幸福な因縁
時刻は深夜。
外で降る激しい雨音に、于禁は目を覚ました。勢いよく飛び起き、思わず暗闇に染まる部屋をぐるりと見渡す。
雨といえば嫌な、いや、思い出すだけでおぞましい感情が沸き立ってくる。なので于禁の心臓が大きく動き、呼吸が自然と荒くなった。
数時間前に夏侯惇と分け与えていた熱は既に冷めているので、夏侯惇は仰向けで眠りの底に居座っていた。それの寝息を聞いた後に于禁は、季節外れの寝汗を滝のようにかいているのに気が付く。それは、外の雨のように大量に。
衣服を何も着ていないので、于禁は気持ちが悪いらしい。それに睦事の際に夏侯惇に爪でつけられた背中の傷が、汗により酷く痛む。掛け布団を捲り、夏侯惇と共有していた柔らかな熱さを失くしていく。
目を覚ましてしまった原因である寝室のカーテンの先の雨音をしばらく睨んだ。そうしても、意味などないというのに。
汗が引いていくと、于禁に冷えが襲ってきた。同時に、心臓が平静を取り戻す。眉間の皺を静かに深く刻むと、捲っていた掛け布団を被ろうとする。そこで隣にあった寝息が途絶えた。
「……うきん?」
夏侯惇が目を覚ましたらしく、雨音に掻き消される程の掠れた声が聞こえた。一瞬、聞き間違いとも思ったが、夏侯惇の手が于禁の素肌に触れるとそうでないことがよく分かる。
手が熱い、そう感じた于禁は、夏侯惇の手を強く握った。だが握るその手が震えているので、夏侯惇は再び掠れた声で于禁の名を呼んだ。
「うきん……」
どう返せばいいのか、于禁は分からなくなっていた。普段ならば、名を呼び返しているのに。于禁は声ではなく息を吐いていると、夏侯惇の体がもぞもぞと動いた。体を起こしたのだろう。
今の夏侯惇は事後特有の体の怠さという、一時的な障害を抱えていた。なのでそれに苦しみながらも、于禁とほぼ同じ目線になる。
しかしすぐに目線が崩れると、于禁の方に体が崩れていった。
「寒いのか? それならもう、寝よう……」
冷たい于禁を全身で触れて夏侯惇は小さく驚くが、それをそのまま両手で包み込む。残っている体温で、どうにか暖めるように。
暗い部屋の中で于禁は頷く。それを夏侯惇はおぼろげに理解すると、共にベッドのシーツの上に沈んでいった。
激しい雨音はまだ聞こえる。
だがすぐに聞こえ始めた夏侯惇の穏やかな寝息により、それが小雨のように思えてきた。安堵が押し寄せた于禁は、掛け布団を丁寧に夏侯惇にも被せる。そして暗闇にも、暗闇を被せる。
于禁は微かに夏侯惇の名をようやく呼ぶ。夏侯惇の意識など、既に睡眠の方に向いているというのに。
そうしていると、于禁も意識を眠りへと向けられるようになっていく。なので再び、夏侯惇の隣でゆっくりと眠っていったのであった。
眉間の皺を無くしていきながら。