また見つけ出して。また会って。
金曜日の夕方、夏侯惇は会社のフロアで落ち着きが無い様子であった。夕方に近くなるとスマートフォンのロック画面を解除してはホーム画面を確認したり、フロアの壁に掛けてあるごくシンプルなアナログ時計で現在の時刻を確認していた。朝や昼はそうでもなかったのだが。
そして現在は定時を少し過ぎた時間帯である。他の社員たちは浮かれながら帰宅していたり、あるいは残りの社員たちは暗い顔をしながら各々のデスクの上にある、パソコンの画面に向かって残業をしていたりと様々。
夏侯惇はその中で後者のように、暗い顔をしていないがデスクの上のパソコンの画面に向かっている。夏侯惇は特に残業をする必要は無い。しかし前のように他の社員によく話し掛けられる人間性なのか「どうしたのか」と聞かれていた。夏侯惇はそれに「特に急いでいないが、一応」と曖昧に答える。聞いた社員はそれに疑問に思うことも無く、ただ返事をして納得するとすぐにそれぞれの目的へと思考を向けていたが。
定時が過ぎて一時間が経過した頃である。現在手をつけている仕事に全く集中できず、夏侯惇はただパソコンのモニターをただ見つめているのみ。次第に深い溜息をつき、疲れた目へと変わってきていた。フロアのブラインドの隙間から見える外は、街灯によりよく明るくなっている。
また数回、深い溜息をついているとスマートフォンに何か通知が入った。疲れていた筈の夏侯惇の表情は消え、今は外の街灯よりも明るいように見える。夏侯惇は素早くスマートフォンのロック画面を解除し、来た通知を見ると素早く何か文字を入力してからスマートフォンをスーツのポケットにしまう。
パソコンの電源を切り、荷物を纏めてビジネスバッグに入れると椅子から立ち上がる。足取りは軽かった。それを維持しながら、夏侯惇は会社の建物から出る。残っていた社員数人はそれを不思議そうな目で見ていた。しかし、すぐに仕事を終わらせることに集中していたが。
夏侯惇は会社の建物から出たが、本日は車ではなく電車で通勤している。なので歩いて会社から一番近い駅に向かうとスマートフォンを取り出す。現在の時刻と通知を確認し、駅構内の人だらけである周囲を見渡す。雑踏に塗れる中、夏侯惇は通行の妨げにならない場所に移動した。
おおよそ、一〇数分はそこでずっと立って待っていたのだろう。しかし夏侯惇は待ちくたびれたという顔はしていない。寧ろ、今か今かと待ち侘びているのだ。目の前で歩いて通り過ぎて行く人々の波を見流していきながら。
すると夏侯惇の肩に、柔らかく触れる手が伸びてきた。
「夏侯惇殿、遅れてしまい、申し訳ありません」
触れてきたその手は于禁のものであった。夏侯惇の元まで走って来たのか、息切れをしている。いつもより、更に険しい顔をしながら。
「気にするな。それより、今からどうする?」
そもそも、普段の通勤手段が車である夏侯惇がわざわざ電車で通勤したのは理由がある。一つ目は二人の退社する時間が同じという日がかなり少ないからである。たまには、こうして二人で帰りたいかららしい。提案したのは于禁であり、痴漢されたらどうするのかと過保護な言い分で車通勤にさせたのも于禁である。勿論、今朝は夏侯惇と共に電車で通勤し、周囲に目を光らせていたのだが。
夏侯惇は楽しそうな声音でそう聞くと、于禁は少し考えた後に答えた。
「夕食を、どこかで取りましょう。どこが良いですか?」
于禁までも楽し気な声音になっていくと、夏侯惇は嬉しそうに行き先を決める。すぐに思い付いたらしく、于禁はそれに一瞬だけ驚いていて。
「最近、このすぐ近くに新しいレストランができたらしいぞ。ほぼ大衆向けのレストランだから、このまま行っても問題ない。どうだ?」
「そこにしましょう。空腹に限界が来ているので、早く行きましょうか」
強く頷いた于禁は、さりげなく夏侯惇に手を差し出す。それは人々で形成される波によりはぐれてしまわないようにと。
夏侯惇はすぐにそれの手を取ると、二人は目的の場所へと向かって行く。
時折、于禁がどのようなメニューがあるのかと聞く。夏侯惇はインターネット上で知ったので大方覚えているらしい。二人はそれから店の近くに到着するまで、弾んだ口調で話していたのであった。
それはたったの数分ではあるが、この時間が連綿と続けば良いと思いながら。