春日が桐生と再会した日の夜、二人はホテルで一糸纏わぬ姿になり体を重ねていた。桐生に組み敷かれ、春日は隅々まで可愛がられていく。ここは日本ではないうえに、部屋の雰囲気は良い。なので性行為を終えた後も二人は抱き合い、ただ時間を過ごしていた。
「……春日、俺が重くねぇか?」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ軽いくらいです」
余裕の証拠として、春日は桐生の背中に手を回す。指を這わせれば、前よりも細くなった体のラインを触覚で拾う。その感覚が、春日は何だか寂しく思えた。目の前には、変わってしまった唯一無二の存在が居るのだから。
桐生の体を包み込むように抱き返すと、桐生はそれが擽ったく感じたようだ。口角をゆるりと上げると、春日の尖った鼻先を軽く噛み付いてくる。痛みは全く無いが、春日は反射的に「痛っ!」と声を上げてしまう。
「痛い訳がねぇだろ」
すかさず桐生がそう言うと、春日は笑いながら頷いた。見抜かれるとは思っていたので、本当ではないとしてもそこまで悪く思ってはいない。
すると外からどん、と爆発したような音が聞こえた。これは二人にとっては、とても馴染みのある音である。日本の夏の風物詩の花火だ。どうやらハワイでは夜になると花火が上がるらしい。
花火はハワイの黒い夜空を煌めかせていた。正に、美しい光の花である。二人は窓の方を見た。
「……あっ! 桐生さん! 何か花火みたいな音がしません!?」
「あぁ、するな」
ホテルの部屋は高層階であり、周囲に同じくらいの建物などない。なのでカーテンが開きっぱなしである。そこから見える花火は、春日にとってはとても綺麗で特別に思えた。異国の地で、恋仲である桐生と愛し合った後に見る花火。このようなシチュエーションが嫌いな訳ではない。
春日ははしゃぎながら頭を上げるが、すぐに桐生に再び組み敷かれてしまう。驚きのあまりに、春日はきょとんとした。
「桐生さん……?」
「花火に、嫉妬しちまってな……」
桐生が何を言っているのか分からない。首を傾げた春日だが、桐生に腰を押し付けられるとようやく意味に気付いた。桐生が、再び勃起しているのだ。先程まで、春日の腹の中を突いていたばかりだというのに。
回復力に驚いた春日だが、生憎にも桐生のように下半身が復活する気配がない。なのでどうしてだと責めていると、桐生がその思考を止めるように唇を塞いだ。一瞬、何が起きているのか分からなかった。
「花火なんてどうでもいいだろ。それより春日、今は俺との時間だ。俺だけを見てろ」
「は、はい……」
唇が離れると春日は啞然としながら返事をした。しかし否定をしたい訳ではないので、桐生の背中にある応龍を柔らかく撫でる。そこで桐生の眉間に皺が寄ってるのを見つけ、ようやく桐生が少しの怒りを見せていたことに気付いた。
腑に落ちた春日は次は背中の応龍を、まるでなだめるように撫でていく。つい「よしよし」と言ってしまった。桐生の眉間の皺が更に深くなる。機嫌を損ねたようだ。
「俺はガキじゃねぇ」
春日は故意ではなかったので謝ろうとしたが、桐生の唇が首元に向かっていた。そして首に一瞬だけ痛みが走ると、すぐに離れる。首元に痕をつけられたのだ。
痛みがあった部位が熱い。春日はその熱さが、とてつもなく愛しく思えた。熱さをさらに与えて欲しくなり、必死にねだる。花火の大きな音を耳に入れながら。
「桐生さん、もっと……さっきの……」
桐生は顔を上げず、後頭部を見せたまま首の薄い皮膚に食らいついた。さっきとは違う箇所に吸い付くと、歯を弱く立てて傷をつける。最中に髪を両手で撫でると、首の後ろへと下りていった。
やはり痛みがあったが、それよりも嬉しさの感情の方が勝っていた。自然と体をよじらせると、ベッドが軋む音が鳴る。そこでようやく桐生が顔を上げ、互いの髭をじょりじょりと擦った。ちくちくとした後に、次は春日が桐生の唇を奪う。
一時的に優越感に浸る。しかしすぐに、桐生に主導権を奪い返されてしまった。桐生の舌が春日の口腔内を這いずり、そして粘膜や歯列のぬめりを確かめるようにぐるりと一周する。
途中までは鼻で呼吸していた春日だが、呼吸をする余裕か無くなっていった。次第に酸素が薄くなっていると、桐生の唇から解放される。自身の腕は、いつのまにかベッドの上にぼとりと落ちていた。
「っあ……きりゅう、さん……すきぃ……」
「ッはあ、はぁ……春日、俺も好きだ」
花火の音はまだ続いている。いつ止むのだろうと思いながら、膝を開いた。下半身はへにゃりと芯を失っているが、桐生に再び抱かれたい気持ちはある。アピールをする為に、春日は何度も貫かれた入口に自ら指を入れた。粘液には塗れていないので、滑りはとても悪い。指を出すと、人差し指と中指で器用に入口をくぱりと開いて見せた。
桐生の喉からごくりと音が鳴る。どうやら、アピールに成功したようだ。春日は内心で嬉しく思いながら、桐生の名を再び呼ぶ。
「きりゅうさん、きりゅうさん……俺と、もういっかい、ヤって下さい」
桐生の喉から更に大きな音が鳴ると、首を縦に振った。それに遅れて「あぁ」と返事が来ると、春日は笑みを浮かべる。あまりの嬉しさに、足で桐生の腰に巻き付く。
「明日……動けなくくらいに、抱いてやる」
そう言った桐生は自身の雄を取り出した。見れば僅かに精液を垂らしている。桐生はそれを潤滑油に利用するのか、入口にあてがってからぬるぬると塗りたくった。
少し擽ったいのと、入口をそうされて気持ちが良い。だが次第に後者が勝っていくと、春日の体が急変した。自分でも分かるくらいに、入口が収縮を繰り返すのだ。体の奥底が、桐生の体を欲している。
「ぁ、あん、きりゅうさん、はやく、ほしい……」
「分かってる」
桐生の呼吸が荒くなってきた。興奮している証拠である。春日はその音をもっと聞きたくなったと同時に、花火の音が煩わしくなっていく。カーテンを閉めて少しでも音を掻き消したいと思ったが、それを許さないと言わんばかりに桐生の雄が入口に入っていった。
「ひゃア!? ぁ、あ!」
ずるずると雄が挿し込まれていき、すぐに腹の奥を突いた。すると春日は何も考えられなくなり、思考がショートしていく。外で咲いている花火の音など、聞こえなくなっていく。代わりに聞こえてくるのは、互いの皮膚同士がぶつかる音と桐生の呼吸音のみ。
春日は自然と口角を上げ、嬉しさを表現したかった。しかし快楽により思うように体を動かせない。ただ腰を震わせ、喉からは高い喘ぎ声を出す。
「ゃあ、あっ、ん……ア! ぁ、あッ、やだ、きりゅうさん、もうイく! ァ、きりゅうさん!」
激しいピストンをされるが、春日の下半身はぶるぶると情けなく揺れていた。入口は逞しい雄をしっかりと咥えているが、まるで男ではなく女として抱かれている気分に陥る。現実的に、それはありえないのだが。
「どうした、春日……うっ! はぁ、あ……!」
桐生が果て、腹の中に精液が少量注ぎ込まれる。春日は少しでも桐生のもので満たされて嬉しく思えたと同時に、桐生がいつ萎えるのか分からない恐怖があった。心臓がばくばくと花火のようにうるさく聴覚を打つ。
「きりゅうさん、まだ、おれを、追いていかないで……」
上手く動かせない手を伸ばし、桐生を必死に抱き寄せる。そして桐生の体温や、それに心音を感じると落ち着いてきた。心臓が大人しくなると、いつの間にか桐生の動きが止まっている。春日は首を傾げた。
「お前……泣いているのか?」
「えっ……?」
言われて気付いたが、春日の瞳からぼろぼろと涙が溢れていた。すると視界がぼやけるので、手で涙を拭っていく。だが間に合わない。目の前に居る桐生の顔が、見えない。
「きりゅうさ……」
「春日」
名前を呼ばれ、両手首を掴まれる。まだ視界がはっきりとしないが、桐生はそのような自身をうるさく思っている訳ではないのが分かる。根拠はない。春日が、ただ直感的にそう思ったのだ。
桐生の顔の輪郭は見えるのでそれを見ていると、優しくそっとキスをされた。目を見開いたが、涙が入り込む。瞬きを何度もしてしまう。
くすくすと控え目な笑い声が聞こえると、桐生の指が近付いて春日の代わりに指で涙を拭ってくれていた。
「どうした、春日……」
とても柔らかい声が降ってくる。まるで、小さな子どもをなだめるような声音だ。そういえば桐生は、孤児院を運営していたことを思い出すと「俺は子どもじゃないですよ……」と呟く。だが桐生にそうされていくうちに落ち着いてきた。流れていた涙が止まる。
「俺から見たらお前はガキだ、ずっとな。だから甘えて来い」
「でも……うわ!?」
桐生がそう言うとゆるゆると腰を動かし、春日は反論をしようとするも嬌声が漏れた。甘い雰囲気が、戻ってきたのだ。
「や、ぁ! きりゅうさん、ッは、あ、いゃ、ァあ! ァ、んっ、あぁ、ア!」
ピストンが繰り返し、大きくなっていく。春日は桐生の雄で貫かれている感覚に浸る。すると不安は無くなっていき、桐生の言葉通りに春日は本心のままに甘えた。
窓の外の花火は、もうすぐクライマックスらしい。何発も打ち上げられ、外をきらきらと輝かせている。
雄がどんどん奥に入ると、ついに腹の奥のくびれに到達する。へその辺りからぐぽりと音が妙な鳴り、その衝撃で春日は一瞬だけ喉から息を吐いた。
桐生の目は、鋭いものに変わっている。だが厳しいものではないのは分かっているので、春日は身を委ねた。
「きりゅうさん、ッ! あ、ぁ、ん……そこ、もっと! っあ!? ぁ、お! お、っは、ぁ、や、そこは、ぅあ、ア!」
頭の中が快楽により、花火のように真っ白に塗られていく。春日は時折に舌を覗かせると、桐生に顎を掬われる。その舌を捕らえられると、二人は夢中で絡ませた。
合間に吐息を出しながら春日は桐生に犯されていく。するともう一度桐生が果てたが、そこで雄が萎えてしまったようだ。春日も充分に快感に浸ったので、まだ熱い精液が腹の中にあるのを感じながら桐生と何度も唇を重ねる。
すると外の大きな花火咲いた後に、音がぴたりと止んだ。外が一気に静かになる。
「ん、はぁ……は……きりゅうさん、おれ……きりゅうさんが、すき……」
「俺も好きだ、春日」
桐生の頭が動くと、胸に唇を寄せていた。すると左の胸の皮膚に小さな痛みが走る。また、桐生が痕を作ってくれたのだろう。唇が離れて春日はそれを指で触れると、胸が締め付けられた。この痕も、花火のようにすぐに消えてしまうのだから。
その胸の痕を桐生が見るが、春日の顔へと視線を移す。瞳は見守るように暖かい。
「春日、俺からずっと離れるなよ」
「はい、きりゅうさん……」
二人はベッドの上で、抱き合いながら額をつける。鼻先がぶつかるが、互いに気にならないようだ。
春日はこの痕がずっと消えなければ、と思いながら桐生の肌に触れていた。外も室内も静かな、この世界で。