それでも、変らない。 - 4/11

いつかは還る

暑さは昼間のみ感じる季節に、囚人の男の元に面会者が二人来た。サングラスの男とそれに女である。
サングラスの男は元の部署に戻ったので、前よりも忙しくなっているらしい。しかし女は自らの希望で、前に居た場所に戻ったと言う。上司らはそれに心から歓迎をしていたが、外部はかなり複雑な心境とのこと。女は周囲の反応について気にしていないのか、それとも気にしないようにしているかのどちらかである。
当然、サングラスの男も外部になり、それについて小耳を挟んでしまっていた。しかし女には何も言わないでいる。女自身が決めた道だからか。
「手紙を持って来た」
「……手紙、ですか?」
囚人の男が首を傾げると、サングラスの男は「おい」と女に合図をした。女は控えめなデザインの鞄から、白く細長い封筒を取り出した。宛先がちらりと見えたが、囚人の男の『元の名前』のみが見える。だが差出人の字は確認できない。
封筒は未開封なので開け口が閉じられており、黒のボールペンらしき筆記用具で印が描かれていた。その上からセロハンテープが貼られている。二人がそれを開封していない、確実な証拠だ。
「梶間さんのお父様からです。今開けます」
大人しくパイプ椅子に座っていた囚人の男は、思わず立ち上がりかけた。しかしアクリル板が邪魔しているので、一刻も早く父からの手紙を読むことはできない。なので手の平に爪が刺さる程に、拳を握る。
女は鞄から鋏を取り出して慎重に封筒の上のあたりから、一ミリから二ミリあけて切っていく。切り終えると鋏を乱雑に置き、急いで中身の手紙を取り出した。紙は一枚だけ入っているが、大切に広げるとアクリル板に文面を押し付ける。
「これは梶間さんへの手紙なので、梶間さんだけが読んで下さい」
「……うん、ありがとう」
囚人の男は瞳に涙の海を作りかけた。しかしそうしてしまうと、手紙を読むことができない。なので更に強く拳を握ると、手紙を読み始める。痛みのおかげで、どうにか涙をせき止められているからだ。
手紙を読み終えるまでには、五分も掛からなかった。かなり短い手紙らしい。内容は冤罪を晴らしてくれてありがとうということと、今後は受け取った多額の賠償金で新たな人生を歩み始めるということだ。だが今は裁判が終わったばかりなので、年内に長野から東京に来ることは難しいらしい。
囚人の男が「よかった……」と手紙に向けて呟いてから読み終えたと言うと、女は素直に頷いてから封筒に静かに仕舞う。だがその時にサングラスの男が溜息をつきながら、雑に置かれた鋏を持った。刃の部分を持ち、柄の部分を女に向ける。
「おい、水木。あぶねぇだろ、刃物を適当に置きやがって」
「……あっ、すいません」
「すいませんじゃないだろ、血が出たらどうするんだ。それで、俺がここに泊まる羽目になったらどうするんだよ」
囚人の男は父からの言葉を頭に刻み、その余韻に浸ろうとしていた。しかしそれは牢の中でもできることだ。なので拳をゆっくりと開き、二人の会話を聞きながらゆるりと笑う。自身の手のひらには、爪の深く濃い痕が作られているだろうと思いながら。
「梶間、お前からも言ってやれよ」
サングラスの男はボールをパスするように、囚人の男に不満げに訴えかけた。
「そうですね……水木さん、架川さんは繊細で面倒な人だから気を付けようね」
「繊細で面倒ってなんだよ、おい!」
舌打ちをしたサングラスの男は、ボールをパスしたことを後悔した。深く項垂れる。パスしたボールは、囚人の男によって弾かれたようなものだからだ。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい、二人とも。あっ……! 手紙は、架川さんに預けておきます」
女は封筒を差し出すと、サングラスの男は断ることもなくスムーズに受け取った。
「……まぁ、あれだ。また親父さんから手紙が来たら、必ず読ませてやるからな。そして貯まった手紙は、お前の手に、必ず返す」
「はい、ありがとうございます」
サングラスの男が「それまで待っていろ」と言うと、パイプ椅子から立ち上がった。面会は終わったという合図らしい。女は慌てて立ち上がると、囚人の男に向けて丁寧に頭を下げた。しかしサングラスの男は既に背中を向けており、片手を上げるだけだ。
囚人の男は二人らしい様子に優しい目を向けると、面会室の扉が閉まった。次の手紙はいつかと、待ち遠しくなりながら。