おちるまで②

夏侯惇が隻眼になってからは、前よりもよく盃を交わすようになった。自室で鏡を割ったことが、もしかしたらきっかけになったのかもしれない。
それに呂布の次は袁紹が敵となった。呂布のように強い存在が一人だけという訳ではなく、とにかく兵の数が多いのだ。戦において兵の数というのは、とても重要なものだ。今はとにかく今ある兵力をどう使うか、軍議で特に話し合っていた。
夜を迎えた今も夏侯惇と盃に酒を満たして飲んでいるが、場所は于禁の部屋だ。燭台には火がよく灯っているので明るい。寝台の上に座り、手元が鮮明の状態だ。二人は平服姿だが控えめな色合いであっても、火の明るさにより上品な華やかさがある。
だが于禁の部屋で飲むことは稀であり、大抵は夏侯惇が酒に誘う。そうなると、夏侯惇の寝室で飲むことが大半になっていた。なのでたまにはと于禁が恐る恐る酒に誘うと、毎回夏侯惇から良い返事をくれる。于禁はそれが嬉しかった。相手は上官といえど、人と仲良くなる楽しさを覺えていく。
「えらく機嫌がいいな。何か、良いことでもあったのか?」
「良いことですか? 何も……」
盃を小さくあおった于禁は、それを下ろす。夏侯惇の言う「良いこと」に心当たりなどない。何かあったのだろうかと、陽が沈む前のことを頭の中で大まかに振り返った。しかし覚えがない。
それを見た夏侯惇が、大きく肩をすくめた。
「ほう。俺と飲んでいることが、良いことではないのか?」
「いえ、そうではありませぬ! 貴方と酒を酌み交わすことを、毎度楽しみにしております! 今でも……!」
于禁は必死にそう言った。これは本心である。すると夏侯惇は鬱陶しくなってきたらしい。口を軽く塞いできたので、自然と黙ってしまう。
思わず項垂れてしまうと、夏侯惇が「すまんな」と微笑みながら于禁の盃に酒を注いでくれた。盃を持ったまま礼を述べている間に、夏侯惇は自身の盃を酒で満たした。夏侯惇が持って来た酒壺の酒は、もうじき無くなる。
「ちっ、もう無くなるのか」
「今回はここまでにしておきましょう。夜が明けたら鍛錬がありますし、兵に示しがつきませぬ」
「全く、相変わらず硬いな。分かった。ここまでにしよう」
夏侯惇が一気にあおり、酒壺にある残りの酒を注ぐとそれも飲み干した。とても良い飲みっぷりである。そして于禁も続けて飲むが、少し気分がおかしくなった。酒に酔ったせいだろう。
「夏侯惇殿、これは、いつもより強い酒なのでは……?」
舌が上手く回らなくなってきた。気付けば夏侯惇は、体が揺れている。いや、自身の視界が揺れているせいなのかもしれない。そう思っていると、夏侯惇に心配をされた。両肩を掴まれる。
「すまん、少し強い酒にしてみたのだが、お前に無理をさせたようだな」
夏侯惇も酔っているようだ。軽く笑いながら、眼帯を鬱陶しそうに取ろうとしている。隙間からは痛々しい傷痕が見えるが、まだ塞ぎきっていない。なので于禁はその手を止めようとした。
「なりませぬ。せっかく塞ぎかけている傷口が広がってしまったら……」
「それくらい平気だ。それに、別に広がってもいい。この傷を見て嫌がる者も居るからな。嫌がらせにちょうどいい」
かなり酒が回っている。遂には夏侯惇は、皮肉を言い始めた。これはよくないと思った于禁は、夏侯惇の両手を掴んで下ろす。ようやく、夏侯惇が大人しくなった。
夏侯惇は不貞腐れ始めるが、行動を制限されたからだろうか。どうやって宥めようか、そう考えているが何も思いつかない。于禁は心の中でうんうんと唸っていると、夏侯惇の機嫌がどんどん悪くなる。余計に扱い方が分からなくなる。
「だが……于禁、お前は俺の目の傷口を見ても、気味悪く思ったりしない。孟徳や淵もだが、そのような者は俺にとっては希少だ。だから……」
何か言い終えるところで、酒が充分に回った夏侯惇は眠ってしまう。于禁の肩に頭がそっと乗り、規則的な寝息を立てている。見れば夏侯惇の寝顔は、とても年齢相応で穏やかだ。普段は曹操の右腕として、または兵を指揮する者としての顔しか見たことがない。
珍しく思いついじっと見た後に、于禁はこれ以上は駄目だと夏侯惇をどうにかしようとした。このまま放置するわけにはいかず、寝台の上に寝かせなければならない。夜とはいえこの時期は肌寒いからだ。体調を崩しては、士気にも関わってくるだろう。
まずは自身の空の盃を寝台の上に置いた。次に夏侯惇が持っている空の盃をそっと取ると、寝台の上に置く。最後に夏侯惇の体を抱えてから、寝台の上に寝かせようとした。横抱きの体勢になってしまうが、仕方ないと思いつつも夏侯惇の体を寝台の上にそっと置く。
ようやく安堵した于禁は、夏侯惇が無事に眠れることを確認してから空の酒壺を見る。あれほど強い酒を、ここまで飲んだのは初めてだ。于禁はそれを抱えてから寝台の上にある二つの盃を持とうとした。
そこで、すやすやと眠っている夏侯惇の手が動く。起こしてしまったのかと、于禁は肝を冷やすが違ったようだ。どうやら寝惚けているのか、言葉ですらない寝言を吐きながら手をまさぐるように動かしていた。
于禁の手に触れると「ん……」という短い寝言と共に、弱く手を握ってくる。于禁は感触や暖かさにより気付くと共に驚いた。相手は眠っているが、甘えてくるような動作を初めて受けたからだ。体や思考が鈍くなり、どうすれば良いのか分からなくなる。
夏侯惇の手を振り払うべきか、それともこのままにするべきか。しばらく悩むが、自身のような身分の者が夏侯惇と同じ部屋で眠るのはどうかと思った。なので申し訳なさげに、弱く握られた手からゆっくりと離れていく。夏侯惇の手は、その時はぴくりとも動いていない。
皮膚の暖かさがまだある。眠っている夏侯惇に静かに拱手をすると、物音を立てることなく于禁は退室した。

「于禁」
翌朝の城内で対袁紹軍についての軍議の後に、夏侯惇から呼び止められる。曹操と共に政務をこなすと思っていたが、于禁の方へと向かって来ていた。
それに応じると同時に、昨夜のことで何か言われるのではないかと思った。背筋をより伸ばして素早く拱手をするが、まずは夏侯惇に話を聞く態度を示す。
「はい、何でしょうか」
「昨夜は、途中で寝てしまってすまなかったな。それに、お前の寝台を借りてしまったようだ」
「構いませぬ。相当に、お疲れだったのでしょう。体調を崩してはいませぬか?」
見たところでは、夏侯惇が顔色が悪い訳ではない。だが念の為に、体調についての確認を確認した。
「あぁ、特に問題はない。だが、妙な夢を……いや、何でもない」
言い終える前に打ち切られたが、夏侯惇があまり見ない夢を見たことは分かる。しかし本人が話すのをやめた以上は、こちらから聞く訳にはいかない。
于禁はこの話を終えようと思った。そこで夏侯惇が話を続けてくるので、焦りながらも話を聞いていく。特に、珍しいことではないのだが。
話題は次の戦の話であるが、曹操が于禁にかなり期待をしているらしい。曹操と夏侯惇の二人で話しているときは、大抵は于禁の話ばかりになるほどのこと。于禁は思わず照れてしまったが、気を緩めてしまったと反省する。眉間に深く大きな皺を寄せた。
「まったく、お前は……俺も孟徳も褒めているのだから、そこまで険しい顔をするな。大方、気を緩めてはいけないと、自戒をしているのだろう?」
夏侯惇に見事に内心を言い当てられ手しまった。咄嗟に謝るが、その後の言葉が出てこない。
「はい、その……」
「真面目なのは良いが、もう少し気を抜いてみることもしたらどうだ? ずっとそうしては、息苦しくなってしまうが」
両肩に手をぽんと置かれると、軽く数回叩かれた。まるで、于禁の体の中に空気が充満している空気を抜いているように。しかし于禁の肩が下がる気配が無いので、夏侯惇から小さな笑いが漏れ始める。
「今からでなくても、意識だけはしておけ。これからのお前の活躍を期待しているぞ」
笑みを維持したまま、夏侯惇は立ち去ろうとする。背中を向けた。先に出た曹操の元に向かうのだろうか。溜め息が、微かに聞こえていた。曹操のこと、それに袁紹を撃退することで悩んでいるのだろう。
于禁は少しでも、夏侯惇の何かの力になりたいの思った。勿論、主である曹操の為に勝鬨を上げることも忘れてはいない。夏侯惇の歩みを止めて何か言葉を掛けようとした。しかし戦の時のように、確かな決断力が出てこない。なので喉から息を吐くとがっくりと項垂れ、夏侯惇の背中をただ見ていた。すると、歩もうとしていた夏侯惇の足が止まる。
「ん? どうした?」
踵を返して夏侯惇がそう尋ねてきた。咄嗟に首を横に振ると、夏侯惇は首を傾げながら羽を去って行く。于禁は自身の不甲斐なさに落ち込むが、今は袁紹軍を撃退することを考えなければならない。
先程の軍議を簡単に思い出す。今日は兵の鍛錬をするが、それに備えて于禁は気持ちを切り替えたのであった。

日差しが強い時期から、于禁が率いる軍は延津の防衛に徹していた。
袁紹軍が攻めて来たが、見事に侵攻を阻止することに成功する。だが完璧に成功した訳ではない。戦の後の地には袁紹軍の兵の死体は勿論のことで、于禁の軍の兵の死体も転がっている。数は于禁の予想よりも少ないのだが。
戦死した兵たちの死を悼む暇も無く、その後の于禁は楽進と共に袁紹の別営を攻撃してから官渡に引き上げた曹操の居る幕舎向かう。血や泥で汚れた武具のままだが、一刻も早く。
季節は既に雪が降る季節を越えている。空は曇っているので、血や泥が乾くのが遅い。死の匂いが体中に纏わりついており、若干の気持ち悪さがあった。
「よくやったな于禁。見事じゃ」
安堵の表情と共に、曹操から褒められた。嬉しさはあるものの、まだ袁紹軍を完全に倒してはいない。于禁は浮かれないように淡々と返事をすると、待機を命じられたので報告から戻る。別の幕舎へと移り、一人きりになった。
そこでふと、どうしてなのか夏侯惇の顔が思い浮かんだ。どうしてなのだろうかと考えるが、理由が自分でもよく分からない。同じ陣に夏侯惇が居ないというのに。
自身に纏わりついた汚れを手拭いで綺麗に拭き取っていき、ようやくすっきりとした。次に武具を手慣れた様子で外していく。するといつしかの夏侯惇の寝顔が薄っすらと過ると、途端に武具を外す手付きが危うくなる。
「……はっ!?」
于禁は武具を外す手を止めた。訳の分からない状況に陥ってしまい、混乱したからだ。しかしそれをどうやって収めたら良いのか分からない。ただ、頭を深く抱える。
そして劉備に仕えている相当な強さの将である、関羽が曹操についていた。夏侯惇がそれが気に食わないと、怒りを混じえながら言っていたことを思い出す。大人げない面を見てしまったが、気持ちは分からないこともない。あれほどの夏侯惇でも、子供のようなところもあるのだと微笑ましい気分になった。後で関羽についての愚痴を聞かされることになるだろう。
まだ外してはいない武具の存在を見ると、于禁は慌てながら手を掛けていく。そういえば、夏侯惇のことをずっと思っていたら手を止めていた。
ようやく武具を外して椅子に座ると、息を大きく一つ吐く。すると先程の戦での疲労が、今になって襲いかかってきたらしい。体が一気に重くなり、立ち上がる気力がどんどん落ちていった。
まだ、眠る訳にはいかない。自身は待機を命じられた訳であり、休息を取っている場合ではないのだ。しかし遂には瞼が重くなっていくと、いつの間にか眠ってしまったのであった。
その間に于禁は夢を見るが、ありふれた日の光景が写し出されていた。日の出と共に起き、鍛錬をこなしてから竹簡と睨み合う。そこまでは普段の流れであったが、夜だけは違う。夏侯惇の部屋で酌み交わしていたのだ。
自身の中に夏侯惇との時間が、当たり前のように刷り込まれているのに驚いた。だが夢の中であるので、これを否と言えない。同時に夏侯惇のことを毛嫌いしている訳でもないので、これも否と言えない。
では、夏侯惇のことをどう思っているのだろうか。ふと考えた于禁は、夢の中の夏侯惇を見る。これは友人という感情ではないので、かつての古い友人を思い出した。感情が、その古い友人のように動かないのだ。互いに何かを話し合っては、笑い合うだけではない。
頭の中を整理してみるが、夏侯惇へ抱いている感情が分からなくなってきた。上官であるのに、夏侯惇のことをまずは上官として見れなくなってくる。この感情が分からないと頭を抱えると、夢の中での夏侯惇が「どうした?」と聞いてくる。于禁は何でもないと答えようとしたが、夢の中の自身はそうはいかなかった。
「私は、貴方の存在が不思議に思えるのです」
訂正をしたかったが、夢の中の自身はすらすらと述べていく。言い終えた後には、于禁はいたたまれない気持ちになった。夢の中であるのにも関わらず、この場から消えてしまいたくなった。
夢の中の夏侯惇は一笑した後に、返事をしてくれる。
「そうだな、于禁。俺は……」
夏侯惇の言葉の途中で、夢が終わった。目の前には薄汚れた白色が見える。幕舎の布の色だ。
一気に気が抜けた于禁は、大きな溜め息をついた。そしてなんという夢を見てしまったのかと、自身に対して呆れてしまう。
気付けば空は晴れていることに気付いた。立ち上がった于禁は体を伸ばし、先程の夢を忘れようとする。あのような夢は、一種の幻覚なのだ。現実において夏侯惇とそのような会話をすることなど、到底有り得ない。
空を見上げると、見ていた夢の記憶が薄れていった。于禁は両頬を軽く叩いて気合を入れると、曹操からの指示があるまで武具の手入れをする。そして武器を握りしめると、幕舎内の椅子に座り冷静に戦いの時を待っていた。
しばらくしてから曹操からの指示があり、袁紹軍と戦った。曹操軍の前には土山が築かれている。三尖刀を力強く握ると、率いている軍を指揮していく。途中で曹操軍から多くの死傷者が出たが、土山を守るように指揮をすると形勢が逆転した。次々と袁紹軍の兵の数を減っている。自軍の誰もが皆、返り血を浴びていく。人の首を切り、内臓を刀で抉って確実に殺していく。
刀が敵の体にのめり込んだ。肉や脂をよく滑ると、大きく振るう。地面が人の血や肉、それに刀を抜いた際に一緒に引きずり出された内臓が飛び散る。敵兵にとっては、地獄絵図の一言だろう。
結果的に袁紹を討ち、曹操が華北を支配する形になる。それと共に于禁が昇進すると、夏侯惇に祝いとして酒を酌み交わしてくれることになった。長いこと会っていなかったが、夏侯惇は変わらない。しかし于禁の心情は大きく変わっていた。
実は戦中であるのにも関わらず、于禁は夏侯惇のことで頭が一杯になっていた。袁紹を破った後も、夏侯惇に抱いている感情とは何か。これは友でも上官としてでもないことは分かっている。
正体は何なのだろうか、于禁はそれをずっと考えながら夏侯惇の部屋に向かった。夏侯惇に、帰還したら酌み交わそうと誘われたからだ。
「どうした? 何か悩んでいるのか?」
入室するなり、寝台の縁に座っている夏侯惇にそう声を掛けられた。驚いた于禁は慌てて首を振るが、どうやら表情で分かったらしい。夏侯惇曰く、いつもより険しい顔をしているからと。
「いえ、特に……」
「嘘をつくな……まぁ、いいだろう。お前のことだから、いずれかは分かる」
夏侯惇の「いつか」という単語に反応した于禁は、頬の熱を上げた。いつか、夏侯惇へ抱いている感情が分かってしまうのだ。それが良いのか悪いのかは、于禁でも分からない。
せめて悪いことではないと念じつつ、話題を逸らした。曹操のことである。
「……それよりも、遂に殿が華北を制しましたな」
「あぁ。だが孟徳のことだから、それだけでは満足しない。孟徳が全てを統べるまで、于禁も精進しろ」
言い終えた夏侯惇は、すぐに酒壺を于禁に見せた。飲みたくて堪らなかったらしい。なので頷いた于禁は、夏侯惇の隣に座る。
夏侯惇と酌み交わすのは久しぶりである。しかし夏侯惇の隣にに座ることが、当たり前のように思っていた。そこでふと考えたが、これは安堵という感情なのか。于禁は思考を巡らせるが、それは腑に落ちなかった。
空の盃を差し出されたので、それを受け取ろうとする。その際に、于禁はぼんやりとしていた。視線をどこかへと向けたまま、手を出すが、掴んでいたつもりの盃は無い。代わりに、夏侯惇の手があった。それも、かなり強固に掴んでしまっている。
「こ、これは、失礼!」
「大丈夫か? 急に呆けた顔をし始めたが……」
「大丈夫です!」
未だに手を掴んでいることに気付かないまま、于禁は謝罪をした。
「おい、どうした? 俺のことがそこまで好いているのか?」
「す、好いている……?」
于禁は夏侯惇の言葉に、動揺した後に硬直した。次にゆっくりとそのまま復唱すると、とあることに気付く。夏侯惇への感情は、恋なのだ。異性ではなく、目の前の同性である夏侯惇に。
「冗談だ。ほら、飲むぞ」
一方で夏侯惇はやはり変わらず笑ってから、于禁の手をやんわりと払う。空いた手に盃を持たせると、手際良く酒を注いでくれた。于禁は硬直しているので、されるがままだ。
夏侯惇のは自身の盃にも酒を注ぐと「飲むぞ」と言ってから、一気に飲み干した。
「于禁、疲れているのか?」
「い、いえ……何も……」
感情が分かり腑に落ちた于禁は、何もかもを誤魔化すように盃にある酒を飲み干した。これもかなり強い酒らしく、喉が痛い。だが酒を飲む動作をしなければ、夏侯惇への感情が本人に伝わってしまう。そうならないように、なるべく飲み続けた。
「なんだ、そこまで酒が恋しかったのか?」
「も、勿論です!」
盃から酒が無くなると、夏侯惇がどんどん注いでくれた。遂には夏侯惇は飲まず、于禁ばかりが飲んでいる始末。于禁はそれを気にしないまま、酒を飲み続けた。
酒壺の中身が空になる頃には、于禁は顔を真っ赤にしていた。普段はつっている目が垂れ、呂律が回らない言葉を出している。夏侯惇はそれを見て呑気に笑う。
「良い飲みっぷりだったな」
肩を軽く叩かれるが、于禁にとっては夏侯惇がすることならば何でも心地が良いと思えた。ひたすらに返事をしていく。
「しかしこの状態で、部屋に帰ることができるか?」
「でき、ます……」
「いや、できないだろうな。今夜は俺の部屋で寝ろ。別に構わんだろう?」
今の于禁には断るという考えが出てこなかった。言われるがままに頷くと、靴を脱いで夏侯惇より先に寝台の上に横になる。
「何だ。お前にも可愛いところがあるではないか」
「そう、ですか? 嬉しい……れす」
すると夏侯惇が隣に横になったので、于禁の心拍数が急上昇した。今にも、胸が張り裂けてしまいそうである。あまりの心臓音もあるので、夏侯惇にも聞こえているのではないかと思えた。
「念の為に、水を飲んでから寝ろよ。朝になって体調を崩されては困るからな」
「ん……」
于禁は動く気も起きない。なので生返事をすると、夏侯惇が溜め息をついた。もはや、上官にしていい態度ではない。しかし夏侯惇は今はそのようなことを気にしていない。のそりと寝台から立ち上がった。
夏侯惇も多少は酔っているが、于禁程ではない。なので大まかにまっすぐ歩くと、机の上に置いてある水差しを手に取った。それを持って寝台に戻る。
空の盃に水を注ぐと、相変わらず横になっている于禁に差し出した。
「飲めるか?」
「ん……」
またもや于禁は生返事をしてしまう。更に溜め息をついた夏侯惇は、仕方がないと言わんばかりの顔でその水をあおった。勿体無いので飲んだのだろう。
于禁は目を閉じるがそこで唇に柔らかい感触、顎に僅かな痛みを感じる。急いで目を見開くと、そこには夏侯惇の顔があった。喉には、いつの間にか水が通っており、喉を自然と動かす。
唇が離れていくと、于禁の思考は完全に停止した。
「これで少しは大丈夫だろう。口吸いの相手が女でなくて俺で悪いが」
夏侯惇の言葉を半分くらい聞いてから、ようやく思考が追い付いた。先程のは夏侯惇と唇を合わせたのだ。于禁はあまりの歓喜に心を震わせる。
しかしこれは喜んでいいのだろうか。これは夏侯惇からしたら、酔った者への介助と見られているだろう。それに自身が酔っていることもある。何も考えていないとしか思えない。現に夏侯惇には照れるなどといった表情が皆無であるからだ。嫌がっている素振りは無いのだが。
「はい……」
ここで于禁の酔いが溶けていく。一気に現実に引き戻された感覚に陥ったからだ。こうして一人で勝手に盛り上がっていたのが、馬鹿馬鹿しくなり。
それでも夏侯惇への感情、いや好意が消えた訳ではない。相変わらず、于禁の頭が夏侯惇の事で一杯になっていた。
「戦が続いたからな、ここまで飲むのは無理もない。俺がお前の立場になったら、こうなるだろう。だが今宵はもう飲むな。飲み過ぎだ」
夏侯惇の手が伸びてきたと思うと、頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。しかし于禁は久しぶりに人に撫でられたのもあり、どうすれば良いのか分からない。こうされるのが嫌ではないので余計に。
「ずっと、よくやってるな。偉いぞ。これからも活躍に期待しているぞ」
すると気分が良くなったのか、夏侯惇が抱き寄せてきた。あまりの突飛な行動に于禁は驚くものの、悪くはないと思った。好意を寄せている相手なので、嫌な訳がない。寧ろ嬉し過ぎて、叫びたくなっていた。
頭が首元に来ると、夏侯惇の仄かな匂いがあった。整髪料もあるが、微かに良い香りがする。何かの香だろうか。
次第に于禁は興奮してくるが、幸いにも多少でも酔っているので勃起する気配はない。于禁は酒にここまで感謝する日が訪れるとは思わなかった。夏侯惇の匂いを嗅ぎながら小さく礼を述べる。
「ありがたい……」
「ん?」
「いえ、何でも」
酒に酔っているのは本当だが、これは酔いのせいにして良いのかもしれない。于禁はとても久しぶりに悪知恵を働かせ、夏侯惇と更に体を密着させる。意外と皮膚は柔らかいが、筋肉により全体的に硬い。
もしも、もしも夏侯惇に抱かれるのならば、今より肌をよく触れることができるのだろう。好意だと自覚した以上は、やはり抱かれたいとも思った。なので心の隅で女が羨ましいと、意味の分からない妬みを持ってしまう。
「そろそろ、寝るぞ。俺はもう、眠たくなってきた……」
夏侯惇は欠伸を噛み殺すと、于禁を抱き締めたままゆっくりと横になる。寝台からも、夏侯惇の匂いがした。酔っていなければ、勃起だけでは済まされない状態になる。
酔いのせいでここまでできたので、于禁は満足した。だが夏侯惇の方を見ると、既に眠っている。いつもはかき上げている髪は乱れ、規則的な寝息を立てていた。かなり幼く見え、本当に酔っていて良かったと思える。
そして夏侯惇の寝顔を一秒でも多く脳裏に刻みつけるように、目の前の顔を凝視していたのであった。しかしあまりにも凝視し過ぎて、よく眠れなかったのは言うまでもない。
翌朝、于禁は聞き覚えのない物音で目が覚めた。布がごそごそと擦れる音である。何だろうと寝ぼけながら目を開けると、目の前には夏侯惇の寝顔があった。驚きのあまりに大声を出しそうになったので、両手で口を塞いで必死に抑える。
「ん、んん!」
音は漏れてしまったものの、夏侯惇を起こすことはなかった。もうじき起床しなければならない頃とはいえ、さすがに睡眠の邪魔をすることはしたくない。
両手を離してひっそりと酸素を求めていると、夏侯惇が寝返りをうつ。背中を向けようとしていた。これ以上寝顔を見てしまえば、今度は本当に勃起してしまう可能性がある。今はもう、酒が抜けきっているからだ。
夏侯惇の背中が見えるとようやく于禁は落ち着いた。あと少しだけ、眠ろうと目を閉じる。
「ん、ぅ……于禁?」
寝返りをうってから、夏侯惇が目を覚ましてしまった。
于禁は今、目を閉じている。このまま自然と起きる振りをするか、狸寝入りをするか。どちらにしようか悩んでいると、体が揺れた。夏侯惇に肩を掴まれ、揺さぶられたのだ。
「起きろ、鍛錬などがあるのではないのか?」
何度か揺さぶられると、于禁は先程目を覚ましたふりをした。薄っすらと目を開け、夏侯惇の顔を視線で捉える。
「……はい」
「とうした、寝足りないのか?」
睡眠不足なのは確かである。しかしここで首を縦に振ることはできなかった。日が明けて少ししたら兵との鍛錬があるが、このまま寝床に居ては兵に示しがつかない。
首を横に振ってから、がばりと起きた。同じ目線に、夏侯惇が居る。だがこのまま凝視しては勃起してしまうと考え、目を素早く逸らした。
「昨晩、いえ、今もですが無礼を申し訳ありませぬ。世話になりました」
「大丈夫だ。また酒を飲もう」
「はい、喜んで」
于禁は寝台から立ち上がると、靴を履いてから着物をできるだけ整える。夏侯惇の方へと体を向けた。綺麗に拱手をすると、未だに止まない興奮を体中に巡らせながら退室していく。夏侯惇からの視線を感じたが、恐らくは自身のように邪なものではないのだろう。
自室に戻った于禁は鏡を見る。そこには女子のように顔を赤く染めていた。これから、兵との鍛錬があるというのに。
両頬を叩いて気を引き締めると、着物を着替える。そして髪を整えると、城内での兵との鍛錬の為に部屋を出た。
本日の鍛錬はとても簡単なものである。理由は官渡での戦いで兵を酷使した。休ませる訳にはいかないが、かと言っていつものように厳しくする訳にはいかない。結果、それらの間として緩めの鍛錬を行うことになった。兵たちにはそれを伝えていないのだが。
内容は戦闘で実際に使う刀の素振り、そして簡単な組み手だ。前者は筋力を落とさない為にと、鍛錬のほとんどをそれに費す。後者は日が真上に昇るまでの、時間潰しとして行った。装備は着物のみなので、重い鎧よりかは体力を使わないだろう。
兵たちは疲れているが、いつものように厳しいものではないので安心しているようだ。
すると鍛錬中に張郃が来た。どうやら近くで鍛錬をしていたが、先程終えたらしい。張郃といえば、袁紹軍から寝返った将である。張遼といい、寝返ったりしていた者にあまり悪い目で見ていない。曹操への忠誠心があれば、良いのだ。現に張遼は曹操にかなりの忠誠心がある。曹操はそれで何も苦言を呈していないのだから、于禁もそう振る舞うことにしていた。
張郃はただ世間話をしに来ただけで、于禁はなるべく会話が続かないように返事をしていた。なので思ったよりも早く張郃が去ると、一安心しながら鍛錬を続けていった。
しかしどういう訳か、今日はいつもよりかなり調子が悪い。今は三尖刀ではなく普通の刀を持っているが、それでさえ振ることが大変に思える。睡眠不足のせいだろう。
途中で休もうかと思ったが、休む気のない兵を前にして休めなかった。なのでそのまま無理をして鍛錬をこなしていくと、ようやく日が真上に昇る。鍛錬を終える頃である。
空を見上げた于禁は一安心すると、兵たちに鍛錬終了だと告げた。兵たちは疲れた顔をしながらも綺麗に整列すると、于禁に向けて拱手をした。それを見てから、于禁は鍛錬している場から去って行く。
素早く自室に帰り、少し休もうと思った。すると城内の廊下で夏侯惇に出くわす。
「于禁、鍛錬は終わったのか?」
「はい、つい先程」
于禁は一人で勝手に気まずくなっていた。昨夜以来、夏侯惇を見るとどうにも興奮するからだ。なるべく目を合わせないように、当たり障りのない返事をするとこのまま別れようと思った。だが夏侯惇に止められる。
「ん? どうした?」
どうやら于禁の態度が、あまりにもあからさまだったようだ。夏侯惇は不審げにこちらを見ている。いつもとは様子がおかしいと。
しかしいつもの自然な態度とはどのようなものか、すっかり忘れてしまっていた。全身の筋肉の動きが、どんどんぎこちなくなっていく。
「いえ……何も……」
「おい、大丈夫か? よく見れば、疲れた顔をしているな。早く休め」
「は、はい……」
夏侯惇が于禁の肩に手をぽんと乗せた、その刹那に于禁の体に電流が走ったような感覚があった。拒否反応ではない。意識のし過ぎが原因で、大げさに驚いてしまったのだ。
何も言えなくなった于禁が口を閉じると、夏侯惇の眉が下がったような気がした。
「于禁……では、またな……」
声までも沈んでいることが分かると、夏侯惇に酷いことをしたのかもしれないと思った。素っ気ない態度をするので、嫌っているのではないのかと勘違いされているのだろうか。踵を返して夏侯惇が背中を見せると、とぼとぼと歩いて行く。于禁はその背中を止めたかったが、勇気が全く出ない。
その背中を見送ることができないまま、于禁は自室に帰って行く。すぐに他の着物に着替えた。
この日は日が真上に昇った頃から沈むまで、机に向かう。ある程度の竹簡をこなさなければならないくらいに、于禁は昇進しているからだ。
ただ、気を抜くと夏侯惇のことばかりが頭を過ってしまう。なのでなるべく雑念を払う為に、筆を持って集中していた。墨の濃い匂や空の様子などを忘れるくらいに。
筆を置くと途端に夏侯惇のことを考えてしまう。今は特に、夏侯惇の沈んだ表情や背中のことだ。謝らなければならないと思った。于禁が誤解の原因なのだから。
腕を組んで唸りながら考える。夏侯惇のことが好きであるが、このまま素っ気ない態度をする者として存在するままで良いのだろうか。だが好意を伝えても、相手も男だ。利点も何も無いだろう。
遂には机に突っ伏してしまうと、頭が混乱してくる。思考の糸が、がんじがらめになっていく。糸の小さな塊ができていき、解くにはかなり苦労しそうだ。
額を机に押し付け、ぐりぐりと頭を動かした。やはりと思考の糸の塊に触れては、投げるを繰り返す。そうしていくうちに、陽が沈みかけていた。このままで良いのかと頭を上げると、扉を叩く音が聞こえる。しかし扉の向こうに居るのは兵では無さそうだ。兵ならば、扉を叩くと共に、簡単に要件を述べるからだ。
もしかしたらと思いながら于禁はそっと立ち上がり、扉を恐る恐る開ける。目の前には、夏侯惇が居た。
「か、夏侯惇殿……!?」
「すまん、突然来てしまって……今、空いてるか?」
「はい……」
正直な返事をすると、夏侯惇が「邪魔するぞ」と室内に入る。于禁は机の上に広げていた竹簡を片付けると、夏侯惇の方を見た。夏侯惇は窓辺に居り、空の色を見ている。体はこちらを向けたままで、顔だけが横を向いていた。
「……今日はどうした? やけに、俺を避けるようだが」
「私としては、普段通りに夏侯惇殿と接していたつもりですが」
外を見ている横顔が、何だか悲しそうに思える。于禁の気のせいだろうか。すると夏侯惇が背を向けてしまったので、次はまた寂しそうな背中になった。
「どうして、そう思われたのでしょうか」
「何となくだ。だが、俺の勘違いであれば、謝ろう」
何と答えるべきか。こちらの意見を伝えようにも、適当な理由が思いつかない。かと言って真相を伝える訳にはいかない。話し相手になるだけでも、発情するということになるからだ。絶対にそれは伝えてはならない。
思考の糸が絡まったまま、于禁は考えた。いや、考えようとした。しかし何も思いつかない。
「夏侯惇殿の、勘違いです。申し訳ありませぬが、私は鍛錬の後で疲れていたのでしょう。椅子に座り、竹簡を広げていたおかげで、僅かながらでも、休むことができました」
嘘をついてしまった。于禁の心が大きく揺れていると、夏侯惇がこちらを向いた。そして歩み寄ってくると、顔が近付いてくる。表情はいつものものだ。そして更に顔が近付くと、夏侯惇の口が耳元へと辿り着いた。小さく囁やき始める。
「それは嘘だろう?」
素早く夏侯惇の方を睨むと、顔が笑っていた。これは自身の好意が分かっている顔に違いない。于禁はあまりの羞恥に顔を赤く染めた。
「お前が俺のことを好きなのは、昨晩分かった。酔っていたことが幸いだったな」
否定が全く思い浮かばなかった。それくらいに、夏侯惇の言う事は于禁にとっては真実でしかないからだ。
睨む目を止めたものの、体や視線をどうすれば良いのか分からなくなる。今は夏侯惇の視線により、体を固定されている気分になっていたからだ。
すると夏侯惇が首に手を回し始めた。するすると首の後ろにまで手が辿り着くと、夏侯惇が誘惑しているように見える。しかし淫夢の類を見てはいないので、この後どうすれば良いのか分からなかった。
夏侯惇の顔が近付いてくると、更に口角を上げている。口を僅かに開いて何かを言うところだ。
「今すぐ、抱いてやろうか?」
それは于禁にとっては、かなりの衝撃の一言が発せられた。
本望ではあるが、夏侯惇はからかっているのではないか。于禁は発言を脳内で繰り返してから疑うと、首を横に振ろうとした。だが夏侯惇に突然に唇を合わせられて、完全に阻止される。
唇が重なったのはほんの一瞬であった。于禁にとっては思考が停止するには充分であるくらいに、何も分からなくなる。
夏侯惇に抱かれることを、深く想像したことはない。それでも唇の柔らかい感触が忘れられなくなり、于禁は夏侯惇の腰に手を回してしまう。触れると自身のように逞しいことが分かる。顔を伏せた。
「ほう?」
顎を親指で掬われ、ぐいと持ち上げられた。またしても夏侯惇の顔が近付くと、再び唇が合わさる。今回のは先程よりも長く、角度を数回変え、唇が密着しあった。遂には舌が唇の隙間を突いてくる。
于禁でも異性とこのようなことを何度かしたことはあるが、性欲を発散させる為のことだ。しかし今は違う。単純に生理的現象を落ち着かせることが目的ではなく、好意を寄せている者と行うことになる。
気持ちが良いことは分かっており、于禁は夏侯惇に対して好意を抱いている。では逆に、夏侯惇はどうなのだろうか。やはりからかっているだけなのではないかと思ったが、からかいにしては随分と夏侯惇に利点が無い。
なのでこの舌を受け入れるべきか悩んでいて油断していると、とうとう夏侯惇の舌が入り込んでしまった。
「ん、んぅ!?」
このまま歯を閉じる訳にはいかず、于禁は舌がぬるぬると這っていく感覚を覚えていく。
「ん、ん……っう」
すると気が付いたのだか、好意を寄せている者との口吸いはとても気持ちが良い。思わず自身でも分かるくらいに目尻を垂らすと、夏侯惇の一つだけの瞳が見えた。とてもにやりと笑っているが腹が立つ訳ではない。寧ろ、下半身がどんどん反応してきたのだ。
まずいと思った瞬間には、完全に勃起していた。夏侯惇はそれが分かったのか、確認をするように腰を押し付けてくる。だがすぐに腰が離れたと思うと、片手でそれを触れてきた。更にまずい状況になる。
「ん! んんっ! ん!」
せめてもの抵抗として、唇をほとんど塞がれたまま声を出した。顎が痛くなるまで出すが、夏侯惇は無視をしている。
すると舌が上顎を掠めると、于禁の腰が急激に砕けた。へろへろと腰が床へと下りていくと、強制的に二人の唇が離れる。唾液の糸が伸びたが、瞬く間に切れてしまった。
夏侯惇に見下されるが、相変わらず下半身は勃起している。
「お前の寝台でいいか?」
そう聞かれると、于禁は無意識に頷いてしまった。夏侯惇の手が伸び、肘の辺りを掴まれる。ぐいと引き上げられると、于禁の腰が上がった。夏侯惇がそれを支えながら引き摺る形となり、于禁の寝台へと向かう。
寝台の上に乗ると、そのまま夏侯惇が覆い被さってくる。見れば夏侯惇の目は、いつの間にか獣のように鋭くなっていた。自身のような男であっても、もしかしたら興奮してくれているのだろうか。そう思っていると、着物の襟に手を掛けられた。
「良い眺めではないか」
「……そう仰って頂けるとは」
みるみるうちに着物から腕を抜かれると、再び唇を合わせてくる。次は最初から舌を入れられると、于禁の舌を捕らえられた。ぬるぬると絡み合っていく。
「ふん……ん、っぅ!」
じゅるゅると唾液の音が大きく鳴る。舌の動きが大きくなると、口の端から唾液が垂れてきた。それを拭える余裕もなく、于禁は夏侯惇に舌で舌を弄ばれていく。
そうしていると、勃起している下半身が達しそうになってしまう。堪えようとしたが、生理現象を我慢できる訳がない。まだ着物を全て脱いでいないのに、勢いよく射精をしてしまう。
精液独特の、雄臭い匂いがしたので夏侯惇はそれに気付いたらしい。口吸いを中断させると、着物の裾で口元を拭ってから口を開く。
「もう達してしまったのか? それくらいに、俺のことを好いているのか?」
「は、はい……その通りです。貴方のことを、好いておりまして……」
于禁の理性など、自身から割って捨てていった。ようやく夏侯惇に言葉で好意を寄せていることを伝えると、夏侯惇がにこりと笑う。
「そうか、ありがとう。だが俺はまだ好いている訳ではないが、お前となら特に不快ではない」
夏侯惇の言葉に、とりあえずは喜んだ。生理的に無理ではないからだ。于禁は礼の言葉をぼそりと呟くと、唇を一瞬だけ重ねられる。そしてそのまま顎へと下りていくと、髭も唇で触れられた。擽ったいと思っていると、夏侯惇の唇が首元にまで来る。
首筋にちゅっと唇をつけられると、首の皮膚をべろりと舐められた。これには驚いてしまい、小さな悲鳴を出してしまう。
だが何度も皮膚を舐められていくうちに、于禁の中で異変が起きた。驚きから擽ったさに変わったと思うと、小さな快楽が生まれたのだ。夏侯惇の後頭部が近付いたことにより、整髪料の匂いが鼻腔を刺激していた。
しかし于禁がその変化に気付いてから何か思う余裕がない。自身では出したことのない声が、喉から出てきたからだ。
「っう! ぁ……は、ん……ぅあ」
「ん? いいのか?」
「はい……」
後頭部に向けて返事をすると、舌の動きがねっとりとしてくる。皮膚をぬるい唾液で濡らすように、動いてきたからだ。しかし舌の動きが止まると、歯のようなものが当たる。いや、これは感覚からして歯でしかないと于禁は思った。
「夏侯惇殿……? っひ!? ぁ、あ!」
皮膚を歯で甘噛をされ、于禁の体がびくびくと跳ねた。すると防衛本能が働いたのか、無意識に手足を動かすが力が上手く入らない。すると頭が離れる。
「やはり着物が邪魔だな」
鬱陶しそうに夏侯惇は于禁のものは勿論、自身の着物を見た。なので夏侯惇はまずは于禁の着物を全て剥がしていく。先程まで、袖から腕を抜いただけだからだ。勃起している下半身や、射精した痕跡が夏侯惇の前に曝け出される。
「あ、夏侯惇殿、これは……」
「今更、何を言っている。お前は俺に抱かれたいのだろう?」
返す言葉もない。于禁は口を閉じたかったが、半開きにした。夏侯惇までも着物を脱ぐと、互いに何も着ていない状態になる。だが夏侯惇は勃起を全くしていない。于禁が愕然としていると、夏侯惇が体の上に乗り上げる。
夏侯惇が再び首元に唇を寄せると、次は鎖骨へと移動していた。長く太い骨を舌でなぞるが、それでさえも気持ちが良かった。最早、どこを触れられても気持ちが良くなるのだろう。于禁は恐ろしいのと同時に、嬉しさもある。好意を寄せている者に、それをしてくれるのであれば。
丹念に鎖骨を辿った後に、次は胸の肉へと辿り着いていた。女ではないが、そこも感じるのだろう。于禁は胸を張って、夏侯惇に訴え掛けた。
「ほう、お前程の者が、そうして俺を誘惑して来るとはな」
「はぁ、ぁ……夏侯惇殿のことを、好いておりますので……」
恥ずかしさなどもはや皆無である。于禁は次第に必死に胸も弄って欲しいとねだると、夏侯惇は胸の肉にまずは舌を這わせた。首よりも断然に良い。思わず嬌声のようなものを吐く。
「っひ、ゃ! ぁ、あ、ん……あっ」
「意外と、柔らかいのだな」
このまま胸の尖りにまで舌が這ってきたらどうなるのだろうか。またしても、射精をしてしまうのだろうか。しかし夏侯惇にそうされるのであれば、本望とも思えた。
理性は既に捨てているので、本能を優先にしている。なのでもっとして欲しいと自然に煽っていった。
「ぁ、あ! そこ、いい、そこが、きもちいい!」
「……ではここはどうだ?」
笑いを含ませながら夏侯惇が舌を移動すると、先程思っていた胸の尖りに辿り着いていた。舌で触れられた瞬間に、于禁の全身に電流が走る。あまりの快感が襲ってきたのだ。
「んぅ!? ん、ぁ……あっ!」
舌先で尖りをぐりぐりと押し潰してくる。于禁は自然とつま先に力が入り、喉仏を露わにした。
「ん? 可愛らしい反応をするな」
次に尖りに歯を弱く立てられると、またしても電流が走った。先程よりも、凄まじく早く強い。これだけで、勃起している下半身から精液をだらしなく垂らしていた。夏侯惇にはそれを気付かれていると思うが、恐らくは何も言ってないだけなのだろう。
口を半開きにしているので、舌が覗いてくる。閉じようにも、顎に力が入らなくなってきた。それに視界がぼんやりと霞んでおり、涙が浮かんでいる。
このまま、身を夏侯惇に食われたいと思った。そうすれば夏侯惇の一部に自身が存在することになる。なんと素晴らしいことなのか。于禁はそうでさえ思っていた。
「っあ、ぁ……夏侯惇殿、すき、すきっ!」
無意識に出てくる言葉はこれであるが、夏侯惇からは何も返って来ない。聞こえていなかったのだろうかと、一時的に死んでいる思考を巡らせた。すると、夏侯惇の体がもぞもぞと動く。
空いている手が伸びてきたと思うと、舌が這っていない方の胸を掴んでいた。そしてすぐに指先で尖りを押し潰す。舌よりも力が強いので、当然のように強い快楽が押し寄せる。
「ひゃ、あぁ! あっ、ゃあ……!」
腰を小さくぐねらせて、于禁は身を悶えさせた。そうしている間にも夏侯惇は片方の胸を手で弄り、もう片方の胸は舌で弄っていく。于禁は限界を迎えていた。とろとろと流れていた精液が、気を抜くと一気に噴出しそうだからだ。このまま何度も射精しては、夏侯惇が楽しめないだろうと。
于禁はその悩みを頭の片隅に置いていると、夏侯惇が片方の胸を勢いよく吸い上げた。于禁は顔をのけ反らせ、絶頂を迎える。勃起している下半身から勢いよく射精してしまったのだ。
「ぁ、あ、っ……! ぅあ、あ!」
「もうそこまで出してしまったのか……」
見れば夏侯惇はまだ勃起をしていなかった。落胆の感情が湧いてきたが、このまま性行為を終わらせる訳にはいかない。なので于禁は女のように、とあることをねだる。
「夏侯惇殿の、魔羅を……口淫してもよろしいでしょうか……」
声を出すと夏侯惇が視線を合わせてくる。なので自然と目が合うが、そこから逸らす訳にはいかない。逸らしてしまえば、言葉は相手にきちんと伝わらないからだ。
言い終えると、夏侯惇は少し考えた後に「良いだろう」と言って起き上がる。胡座をかいた。于禁は起き上がってから四つん這いになると、勃起していない夏侯惇の下半身を見る。
男の魔羅を口に含むのはこれが初めてである。いや、そのような経験をする縁が無い。そもそも于禁は男とこのような行為をしたいとは、微塵も思っていなかった。
なので恐る恐る顔を近付けるが、なかなか口に含むことができない。そうしていると頭上から「どうした?」と言葉が降ってくる。于禁は何でもないと首を横に振ると、深呼吸をしてから魔羅を口に含んだ。
味覚は不味いと言っている。雄臭い上に、苦さもある。これをかつては女が自身のものでも口に含んでいたのかと、一瞬だけ唖然としてしまう。慣れようと思い鼻呼吸を止めると、当然のように呼吸ができなくなった。なので仕方なく鼻呼吸をしながら、女が自身にしていた動作を思い出す。
頬の肉や舌で魔羅の全体を包んでいた。それを実践しようとしたが、舌が上手く動かない。苦戦をしながら夏侯惇の様子を窺うと、少しだけ息が上がっていた。気持ちが良いのだろうか。この調子で、様々なことを思い出していく。
裏筋も良かったと、于禁は舌を動かした。芯のない魔羅なのでそこを刺激するのに苦労しなかった。するとどうだろうか。徐々に夏侯惇の魔羅が大きくなっていく。確実に、自身の口淫によって気持ち良くなってくれていた。
「うっ……は! はぁ……いいぞ、于禁……」
頭をぐしゃりと撫でられた。気を良くした于禁は更に舌で大きくなっていくと魔羅を包み込んだ。
いつの間にか雄臭い匂いや苦さに慣れてくると同時に、夏侯惇の魔羅が完全に勃起した。顎が疲れるくらいに、魔羅が膨らんでいる。于禁は優越感に浸りながら、裏筋をちろちろと舌で舐める。
夏侯惇からくぐもった声が聞こえたと同時に、魔羅の先端が膨らんできたように思えた。気のせいだろうかと思ったが、気のせいではない。先端が膨らみ、次の瞬間には于禁の口腔内で射精をしていた。口の中で、精液独特の味が広がる。
「んんっ……!」
吐き出したかったが、射精をした瞬間には夏侯惇に後頭部を押さえ付けられていた。なので吐き出すことは無理なので、口の中に留まる精液をごくりと喉に通していく。美味い訳ではないので、眉間にかなりの皺が寄っていた。
何度も喉仏を上下していると、夏侯惇がようやく後頭部から手を離してくれる。なので于禁はすぐに口淫を止めると、酸素を大きく求めた。そして精液の不味い味をどうにかしたかったので、ふらりと立ち上がると水差しの元へと向かう。椀に水を注いで飲み切ると、少しは精液の味が和らいだ。夏侯惇の元に戻る。
「俺のは、良かったか?」
質問が来たが、不快だとしか思えなかった。しかし嘘をついてはいつかは見破られてしまうので、正直に精液の味などが不快であったと答える。
「そうか。初めはそうだろ。気にするな」
夏侯惇の返事はとてもあっさりとしていた。意外だと思っていると、夏侯惇が于禁自身の唾液に塗れた魔羅を見せつけてくる。てらてらと光っており、何とも卑猥な光景だ。
「欲しいか?」
ぬっと魔羅が顔に近付いてくるが、これがどこに入るのかは分からない。しかし夏侯惇に抱かれたいと思っているので、こくこくと頷いた。
「俺に背を向けて、四つん這いになれ」
「は、はい……」
言う通りに于禁は背を向け、四つん這いになった。恥じらいはあまり無かったので、すんなりと言われるがままだ。
尻を向けると、夏侯惇が尻を触ってきた。ここはほとんど人に触れられたことがないので、じわじわと未知の恐怖が這い上がってくる。指先で尻の肉の線をなぞる動作を、上から下へまたは逆からと繰り返していった。
すると恐怖よりも擽ったさが勝る。なので于禁は微かに声を漏らしていると、途端に乾いた音が鳴る。于禁は何の音なのだろうかと振り返った、その瞬間に尻の肉に叩かれたような痛みがあった。もしかして、夏侯惇は于禁の尻を叩いたのだろうか。
「あの夏侯惇殿……?」
「何だ? どうした?」
「……いえ、何も」
夏侯惇は何事も無かったかのような顔をしている。この体勢を維持していて良いのだろうかと、そう考えているとまたしても夏侯惇が尻を指先で触っていた。擽ったい感覚を再び覚える。
「っふぅ、ぅ……はぁ、はっ、夏侯惇殿……」
「やはり叩かれた方がいいか?」
叩いていた部位を手のひらで撫でてくる。まだ痛みがあったので、とても不思議な感覚があった。
「それは遠慮願いたい……」
「分かった」
夏侯惇は尻を触れることを止めると、次は背中に伸し掛かってきた。重さに四つん這いの体勢が崩れてしまう。膝裏が密着するまで折れると、夏侯惇はその膝を肩の方へ持ち上げるように開いた。膝が寝台にぴたりと付く。
「何を……!?」
「何を? 今からここに俺のが入るのだが」
こことはつまり、尻なのだろうか。しかし于禁にあのような大きなものが入る訳がない。顔を一気に青ざめさせるが、夏侯惇は止める気はない。未だに勃起をしているので本気なのだろう。
背中に伸し掛かってきたまま、背後から夏侯惇の片腕が伸びてきた。顎を掴まれたと思うと、指がじわじわと上ってくる。そして唇に辿り着くと、半開きになっている口に入っていった。
「ん!? んぅ! う!」
驚きに声を出すと、二本の指が舌を摘んだ。ぐいと軽く舌を引っ張られ、ぞくぞくと気持ち良さが込み上げてくる。于禁は眉を下げながらくぐもった息を漏らした。そして摘んでいた指が離れていくと、口腔内のどこもかしこもなぞるように指が這う。同時に頭の中までも掻き回されているようだった。唾液が絡んでいる音が、頭蓋骨の中で大きく響いているのだから。
この最中にも唾液を垂らすが、拭き取る暇もない。ただ、夏侯惇に指で蹂躙されていく。
「は、はぁ……ん、うぅ、っ、ん……」
「もう少しだ……よし、これでいいだろう」
すると入っていた夏侯惇の指がずるりと引き抜かれる。指もまた唾液に塗れると、それが視界から消える。それをどうするつもりなのかと目で追うと、指が尻に向かっていることが分かった。
于禁が何かを言う猶予もないまま、その指が尻の入口の縁をなぞる。于禁は未知の感覚により気持ちが悪くなっていった。だが性行為を止めるつもりはない。我慢していた。
縁を何周もぐるりと動くと、次第に慣れてきた。しかし于禁の口が更に閉じなくなり、相当の量の唾液が布団の上に落ちて染みを作っていく。この慣れは、すなわち快楽へと変換されていたからだ。喉を震わせる。
「ぁ、あ……夏侯惇殿、変な……」
「ここはもういいか? では入れるぞ」
夏侯惇の指がぬるりと尻穴に刺さっていった。于禁は異物感やさらなる未知の感覚に視界が大きく揺れる。無意識に、拒みとして首を横に振っていたのだ。しかし夏侯惇はそれを無視した。
指先が体内で蠢くと、于禁は自身でも今まで出したことのないような悲鳴が出る。
「ひぃっ!?」
「何だ? 可愛らしい反応をするな」
「どこが可愛らしい……うぁ!? あ! あん……」
次は指先が暴れると、ぐちゅりぐちゅりと水音が立つ。そして指先が奥に進んでいくと、圧迫感により途端に呼吸ができなくなった。それが分かったらしい夏侯惇は「深呼吸をしろ」と言い、手を一旦止める。
狭いのでまだ入らないらしい。
「そう言われ、ましても……! ふぅ、はぁ……ぁ……」
「ゆっくりでいい」
空いている手で、夏侯惇が背中を擦り始めた。于禁はそれにより、深呼吸が少しずつ行えていく。少しずつ、呼吸が落ち着いてくる。
「……はぁ、は……夏侯惇殿、ありがとうございます」
「あぁ、別に構わん」
またしても素っ気なく答えると、夏侯惇は指の侵入を再開させた。指先がどんどん体内に埋まっていく。
于禁には異物感などない。圧迫感はまだあるものの、多少は無視できる程度である。夏侯惇はそれを把握したのか、指一本の全てを一気に埋め込んだ。于禁の体がびくびくと震える。
「はぁ! ぁ、あ! んっ、ん!」
「良くなってきたか?」
埋まっている指先がかくんと曲がり粘膜を撫でられる。これは快楽なのか分からないが、気持ちが良いと思えた。なので頷こうとしたところで、指がとある箇所を掠めた。于禁の体が大袈裟であるが魚のように跳ねていく。
「ゃあ! そこは、うぁ、あ! そこは、らめ!」
頭の中が官能的な感覚に支配されてしまった。腰を自ら振り、快楽を更に欲した。于禁は完全に、快楽に堕ちてしまったのだ。人間そのものが変わったように狂っていく。
「ぁ、あ……かこうとんどの、もっと、ほしい……」
「ん? どう欲しいのだ?」
「ぜんぶぅ……」
頭も呂律も全く回らない。于禁はそれでも夏侯惇に媚びた。
「仕方がないな、待っていろ」
そう言いながら夏侯惇はもう一本の指を差し込んだ。一本の指で中を掻き回しながら、入口の縁を広げていく。緩くなったところで二本目の指先が充てがわれる。
「ぅあ……はぁ、かこうとんどの、はやく……」
「分かっているから、急かすな」
宥めるように夏侯惇がそう返すと、二本目の指が入っていく。夏侯惇によってどんどん満たされていく感覚に、于禁は越に浸った。この時点ですら、幸せで仕方ないからだ。
「ん、ぁ、あ、きもちいい、かこうとんどの、すき、かこうとん、どの」
「まだそこまで喋る余裕があるの、か!」
すると二本目の指を貫くように挿し込まれた。それが先程の好い箇所に当たると、于禁は高い悲鳴を出した後に射精をした。布団をまたしても汚していく。
体が動く度に勃起し続けている下半身が布団に擦れ、更に快感を促す。もう、頭がおかしくなりそうだった。
二本の指がぐにぐにと至る方向へと曲がっていくが、好い箇所をずっと弄ってはくれなかった。少しの落胆はあるものの、于禁は夏侯惇から快楽を受け続ける。
「ほら、これが最後だぞ」
最後にと三本目の指が入った。まだ入るのかと于禁は思ったものの、既に尻穴の縁は緩くなっているようだ。三本目だけは、すんなりと入っていった。大きな圧迫感があったが、快楽に丸ごと掻き消された。慣れもあるが、于禁は尻穴に指を入れられて喘ぐ。
「っは、ぁ、あ、い、ゃあ! ぁあ、あ!」
「気持ちいいか?」
「ぅあ! ぁ、 あ!」
まともな返事ができないが、于禁は代わりに喘ぎ声を出す。夏侯惇に肯定の意だと、捉えてくれることを信じて。
三本の指がぐちゃぐちゃと、粘膜の全てを触れてくれているような気がした。なのでまたもや射精しようとしたが、指が素早く引き抜かれていく。途中で関節や指先が好い箇所を掠めてしまい、于禁は大きく射精をしてしまう。直後に汗が滝のように流れ、訳が分からなくなっていく。
尻穴が寂しく思っていると、体勢を変えられた。四つん這いから、ぐいと仰向けにされていく。夏侯惇の顔が見えるが、女を抱く男の目をしていた。いや、正確にはそのような目を見たことはないが、夏侯惇を見てそう思ったのだ。
「かこうとんどの、すき……」
「ほら、それは良いから」
夏侯惇は于禁の両膝を持ち上げると、恥部を見せるような体勢になる。そこで膝を夏侯惇の肩に描けられると、尻穴に魔羅が充てがわれた。ここに、遂には夏侯惇のものが入るのだ。
「入れるぞ」
「はい……」
合図の返事と共に、尻穴に魔羅の先端が密着した。それは何本もの指先よりも太く、火のように熱い。体も心も、夏侯惇に燃やされているようだった。それくらいに、熱いのだ。
先端が縁をぐるりとなぞると、于禁は腰を自然と振る。早く貫いて欲しいと誘うように。すると夏侯惇は途端に表情を険しくすると、そのまま魔羅が突き進んでいった。だが先端がなかなか入らない。あれほどに指で解しても、夏侯惇の魔羅が大きいので入らないのだ。
痛みと苦しみが襲い掛かるが、どうにか耐える。
「ぐっ……! まだか!」
「やぁ、あ! かこうとんどの、はやくぅ!」
そう促すが、夏侯惇のものが中々入らない。舌打ちが聞こえると、少しは冷静になる。そういえば、受け入れる為にも深呼吸をしなければならないと思った。夏侯惇の顔を見ながら、息を吸い込んだ後にゆっくりと吐く。
それを繰り返していくうちに、夏侯惇の舌打ちが止んだ。代わりに、荒い息が聞こえる。夏侯惇が腰を動かすと、どうやら先端が少しずつ沈んでいっているらしい。目を細め、歯をぎりぎりと噛み締めていたからだ。恐らくは于禁自身の粘膜に包まれ、気持ちが良いのだろう。
ふと、夏侯惇からは「好き」という言葉を聞いていない気がする。それなのに、どうして自身を抱いてくれるのだろうか。于禁はそのような疑問が思い浮かぶが、夏侯惇の先端が全て入っていた。衝撃により思考が弾け飛んでしまう。
先端が通り過ぎると、夏侯惇は一気に奥にまで貫いてきた。于禁の喉からは声ではなく、ただの空気が漏れる。
「……はっ、は!」
「ぐ、ぁ、あ……! はぁ、なかなか、良いな」
夏侯惇が激しく腰を振り、引いては挿し込むの動作を何度も繰り返していく。その際に肌と肌がぶつかり合い、大きく乾いた音が鳴り響いた。
次第に于禁の喉から空気ではなく嬌声が聞こえると、夏侯惇の動きが更に早くなっていく。
「ぁ、っう、あ! っや、あ、あぁ、ん、っ、ぁ、あ!」
腹の中を何度も突かれていくうちに、夏侯惇の動きが弱まった。そして完全に止まると、魔羅の先端が膨らんだような気がした。同時に熱いものが注がれる感覚を拾うが、これは精液なのだろう。夏侯惇が、于禁の腹の中で射精をしたのだろう。
あまりの喜びに于禁も射精をすると、へなりと芯を失った。一方で夏侯惇のものはまだ萎えていない。なので性行為はまだ続いていく。
「俺のものが萎えるまでだ」
「は、はひぃ……!」
于禁は腹の中に精液を注がれたことが嬉しかった。そして自身のものは萎えていても、性行為が終わらないことも。于禁はだらしなく笑いながら、夏侯惇に腹の中を犯されていく。
律動により、于禁の芯の無い下半身がぶらぶらと上下に揺れる。
「ぁ、あ! かこうとんどの、すき、すき!」
「はぁ、は……于禁……!」
名を呼ばれると、于禁は自身でも分かるくらいに腹の中を締めた。喜びを表しているのだ。すると夏侯惇がまたしても射精をすると、ようやく夏侯惇が魔羅を引き抜く。
于禁の尻穴からは、精液がごぽごぽと流れ出る。音が鳴っているうえに、于禁は漏れる感覚も合わさっていた。聴覚も触覚も、それに精液独特の匂いがあるので嗅覚も感動的に支配される。
夏侯惇が覆い被さるのを止めてもなお、于禁は足を開いたままである。力が入らず、閉じられなかったのだ。それを夏侯惇に言おうにも、呂律が回らない。
どうにか声を出そうとすると、意識が遠のいてくる。すると于禁はそのまま、眠るように意識を失ったのであった。

翌朝目が覚めると、自室の寝台に横になっていた。瞬間的に昨夜のことを思い出して起き上がるが、夏侯惇の姿が無い。そして昨夜に性行為をしていた痕跡ですら。着物を綺麗に着ており、身を清められていたからだ。
首を傾げていると、腰に鈍い痛みがあることに気付いた。加えて、尻に違和感があることも。なので昨夜の出来事は真実なのだろう。
だが隣にも、同じ部屋自体にも夏侯惇が居ない。とても寂しい思いに駆られたが、夏侯惇は忙しい身なのだろう。于禁は自身の中でそう完結させると、寝台から出ようと足を動かした。股関節が何だか怠い。
体のあらゆる箇所の不調を抱えながら立ち上がるが、腰の鈍い痛みのせいでまともに立てなかった。しかし本日も兵との鍛錬がある。なので無理矢理に体を動かすと、鍛錬の為に身支度をしていった。
鏡台の前に立つと、棚に見覚えのない物があることに気付く。近付いてから手に取ってみると、まだ何回も使われていない手拭いである。大きさは片手でも持てるくらいだ。硬い物が包まれているようなので、手拭いを広げた。中には、小さな竹製の櫛が入っていた。
「櫛……?」
自身の物ではないうえに、部屋を出入りしたのは夏侯惇くらいだ。そうとなると、これは夏侯惇の忘れ物に違いない。なので身支度を終えてからそれを慎重に持つと、部屋を出る。まずは夏侯惇の元に向かう為に。
広く長い廊下を歩くと、時折に兵とすれ違う。緊張の面持ちで拱手をしてくれるが、于禁は横目で見るのみ。通り過ぎると、背後から気の抜けた声が聞こえた。だがどうでもいいと思った于禁は、夏侯惇の部屋へと歩いて行った。
夏侯惇の部屋の前に辿り着くと、まずは扉を軽く叩いた。声を出そうとしたが、思っていた大きさの声が出ない。もしかして、昨夜の性行為のせいなのだろうか。
何度も咳払いをして声を出そうとすると、扉が開いた。みれば夏侯惇がいつものような様子でいる。昨夜のことなど、嘘だったかのように。動揺が走りながら拱手をした。
「どうかしたのか?」
「夏侯惇殿、これを私の部屋に忘れてはおりませぬか?」
手拭いと櫛を見せると、夏侯惇は「そういえば忘れていた」と半笑いで答えた。なので差し出すと「すまん」と言いながら受け取る。
用事を済ませた于禁は、このまま鍛錬に向かおうとすると夏侯惇に呼び止められる。すぐに応じると、手首を掴まれた。
「昨夜で、お前のことが好きになった」
「……え」
于禁の顔が、かあっと熱くなる。確かに夏侯惇からそのような言葉を求めていたが、それは于禁の願望でしかなかった。それが現実で叶うとも思わず、ほろりと涙が落ちてくる。
「お、おい泣くまであるか? 昨夜のはからかいだったが、抱いているうちにお前のことを好きになった。嘘ではない」
とても真っ直ぐな瞳で夏侯惇が述べるので、本人の言う通りに嘘ではないことが分かった。盲目的に信じている訳ではなく、直感でしかないのだが。
すると掴まれたままの手首をぐいと引かれたと思うと、唇が合わさった。これが、二人で想いを通じ合ってから初めてのものである。時間が無いのかほんの一瞬であったが、于禁にとっては充分であった。
夏侯惇からの思いは、しっかりと受け取る。涙を袖で拭ってから、向き直った。
「では、俺は孟徳の所に行かなければならないのでな」
「は、はい!」
未だに赤い顔をしながら拱手をすると、夏侯惇が部屋から立ち去る。続けて于禁も出ると、兵との鍛錬をする為に城外へ出たのであった。顔の赤みが、いつの間にか引かせながら。

しばらくが経過し、劉表の元に身を寄せていた劉備が攻めてきていた。博望坡にて夏侯惇と于禁の二人とそれぞれの軍が迎える討つことになる。だが夏侯惇は李典には待機を命じていた。兵力は于禁の軍があれば充分だと。
夏侯惇が指揮の元でだ。于禁は夏侯惇の指揮で動くことは始めてだが、とても期待していた。于禁は人間としても、夏侯惇を尊敬している。そのせいもあってか、必ず劉備を倒すことができるだろうと信じていた。
すると劉備軍が撤退を見せていたので夏侯惇が追撃の指揮をする。しかしそれは劉備の罠で、山中の崖に囲まれた狭い道へと誘き寄せられてしまう。崖上を見れば、劉備軍が矢を構えていた。絶体絶命の状況である。
率いている兵たちは混乱していた。
「何!? くっ! ここまでか……!」
「いえ、夏侯惇殿! まだ諦める訳には……」
「これのどこに足掻きようがあると言う? この状況で、どのように動いても俺達は終わりだ」
夏侯惇は冷静に負けを認めようとした。だが兵は守らなければならないと、降伏までしようとしていた。于禁は夏侯惇のそのような姿を見て、考えを改めるように説得しようとした。だが聞いてくれる気配はない。
焦燥感が募り、まともな考えができないのだろう。すると兵の数人に向けて矢を構えられた。もう、なす術がない。
やはり降伏すべきだと、夏侯惇に再度説得しようとした。その瞬間に、劉備軍の様子がおかしいことに気付く。何かと戦い始めたようだ。現に崖の上から、劉備軍の兵の死体が落ちてきた。
地面に着くと骨が大きく砕ける音が聞こえ、内臓が何度も潰れる音までもする。しまいには折れた骨が内臓に突き刺さり、地面には血が広がっていた。
夏侯惇と于禁は動じなかったものの、率いている兵は何事かと動揺していた。寧ろ二人は武器を構えるが、崖上を見るなりすぐに下ろした。見れば、崖上には李典の軍が居た。
「夏侯惇殿! 于禁殿! お怪我はありませんか! 大丈夫ですか!」
劉備の軍の兵を多少は倒せたものの、劉備は逃げてしまったらしい。李典が二人の様子を覗き、そう伝えてくれる。
一命を取り留めた二人は安堵をするが、兵にはまだ油断するなと命令してから李典の軍と合流した。
すると李典が必死そうひ、何となく危ない予感がしたので来たと言っていた。しかし結果的に二人は助かったので、李典に良くやったとよく褒める。李典は照れ臭そうに「勘が当たっただけですよ」と謙遜の言葉を返していた。
幸いにも死傷者が出なかったので、夏侯惇は李典を咎めることなく引いていった。
敷いていた陣に戻り、二人は幕舎の中に入る。二人きりになると、すぐに二人は抱き合った。甲冑を着ているのも構わずに。于禁は夏侯惇の背中に、ぎゅっと腕を回した。
「先程は、すまなかった……」
「私ではなく、李典殿に仰って下され。私は、何も……」
夏侯惇から謝罪の言葉を受け取るが、于禁は首を横に振った。絶体絶命の状況の中で、何もできなかったからだ。だがそれでも夏侯惇は謝罪を繰り返す。
「……でしたら」
「ん?」
ふととあることを思いついた于禁は、夏侯惇に提案をする。その時の于禁は、欲望に頭を支配されていた。恥を忘れて言葉を吐き出す。
「落ち着いたら、私を抱いて下され。それで、貴方のことを許しましょう」
于禁はあの夜をもう一度体験したかった。ずっと、忘れられないでいたからだ。なのでそれを心から望むと、夏侯惇は快く頷いた。するとつまりは、恋仲での関係で性交渉を行うことになる。
「意外と誘うのが上手いのだな。口下手で頭が堅いと思っていたが……」
甲冑がぶつかり合う中で二人は顔を近付ける。僅かに敵兵の血の匂いがあるが、それは興奮により消え失せていた。二人はそっと唇を合わせると、鼻腔にある鉄や砂の感覚などどうでもよくなる。于禁は夏侯惇の舌にむしゃぶりつき、絡んでくることを受け入れていく。
「はぁ、ぅ……んんっ、ん……」
互いの舌が重なり、何かの生き物のように密着しあう。途中で夏侯惇に顎を掴まれると、まるで食うように舌を吸われた。瞬間に于禁の脳が痺れ、何も考えられなくなる。
そのような甘い刺激を受けた後に、夏侯惇の唇が離れていった。反射的に舌を伸ばして夏侯惇の舌を追う。舌で拾うことができたのは唾液の糸だけである。切なげに見ると、夏侯惇の手が伸びた。届いた先は于禁の頭である。
「俺も、我慢ができなくなってきたが、今は人気がある。城に戻り、夜になったら俺の部屋に来い。夜が明けるまで、たっぷり可愛がってやる」
「はい……」
頭を撫でられることが、大層に気持ちが良かった。自然と顔が綻ばせてそう返すと、夏侯惇の唇が刹那的に頬に触れる。于禁はすぐに自身の頬にでさえ嫉妬心を抱いていると、それが顔に出ていたらしい。夏侯惇がくすくすと笑う。
「今は我慢しておけ。お前が乱れる姿は、俺だけが見たいからな」
夏侯惇が腕を下ろし、体を離していく。先程の言葉を思い出しながら、于禁も渋々と夏侯惇の背中に回していた腕をぶらりと落とした。
「もう少し我慢してくれ。聞き入れてくれるか?」
次第に頬が膨らむと、小さく頷く。まるで自身が幼子のようだと思ったが、それは夏侯惇にとても気を許している証拠である。落とした手を上げて拱手をすると、幕舎から立ち去ろうとした。夏侯惇に背中を向ける。
「では、またな。文則」
思わず振り返ろうとしたが、幕舎から既に出ていた。二人きりではないので、いつも兵たち等に見せている顔をしなければならない。だが夏侯惇の先程の字呼びの声が、しっかりと耳の中に残ってしまっている。再び二人きりになれるまで、耐えられるだろうか。
于禁は甲冑の甲の部分で頬を殴り、まずは無理矢理に現実へと浸っていったのであった。

城に戻り、夜には宴などが開かれていた。しかし于禁はそのようなものには参加をせず、身を清めてから薄い着物を羽織り夏侯惇の部屋へと一目散に向かう。部屋の前に辿り着くと、呼吸を荒くしながら扉を丁寧に叩く。しばらく待つが、夏侯惇からの声が返って来ない。于禁は首を傾げた。
聞こえていなかったのだろうかと再び扉を叩くが、それでも夏侯惇の声が聞こえて来ない。
疑問に思いながら扉を開けると、夏侯惇が寝台の上で仰向けに眠っているのが見える。于禁は「仕方のない御方だ」と呟きながら、扉を閉めて寝台へと近付いた。
「では……元譲……」
夏侯惇の字をそっと口にすると、于禁は止まらなくなってくる。そのまま覆い被さると唇を合わせた。
「ん、はぁ……元譲、好いております」
二度目も放つと、夏侯惇の意識が戻ってきたようだ。それに気付かなかった于禁は、もう一度唇を合わせようとする。そこで夏侯惇に腰を掴まれた。
「寝込みを襲うのか?」
「っ……!?」
目を見開き、驚いている間に着物の襟を開かれていた。あまりの手の早さだが「元譲……」と言い、緩やかに腰を振った。
「文則……」
夏侯惇の手が移動し、于禁の手を握ってきた。それはとても力強く、離さないとでも言わんばかりである。対して于禁も握り返すと、永遠の愛を誓うかのように、唇を重ねた。
「約束通り、夜が明けるまで、しっかりと可愛がって下され。あの夜のように」
于禁自ら唇を逸らしてから、夏侯惇の頬に這わせていく。やはり整髪料の香りがするのと同時に、ゆるゆると勃起していく。それを夏侯惇の体に擦り付けて存在を主張する。夏侯惇は仕返しをするかのように、同じく勃起している腰の感覚を于禁に分からせた。
「っは、ぁ、はぁ、文則、気持ちいいか?」
「はい、元譲。とてもいいですが、それよりも私は、貴方の魔羅が、早く欲しい……!」
そう懇願しながら、着物を脱いだ。すると夏侯惇に体を掴まれた後に形勢が逆転する。于禁の体の上に、夏侯惇が覆い被さってきた。
あまりの喜びに、于禁は夏侯惇の逞しい背中を撫でる。自身の背中同様に、岩のようにごつごつとしていた。
そして体を重ね、互いの記憶や体にしっかりと深く刻みつけていたのであった。