この悪夢から引き摺り出して
深い夜だった。外からは強い雨風の音がよく聞こえる。そのせいで夏侯惇は目が覚めたのか、瞼を上げる。そして上体を起こし、少し捲れていた寝間着を直す。サイドチェストにあるスマートフォンで時間を確認すると、早朝と呼ぶにはまだ少し早い時間だった。しかしそんな時間に目が覚めてしまったとはいえ、眠気はある。なので再び眠りにつこうとすると、隣に寝ている于禁から声がした。
「……は………………い……」
于禁が何を言っているのかはよく分からないが、どうやら寝言らしい。夏侯惇はそう判断するが、何かがおかしい気がした。言葉は聞き取れないが声がうめき声のような、そんな調子だからだ。それに寝ているのにも関わらず苦しそうな顔をしており、かなりの汗をかいていた。もしかして悪夢にうなされているのだろうか。
そう思った夏侯惇は持っていたスマートフォンを投げる。そしてすぐさま于禁を起こそうとすると、言葉が先程よりもかなり聞き取れたので一瞬起こそうとするのを止めてしまった。
「私、は……もう、死ぬべき……」
夏侯惇は顔を歪めると、于禁の寝間着の両肩にあたる部分を強く掴み、揺さぶりながら叫んだ。
「そんなこと、させてたまるか! 戻って来い!」
すると于禁は目が覚めたらしく、一瞬目を見開くと上体を起こした。顔を青ざめさせ、激しく息切れをしている。だが今は寝室は暗いので、夏侯惇からはただ荒い呼吸のみが聞こえていた。
「……大丈夫か?」
急激に弱った声音になった夏侯惇は、于禁の左胸へと顔を寄せるように抱きつく。そして于禁の背中へと腕を回した。于禁の心臓の音がうるさいくらいに聞こえていても、それでも。
「はい……」
覇気のない声音の于禁はゆっくりと夏侯惇を抱き締め返す。だがその手も、声も震えていた。
「全く大丈夫ではないだろう……」
互いに表情が見えないが、それでも灯りを点けるつもりはなかった。夏侯惇は先程から心臓の音を落ち着くまで聞き続け、于禁は次第に弱まっていく震える手の感覚を指先まで拾い続ける。
それらが落ち着いた頃、夏侯惇は于禁の背中を優しくポンポンと叩く。
「俺はお前の傍に居る」
夏侯惇がそう言うと于禁が小さく微かに返事をして、二人はゆっくりと向かい合うように横になった。すると夏侯惇は于禁に、うなされていたことは何も聞かずに抱き寄せた。そうして安心した様子の于禁が再び眠りにつくのを確認すると、夏侯惇は瞼を下ろしたのであった。