ハワイで桐生と再会した春日は、二人でビーチ近くの道路を歩いていた。時刻は夕方になる前である。まだ空には、海同様の青色が広がっていた。
春日はハワイに相応しいアロハシャツへと着替えていたが、桐生は相変わらず暑苦しそうな服装をしている。暑くないのかと春日は少しだけ思った。だが春日にとっての桐生は、一言で表すならば恩人である。できるだけ口を挟まないようにしようと、足を進めていった。二人の目的地は近くのスーパーである。
それよりも春日には、茜の家にもう一度行かなければならない。しかし徒歩や公共交通機関だけでは厳しい立地であるうえに、車を持っている桐生が運転をするには具合が悪いので無理だ。なのでこの日は中止にして、また翌日に回そうということになっていた。宿泊先は桐生の行きつけであるリボルバーの二階部分だ。スーパーに行く理由は、二食分の食料の調達の為である。
途中で道行く人々に、春日が「アロハー!」と陽気に挨拶をしていく。勿論、ハワイの人々は笑顔で自然な挨拶を返している。だが桐生は他人事かのように、春日や通行人たちの挨拶を無言で眺めていた。
「いやぁー。それにしても、ハワイって楽しいっすねぇ!」
上にある太陽のように、輝くような笑顔で春日がそう言う。一方の桐生は太陽の片鱗すら無く、どこか表情が曇っている。二人の雰囲気は綺麗に正反対であった。
桐生はそれを何となく思っていたが、春日は気付いている様子はない。相変わらず楽しそうにハワイの道を歩き、視界に入る人々に陽気な挨拶をしている。すっかりとハワイに溶け込んでいた。
そうしていくうちに大きなスーパーに辿り着くと、入口にあったカゴを春日が取る。しかしすぐに桐生に渡した。ここのスーパーは広く、何でも揃っていると有名らしい。加えて、かなり安いと。天井にはかなりの量のLED照明が輝いており、見上げると思わず眩しいと目を細めてしまう。
確かに入ったばかりだというのに、縦にも横にも長い陳列棚には大量の商品が並んでいる。値札には春日にとって馴染のない通貨だとしても、安いと思えた。驚きと興奮が入り交じってくるが、首をブンブンと横に振る。
その様子が大型犬みたいだと、桐生はふと思ってしまっていた。
「俺、バカだから、どんどん入れちまうことがあるので、カゴを持っていて貰えますか? 勿論、俺も払いますので!」
春日がそう頼み込む。桐生は特に問題はないので「分かった」と短い返事を出すと、春日は礼を述べた後に菓子コーナーへと走り出した。
周囲の買い物客のほとんどがハワイの住民であり、桐生と春日のような観光客もちらほら見かけた。その中を、春日は上手く避けながら進む。場所が分からないので、辺りをキョロキョロとしながら。
「やっぱり、あいつは大型犬だな……」
自然と笑みが出た桐生は、春日の後をゆっくりと着いて行く。ようやく菓子コーナーに到着するなり、春日はずらりと並ぶ陳列棚を全て見ていた。どれにしようか迷い過ぎているのか、手ぶらである。
「決まらないのか?」
「……っ!? いえ! 決まるところです!」
目を桐生の方向に走らせていたが、すぐに陳列棚へと戻っていく。桐生は大型犬ではなく、子供に訂正した方が良いかと思えた。
「おい、酒はいいのか?」
「桐生さんが具合が悪そうなので、俺は大丈夫ですよ。それより、日本じゃ見たことないものばかりですね!」
楽しそうに様々な菓子を眺める春日へ、桐生は首を横に振る。
「落ち着いた場所で休めば治る。だから、酒も買うぞ。折角だからな」
すると春日の瞳が輝いた。天井にある照明よりも光っている、とは言い過ぎかもしれないが、それくらいに春日の目が輝いている。
「じゃあ俺、何かいい感じの酒持って来ます!」
そう言って、最初の目的であった菓子を選ぶことなくまたどこかへと走って行った。本当に子供ならば「走るな」と注意をされるだろう。桐生はまたしてもクスクスと笑うと、春日の足取りをいつものペースで歩いて追った。
だが春日は目的のコーナーを見つけられないでいる。途中で通路に立ち止まって悩んでいるところで、桐生が桐生が追いつく。
「酒は向こうだ。迷子になったから困るから、一緒に行くぞ」
該当の方向へと指をさしてから歩き出した。春日は「待って下さいよ!」と言いながら桐生と並ぶと、少しの反論をぶつけてくる。頬が小さく膨らんでいた。
「迷子にはなっていません!」
「酒コーナーに行くと言って走って、すぐに立ち止まっていたのはどこのどいつだったか」
「……俺です」
しょんぼりと春日の表情が沈むと、桐生は言い過ぎたと思ったので宥める。
「まだ慣れない土地の店だから仕方ない。ここは酒がかなり揃ってるからな、早く行くぞ」
そう言って、次は桐生が前を歩いて向かう。すぐに酒コーナーに辿り着くと、春日は「すげぇ!」と興奮しながら陳列棚を見た。様々な酒がある。
春日の迷いの言葉を聞きながら、桐生は共に買い物を終えた。レジで会計したのは桐生である。レジ付近になり、思い出したように最後にと春日を置いてどこかへと小走りになると、すぐに戻ってから会計していった。春日は最終的なカゴの中身を見ていない。いや、見れなかったのだ。何か買い忘れた物があったのかと思ったらしく、特に気にしてはいないのだが。
春日が知っている範囲で購入したものは酒と二リットルのミネラルウォーター、レトルト食品と、それにカップケーキである。特にカップケーキは、日本では見ない色をしていた。虹色であったり、真っ青だったりと。春日はそれを面白がっており、桐生は顔をしかめていた。
しかしスーパーから出ると、いつの間にか雨が降っていた。荷物は春日が全て持っているが、重いということは無さそうだ。
傘は持って来ていないうえに、休む場所である桐生の行きつけのバーまでは徒歩でそれなりの距離がある。なので何かを思い付いたのか、春日が近くのカフェを見てから「あの店で雨宿りしましょう!」と提案した。桐生はすぐに頷いて賛成する。
多少は濡れたが、カフェに入ると席はかなり空いていた。適当なテーブルを選ぶと、椅子に向かい合って座る。椅子が四脚ある四人掛けの席なので、春日は隣の空いている椅子に買った荷物を置いた。
店内はそこまで広くなく、席数も少ない。だが客はほぼ無いようで、とても静かである。席に着くまで、二人の足音がよく聞こえていた。
「うぅ……寒いですね」
肩を震わせえながら春日はテーブルにある、メニューを取り出す。メニューは同じものが二冊あるので、桐生も取って軽く眺める。今は肌寒いのでホットコーヒーなどの暖かい飲み物がいいだろうと、コーヒーのページを見た。文字しか書かれていないが、春日は英語でも何となく読めている。
「桐生さんは何にします?」
「ホットコーヒーでいい。春日は?」
「俺も同じので。それだけでいいですか?」
「あぁ」
近くを通りかかった店員を呼んだ春日は、メニューの文字を指差しながら注文をしていく。店員は紙の伝票にスラスラと書き込んでいた。注文したのはホットコーヒー二つのみ。注文を受けた店員はすぐにキッチンに入る。
ホットコーヒーをたった二つだけなのだから、提供されるのは早いだろう。そう思いながら春日は、向かいに座っている桐生に話しかけた。
「ハワイでも雨が降るし、ここまで肌寒くなるんですね。調べてから来ましたが、そこまでは把握してませんでしたよ」
「あぁ、俺も初めて知ったときはお前と同じ感想だった」
春日が首をきょとんと傾げた後に「そうなんすか」と相槌を打つと、注文したコーヒーが運ばれてきた。同時に支払い用の伝票を店員がテーブルに置く。
白いカップに注がれた熱々の黒いコーヒーを見る。ブレンドはこのカフェオリジナルのものらしい。桐生が早速、カップに口をつけてから「やっぱりうまいな」と呟いた。しかし熱いので、カップを傾ける角度は小さい。
続けて春日もコーヒーを啜る。コーヒーの違いなどはよく分からないのだが、確かに味が良いと思えた。なので「本当だ、うまいですねぇ!」と嬉しげにカップのコーヒーを減らしていく。
外はまだ雨が降っている。店内の窓からそれが見えるが、遠くに晴れ間があることに気付いた。春日がそれを指差すと、桐生がカップをテーブルに置く。
「本当だな……飲み終わったらここを出るぞ」
「はい」
春日は自然とコーヒーを急いで飲もうとするが、桐生は微かに笑いながらそれを止めた。
「ここはカフェだ、飲み終わったらとは言え、そこまで急ぐんじゃねぇ。まだ飲む機会はあると思うが、ゆっくりでいい」
「は、はい! すんません!」
すると客の数が多くなってきた。恐らくは雨宿りに来た人々が多数を占める。それでも桐生は、のんびりとコーヒーを啜っていった。
春日のカップには残り半分以下で、桐生のカップには半分くらいはある。
「……そういえば、桐生さんはこの店に来たことがあるんですか? さっきは『やっぱり』と仰ってましたが」
「あぁ、何度か来たことはある。だが、誰かと来たのはお前が初めてだな」
もう一度カップを持つと、桐生はコーヒーを喉に通していった。もう冷めているので、カップを傾ける角度が大きくなる。
「でしたら、お時間があったら、他におすすめの店を紹介して下さいよ! あっ、でも、申し訳ないのですが、俺の用事が終わってからでいいですか? 明日には多分終わりそうですけどね」
そして帰りに乗る飛行機のことを告げた春日だが、カップに口を付けていた桐生は一気にコーヒーを飲み干した。驚いた春日は、どうしたのか尋ねる。先程の桐生が、ゆっくりでいいと言っていたのにも関わらず。
桐生は表情を険しくしていた。
「さすがに人が多くなってきたな……バーに戻るぞ。バーは今日は営業するが、客はあまり来ないだろう。戻ってから二人でコーヒーではなく酒を飲もう」
春日は桐生が、人の多さに体調不良が戻って来ていると思ったらしい。快く頷くと、同じく冷めたコーヒーをがぶがぶと飲んで立ち上がる。
「俺が払います!」
元気にそう言って春日は尻ポケットから財布を取り出して、中身を確認した。通貨が日本と違うので、念の為に確認をしておきたいのだろう。しかし春日は視線を中身と伝票の数字を往復させるなり、がっくりと項垂れる。
「……俺が払おう」
「いえ、桐生さん、それは……!」
「俺を巻き込んで食い逃げでもするつもりか?」
「うっ……!」
どうにも反論できなくなった春日は、桐生の言う事に従った。伝票を「お願いします」という言葉と共に、桐生に渡す。空いた手で、スーパーで買った荷物を持った。
一緒に会計に向かった二人だが、桐生が支払いを済ませる。
「また俺に貸しを作ったな」
「ですね……もう本当に……色々とありがとうございます!」
店から出ながら、春日が精一杯の感謝を伝える。だが桐生は特に気にしていない。
「気にするな。それより春日、俺とコーヒー飲む相手になってくれてありがとうな」
「桐生さん……!」
感動したかのように春日が、桐生の方を見る。桐生はその視線が、鬱陶しく思えた。たった一杯だけのコーヒーだというのに。
気付けば雨は止んでいる。灰色の雲はすっかりと去り、青い空に白い太陽が現れていた。雨で濡れた街を照らす。
寒さは雨雲と共にどこかへと去り、代わりにほんのりと暑さが感じられた。
「あっ、晴れてますね! バーに戻りましょう! 俺が酒を注がせて頂きます!」
「あぁ、頼んだぞ」
そう言った桐生は、春日と共にリボルバーへと歩いて行った。
バーには鍵が掛かっていない。桐生は「不用心だな……」と言いながら春日共に入ると、内側から鍵を締める。すると店のカウンター部分には、一枚の紙が置いてあった。桐生がそれを見ると、英語で『用事ができた。明日の夕方からまた営業を再開させる』と書いてある。
溜息をついた桐生は、春日に書いてある内容を伝えた。春日も同様のことを思っていたうえに驚く。
事情を知っている二人ならまだしも、初めて来る客が居たらどうするのかと思った。しかし幸いにも、他の人間が来た痕跡はない。バーの床には、桐生と春日の二人分の濡れた足跡しか無いからだ。
「大丈夫なんすかね……?」
「まぁ……内側から鍵を締めたし、他のドアや窓を閉めたら大丈夫だろう。念の為に、変な奴が入っていないか点検するぞ」
「はい」
カウンターの上に買い物の荷物を置いた春日は、すぐに桐生に着いていき建物内を全て確認し始める。しかしそこまで広くはないので、不審者が侵入していないか巡回するのには時間が掛からなかった。
巡回を終えると、一息つくために春日が買い物袋からミネラルウォーターの容器を取り出した。コップはバーの物を借りようと、カウンターの奥に入って棚を見る。その間に桐生は買い物袋から素早く物を取り出すと、尻ポケットに突っ込んだ。春日には見られていない。
安堵していると、春日が振り向き二つの空のグラスをカウンターの上に置いた。
「桐生さんも飲みますよね? 水」
「あぁ」
桐生の返事を聞くなり、春日は早速に一つのグラスにミネラルウォーターを注ぐ。そのグラスを桐生に渡すと、もう一つのグラスにミネラルウォーターを注いだ。春日はすぐに飲み干す。
「っぷはぁ! こういうときに飲む水は美味いですねぇ! ちょっと暑いって思ってましたよ!」
少しずつ飲んでいた桐生が「酒が飲めなくなるぞ」とからかうように言うと、二杯目を注ごうとした春日がその手を止める。
「そうでした! 危なかった!」
笑いながらミネラルウォーターの容器をカウンターの上に置く。桐生も釣られて笑うと、店のものを汚すわけにはいかないと二階に移動することを提案した。春日は快諾する。
春日は酒瓶数本とミネラルウォーターを飲んだグラスを二つ持ち、先に二階に上る。窓からは夕陽が差し込んでいた。ちょうど、陽が落ちる時間帯へと変わっていたらしい。春日は眩しげに夕陽を見ると「どこも変わんねぇなぁ……」と呟いた。後から来た手ぶらの桐生は「そうだな」と返す。
二階にあるテーブルに酒瓶とグラスを置いた春日が、桐生の方へと振り返った。しかしそこで、桐生が春日の片手を取る。
「桐生さん……?」
体調が悪いのかと春日が桐生を心配するが、そのようなことはない。すぐに首を横に振った桐生は、春日にとある提案を持ち掛けた。空いた手で自身の尻ポケットを探り、入れていたとある物の存在を確認する。
「今すぐ、俺に借りを返してぇか? 二つ、あったよな?」
「えっ……?」
さすがの春日でも、怪訝そうな表情をしていた。様子を戻すことはない。
なので聞き直そうとした春日だが、その口を桐生が一瞬だけ唇で塞ぐ。嫌悪感があると思ったが、意外と無い。そのまま唇を離すと、自然と口角が上がっていた。
「……俺だって、溜まるときがあってな。もう、限界なんだ」
「いや、ちょ! 待って……! 俺、男!」
パニックになっているのか、春日は断片的な言葉しか出てこないでいる。桐生はそれに構わず、春日を部屋の潰れたソファに押し倒す。抵抗の思考が持てないのか、春日はあわあわとしながら桐生を見た。
「あまり知らねぇ奴と接触ができねぇから、仕方ねぇだろ」
言い訳を唱えた桐生だが、実際にそうであった。細かい動きは把握されていないものの、大まかな動きはスマートフォンのGPSによってだが大道寺に監視されている。それに迂闊に見知らぬ人と接触すると、任務を遂行できない可能性も。
それらの理由を春日に伝えようとしたが、桐生は面倒になっていた。春日のアロハシャツを捲りながら、もう一度唇を合わせる。微かに先程のコーヒーの味がした。
するとゆるやかに下半身に違和を感じたが、気のせいであった。軽く睨むが、春日はそれに気付いてはいない。アピールをしてやりたいが、確実に勃起してからの方が良いだろうと考えた。それを誤魔化すように、春日に話し掛ける。
「大人しくしろ」
「えっ……? は、はい……?」
どうにもできなくなった春日は、大人しくなった。そして覚悟を決めたかのように、桐生の腰に手を回す。だが視線が激しく泳ぐと、外の夕陽のように顔が赤く染まっていた。
「あの、俺……こういうのは初めてですが……」
「気にしなくていい」
首筋に唇を這わせると、春日が小さな吐息を出す。擽ったいのだろうか。
「ッは……まって、桐生さん……」
よく突き出ている喉仏に舌を伸ばすと、形を覚えるようになぞっていった。春日の肩がびくびくと震え、顔を上げると怯えたような瞳でこちらを見始める。日本人にしては深い顔の彫りなので、桐生は全てが新鮮な光景に見えた。
それにより桐生の心が燻った。いっそのこと、酷く泣かせてやりたいと思った。春日には、特に恨みは無いのだが。
喉仏に舌を戻すと、金のネックレスや鎖骨へと下りていく。シャツをそこまでたくし上げてから、肌に直に触れた。陽のようにとても熱く感じられる。
「ここ、いいか?」
「よくないで、すぅ……! ふ、はぁ……ぁ……」
春日としてはぶんぶんと、思いっきり首を横に振ったつもりなのだろう。しかし桐生からしたら全てが弱く見えた。
肌をいじり始めると、金のネックレスがチャリチャリと動いては小さく鳴る。音が煩わしいので取ってしまいたいが、そのような暇はない。今はとにかく、春日を勃起させる為に。
割れた体の至るところを触れてから、下乳のような部分に触れた。春日の体が大きく揺れると「き、桐生さん……!?」とありえないような声を出す。だが桐生はそれを無視してから、そこを指で突っついた。見た目よりも少し柔らかく思えるので、更に指先で押す。弾力があるので、押し返された。
「ひ……!? っ、あ、はぁ……!」
するとズボン越しでも分かるくらいに、春日が勃起した。まずいと思ったのか膝を重ねようとしたが、桐生がすかさずそれを阻止する。膝の間に体をねじ込み、同じ場所を弄りながら春日の顔を見た。恥じらいが大きいのか凛々しい眉が下がり、唇はきつく結ばれている。腰に掴まっていた手が落ちた。
桐生はその様子が善いと思えたが、あえてはっきりと指摘してやった。
「おい春日、勃起してるぞ」
「う、うるせぇ……!」
もはやまともな判断能力が無くなってしまったのか、春日はそこだけ桐生への口調が変わっていた。それも、とても悔しげに睨みながら。
桐生は薄く笑うと下乳にあたる部分ではなく、次は胸の尖りへと指を移動させた。指先でくるくると優しく、円を描くように撫でる。春日の喉から吐かれる音が、どんどん変わっていった。男のものではなく、少しだけ女のような高い音が聞こえる。
「ぁ! ッひゃ、あ……ァ、やめ、きりゅう、さん! そこ、なんか、へんな、ぁ、あ、んっ、ぁ……」
数秒だけ胸が張ると、春日の腰が揺れた。そして春日が自身の下半身を両手で、精一杯抑えている動作を捉える。勃起していることを隠したいのだろう。桐生は指の動きを止めると、春日の両手首を掴んで上げた。
春日はかなり焦っており、何も言葉が出てこなかったらしい。
「きりゅうさん……あっ!?」
すぐにズボンを降ろすと、下着に小さな染みができていた。その下着をずらすと、ぶるんと完全に勃起した竿が出てくる。質量がかなりあるが、重力を無視して天井を向いていた。同時に我慢汁が、春日の腹の周辺に薄く飛び散る。
桐生は片手で胸の尖りを再び優しく撫でた。もう一方の手を竿の方へと手を伸ばすと軽く握り、しこしこと扱き始める。その動きはぎこちないが、春日は充分に感じていた。いや、感じ過ぎている程だ。
「ぁ、ん! やぁ、あ……きりゅうさん、そこは……! ア、ッは! ぁ、や、あァ! んっ、ぁ」
二箇所も責められているので、春日は力の入れようが無いらしい。両足をバタバタと弱く泳がせた後に達すると、我慢汁を上書きするように精液が降った。
「は、はぁ……きりゅう、さん……」
息切れと共に、桐生の名を呼ぶ。そのときの表情と声が、やけに官能的であった。桐生は顔を歪ませると、春日の唇を勢いよく奪う。
もう、桐生の衝動が止まらなくなってしまっていた。制御など、全くできない。
「んぅ……!? ん、ぅう! ん……!」
何度も唇を合わせながら、桐生は精液が付着している手でベルトを外す。金属部分はぬるついて滑るので、多少はもたついてしまった。それでもすぐに外し終えると、ファスナーを下ろす。全く窮屈ではないので、とてもスムーズであった。
股間は春日のように元気ではないが、一回くらいはできるだろう。そう思った桐生は春日の唇に強く吸い付き、離していった。
春日の瞳は、いつの間にかぼんやりと垂れている。太陽のような輝きは、雲に覆われたように見えない。
「俺を勃たせろ」
「ん、んぅ……はい……」
スラックスと下着をずらし、ソファではなく床板に座る。古くボコボコしてるので、若干痛い。しかし興奮により、痛みは軽減されているような気がした。
ずるずると春日が床に落ちると、未だにふにゃりとしている桐生の雄を見る。
「すぐに、きりゅうさんのちんこを、勃たせますので……」
口を大きく開くと、勃起していない桐生の雄が簡単に収まる。このようなことも初めての春日だが、口で弄ぶことがかなり上手いと思えた。熱い舌や狭い口腔内の至る部分で桐生の雄を包み込み、適度な弱さで必死に吸っていたからだ。時折、美味そうにしゃぶっていた。
桐生が苦しげな吐息、それに声を漏らす。
「っふ、ぅ……あ……春日、いいぞ……」
トレードマークであるモジャモジャの髪を撫でると、春日が上目遣いでこちらを見た。瞳には僅かに光を取り戻している。その目付きが堪らないこと、それに更に曇らせてやりたいと思えた。なので頭を掴むと、桐生は強引に腰を振る。
「んんっ!? ん! んぶ、んッ!」
まるで玩具で自慰をするかのように、春日の口腔内で雄を擦った。気持ちが良くて仕方がなかった。とても久しぶりの感覚なので、加減ができない。そこで、桐生の雄がようやく芯を持ち始める。春日の頭を、無理矢理に理性を作って引かせた。
春日は「どうして……」と舌足らずに呟き、桐生は自身の勃起した雄を見る。春日の唾液に塗れており、卑猥な外見をしていた。それに大量の唾液が付着しているので、根元にまで垂れてくる。
もはや性別性を失った春日は、その垂れた唾液を舌で掬おうとした。桐生がそれを止めると、春日を床の上に押し倒す。
そしてようやく、ずらしたスラックスの尻ポケットからとある物を取り出した。春日の胸の上に放り投げる。
「今は一回くらいしかできねぇが……」
桐生が今まで隠し持っていた物とは、コンドームであった。携帯できるパッケージなのか、三枚入りとかなり少なめである。
だが春日はそれを見ても動じなかった。寧ろコンドームを手に取ると、桐生の体に弱々しく押し付ける。
「つかわなくて、いいです……」
「あ? どういうことだ?」
さすがに春日のこの発言には驚いていた。桐生は聞き返すが、春日の手が下りることはない。持っている返事も来ない。
溜息をついた桐生はそれを取り上げると、床に放り投げた。呆気なく、コンドームのパッケージがぽとりと落ちていく。折角、春日に隠れて買って持ち出した物だというのに。
「おれを抱くなら、生で、きもちよくさせて下さいよ……」
春日がそう誘ってきた。
ふと、辺りを見回すと夕陽が沈みかけていた。まるで、春日の変化を表しているようだ。夕陽がある頃はとても純粋であり、沈むと共に淫らに誘惑してくる、その様が。
目を細めた桐生は薄暗い室内で春日の顔や体を一瞥すると、口角を大きく上げる。
「だったら、やってやるよ」
人差し指を差し出した桐生は、春日の口に入れる。突然のことであったので、春日は戸惑っていた。しかし桐生が小さく動かし舌や上顎を軽く突くと、すぐに順応していく。指先に、春日の舌が絡まってきたからだ。
粘性のある唾液を塗られながら、春日の舌が指先を這っていく。そして先程の口淫のように、たっぷりと舐め回された。
「よし、もういいぞ」
そう言うが、春日が口を離してくれる様子はない。待って欲しいと言わんばかりに、歯で甘噛みをしてくる。
だが桐生はこの拘束を解いてくれる可能性が高いであろうと、とある言葉を放った。自信があったので、口調がはっきりとしている。
「俺に抱いて欲しくねぇのか?」
予想通りに、春日の舌の動きがぴたりと止まった。そして口がゆるゆると開くと、桐生の人差し指が自由になる。すぐに抜き取ると、桐生は春日の膝裏を持ち上げた。ズボンや下着を足から抜いていく。下半身は何も身に着けていない。
下半身を晒されたので体をよじって、反射的に恥部を隠そうとした。すると桐生の言葉を何度か思い返したのか、すぐに力を抜く。
「きりゅうさん……」
春日はただ名を呼ぶが、それが桐生にとっては確実な合図としか聞こえないでいた。唾液でべとべとになった指を春日の恥部、尻のあたりに持っていく。
「きりゅうさんのが、はやくほしい……きりゅうさん、すき……」
恐らくは初めてであるのか、口での誘惑の言葉が次々と出てくる。しかし体が小さく震えており、怯えているように思える。室内はもう暗いので、音や感覚でしか物事を把握できないからだ。
春日の太腿などの肌に触れてそれを感知すると、桐生は「大丈夫だ」と優しく話し掛けた。体の震えが少しは治まると、春日からは一つだけの返事が来る。
「深呼吸をしろ」
短くシンプルに、そして確実な助言をする。言った通りに、春日から深呼吸をしている音が聞こえ始めた。あまり規則的ではないものの、春日は息を吸って吐くことを重視しているらしい。次第に深呼吸が大きくなっていく。
すると全身に血が巡ったかのように、様々な部位の脈が活発になる。
「よし、いいぞ。その調子だ」
春日の動作を誉めながら、桐生は濡れた指を尻のとある部分に触れた。そこは『まだ』排泄器官となっている場所である。指先で触れると、春日の体が驚きにより跳ねた。小さく「俺はもう、大丈夫ですから……」という声が聞こえると「分かった」と返し、穴を解すために指先を立てた。
きつく閉じられているのは当然であるが、解している最中の春日の様子を見られないのは残念に思った。灯りを点けたならばすぐに見られるのだが、その極僅かな時間でさえ惜しいからだ。恐らくは、春日も同じ考えをしているだろう。指先を動かす度に「はやく……」と春日の急かす声が聞こえてきた。
女のように勝手に濡れる訳ではない。桐生だって当たり前のように分かっている。だからこそそこを痛めないように、慎重に指先をぐいぐいと侵入させていった。
「ん、ぁ……きりゅうさん……くるしい……」
「すまねぇが、もう少し我慢してくれ」
「やだぁ、まてない!」
春日が腰を振った。暗い中ではよく分からないのだが、腰を振る度に漏らす春日の吐息がとても淫乱である。桐生の雄が早くも限界を迎えており、久しぶりに血管が浮きドクドクと大きく脈打っていた。それに桐生は興奮のせいで、鼻息や息遣いがとても荒くなっている。ここしばらくはご無沙汰であったので、余計に。
指先が粘膜に触れた。そこは灼熱という字が相応しいくらいに、とても熱かった。しかし拒否をするように押し返してくるので、桐生は強い力で反発をする。すると桐生の力が圧倒をしたのか、潤滑油のおかげもありずるりと指の関節まで入る。
「っあぁ! はぁ、あ……んゃ、ぁ」
「もう、少しだ……!」
入った指先だけで粘膜を掻き回し、穴の縁を拡げていく。だがそう簡単にはいかない。何度も指を動かしても、広さはそこまで変わらないからだ。すると春日が「イきそう……!」と言うので、桐生は咄嗟に空いた手で春日の竿を強く握った。手のひらに竿の熱さ、それに血が激しく巡る感覚が伝わる。
春日は喘ぎながら駄々をこねた。
「や、ぁア!? やだぁ! きりゅうさん、イきたい!」
「だめだ」
竿を握る力を変えないまま、桐生は穴を解していく。すると先程の竿への刺激が良い方向へとなったのか、少しずつ順調に広がっていった。桐生はその調子で何度も指をぐるりと動かす。
だがそこで、とある箇所に触れると春日の反応が激変した。
「……ッ!? ひ、やぁ! あ!? きりゅうさん、そこは、らめぇ……!」
春日の体が尋常でないくらに震え、握っている竿がビクビクと動いていた。そこを触れると女のように善がるのかと学習した桐生は、重点的に責めていく。春日にとってはもはや鬼としか思われないだろうが、桐生は夢中で指で弄ぶ。しこりのような触り心地なので、とても分かりやすいと思いながら。
「あ、ぁ! きりゅうさん、イかせて! おねがい! ちんこを、はなして!」
「だめだ。イくなら俺のでイけ」
即答して拒否した桐生は、しこりを強く押す。すると春日の喉から空気がひゅうと漏れると同時に、腰が痙攣した。
「ぅ、ん……! はっ、ぁ、あ……おれ、ちんこなしで、イっちゃった……」
思わず舌打ちをした桐生は入れる指を急ぎながら次々と増やす。そして面白いように柔らかくなってくと、指を引き抜いた。先程の絶頂で、春日の体がおかしくなったのだろう。暗いのでよくは見えないが、卑猥な穴に仕上がっているに違いない。春日の竿を自由にさせた。
スラックスと下着をようやく床に落とすと、雄の先端を穴に宛がった。春日は「ちんこ……」と声を弾ませている。
合図も何も無しに、桐生は春日の逞しい腰を掴むと雄を埋め込んでいく。中は狭いが、変わらず熱い。指のように拒否をしている気配はなく、寧ろ粘膜が包み込んでくれているように思えた。桐生は呻き声を吐きながら、春日の粘膜の気持ち良さを拾っていく。
「ぐっ、ぁ……! お前の中、いいな……」
「ぁ、ッは、や……きりゅうさんの、おっきくてあつい……! ちんこを……おれのなかで、もっときもちよく、なって……」
「……あぁ、楽しませてもらう」
遂に根元まで入ると、春日が射精をしてしまった。春日の甲高い喘ぎ声等で分かったのだが、まだ竿が萎えている気配はない。
しかしこの状態で絶頂を迎えられたのは不満しかないので、腹いせのように腰を激しく動かした。互いの肌がぶつかり合う。
「あ、ぁ! あっ、はげしっ! ひ、あ、ァ、ん、っあ! ちんこ、きもちいい!」
「そこまでいいか? っはぁ……! ふ、ぅ……ほら、それならもっとイけよ」
ごりごりと粘膜を抉ると、春日は連続で射精をした。そして桐生も射精をしかける寸前であるので、より大きく中を突く。というより、春日の体を貫く。知らない場所に辿り着いた。すると春日のへそからごぽりと妙な音が鳴る。同時に雄が更に奥に入り込むと、春日が聞いたことのないような悲鳴を上げた。
「ひゃぁあ!? ァ、お、お……! イく、きりゅうさんのちんこで、おれ、けつでイっちまう! ぁ、ひ……ア、ぁ!」
桐生の雄の先端が腹の奥の括れのような部分に到達していたのだ。粘膜がぎゅうぎゅうと締め付けると同時に、桐生はピストンを再開する。より激しい動きなので、肌同士が衝突する度に痛々しい音が響く。桐生が腰を数回動かしてようやく絶頂を迎えると、春日の腹の中に精液を叩きつけた。春日は恍惚の声を上げ、桐生は獣のように重く低い吐息を出す。
精液を流し終えると、桐生の雄は萎える。
「よかったぞ、春日……」
さすがに疲れたのか、桐生は雄を引き抜いた。だが春日が「だめ……!」と止めるので、もしやと思い竿に触れた。最初のように竿はまだ上を向いている。桐生は「分かった」と言うと、緩くなった穴に指を挿れた。先程のしこりを、潰すようにごりごりと押していく。
「ぁ、あ、お、お! っは、あ、ん……! いい、きりゅう、さん、そこきもちいい、ぁ、っあ! そこすき! ぉ、お、イく、イくぅ!」
一瞬だけ体の動きが止まったかと思うと、春日が大きく果てた。精液が桐生の服にまで掛かる。すると竿がへにゃりと垂れたので、指を抜いて春日と軽く唇を合わせた。生き物のように、春日の舌が絡んでくる。
「ん……きりゅうさん、すきぃ……また、おれをだいてくれ……」
「勿論だ。俺も、お前が好きだからな」
そして二人は未だに照明の点いていない部屋の硬い床板の上で、長くはない愛を一時的に誓い合っていて。