解き辛き誤解
「……すげぇ高い店は駄目だからな。常識的な店にしろよ」
ある冷える夜に春日と足立の二人は異人町ではなく、神室町に来ている。目的はただ酒を飲むだけであるが、足立の「たまには他の場所で飲みたい」という希望により神室町に行くことになった。
そして夜の街を歩いて店を探しているが、奢るのは春日である。財布にはそれなりに入っているが、常識から外れた価格帯の店は無理だと足立に言う。だが足立は神室町に来てかなり浮かれているらしく、恐らくは半分は聞き流しているだろう。
春日は溜息をつくと、足立の肘を掴んで行動を制御した。店の看板の価格帯を見ながら、自身で選ぶことにする。
そうしているとようやく、財布的には余裕がありそうな店を見つけた。掴んでいる足立の肘を先程よりも強く引く。足立から「いてぇ」と苦言が漏れたが、春日は「はいはい」と返事してから店に入った。ここは有名な居酒屋のチェーン店である。
店に入ると、既にテーブルもカウンターもほぼ満席であった。二人の入店に気付いた店員が来て、席に案内する。たまたまテーブル席が空いていたので、二人はそこに座った。他の客たちの喧騒に囲まれているので、二人の話し声がいつもよりも大きくなる。
「仕方ねぇからここで飲んでやるか」
「何が仕方ねぇだよ……」
出されたおしぼりを出し、顔を拭いた足立はつまらなさそうにそう言う。春日が「おっさんにも程があるだろ……」と呟くと、テーブルの端にあるメニューを取り出した。
単品のみや、制限時間ありでの食べ放題飲み放題のコースがある。春日は勿論、食べ放題飲み放題コースを二人分頼む為に、まずは足立にメニューを見せた。
「これでいいよな?」
「あぁ……? それでいい」
それから二人は様々な料理や酒を楽しんだが、制限時間を迎える少し前には胃に限界が来ていた。久しぶりの居酒屋での飲食や飲酒が、あまりにも楽しかったからだ。
注文を止めて、二人は腹を休める。二人の顔は、食べ過ぎが原因で仄かに顔を青くしていた。
「足立さん、年か?」
「おい、まだ俺は……いや、その可能性はあるな……」
互いに顔色が悪いなどと思いながら、スマートフォンで時刻を確認した。まだ制限時間ギリギリではないので、もう少し休もうとグラスに入った僅かな水を喉に流す。
「春日、お前歩けるか?」
「分からねぇ……」
足立がそう聞きながらも、腰を上げようとした。しかし酔いにより足腰が全く言う事を聞いてくれないので、舌打ちをしながら席に着き直す。
「もう少しだ! もう少し、休憩してからだ……!」
春日は現在時刻を分かっているというのに、再びスマートフォンの時刻を確認した。これは焦りの現れであるが、そのようなことを気にする精神的な余裕がない。春日も、酔いのせいで立つことができるか分からないからだ。
制限時間まで約三十分。二人は「いける……」としか言えないまま、時間を過ごしていった。
結果は春日が何とか歩けるようになったものの、足立の状態は変わらない。なので春日が足立の体を支えながら店を出るが、この後はどのように異人町に帰ればいいのか分からなかった。電車や新幹線の終電が既に過ぎているからだ。最終手段のタクシーがあるが、これは持ち合わせからしてかなり厳しいので春日の中で却下している。
道端で立ち尽くした春日はどうするか悩んでいると、足立の顔色が更に悪くなったような気がした。苦悶の表情さえも見えていく。
なので少し離れた場所にある、小さな公園に連れて行ってからベンチで休ませた。
「大丈夫か?」
「分からねぇ……」
最初はベンチに座っていたものの、足立は腹の苦しさにより横になってしまう始末だ。加えて身体に染み込んだ酒の影響もあるだろう。
だがちょうど隣に自販機があったので、春日が500ミリリットルのミネラルウォーターを買うと足立が見える範囲に置く。
「余裕があったら飲んどけ。少しは酒が抜けて楽になるだろ」
「あぁ、すまねぇな……」
ベンチは足立が占領してしまっているので、春日が傍らに立って様子を見ていた。今はまだ寒い時期だ。ここで長時間横になるのは、足立にとってはかなりまずい。
もう少し時間が経ったら移動しようかと考えたが、どこで休ませたら良いのか分からなかった。春日は自身の顎に手を添えて考えるが、中々見つからない。そうしていると、春日の様子が分からないらしい足立がふと声を掛けた。
「どうした?」
「いや、ずっとここに居ても、足立さんが辛いと思ってな、どこか休める場所を探そうとしている。だが、思い付かねぇな……」
足立がおかしそうに小さく笑った。そして「俺なんかの為にか……」と呟く、その直後に何かを思い付いたらしい。笑いながら、春日のスーツの生地を弱く引いた。反応した春日が耳を傾ける。
「そんなの、ラブホで休めばいいじゃねぇか。ベッドが無駄に広いしな」
恐らくは足立は冗談半分で言ったつもりだが、春日はそれを真に受けてしまっていた。良い提案だという反応を示すと、スマートフォンを取り出して周囲のラブホテルを探し始める。細かい条件まで指定をして探した。
みるみるうちに足立の笑みが引いていくと、春日の行動を阻止しようとした。だが今は起き上がれないでいると、いつの間にか春日が行き先を決めてしまう。張り切った表情でスマートフォンの画面から、足立の顔へと視線を変える。
「見つかったから行こうぜ! 大丈夫だ、受付に人は居ない!」
「え、ちょ……」
足立を踏ん張って抱えた春日は、未開封のミネラルウォーターを持つ。そして決めたラブホテルへと向かって行ったのであった。足立の意見をまともに聞かずに。
受付の自動精算機で料金を払い鍵を受け取ると、春日は躊躇なく部屋に向かってから入った。部屋は最初から薄暗くなっているが、節電の為だろう。
足立は廊下で誰かとすれ違わないか、不安になっていたが無駄だったようだ。運良く誰ともすれ違わなかった。妙な安堵をしていたが、春日が足立を早速にベッドに横にさせる。そして枕元に先程の未開封のミネラルウォーターを置くと、縁にどっかりと怠そうに座った。
「あー、俺も横になっていいか? 少し疲れたんだ。まぁ、気にすることはねぇだろ」
春日が軽くそう言ったが、足立の否定も聞かずにベッドに横になる。それも、足立の隣にだ。
流石ラブホテルのベッドなのか、大の男二人が並んでも狭くはない。足立は変に感心してしまった様子で、一方の春日は特に不快ではなかった。
「おい春日……」
すると足立にようやく不快感が生まれる。なので春日に「これは無いだろ……」と苦言を吐くところであった。だが春日の方を見ると、見事に寝息を立てている。ぽかんと口を半開きにすると、心配や直前から発生した不快など全て吹き飛んでしまった。
自身でもよく分からない溜息が漏れると、足立は起き上がってからミネラルウォーターをようやく開封する。少しだけ喉に水を流し込むと酔いに任せて仰向けに寝て、無理矢理に眠っていったのであった。
夜が明け紗栄子からの着信で春日が叩き起こされる。今はどこに居るのかという連絡である。
しかし寝惚けた春日が現在地とそれに、今は誰と居るのかを伝えてしまう。結果は紗栄子に様々な勘違いをされた。スマートフォンのスピーカーからは紗栄子の驚きの声がよく響くが、笑い声も挟まっている。春日は思わずスマートフォンのスピーカーを遠ざけた。
それが聞こえた足立は目を覚ますなり顔を青く染め、春日は冗談だろうと思いながら紗栄子に簡単な説明をした。だが誤解を解けぬまま、春日の顔も青くなっていく。すると通話の最後にと、紗栄子から待ち合わせでサバイバーを指定された。春日はたな頷くことしかできなくなる。
なので二人は沈んだ表情でラブホテルを出て、異人町にとぼとぼと帰る。そしてサバイバーで足立と共に紗栄子と難波に会うと、二人に散々にからかわれていて。