この日は、初めて于禁が人前で泣いていた。目の前には、兵たちに押さえつけられている昌豨という旧友が居る。于禁は顔を大きく歪ませて処刑を惜しんでいた。新緑が溢れる、とても高い陽の下で。
少し前のことである。旧友である昌豨が反乱を何度も起こしていた。反乱の鎮圧にあたった于禁だが、なかなかに手強い。増援にあたってくれた夏侯淵の存在もあり、ようやく追い込むことができる。
包囲までした後に、旧友の昌豨が降伏を望んでいた。様子はとても必死である。しかし于禁はそのように降伏した者を許してはいないので、今までのようにせざるおえなかった。そうしなければ、自身を許せないからだ。平等に裁かなければならないと。
増援に来ていた夏侯淵は「旧友が降伏してるのだから、一旦頭を冷やしてから考えてみては」と言ってくれた。しかし頑なに信念を曲げることは自身を否定することになると、心の中で言い聞かせていく。
決意をした後に、兵に昌豨を拘束するように命じた。于禁は昌豨を処刑するつもりでいる。夏侯淵は慌ててそれを止めようとしたが、于禁はそれを聞くつもりはない。表情や声を鋭くする。
兵たちは動揺しながらも、指示に従って昌豨を拘束した。昌豨は「どうしてなのか」と抗ったが、于禁が睨むと冷えて凍ったようにぴたりと止まる。
絶望を顔に浮かせながら、昌豨は兵たちに連行されていく。于禁はその昌豨を視界から外すと、兵を率いて場所を移動する。今からすぐに、昌豨を処刑する為に。
連れ出した場所は影などまるで無く、陽がよく当たる場所である。当然、率いている兵や夏侯淵にも見せ付ける為。兵たちに連れ出された昌豨の顔は、死んでいる。絶望を通り越したのだ。縄で拘束しているが、抵抗する気力が無かった。
于禁は当然だと言い聞かせ、切れ味の良い刀を右手に取る。これは処刑によく使用するもので、力さえ込めたら骨までも切ることができるものだ。それは極稀ではあるが。
于禁は刀を振り上げた、その瞬間に于禁の瞳からは涙が溢れた。分からない。理由も何も分からない。周囲の兵が動揺し、夏侯淵がやはり止めるべきだと説得しようとしていた。しかし于禁は右手に力を込めると、思いっきり振り下ろした。
「うきん……」
刀身が昌豨の首の皮膚に降りる直前に、そう聞こえた。于禁は手を止めかけたが、力を抜くこともなく刀を振り下ろす。見事にずるりと、昌豨の首が地面に落ちた。つい先程まで体中を巡っていた血が飛び散り、首の無い昌豨の体がごとりと倒れる。
于禁の名を呼ぶ声が、旧友の最期の言葉であった。首が落ちたことを確認した瞬間に、于禁はこの場で膝を崩す。そして耐えていた涙がぼろぼろと流れ、何をしても止まらない。夏侯淵が大丈夫なのかと駆け寄るが、于禁が片手を上げて必要はないと合図をする。夏侯淵の足が止まる気配がした。
空を見上げれば、いつものように空は青い。涙で視界が霞む中で、于禁はただ泣く。
この日の夜に、于禁は平服に着替えて夏侯惇の部屋に押しかけた。何も連絡も無しにだ。薄い着物姿の夏侯惇は驚いていたが、既に曹操から聞かされていたのだろう。黙って于禁の元に歩み寄ると、体を抱き締めてくれる。
自室の鏡で見た際は目元が腫れ、酷い顔をしていた。しかし夏侯惇はそのようなことなどどうでも良いらしい。背中に手が回ると、優しく擦ってくれた。
「この夜だけは、何もかもを、忘れていたい……」
「あぁ、忘れさせてやる」
夏侯惇の手が背中から、腰へと下りていく。その際に指先で体の線を拾うように、ゆっくりとなぞっていた。擽ったさや、それに夏侯惇に触れられる悦びとして声が漏れる。
「っあ、ぁ……」
「立ったままでは、辛いだろう。寝台に行くぞ」
「は、はい」
二人はすぐに寝台の上に飛び乗る。軋む音が聞こえ、壊れてしまうのではないかと思った。だが夏侯惇はそれを無視して、于禁の着物を次々と剥いでいく。
于禁の羽織を取ると、夏侯惇は床に投げ捨てた。そして着物の襟をぐいと開き、肌が露出する。食いつくように鎖骨の辺りに唇を寄せると、ちゅうちゅうと吸っていった。于禁の体がびくりと跳ねて、再び声が漏れる。
「ひっ、あ、ぁ……ん、んぁ」
「ん? もう勃ったのか?」
夏侯惇が股間を触ってきた。言う通りで、自身の下半身がかなり盛り上がっている。一部分だけかなり張っていた。
「貴方に、触られたから……」
勃起した下半身を夏侯惇の体に押し付ける。弱い摩擦が起き、気持ちよさが押し寄せてきた。これがもっと続けば良いと、于禁は腰を振って更に摩擦を起こす。
夏侯惇が溜め息を漏らすと、于禁の下半身を強めに握った。于禁は「ひぃ!?」と短い悲鳴を上げる。衝撃が走ったように、強い快楽があったからだ。
「ここを、使い物にならないようにしてやるからな。それが、好きなのだろう?」
挑発するかのように夏侯惇にそう問われたが、于禁は無意識に頷いた。訂正するつもりはない。そのまま自ら着物を脱いでは、床に放り投げていく。結っていた髪を散らせ、耳にかきあげた。
肌を全て見せると、夏侯惇が食うように首を弱く噛む。痛みはあったものの、後に引き摺らない痛みであった。歯を一瞬だけ立てたのだろう。
「っ、あ、ぁ……げんじょう……」
字を呼び、夏侯惇の熱に溺れることしかできなくなった。于禁は夏侯惇の後頭部や背中を触れ、時には爪を立てる。新しい刀や矢の傷を拾うと、触れながら覚えようとした。だがそこで夏侯惇が喉仏を舌先で押してくる。
「まだ余裕があるのか?」
「ぁ、はぁ……ちが……!」
夏侯惇が下半身を再び強く握ると、反発するように膨らんでくる。于禁は射精しそうになったからだ。顔や下半身に血が集まり、熱が集中していく。今でも強く握って妨げられており、于禁は射精をする機会を逃してしまう。妙な感覚が下腹部を襲った。
「まだ出すな」
「ん、んやぁ……げんじょう、もう、だしたい……!」
身をよじると、夏侯惇に次は仰向けの体勢へと変えられる。長い髪が垂れた。
背中にのしかかってくると、腰を掴まれた。最終的には、四つん這いになる。耳朶を舐められ、弄ぶ。ぴちゃぴちゃと音がよく聞こえ、脳や聴覚が水音により支配されていく。
腕が伸びてくると、胸を揉まれた。肉や尖りに刺激を与えられ、口から舌が垂れてくる。唾液で口や更に夏侯惇の寝台を汚した。
それが見えていたらしく、夏侯惇が耳元で「俺の寝床を汚すとはな……」と囁く。反射的に「違います、これは……!」と何か言い訳をしようとする。ふと何か乾いた音が聞こえたが、正体は遅れて分かった。尻を、夏侯惇に叩かれていたのだ。
「んやぁ!? ぁ、あ、げんじょう、ゆるしてくださ、ぁあ! あ!」
もう一度乾いた音が聞こえると、再び夏侯惇に尻を叩かれていた。勿論、痛みがあるものの、初めて快楽が遅れてやってくる。その際に射精をしてしまっていた。夏侯惇の綺麗な寝台を、白い精液で汚していく。
「ほう……」
耳元から夏侯惇の声が消えたが、次はうなじへと噛みついていた。きちんと下半身を握っているが、次こそは射精をさせないと言わんばかりに。
「考えさせないよりも、仕置きが先のようだな」
そう言い、ぱちぱちと尻を何度も叩いた。于禁は喘ぎながら、腰を振る。抵抗の意を表したいのだ。射精をしたいのと、尻を叩くことは止めて欲しいと。
しかし夏侯惇には全く伝わってはいない。寧ろ、煽っているように思える。現に、尻を叩く強さを変えているからだ。どのような強さで于禁の反応が変わるのか。
叩く強さが弱まっていく中で、于禁の中で変化が起きた。痛みを通り越して、気持ち良さのみが尻に襲ってくるのだ。痛覚が快楽に変換されてしまっているらしい。
自覚をしているが、于禁はどうにも受け入れられない。なので背中を左右に振るが、やはり腰を振っているようにしか見えなかった。今までで一番強い力で、尻をぱしんと叩かれる。
「ぃ! ゃあ、ぁ……! っはぁ、あ……」
だらだらと精液を垂らすと、于禁の体が痙攣した。だがまだ下半身が上を向いているのか、達した直後にも関わらず夏侯惇がそれを握る。敏感になっているので、于禁の頭が真っ白になりかけた。
「仕置きなのにお前が気持ち良くなってどうする」
夏侯惇がうなじをがぶりと噛む。相変わらず控えめに歯を立てたようだが、犬歯が皮膚に刺さったので痛い。しかしそれを訴えようとする為の気力が出なかった。夏侯惇からの仕置きのことしか考えられなくなっているからだ。
「っ、はぁ、あん、ん……げんじょう、次はあなたのまらで、ここを仕置きして、くだされ……」
尻の肉を開き、まだ解してもいない入口を見せびらかした。空気に触れると厭らしくひくついているのが、自身でも分かる。そして縁を収縮させいたが、夏侯惇が尻を叩いてから首を横に振った。
「ではお前が準備をしろ。俺の目の前で、尻をお前が慣らすのだな」
今まで自身で尻を解したことはない。なので于禁はほんの少しだけ正気に戻っていると、尻を軽く叩かれる。そこで正気を再び失った後に、夏侯惇の言う通りにする。
震える膝を立てて夏侯惇の方に向き直ると、その場に座った。一つ一つの動作を、胡座をかいて座っている夏侯惇が凝視している。脚を開くと下半身を数回擦って精液を吐かせた。手の平に指先くらいの精液が乗る。それを人差し指に満遍なく馴染ませた。
「げんじょう、わたしの恥ずかしいところを、最後まで……」
言い終える前に、于禁は夏侯惇からの『仕置き』が待ちきれなくなってしまった。指先で縁をなぞり、柔らかくしていく。
「はぁ、は……ぁっ、ここ、きもちいい」
途中で脚が閉じてくるので、于禁は空いている手で片方の膝裏を掴んで上げる。尻の入口が、夏侯惇から余計に見えるようになったのだろう。
「ほう、それで?」
夏侯惇は微笑をしながら、于禁の仕草を見続けている。見られていることは恥ずかしくなく、もっと近くで見て欲しいと思っていた。だが身動きを円滑にできないので、その場に留まる。
しかし向けられている視線は尻の入口ではなく、于禁の顔を向いていた。そこではなく入口を解しているところを見て欲しいというのに。于禁は眉を大きく下げ、入口を解す手付きを早くしていく。
わざと音を大きく鳴らしても、夏侯惇の視線は変わらない。次第に恥ずかしさが浮かんできてしまうと、指の動きが遅くなる。
「……っ、げんじょう、わたしの顔ではなく、ここを見てくだされ」
「どうしてだ? 俺がお前のどこを見ようが、俺の自由だろう」
「なっ、どうして……」
すると指の動きを完全に止めてしまう。そこで夏侯惇が「どうした?」と平然とした顔で聞いてくる。この調子では、一向に入口を解すことができない。
「俺が解してやろうか?」
にやにやとした表情で、夏侯惇がそう言ってきた。しかし于禁は自身で解したいので、首を横に振ってから指を動かしていく。
「んっ、ん、ぅ……はぁ、はっ、あ、ぁ、っふぅ、あ」
指先をぐにぐにと動かし、ようやくそれが入口の中に入っていった。粘膜に触れると、于禁は嬉しくなっていく。指を進めた。
しかし次第に圧迫感が生まれるので、指を止める。未だに夏侯惇の視線は自身の顔をへと注がれていた。かなりにやついている。于禁は視線に突き刺されながら、指を少しずつ詰めていく。
「ぁ、あ、もうすこし……ゃ、あっ、ぁ、んんっ、んっ! あっ!」
指がようやく一本入ると、自らの腹の中を掻き混ぜていった。ちゅくちゅくと音が立ち、自身の呼吸が粗くなっていく。ちらりと夏侯惇を見れば、未だにこちらを凝視していた。卑猥に開いている入口になど、全く興味がないように。
「ん、ん、げんじょう、かおじゃなくて、ここを、みて」
入っている指を一旦抜くと、二本の指で入口の縁をくぱりと開いた。ここからでは見えないが、夏侯惇から見れば淫らな粘膜が曝されていることだろう。
「見てどうするのだ?」
「はぁ、は……見て、大きなまらを、ここに、いれて……」
言いかけたところで、夏侯惇がようやく視線を尻へと向けてくれた。そして于禁の腕に手を掴むと、動かしていく。于禁の指を、尻の入口に突っ込んだのだ。
「ぁ!? あ、やぁ! ちがう! げんじょうの、おおきなまらが、っふ、あ」
激しく出し入れをするので、于禁の反論は嬌声に上塗りされていく。そして腹の中のとある箇所に指が掠めると、于禁の理性が崩壊してしまう。
優しく撫でられたと思うと、強く押された。それを繰り返し、于禁は座ることができなくなっていく。
「っひ! あぁ!?」
「どうした? もう出したのか? お前としては、これで充分ではないのか?」
夏侯惇に問いで責められるが、まともに答える余裕が無い。射精をした直後なので、頭がぼんやりとしてきた。回答を出せずにいると、夏侯惇が溜め息をつく。
「時間が掛かるから、もういい」
「えっ」
言葉を聞いた瞬間に、体を引き寄せられた。そして腰をぐっと掴まれ、尻を揉まれる。
夏侯惇に抱きつく形になると、入口に指が入ってきた。ぐにぐにと縁を指先で押した後に、ゆっくりと挿し込まれていく。同時に首の後ろに腕を回し、夏侯惇と密着した。整髪料の匂いがふわりとする。
「ぁ、あ、っはぁ、ん……」
「全く解していないではないか」
そう言いながらも、指の侵入が止まらない。関節が二つ通ったところで、もう一本の指が縁に触れてくる。ぷにぷにと突っついた後に、ぐいと縁を拡げられた。于禁は控え目に喘ぎ、首の後ろに回している腕の力が強まった。しかし夏侯惇はびくともしない。
二本目の指先が、中に入ってきた。だが夏侯惇になら腹の中を探られるのは嫌いな訳がない。寧ろ好きである。その喜びを表す為に、于禁は甘えた声を出した。
「ん、やぁ……! げんじょう、きもちいい」
更に頬に唇を寄せて互いの髭が擦れ合い、ちくりと小さな痛みが続いた。そして夏侯惇の瞳を間近に見ると、夏侯惇の視界を占領している気持ちになる。その悦に浸りながら、于禁は夏侯惇に尻を弄られ続けた。
指が二本入ったが、その直後に三本目の指が入ってきていた。驚いた于禁だが、そのような暇を与えてくれなくなる。二本の指が、前立腺を押したからだ。
「っや、あ、あ! やらぁ、げんじょう、おしたら、ぁ、あ!」
腰がびくりと跳ねてしまったが、その衝撃で指が前立腺に強く当たったようだ。凄まじい快楽に、頭がくらくらしてしまう。
「ん? どうした? これでいいのか?」
「あ、あ……はぁっ、ぁ」
夏侯惇がもういいのかと質問してきた。その際に僅かに唇を合わせる。
しかし今は嬌声しか出せないので、于禁は首を横に振った。意味などないと気付くが、もう遅い。夏侯惇は分かったと返事をすると、指を引き抜いてから腰を掴む。尻の入口に何か硬いものが当たった気がするが、気のせいではない。この硬いものの感覚には、かなりの覚えがあるからだ。
「はぁ、あ……げんじょうのまらが、くるぅ!」
目の前の夏侯惇の顔には、男独特の笑みができていた。もうじき雄で貫き、確実に喘がせるというものだ。于禁の全身がぞわぞわと鳥肌が立った後に、雄が縁を徐々にめくっている。
夏侯惇の口が開くと「入るぞ」と囁いた。于禁からは涙が枯れていくなかで、何度もこくこくと頷く。受け入れる心の準備の為に、呼吸をゆっくりとしようとした。しかし夏侯惇に唇を塞がれた後に、雄により腹の中を貫かれていく。
くぐもった声を出す。唇を塞がれてていると更に、舌が突き出してきた。すぐに絡まれていくと鼻で必死に呼吸しながら、夏侯惇の首の後ろから後頭部へと手を回していく。夏侯惇の眼帯を器用に外すと、寝台の上にぱさりと落とした。
夏侯惇の眼球の無い部分が現れた。于禁は目を微かに開けてから、それを愛しげに見る。人前で絶対に出さないそこを、自身は間近で見ることができるからだ。唇が離れると、左の瞼にそっと唇を寄せた。
「随分と余裕そうだ、なっ……!」
「ぅ! はぁ、あ、ゃあ! ぁ、あ!」
ぎちぎちと雄が侵入していき、くびれの部分を通り過ぎた。すると途端に于禁の頭が完全に真っ白になってしまう。
「ぁ、あぁ! そこらめぇ! あ、っや、ひぁ」
「ぐっ、ぁ……はっ、止めても、いいのか?」
于禁は首を横にふるふると振り、唇の隙間から舌を覗かせた。もっと口吸いをして欲しいと誘うと、夏侯惇が舌を出してくれる。互いに舌先で突き合いながら、出てくる唾液を塗りたくっていく。次第にぬるぬるとしてくると、于禁が夏侯惇の舌を捕える。
食うように口腔内で甘噛をするが、その最中に夏侯惇が下から雄を突き上げた。ぐぽりと雄が腹の中に収まるが、その衝撃で目がとろりと垂れてしまう。捕えていた夏侯惇の舌が逃げた。
「っう、ぁ、ひゃ! ぁあ……」
于禁はもう、人間としての思考をできないように感じる。それくらいに、腹の中に収まっている夏侯惇の雄のことが好きで堪らなかった。勿論、夏侯惇のことも好きではあるが。
すると夏侯惇が于禁の体を持ち上げるように、腰を上下に動かす。その際に、固定をするように夏侯惇の手が背中に触れる。
腹の中の粘膜を擦られ、遂には腹の奥にまで到達していた。視界がちかちかとしたが、凄まじい快感により寧ろそれが治まっていく。
「文則、はぁ、はっ、ぁ……文則、好きだ、文則」
「ぁ、げんじょう、わたしも……わたしも、好いております、げんじょう!」
互いに想いをぶつけ合うと、同時に果てた。だが于禁の下半身は萎える一方で、夏侯惇の雄はまだ芯を失っていない。なので夏侯惇は律動を再開させ、于禁は腹の中で無意識にそれをぎゅうぎゅうと包みこんでいく。
「まだ、いけるな」
「ひゃ、ひゃい、もちろんですぅ!」
ぱんぱんと肌同士が激しくぶつかり合い、二人の汗や体液が飛び散る。それらに塗れながら、二人は体を交じらわせていく。何度も何度も強く夏侯惇に貫かれていくと、于禁の腹が不自然に膨らんでいた。これは全て、夏侯惇により吐き出された精液である。つまりは、夏侯惇から自身への想いでもある。
于禁は腹の中にある液体の感覚で悦に浸りながら、射精を伴わない絶頂を何回も迎えていた。もはや女になったような気分である。それは于禁の一時的な幻であるのだが。
「ゃ、あ! こだねが、もっとほしい、げんじょうのこだね!」
「はっ、はぁっ、それなら、目一杯くれてやる!」
そろそろ萎えそうになったらしく、律動が今までで一番大きくなる。于禁は嬌声を上げ過ぎにより、喉が枯れてしまいそうであった。寝台から聞こえる、軋む音が大きくなる。しかし二人は互いの息遣いによりあまり聞こえなかった。それくらいに、二人は性行為に夢中になっているのだ。
「っあ、ぅ……! そろそろ、だすぞ!」
すると夏侯惇の動きが止まるので、于禁は目一杯抱き締めた。肌が熱く、心臓の音がうるさい。それらを感じながら、于禁は本日最後の射精を受け止めた。夏侯惇の唸り声を聞く中で、于禁は静かに果てていく。
腹の中で確かに夏侯惇の雄が萎えた。しかし結合部がまだできているうえに、まだ二人は離れる気配はない。唇をゆっくりと合わせると、粘膜や唾液を舌でしっかりと触れた。
それがしばらく続くと、ようやく二人の唇が離れる。唾液により、ふやけてしまうのではないかと思うくらいに長かった。
室内が夜特有の静寂に包まれた。直後に先に口を開いたのは、夏侯惇である。その声は先程のものと違い、とても優しかった。まるで、子供を寝かしつけるかのように。
「疲れただろう。あとは何も考えずに、もう寝ろ」
「げんじょう……」
舌足らずになってしまう中でそう答えると、夏侯惇の手が頭を撫でていた。長い髪が降りている方向に沿って、とても丁寧に。
腰を掴まれ、跨っていた体を降ろされる。尻からは生ぬるい精液がだらだらと流れ、夏侯惇の足の上にも落ちていた。しかし夏侯惇はそのようなことを気にしていない。寧ろ于禁を労るように、寝台の上に座らされた。
「眠れるか?」
「ん……あなたが、となりにいるならば」
「分かった」
立ち上がった夏侯惇が「待っていろ」と言って、着物を羽織るとどこかに行く。于禁はとても寂しく思いながら、夏侯惇の背中を見送っていた。まだ、傍に居て欲しいと腕を伸ばす。
その思いなど届く筈が無く、夏侯惇の姿が見えなくなる。恐らくは後処理の準備の為に離れたのだが、それでも置いて行って欲しくない。しかしそのような我儘を放っても、夏侯惇を困らせるだけだ。
では使いの者に後処理をさせたら良いという話になるが、于禁が嫌がることを知っているのだろう。最初から、夏侯惇が後処理を進んでしてくれていた。
室内の窓から空を見上げていると、ようやく夏侯惇が来た。大きな桶を抱えており、手拭いが掛かっている。そして腕には厚い布があるが、これは替えの布団なのだろう。
桶を床に置いてから、手拭いを濡らした。ぬるま湯なのか、薄い湯気が立っているのが分かる。
「少しは、動かせるか」
手拭いを絞り、綺麗に畳んだ夏侯惇が尋ねてくる。于禁はこくりと頷くと「そうか」という返事と共に、微笑が返ってきた。
寝台に敷いてある布団が体液で汚れたので、まずは夏侯惇の肩を借りて立ち上がる。膝ががくがくと震えるが、夏侯惇の支えにより、どうにか立つことができた。布団を取り替えると、体を一通り拭かれていく。手付きはとても優しく、尚且つ素早い。于禁はそれを惚れ惚れと見ていると、いつの間にか体を清める作業が終わっていた。体が綺麗になり、寝台の上にそっと寝かせられる。布団をそっと掛けてくれた。お陰で暖かい。
手拭いを桶の水でよく洗って絞ると、次は夏侯惇自身の体を拭いていた。羽織っていた着物を脱ぎ、于禁のときのように丁寧に拭く。拭き終えるともう一度着物を羽織り、桶と汚れた布団を抱えて部屋を出る。そしてすぐに手ぶらで戻ってきた。
于禁の隣に横になると、布団を小さく捲ってから夏侯惇も入ってくる。肌と肌を密着させると、唇をそっと近付けられた。あっという間に唇同士が重なるが、すぐに離れていく。今は情熱的な愛の確認として行う口吸いではない。これは、静かで深い愛を確かめ合う為のものなのだ。
「ん、んぅ……」
吐息を一つつくと、二人はただ見つめ合った。于禁は夏侯惇の失明してる部分を、夏侯惇は于禁の腫れた目を見ている。
「ずっと、この時が続いていれば良いが……」
「私も、そうおもっております」
まだ、腹の中にあった雄の感覚が残っている。なので自身のそこを撫でると、本当に種付けをされたような気分になっていた。
夏侯惇をぎゅうと抱き締めると、抱き締め返される。心臓の跳ねる穏やかな音が、耳に響いてきた。于禁はそれを聞きながら目を閉じると、すっかりと眠っていく。意識を失う瞬間に「おやすみ」という夏侯惇の声が聞こえたのだが。
翌朝、于禁は腰の痛みで目が覚めた。なので目を開けるが、隣に夏侯惇の存在が無い。窓を見れば、すっかりと日が昇っている。
これはまずいと思った于禁が飛び起きると、室内から声がした。夏侯惇のものである。見れば既に平服姿になっており、微かに墨の匂いがしていた。
「起きたか? 心配するな。他の者たちには、孟徳や俺が急に呼び出したと言ってある。今は来られないとな。孟徳が呼んでいたことは本当だ。疲れが癒えたら、行ってやれ」
「ですが……」
喉の様子がおかしい。昨夜はかなり嬌声を上げたせいである。喉元を抑えていると、夏侯惇が何かを持っていることに気付いた。それは、覚えしかない物だ。
「お前の着物を持って来た。着たら、部屋に帰ってしばらく休め。まだ、お前の疲れが取れていないだろう」
着物を渡されると、于禁はゆっくりと着ていった。途中で夏侯惇が隣に座ると、着物を羽織ることを手伝ってくれる。礼を述べながら、着物を着終えた。
「昨夜は床に落としていたもの。汚れは取ったつもりだが、すまん」
「いえ、寧ろありがとうございます……あの、夏侯惇殿、宜しければ、髪を結って頂くことは……」
「あぁ、いいぞ」
夏侯惇が寝台の上に乗ってきたので、于禁は背を向けて正座をする。久しぶりにはっきりとした我儘を言うことができ、申し訳なさよりも嬉しさが勝っていた。
しかし肝心の櫛が無いと思っていると、夏侯惇が既に持っていたらしい。いつの間にか長い髪を、櫛で梳かしている。
「実は、お前の髪をこうしてみたくてな。念願が叶った。しかし、お前の髪は綺麗だ。墨のように清らかで、美しい」
「か、夏侯惇殿、そこまで褒められても……!」
「本当のことだ。それが、自然と出てきただけだ」
頬が熱くなっていくと、夏侯惇が梳かすことを中断した。そして頬にそっと唇を寄せる。
「前から今も、ずっと俺が居る。俺は、お前からずっと離れない。約束だ」
ふと旧友の死を思い出し、瞳が潤んだ。しかし夏侯惇の言葉を反芻させていくと、涙が引いていく。
「はい」
于禁はしっかりと返事をすると、夏侯惇が梳かす手を再開させる。そして髪を結い終えると、二人は何度も唇を合わせていた。
それから于禁は数々の戦にて功績を上げていた。何年も掛けてだ。
しかし時には味方といがみ合ったこともある。楽進や張遼とだが、参軍してきた将のお陰で統制されていた。于禁は自身で悪い部分を後で思い返して反省したが、その後の楽進と張遼との関係が険悪にならずに済む。何かと他の将等にも気にかけている、夏侯惇に迷惑を掛けたくないからだ。それと同等に、何かあると夏侯惇が褒めてくれることもあるのだが。
このままいがみ合って関係が険悪になれば、夏侯惇はすぐにそれを知ってどうにかしてくるだろう。なので于禁は行動で反省を示していた。実際に後の戦で、楽進や張遼の補佐を務めていたからだ。
なので数日後の夜に、夏侯惇にそれらを褒められた。
「しばらく会えなかったが、功績を上げていたようだな。孟徳が褒めていたぞ。よくやってるな」
事後だが二人は着物を身に着けず、寝台の縁に並んで座っていた。もう若いとは言えなくなった年齢に差し掛かっているのか、性行為の勢いが最初から最後まで穏やかになってきたのだ。勿論、時には激しい性行為もしていたのだが。
「いえ、当然のことです」
夏侯惇から見れば普段よりも眉間に皺を寄せているであろう。だが于禁からすれば、照れを隠しているに過ぎない。そのような于禁に構わず、夏侯惇は子供を相手しているように頭を撫でる。
すると夏侯惇が、そっと于禁を押し倒した。さすがにそれには驚き、于禁は目を見開く。そうしていると、夏侯惇がゆっくりと顔を近付けた。
「また、生き残ってくれて、俺は幸せだ」
互いの額がくっつくと、于禁の眉間の皺が自然と無くなっていく。信頼の証として、夏侯惇の背中に手を回した。于禁もだが、戦の傷が残る背中をゆっくりと撫でる。
「はい」
短い返事を返すと、手を背中から腰へと移動させた。変わらない筋肉の手触りを確かめると、夏侯惇の後頭部が見える。
「……だが、もしもお前が戦で死んだら、俺に死体を拾わせてくれ。だから、俺が死んだら、死体を拾ってくれ」
「はい。勿論です」
どちらも戦場で死んでもおかしくはない身である。だからこそ、このような約束を交わした。いや、約束ではなくもしかしたら、契約なのかもしれない。
「……次は関羽との戦いが控えているだろう。認めたくはないが、かなり手強い。気を抜くなよ」
「はい」
夏侯惇の言う通り、曹操の気に触れるような行動を関羽がしていた。于禁も分かっているのでこくりと頷く。
だが今まで敗戦をしたことがなく、それ相応の地位を得ている。現に、于禁は左将軍に任命されているからだ。
「また、貴方とこうしていられることを約束致します」
「あぁ」
夏侯惇が顔を上げると、于禁から唇がそっと合わせていた。
于禁は樊城に援軍として派遣されていた。守りを固めていた曹仁が関羽に攻め込まれ、窮地に陥っているからだ。
しかし到着した頃の長雨により、漢水の氾濫が発生してしまう。大きな河川のようなものができ、濁流に飲み込まれる。
船を持っていない于禁の軍は水没し、兵たちの死体が浮かんできていた。時には木や岩などにぶつかり、頭が割れているのもある。泥臭さとそれに漂う血の匂いで于禁は吐きそうになる。
どうにか生き残った于禁だが、船を持っていた関羽が明らかに優勢である。兵の数も、関羽の軍の方が上回ってきている。辛うじて生き残っている兵たちは疲労困憊の状態だ。もう、戦うこともできないだろう。于禁も同じだ。
ここで初めて『敗戦』を知った于禁は、地上に入ってから自決をしようとした。屈辱的な思いが湧いてくると同時に、夏侯惇の顔が過る。
ここで自決をしてしまっては、夏侯惇に死体を拾ってもらうことができない。まだ、敵である関羽を倒していないからだ。そう考えた于禁だが、どうすれば良いのか分からない。
そうしている間に、目の前に関羽の軍が現れた。于禁や率いている兵たちは絶望する。武器や兵はあるが濁流により体力を使い、氾濫により溺死してしまった者を見て気力が失せた兵も居た。もう、于禁の兵たちは機能していないのだ。
于禁一人では、目の前の軍に勝てる訳がない。戦で最も重視されるのは、兵の数であるのだから。
すると于禁の中に『降伏』という言葉が浮かんだ。
「降伏……」
于禁はぼそりと呟くと、それしか道が無いのだと思った。なので武器を下ろし、関羽に降伏した。辛うじて生き残っていた兵たちの生は保証され、同時に于禁は捕虜となる。
これでいいと自己暗示をしていくと、何故だか夏侯惇の顔が思い出せなくなってきていた。あれだけ、何年も愛し合っていた人間なのに。だが何度か思い出した中で、極僅かに思い出すことはできる。どうしてなのかと、于禁は自身を責め始めた。大きく動揺もしている。
于禁がそうしている中で関羽が呉に討たれたと聞くと、次は呉の捕虜となる。呉へと送還されていた。粗末な扱いをされなかった。捕虜ではあるが、衣食住の全てが整っている。于禁は夏侯惇のことを忘れかけているので、思い出すことに必死になってやつれていた。
その頃には夏侯惇の声も顔も思い出せなくなってきた。唯一、呉の将が使っているという整髪料の匂いで、夏侯惇の名だけが頭に浮かぶ。そのような人物が、確か居たのだと。
呉に送還されてからしばらく経過すると、孫権自らが訪問して来た。要件があるのだという。
「何か用か」
于禁の態度は良いものではないが、孫権はそれに気にせずに要件を話した。孫権曰く、曹操とそれに夏侯惇が死去したと。
簡潔にそれを伝えられると、于禁の体に入っていた力が抜けた。喪失感、虚無感、脱力感。それの夏侯惇と交わしていた契約のようなものをようやくおもいだした。だが永遠に果たせなくなり、視界が真っ暗になっていく。
すると視界が明るくなる。直後に于禁は発狂し、何もかもに絶望していったのであった。この世に、愛する者はもう存在しないのだから。