それでも、変らない。
遂に囚人の男の出所日を迎えた。よく晴れた日のことである。
まずは牢から出ると、何とも言えない解放感が込み上げてくる。刑務官に連れられ、同じ牢が幾つも並ぶ建物を出た。次に別の建物に連れられると事務的な手続きを行うが、その際に居た刑務官や警察官たちに話し掛けられた。それは全て囚人であった男を称賛するもの。
私情を抜いて機械的に見れば、囚人であった男はやはり犯罪者でしかない。彼らはそれを今まで耐えてきたらしい。囚人であった男は唐突に浴びせられた喜びの言葉に、困惑しながらも礼を言う。
そうしているうちに、事務的な手続きが終わった。ようやく自由になった。少し前に父から送って貰っていたスーツに着替えていく。前になりすましていたときに着ていたものであった。偽物であるのに馴染んでしまった服装に、懐かしさを覚える。
刑務所の門を出ると、青い空は前と変わらず綺麗であった。ただの青色一色であるのに、人間はどうして美しく思えるのか。囚人であった男はそう考えていた時期があった。しかし人間は綺麗な物を愛する習性がある。なので見上げているうちにどうでもよくなると、塀の外を歩み始めた。
「こっちだ!」
少し歩いたところに、サングラスの男とそれに女が居た。大きく手を振っている。囚人であった男はそこに走って向かう。しかしアクリル板という妨げが無いので、思わず二人にぶつかりかけた。
囚人であった男は二人に何か言いたかったが、嬉しさのあまりに何も思い付かないらしい。女を見た後にサングラスの男を見上げてから、地面に俯く。表情を硬直させていた。
そうしていると、サングラスの男がポンと後頭部を優しく撫でた。
「待ってたぞ」
「待ってましたよ」
二人が歓迎の言葉を放つと、囚人であった男が顔を上げる。
「待ってくれて、本当にありがとうございます。ただいま、戻りました」
囚人であった男の硬い表情が一気に崩れ、柔らかいものになる。このときを待ってくれていた二人に、そっと微笑んだ。
「……それより、蕎麦かパスタかラーメンのどれが一番か決めるぞ! まずは蕎麦だ!」
「あっ! 架川さん、まずはパスタからですよ!」
サングラスの男がそう提案すると、女がそれに反論する。囚人であった男はその会話の輪に、すかさず入った。
「いえ、ラーメンです」
「あぁ!? 俺がこの中で一番年が上だ。だから最初は蕎麦だ! 反論は認めねぇぞ!」
サングラスの男は店の名前を出して、そこに行くと言った。かなり理不尽な意見であるが、女が「仕方ないですね……」と引き下がる。
意見が通ったのでニヤリと笑ったサングラスの男は、コートから何かを取り出した。それは二つの手の平と同じか、あるいは少し大きめの四角形の白い包みである。一つずつ、女と囚人であった男に渡した。
囚人であった男は出所祝いかと思ったので、礼を述べながら素直に受け取る。だが女は何故自身も物を贈られたのか分からず、手を差し出して受け取りながら疑問を浮かべた。それを見たサングラスの男は、開封を促す。
「水木、ついでにお前もだ。開けてみろ」
二人が包みを開けると、中にはサングラスが入っていた。サングラスの男と全く同じものである。それを見た囚人であった男は、思わず吹き出してしまう。
「ど、どうして……?」
「記念にだ。ほら、お前らも掛けろ」
囚人であった男はサングラスを見て渋ったが、女はかなりの乗り気でサングラスをすぐに掛ける。そしてサングラスの男の真似をしていた。サングラスの男が「似てねぇよ」と楽しげに笑う。囚人であった男は「仕方ない」と言いながらサングラスを掛けた。慣れない視界の暗さの中でも、二人の方を見る。とてもよく笑っているのが見えた。
「梶間さん、似合ってますよ!」
「あ、ありがとう……」
女が鞄から鏡を取り出すと、サングラスの姿を映し出す。意外にもサングラスなど、人生で初めて掛けるものである。似合ってると言われたのならば、その言葉を捻くれた見解など無く受け入れた。
そして囚人であった男はサングラスを外そうとしたが、二人に止められる。なのでサングラスを掛けた状態で、二人を暗いレンズ越しに見る。視界の隅に空が見えるが、サングラスを掛けてきても綺麗だ。
「飯食ったら、お前のお袋さんの好きな物を教えてくれよ。明日帰ったら、ついでに仏壇に備えておいてくれ」
「え、でも……」
「いいだろ、それくらい」
「私にも教えて下さい! それに……お父様やお母様に、よろしく伝えて貰えますか?」
囚人であった男は、静かに頷く。サングラスの男が「ありがとな」と言うと、またもやコートから何かを取り出そうとする。
「ドラ○もんですか?」
女が首を傾げると、囚人であった男は「こんなガラが悪そうなドラ○もんはいないよ」と笑った。
「ほら、飲め」
コーヒーの缶が三本出てきた。全て違う味のもので、囚人であった男は会釈しながら微糖の缶を取る。次に女がカフェラテの缶を取ると、残ったブラックの缶をサングラスの男がそのまま握った。缶を開けると三人は空を見上げながら喉に液体を流し込む。ここは人通りがそれなりにあるので、いつもの後ろ歩きができないのか。
全て飲み終えると、三人は空き缶を持ちながら目的の蕎麦屋へと歩いて向かう。囚人であった男、梶間は刑務所からどんどん離れていく。それでも、変らない二人と共に。
しかしその途中で、たまたまパトロールをしていた警察官に職務質問をされたのであった。三人ともサングラスを掛けているのが、どうにも怪しかったらしい。サングラスの男とそれに女は警察手帳を取り出し、梶間の事情を説明するとすぐに解放されていたが。