魚について
ある休日の昼間、二人は揃って休みだったので駅前の水族館へと来ている。やはり世間でも休日なのもあってか客の数が多かったが、入場の際にそこまで並んで待つことは無かった。
「しかし珍しいな。お前から誘ってくるとは」
二人は普段着姿だが手を繋ぐこともなく、程よい距離を取って水族館へと入場して行った。そこで夏侯惇は于禁に、そう話しかける。
「先日、たまたまテレビでここの特集が組まれていて、ふと私が行ってみたいと思ったもので。来たことのないところですし……それと、私の我儘に付き合って頂きありがとうございます」
于禁はそう淡々と答えた。
「気にするな。そういえばここは俺も行ったことがないな」
入場してから少ししたところにパンフレットがあったので、于禁はそれを取って開く。
「ここは魚の大群が展示されている大きな水槽が一番の目玉らしいので、まずはそれを見ましょう。ここから近いですし」
于禁はパンフレットを見せると、夏侯惇は頷いたので示した場所へと向かう。すると他にも客が居たので、少し離れた場所からその目玉である水槽を二人で並んで見る。
「魚が大量に居るな」
「えぇ」
「飼育員は毎日これを見ているのだな」
「えぇ」
「……毎日見ていたら、この中の魚がうまそうだとか思わないのだろうか」
「えぇ……えっ?」
二人は魚を見ながらそのような会話をしていたが、夏侯惇の疑問により于禁は水槽ではなく夏侯惇の顔を見る。それに驚いた夏侯惇は、同じく水槽から于禁の顔へと視線を変えた。
「何だ?何か変なこと言ったか、俺」
「その、飼育員が展示されている魚に思っていることについてなのですが……」
「お前もそう思わないのか?俺は次第にそう思えてきていてな……他の魚も見るぞ」
夏侯惇は「あれと比べてうまそうかどうかも」と付け加えると、夏侯惇の言葉に首を横に振っている于禁の手を引いて別の水槽へと移動させた。
それから二人で展示されている魚を見ていたが、とうとう于禁も夏侯惇の「展示されている魚が美味かどうか」という話題に乗ってしまったのであった。
全ての水槽を見て回り、水族館から出ると時刻は夕方になっていたが、二人は楽しかったという表情をしている。
「今日はもう魚介類を見たくないほど見たな」
「そうですね。私もです……」
すると伸びをした後に夏侯惇は于禁に今日の夕飯を聞く。
「そういえば、今日の夕飯の当番はお前だったな。今日のメニューは何だ?」
夏侯惇は何気なしに聞くが、一方の于禁はかなり気まずそうな表情に変えて答える。
「……ア、アクアパッツァです」
「……そ、そうか」
そうして、二人は水族館から無表情で帰路についたのであった。