喧嘩はほどほどに
よく晴れた朝だった。
目覚ましが鳴り、約二秒後に于禁は目を覚ます。静かに上体を起こして隣を見ると、夏侯惇はまだすやすやと眠っているので于禁は微笑んだ。
だがその直後に気付く。于禁は昨夜の性行為で、夏侯惇の体の至るところにたくさんの痕をつけていたのを。いつもは休日前夜にしかそのようなことをしないが、昨夜はなぜだか燃え上がったせいで散々につけてしまっていた。夏侯惇から休日前夜にしかそのようなことをするな、と散々言われてきたというのに。
于禁は頭を抱えるが出社するための支度があるし、それに今日は夏侯惇よりも早く出社しなければならない。相変わらず寝ている夏侯惇をチラチラと見ながら、これはまずいという顔をしながら仕方なく立ち上がり出社の支度を始めたのであった。
時刻は昼を過ぎたところだった。出社してから于禁は少し時間に余裕があり、直接は難しいのでメッセージで先に謝罪をした。だが夏侯惇からは返事が来ていないし、そもそも読まれてはいない様子だ。于禁は更にまずいと思い、仕事に集中できなくなった。
于禁は不安を少しでも払おうと、社内の自販機でコーヒーを買おうと向かう。すると見慣れた姿の人物が自販機に居た。
「か、夏侯惇殿……!」
それは夏侯惇だった。于禁は切羽詰まった表情で夏侯惇の元へ走って来る。その時に夏侯惇は買ったものを取ろうとしていたのか、頭を下げて屈みながらそれを見てかなり驚くと額を自販機にぶつけた。
「痛い!」
「大丈夫ですか!?」
「あぁ……って、どうした于禁……」
夏侯惇はぶつけた額を擦りながら頭を上げる。そこには先程から変わらない、切羽詰まっている表情の于禁が隣に居た。
「痕は大丈夫ですか!」
「痕……? これのことか? ぶつけただけだろ。大げさだな」
何を言っているのか、というような表情で夏侯惇はそう聞く。ぶつけた額をまだ擦りながら。
「違います! ……スマートフォンの通知は、見られましたか?」
于禁は唐突に小声で話し始めると、夏侯惇は「すまん見ていなかった」と言いながらスーツの胸ポケットから、スマートフォンを取り出した。そして通知を見るなり目を見開く。
「ん……? あっ、そうだった……忘れてた……! どういうことだお前!」
大声になった夏侯惇は于禁の胸ぐらを掴むがすぐに離す。相当怒っているようだ。そして周囲には多少は人が居るので一瞬何だと視線が集まると、すぐにそれは散っていった。
「ですから……」
于禁はこの会話をこの場で口に出すわけにはいかない。なので同じくスーツからスマートフォンを取り出すと、素早く文章を入力して夏侯惇にその画面を見せた。
『場所を変えましょう』
すると夏侯惇はそれを奪い、スマートフォンに文章を入力すると于禁に返した。その後に舌打ちをしながら。
『そういう訳にはいくか。ここで説明しろ』
于禁は「ここでは控えた方が……」と呟きながら、再びスマートフォンに文章を入力しようとした。すると横から声がした。
「こんなところに居たのか惇兄、殿が呼んで……」
夏侯淵だった。そして曹操の名前が出ると、即座に夏侯惇は本日二回目の舌打ちをした後に「タイミングの悪い……分かった、すぐに向かう」と返事をした。
だがそれにホッとした表情になった于禁に対し、夏侯惇は口パクで何か伝える。するとそれを見た于禁はサッと顔を青ざめさせたのであった。