雪が溶けたら、また
それから数日後の、太陽が真上にある頃のことだ。
最近は戦況も城内の様子も落ち着いてきていた。そこで于禁は書物庫でたまたま会った夏侯惇に話しかける。同じ棚に用があったらしく、視線だけは向かい合って互いの肩を密着させながら。
「夏侯惇殿、二日後の昼間、お時間はありますか?」
書物庫には二人しか居ないというのに、于禁は自然と小声になる。それに対し、夏侯惇はいつもの声の大きさで笑いながら返事をした。
「別に声を抑えなくてもいいだろう。二日後は……あぁ、大丈夫だ。その日に何かあるのか?」
「今が見頃の花が近くの山に生えているので、あなたと見たいと思いまして」
「いいぞ。楽しみにしている」
「ありがとうございます。私も、楽しみにしております」
夏侯惇の返事を聞くと、于禁は頬を微かに赤く染める。それを見た夏侯惇は、人気のないうちに、と背伸びをして于禁に軽く口付けをした。
「……では、また二日後に二人きりで会おう」
夏侯惇はニヤリと笑うと、目的の竹簡を幾つか抱えて書物庫を去った。
すると一人残された于禁は、不意打ちを食らったのか口元を手で覆い、顔全体を赤く染めていた。一瞬、どの竹簡を取ればいいのか忘れてしまう程に。
それから二日が経ち、昼前の時間だろうか。
平服姿の二人は護衛もつけずに領地内の近くの山へと向かおうとしたが、本日は生憎の雪であった。なので二人はそれを断念せざるおえなかった。
その理由は、平野部では雪がおよそ一〇センチメートル積もっているが、目的の山ではそれ以上積もっていて危険だからだ。それに山とはいえ、花が生えている場所は奥深くではなく入山口で、すぐ近くであるが念の為にと。
「……申し訳ありませぬ。夏侯惇殿」
「天気は誰も読める訳ではない。だからお前は悪くない、気にするな。雪が溶けたらまた一緒に行こう」
その後二人は城内に入ると夏侯惇の私室へと来たが、それは夏侯惇の提案により。そこで部屋の中央に置いてある火鉢で暖を取りながらそのような会話をした。椅子に座り、向かい合いながら。
「それと于禁、俺は今からまた陽が昇るまでは何も予定が無いのだが……あとは分かるな?」
夏侯惇は白い息を吐きながらそう于禁に尋ねるが、同じく白い息を吐く于禁は首を傾げる。
「同じく私もですが、何かあるのでしょうか?」
溜息をついた夏侯惇は笑いながら立ち上がると、于禁に手を差し出した。それの手を取り于禁も立ち上がると、夏侯惇はぐっと密着する。
「こんな昼間から、というのもいいだろう?」
夏侯惇は背伸びして耳元でそう言うと、火鉢から少し離れた寝台へと于禁を誘っていったのであった。