爆発

爆発

「……いいか春日、俺が特別に運転するときの重要なポイントを教えてやろう。よく聞いてろ」
外の遥か上にある太陽の光を、よく浴びている足立がそう言う。その足立は明るくは見えない、淀んだ白色の軽自動車の運転席に座っておりハンドルを握っていた。だが一方の春日は助手席に行儀よく座っているが、あまりやる気がないように見える。
現在地は異人町のサバイバー付近の、裏道と呼べる場所である。時間帯のせいでもあるが、人の通りがかなり少ない。そして二人が乗っているのは軽自動車だが、これはたまたま足立が知り合った者から譲り受けていた。足立は移動が楽になると喜んでいたものの、春日は維持費をどう捻出するのか首を傾げていたが。
しかしこれは古い年式のものである。当然、壊れる等のトラブルが起きやすい。なので高速道路を走るのはかなり危険だと足立が判断したのか、一般道路のみを走ることにしていた。特に、ここは適していると判断したのか、わざわざ移動してから路肩に駐車している。
「まぁ……足立さんは免許センターに居たもんな。分かった、よろしく頼むぜ」
顎に手を添えて少し考えた後に、春日は自身で合点がいったらしい。足立の方を見てから、隣にある大きな肩をポンポンと叩いた。その時の春日は背筋を伸ばしているので、助手席の背もたれに若干の隙間がある。
「おう、じゃあ行くぜ」
早速、足立はエンジンをかけようとしたが、なかなか車のエンジンが動かない。ハンドルの根元部分に、車の鍵の挿し込み口がある。そこに既に鍵を挿し込んでいるのだが、いくら捻ってもエンジンが動いてくれない。先程は難なくエンジンが掛かり、調子よく運転できたというのに。
足立が何度も「あれ? おかしいな」と独り言を吐いた後に、諦めてしまう。ハンドルを一瞬だけ握った後に、春日の方へと顔を向ける。その時の足立の視線は、大きく泳いでいた。
「……今日は座学だ。今日は座学だった。春日、今から座学だ!」
恐らくは混乱をしているのか足立は再び、何度も同じような言葉を繰り返す。春日でも分かるくらいに、エンジントラブルが起きているのにも関わらず。
「おい足立さん、これって……」
それに対して春日が不安げに何か言おうとしたが、それを遮るように足立が言う。
「春日! 交通事故を起こさない為に大事にすることが、一つある」
「は、はぁ……」
見事に言葉を抑えられたので、春日は最早口を半開きにすることしかできない。そして脱力をしてしまったのか、ぐったりと席の背もたれにもたれた。
「……それはな、事故を起こしてしまった時に、被害者のご家族の心情を常に考えることだ」
「え、えぇ……」
春日は『左右などの確認を怠らない』や『運転をする際のコンディションを整える』かと思ったらしい。予想外の言葉が来たのだがつっこむ気にもなれず、ただ足立の言葉の続きを聞く。
「事故で被害者が亡くなっちまったら、あるいは半身不随になっちまったら、ご家族はこれまでの生活を送れなくなっちまう。特にまだ小さい子供だったら、親御さんはこれから作る予定だった家族としての思い出が、もう作れなくなる可能性だってある」
かなりの険しい顔をしながら、足立はそう話した。
すると春日は感情を激しく揺さぶられたのか、瞳から涙が一滴落ちる。本人はたった一滴のみかと思ったが、顎にまで到達したところで更に涙が出てきていた。それはまるで、夏場の土砂降りを連想できるくらいである。
「あ、足立さぁん! 俺、そんな家族が増えねぇように、俺がそんな家族を作らねぇように、運転に気を付けるぜ!」
足立はそれを引き気味な表情で頷いた後に、挿し込み口から鍵を引き抜く。そして席を春日と代わると、ハンドルを握らせた。
「運転するときを、想像してみろ。フロントには人影があまり無いが、実際に運転していると思え」
前方向を見た後に、足立は春日の方を見る。しかし春日は未だに涙をだらだらと流していた。足立はそれに案じる声を掛けるが、春日はこくこくと頷くのみ。なので足立はもう一度同じ発言をしていく。
ハンドルを握る力を強くした春日だが、ふと何かを思ったのか視線をそのままにしながら呟いた。
「足立さん……俺、何も見えなくなってきたぜ……何でだろうな……」
「……おい春日! そこまで感情を爆発させるな! 爆発させるのは頭だけにしろ!」
「俺のこの頭は前からだ!」
遂には鼻水まで垂らした春日が、ようやく足立の方を見る。すると春日の目が腫れているので、足立は真顔でとても真剣に言ったのであった。
「……すまん、俺の教え方が悪かった」