そして囚人の男が刑務所に入り、もうじき一年が経過しようとしていた。サングラスの男と、それに女が面会に来る。勿論、囚人の男宛の手紙を持参しており。
「親父さんが、少し前に面会に来たらしいな」
手紙を読み終えた囚人の男は「はい」と、控えめな明るさを持って頷く。サングラスの男は質問の答えが返ってくると、詳細を聞くこともなく「そうか」と呟く。
「……良かったな」
「はい」
するとサングラスの男はふと涙を零しそうになっていた。なのでサングラスを一旦外そうとすると、隣に座っている女がそれを阻止する。
「架川さん! 今、サングラスを外したら危ないですよ!」
「えっ?」
「えっ、じゃありません! サングラスというアイデンティティを失ったら、それはもう架川さんじゃ無くなりますよ!」
大きく動揺しているサングラスの男を無視した女は、自身の鞄の中身をまさぐった。すぐに目的の物を見つけると、それを取り出した。女の手にあるのは、桜町中央署のマスコットキャラクターの、ちぇりポくんの小さなぬいぐるみである。
「えいじくん! しっかりして!」
だみ声と呼んでいいような声を、女は出す。アクリル板越しの囚人の男は、何か変な茶番が始まったと呆れ始めた。
それを止めるべきか迷ったが、それを見ていることが次第に楽しく思えてきている。なので制止の声を出すことなく、目の前の会話をただ見ていた。
「……なっ!? お、俺は……俺は……ちぇりポくんにそう言われたら……ってなるか! 俺のちぇりポくんで遊ぶのを止めろ! ちぇりポくんはな、そんなことを言わねぇんだよ! これだからにわかは!」
「ちぇりポくんにどんな幻想を抱いているんですか……」
思ったより早く終わった茶番に、更に呆れていいのか分からない囚人の男はそうぼやく。
「ちぇりポくんは、俺にとっては神なんだよ! 辛いとき、苦しいときに救ってくれる存在なんだよ! 本当にそうなんだ!」
パイプ椅子から勢いよく立ち上がったサングラスの男は、そう熱弁する。
「変な宗教の、熱心な信者の人みたいですね」
しかし先程から一転して、女はサングラスの男に冷ややかな目線を向けた。それによりサングラス男の言葉の熱が失われると、静かにパイプ椅子に座り直す。
「……熱くなっちまって、すまん」
「架川さんが改心したのなら、いいでしょう」
女は腕を組んでそう宥めると、ちぇりポくんの小さなぬいぐるみを鞄に仕舞う。
「なんだこれ……なんだこれ……」
やはり途中で止めるべきであったと、囚人の男はそう思いながら深く頭を抱えた。なので次は二人の茶番が暴走しないようにしなければ、と戒める。
「……また今度な」
「はい」
サングラスの男は覇気が無いような顔で、囚人の男との面会を終えた。反対に女はいつも通りであるが。
そして退室する際にサングラスの男は、普段から行っているので慣れている後ろ歩きをした。だが扉を開けるという肝心なことを忘れたのか、扉に背中や肩甲骨を強打する。直後に体が扉に打ち付けられた大きな音と、サングラスの男の痛そうな声がよく聞こえた。
囚人の男はそれに気付いたが指摘が大きく遅れてしまい、何とも言えない表情を作った。
「……また、お待ちしています」
「……あ、あぁ」
サングラスの男はとても気まずそうに、面会室から出たのであった。女は前回と変わらず、頭を下げてから退室していたが。