SWEET HOMES
于禁が小説家になり、一年と四ヶ月が経過した。
その間に三冊目の本を執筆していた。内容は恋愛小説で、今までに書いた本よりも好評だったらしい。世間からは『綺麗な純愛物語』などと評価されていた。なので堅苦しい話だけではなく、そのようなものを書ける作家だという評判も広がっていく。
その功績があり、于禁は総合的に見ると新人作家にしてはよく売れているとのこと。実際に、于禁は小説を書いて食べていけているようになっているからだ。それでも少し、貯金を切り崩してはいるが。
なので于禁は月間の有名な文芸雑誌にて、短編小説を六本執筆することになった。出版社側が決めたことである。于禁の実力を、新人にしてはだが認めたのか。内容は三か月間に渡り、一月で二本ずつの短編小説を掲載することである。すなわち、全部で六本の短編小説を執筆しまければならない。
それが決まったのは、小説家としてデビューしてからちょうど一年後の六月のことである。幾つかの小説のプロットを編集部に提出し、その中から六本厳選されていく。
締め切りは八月で、そこから更に厳選されて最終的には九月の終わりに掲載予定の短編が決まる予定になっている。
ある日の昼。この日は曇ってるが、気温が高くじめじめとしている。
冷房の効いている出版社の小さな打ち合わせ用の部屋にて、于禁はその話を蔡文姫から聞く。二人はノートや筆記用具、それに紙が広がっているテーブルを挟み、向かい合って椅子に座っていた。
「喜んで、お受けしよう。よろしく頼む」
「ありがとうございます。于禁殿の小説が出来上がるのを、楽しみにしています」
蔡文姫とその会話を終えた後、まずは大まかなネタを考えなければならない、と于禁は冷静にそう思っていた。すると蔡文姫が何かを思い出したと思うと、ニコニコとしながら話しかける。
「編集長も、必ず楽しみにされていますよ」
すると于禁は途端に顔を赤く染め、先程の思考の続きができなくなってしまった。編集長という単語を聞いただけだというのに。その間に部屋のドアからノック音のようなものが聞こえたが、二人は気付いていない。それよりも蔡文姫の笑顔が更に増していくのを見て、于禁は「違う」と首を振った。冷房が効いているのにも関わらず、暑いなどと言い訳をしながら。
「で、では、私はこれで失礼する!」
何かに追われるように于禁は荷物を纏め始めた。掛けていた眼鏡がずれたが、直す暇もなく。
テーブルの上に広げていたノートや筆記用具、それに連載についての文書を綺麗に素早く手に取った。しかしそのうちのボールペンがテーブルの上から落ち、床に落ちてしまう。于禁は慌てて拾おうとしたところで、ボールペンを目掛けて別の人間の手が伸びていた。
「落ちたぞ」
ボールペンに手を伸ばしたのは、夏侯惇であった。先程に打ち合わせの途中で部屋のドアをノックしていたのは、夏侯惇だったらしい。蔡文姫は慌てて謝罪をするが、夏侯惇は「構わない」と言った後に蔡文姫に短い用件を伝えた。別の作家から連絡が来ているという、ごくシンプルなものである。
伝え終えた夏侯惇は、于禁に拾ったボールペンを返してから部屋を出た。礼も何も言えなかった于禁は、ただ顔全体を真っ赤にしながらボールペンを見ている。
一方の蔡文姫はというと男性同士の恋愛話が好きな、いわゆる腐女子というものである。なので于禁のその様子を見た後に、何かを閃いたらしい。スマートフォンを取り出し高速で操作するとすぐに仕舞った。
「で、では……」
鞄に荷物を全て入れた于禁は、ぎこちない口調と動作で部屋を出る。それを見た蔡文姫は「お気を付けて」と穏やかな笑みで言いながら見送ったのであった。
于禁は夕方に帰宅した。その途中でスーパーで夕食の食材を買っていたのだが、手を震わせながらエコバッグをとすりと自宅の床に落とす。そして昼間の出版社での出来事を思い出し、両手で顔を覆う。
夏侯惇と付き合い始めてから、于禁は出版社内では私情に振り回されないように戒めているつもりであった。しかしそのような戒めなど全く役に立たないでいる。出版社内で夏侯惇が視界に入ると、すぐに頬を赤らめてしまうからだ。感情が大きく揺れてしまうからか。
なので自身で感情をコントロールできないこと、そして戒められていないことに対して悔しがった。大きな揺れを、どうしても制御できないでいるからだ。
すると鞄からはみ出ている、連載についての資料を視界の隅に捉えた。于禁は目の前の仕事に集中しなければならないと、どうにか頭を切り替えるとまずは夕食作りから始めていったが。
数週間かけて幾つか話のネタを考えた于禁は、そこからプロットを考えていった。最終的にできたプロットは合計で一〇個と、于禁にしては異常な数である。なのでプロット提出の締切まではギリギリであった。それはできるだけプロットを考えようとした結果で。蔡文姫はそれに驚きつつも、すぐに労いの言葉を掛けていたが。
編集部でプロットの厳選を行った結果、連載される六本分のプロットが決まった。しかし残った四個のプロット全てを没にするのは惜しいので、今後執筆依頼する際には出版社側がどれかを選んで検討するとのこと。
文芸雑誌に載る合計六本のプロットが決まった于禁は、早速執筆していく。この時は既に一〇一月の終わり頃で、二本目までの締切が翌年の始め頃である。掲載が翌年の一月の終わりなので、その間に出版社からの校正が何度も入っていく。短編だから楽そうではあるが、それぞれの話が繋がっている訳でもない。そして世界観も人物も舞台も、何もかもが違う話である。それを把握しながら書き進め、出版社側からの校正の指示に従わなけれなならない。
于禁は何本もの短編小説の執筆が初めてである仕事に不安はあるものの、以前の弁護士の仕事よりもこの仕事が前から楽しいと思えてきている。なのでその感情を壊さないように大切にしながら、于禁は執筆を始めたのであった。
一〇二月の中旬に入った頃のとある朝。執筆している小説の、一本目が終わろうとしていた。
夏侯惇の家で夜を共にした于禁はシーツに包まっている。その昨夜に事前にノートパソコンをとファイル持ち込んでいた。部屋は暖房が効いているので、服を着る必要が無い。それに、その手間を今掛ける為の気力は于禁には無い。
ベッドの上でうつ伏せになり、ノートパソコンを開いて起動させる。それを持ち込むことについては、半年前から習慣と化していたのだが。
「……わざわざ持って来て、持って帰るのが、面倒ではないのか?」
本日は休日ではあるが支度をして服を着ている夏侯惇は、ベッドの縁に座った。于禁の服も持って来ているので、それを手に持ちながらふと浮かんだ疑問を投げ掛ける。
夏侯惇は前からそう思っていたらしい。自身の家に来る度にノートパソコンとプロットを書き込んだファイルを持ち込み、そして帰宅する際にはノートパソコンとファイルを持って出る。そのような行動が面倒そうだと。
「いえ、私は特にそのようなことは思いませんが……」
書きかけていた小説の続きがモニターに表示されたところで、于禁は首を横に振る。その後に、眼鏡のブリッジを指でくいと上げた。夏侯惇の疑問の内容については、言う通りに特に気にしていないらしい。
なので夏侯惇はあっさりと引くが、まだ寝足りない様子である。持っている于禁の服をベッドの適当な場所に置いた後に、于禁の隣に横になった。于禁はそれを横目で見ると、夏侯惇はすぐに瞼を降ろして眠ってしまう。
いつものことであるので、于禁は夏侯惇の髪を軽く撫でた後に小説の執筆を始めていく。今日の進捗は、まだ始まったばかりである。だが締切は絶対に守らなければならないし、それに合わせた一日一日のノルマを決めていた。于禁はそれに従って、執筆をしていくのみ。
なのでキーボードで文字をスムーズに入力している最中、于禁はただ執筆に集中していた。しかし夏侯惇の疑問がどうにも引っ掛かり始めてきている。次第に、于禁もその疑問に同意するようになったのだ。するとキーボードを打つ指を止め、考え始めた。
そこでノートパソコンの右下に表示されている、現在の時刻を確認する。一〇時半を過ぎている頃だった。
「……確かに、電源コードを抜いて、ケースに入れて、持って出るのは……面倒であるな……」
そう呟くと、于禁の思考が執筆からノートパソコンの方へと傾いていく。家を出る際に行う工程を、脳内で再生していきながら。
「どうすれば……」
執筆途中である小説を中断し、ノートパソコンの電源を切って一旦閉じると于禁は考えてしまっていた。どうすれば、面倒だと思い始めてしまった工程を解消できるのかと。
まず思い付いたのは、スマートフォンで執筆するというものだ。于禁がノートパソコンで執筆しているソフトは、スマートフォンでも同様のアプリが配信されている。それにデータの同期をしっかりと取ってくれるのと、保存容量がかなり多い。于禁の場合は全てテキストデータなので、保存容量が多くても持て余すだけであるが。しかしスマートフォンでの小説の執筆となると、画面が小さく文章全体が見渡せない。ノートパソコンでの執筆に慣れている于禁にとっては、それらが懸念点になるだろう。
次に思い付いたのが、タブレットとそれに付属するキーボードやマウスを購入することだ。しかし于禁はそれを購入するのならば、二台目のノートパソコンを購入した方が良いのではないか。于禁はそう考え始める。
しかし他人の家にノートパソコンという精密機器を置くのは、どうにも良くない気がしていた。
于禁がうんうんと唸っていると、夏侯惇が眠りから覚めたようだ。よく眠ったらしく、横になった状態で体を伸ばした後に于禁に抱き枕のように抱き着く。
「どうした?」
脇腹にまで手を回し、夏侯惇が密着してくる。その甘い動作や暖かさが、于禁の思考を混乱させていった。なので于禁は言葉を濁しながら夏侯惇の問いに対して首を横に振る。目線を、どこかへと泳がせながら。
「何でも、ありません」
「そのような訳があるか。では何故、ノートパソコンを閉じている? 今日の分でも、執筆は終わったのか?」
夏侯惇の的確な指摘により于禁はすぐに言葉を詰まらせ、何も言い返せないでいた。しかし于禁が誤魔化すことが下手だということを、夏侯惇は分かっている。なので言葉を変え、于禁の方を見ながら質問をした。
「何か困っているのか?」
こちらを見ているのは片目だけだというのに、于禁は言い訳としての逃げ場など消されてしまった。その片目を見ると、どうにも吸い込まれてしまうように思える。ただ于禁が夏侯惇にとてつもない好意を抱いているからという、なんとも惚気た理由であるが。
ようやく観念した于禁は、軽い息を吐くと話し始めた。とても、遠慮をしているかのような口ぶりで。
「……再び睡眠を取られる前に貴方が仰っていたことが、どうにも頭から離れないのです」
「二度寝する前? と言うと……あぁ、ノートパソコンを持って来て、それから持って帰るのが面倒か聞いたことか。そこまで気にしていたのか? 軽い気持ちで言ったのだが、すまん」
夏侯惇の両眉が少し下がる。本当に、言葉の通りでそう思っているらしい。だが于禁は自身で気付かない問題点を見出せたので、悪い意味で夏侯惇の指摘を気にしている訳ではない。寧ろ仕事の効率化を図る改善点があるならば、是非ともそうしたいのだと。
「いえ、貴方が謝る必要などありません。ですが、それについての解決策を二つ考えたのですが、どちらも難しくて……」
「ほう、その二つを言ってみろ」
夏侯惇は于禁に抱き着くのを止め、うつ伏せになり片肘を立てて自身の手の平に顎を乗せた。今の于禁の体の具合や姿勢からして、最も対話に適した体勢だろう。于禁はそれを見て僅かに口角を上げてから、自身で考えた解決策を述べていく。先程のような遠慮の様子など、最初から無くしていきながら。
全て聞いた夏侯惇は数秒考えてから、はっきりとした意見を纏めた。それを于禁に話し始める。
「お前がスマートフォンよりもパソコンの方が小説を書きやすいのであれば、そうするがいい。そして、二台目のノートパソコンを買うのならば、別に俺の家に置いても構わんぞ。勿論、中身を見る気も無いしな」
それを聞いた于禁の中で結論が完全に固まり、二台目のノートパソコンを買って夏侯惇の家に置くことに決定した。
そうなると于禁は閉じていたノートパソコンを再び開くと電源を点け、検索エンジンでパソコンを専門に扱っている通販サイトを調べ始めた。そこは広い地域に店舗も構えており、二人が住んでいるマンションの近所にもある。購入する場合はそこで受け取りに行けば良いだろう、そう于禁が思ったのが選んだ理由だ。
それに今使っているノートパソコンは家電量販店で、店員に薦められるがままに購入したものだった。だが今回はノートパソコンの知識が人並以上にはあると自負しているので、比較的安い価格で販売されているそこで購入することにした次第。
まずはスペックから検索していくのだが、二台目のノートパソコンでは小説を執筆する用途のみ。なのでそれ相応のスペックから検索していく。
「本当に小説を書く為だけなのだな。やはり、タブレットという選択肢は無いのか?」
「貴方の家で執筆をする場合、ほとんどベッドの上……ですので……その……」
途中で発言をするのが恥ずかしくなってきたらしい。于禁は頬を赤く染めながら、夏侯惇の顔ではなくノートパソコンの画面をひたすら見る。記憶が一番新しい昨夜のことを思い出し、夏侯惇の方を向くのがとても恥ずかしいと思えてきていたからだ。だがそれはパソコンを選んでいるだけ、と心の中で言い訳をしているが。
夏侯惇はニヤニヤとした顔を作ると、于禁はそれを横目で確認してしまったらしい。頬を膨らませ、耳にまで赤色の面積を広げてしまっている。
「な、何か!?」
「いや、なんでも」
少しの笑い声を漏らした後、夏侯惇は于禁の後頭部を乱雑に撫でる。于禁は「止めて頂きたい!」と抵抗するが、相変わらずの赤面の具合。夏侯惇はその様子がいつもより可愛らしく見えたのか、更に後頭部を撫でていったのであった。
于禁は次第に抵抗する意思を失っていったのか、夏侯惇にされるがままの状態になっていたが。
その後に二台目のノートパソコンをどうにか選べた。于禁が様々なのノートパソコンのページを閲覧している間に、夏侯惇がぎゅうぎゅうと抱き着いてきたからだ。最初は協力的であったが、次第に邪魔をしたいのか分からない行動をしている。于禁はそれに半分呆れていて、残り半分は嬉しさを携えていて。
注文したノートパソコンは約一〇日後に、近所の店で受け取ることになった。当日は丁度クリスマスイブで残念なことに、夏侯惇は休日ではない。だがその次の日は休日である。なので夏侯惇が退社する時間に待ち合わせをして、一緒に取りに行くという約束をした。
その提案をしたのは夏侯惇であり、聞いていた最中の于禁は顔をしかめる。しかし于禁の内心では、正反対にとても楽しみにしていた。昨年のクリスマスは夏侯惇が仕事だった為に共に過ごせなかったからだ。今年は夏侯惇は休日であるので、共に過ごすことができると今まで以上に心を躍らせていた。その何年かぶりのような感覚に驚きつつも、クリスマスが待ち遠しくて仕方のない于禁であったが。
それまでの間、夏侯惇は自身の家に于禁を一度も入れなかった。
何故か「代わりに」と于禁の家に泊まっては夜を共に過ごしていて、それも二日に一回のペースでだ。その中でも于禁は一日のノルマを、毎日どうにか乗り越えていく。ノートパソコンの画面を睨んでは、ひたすら文字を打ち込んでいて。
クリスマスイブを迎えた朝。一人で夜を過ごしていた于禁はスマートフォンで日付を確認すると、頬を緩める。そして既に入っていた夏侯惇からの「約束を忘れるな」というメッセージを確認したので、于禁はすぐに返信をした。「はい」という言葉のみを。
いつの間にか緩んでいた頬が桜色に染まっていたが、今は一人きりである。なので于禁は盛大により顔を赤に染めていく。
しかし朝とは言え、世間は平日である。学生や家の外に出て出勤している者は、既に目的地に着いているであろう時間帯。
つまり于禁は寝坊していたのだ。昨夜はペースを上げて小説を執筆していたことが原因であって。于禁は小説家という肩書きを持ち始めた時から、基本的なルーティンを作っている。しかしたまにそれを破って執筆時間を普段よりも増やしたり、減らしたりしていた。今回は前者の方である。もうすぐ執筆中の短編が書き終える直前だからか。
夜遅くまでノートパソコンに向き合っていたからか、于禁はまだ眠そうな顔で眼鏡をかけてベッドからのそのそと出る。二度寝しようにも夕方になるであろう夏侯惇との約束が、楽しみ過ぎて落ち着かないからか。いつもは執筆の為に二度寝などをして、睡眠をしっかりと取れるようになったというのに。
その思考を一旦でも追い出す為に、于禁は身支度をしてから朝食を作り始めた。頭ではなく手を動かしていると、思考を追い出せた。しかし作った朝食を全て胃袋に収めると、約束のことで再び頭が一杯になってしまう。
結局、于禁は日中は何もできないまま時刻は夕方になってしまった。于禁はそわそわしながらスマートフォンの通知を何度も見る。普段はバイブレーションで通知が分かるようになっているが、スマートフォンはまだ一度も震えていないというのに。
次第に于禁はいっそのこと外に出てしまおうと思い立ち、外出用の服に着替えると玄関へと向かった。そこで再びスマートフォンの通知を確認するが、何も来ていないので溜息をつきながら。
解錠をしてドアノブに手を掛けてドアを開いた。そこで于禁は目を見開く。
「……貴方が、何故そこに?」
目の前に、明らかに仕事帰りの夏侯惇が居たのだ。着ているスーツは若干崩れ、そしてやや疲れた顔をしている。約束では、仕事が終わってから連絡すると言っていたが。
「サプライズで驚かせてやろうと思ったのに、タイミングが良いのやら、悪いのやら……」
頭を掻きながら、夏侯惇は少しへこんだ表情を見せる。夏侯惇の言う通りで、約束をしていたが于禁にサプライズをしたかったと。予想よりも早く退社できたからか。
それに対して于禁は驚いた表情から喜びの表情へと変わっていた。夏侯惇の手を素早く引きドアを閉めると、すぐに唇を一瞬だけだが合わせる。夏侯惇への様々な感情が溢れて止まないのだ。
「嬉しいことをしてくれるな」
突然のことに夏侯惇も驚いていたが、唇が離れるとニコリと笑う。
「貴方からされたことの……仕返しです」
今になって恥が込み上げてきたのか、于禁は視線を逸らした。その様子が夏侯惇からしたら、当然のように可愛らしく見えている。なので于禁に抱き着いた。
「一日早いが、メリークリスマス」
そう一言放つと、于禁の眉間の皺がかなり薄くなっていく。そして于禁も「メリークリスマス」と返した。直後に、眉間の皺が普段のように戻っていっていたが。
「そろそろ、行くぞ」
「はい」
まだ二人きりで居たかったが、目的である近所のパソコン専門店はあと二時間で営業終了してしまう。夏侯惇が腕時計を見るなりそう促すと、二人は扉を開けて外に出た。
マンションを出ると、凍えるように冷えている外は既に暗い。だが街中であるので、暗闇とは当然のように無縁。そして少し離れた場所では、夏侯惇曰くイルミネーションが点灯されているらしい。それを聞いた于禁は見たい気持ちもあったが、やはりカップルで溢れているだろう。なので于禁はそれをただ聞いた後に、目的地に向かって行った。
徒歩で約一〇五分掛かった。その間に二人はこの街でのクリスマスの雰囲気を楽しんでいた。本日はイブではあるが道行く人々はクリスマスケーキを持つ者、そしてプレゼントの箱を手に持っている小さな子どもまで居る。それを二人は微笑ましい目で見ていたが。
二人は店に着くなり、于禁が注文していたノートパソコンを受け取る。比較的に軽量のモデルであったが、やはり梱包してある箱は重い。上の部分にプラスチック製の持ち手がついていてもだ。しかしどうしても持てないという程ではないので、于禁は手に持って店を出た。
いつもより賑やかな街中をしばらく歩いたところで、夏侯惇は于禁に話し掛ける。周囲の喧騒を、程々に掻き分けながら。
「もう少ししたら、次は俺が持ってやる。だから代われ」
「いえ、貴方に持たせる訳には……」
「俺が好きでやってることだ。お前が気にすることない」
于禁は震え始めた腕の存在に気付き、それを見た後に夏侯惇の方を見る。そこでようやく于禁は夏侯惇の言葉に甘えることにしたのか、僅かに頭を縦に振った。
「……では、お願いします。もう少ししたらで、いいので」
「残念だったな。俺のもう少しは、今だ。ほら、貸せ」
溜息混じりに夏侯惇が手を差し出すと、于禁が持っている箱を強引に奪った。
そこで于禁の腕は一気に軽くなったものの、夏侯惇は箱を持った瞬間に眉間に皺を寄せていく。于禁はそこでタクシーでも呼ぼうと思ったが、家に到着するまであと五分程の距離である。その微妙な距離でタクシーを呼び、夏侯惇とタクシー料金を割り勘するのが面倒であった。
それに二人でこうして歩くのも悪くない、于禁はそう思いながら歩いていく。于禁は夏侯惇の手を度々触れ、そして笑い合いながら。
するともう一度、于禁が箱を持ったところで二人が住んでいるマンションへと着いた。エレベーターに乗り、住んでいる階層へと到着すると夏侯惇の家へと入る。そしてノートパソコンの箱を、リビングの床に慎重に置くと、于禁は深い息を吐きながら安堵していた。手の平にはプラスチック製の持ち手の形が、赤くくっきりとついている。
「やっと帰宅できましたな……」
「そうか、帰宅……な……」
気を緩め過ぎた于禁がそう発言すると、夏侯惇は抑えきれない笑みを浮かべる。そこで自身の発言に気付いたのか、于禁は顔を手の平と同じように赤く染めた。
「申し訳ありません! 間違えました! ここは貴方の家でした!」
両手を震わせ、于禁はそう言う。しかし夏侯惇の表情は変わる様子が皆無。なので于禁は先程の発言をどうにも撤回できないと判断したのか、がくりと顔を俯かせた。
「……まぁ、聞かなかったことにはしないがな。それより、買ったそれの設定をするぞ」
于禁の肩をポンポンと宥めるように軽く叩く。言葉からして、宥めにはなっていないのだが。そこで于禁の視線が床からノートパソコンの箱へと向くと、小さな声で「はい」と呟いた。
二人は箱を床からテーブルの上に置いてから開封し始めたが、初めは于禁が殆ど口を開かなかった。しかし説明書を一通り読んでから、パソコンを起動させると于禁の口数は増えていく。
諸々の設定を終えると、于禁は執筆途中の短編小説の最終データを確認してから閉じた。
「手伝って頂き、ありがとうございます。これで持ち込んでは、持って帰る手間が省けるので……」
「礼はいい。早く飯食うぞ」
「ですが……」
于禁がそう言って首を傾げる。それを見てすぐに焦れた夏侯惇は、于禁の手を引いてキッチンへと連れて行った。
しかし突然に于禁を壁へと詰め寄せると、夏侯惇は于禁がかけている眼鏡を奪い取って口付けをしていく。刹那的に驚いた于禁だが、すぐに夏侯惇の腰へと両手を回した。二人の唇だけが合わさり、そして重なっていく音が部屋の中でよく聞こえている。途中で、夏侯惇は于禁の眼鏡が壊れないようにキッチンにある机にコトリと置く。
聴覚で何もかもを擽られた二人は、目の色や視線が熱くなってきていた。互いにそれに気付くと、于禁の方から無理矢理に唇を離す。不機嫌そうな目に変わった夏侯惇だが、于禁はすぐに誘惑の言葉を囁きかける。
「ここでよりも、もっと相応しい場所が、あるでしょう?」
于禁からのそのような誘いは珍しい。なので夏侯惇はどうしても、返事を思いつけないでいた。そうしていると次は于禁が夏侯惇の手を引いていく。
向かった先は脱衣所であり、着くなりすぐに于禁が夏侯惇の衣服を脱がせていった。床に、乱雑に散らせながら。
「今日は、積極的だな」
「……クリスマスですので」
時折、于禁は夏侯惇の首に唇を触れながら肌を露出させていく。その露出していく肌にも、唇を這わせたが。
最後に下着にまで手を掛けようとすると、夏侯惇にそれを止められる。
「お前もだ」
短くそう言うと、于禁はその手をピタリと止めた。そして夏侯惇にされるがままに、衣服を脱がされていく。自身がしたことを、夏侯惇から仕返しされていたが。
互いに下着姿になったところで、夏侯惇は于禁と唇を合わせながら下着を少しずつずらしていく。その感覚をすぐに拾った于禁も、夏侯惇の下着を少しずつずらす。
脱衣所は寒い。なので二人は素肌を合わせて体を厭らしく暖め合う。下着を取り払うと、既に芯を持っている竿も同時に。
于禁は体を小さく跳ねて、体の節々が赤みがかってきていた。肌にそれの熱が当たると、夏侯惇は止めにと于禁の尻を揉む。
于禁は目を見開いてから、弱々しく夏侯惇を睨んだ。しかしそれは夏侯惇からしたら、可愛らしい煽りにしか見えていない様子である。なので夏侯惇は目尻を下げながら、唇をゆっくりと離す。すると于禁は、目がとても蕩けてしまっていた。今にも、とろとろにふやけてしまいそうなくらいに。
「好きだ」
「……わたしも、好き、です」
舌がもつれてきたのか、于禁はたどたどしい口調で底にある意思を返す。
「隅々まで、愛してやる」
夏侯惇は于禁と浴室へと素早く入り、二人でぬるま湯を浴びながら体を向かい合って密着させた。両者とも、それぞれの逞しい背中に手をしっかりと回す。
そして離れた分を取り戻す為に、夏侯惇が再び唇を重ねると于禁から厚い舌が伸びてくる。夏侯惇は口を少し開き、同じく厚い舌を出すと二人でぬるぬると絡め合う。途中でぬるま湯が邪魔になったのか、夏侯惇はシャワーのコックを閉じていたが。
吐息を漏らす隙も余裕も与えず、舌をただ生き物のように動かすのみ。そうしていると、二人はほぼ同時に射精してしまったらしい。互いの腹や胸にそれぞれの精液が射出された。浴びていたぬるま湯よりも熱い粘液の感覚をすぐに感じ取ると、夏侯惇が唇を離す。
離れていく夏侯惇を、于禁はとても寂しそうに見つめていた。
「ッは……すき……」
「俺も好きだから、何度も、言ってくれ」
于禁は再び熱を求めるように、背中に回す手が夏侯惇の首や後頭部に移動させた。だが夏侯惇は于禁の体に付着した自身の精液を、指で丁寧に掬い取るとそれを冷水で流し始める。同様に、自身の体に付着した于禁の精液も。
再びぬるま湯に戻してから一通り浴びせると、于禁の濡れた頭を軽く撫でた。手が触れた瞬間に、嬉しげな表情を見せる。なので夏侯惇も嬉しくなっていき、更にわしわしと頭を撫でていく。
「そろそろ、ベッドに行くか?」
夏侯惇の問い掛けに対し、于禁はただ夏侯惇を溶けてしまいそうな瞳で視線を送った。だがそれは否定の意味でのものではないということを、夏侯惇は分かっている。なので触れる程度に唇を合わせた。
「それなら、早く行くぞ」
頭から腰へと手を降ろしていき、導くように于禁と浴室から出る。バスタオルを出し、于禁に纏わりついた水気を丁寧に拭いていく。
自身もバスタオルで水気を拭いたところで、于禁の手を引いて寝室へと向かって行った。脱衣所で床に脱ぎ散らした服など、拾うことなくそのまま放っておいて。
ベッドに辿り着くと、二人はすぐに上に乗ってもつれ合った。
「あっ……げんじょう……」
固定でもするようにしっかりと組み敷かれた于禁は、喜ばしいという表情を見せる。自身の、全てを捧げてしまいたいと言わんばかりに。
手首を夏侯惇の両手に掴まれ、于禁の脚には夏侯惇の脚が絡まっていた。身動きなど、頭部と手の指以外は殆ど取れない状態であっても。
それに夏侯惇は応じるかのように額や頬、それに唇に口付けを落としていく。落とす箇所はそこだけではなく、唇は首へと降りていった。首筋や喉仏や鎖骨にもしっかりと落としていった後に、胸へと向かっていて。
息を吐くような、小さな声を于禁は漏らした。
「んっ……ぁ……」
于禁の肌を堪能している最中の夏侯惇は、その声を聞くなり動きを止める。やはり、唇で今触れているここが善いのかと思ったのか。
「気持ちいいか?」
上目遣いになり、于禁にそう問い掛ける。何度もそこを弄られては可愛がられているのだが、于禁は未だにそれだけは素直に答えられないらしい。なので僅かに、今は少ない可動部である首を動かした。
「いえ……」
「良くないのか……」
夏侯惇は上目遣いを止め、于禁に後頭部を見せる。そして腹に唇を這わせていき、遂に脚の付け根へと到着した。夏侯惇の体が下へと降りていき、可動部が増えた于禁は体をびくびくと震わせる。于禁は最早、夏侯惇にどこを触れられても快楽しか得られない状態だ。
更に于禁を楽しむように、夏侯惇は于禁の竿を口に含む。そしてぬるついた粘液など、舌で取り除いていく。
「ひ、ゃあ!? ぁ、あっ!」
于禁の背中が反り、次は両方の膝がびくびくと震えた。だが夏侯惇にとってはそれが目障りらしく、于禁の竿を弄びながら両手首を掴んでいた手を離した。直後に于禁の両膝を持ち上げていく。夏侯惇はそれを自身の背中へと乗せると手を離してから、于禁の腰を掴む。
そこからは、夏侯惇は口腔内でひたすら于禁の竿を蹂躙した。舌で全体をぬらぬらと這わせていたり、鈴口を舌先で突っ突く。挙句の果てには音を立てながら、何かがもう少しで出てくる気配のある先端を吸い上げる。
「あぁ、っア、ゃあ、ん……! ぁ、あっ」
あまりにも気持ちが良いので、とても幸せな感覚が于禁に湧いてくる。するとすぐに竿から精液を口腔内に噴き出すも、夏侯惇は漏らさないように喉に通していった。余さず竿を舌で綺麗にしてやると、口から竿をずるりと離す。
竿の先端と夏侯惇の唇からは、唾液の糸が垂れた。
「すき……」
于禁は快楽の証拠としての喘ぎ声の他は、その言葉しか放てないらしい。法悦に浸りきった顔をしている。夏侯惇はそれを見て微笑むと、腰に掴んでいた手を離す。
そこで于禁の表情が少しばかり崩れるが、夏侯惇はそれを無視して再び唇を胸に寄せていった。于禁はイヤイヤと首を振る。しかし夏侯惇はそれも無視して尖っている片方の粒にかぶりついた。
「ッひぁあ!? ぁ、あ……あァッ!」
粒が取れてしまうのではないかと思う程に、夏侯惇は強く吸い上げる。于禁の体は大きく跳ね、腰を震わせていく。甲高い悲鳴のような嬌声を上げながら。
于禁の女のようなその反応に、夏侯惇は夢中で胸の粒を虐めていった。最中に于禁は善がり狂い、そして竿とは違う反応を示している。その様が、夏侯惇にとってはとても唆られるとしか思っていない。
もう片方の胸は、手で何度も何度も揉みしだくった。その際に粒を指で強く押すと、于禁は閉じられなくなった口から唾液を垂らし始めていく。堕ちてしまったのだろう。
そこでようやく胸を弄るのを止めると、于禁の両胸の粒は赤く腫れている。
「すき……げんじょう……」
于禁は息を荒くしながらそのような発言をしていた。
すると于禁は、のそのそと体勢を変え始める。仰向けに寝ていたのだが、何とか四つん這いになると夏侯惇に尻を向けた。夏侯惇を確実に誘惑できると分かっているのか、厭らしく尻を振りながら。
「たくさん、たねづけして、くだされ……」
他の言葉を何とか出せた于禁だが、内容はとても卑猥なものであった。しかしそれは于禁の本心なのか、「ごむなど、いりませんので、はやく……」などと言っている。
煽りに乗った夏侯惇は、于禁の背中に伸し掛かった。口に指を数本突っ込むと、上顎や歯列をなぞるように掻き回す。途中で于禁は吐息を漏らしながら、背後にある夏侯惇の芯を持った竿の感覚を拾って待ち侘びた。もう少ししたら、それで目一杯可愛がってくれることを。
于禁の瞳に涙の膜が張ってきたところで、夏侯惇は指を引き抜く。口腔内を掻き混ぜていた指は、唾液に塗れぬらぬらと光っている。それをすぐに于禁の尻の入口へと向かわせた。しかし今日まで二日に一度というペースで体を重ねていたので、入口はきつく閉まっている訳ではない。
寧ろ潤滑油を纏っていれば肉棒などスムーズに入るだろう。
「緩いな」
夏侯惇は于禁の入口に指を入れていくが、言う通りでやはりそこは柔らかい。面白い程に指が沈んでいくので、入れる指の本数を増やしていく。
「ぁ、あ……んっ! はぁ……ぁ……」
胎内の粘膜に触れられただけで、于禁はあまりの気持ちよさに背中を弓のように反らしていく。だがそれは一瞬だけで、後はひたすら背中を曲げて夏侯惇からの快楽を受けるのみ。
ぐぽぐぽと音が鳴り始めながら、夏侯惇は于禁の前立腺を指で突っ突いた。淫らな嬌声を上げた于禁はその瞬間に達し、ベッドのシーツの上に精液を撒き散らす。
「しゅき……」
またしても于禁はそう言う。対して夏侯惇はそれに応じるかのように、于禁の項に唇を這わせた。そして舌を出してぬろぬろと舐めていくと、于禁は四つん這いの体勢を維持できなくなってしまう。ベッドの上に崩れ落ち、手足を折り畳んで伏せた状態になった。
夏侯惇はその于禁を仰向けに寝かせると、両脚を持ち上げようとした。しかし先手を打たれたのか、于禁が両脚を夏侯惇の首の後ろへと巻き付ける。何度目か分からない「好き」を言いながら。
「俺も好きだ」
何度も聞いても飽きない夏侯惇は、その何度もの言葉の褒美と称して入口に張り詰めた肉棒を宛がう。すると巻き付けている于禁の両脚の力が少しだけ強まった。
そして先端を入口に埋めていくが、指のようにすんなりと入っていく。そこから先はよく締まっていた。夏侯惇は次第に荒々しい呼吸を吐きながら、于禁の胎内を埋め尽くす。
「はぁ……ぁ……ん、ぁっ、あつい……あぁ……」
静かな声を出しながら、于禁は入っていく感覚を堪能していく。自身でも分かる程に狭い肉の中にある、熱く大きな存在を。
だが于禁の静かな声はすぐに出せる状況では無くなった。夏侯惇の肉棒の先端が、すぐに腹の奥にまで到達したからだ。急激に嬌声が大きくなる。
「……ぁあ! ぁ、や、あっ、あ!」
そこで夏侯惇はより奥にまで入るように、于禁の両手首を掴む。そうされたことが嬉しいのか、于禁は表情を大きく崩す。瞳が潤んできたが、頬にはまだ涙が流れていない。
「いっぱい、こだねが、ほしい……!」
思惑通りに、更に奥にまで肉棒が入り込んだ。于禁は悦びを声と体で目一杯表現する。甲高い悲鳴のような嬌声と、そして体の震えで。
すると一体化でもするように、于禁の胎内の奥は夏侯惇の肉棒を包んでいく。あまりの締め付けに夏侯惇は顔を歪ませ、雄々しい吐息を吐いている。
それが于禁にまで聞こえると、興奮は最高潮にまできていた。なのでこの時間がずっと、連綿と続いてしまえばいいと于禁はぼんやりと思っていて。
「たくさん、くれて……やるッ!」
于禁のその連綿の思考など、容易く引き千切るように夏侯惇は腰をゆっくりと振り始めた。于禁の望みに、存分に応える為に。
「や、ぁ! はぁ、イく、あっ、アぁ、ぉ、アっ、あ、イく!」
薄い精液を自身の腹に掛けながら、于禁は腰を震わせた。
しかし夏侯惇はそれにお構いなしに、動きを止める気配が無いようだ。なのでその薄い精液は、腹からベッドのシーツへだらだらと流れ落ちる。同時に、于禁の瞳からは決壊してしまった大量の涙も。
その姿を見た夏侯惇は、顔がどろどろになるまで泣かせてやりたいという加虐心に火が点いたようだ。腰を振る動きを激しくさせていく。
互いの肌がぶつかり合い、響いた音が鳴り始めた。
「い、ひゃ、ぁあっ!? らめ、またイっちゃうから! お、ぁ、イく、あ! ァあ!」
胎内で夏侯惇が精液をしっかりと長く注ぎ込むと、その刺激により于禁も精液を吐き出す。しかし色はかなり薄く、于禁の視界は涙で霞み切っていた。なので何を吐き出したのか分からないまま、ただ夏侯惇を見る。
「げんじょう……くちすいを……」
于禁はそう求めると、夏侯惇は加虐心の火を鎮火させていく。珍しく、何かに対して躊躇しているのだ。それは于禁のものを口に咥えた後に口付けすることに。夏侯惇は于禁にそれをさせるのは、さすがに嫌がられると思ったからだ。自身のものを咥えさせた後に于禁に口付けをするのは、特に構わないと思っているのだが。
現在の于禁に理性は無いと言えど、直後のことを考えて夏侯惇は誤魔化す為に腰を再び振ろうとした。そこで力を振り絞った于禁により必死に首の後ろを回され、顔が近付くと唇が合わさる。夏侯惇は目を見開くも、于禁は自身の精液の味を確かめるように舌を出す。
ずるずると舌が入っていくと、夏侯惇の上顎を掠めたところで于禁の力が抜けていった。短い唾液の糸で繋がれるも、すぐに切れていく。
次に于禁の巻き付かせていた脚もシーツの上に着地した。于禁はもう、喘ぐことしかできないらしい。それを察した夏侯惇は、于禁が求めていたものを補ってやるように再び口付けをした。そして、腰を揺らして速度を上げていく。
「んぅ! んっ、んん、ん!」
規則的にベッドが軋む音が鳴り、ある程度のリズムを作ったところである。夏侯惇は于禁の胎内に、先程とは比べて薄い精液を流し込んだ。反対に、于禁は何も吐き出さないまま腰をガクガクと震わせていた。
唇を離すと于禁の顔は涙で塗れ、瞼は今すぐにでも閉じるかと思うくらいに下りている。
まだ意識があるうちに、と夏侯惇は于禁に言った。
「好きだ、文則」
「すきです……げんじょう……」
飽きもせず二人は心の底にある意思を最大限に伝え合うと、于禁はそこで意識を失ったのであった。それを見た夏侯惇は于禁の乱れてしまった髪を、優しく撫でていて。
※
于禁が目を覚ますと、室内は外からの太陽の光によりとても明るかった。壁にかかっている時計を見ると、時刻は午後の二時。
一人で溜息をつく。いつの間にか清められていた体に、シャツのみ着せられていることに気付いた。夏侯惇がせめてでもと着せてくれたのだろう。それに笑みを零すが、腰の痛みを思い出すとそれがすぐに消え去った。
それでもベッドから何とか出ると立ち上がって寝室を出る。そこで寝室に向かおうとしていた夏侯惇とぶつかりかけた。夏侯惇は驚いた顔をしている。
「大丈夫か?」
夏侯惇は体を労ろうとするが、于禁はその手を振り払おうとした。だがぶつけようとした機嫌の悪さよりも、好きという感情の方が遥かに勝っているらしい。
「……ご覧の通り、大丈夫ではありませんが」
何もかもの感情を抑えた結果、わがままを言っている幼子のような態度しか取れなかった。于禁はただ頬を膨らませた後にそっぽを向く。しかし自力では立っていられないので、壁にもたれていた。それを見た夏侯惇は「分かった分かった」などと言いながら、于禁に肩を貸す。
「今日は一日中、傍に居るから」
そして夏侯惇は幼子をあやすように、最低限の身支度を手伝い始めていく。昨夜キッチンに置いたままの、眼鏡を于禁に返していたりと。
眼鏡を掛けてベッドの縁に座ると、于禁は自力でスラックスを履いた。その間に夏侯惇は食事を持って来たが、すぐに寝室を出る。それに于禁は眉間の皺を更に深く刻んでいると、またもやすぐに戻って来た。夏侯惇が持っているのは、昨日買ったノートパソコンや周辺機器である。それを枕元に置いてから、夏侯惇は于禁の隣に座った。于禁はそっぽを向く。
「……傍に居ると仰ったではありませんか」
于禁は好きという感情が決壊しそうだった。しかしそれでもわがままを言うことにより抑える。もはや、どうして意地を張っているのか分からなくなったまま。
「すまんな。それよりも、すこしは食え」
小さく頷いた于禁は、夏侯惇の言う通りに胃に食料を入れた。それが終えると、夏侯惇は口を開く。
「眠たいか?」
食事を終えた于禁の顔を見ると、目が垂れていた。なのでただ短く聞いた後に、夏侯惇はあまり整えられていない于禁の髪を撫でる。昨夜意識を失う前に同じことをされたような気がする、于禁はそれを何となく思い出すと、途端に顔を赤くした。
恐らく、夏侯惇はそれに気付いたのだろう。于禁の顎を掴むと、自身の方に向かせて唇を奪った。そこで于禁の感情が決壊し、溢れていくと止まらなくなる。眉を下げて夏侯惇に抱き着く。
掛けていた眼鏡がずれてベッドの上に落ちた。しかし于禁本人はそのようなことはどうでも良いらしく、そのまま夏侯惇にぎゅうぎゅうと絡み付く。
落ちた眼鏡を拾った夏侯惇は安全な場所に畳んで置くと、于禁と共にベッドの上に沈んだ。于禁は甘える幼子のように額をぐりぐりと夏侯惇の体に押し付け、夏侯惇はそれをゆっくりと腕で包み込む。
「来年のクリスマスも、二人で、こうして過ごそう」
夏侯惇は于禁の髪を再び撫でながら、柔らかい声でゆっくりと言った。すると于禁から静かな寝息が聞こえてきていることに気付く。先程の言葉を聞いてくれているだろうと思いながら、夏侯惇は于禁と同じように眠りについていった。
二人が目を覚ますと、時間は夕方になっていた。そういえば昨夜ケーキなどを用意していたのを、夏侯惇は忘れていたらしい。ベッドから出てからキッチンへと向かい、冷蔵庫から昨日食べる筈であった消費期限が今日までの小さなケーキを取り出す。それに、購入したときから冷凍してある料理も。
それらを食べられるように準備してから、主に夏侯惇がテーブルに並べていく。
その頃には夜と言ってもいい時間になっていた。なので二人は並べられた料理を、口に運んでいく。二人の口数は少ないが、静かで穏やかな雰囲気があった。心地が良いのか、二人はそれを壊すこともなく料理を平らげていく。
食事が終わってから、二人はようやく会話らしい会話を始めた。立ち上がった夏侯惇が、部屋の隅にある棚を開けて何かを取り出しながら。
「クリスマスプレゼントだ」
そう言いながら于禁へ、綺麗な濃い青色の細長い箱に金色のリボンでラッピングされた物を渡した。于禁はあまりの嬉しさに、礼を言いながら目をきらきらとさせる。しかし于禁はクリスマスではあるが何かを準備するということを、完全に忘れていたらしい。
なので落胆の表情へと変えていく。
「……申し訳ありませんが、私は何も準備しておらず……」
「構わん。来年、俺に何かを返せばいい」
「ですが……」
「来年は、お前の番だからな」
ようやく納得した于禁は、僅かに微笑みながら頷く。
次に箱を開けていいか聞くと、夏侯惇は寧ろ「早く開けろ」と返した。なので于禁は丁寧に金色のリボンを解いていき、濃い青色の箱を開けていく。中に入っていたのは、箱と同じ青色のネクタイと銀色のシンプルなタイピンであった。
「……今は締める機会が少なくなったと思うが、機会があれば使ってくれ」
「はい」
于禁はあまりの嬉しさに、この日は眉間に皺を一切作らなかったのであった。それに、唇の端はずっと上がっていて。
※
クリスマスが終わると、于禁は朝から自宅に籠もってずっと小説を執筆していた。
結局、二台目のノートパソコンを買った日と次の日は全く触っておらず。だが夏侯惇とクリスマスを過ごせたので、于禁自身の中で一時的に免除することにしたのだが。二日間の分を取り戻すことが不可能なので諦めてしまったこともあってか。
しかし一本目の小説は大詰めであったので、二時間が経過した頃には執筆を終えていた。一時間かけて一通り読んだ後に、二本目の短編小説の執筆へと取り掛かる。
クリスマスの翌日から年内までは夏侯惇は仕事で忙しく、スマートフォンでの連絡でさえ殆ど取れなかった。その寂しさを埋める為に、于禁はひたすらノートパソコンと向き合って小説を執筆していく。
すると大晦日の年を越す時間の前に、于禁は二本目の短編の小説の執筆を終えた。一本目と同様に一通り推敲した後に一人で喜んだが、とても寂しいと于禁は思えた。隣に、夏侯惇が居ないからか。
なのでふと思い立ってから夏侯惇の鍵を持ち出すと、家を出てから隣の夏侯惇の家へ鍵を使って入った。世間は年越しなどで大盛りあがりのはずなのに、ここも静かだ。それに真っ暗である。于禁はこの寂しさをどうにもできず、頭を項垂れた。
大人しく家に帰ろうとすると、施錠していたはずの玄関の扉が開いて部屋の照明が点く。
「于禁……?」
夏侯惇が帰宅したのだ。だが夏侯惇は疲労困憊らしく、ふらふらとした足取りだ。于禁はそれを見て夏侯惇にすぐに駆け寄ると、勢いよく抱きついた。瞬時に何も反応できなかった夏侯惇は、そのまま床に尻餅をつく。于禁はそれに謝罪するという思考が今はなく、ただ夏侯惇へと体を寄せる。
疲労などどうでもよくなった夏侯惇は、于禁の背中に愛しげに手を回す。そして二人で細やかな口付けをしながら、年を越したのであった。