それでも、変らない。 - 2/11

巡る季節を待つ

暑い時期へと、少しずつ入ってきていた。
しかしとある刑務所では季節の感覚など、薄いようなものらしい。塀の中からはただ、厳重で無機質な警備と遠い空しか見えないのだから。

この日は囚人の男が面会の為に面会室に居るのだが、面会相手を見るなり呆れた表情を見せた。
「……お忙しい中、僕と面会して下さり、ありがとうございます」
「おぅ」
面会の相手とは、少し前までは馴染み始めていたサングラスの男である。だが前回のように、隣に女は居ない。囚人の男はそれを聞くべきかと思ったが、面倒な話になりそうな予感がしていた。なのでサングラスの男に軽い会釈をする。
サングラスの男と本当に他愛もない話を数分間していると、面会室の扉から軽いノック音が聞こえた。二人は聞こえたことと、入室の許可の返事をする。
「遅れてしまってすいません!」
前回は居た、女が入室してくる。どうやら何か事情があって遅刻してしまったらしい。サングラスの男は溜息をつくと、その理由を聞く。まずは、女を隣の空いているパイプ椅子に座らせながら。
女はパイプ椅子に座るなり、口を開く。
「サイ○リヤで期間限定のパスタを食べながら、間違い探しをしていたら遅くなりました! すいません!」
「はぁ? サイヤセン? なんじゃそりゃ」
サングラスの男は頭上にクエスチョンマークでも浮かべているように、疑問を作る。囚人の男はその疑問に頬を小さく緩めると、正答を与えた。目の前にある疑問など、容易く壊せるものだからか。
「サイ○リヤですよ。何ですかサイヤセンって。それと、サイ○リヤを知らないんですか?」
「知らねぇよ。それに……おい、パスタだぁ? 普通は蕎麦だろ。なぁ、梶間」
「知りません」
先程の表情をしたのを後悔したのか、囚人の男は冷たい態度を示す。舌打ちをしたサングラスの男は、女の方を見た。どうやら癪に障ったのか、女は不機嫌そうな顔をしている。
原因は女の好物であるパスタを否定されたことだろう。しかし女は引かないのか、サングラスの男に食いついた。
「いいえ、パスタです。はす……梶間さんは何派ですか?」
「……ラーメンが、いいかな」
「な、何だと!? おい梶間ぁ! 出所したら決着をつけるぞ! 絶対に蕎麦だ!」
有り得ない、という声音でサングラスの男は囚人の男を睨む。すると囚人の男はかなり面倒なことに巻き込まれたと、内心でも溜息をついた。なので「はいはい」と適当に返事する。サングラスの男が言う「決着」など、心底どうでもいいと思いながら。
「……それにしても、水木。この大先輩である俺の前で遅刻するとはいい度胸だな。アレか? お前、もしかしてメンヘラか?」
囚人の男とそれに女は、サングラスの男の言葉に首を傾げた。はっきりと内容は聞き取れたものの、おかしな点があるからだ。
だがこの二人はサングラスの男に指摘できるような仲である。なのでまずは囚人の男が指摘を始める。
「あの、メンヘラの意味……分かってます?」
「そうですよ架川さん! 絶対に分かってませんよね!」
ついでにと、囚人の男は「どこでそのような言葉を覚えたのか」と簡単な質問をした。どうせ下らない場面で覚えたのだろうと予測していたが。
「長野で拉致られた時、北岡っていう野郎が使っていてな。メンタルヘラクレス、ってな」
「……架川さん、覚えた言葉を使いたがるの止めて貰えますか。小学生ですかあなたは」
きっかけはかなり予想外であったが、本人が理解している意味としてはおおよそ予測通りであった。囚人の男は眉間を押さえる。そして女も囚人の男の同様の態度を取った。サングラスの男は不満げに二人の様子をそれぞれ、サングラスの黒いレンズ越しからそれらを睨む。
「何なんだよ、お前らは……」
次第にサングラスの男が不貞腐れると、気付けばそろそろ面会を終えなければならない時間になっていた。なので立ち上がると、囚人の男に「また今度な」と言う。隣の女はそれを見るなり慌てて立った。そしてサングラスの男のように一時的なものではあるが、別れの挨拶をすると面会室から出たのであった。
扉が閉まる直前に、囚人の男は「ええ、是非また今度」と言った。しかし二人にはそれが聞こえていないが、返事など分かっているのだろう。
面会室で一人で残された囚人の男は、もうじき入室してくる刑務官からの指示を待っていたのであった。