決定権
もうじき、夜が深くなっていく頃である。夏侯惇の隠れ処からは、僅かな灯りが漏れていた。その中には人影が二つあり、とても緩やかに動いている。
「どちらかを、碁で決めよう」
夏侯惇と于禁は薄い着物姿になり、とても真剣な顔をしながら床の敷物の上に向かい合って座っている。その間には碁盤と碁石の入った容器が二つあるが、于禁はそれを聞くなり動揺の様子へと変わっていった。きちんと結っていない髪も揺れる。
何か言いたげであるが、どうにもそれが言えないらしい。なので口を開いては閉じるを繰り返す。夏侯惇はそれを見て、言葉を加えた。
「いいか、手を抜くな」
「……はい」
二人はそのような会話を交わし、真剣に碁を打ち始めた。
だが何故二人は碁を打っているのかであるが、それは閨事に関わることである。二人は互いに想っていることを分かったのだが、異性間で行う閨事を同性同士で行うとなると難しい問題が発生していた。どちらが男の役割をこなし、どちらが女の役割をこなすということかを。
そして閨事の際に男の役割など、二人は何度も経験している。しかし女の役割となると位や外見から、縁など到底無いと思っていた。そして今、その問題へとぶつかってしまっているが。
碁で決めようと提案したのは夏侯惇であり、普段でも二人は碁を打つのだが勝敗の記録は夏侯惇がほぼ負けている。だからと言って于禁は夏侯惇が碁が弱いから止めた方が良いのではないかと、そう言いたい訳ではないが、確率からして夏侯惇が不利なのは一目瞭然である。
負けた方が女の役割をするのだが、二人はそれは避けたいと思っていた。それをどうすれば良いのか分からないうえに、人間の本能である未知の物事に対して恐怖を抱いている次第だ。
于禁は最初は手など一切抜かずに打っていたのだが、夏侯惇の方に負けの色が見えてきいた。なのでやはり手を抜くべきなのではないかと考えていると、度々夏侯惇が鋭く睨みつけている。なので于禁はそれに萎縮しながらも、碁を打っていった。
結果、于禁が勝ち夏侯惇が負けた。互いに本気を出したのは事実である。
だが夏侯惇は悔いなど無いらしい。易々と観念してから立ち上がると、寝台の方へと先に向かって行った。傍にある棚の上には香油の入った瓶があるので、それを手に取る。
「俺の負けだ。だから、俺を抱け」
「……は、はい!」
于禁は緊張した面持ちで寝台に乗ると、夏侯惇がその上に乗り上げる。
「だが俺だって、こういうことは初めてであるから、その……なるべく優しくしてくれ」
照れたような表情で夏侯惇がそう言うと、于禁は胸の高鳴りが止まらなかった。今から目の前に居る想い人と、精神的にではなく肉体的に繋がれるからと。
しかし緊張がそれをどうにも邪魔をしてくるので手が震え始め、それを夏侯惇の肩に置く。震えに気付いた夏侯惇は小さく笑うと、緊張を解す為に于禁を押し倒した。そして于禁へとゆっくりと口付けしていく。
于禁は驚いたが、夏侯惇の肌や舌から柔らかな熱が伝わってきた。それは于禁の体を張るようにあった氷を溶かしていくようで、先程の手の震えは徐々に収まりつつある。于禁は震えの止まった手を夏侯惇の背中に回すと、二人の唇が離れていく。
だが夏侯惇は于禁から回されていた手を離すと、体勢を逆転させた。夏侯惇が寝台に背中を合わせ、于禁が天井に背中を向けている状態になる。于禁は顔を赤らめ、夏侯惇は穏やかに笑った。
「着物を脱がなければ、やりたいことなどできないぞ?」
「分かって、おります……」
ごくり、と喉を鳴らした于禁は夏侯惇の着物の襟を静かに掴んで開く。艶やかな肌が露出してきたので、于禁は目を細める。それを見て夏侯惇は全て脱がせと急かすので、于禁は言われるがままに着物を優しく剥いでいった。夏侯惇の肌が全て于禁の前に曝される。
「お前も、早く脱げ」
于禁の着物の襟を掴み返した夏侯惇は強引に開いていく。その手つきにより于禁は慌てながら、着物を脱ぎ捨てた。寝台の上には、逞しい体の中に所々傷のある肢体が二つある。弱い光に照らされており、なまめかしさが際立った。
「好いております。ですので、その……元譲と呼ぶことを今は、ご容赦下され」
于禁は夏侯惇の頬に手をそっと触れる。夏侯惇は頷き、同じように于禁の頬に手を触れた。
片方しか無い夏侯惇の瞳の光は、室内の灯りのように柔らかい。それを強調させるかのように、眼帯を外した。
「俺もだから、構わんぞ。文則」
「ッ!?」
本能がとてもよく反応した于禁は、雄をむくりと膨らませた。それを夏侯惇の太腿に控えめに擦ったが、それだけでも気持ちが良いと思ったらしい。獣のような息を吐き始める。しかし夏侯惇は自身の太腿に嫉妬してしまったのか、その于禁の雄を手で掴んだ。
「そこで満足してもらっては、困るのだがな」
瞬間に于禁は射精しかけていたらしい。くぐもった息を吐きながら、夏侯惇を睨んでしまう。しかし夏侯惇からの言葉をよく飲み込むと、睨んでいる目つきを無くしていった。
今から行うのは体を繋げるという行為である。肌のみで満足するのは愚かだと気付いた于禁は、短い詫びを述べた後に夏侯惇と唇を合わせる。軽く舌で舐め合うと、唇を下へと降ろしていった。夏侯惇の首にある大きな喉仏を舌で這わせると、歯を軽く立てて噛んだ。夏侯惇は今までに無い快楽を、その時点で拾っていた。近くで雷でも落ちたかのように小さく肩を震わせると、気持ちよさそうに控えめに喘ぐ。
「ぅ!? ん……あ、はぁ……」
夏侯惇は自身でもそのような声が出たことに驚いていた。しかし二言目には、己の本能のままに喘ぎ声を出す。于禁はそれが色っぽいなどと思ったのか、更に喉仏に歯を立てた。次は先程よりも強くしてやると、肩だけではなく脚まで震え始めていく。その弱々しいような様子がかなりそそられた于禁は、思わず強く歯を立ててしまった。すると夏侯惇は弱い悲鳴を上げる。
だが夏侯惇は止めて欲しいなどとは言わずに、于禁を更に求めた。
「っあ、ぁ、文則……もっと……」
そのときの夏侯惇の顔は、見たことのないような笑みを浮かべていた。于禁はそれをちらりと見て、喉をごくりと鳴らすと簡単な返事をした。
そして首から胸へと移動する。夏侯惇の胸など、女のように膨らんではいない。しかし于禁にとっては膨らんでいようがいまいが、そのようなことはどうでもいいらしい。筋肉などにより膨らんでいる形に沿って、舌先でなぞっていくと夏侯惇は背中を浮かせては沈めていく。
その滑らかに動く肌を、于禁は視界の隅で追いかけた。汗がほんのりと流れ、心臓がバクバクと鳴っているということも感じ取る。するとなぞっている舌先を左胸に移動させ、呼吸により特に上下している箇所で舌を丹念に動かした。性感帯でもないそこだが、夏侯惇は妖艶な反応を示した。
于禁に対し、服従するように脚を広げ始めたのだ。下半身は勃起しており、もうすぐ入る場所である尻を無防備に見せる。発情している動物のように、息を荒げながら。
「文則の大きな摩羅で、気持ち良くなりたい……」
「それよりまずは、解さねば……」
「そうだな。では、優しく解してくれ……」
やり方などは初めてなので分からないのだが、早くと急かすように誘惑する術は知っていた。なので夏侯惇は脚を更に広げてから、両方の尻たぶを掴んで尻の入口の皺まで全て見えるように開いた。于禁はそこが、女の膣のようにひくついているように錯覚してしまっていた。
夏侯惇が余りにも、淫らな格好だからか。
「では、香油で解しますので」
香油の容器を取り出すと、それを手の平に出して広げた。手の平の上に乗った瞬間に冷たいと思い、これでは良くないと思った于禁は暖めていく。
冷たいという感覚が無くなると、ぬるりとした指で夏侯惇の尻にそっと触れる。夏侯惇の全身がビクッと動き脚を自然と閉じてしまったが、すぐに体をリラックスさせてから脚を開き直した。それを見た于禁は、慎重に入口を指でなぞった。
「っ、うぁ……! ん、は、ぁ……」
そこを他人に触れられる機会など、当然のように無かったらしい。今まで感じたことのない感覚に、夏侯惇の脳内は困惑で溢れる。対して于禁も他人のそこを触れる機会が無いからか、慎重さが研ぎ澄まされていっていた。
入口はきつく閉ざされているし、人間にとって大事な器官である。なので于禁は傷つけないようにと、指を緩やかに動かしていく。
まずは入口の表面の細かい皺に、指先を立てた。弱い力で突いてもびくともしない。硬い肉の壁の前で、深く項垂れそうになる。
于禁はやはりと溜息をつくが、これを乗り越えなければ夏侯惇とは一生肉体的に繋がれないだろう。深い深い深呼吸をした後に、指先を小さく動かす。
「ん、んぁ、は……擽ったい……」
夏侯惇は于禁に笑みを向け、于禁は強張りを夏侯惇に向けた。対照的な両者の視線が重なり交わるが、それらは崩れようとはしない。
それでも于禁は柔らかくなる気配のない入口を、香油に塗れた指先で広げていく。するとようやく、第一関節が入っていった。途端に夏侯惇の笑みの視線は消えていき、次第に苦悶の視線が混ざっていく。
見やる于禁はその様子を何とか解消したいが、一番簡単に解決する方法といったら入れている指を抜くくらいだ。しかしそのようなことはしたくない于禁は、視界から夏侯惇の顔を外す。そして指を動かして悩みに追われつつも、入口を解すことに集中する。入口の縁も、香油に塗れさせながら。
にゅぷにゅぷという音が何度も鳴っていくうちに、指がもう少しで根元まで入りそうであった。夏侯惇は息苦しげな声を出しているので、于禁の視覚ではなく聴覚が大いに惑わされる。指を動かさなければ、何も近付かない。そう思いながら、心を迷わせて辛くしていく。
「っ、ぶんそく……」
すると夏侯惇が手をゆっくりと伸ばし、于禁の頬に触れた。柔らかい心地にハッとした于禁は、夏侯惇の顔を自然と見る。眉を下げ、苦しそうにしていたが瞳は穏やかであった。それを于禁に向けながら、言葉をぽつりぽつりと口にする。
「俺は、大丈夫だ……」
「……はい」
その穏やかさを見て、于禁の悩みはどこかへと行ってしまっていた。指は挿し込んだまま、顔を近付けて唇同士を軽く触れる。于禁気の所為かもしれないが、夏侯惇の入口が指を受け入れようと必死に蠢いているように感じた。
感覚を拾った于禁は、指を動かしてみる。すんなりと根元まで入った。そして更に奇妙な、しこりのような箇所を指先が触れる。突如、夏侯惇の体が大きく跳ねた。
「ッ!? ひ、ぁあ! ぁあ!」
夏侯惇の下半身はびくりと震え、精液を吐き出す。真上を向いているので、夏侯惇自身の胸元にそれが飛び散る。
それに驚いた于禁は指を引き抜こうとするも、夏侯惇は回らない舌で「抜くな」と言った。于禁は困惑しながらもそれに従い、指はそのままにしている。中の熱さや狭さに、酷い興奮を覚えながら。
「は、あ、ぁん……ぶんそくの、おっきいまらに中をつかれたら、俺は……」
射精が足りないという気持ちが強いのか、夏侯惇の顔から苦しげなものは消えていた。ただ目の前にある快楽を求めるような、淫乱な表情へと変わっている。先程や今の夏侯惇の様子と言い、于禁は我慢ができなくなっていた。
しかし入口を解さなければならないという、思考を巡らせる理性は于禁にまだ残っている。なのでそれをどうにか生き残らせて、しこりをできるだけ避けながら指を動かしていく。
指を様々な方向に動かしていると、縁が柔らかくなってきていた。二本目の指先も、徐々に入ってくる。于禁は確かな手応えを感じると、迷いや困惑は完全に消えてきていた。ようやく繋がることができるという思いで溢れていく。夏侯惇も同様ではあるが、前立腺を避けているので焦れていた。それに気付いた于禁は口を少しの間だけ開き、興奮の息を吐く。
「もう少し……!」
夏侯惇に対してもだが、于禁は自分自身に対してもそう言った。あと二本程入れば、入口を解せているであろうと思いながら。
時折に夏侯惇と唇を合わせていくうちに、指が四本入口に埋まった。二人は何も喋られなくなったまま、ただ荒い息を上げている。于禁の前には夏侯惇の緩くなった入口が待ち侘びていた。それに応じるように、于禁は自身の雄に香油を垂らしてからゆっくりと向かわせる。
「元譲……」
愛しげに字だけを呟くと、解した入口の縁と雄を合わせていく。熱いものが触れたので、夏侯惇は反射的に善がってしまう。
「ひ、ぁあ、ぁ……! は、んっ……」
「まだ、貴方に入ってもいませぬが」
そう言う于禁だが、口角は上がることしかできなかった。夏侯惇の頭頂部に手を伸ばしてそっと撫でると、何度目か分からない口付けをする。そして腰を動かし、雄を押し込んでいく。
夏侯惇の反応は同じだが、下半身はびくびくと小さく震えていた。限界が近いのだろう。しかし于禁も同じ状況である。小さく「お待ち下され」と申し訳なさそうに言うと、解した入口にぐいぐいと雄を食わせていった。
まだ出っ張りまで入っていないのだが中は熱く、解した筈であるのにかなり狭い。于禁はそう思い、解し足りなかったのではないかという後悔が押し寄せた。しかし夏侯惇は指よりも遥かに気持ちよさそうにしているので、于禁はそれを見て後悔するのをすぐに止める。
だがなかなか出っ張りまでが縁より内側に入ろうとしない。于禁は無理矢理に入れようとはせずに、腰を小刻みに動かしていった。
「ぁあ……んぁ、あっ、ア」
すると出っ張りが縁の中、というより腹の中にようやく入った。そこからは、とてもスムーズに雄が腹の中に収まっていく。香油という潤滑油のおかげもあってか。
腹の中は、柔らかな暖かさに満たされていた。于禁はそれを堪能しながら進めていく。
「あ、あ……ひ、おっきい、ゃ、ァあ!? ァ!」
ずるずると雄が奥に入っていくと、一度だけ刺激を与えていた前立腺に先端がぶつかる。指よりも当然気持ちが良いのか、夏侯惇の下半身からは精液が噴出した。それを見て于禁は酷い興奮に包まれるが、ぐっと堪えながら根元まで熱く狭い粘膜に咥えさせていく。
進めていくごとに夏侯惇は喘ぎ声を吐いた。于禁はそれに耐えながら、ようやく根元の近くまで貫いたところで我慢の限界がくる。なのですぐに腹の中に精液を撒き散らしてしまった。
「ぐ、ぅう……! は、ぁ……!」
悔しがる于禁だが、夏侯惇は熱い粘液を吐き出されて悦びに満ちた顔を浮かべる。そして更にそれをねだっているのか、腹の中で雄を抱き締めるように締めた。于禁はその締め付けにより動きを止めそうになったが、根元まで埋めるべく腰を動かす。
「っひ、ァ、あぁ! あ、ん、ぁ……」
もう少しで全てが入ろうとしている、そのところで腹の中のくびれのような場所を探り当てる。何だと思った于禁は、そこを先端で突くように腰を動かした。すると根元まで埋まったのだが、同時にそのくびれのような場所に先端が届くと、夏侯惇は突然に悲鳴のような嬌声を上げる。
于禁はその瞬間、興奮は最高点へと達していた。
「ひ、ひゃぁあ!? ゃ、らめ、イく、ァあ! ァ、あ!」
夏侯惇は背中を仰け反らせ、かなりの量の射精を自身の胸に向けてしていた。眉間にかなり深い皺を刻んだ于禁は数回腰を振ると射精をし、最早熱くなってしまった夏侯惇の腹の奥に目一杯叩きつける。
獣のような低く重い呻き声を出しながら射精を終えると、半ば放心状態になってしまった夏侯惇と唇を軽く重ねた。するといつの間にか、二人のものは数回の射精により萎えてしまう。二人の熱は冷めてきたが、根底は暖かさを保っていた。
「好いております、元譲」
「おれも……」
唇を離してから二人は短い言葉を交わすと、于禁は萎えた雄を引き抜く。入口からはごぽごぽと精液が流れ出た。名残惜しげに、于禁はそれを数秒見てから夏侯惇の顔を見る。疲労と幸せに満ちた顔をしていた。于禁はそれを見て、優しい口付けを落としていく。
その後に于禁は夏侯惇の体を優しく清めて寝台を整えると、互いの肌同士を密着させてから朝を迎えたのであった。
その数日後に同じく夏侯惇の隠れ処にて、夏侯惇が「次は逆だ」と言って于禁を寝台の上に押し倒す。怯えながら「どうして」と抵抗する于禁だが、夏侯惇はそれを無視しながら乱暴に着物を脱がせていく。
そして次は夏侯惇が于禁の腹の奥を突き、男相手は初めてであるのに存分に于禁を善がらせていたのであった。
事後、于禁はもうどうにもなれなどと思っていたが。